Firefly |
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咲き乱れる太鼓の音。 幸せの渦の中、楽しそうに笑い合う人々の歓声。 僕達は、その人々の足元を、はぐれない様にしっかり手を繋ぎながら歩いていた。 ―――大澤夏祭り。 この小さな町において、毎年恒例の1大イベント―――それがこの祭りである。 これ程小さな町でも、さすがに町中の人々がこの商店街に集中すると、かなりの喧騒に包まれる―――その事実を、毎年この時期に、僕は実感する。 「ああ、待ってよぉ、ちーちゃ〜〜ん……」 「ほら、早く来ないとおいてくよぉ、美里ちゃん」 美里の小さな体は、いまにもこの人ごみの中に埋もれてしまいそうだった。僕は彼女のその小さな腕をしっかりと握りながら先を行く。 とにかく僕は、この喧騒の中から抜け出したかった。 そして僕は、毎年祭りに飽きた時に行く、秘密の場所へと向かう。 「ほぉら、早く来なよぅ」 「あ〜〜……待ってってばぁ……!」 相変わらずモタモタしている美里を引っ張りながら、僕はようやくこの人ごみの中から脱出する。 「ふぅ〜〜……何とか抜け出せたね、美里ちゃん」 大きく溜息を吐きながら、僕は美里の方へと振り返る。 「も〜〜……ちーちゃんったら、どんどん先に行っちゃうんだもん。私、疲れちゃった」 そう言って、僕の腕から自分の腕を離し、深呼吸をする美里。 「そういえば、遥ちゃん、まだ来てないね」 そう言いながら、美里は辺りをきょろきょろと見回した。 「そうだね。ここで7時に待ち合わせって言ってたのにね」 僕もそう返しながら、辺りを見回す。 その視界の中に、こちらに歩いてくる一人の少女が映る。 相変わらずの喧騒の中から、ゆっくりと歩いてくる少女。―――清水遥だ。 僕は彼女が僕達に気付く前に、彼女に声をかける。 「お〜〜い、遥ちゃ〜〜ん……こっちこっちぃ〜〜〜」 「え?遥ちゃん来たの?あ、ホントだぁ……お〜〜い、遥ちゃ〜〜ん……こっちだよぉ〜〜〜♪」 僕と美里の声で、遥は僕達に気付いたようだ。遥も俺達と同じように手を振りながら、少し駆け足に笑顔でこっちに向かってくる。 「千浩くん、美里ちゃん、こんばんは〜〜〜♪」 「こんばんは〜〜遥ちゃん」 「こんばんは♪」 笑顔で挨拶をしてくる遥に、俺たちも笑顔で返す。 「あ、遥ちゃん、新しい浴衣だね〜〜〜♪」 美里は遥の浴衣を、羨ましそうに見つめながらそう言った。 その浴衣は、ハマユウの柄が付いた、子供用の可愛らしい浴衣だった。 「いいな〜〜〜、新しい浴衣。私も欲しいな〜〜〜」 「えへへ♪いいでしょ?この浴衣。私が選んだんだ〜〜〜♪去年美里ちゃんが着ていた浴衣がとっても可愛かったから、私も欲しくなっちゃったんだ。まだずっと美里ちゃんの浴衣の方が可愛いけどね♪」 「この浴衣ぁ?えへへぇ〜〜……そうかなぁ☆」 美里は、自分のユリの柄の浴衣を見ながら、少し恥ずかしそうに微笑んだ。 昔から、遥は人を煽てるのがとても上手かった。そして美里は……昔から煽てられるのに弱いタイプだった。 だからと言って、その二人の言葉がお世辞では無いことは確かだった。 いつも見慣れている幼なじみ…… だけど年に一度、この夏祭りの時の浴衣姿の彼女達は、全くの別人ではないかと疑ってしまうほど可愛らしかった。 「あれ?どうしたの?千浩くん」 ボーっと二人の浴衣姿を見つめていた僕は、遥の言葉で目を覚ました。 「え?ああ……いや……えとぉ……」 思わず僕は口籠る。 「あーー!ちーちゃん……もしかして私たちに見とれてたなぁ!」 「……ば……馬鹿!そんなワケないだろ!」 ニヤニヤとしながらそんな事を言ってくる美里に、僕は慌てて反論した。だけどその声が酷く動揺していたのは僕にも解った。 何しろ僕は、本当に見とれていたから…… いつもとは全く違う、二人の幼なじみに、僕は見とれていたから…… 「そ……そんなことより!ほら、早く行こう!」 動揺を隠す様に、僕は二人を促す。 「うん、そうだね。ほら、行こう、遥ちゃん」 「うん……あ、そんなに引っ張らないでよぉ、美里ちゃん」 そして僕達は祭りの喧騒から離れ、ある目的地へと向かって歩き出した…… 小さな墓の前。 そこで俺は、静かに手を合わせ、目を閉じた。 沈黙が辺りを包む。 どれくらい経ってからだったのだろうか…… 俺は再び目を開けて、目の前にある小さな墓を凝視した。 そこには、『清水遥』という文字が刻まれていた…… 時の流れは残酷だ…… 止まる筈も無く唯ひたすらに流れて行く時間…… それは全ての人類において平等であり…… それは全ての人類から何もかもを奪う、邪悪なる存在…… 時の流れは残酷だ…… 時の流れは俺から全てを奪い去った…… 懐かしき想い出を…… 輝いていた青春の夢を…… そして…… そしてかけがえの無い幼なじみの少女さえも――― 俺と美里と隆幸―――俺達3人は、アスファルトでできた川沿いの道を歩いていた。 重苦しい沈黙が辺りを包む。その沈黙を作ったのは俺自身だというのに、俺は何一言すらも喋る事が出来ない…… 俺は全く知らなかった…… 彼女が……遥が3年前他界した事を…… 3年前の飛行機事故―――あの事故は大きなニュースとなり、日本中を情報が駆け回った。そして俺も、当時そのニュースを見ていた。 当然そのニュースで死亡者の発表があった筈なのだが、俺は自分には関係無い事だと思い、愚かにも全く興味を示さなかった。 非常に愚かな事だ…… あれ程悲惨な事故に対し、『俺には関係無い』等と考え、その事故でかけがえのない幼なじみが死亡した事に気付かなかったのだから…… あまりにも悲惨すぎて、現実味が沸かなかったのだ。 まさか自分の知り合い―――それも幼なじみが、あんな悲惨な事故に巻き込まれているとは思いもしなかった…… そして俺は…… あの懐かしき同窓会の席において、美里と隆幸に遥の事を思い出させてしまう発言をしてしまったのだから…… 俺は、これ以上に無いほどの愚か者であるだろう…… 沈黙――― 俺達のいる空間は、かしましく泣き喚く蝉の鳴き声と、遠くに聞こえる懐かしき夏祭りの喧騒のみが支配していた…… この沈黙を破るため…… この俺が作り出してしまったこの沈黙を、自らの手で破るため…… 俺は口を開く…… しかし、口は開いたものの、その後に続けるべき言葉が思いつかない…… ―――何を言えばいいんだ? この沈黙の中で…… 俺は一体何を言えばいいんだ? 解らない――― 解らない―――けど…… 何か言わなきゃいけない…… 俺が……何かを………… 「此処は……昔は土手だったんだよな」 俺の唇から言葉が紡ぎ出された。 「うん……」 その言葉に美里が返す。 美里は……隆幸は……一体どんな気持ちなのか――― 今の美里の返答だけではそれを聞き取る事は出来なかった…… 「よく……此処で遊んでたよな……」 俺はとにかく話を続ける。 「うん……よく3人で走り回ってたよね……此処で…………」 その『3人』に、隆幸は入っていない。その『3人』とは俺と美里と、そして今は亡き遥―――その3人である。 此処がかつて土手だった時に遊んでいたのは、小学校の低学年頃であった。隆幸とは小5の時に同じクラスになり知り合ったから、彼とこの場所で遊んだ記憶は無い。その頃にはもう、俺達は『土手』というものに興味が無かった。 当たり前にそこにある存在だったから。 まさか今になって思い出の中だけの存在になるとは思わなかったから。 「だけど……いつのまにかこの土手……道路にしちゃったんだね……」 「そう……みたいだな……」 寂しそうに呟く美里と、それに応える俺。 美里の寂しさは、果たして何の寂しさなのだろうか? かつての遊び場だったこの土手が、今は無機質なアスファルトの道路になってしまった事が寂しいのか…… それとも今は亡き幼なじみの事を思い出してしまって寂しいのか…… それは俺には解らない…… そして俺自身の寂しさすらも、俺は解らない…… 再び描かれた沈黙を、今度は隆幸が破る。 「あの住宅街も……かつては広い森だったんだよな……」 隆幸の視線の先にあるのは、立派に立ち並ぶ住宅街――― そこはかつて、隆幸の言葉通り、立派に生い茂る広く深い森だった…… かつて……俺達3人―――つまり俺と美里と遥の3人は、よくあの森の中に入り込み、自然の迷宮と化したそれに、完全に迷ってしまい、出られなくなってしまっていた。 それ程その森は広く深く、特に夏は鬱蒼と生い茂る木々が視界を遮り、日光を遮り、当時小さな子どもだった俺達は耐え切れない恐怖に、唯闇雲に出口を求めて彷徨っていた…… 『ねぇ……ちーちゃん……出口まだぁ?』 『こわいよぉ……千浩くん……』 『うるさいなぁ……僕だって怖いんだから……』 陽は傾き、茜色の光が森を支配した。その妖しげな光が当時の俺達に、さらなる恐怖を与えた。 『あ〜〜ん……こわいよぉ……くらいよぉ……早くおうちに帰りたいよぉ…… 『馬鹿っ!泣くなよ美里ちゃん!』 『そうだよ、美里ちゃん、もうすぐ……もうすぐで出られる筈だから……』 『ほんとぉ……?』 『うん……ホントだよ、美里ちゃん』 あまりの恐怖に泣き喚く美里を、遥は優しい笑顔で宥める。 怖いのは彼女も同じ筈だというのに…… そして俺達が無事にその森から抜け出す事が出来たのは、すっかりと漆黒の帳が舞い降りた、夜の7時頃だった。 俺達の親は、玄関前で俺達の帰りを待っていた。 親父が俺に向かって怒鳴りつけ、俺の頭部を思いっきり殴った。 しかしその後、信じられないような安心しきった笑顔で、親父は俺を強く抱きしめた。 『全く……心配かけおって……全く……全く…………』 いつも怒鳴り散らしてばかりの厳格な父の流す涙を、初めて見た瞬間だった。 そんな少年時代の想い出を創り上げたあの森は、俺達の足元にある、このアスファルトの道路と同じ様に、時の流れの中で全く違うものに変化してしまった。 気が付けば、全てが変わっていたのだ…… 懐かしき風景も、俺達を取り巻く環境も…… この5年という時の流れの中で、全てが変わってしまっていたのだ…… 俺は視線を右に移した。 そこには、ゆったりと流れる川が見える。 まるで時の流れのように…… ゆったりと……しかし確実に…… 川の中にいるとその流れはまるで感じられないほど微弱だが、ふと水中から顔を出して辺りを見回すと、そこには知らない風景が広がっている…… その流れは、ゆっくりだが確実に流れているのだ…… かつて、俺達はその川で釣りを楽しんでいた…… 隆幸と共にやった事もある。 隆幸や学校の仲間達で、川に飛び込んでいた時期もあった…… しかし…… 今の川には釣りをしている人もいなければ、川に飛び込む人もいない。 それは当然の事だ。 眼前に広がるその川は、とてもじゃないが昔のように多くの魚達が住める様なきれいな川では無かった。近くの子ども達が勢いよく飛び込み、楽しそうに泳ぎ回れるようなきれいな川では無かった。 茶色に濁った川は、人々が手に入れた文明の代償を、はっきりと伝えていた…… そんな感慨に耽っていると、隆幸が唐突に話を切り出してきた。 「なあ、俺達も夏祭りに行こうぜ」 まるで今までの重苦しい空気が無かったかのように明るい口調でそう言ってくる隆幸。 「そうだね……行こっか」 美里も笑顔を作り、それに応える。 「千浩も行くよね」 「あ……ああ……」 笑顔のまま俺を促す美里に、俺は返した。 そして俺は向かう…… 5年振りの……想い出の夏祭りが開かれている、駅前の商店街へ…… そこは、5年前までとは全く異なる喧騒に包まれていた。 幼い頃は凄いと思っていた人ごみも、学年が上がるごとに大した事無いなと思っていた祭りの喧騒も、見事なまでの発展を成し遂げたこの街の祭りの喧騒には驚かされた。 都会の人の多さに慣れた筈の、この俺でさえも、夏祭りという1大イベントを求め集まってきた街中の人々の喧騒には、さすがに驚かないわけにはいかなかった。 「凄い人の数だな」 「うん、そうだね。千浩がいた5年前までと比べると、確かに凄いよね」 俺の驚愕の呟きに、美里は頷きながら返した。 そして、隆幸はと言うと…… 『俺、ちょっと彼女との約束があるから!じゃな!』 『お、おい、隆幸!どういうことだよ、彼女って!』 『だから〜〜〜そのまんまだって!彼女だよ!か〜の〜じょ!』 憎たらしげな笑みを見せながら返す隆幸。 こいつに彼女だとぉ!? 『ま、そういうわけで……お二人さんも、頑張ってねぇ〜〜〜』 ワケのわからん事をほざきながらあっというまに人ごみの中に消えていく隆幸。 『バ……バイバ〜〜イ』 何故か顔を紅らめながら、手を振る美里。 はぁ〜〜〜…… あのヤロウに彼女とは…… くそぅ……俺もそのうち絶対に作らなくてな…… と、いうわけで、今俺は、美里と二人っきりでこうやって祭りを回っているわけだ。 しかし…… さすがにこれ程の人ごみの中に飲み込まれてしまっては、さすがの俺も疲れてしまった。 おまけにこの暑さ。 唯でさえ真夏の夜という事で蒸し暑いというのに、この人口密度の高い状態は、まさにサウナ状態である。 「なぁ、美里」 「ほえ?」 耐え切れなくなった俺は、美里にある提案をする。 「ちょっと祭りから離脱して、どこか涼みに行こうぜ」 「うん、そうだね。確かに私も暑くなっちゃったし」 俺の提案に、美里は素直に賛成した。 「だろ?……ん〜〜……じゃあ何処にするよ?」 「そうだね〜〜〜……」 人ごみを押し分けて、脱出しようと試みながら、俺と美里はいい休憩場所を探す。 「そうだ!じゃああの場所に行ってみない?」 「あの場所?」 何かを思いついたように言ってくる美里に、俺は問い掛ける。 「あの場所だよ、あの場所。昔から夏祭りの時はいっつも3人で行ってた、あの場所」 3人……その言葉に一瞬胸がチクリとしたが、それを表情には出さないようにして俺は言葉を返す。 「ああ……あの場所か…………。そうだな……あこなら涼めるしな……。それじゃ、行くとしますか」 「うん」 そうして俺達は、商店街の喧騒を後にした。 想い出のホタルの光の舞踏場に向かって………… |
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to be continued to 4&EPILOGUE |
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