プロローグ

 かけがえの無い日々を僕達
 いつも手を繋ぎ歩いていた
 いつまでもこの日々が続く事
 信じて疑う事は無かった

 時は流れ 街は変わり
 人の心 それもまた変わり
 いつまでも変わらぬ形なんて
 存在しない事に今気付く
 そして失った かけがえの無いもの

 今もう一度
 君に出会いたい
 あの頃の話をしながら
 もう一度 もう一度
 歩きたい 想い出の場所を…………
Childfood Friend
freebird presents

   1

 ジリリリリ…………!
 けたましく鳴り響く、目覚ましの音。俺は布団の中から右腕だけを出して、思いきり目覚ましのスイッチを押す。
 ガン!
 …………。
 静かになったものの、いつまでも布団の中にはいられない。今日は大学に行かなければ……
 俺はのっそりと布団の中から上半身を起こした。
 うぅ……頭がガンガンする……
 視線をテーブルの上に移動させると、そこには無数のビールの空き缶が散乱していた。
 そうだ……昨夜、篤たちと飲んだんだったな……
 ヤベェ……飲みすぎだ……
 頭を押さえて激しい頭痛に耐えながら、俺は布団の中からゆっくりと立ち上がる。
「ふぁぁぁ〜〜〜……」
 大きく伸びをしてから、俺は支度を始める。
 パサッ……
 クローゼットの中から服を取り出そうとした時、一冊の薄い本のような物が一緒に落ちてきた。
「……何だ?」
 俺はそれを拾い上げた。
 それは――俺の幼い頃のアルバムだった。
「……懐かしいな……」
 ページをめくる。そこには少年時代の、数々の写真が入っていた。
 その写真のほとんどは、2人の少年と1人の少女が一緒に映っている写真だった。
 遊園地のような場所を背景にした写真。左側に立っている、少女の様な顔立ちをした、少しおとなしそうな少年が、俺――南雲恭介(なぐもきょうすけ)。
 今の俺とは随分雰囲気が違うんだな……
 そして中央に立って、カメラにピースをしている、活発そうな日焼けをした少年は、鳴海竜二(なるみりゅうじ)。そして右側に立って、満面の笑みを浮かべている少女は、三村咲(みむらさき)。
 物心ついた時からずっと一緒にいた、幼なじみ……
 この二人はそれだけではなかった……
 俺が恋した少女、咲。
 そして咲が恋した少年、竜二。
 二人は恋人同士だった。





 僕達はいつも一緒だった。
 僕と咲と竜二。
 3人いつも、手を繋いで歩いていた。
 河川敷の土手。そこが僕達のいつもの遊び場所だった。
 僕にとって咲と竜二は特別な存在だった。
 物心ついた時からずっと一緒の、所謂『幼なじみ』。
 咲と竜二は、僕にとってかけがえの無い、大切な親友だった。
 いつも同じように手を繋いで輪を作り、お互いの顔を見て笑い合ってた。
 その時は、僕は何も知らなかったから。
 幼すぎて何も知らなかったから。
 だけど、そっちの方が幸せだったかも知れない。
 何も知らなかったあの頃の方が、ずっとずっと幸せだったかも知れない。



 それはあまりにも自然だった。
 他の同級生とかはもう知っていた。
 気付いていなかったのは僕だけだったのかも知れない。
 他の同級生より遥かに近い存在だったのに。
 竜二と咲。
 二人は付き合い始めていた。
 いつのまにか。
 その時だった。
 僕が彼女に恋をしていた事に気付いたのは。
 咲に告白された竜二に、嫉妬を覚えた時。
 それが嫉妬だと気づいた時。
 僕は初めて気付いたんだ。
 あまりにも遅すぎたのだけど……

 でも咲も竜二も、僕にとっては特別な存在だったから。
 二人の前ではいつも笑っていた。
 そして彼女も笑ってた。
 純粋であどけない微笑みを、いつも絶やさなかった。
 幸せそうな微笑み。
 その微笑みを見る度に、僕は僕の心は揺れていた。
 僕も君が好きなんだ。
 その言葉を、何度言おうとしたことか。
 だけど言えなかった。
 言ったら全て終わってしまう気がして。
 だからせめて素直に言ってくれれば。
 もう分かってるんだから。
 二人が付き合ってる事、隠さずに言ってくれれば。
 僕は唯の幼なじみでしかないんだって言ってくれれば。
 僕も僕で諦めがついたのに。

 やがて遠くなった。
 僕と咲と竜二の距離が。
 一緒に話す事も少なくなった。
 一緒に帰ることも少なくなった。
 一緒に遊ぶ事も少なくなった。
 咲と竜二は恋人同士で、僕は唯の幼なじみ。
 恋人同士の咲と竜二は前を歩き、幼なじみの僕は置き去りにされていた。

 やがて僕は彼らに笑う事が少なくなった。
 だけど竜二も咲も、その事に気付かなかった。
 まるで最初から、その関係が当然だったかの如く。



   2

「まいったなぁ……」
 俺は大学の玄関から外を眺めながらため息をついた。
 外は土砂降り。夕立だ。
 アスファルトに叩きつける雨が、独特の匂いを発していた。
「よ、恭介。どうした?」
「ん?おお、篤」
 突然肩を叩かれて、その方向へと振り返る。そこには俺よりも少し小柄で、前髪を立てた同期生――水沢篤(みずさわあつし)が立っていた。
「いや、この雨だろ?俺、傘持ってきてなくてさ」
「そっか。今朝、かなり晴れてたもんな」
「ああ、全く持って予想外だよ」
 悔しげに振り続ける雨を睨み付ける。
「ま、それじゃぁ俺の傘貸してやるよ」
 そう言って、篤は傘立てから自分の黒い傘を取り出して俺に渡した。
「え?いいのか?」
「ああ、俺、どうせこのまま此処に残るし。帰りは信二辺りの車に乗せてもらうつもりだったし」
 そう言いながら笑顔を見せる篤。
「そ……そうなのか?じゃあ、遠慮せずに借りてくよ」
 俺も笑顔を作りながら、その傘を受け取る。
「ああ、ちゃんと返せよ」
「分かってるって。サンキュ、篤」
「じゃな、恭介」
「ああ、バイバイ」
 別れの挨拶を済ませ、俺は降り注ぐ夕立の中、傘を差しながらキャンパスを出て行った。

 ビシャビシャビシャ……
 水溜りの雨水を勢いよく跳ね飛ばしながら走り行く車。俺は器用にその水をかわしながら歩いていく。それでもやはり、激しい雨と、出来たばかりの水溜りに、俺のズボンの裾は既に濡れている。
 冷たく、嫌な感じではあったが、俺は雨が嫌いではなかった。いつも見慣れている街でも、雨の日は少し違って見えた。アスファルトに雨が叩きつけられて鳴り響く音も、独特の匂いも好きだった。
 それにしても……
 何だか今日の雨は、少し不思議な雰囲気を出していた。
 何かいつもと違う、そう、何かが起こりそうな予感――
 俺の第6感はそう告げていた。
 そしてその日に限って、少し寄り道をしていこうと思ったのは、決して偶然では無かっただろう。
 移動させた俺の視線の先にあるのは、かつて幼い頃、『3人』でよく遊んだ、橋の下の土手――俺はそこを目指して歩き出した。



 そこは、全く変わっていなかった。
 そこから眺める風景は、幼い頃と比べて大きく変わっているが、その土手自体は全く変化が見られなかった。
「…………」
 俺はその土手の上に登って辺りを見渡した。
 その視線の先にあるのは特に代わり栄えのしない街の風景。
 そして俺は無言で立ち尽くしていた。
(俺は何故、こんな所に今更来たんだ?)
 自分自身に疑問を投げかける。
 ワザワザ雨の中、回り道をしてまで此処に来た理由。ここに来て得られたものなど、過去の思い出だけだ。
 幼い頃『3人』で遊んだ記憶。『3人』で喧嘩した記憶。
 懐かしき想い出から、恥ずかしい想い出まで――
 そこには多くの想い出が残っていた。
(女々しいな……)
 俺は自虐的に微笑んだ。
 幸せだった頃の想い出に浸ったって、あの時の幸せが戻ってくるわけではないのに――
 それどころか、悲しくなってしまうというのに……
 唯一人、置き去りにされた、悲しい想い出――
 それを思い出す事になるというのに……
(あの二人――仲良くやってるかな……?)
 何となく、俺はそう思った。
 あの二人は、互いに想い合っていた。
 だから良かったんだ。
 あの結果が一番いい結果だったんだ。
 たかが片思いの俺如きが、あの二人の近くにいてはいけなかったんだ……
 だから俺は、あえて置き去りにされる方を選んだんだ……
 あの二人の幸せの為に……
 かけがえの無い、幼なじみだったあの二人の為に……
 なのに、どうして、こんなに悲しいんだろうな……
 フゥ……、とため息をついて、俺は振り返った。
「…………!」
 驚愕は声にならなかった。
 一瞬時が止まったかのように感じた。
 振り返った先に立っていたのは……
 かつての幼なじみ、三村咲だった……



   3

 大人っぽくなった顔。後ろで一つに束ねられた髪。
 かつて少女だった頃の面影は、今もしっかりと残っていた。
 驚愕の表情を浮かべている俺とは反対に、彼女はまるで、『待っていた』かのような落ち着いた表情で俺を見つめていた。
「咲……」
 俺は呟いた。
 同時に、彼女の右手に掴まれていた白い傘が宙を舞う。
 降りしきる雨の中、回転しながら宙を舞う傘。やがて重力に従い雨の降り注ぐ大地に落ちるであろうが、俺はその落ちる瞬間を目にする事は出来なかった。
 何故なら、それよりも前に、咲が俺の胸の中へと飛び込んできたからだ。
「…………!」
 言葉が出なかった。
 突然現れ、突然抱きついてきた幼なじみ……
 さらに俺の腕の中の彼女の頬には、涙が伝っていたのだ。
 俺の背中に回された彼女の腕は、固く俺の体を締め付ける。
 痛かった。
 でもその痛みが、彼女の心の痛みの様な気がした。
 彼女の肩が小刻みに震えていた。
 強く強く、何かから逃れるかのように、彼女は腕に力を込めた。
 彼女に何があったのかはわからなかった。
 彼女は何を求めて俺を抱きしめるのかは解らない。
 だが今の俺に出来る事は、彼女を受け入れ強く抱きしめる事――
 本当にそうなのだろうか?
 彼女には竜二がいるのではないのか?
 しかし今、彼女は俺を抱きしめている。
 だったら俺も受け入れるしかないのではないのか?
 いや、問題はそこではない。
『彼女が求めているもの』
 それが何なのか……
 彼女はアイツの――竜二の代わりを求めているのか?
 だったら俺にはそれは務まらない……
 アイツとは幼なじみだったけど……
 俺とアイツとの共通点なんて……
 俺とアイツは全く違うんだ……
 昔からそうだった……
 アイツは積極的で行動派。
 俺は消極的でおとなしかった。
 今だって結構無理してる。
 もともと消極的なのに無理して積極的な自分を演じてる。
 俺とアイツは違うんだ。
 昔から仲がよかった。
 だけど俺達は全く違っていたんだ。
 君がアイツの代わりを求めているのだったら、俺にそれは務まらない。
 自分じゃないヤツの代わりなんて、俺だって嫌だ。
 だけど……だけど……
 何故だろう?
 俺は拒否できなかった。
 必死で抱きついてきて、俺の胸に顔を埋めて泣いている彼女を、俺は拒否できなかった。
 したくなかった。
 まだ俺は、彼女のことが好きだった。
 忘れる事が出来なかったんだ。
 初恋の相手で、今まで唯一恋をした少女を……
 彼女にはアイツがいるのに……
 俺はアイツの代わりになれないのに……
 俺は彼女を幸せに出来ないのに……
 俺は彼女を拒否できなかった。
 自分の想いに、嘘をつけなかった。
 俺と腕の中の彼女を包むように、俺の右手に握られた黒い傘。
 そして彼女を抱きしめる事さえ出来ず、降ろされている左手。
 永遠とも思える時の中、そこにあるのは彼女のすすり泣く声と、それを掻き消そうとする雨の音だけだった。



   4

 いつの頃からだっただろうか……
 いつも3人だった僕達が
 『恋』を覚えてしまったのは……
 そして僕達は分かれてしまったんだ
 『2人』と『1人』に……
 『恋』さえ覚えなきゃ
 いつまでも幸せな『3人』でいられたのに……



 その空間は雨の音だけが支配していた。
 すすり泣く彼女の声さえも、雨の音に掻き消されていた。
 俺は彼女を拒否するでも受け入れるでもなく、永遠とも思える時の中、その場に立ち尽くしていた。
 彼女が何を求めているのか……
 アイツ――竜二の代わりを求めているのであれば、俺は彼女を受け入れるわけにはいかない。彼女を傷つけさせない為にも。
 だけど俺にはそれが出来なかった。
 たった一人、恋した少女。そして今でも色褪せない想い。
 それを裏切って、彼女を手放す事は出来なかった。
 あの時俺は、自分を犠牲にして、二人を幸せにしようと考えていた。
 自ら置き去りにされて。自らの想いに嘘をついて。
 咲と竜二の為に。
 だから……だからこそ……
 今こそ自分の気持ちに正直になった方がいいのかもしれない。
 自分勝手な考えだけど……
 その選択が彼女を傷つけることになるかもしれないけど……
 でも、俺はもう、自分の想いに嘘をつきたくない。
 あの時の、耐え難い悲しみと寂しさを失いたくない。
 俺にアイツの代わりは務まらないけど……
 俺だって咲の幼なじみなんだ……
 彼女とずっと、昔から一緒だったのはアイツだけじゃないんだから……
 俺にだって、彼女を幸せにすることは出来るはずだ。
 いや、やってみせる。
 少なくとも、今俺の腕の中にいる彼女は、何かを求めているんだ。
 自分の悲しみを癒してくれる、何かを。
 その役を、俺は任されたい。
 彼女の為に、なりたい。
 彼女と共に、いたい。
 だから……
 だから俺は右手の傘を落とした。
 俺の手を離れた傘は、雨に濡れた土手を転がっていった。
 そして空いた両手を、彼女の背中に回した。
 強く強く抱きしめた。
 彼女の望みを叶える為に。彼女を放さないように。
 俺は強く強く彼女を抱きしめた。
 そして彼女も強く強く俺を抱きしめる。
 早くなる俺の鼓動と、早くなる彼女の鼓動が一つになっていく。
 容赦なく打ち付ける雨も、今は気にならなかった。
 僕は彼女の背中の右手を、彼女の後頭部の位置まで持ち上げる。
 そして彼女の頭を僕の胸に押し当てた。
 雨音だけが支配する世界。
 俺と彼女は、互いに強く強く抱きしめあっていた……

 愛とか友情とか
 幼なじみの想い出とか関係とか
 そんなのはもう、関係なかった。
 僕は唯、離したくなかった。
 やっと手に入れた、大切なもの。
 いつか失うかもしれない、かけがえのないもの。
 僕は今、手に入れた。



   エピローグ

 それは信じられない事実だった。

『竜二は、1ヶ月前に交通事故で亡くなったの』

 俺の腕の中から顔を上げた彼女の唇から、その言葉は紡ぎ出された。
 悲しみに震える、その言葉。
 そして雨と涙に濡れた、彼女のあまりにもか弱いその表情。
 俺は一瞬疑った。
 俺なんかに、本当に彼女を幸せになんて出来るのか?
 彼女は、最後までアイツを想っていたのだから。
 そして今でも、アイツの事を想っているのだろう……
 そんな彼女の心に、俺が入り込むような隙間は空いてはいないだろう。
 空いてはいない、だけど……
 空けてみせよう。無理やりでもいいから。
 アイツを忘れろ、なんて言えないけど。
 アイツよりも好きになれ、なんて言えないけど。
 それでもアイツの次ぐらいには好きになって欲しい。
 俺を傍に置いて欲しい。
 今はアイツはいないから……
 今、彼女を守れるのは俺だけなんだ……

 雨が止んだ後の、想い出の土手。
 晴れ渡る青空と白い雲を映し出す水溜り。
 そして天にかかった虹の橋。
 俺は電柱横に転がっている黒い傘を拾い上げ、彼女に向き直った。
 傘を閉じ、左手に持ち変える。
 そして俺は空いた右手を彼女に差し出した。
 咲はキョトンとした表情で俺を見つめている。
 俺は笑顔を作りながら呟いた。
「さ、行こう」
 その一言に、彼女も満面の笑顔を作った。
 そして右手で俺の右手を握る。
「うん!」
 まるで、幼い頃に戻ったかのようなあどけない笑顔を見せる彼女。
 もう、彼女の表情から、悲しみは消えていた。
 俺にも彼女を幸せに出来るのかな……
 いや、出来るさ。
 今みたいに、彼女を笑顔にすることは、俺にだって出来るはずさ。
 俺は彼女の幼なじみだった。
 そして今は彼女の彼氏なんだ。
 だから必ず、彼女を幸せに出来る筈だ。
 アイツの分まで、彼女を幸せにしてみせるさ……
 見てろよ、竜二。



     
Fin




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