PROLOGUE

 蒼く輝く満月
 薄闇に群れる雲達
 輝く星空の合間
 流れる一筋の光

 あの流れる星に
 願った僕達の願い
 いつまでも いつまでも一緒だよと
 笑ったあの日の想い出

 無残に崩れ去ってゆく願い
 ありえない永遠を捨て
 月さえも雲に隠れた
 この闇夜のもと

 君に告げよう 別れの言葉を
 泣き崩れる君 響く悲しみ
 見上げた先は 果てしない闇
 月さえ見えぬ 果てしない闇

 道端の花さえも
 無情に踏み潰すような
 Disordered heart 胸に残して
 今夜も一人 朝を迎えよう


Farewell
freebird presents



――そもそも僕らは、何故出会ったのだろうか?

 春になり、高校生活の2年目が始まった。そして新しいクラスで、僕と彼女は出会った。
 その時は、まるで運命だ、なんて馬鹿げた事言って、僕らの関係は永遠に続くと思っていた。
 僕と彼女が出会ったことすら、唯の偶然だったというのに……
 偶然のもとに出会った僕らが――お互いの事だって、大して知らない僕らが――いつまでもうまくいく筈が無い事、わかっていた筈なのに……
 わかっていたけど、認めたくなかったのかもしれない……
 幸せだった時間を、否定したくなかったのかもしれない……
 だから二人して流れ星に永遠を誓ったり……
 だけど流れ星が願いを叶えるなんて、誰が言った?
 そんな儚い願いにしがみついたって、後で悲しくなるだけなのに……
 永遠の幸せなんて無い事……
 僕は、知ったんだ……



 地下鉄の駅へ続く階段の前――辺りにはすっかりと漆黒の帳が舞い降りていた。
 もう既に夜の9時をまわっているだろうか…………眠る事の無い街をバックに、僕は緊張した面持ちで目の前の彼女を見つめている。
「話って何?玲ぁ……」
 少し首を傾げて、彼女は訝しげな視線を僕に向ける。
「…………」
 僕は唯、彼女をみつめたまま何も応える事ができなかった。
 最後の言葉は、喉まで出掛かっている。
 最後の言葉――『別れよう』……
 その言葉さえ吐き出せば、全ては終わる。
 だけどその言葉が――たった5文字の言葉が、いつまでも喉の奥に引っかかっていて、出てこない。
「ねぇ〜、どうしたのぉ?」
 茶色に染めたショートカットの彼女は、いつまでも黙り続けている僕に対して、一層訝しげな視線を向ける。
 彼女は、何もわかっていない。
 僕が次に吐き出す言葉が、別れの言葉だということを……
 彼女が今、僕に急かしている言葉が、僕達の最後の言葉だということを……
 夜の街の喧騒も、今の僕の耳には届かない。
 秋の夜の肌寒い風も、今の僕には感じられない。
 今僕の視界にいるのは、不思議そうに首を傾げている一人の少女だけ――
 ――『何でもない』
 微笑みながらそう言えば、全ては無かった事になる。
 またいつもの、変わらない幸せな日々が戻ってくる。
 それが一番いい。
 それが一番いいんだ。
 別段、僕らが別れる必要なんてないんだよ……
 今すぐ分かれる必要なんて無いんだよ。
 僕のちょっとした気まぐれなんかで別れる必要なんて……
 また変わらない幸せな日々を……
 ――変わらない?
 変わらない日々なんか、過ごす意味があるの?
 ――幸せな日々?
 本当に?本当に幸せだった?
 本当に幸せじゃなかったから、僕は今、こうして此処で悩んでいるというのに……
 やっぱり……言おう……
 僕がそう、思ったときだった。
「玲……」
 彼女が、とても不安そうな顔で僕を見つめていた。
 彼女の瞳は、悲しみ色に染まり、震えていた。
 彼女も感づいたのかも知れない。
 僕が今、何を言おうとしているのかを……
 デートの最後に、突然話があると言い出して――それも酷く真面目な顔で――そして今は悩み苦しむ表情で何かを伝えようとしている……
 それが僕達の最後の言葉だということを、彼女も感づいてしまったのかも知れない……
 その表情は、あまりにも儚かった。
 触れたら壊れてしまいそうなほど、彼女のその表情は繊細で儚かった。
 もし僕が此処で、別れの言葉を呟いてしまったら……
 彼女は――



 彼女はずっと、僕の事を想い続けていてくれた。
 こんな僕の事を……必死に、想い続けていてくれた……
 だから僕は今日、彼女をデートに誘った。
 彼女は心のそこから喜んでくれた。
 その時僕は、彼女の僕に対する想いが、全く薄れていない事を悟った。
 凄く、嬉しかった。
 同時に、凄く悲しかった。
 胸の奥から、罪悪感が込みあげてきた。
 僕が誘ったデートは、『最後のデート』だから……
 最後に最高の想い出を創って……
 デートの終わりに別れの言葉を伝えようと思っていたから……
 その『最後のデート』を、彼女は喜んで賛成した。

『楽しみだね』

 僕は微笑み返すしかなかった。



 ショッピングをして、映画を観て、ゲーセンに行って……
 いつもはあっと言う間に過ぎていくデートの時間が、今日だけは凄く長く感じた。
 そして、凄く楽しかった。
 今までのデートとは比べ物にならないほど、そのデートは最高だった。
 そして彼女も凄く笑っていた……
 凄くはしゃいでいて、見ているこっちまで嬉しくなってしまいそうな、凄く幸せな笑顔を見せてくれた……
 だから僕は、忘れていた。
 これが最後のデートだと言う事を……
 でも忘れていたからこそ良かったのかも知れない……
 忘れていたからこそ、あんなに楽しめたんだと思うから……
 そしてデートの終わり……
 僕は、彼女が乗る電車の発車時刻に余裕を持たせて、この地下鉄の駅へ続く階段の前で、彼女を止まらせた。

『大切な話があるんだ……』

 そう、言って……



 何も無かったことにすればいいんだ……
 今日のデート、楽しかっただろ?
 またこんなデート、味わえるかもしれないだろ?
 だから、『何でもない』って言って……
 彼女を送り届けてあげればいいんだ……
 そうすれば彼女だって、少し疑問が残るだろうが、深くは追求しないはずだ……
 彼女だって、もう感づき始めてるんだから。
 彼女だってこんな結末は望んでいないのだから……
 僕は決心した。
 僕にとっても、彼女にとっても、
 一番いい結果になるであろう言葉を……
 『何でもない』っていう言葉を……
 紡ぎだそうと口を開く。
 少し、ためらった。
 変わらない毎日を再び送る事になるんだぞ?
 ……いや、違うよ。
 一度別れようとしたからこそ、僕は彼女の大切さを知ったんだ……
 だから、大丈夫だよ……
 今度こそ、僕は幸せになってみせるから……
 彼女を幸せにしてみせるから……
 再び口を開ける。
 そして――
 ――言葉を、紡いだ……

『何でもないよ』

 電車が通過する音が、僕の言葉を掻き消そうとして……
 少しかすれてしまった僕の声は、完全に消されてしまった。
 唯一つ、ぎこちない笑みだけが、彼女に伝わった。

「……え?」

 彼女は、僕の笑顔を見て少しだけ安心したように聞き返した。
 僕はもう一度、言葉を紡いだ。
 今度はしっかり、力強く、はっきりと……



――『別れよう』……



 次に僕の視界に入ったのは……
 顔を両手で覆い隠し、その場に泣き崩れる君の姿だった……





 僕が彼女との関係に疑問を持ち始めたのは、本当にほんの些細な出来事からだった。
 夏の始まり――その頃には僕達の関係はかなりいい調子だった。数回のデートを重ね、お互いの好みも今考えている事も、何でも解りあうことが出来ていた。だからこそ、あんな些細な事に対しても、僕は敏感だった。

 あれは久しぶりのデートの日だった。彼女がバイトを始めてから、僕たちが学校以外で出会う時間も少なくなっていた。学校においても、さすがに人前でベタベタするわけにもいかず、それ程いつも一緒にいる、という訳では無かった。だからその日はひさしぶりのデートだったのだ。
 いつものデートコースに、新しく見つけたお洒落な店を周り、時には小さなハプニングを交えながら、僕たちはデートを楽しんでいた。
 そしてデートの最後にいつも立ち寄る公園のベンチ。僕たちはここで他愛の無い会話をしながら、初夏の夕暮れを過ごしていた。
 そして僕は、会話の途中で、何となく呟いた。
「好きだよ……」
 何気なく、さも当たり前のように呟いた言葉だった。
 そして彼女も、その言葉に『私もだよ……』と返してくる筈だった。いつものように。
 だけど……
 彼女は笑った。
 屈託の無い、可愛らしい笑み。
 唯、それだけだった。
 僕は、それに疑問を持ったのだ。
 言葉を紡がず、笑みだけで返した事。
 さらにその時、僕には彼女の笑みが、とてもぎこちなく見えたのだ。
 当然、彼女にそんなつもりは無かっただろう。
 言葉を紡がなかったのも、単なる気まぐれに違いない。
 だけど僕には、当時、大きな疑問に感じたのだ。
 彼女の事を全て理解していると思っていたから。
 彼女が『私もだよ……』と返してくれるはずだ、と思っていたから。
 それが当然だと思っていたから。
 そんな僕の予想が、外れていたから。

 次に僕が疑問を感じたのは、夏休みに入ってからだった。長期休暇ということで、僕は僕たちの会える時間が増えると思っていた。それが凄く楽しみだったのだ。
 だけど、彼女はバイト詰めで、会える時間が全然取れなかった。
 当然僕自身もバイトはあったが、それはコンビニの深夜のバイトだったので、昼間の時間はしっかりと確保してあった。眠い目をこすりながらでも、彼女といたいという想いはあった。
 仕方が無い事、それはわかっていた。
 だけど僕には、当時、それが大きな疑問だったのだ。
 彼女は本当に僕が好きなのか?
 その疑問が僕の頭に纏わりついて離れなかった。
 その疑問の答えは、今、こうして彼女が目の前で泣き崩れている事実から判る事なのだが……
 彼女は、本当に心の底から僕のことが好きだったのだ。

 それだけじゃない。僕が彼女と別れようと決心したのは。
 それは、夏も終わり、残暑も過ぎ去った、秋の日だった。
 次第に彼女との時間が増えていっているにも拘らず、僕は彼女との関係に対して、疑問を持ち続けていた。そんな僕の心の隙間に、一人の少女が入り込んできた。
 やがて僕は、彼女に惹かれていく自分に気付いた。
 全てを受け止めてくれるような、安心させてくれるような少女。
 彼女自身も、僕のことを想ってくれていることは明白だった。
 その少女との出会いが、僕に決心させたのだ。
 彼女との別れを――





 僕の目の前で、しゃがみこんで泣き続けている彼女。僕は唯、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。どれくらいの時間が経ったのかも判らなくなるほど、僕はその場に立ち尽くしていた。
 きっと僕にとっても、彼女にとっても、今この時間ときだろう。
 やがて彼女はゆっくりと立ち上がった。
 その双眸は、溢れんばかりの涙を溜めていた。その瞳の色は、悲しみと、そして怒りに塗り固められていた。
 彼女が握り締めるこぶしは、震えていた。
 彼女はこみ上げる悲しみと怒りに耐えるように、その唇を固く噛んでいる。
 そして……
 左頬に生じた衝撃と痛み。
 耳元で弾けた小気味良い音。
 全てが、まるで遠くで起こったような非現実さを感じさせていた。
 信じたくなかった。
 自分の選択が、間違っていた事を。
 最後に残されたのは、眩しいほどに輝く星空だった。





   EPIROGUE

 無残に崩れ去ってゆく願い
 ありえない永遠を捨て
 月さえも雲に隠れた
 この闇夜のもと

 君に告げよう 別れの言葉を
 泣き崩れる君 響く悲しみ
 見上げた先は 果てしない闇
 月さえ見えぬ 果てしない闇

 後悔と自責の念に駆られ
 自虐的な言葉 吐き続けている
 星は死に 新しく生まれ変わるのに
 僕はまだ 下を向き続けている
 そして今夜も一人 朝を迎えよう

 どんなに要らないと思ったものでも
 失う時 または失った後
 その大切さに気付いてしまう

「自分を傷つけることと、他人ひとを傷つけることは
 何一つ、変わりはしない――」



    
 Fin


   あとがき 
えー、先ずお詫びを。
 「ありふれた小さな恋の物語」第1弾!第2弾!とかほざいておきながら、第3弾以降の投稿は未定です。いや、アイデアはあるし、プロットもある程度出来上がっているのだけど、完成させる時間がありません。何故なら、現在、長編恋愛ノベルの製作を行っているからです。さらに、想君を完クリした後に、望EDASの製作を予定しているので、とてもじゃありませんが、時間が確保できません。よって、「ありふれた小さな恋の物語」シリーズは無期限延期とさせていただきます。代わりとして、現在製作中の長編恋愛ノベルを、皆さんの納得のいくような作品に仕上げる事を約束します。また、その完成も出来るだけ早くさせるつもりなので、誠に勝手ながら、ご勘弁の程、よろしくお願いします。
 さて、今回の作品についてですが、今回は意図的に心理描写中心に創り上げてみました。読みづらい点などもあったかもしれませんが、いかがでしたでしょうか?
 感想、お待ちしております。
 でわでわ、長編恋愛ノベル「In the
wind〜夏風の想い出〜(仮)」の完成を、お楽しみにしていただけると幸いです。
 freebirdでした。




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