02/10/12

 逢いたい・・・
 唯、それだけだった・・・
 唯、それだけが私の心を支配していた・・・
 夜の藍ヶ丘―――肌寒い空気が辺りを漂う夜の街を、私は彼の元へと向かう・・・
 はっきりいって、満足に歩ける状態ではなかった・・・
 腰はふらつき、息も絶え絶えの状態―――それでも私は歩く。唯、彼の元へと・・・
 逢いたい・・・
 そう、逢いたい・・・
 私は逢いたい・・・
 彼に・・・
 私は逢いたい・・・
 そして、最期の時間を、彼と共有したい・・・
 だから私は歩く・・・
 痛み抑え、涙堪え・・・
 唯、私は歩く・・・
 そう、彼の元へと・・・

 彼の家へと辿り着いた。
 私は、ゆっくりと右手を上げ、呼び鈴を鳴らした。
 何度も・・・何度も・・・


Lost Memories
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「みなも、夜の海だよ」
 私の頭上で、智也さんが呟く。
「うん」
 私は小さな声で返した。
「ほら、オリオン座が輝いてる」
 智也さんは、私を抱きしめている彼の腕に力を入れる。
「・・・うん」
 私は智也さんの腕の感触を感じていた。
「もう、冬が始まるんだな」
 冬の海岸・・・漆黒の闇と肌寒い空気が辺りを支配していた。
「・・・・・・う・・・ん」
 しかし私は智也さんの腕の温かさを感じていたため、寒さは感じなかった。
「寒くないか?」
 そして私は目を閉じた。
 闇よりも深い、漆黒の世界へ・・・
 しかし、そこには居心地の良い光の世界が広がっていた。
 想い出という名の、光が・・・



「じゃあ、みなも。デッサンもいいけど学校に遅れないでね」
「うん、わかってるよ。いってらっしゃい、お母さん」
 一言だけ残して、母は慌てたように家を飛び出していった。
 私の心配より、自分の心配した方がいいのに・・・
 そんなことを考えながら、私は酷く集中していた。
 私の視線の先には、私の庭―――そこには可憐に咲き誇る数種類の花々があった。
 今、私はその花々のデッサンをしている。
 あまりやりすぎると、学校に遅れる事は解っていたけど、今、止めるわけにはいかない。描ける時に描いておきたいから。
 母もそんな私の性格を解かっているのか、あの一言だけを残して出て行ったのだ。
 まぁ、単に遅刻しそうなだけだったのかもしれないけど。
 あっ、私も早く完成させないと、遅刻しちゃう。
 私は再び、目の前のキャンバスに筆を滑らせた。
 真っ白なキャンバスに、私の世界が広がっていく。
 カラフルな色が世界を染める。それは私の心の中に生きている世界。私だけの世界。
 その世界を、私はキャンバスに吐き出していく。
 そして世界は、形成されていく・・・

「で・き・たーーーーー!!」
 両手でキャンバスを持ち上げて、一人喜びの声を上げる私。
 そのキャンバスには、私の思い描いていた世界が広がっていた。
 家の庭である事は間違いないんだけど、家の庭ではない世界。
 そんな世界が、目の前のキャンバスには広がっていた。
「あぁ〜〜よかったぁ〜〜完成して・・・」
 目の前の私の世界を見つめる私。私はそこで重大な事に気付いた。
 思いっきり振り返り、部屋の中の時計を見る。
 そこには・・・
 ―――8時25分!?
 ああっ!完全な遅刻コース!!
 私はすぐさまキャンバスをキャンバスバッグにしまいこみ、ダッシュで机の上の冷めた食パンをかじる。
そして鞄を拾い上げ玄関に向かい、靴を履いて外に出た。
 家の外にはすがすがしいまでの秋空が広がっていて、吹き抜ける風も、残暑を忘れさせてくれるような、気持ちのいい秋風だった。
 しかし今の私には、そんなすがすがしい秋の朝を堪能している余裕は無い。
 私は昔のマンガの様に、口に食パンを銜えながら全力疾走で朝の街を駆け抜けて行った・・・

 ふぅ・・・
 ギリギリセーフだった。
 あともう少しでこの電車にも乗り遅れるところだった。
 まぁ、どのみち遅刻確定なんだけどね。
 私は車両の外に見える、静かな街の風景をじっと見つめ続けていた・・・
 不思議な感じだった・・・
 いつもと違う世界がそこには広がっていた。
 いつもの様に混み合ってもなくて、気持ちのいい秋の風が車内に吹き抜ける。
遅刻確実だというのに、私の心は何故か酷く落ち着いていた。
 たまにはこんな日もいいかも・・・
 そんな事を思ったりしていた・・・

「澄空ぁ、澄空に到着です」
 目的地に着いたことを知らせるベルの音が、車内に鳴り響く。
「よいしょ・・・」
 私は足元の大きなキャンバスバッグを持ち上げた。私は肩にキャンバスバッグを担ぎながらフラフラと
した足取りでゆっくりと出口へと向かう。
 その時―――
「間に合わないぞ!」
 突然、そんな声が聞こえた。
「え・・・?」
 私はその声のした方向へと視線を向けた。そこには先輩らしき人がホームに立っていた。
 目が、合った。
 直後に鳴り響く発射のベル。
 えへっ、駄目だったよ。
 私はホームに立っている先輩に、恥ずかしそうに笑った。
 次の瞬間。
 信じられないスピードで伸ばされた彼の腕が私の手首を掴む。
 そして私は力任せに引っ張られた。
「きゃっ!」
 私の小さな悲鳴は、背後で聞こえた扉が閉まる音に掻き消された。
 間一髪。
「こっちっ!!」
「きゃ!」
 彼は私の手首を掴んだまま、逃げる様にして改札を走り抜けた。

「はぁはぁはぁ・・・」
「だ、大丈夫ですか?」
 肩で息をしている彼に、私は声をかける。
「ああ、とりあえずはね」
 彼は顔を上げて、少し笑いながら返した。
「すみません。あの、ぼうっとしていて」
「えっと、君こそ怪我とか無い?大丈夫だった?」
 優しく聞いてくる彼に私は応える。
「私は大丈夫です・・・」
「うん、よかった。気をつけなきゃね」
 彼は笑顔を湛えながら返した。
「あ、そ、それじゃあ、オレ、もう行くから」
 あっ・・・
 私はほとんど反射的に彼の手を引いていた。
「え?」
 彼が私の方を振り返る。
 私は何を言ったらいいのかわからず、少し慌ててしまう・・・。とにかく、御礼を言わなくちゃ・・・
「あ、ありがとうございました。おかげで降りることが出来ました。あの、ぼうっとしていて、カバンが重くて」
 ああ、もう、私、何言ってるの!?
「いいんだって。ほら、早く学校行かないと。授業始まるよ」
 そんな私に、相変わらず笑顔で返す彼。
「あ、はい・・・よいしょ」
 とにかく彼の言うとおり学校へ向かうため、私はキャンバスバッグを持ち上げようとするが・・・
 その時、彼が私のキャンバスバッグをひょいと取り上げた。
「あ・・・」
「さ、行こうか」
「・・・あ、ありがとうございます」

商店街に入った。自己紹介ぐらいはしておいた方がいいかな、と思った私は、彼の方へと向き直って自己紹介を始める。
「私、伊吹みなもです。あの、美術部で、そういうの持ってるんです」
私の自己紹介を受けた彼も、同じように自己紹介を始める。
それは自然な流れであり、私もそうくるであろうと予測していた。
しかし、彼が名乗った彼の名前は、私にとって全く予測していなかった名前だった。
「あ、オレ三上な。下の名前は智也ね。2年なんだけどよろしくな」
・・・三上・・・智也・・・?
彼が名乗った彼自身の名前が、私の頭の中で、幾度と無くリフレインする。
・・・三上・・・智也・・・
その名前を・・・私は知っている・・・
かつて・・・私の大切なお友達だった、そして私の従姉妹であった娘・・・
桧月彩花・・・彼女の恋人の名前・・・確か、三上智也だった筈・・・
そして彼も私と同じ澄空学園の人・・・
じゃあ、今、私の目の前にいる人は・・・
「ところで伊吹さん?」
「え?」
 彼のかけた声で、私は我に返った。
 目の前にいる、かつての友達の恋人―――三上智也さんの声で・・・

 それが、私と智也さんの出会いだった。
 そして私は、いつのまにか彼に恋をした。
 想い出の中の大切なお友達が恋をした人に、私も恋をした・・・

 ねぇ、彩花ちゃん・・・
 私・・・ね・・・智也さんに恋をしちゃった・・・
 彩花ちゃんが恋をした人に・・・
 私も恋をしちゃった・・・
 彩花ちゃんの言う通り、彼・・・とても優しくていい人だね・・・
 彩花ちゃんが好きになるのも解るよ・・・
 現に、私もこうして好きになっちゃったんだから・・・
 ねぇ、彩花ちゃん・・・
 私、どうだったかな・・・?
 彩花ちゃんに負けないぐらい・・・いい恋人になってたかな・・・
 彩花ちゃんの代わりにはなれないけど・・・
 彼を・・・智也さんを少しだけでも幸せに出来たかなぁ・・・
 でも・・・私・・・いけない娘だよね・・・
 また・・・智也さんを悲しませちゃうかもしれない・・・

 光の中で、彼女が微笑んだ・・・

―――ううん・・・そんなことないよ・・・
―――大丈夫・・・智也は、みなもちゃんと出会えただけで、充分幸せだったに違いないよ・・・

 彩花ちゃん・・・

―――だって・・・みなもちゃん、凄くいい娘だから・・・
―――智也だって、幸せに決まってるよ・・・
―――それに・・・みなもちゃんだって智也といられた1ヶ月は、凄く幸せだったでしょう?

・・・うん・・・
私・・・智也さんといられたこの1ヶ月・・・とても・・・とても幸せだった・・・

―――だったら・・・智也だって幸せに決まってるよ・・・

 うん・・・そうだね・・・
 きっと・・・そうだよね・・・

 私は光の中の彼女に微笑む。
 そして彼女も微笑返す。

―――それに・・・後は唯笑ちゃんが、何とかしてくれるよ・・・
―――私達の代わりに、智也を幸せにしてくれるよ・・・
―――唯笑ちゃんにだったら、その役を渡してもかまわないでしょう?

 うん。唯笑ちゃんは、凄くいい人だから・・・唯笑ちゃんにだったら、智也さんを幸せに出来る筈だよ・・・

―――うん。そうだね・・・
―――じゃあ、みなもちゃん・・・智也との、最期の時間を、大切に過ごしてね・・・

 うん。すぐにそっちに行くから・・・待っててね・・・彩花ちゃん・・・

 私は光の中の彼女に別れを告げると、その光の中から逃れるべく、目を開ける。
 光から逃れ、光を得るために・・・

 目を開けると、眼前にはしんじられない光景が広がっていた・・・
 一面の金色の海・・・
 私の目の前には、金色の海が水平線の彼方まで広がっていた。
 海面に落ちた無数の落ち葉が、朝の光を反射して一面を金色に染めていた・・・
 かつてオチバミの時、私が見たいと思っていた、金色の海・・・
「本当にあったんだな・・・」
 私の頭上で、智也さんが呟いた・・・
「うん・・・」
 私もそれに返した。
 すでに力が無くなっているのが私にも解った。
 もしかしたら・・・この海は、私の最期の力を振り絞って描いた、私の世界なのかも・・・
 私だけの・・・ううん・・・私と智也さんのふたりだけの世界・・・
 広大な海というキャンバスに描いた、私達の世界・・・
 果てしなく輝く金色の海は、私の涙さえも金色に輝かせていた。

 そして私達は静かにキスをした。
 最初で最後のキスをした。
 金色に輝く海を前に。
 朝の冷たい空気に包まれた浜辺で。
 そしてどちらからともなく唇を離した。
 だけど、智也さんは顔を下げたまま、私の顔を見つめている。
 私は、満面の笑みを浮かべながら、最期の一言を呟いた。

「大好きです、智也さん」



 そして私は再び眠りについた・・・
 永遠に目覚める事が無いであろう眠りに・・・
 そして世界は闇に包まれる・・・
 しかしそこは、すぐに光に包まれる。
 眩しくも無い、安らかな光の世界・・・
 そこに彼女はいた。
 背中に白き翼を生やした一人の少女。
 少女は優しく微笑んだ。

―――今度は私達が見守る番だよ。

 彼女は微笑みながらそう言った。

―――うん、そうだね。

 私も微笑み返しながらそう言った。
 私は自分の背中に視線を移した。
 そこには、彼女と同じように、純白の翼が生えていた。

―――ここは、彼の心の中なんだよね。

 私は彼女に問いかけた。

―――そうだよ。ここは智也と、そして唯笑ちゃんの心の中・・・
―――私達は、いつまでも一緒なんだよ。

 彼女が私に向かって手を差し伸べた。私はその手をそっと掴む。
 そして私達は羽ばたいた。
 二人の心の中の、果てしなく広い、光の中を・・・
 純白の羽を、一枚残しながら・・・

FIN




あとがき

 みなもEDアフターストーリー第4弾みなも編「Lost Memories」・・・いかがでしたでしょうか?
 っていうかこの作品と次の作品を創るために、みなも編をもう一度プレイしたんですが・・・
 はぅぅ・・・また・・・また感動してしまいました・・・
 やっぱり最高ですよ・・・みなもED・・・
 あの智也の詩的なテキストと、Sadness in contessionの曲が凄くマッチしていて、最高の感動を与えてくれました。
 やっぱりあの曲は最高ですね・・・
 ストーリーも曲も・・・メモオフはやっぱり最高ですね・・・
 ・・・はい・・・作品の解説にいきましょう・・・
 この作品は、みなもが病院を抜け出して、智也の家に行くまでと、海岸での智也との会話。そして智也と出会うシーンの、みなも視点からのお話です。
 ふう・・・
 やっぱり唯笑より全然書きやすいな〜〜(爆)
 そして最後の部分は、「On The Water」の最初の部分に繋がるわけですが・・・
 恒例(!?)今回の突っ込み所〜〜♪なんと今回は1個だけ!・・・っていうか今までは、1つは必ずみなもが出ていないことだったから、当然といえば当然なんですけどね・・・
 突っ込み所―――EDアフターストーリーじゃない。
・・・です。ED時の話であって、決してアフターストーリーではないんですよね・・・(汗
ま、最後の最後は、一応アフターストーリーかなぁ・・・なんて・・・(滝汗
で、でわでわ、freebirdでした!



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