遙か彼方、天空の地にて…

第一話
戦慄に目覚めよ<空の蒼エアーズブルー
作:暇人



 ――空を、眺めていた。遥かな高みで。ただ蒼が広がり続けるその海原で。白い鯨たちが泳ぐその広い世界で。人はそこを、空と呼ぶ。
 彼は、下を眺めてはいなかった。下界の事など、気にしても仕方がない。元々ここから下を見る気は、全くなかった。ただ上を――どこまでも広がりつづける蒼穹を、眺め続けていた。
 彼の視界いっぱいに広がるのは、どこまでも青く、澄みきった空。今日は、雲一つない快晴だった。
「………………」
 彼――ショウ=ルーカスは、木製の甲板の上に、むくりと起きあがった。
 ――そう。甲板の上に、である。
「……眠い……」
 それが、彼の発した第一声だった。黒いグローブ――無機質な雰囲気を醸し出す、無骨なものだった――を持ち上げて、寝ぼけ眼をこすりながらゆっくりと立ち上がると、そのまままっすぐに船室へと向かう。さっきまで昼寝していたためか、まだ足取りがしっかりしていない。左右に揺れる頭を、閉じたままのドアに、あやまって思い切りぶつけるが、それはあまり大した事ではない。ドアは木造りだし、この程度はそれこそ日常茶飯事である。
 中は、廊下になっていた。すぐ正面が洗面所で、ランプの光に照らし出された右手の階段を降りれば、いくつか個室がある。――もっとも、この船の乗組員は、彼だけだ。
 一方、左手の階段の先には、光が全く灯っていなかった。ただ、闇がわだかまっている。
 洗面所へ行って、右手のグローブはそのままに、冷水で顔を洗う。水は貴重な資源だが、もうすぐ補給のアテもある。残量にもまだ余裕があったので、思いきって使ってしまう。
 コックをひねり、タオルで顔を拭いているうちに、目が覚めてくる。だが、いまいち眠そうに細い瞳はそのまま。血圧が低いのか、寝起きは弱そうだ。
 ついでに前髪に付着した水も拭い、中途半端に長いぼさぼさの髪を、白い紐で適当に縛る。左手の中指に指輪があることを確認して――彼は洗面所を出た。
 さっきよりしっかりした――それでもドアに頭はぶつけたが――足取りで船室から出ると、船の後部へ。そこには、船体制御用のコンソールが設置されていた。
 材質こそ金属ではあるものの、木目調にクラシックなデザインを施された船には、あまりにも不似合いなコンピュータの数々。その中央の供えつけられたシートに腰を落ちつける。
 そこから眺める船と、その向こうに広がる遥かな地上の景色は、一種壮観だった。
 甲板の上に、ちょうど正三角形を描くように配置された、三つの巨大な鉄柱。その上には、四枚組みのプロペラが、鉄柱一本に二組で回っている。それらと、あとは船体各所に設けられたプロペラで、この船は浮力を――いや、揚力を得ている。
 ――つまり、空を飛んでいるのだ。
「……さて……行きますか」
 それが、彼の船に対する合図だった。
 右手のレバーを押し倒し、推力を上げる。それに敏感に反応し、メインの推力源である船尾の巨大スクリューが唸りを上げる。乱気流が船体後部に発生し、船全体が微振動を始める。心地よい振動に身をゆだねながら、ショウは飛空挺を発進させた。
 そして、ショウの駆る飛空挺<アーク>は、風に乗って飛んで行った。

 世界は今、ある一つの時代を迎えていた。
 ――大航空時代――
 人は、海だけでは飽き足らず、空を網羅しようとした。
 最初作られたのは、二枚の羽を供えたプロペラ機。いわゆる複葉機である。だがこれは、長時間の飛行には向かず、あっさりと見限られた。
 次に人々が目をつけたのは、旧世界の遺産だった。
 <失われた文明の遺産>――ロストフォーチェンと呼称されるオーパーツ達に、人々は望みをかけた。
 ちょうどその頃、世界各地で発掘された謎の船を徹底的に調査し、模倣する。その繰り返しによって完成した、人々の英知の結晶。それが、飛空挺である。
 太陽光を電気エネルギーに変換するソーラ・システムと、電磁誘導式半永久機関Hiハイリアクタ――こちらはつい最近開発されたばかりだ――により生み出される、巨大な推力とエネルギーを糧に空を翔ける船は、世界中を魅了した。
 今や飛空挺は、日常になくてはならない物と化していた。

「巡航モード……42−33に進路を設定、高度は固定……各部異常なし、と……」
 コンソールを叩く手を止め、ため息を一つ。これから先の航空データは、全て入力し終えた。あとは放っておいても、目的地へ着く事が出来る。
「……昼寝でもするか……」
 呟く彼の様子は、あまり眠そうに見えない。
 それでも一応目は閉じてみる。やはり眠れなかった。既に十分昼寝をした後なのだ。時計の進み具合から見て、軽く八時間は昼寝しているはず。
 さすがに寝過ぎか、と少しだけ反省する。
 かといって、特にやる事はない。この船には、娯楽がほとんどない。あるとすれば紅茶――実は彼の趣味である――程度のものだが、そんなものを飲めば、余計に目が冴えてしまう。
 結局彼は、何をするでもなく、空を眺めていた。まどろんでいるような、しかし意識ははっきりしている、不思議な感覚。暇な時はいつもこうして、時間を無為に潰していた。おそらくそれは、変わらないだろう。今までも、そしてこれからも――何をするでもない。何かしたからといって、変わる事もない。
 ――それは惰性だ。ただ、時間に流されているだけ。もともと意味のある行為でもないのだ。
 そんな『暇つぶし』を、どれだけ続けた頃だったか――不意に、コンソールから甲高い電子音がなった。
「……ん?」
 上を向いていた顔をコンソールに向け、ざっ、と状況確認をする。隅のほうに、赤いランプが一つだけ、灯っていた。
 それは、他の飛空挺の接近警告だ。
 本来、接近警告の主な役割は、飛空挺同士の衝突事故などを防ぐ、といったものだ。巡航時には時速100km/h以上が常用域の飛空挺にとって、天候次第では役立たずのレーダーなどよりも、確実に接近する他の飛空挺を察知する装備が必要であった。だから、飛空挺の生産規格の中には、自己発信型ビーコンとその受信システムが必ず含まれている。
 だが最近になって、それが別の用途に使用される場合が出てきた。
 ――すなわち。敵対勢力の接近警報としての活用である。
 海から空へと舞台が変わり、巡洋船から飛空挺へと乗り物が変わっただけで、人そのものの本質は、全く変わっていなかった。
 つまり、空における海賊行為だ。それを行う者達を、人々は『飛賊ひぞく』と呼び、怖れた。
 接近警報が搭乗者に、接近する飛空挺がある事を警告する時点では、――曇り空の時などは特に――相手の飛空挺を肉眼で捕える事は出来ない。距離にして、およそ十キロ――飛空挺の速力なら、一方が停止していれば、五分も経たずにで接触できる。
 それまでに、対策を講じておく事が必要である。
 各国政府が独自に配布した識別ビーコン信号があるとはいえ、そんなものはまるで当てにならない。空で他人に会えば、飛賊と思え――これは、小学生でも知っているような、日常における常識だった。
「……飛賊、だな……」
 ぽつり、と呟くショウ。レーダーサイトに表示されている飛空挺の数は、停泊――正確にはホバリングだが――しているものが三隻。いずれも中型で、ジェネレータの排熱量から計算すると、明らかに戦闘艦だ。
 一方のこちらは、一人で乗るには大きいとは言え、小型の部類に入る飛空挺が、一隻だけである。武装は――あるにはあるが、通常兵器はどうしようもないくらいに貧弱である。
 が、しかし。
「ご同業か……ま、問題ないか。逃げたところで、追いかけて来るに決まってるんだ」
 ショウは針路変更を行わずに、シートベルトを締める。こちらのレーダーに引っかかったという事は、相手のレーダーにも<アーク>は捕捉できているはずである。ならば、逃げるだけ無駄だというものだ。むしろ、進路はまっすぐに固定しておいた方が、目的地に早く着く事が出来る。
「さて、と……第三種戦闘態勢にシフト。Hiリアクタ、稼働率四十二パーセントまで上昇。リミッタ三番から五番までを解除……」
 彼の指が、コンソールの上で軽やかに踊る。それに伴い、<アーク>は低いエンジンの旋律を奏でた。
「――メインジェネレータ、通常動力から<ARFアルフ>リアクタへ……シフト」
 声と共に、ショウの指先がエンターキーを叩く。一呼吸遅れて、彼の右手の方から、一つのパネルが飛び出した。一握りのハンドルが付いた、ただのパネル。彼はそのハンドルを、右手でしっかりと握り――
「<ARF>……リアライズ!」
 ハンドルを、右回しに押しこむ。それまで轟音を立てていたエンジン音が急に鳴りを潜め、ほとんど無音にも近い静寂が、<アーク>を支配している。傍から見れば、<アーク>全体が、球状の赫い燐光に包まれているのが分かっただろう。が、ショウから見える景色は、いつもの色を保っている。そして――プロペラが、完全に停止していた。
「……さて……悪者退治と洒落こむか」
 おどけた口調で言い、ハンドルを放した彼の右手が、今握っている戦闘時用のスティックを押し倒す。同時に、足元のペダルを思いきり踏み込んだ。
 ――音もなく。
 赫い光に包まれた飛空挺は、さっきとは桁違いの加速で、目標の船団へと突っ込んで行った。

「――!こ、これは……!」
 一方の飛空挺団の一隻。この三隻の中では、いわゆる旗艦の役割を果たしている船。その船の対空監視オペレーターが、悲鳴に近い声を上げた。
「たっ……大変です!」
 大慌てで、後部にある艦長席に向かう。そこに座っていたのは、大柄の男だった。上半身裸の、いかつい顔つきである。典型的な海賊や山賊を、そのまま具体化したかのような風貌で、あまり艦長らしくない。円月刀などを持って暴れている方が、よほど似合うだろう。
「あぁ?どうした?」
「た、大変なんです!」
 もつれる舌で、必死に状況を説明しようと、もがいているオペレーター。彼は一度、深呼吸してから、言った。
「敵の船が――」
「あン?あのちっせぇのがどーしたよ?」
「敵の船が――こちらの最大船速の、およそ三倍の速度で、まっすぐに突進してきます」
「――なっ!?」
 部下の報告に動揺し、腰を上げる艦長の男。
 こちらの最大船速の三倍――この数値には驚かされた。確かに、快晴の日に、ソーラシステムを満載した船が、並列接続Hiリアクタをフルパワーで起動させているのならば、あるいはそれくらいの速度はうなずける。だが、そうなるとよほどの軽武装で、なおかつ大型の船にならざるを得ない。小型船がこちらの三倍など、異常だった。
 そしてそれ以上に――まっすぐ突進してくるという点が、納得できなかった。いや、信じられない、と言う方が正しいかもしれない。
 飛空挺による空中戦は、まさに一撃必殺。威力は多少低くても、とにかく砲弾をプロペラに当てれば勝ちである。だから、あらゆる船は、まず第一に小回りの効き方のよさと、そして次に速さを求められる。
 だが、たとえ速くても、まっすぐに突っ込んでくるのでは意味がない。空中戦で奇襲など、今日のような快晴の日には、そうそう成功するものではないからだ。
 見えるはずもない――そう思いながら、目標の船のあるべき方向に視線を向ける、飛賊の艦長。その視界に一瞬、赫い光が見えた。
「……おい」
 立ちあがり、よそを向いたままオペレーターに声をかける。その視線は、一点に注がれていた。
「はい?なんでしょう?」
「全飛空挺に通達しろ。全力でヤツをしとめろ、ってな。相手は――<失われた文明の遺産>の技術を持ってやがる」
「――!?」
 絶句するオペレーターをよそに、艦長は目を細め、言った。
「でなきゃ、船が赫く光るなんて事、起きるわきゃあねぇわな」
「し、しかし――」
「つべこべ言うな!テメェはさっさと持ち場に戻って仕事してろ!あの様子だと、あとン十秒以内に射程内に捕えれるはずだ!」
 怒鳴り散らし、オペレーターを追い払う。彼は再び艦長席に腰を下ろし、思案に耽る。
 あの船を倒せば、それこそ彼の評判はうなぎ上りだ。今いる組織の幹部に昇格出来るかもしれないし、もし捕獲できたならば、次期首領の座は彼のものとなるだろう。それほどに、<失われた文明の遺産>は重要度が高く、強力で――高価だった。
 無論彼は、自分たちの敗北など、まるで考えていない。強力であるが故に怖れられている遺失文明の力を、すっかり忘れ去っていた。
「相手はたかが一隻だ!やるぞ、野郎どもぉ!」
『おぉ!』
 全員が一斉にときの声を上げた。その様子を見て満足した彼は、尊大な態度で艦長席から指示を下し始めた。

 ――この一分後、三隻の中型飛空挺から成る飛賊団の分隊は、相手に一切の損害を与える事も出来ず――ただ、一言だけ。『ファントムが出た』という言葉だけを本隊の通信記録に残し、空に散った。

 ――街――
 そう、街だ。たとえ四隻もの中型飛空挺に囲まれていようとも。人に在らざる、人の形をした機械たちが動き回っていようとも。おぞましいまでの屍山血河が築かれていようとも、そこは街だ。――いや、街だった。
 家々は破壊し尽くされ、道はあちこちに穴があき、街全体が赤一色に染まっていた。
 どこまでも、どこまでも。それらは街を覆い尽くしている。犯している。汚している。
 あるいはそれは、街の流した血の涙――
 戦いとも呼べない戦いの後。すなわちそれは、虐殺の痕だ。
 その中を、平然と歩き回っているもの達がいる。
 全高三メートル弱の、人型を模したボディ。シャープな曲線を描く、どこか航空機的な雰囲気を持つフォルム。力強さを具現化したようなマニピュレータを始め、ダークグレーで塗装されているはずの装甲は、やはり赤く染まっていた。
 死神――ではない。機械仕掛けの死神など、いるはずもないのだから。
 追従型機動甲冑――通称FMP。強化セラミックス多積複合装甲で固められたアーマーは、至近距離でのガトリングガンの連射にすら耐え、その強力な腕力は、生身の人間には三人がかりでも扱えないような重武装を、軽々と操る。無論、まがりなりにも甲冑なのから、当然中に人が入っている。搭乗者にしてみれば、『乗る』というよりも、『着る』という感覚だろう。
 欠点があるとすれば、エネルギーを外部からの供給に頼っているため、蓄積されている分のエネルギーが切れれば、一切の行動が不能になる、という事くらいか。それにしてみたところで、大した問題ではない。一回のエネルギー充填で可能な活動時間は、およそ五時間だ。そして、一体のFMPに五時間以上の稼動を要求するケースは少ない。
 それが、およそ十体ほど。今、最も普及しているタイプであるFGX−63<影の灰シャドウグレイ>が九体に、それをそのまま一回り大型化したかのような、カスタマイズ機が一体。
 死の色に染まった街を巡回し終えたそれらは、やがて街の広場に集まり始めた。それでも警戒は怠らない。油断なく銃を周囲に向け――そのままの姿勢の動甲冑から、人が出てきた。どれも男である。
 除装したFMPから這い出た男達は、無線に向かって「制圧」と短く告げた。そして、品のない笑い声を上げながら、騒ぎ始めた。FMPは省電力モードには切り替えず、いまだ稼動状態にある。何かあっても、すぐに対応できるためにだ。もし仮にエネルギーが切れたとしても、交代要員の<影の灰>が六体、飛空挺に残っている。
 ――街は、飛賊に占拠されていた――

「……これは……」
 目の前に広がる街の様子に、ショウは唖然とした。
 無為に広がっている、地獄絵図。凄惨な光景は表情一つも変えず、ただそこに在った。
「……何かおかしいとは思ったが……」
 さっきの戦闘といい、街の近くに飛空挺が止まっている事といい、何かがおかしいと思ったショウは、近くの森に<アーク>を隠し、念の為に自分のFMPを起動させて、この街へとやって来た。
 本当は、この街で補給を済ます予定だったのだが――
「これじゃあ、まともな補給は出来そうにもない……どころか、ヘタすると飛賊の連中に見つかるな」
 蒼い装甲の動甲冑が、頭部を巡らせ、周囲の悲惨な情景をスクリーンに映し出す。今この機体には、主兵装を一つ装備させてあるだけである。というのも、あくまで用心のためにFMPを起動させたのだから、出来る限り武装は外してきたのだ。その主兵装は、本体から切り離す事が出来ないため、仕方なく持ってきたようなものだった。
 だが、このままここにいれば、確実に戦闘になる。
「これは……逃げるが勝ちかな。補給は出来なくなるけど……」
 もし仮に生き残っている者がいたとしても、彼にはどうしようもない。まさか自分が連れて行くわけにもいかないし、下手に騒げば飛賊を敵に回す事になる。厄介ごとは、ご免だった。
「仕方ない。あきらめ――」
 そこまで言いかけて、甲高い電子音がなった。接近警報。左手側から、こちらの方へ急速接近して来るものが一つ。移動速度からして、スケーティングしているのだろう。
 ――つまり、FMPが一体、こちらへ向かってきている。
 メインカメラをそちらへ向けると、真っ白な装甲がモニターに映っていた。雪のように真っ白い、汚れを知らぬ色。武器は何も持っていないようだが、FMPの武装が携帯型だとは決まっていない。内蔵型の武器――小口径のバルカンなど――も存在する。
 ショウはとっさに、FMP――空の蒼エアーズブルーを横に跳ばせた。地面に跳びこむようにして動いた<空の蒼>は受身を取り、即座に態勢を立て直す。さっきまで<空の蒼>が立っていた場所に、二筋の火線が突き刺さる。バルカンだろう。火線が蒼い機体を求め、後を追ってくる。
「ちっ……ついてこいよ、ブルー……!」
 舌打ちし、機体をスケーティングさせる。銃弾を全て回避。火線を振りきった時点で急上昇、近くにあった家の屋根に跳びつき、思いっきり蹴る。背部スラスタ全開、スロットルを一気にイエローゾーンまで叩きこむ。屋根を蹴った分の反動も加え、パワーダイブ。白い機体に向かって突進して行く。
 相手の白いFMPは、バルカンを撃つ事も忘れ、棒立ちしていた。
「うりゃぁっ!」
 蒼い一本の矢と化した<空の蒼>が、白い装甲に突き刺さる。やたらけたたましい音を立てて、二つの動甲冑はもつれ合った。
 やがて、蒼い機体が立ちあがる。右手には、巨大なシールドのようなもの。先端に行くにつれて細くなっている。白いFMPを制した<空の蒼>は、それをレイピアのように、眼下の敵に突き付けている。銃口のようなものなどまるで付いていないが、武器にもなる代物らしい。あるいは、武器としての使用が本来の用途なのか。どちらにせよ、特殊な兵装には違いない。
 白い機体は身じろぎもせず、そこに倒れていた。はじめの内は抵抗していたが、こうなってしまってはどうしようもない。
「さて……」
 一息つくと、ショウの駆るFMPは、白い装甲の頚部に左手をあてがった。何かのハンドルのようなものを掴み、反時計回りにねじる。
 ――ふしゅう……
 高圧の空気が抜ける音と共に、装甲がはがされた。頭部と胸部アーマーが跳ねあがり、前部装甲がオープン。これは、FMPの実質的な戦闘不能を意味する。中の搭乗者は身動きが取れないし、前部装甲がオープンのままでは、FMPはまず動かない。
 ――搭乗者の姿が、あらわになった。
「……おい」
 相手の姿を見て、ショウが最初に発した言葉はそれだった。
「………………」
 疲れたようなため息と共に、ショウはモニター越しに、物言わぬ襲撃者を見つめた。
 女、である。長いブラウンの髪をそのまま流しているようだが、FMPを着ているこの状態では、詳しい事など分かるはずもない。とびきりの美人というわけでもないが、それなりに整った顔に、怒りに似た表情を浮かべている。なかなか気が強そうだった。
 おそらくショウと同じか、それ以下か。その程度の歳の少女が、FMPに乗り、ショウを襲ったのだ。
 が、ショウのため息の原因は、相手が少女だったからではない。
 ――泣いていた。
 少女は、表情とは裏腹に、瞳に涙を溜めていた。
「あ〜、一つだけ訊きたいんだけど……?」
 どこか口調が不自然になる。元々、女性の涙には弱い性質なのだ。
「……飛賊?」
「こっちが訊きたいわよ!」
 少女は蒼い機体のメインカメラを睨み返し、ものすごい剣幕で叫んだ。
「飛賊?飛賊ですって!?誰があんな卑劣な連中の仲間にならなくちゃならないのよ!」
「あぁ、いやまあ……すると君は、この街の生き残り?」
「…………そうよ」
 少しの間を開けて、彼女は答えた。その後すぐに、顔を背けてしまう。
「えっと……どう言えばいいんだか……」
 髪の毛を掻こうとして、それより先にマニピュレーターが頭部装甲を叩いた。初心者のFMP乗りにはよくある事だが、ショウはいつまでたってもこういったくせが抜けない。
「ん〜……俺はショウって言う者だ。出来れば、何があったのか教えて――」
「誰が飛賊なんかに!だいたい、あんた達がこの街を襲ったんでしょ!」
 泣きながらもまくし立てる少女。一通りの文句を言い終わった後、肩で息をする。よほど疲れているのだろう。
「えっとその……まず、君は重大な思い違いをしている」
「何よ!?」
 すかさず大声で返してくる彼女に、ショウは出来る限り平静を保って、言った。
「俺は、あいつらの仲間じゃない」
「……………………え?」
「確かに飛賊だけど、構成員は俺一人。義賊だよ。自称だけど。この街を襲ったヤツらとは、一切関係ない」
 説明し終えて、にわかにバカらしくなってきた。
 ――何やってんだか、俺は……
「で、一つ提案なんだが……」
「……な、何よ……」
 心なしか、少女の表情や口調から、覇気が失せていた。あっけに取られている中で、その一言を何とか絞り出したのだろう。
「場所、変えないか?多分さっきの音、向こうにいる連中にも聞こえたと思うんだけど……」
「……それもそうね……」
 さすがに同意する少女。
「なら、ハッチを閉めてよ。ここからじゃどうしようもないの」
 せがむようにして、少女は言った。外部からのハッチ強制解放は、中からは制御できない。その逆も然り、だ。再び閉じようと思うのなら、外から操作するしかない。
 ――が。
「ダメだ」
 ショウは短く、だがきっぱりと言いきった。
「な……なんでよ!?」
「君、この町の生き残りって言ってたよな?」
「そ、そうだけど……」
 ショウの一言に、再び言葉に勢いがなくなる。
 ――心の中を、見透かされたように感じた。
「だからだよ。両親とか……いたんだろ?」
「いないわよ。あたしは孤児。捨て子よ。だから、両親なんていない」
「でも……家族がいたろ?」
「―――!?」
 ショウの放った一言。その言葉は彼女の胸を貫き、戦慄させる。
「な、なんで……?」
「孤児だって、家族はいるさ。小さな子供達……みんな、弧児。同じ孤児院で育った、ホントの弟や妹のような……」
「………………」
 沈黙した少女に、軽く肩をすくめてみせる。FMPはそんな細かい動作まで如実に再現する。
「俺も孤児だよ。気が付いたら孤児院にいた。でも俺には夢があったから……空に飛び出した」
「夢……?」
「それはひとまず置いといて……君を行かせるわけにはいかないな。復讐しようと……そう考えてるだろ?」
 少女は言葉に詰まった。そう。自分は復讐しようと考えていた。自分の世界を壊した飛賊達に。可愛い弟や妹達を殺した飛賊達に。
 ――不幸な人生の中に幸福を見出し始めていた自分たちを、再び絶望のどん底に突き落とした飛賊達に。
「だって……『やめろ』といわれて『はいそうですか』ってやめられると思ってるの!?あたしがどれだけ苦しいか……悲しいか……わかって言ってるの、あんたは!」
「………………」
「あたしの気持ちが、あんたなんかにわかってたまる――!!」
 そこまで言って、彼女は慌てて口を閉じる。激情任せに言い過ぎた。彼女にはなぜか、蒼い機体が泣いているかのように見えた。
 ――彼女は、ショウが故郷を捨てた理由を、まだ聞いていない……
「……ゴメン」
「いいよ。君の言ってる事は、おおむね正しい。悲しい事だけど……人が他人の事をわかるなんて、あり得ない話だ。想いを共有するなんて、出来るはずもない」
 彼の口調は冷たく、だがどこか寂しげに、乾いた空気の中で響いていた。
「でも、君まで死んだら、他の子供達……君の家族は悲しむだろうし、君が人を手にかけたら、彼らはもっと悲しむ。少なくとも俺は、そう思う。だから――」
 ――とん。
「―――!?」
 軽い音が、彼女の頭に直接響いた。それとほぼ同時に、意識が急速に薄れて行く。
 首筋に冷たい感触。蒼いFMPのマニピュレーターが、顔のすぐ側にあった。
 何をされたのか悟り、必至に意識を保とうとあがく少女。だが、無駄だった。視界は急に、霧がかかったように白濁し――
「だから――俺が代わりにやる」
 その一言を聞くか聞かないかの内に、彼女の意識は闇に沈んだ。

「……ん?」
 初めに異変に気付いたのは、カードで負けたために、狭いFMPの中で見張り番をさせられていた小男だった。自分のFMPの着信記録に、妙なものが混じっていた。再生してみる。内容は至って簡潔だった。ただ、必至な声で訴えかけてくる。
 『赫いファントムが出た』――と。
「……なんだこりゃ?」
 疑問に思い、もう一度チェックしなおす。特に怪しげな点はなかった。強いて挙げるならば、宛先がこのFMPではなく、飛賊団全員のFMPと飛空挺になっていたことくらいだろう。
「赫いファントム……?誰だよ、こんな悪戯をしたヤツは……」
「ん?それ、多分俺の事だ」
 ――声は、背後から聞こえてきた。
「―――!?」
 驚愕。振り向くのと赫い光が閃くのとは、ほぼ同時だった。
「<槍>を使うまでもない」
 ――ごっ!
 声と鈍い衝撃とは、刹那のうちにやって来た。衝撃の余波を食らったのか、それとも電気回路がやられたのか、正面のモニターには、ノイズの海が広がるだけ。ただ時折、赫い光と蒼い装甲体が見て取れるだけ。
「――リアライズ!」
 その声と共に、彼の意識は、闇に呑まれた。ただ、最後の瞬間、彼の絶叫が空を駆け巡った。

「――手加減は、しない」
 一抱えほどの球体に変化してしまったFMPを眺めながら、ショウは独白した。球体――虚数斥力場に押し潰され、本来よりも遥かに小さくなってしまったFMPと、そして搭乗者のなれ果て。
 言葉通り、手加減したつもりはない。容赦なくやった。
「さて――いくら連中が鈍いからといって……あの絶叫に気付かない、なんてことはないだろうからな」
 足元に転がっていた、FMP専用のサブマシンガンを拾い上げる。マガジンの残弾数を確認し、セーフティを解除。
 それとほぼ同時に、いくつかの駆動音が聞こえてきた。街の中央広場の方からだ。それに先だって、二つの足音が、付近の建物に響いてきた。
「……来たか……」
 呟き、銃を構える。さっきの駆動音の数からして、およそ九体。その内一体は倒しているので、本来は十体あったのだろう。注意すべきは、一際大きな音を立てていたヤツだ。おそらく、通常のFMPより二回りは大きいだろう。
 いよいよ敵の第一波が、接近してきた。曲がり角を折れたすぐ向こう側。こちらの位置は、相手も把握しているはずだ。
「……いくぜ」
 ――そして、戦いの火蓋は、切って落とされた。

「――ん……?」
 気が付けば、彼女はどこかの家の中にいた。半壊した家。壁には大穴があき、内装もぐしゃぐしゃで、凄惨たる様相を呈していた。ただ、壁には血の一滴すらこびりついていない。それがせめてもの救いというべきか。
 自分が横たえられていた、半分壊れかけのベッドから身を起し、彼女は少し周囲を観察してから、ベッドを降りた。
 すぐ傍らには、自分のFMPが一体、寂しげに鎮座していた。ぱっくりと開いた全部装甲は、まるで主を待っているかのようにも見える。
「……って、あたしどうして――」
 必至に記憶の糸を手繰り寄せる。謎の蒼いFMPに遭遇して交戦、結局あっさりと負けた。そのあとで、そのFMPのパイロットと会話したところまでは覚えている。
 ――それで……それから……
「―――!?」
 全部思い出した。自分は気絶させられたのだ。そのあとで、ここへ運び込まれたのだろう。
 ならば彼は今――?
「まさかあいつ――」
 心当たりが一つだけあった。朦朧とした意識の中でも、はっきりと聞こえていたあの言葉。
『俺が代わりにやる』
「――あのバカ……!」
 一つ吐き捨てると、弾かれたように自分のFMPへ駆け寄る。不慣れなので、作業にだいぶ手間取ったが、何とか無事に乗り込む事が出来た。
 ――加勢……しなきゃ。いくらなんでも、あの数を相手にたった一人なんて……!
 焦る気持ちもそのままに、彼女は力強く片足を踏み出した。重い音を立てて、白い装甲体が立ち上がる。一度姿勢を完全に立てなおしてから、腰だめに構えなおす。もちろん、スケーティングに入るつもりだ。
「くたばるんじゃないわよ……!」
 小さく独白すると、彼女はFMPを発進させた。敏感に反応する機体。身体が軽い。だが、それもそう長くは続かない。元々慣れてもいないFMPを、気力だけで操縦しているのだ。それも、スケーティングなどという、初心者にしてみれば高度極まりない技術を駆使して。普通にまっすぐ走れているだけでも驚きものなのだが、カーブのたびに減速しなくてはならないため、どうしても歯がゆさが拭えない。
 だが、目指すべき方角はすぐにわかった。レーダーの使い方などまるで知らないが、少し耳をすませば、銃撃戦の音が聞こえてくる。廃墟と化したこの街には、雑音というものが存在しない。だからか、散発的なマシンガンの音が、思いのほかはっきりと伝わってくる。
 ――あの家から出て、どれほど経ってからの事だろうか。焦りのせいか、実際には数分しか経っていないにもかかわらず、もう何時間もこうしているかのように、彼女は錯覚した。
 少しずつ数の減っていった銃撃の音が、やがてふっつりと途絶えた。それは同時に、自分の進みべき道を見失ったという事である。
 ――どこへ行けば……?
 一瞬、脳裏をよぎる虐殺の現場。自分の家族達がただの死体と化し、冷たくなって横たわっている様子。つい数時間前、彼女はそこにいた。そしてその中には、なぜか蒼い機体の姿も混じっていた。
 だが、すぐさまその不吉な考えを振り払う。
「何考えてんのよ、あたしは!やられちゃったんなら、それでいいじゃない。元々関係ないんだし――」
 必至に、自分に言い聞かせる。
 ――不安だった。
 ――怖かった。
 本当ならば、今すぐ逃げ出したいくらいに不安で、怖くて――どうしようもないそれらを押さえつけるようにして、ここまでやって来た。だがそれも、そろそろ限界に近づきつつある。
 その刹那――
 ――っがぁぁぁぁ……
 中央広場の方から、何かの爆裂音が響いた。
 一瞬、心臓が跳ねあがるほどに驚いた。そちらの方にカメラを向ける。少しして、灰色の煙が立ち昇っているのが見えた。
 ――それは決して、意識してやった事ではなかった。
 ただ気が付けば、彼女は進路を中央広場の方へ向けていた。

 ――たたたっ!
 路地から一斉に<影の灰>が飛び出し、こちらに向けて銃弾を放ってくる。全部で三体。最初に二体、そのあとで三体倒しているから、残りは今戦っているので最後だ。
 いや、正確には、それは正しくない。一番厄介な相手が、まだ中央広場に残っている。巨大故、機動にも時間がかかっているらしく、まだ初期位置から動いていない。つまりそれは、これまでの戦闘にその程度しか時間をかけていないという事なのだが、欲を言えば、動き出す前にケリをつけたかった。が、行く手を阻むFMP達が、そうはさせてくれない。これでなかなか訓練度も高いらしく、チームワークにも申し分なかった。
 三連点射を上昇して回避し、スラスタを吹かして真横へ空中疾走。間髪いれずに放たれた第二波を避ける。路地の塀に足をつき、それを蹴る反動も利用して、今度は反対側へ。マシンガンの弾をばら撒く事も、決して忘れない。
 だが、基本的にFMP同士の戦いでは、遠距離戦で決着を見る事は非常に少ない。元々装甲が堅いのだ。武装がFMP用に改造されているとはいえ、マシンガンなどでは当たっても大したダメージにならない。
 ショウには、この三体を早急に倒す必要がある。が、相手のほうは、のらりくらりと時間を稼ぐだけでいい。強引に突破する事も不可能ではないだろうが、下手な事をすれば、本番の前に致命傷を受ける可能性もありうる。状況は、明らかに不利だった。
「面倒だな……どうするか」
 対戦車ライフルのような、もう少し威力の高い武器があれば話も変わってくるかもしれないが、この貧弱なマシンガン一兆では、どうする事も出来ない。戦いの片手間に使えそうなものを探してみるが、そう都合よく転がっているものではない。
「仕方ない。……やるか」
 マシンガンの残弾を全て使いきり、空になった銃を敵に向かって放り投げる。
 相手はそれに気を取られたか、一瞬の隙が生じる。が、ショウにはその一瞬で事足りた。一気に間合いを広げ、近くの崩れかかった壁から、無人の民家へ逃げこむ。そう、中央広場よりの民家へ。
 ショウの意図を察したのか、少し警戒してから、慌てて追いかけてくる三体の<影の灰>。
「<ARF>02システムロード、警告にオートリアクション」
 呟くのと同時並行で、作業を進める。作業、とはいうものの、せいぜいが武装の微調整程度だが。
 物陰に隠れ、電波撹乱粒子を急速散布。それほど効果が長持ちするわけでもないが、不意討ちを食らわせるには充分だ。
 背面武装マウントに固定されていた、槍のような巨大な装備を構える。それには何本ものコードやチューブが<空の蒼>に繋がっていた。<暁の空ダーンスカイ>。<空の蒼>を<空の蒼>たらしめるもの。
「<暁の空>放熱フィン展開。本体との接続を確認。虚数斥力場を恒常展開モードに……シフト」
 指先で器用にキーを打ち、パスワードを解除する。メインモニターの右端に、小さな<ARF>というグリーンの文字が浮かび上がった。同時に、画面中央には『stand by』の文字が赤く明滅を繰り返している。
 いよいよ敵が接近してきた。突如散布された電波撹乱粒子に、戸惑っているようだった。隠れて不意討ちを狙っているのか、それとも時間稼ぎのためのフェイクか。答えは前者だ。だが、飛賊達は判断しかねている。
「――赫光の矢、視えざるもの、闇夜に疾り、刹那の生涯、汝、流星と化す――」
 音声認識用のマイクに向かって、まるで密教の呪詛のごとく、言葉を紡ぐショウ。その呪文に反応して、明滅していた文字がグリーンに発光し、次に『Get ready』に変わる。
 ちょうどその瞬間、痺れを切らせた三体の<影の灰>が跳びこんで来た。
「――<不可視の流星シューティング・スター>……リアライズ!」
 ――ズッ……
 腹に響くような重低音と共に、目には見えない何かが<暁の空>から放たれ、旋風の軌跡を引きずりながら、<影の灰>に肉薄する。
 全センサの効力を通常通りに展開できていたならば、迫り来る異常重力場に気付く事も出来たかもしれないが、電波撹乱粒子の影響下にある状況――赤外線センサしか使えない状況では、それを捉える事は出来なかった。
 モニター越しに<空の蒼>を確認した<影の灰>達は、弾かれたように銃を構える。
 ――が。
「――バースト」
 こちらに向けられた銃口などまるでお構いなしに、彼は呟いた。刹那――
『―――!?』
 音もなく。
 一瞬彼らは、虚空に向かって引き寄せられ――
 次の瞬間には弾き飛ばされ、民家の壁に叩きつけられていた。
 あったのは、ただの突風。ならば、ただの突風が<影の灰>を吹き飛ばし、壁に叩きつけたのか。答えは――否。もし仮に吹き飛ばす事は出来たとしても、壁に叩きつけられた<影の灰>の装甲を、圧力でへこませるなど、ただの風に出来る芸当ではない。
 やがて、圧力に耐えかねた三体の<影の灰>は、壁を押し崩してさらに吹き飛んだ。
 そんな中、<空の蒼>は変わらず、平然と佇んでいた。
 ――いや、違う。さっきとの相違点はあった。
 赫い燐光が、<空の蒼>の済んだ蒼いボディを、淡い赫に染め上げていた。
 赫い光はゆっくりと、小さな煌きへと姿を変えながら、<空の蒼>から立ち昇っている。あたかも、その蒼の中から、滲み出るかのように。
「――さて……残るは……ッ!?」
 突如、甲高い警告音が鳴った。それは、何かが接近する事を告げる警報。何かとは――敵対勢力。あるいはそれの放った、火薬を満載した手榴弾など。
 振り向いた時には、その手榴弾はかなりの至近距離まで迫っていた。回避は不可能。防御できるものでもない。
 彼は迷わず、<暁の空>をそれに突き立てた。
 ――っがぁぁぁぁぁぁんっ!!
 刹那、大爆発を引き起こす手榴弾。爆発的に広がった爆炎と砂煙は蒼い装甲を覆い隠し、呑みこんだ。

 人一人分のスペースしかないコックピットの中で、男は唇の端をゆがめた。笑ったのだ。
 この<巨神兵>専用装備である、指向性爆薬を満載した焼夷手榴弾の直撃。元々、増加装甲を施したFMPですら容赦なく粉々に打ち砕くほどの、大破壊力を持つ代物だ。それを、至近距離で食らった。あの蒼い機体は、すでに跡形もなくなっている事だろう。
 僅かな時間のうちに、自分の仲間のほとんどを撃破してしまったような相手だ。だが、所詮はそこまで。この機体にかなう敵など、いるはずもない。
 やがて、砂煙が晴れてきた。蒼い何かが、その切れ端を覗かせる。それを見つけ、彼は思わず、唇の端をつりあげ――
『―――なっ……!?』
 スペーカーの外部音源がオンになっている事すら気付かず、驚愕の声をあげた。
「何をそんなに驚いている?」
 どこか楽しげな、余裕たっぷりの声。それを合図にしたかのように、さぁっ、と砂煙が晴れていき――
 ――そこに現れたのは、無傷のまま<暁の空>を構える<空の蒼>の姿。
『――ばっ、バカな……なぜ貴様……!?』
「バカはお前だよ。戦いの最中によそ見するんじゃない」
 気が付けば、<空の蒼>は<巨神兵>へと肉薄していた。<暁の空>を大きく振りかぶり――
『――ぬぉっ!?』
 急速回避。腰と腕を振って、強引に避ける。
 攻撃をかわされた<空の蒼>はスラスタを吹かして一度間合いをとり、再び接近して来る。大型FMPにもっとも有効な戦法――小回りの利かない機体には最も効果的なヒットアンドアウェイ。
『な……なめるなぁっ!』
 叫ぶと共に、<巨神兵>が全武装を展開した。内臓バルカン砲が六門にマイクロミサイル砲が四門、背部から前方へスライドしてきた大型キャノン砲を、両手で構えている。
 それらを全て、一斉に撃ち放つ。
 連続して瞬きつづけるマズル・フラッシュ。数十もの小型ミサイルは尾を引きながら不規則な軌跡を描いて蒼い機体へ迫り、とどめとばかりに無反動砲が爆裂する。
 さっきとは比べ物にならない轟音を立てて、真っ赤な炎の柱が噴き上がる。
 さらに畳み掛けるように、バルカン砲での一斉掃射。これだけの攻撃を食らえば、どんな装甲を持っていようとも、粉々に消し飛んでいるはずだった。
 ――が。
「――<ARF>01システムロード、虚数斥力場を<暁の空>に集中、展開」
『―――!?』
 爆炎を押しのけるようにして、その中から蒼い機体が姿を現した。スラスターを吹かし、<巨神兵>に迫る。赫い燐光は纏っていない。かわりに、その右手に持つ<暁の空>が、鮮烈な赫い輝きを宿している。
 すかさずその機体に狙いを定める。が、撃ち出された弾丸は、まるでその軌道を捻じ曲げられているかのように、<空の蒼>に命中しない。
『バカな……バカなぁっ……!』
 ひたすらにそれだけを繰り返す。火器管制システムは正常、照準にも狂いはない。もしレーダーが狂っていないのなら、銃弾は明らかに軌道を変化していた。
 ――なぜ!?なぜ外れる!?
 男の頭の中は、その言葉が埋め尽くしていた。
「――赫光の剣、狩人たるもの、神々に背き、異端の運命、汝、戦槍と化す――」
 響きつづける轟音の中、ショウのその声は、不思議なほどに通っていた。<暁の空>が一層輝きを増す。暁よりも、黄昏よりも――鮮血よりもなお赫い、禍々しいほどの輝き。
『来るな……来るなぁ……来るなぁぁぁぁぁぁっ!!』
 男はもはや狂っていた。ただ頭を抱え、目の前に展開する不条理な現実を受け入れる事を、かたくなに拒否した。しかし、蒼い機体は一向に速度を緩めない。
「――あの世で懺悔するんだな」
『―――っぐふぁっ!?』
 赫い光を纏った<暁の空>が、コックピットに突き刺さる。それは<巨神兵>のボディごと、男の腹部を貫き通していた。
「……<神狩りの槍ハンティング・ラム>……リアライズ!」
 赫い光が弾け散り、<巨神兵>を内側から吹き飛ばして行く。やがて、赫光が全てを呑みこんで行き――
 ――一つの街で起きた戦いは、幕を閉じた……

「………………」
 彼女はただ、呆然とするばかりだった。
 目の前に広がる光景――粉々に散ってしまった<巨神兵>と、廃墟と化した街にただ一人佇む、蒼いFMP――
 ――蒼い死神の王ファントム・ロード――
 そんな禍々しい二つ名の噂を、彼女は思い出した。
 赫光を纏いし蒼い戦鬼。それは、裏でそう呼ばれている。だが、今更そんな事を思い出しても意味がない。
 夕日を浴びて、二つの影が、長く伸びていた。
「――ん……見てたのか」
 こちらに気付いたショウが、FMPを除装してから歩み寄ってくる。
 彼女もつられるようにして、FMPから出た。
 あの噂が本当ならば、警戒するべきところだ。相手はおそらく――いや、ほぼ確実にあのファントム・ロードなのだ。
 だが、彼女は躊躇わなかった。あるいは、意識した行為ではなかったのかもしれない。
 ――泣いているように見えたから……
 あるいは、それは錯覚なのかもしれないが、彼女は信じた。
 崩れた噴水の前で、二人はただ、相手の言葉を待っていた。何かを期待するわけでもない。ただ、会話のきっかけを掴めずにいた。
 そんな沈黙が、どれほど続いた後だったか――
「あれから考えたんだが……」
 ショウが唐突に、口を開いた。
「――え?な、何を?」
 突然の事に、やや戸惑う少女。そんな彼女の様子などお構いなしに、彼は続けた。
「お前、歳は?」
「十七、だけど……?」
 彼女に対する呼称が、『君』から『お前』に変わっていた。
 ややためらいがちに答える少女。その事も含め、いきなり何を言い出すのかと思い、思いっきり戸惑ってしまった。
「なるほど……俺のほうが兄貴か……」
「―――え?」
 真顔で呟くショウに、一瞬凍りつく少女。
 ――兄貴?確かに彼は、そう言った。だが、それは一体どういう意味なのだろうか?彼の言葉の真意をはかりかね、次に彼が口を開くのを待つ。
「お前、俺の妹になれ」
「……………………………はい?」
 今度こそ、本気で凍りつく少女。それもそうだ。会ってまだ間もない青年に、いきなり『妹になれ』である。愛の告白でも受ける方が、まだ気が楽かもしれない。
「いやだって、行くとこないんだろ?家族もみんな、いなくなっちまって……」
「そ、そうだけど……」
 少女の顔は、引きつったままだった。だが、観察力の鋭いものならば、あるいは気づいたかもしれない。
 ――彼女の瞳に浮かぶ、ある種の輝きに。
「だから、俺が家族になってやるって」
 真顔で言うショウ。あくまで本気のようだ。
 これで下心がかけらほどでもあるのならば、問答無用で張り倒しているところだったが――そんな様子は見うけられなかった。あるとすれば――やや照れたような、はにかんでいるような。そんな表情。
 ――きっと……いい人なんだな……
 そんな彼を見ていて、少女は唇の端がわずかにつりあがる。
 ――微笑んでいた。
「――やっと笑ったな」
「え?」
 ショウの一言に、我に帰る少女。我知らずの内に、微笑んでいたようだ。
「……って、そういえば、まだ名前聞いてなかったな」
 そしてその言葉で、彼女は思わず噴き出した。
「ちょっと……『妹になれ』とか言ってた割には、名前知らないって……どういう兄貴なのよ」
 ひとしきり笑った後、目尻の涙を拭いながら、彼女は言った。
 ――まだ、気づいていない。
「それもそうだ」
 言って、ショウも笑った。
 そして改めて、名前を聞いた。
「ハルカよ。ハルカ=ラプラス。あんたは……あの蒼い死神の王なの?」
 名乗り、ハルカは微笑んだ。
「なんだ、知ってたのか?」
 少し意外そうな様子で、ショウ。
「そりゃ、あの戦いぶりと蒼い装甲を見れば誰だって。『死を持って裁きを与える、赫光の蒼い死神』って。そんな風に聞いてるけど?」
「随分酷い言い草だな」
 そう言ってショウは、僅かに苦笑した。
「嘘よ、う・そ。まあ、それに近い事はいろいろ言われてるみたいだけど、あんたからそんな『ファントム・ロード』なんてイメージ、誰も受けないって」
「いや、それはそれで……」
 そこで、二人は声を立てて笑った。呆れるほどに、留まる事もなく、ただ心の底から笑い続けた。
 やがて、ひとしきり笑ったショウは、きびすを返し、ゆっくりと<空の蒼>へと歩み寄って行く。夕焼けに照らし出された蒼い動甲冑は、どこか寂しげだった。
「行くか?ハルカ」
 蒼い機体の前で振り返り、肩越しに尋ねる。
 答えなど、とっくに決まっている。迷う事など、何もない。
 ――この人となら……あたしは、また翔べる……
「……当たり前じゃない」
 満面の笑みを浮かべ、ハルカはショウの後を追った。微笑み、先を歩いて行くショウ。夕焼けに染まった街の中に、二人の影が――長く、長く伸びていた。



 こんにちは、暇人です。この作品についてちょっと解説などを。
 この作品は元々暇人のHPで掲載するために書いたものなのですが、あまりにも人が来ないのと、自分の管理不行き届きというよりグータラが原因で廃棄状態になっているので(爆)、この度明さんに泣きついて掲載させていただくことになった、と。……いやまぁ、概ね間違ってないと思う(^^;
 で、書いたのが一年以上前、下手したら二年くらい経っているような作品なので、大分拙い造りです。文章くらいはと思って手直しは加えましたが、それほどスケールアップしているわけでもないので、そこらへんは生ぬるい目で見てやってください(^^;
 ちなみに俺の大好きなロボット沢山登場します。作中じゃFMPとなっちょります。いつか明さんに描いてもらいたいなぁ、とか思いつつ明さんの無機物苦手を知ってて言ってる確信犯な俺(爆)。どなたか描いてくれないだろうか、FMP……。

 次の作品は、そりゃもぉストック分が三話まであるのでなるべく早い内にお届けしたいのですが、作者の都合上そうも行かず(^^;ここいらへんも生ぬるい目で見守ってやっていただけるとありがたかったりします。何話までやるかの見通しは不明ですが、終盤局面のプロットは出来ているので、ケリは必ずつけます。
 それではまたお目見えになれる事を願って――顕れよリアライズ

mail to: yagamihimajinn@hotmail.com
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