02/03/27


天下分け目の超決戦?1
作:暇人(八坂 響)






 ――始まりはいつも、一通の手紙から――
 何の物語だったか、そんな見出しを読んだことがある。恋愛物に圧倒的なほど多い一文。それほどメジャーな手段なわけだ。この『手紙』というモノは。
 自分の靴箱の中に入っていた手紙を前に、健は自室で唸っていた。学校から持ち返った白い封筒。赤い蝋で封をされたそれは、どこか高級感に溢れている。下駄箱に入れるラブレターにしては、いささか不似合いな気がしないでもない。
 裏返してみる。表にはただ『伊波 健様』とだけワープロ字体で印刷されているだけ。もう一度裏の方を見てみると、右端の方に小さな文字を発見した。
「……"T"……?」
 そうとだけ書かれている。思わず某人気格闘ゲームのマッチョなボスキャラを思い出してしまいそうなフレーズだった。
 下駄箱に入っていたからにはラブレターの類だろう。ほたるに知られていないのが幸いだ。彼女に見つかろうものなら、散々拗ねられるに決まっている。
 ――と、その矢先、呼び鈴が軽い音を立てた。
「は〜い!」
 立ち上がり、覗き穴から訪問者の姿を窺う。――ほたるだった。噂をすればなんとやら、扉の前に立つ彼女はどこか尋常ならざるオーラを放っていた。紫色の波動が立ち上っているようにすら見える。
「ちょ、ちょっと待ってほたる!今部屋を片付け――」
「――待てないの!」
 どぎゅんッ!
 声が聞こえたかと思うと、横に細長い物体が紫色の光りを纏ってドアを突き破り、健の部屋へかっ飛んで来た。紫色の光りが消えたその場所に立っていたのは――
「――ほ、ほたる!?」
 思わずテーブルの側にへたり込んでしまう。高3の少女が紫色のオーラを纏ってドアを突き破ったなど、一体誰が信じられようか。非現実的もいいところだ。
「招待状はどこ!?」
 叫んでいるも同然の声を張り上げ、健を睨めつけた。その視線が、ふと健の右手に移る。彼の右手は、つい隠しそびれたあの手紙を握んていた。
「それ……ッ!」
「へ?あ……え?」
 ほたるから立ち昇るオーラが一層濃さを増す。かなりのプレッシャー。計らずとも汗が吹き出る。
「それ……」
 ほたるがゆっくりと腰を沈めた。その瞳に灯っているのは――何かに憑かれたかのような執念。
 彼女の体がゆっくりと宙を舞い――
「それ、ほたるにちょうだいッ!」
 叫び声と同時に、変形宙返りレッグドロップでほたるの靴底が健の右手に襲いかかる。見事なまでのダブルニープレス。
 めきゃあ!
 慌ててそれを避けた健の代わりに、円テーブルが犠牲となる。恐ろしいほどの力の負荷に耐えきれず、テーブルは真っ二つどころか粉々になって砕け散った。驚愕すべきほたるの破壊力。
「わっ、わ……!」
 それを見て、つい思わず身体が勝手に逃げ出してしまう。彼女の一瞬の隙を突き、ドアから外へ出ようとして――
「どこ行くの!?」
 いきなり目の前にほたるが出現した。ワープしたのかと言いたくなるほど唐突に。いや、事実彼女はワープしていた。
 健は部屋の中へ逃げこむ。彼を捕まえようとしたほたるの右手は、あと少しというところで空を掻いた。
「もう――逃がさないって言ってるでしょ!?くらえ、サイコクラッシャー!」
 ほたるが紫色の光りを纏い、クロールでもするかのような姿勢で宙を縦に回転しながらかっ飛んでくる。ドアをぶち破ったあの技だ。
「のえぇッ!?」
 変な悲鳴を上げた健は、思わずその場にしゃがみこんでしまった。それが幸いしたのか、ほたるは健を外れ、窓の外へと飛び出して行く。
「あ……あれぇぇぇぇ!?」
 ほたるの悲鳴と、物体が地面に叩きつけられる音がした。
「ふぅ……ほたるが『サイコクラッシャーは地面すれすれの敵には当たらない』って知らなくて助かったな。とっさにスライディングしてよかった……」
 どうやらアレは倒れたのではなく、サッカー仕込みのスライディングだったようだ。どう考えても頭から拳を突き出して滑っていたのだが、細かい事をいちいち気にしてたら、ほたるが復活してしまう。
 今のうちに逃げようと、破壊されたドアをくぐる健。しかしその前に現れたのは――
「……先生?」
「その手紙を渡しなさい」
 南つばめだった。仁王立ちにしている彼女はなぜか毛皮のコートを肩にかけている。
「へ?せ、先生?」
「早く渡すのよ。あなたにはもったいない代物だわ」
 手を差し出してくる。そこにただならぬ雰囲気を察した健は、思わず一歩退いた。つばめが軽く眉をひそめる。どうやら彼の行動を『否定』と取ったようだ。
「――やるしか、ないわけね?」
 それを優雅に、しかしどこか荒々しく脱ぎ捨てると、いきなり右手をわきわきとさせ、獲物を狙う猛禽類の如く――
「――この、ザコがァ……」
 唐突にそんな事を言い出す。いつもの物静かな口調とは明らかに違っていた。殺意がある。加えて、えらいドスの利いたスラングだった。健の記憶が正しければ、彼女は文学好きの国語教師。
 いきなり半身を沈めて右手をだらりとたらした構えを取る。
「――ッシャァァァッ!」
 腕が伸びた。どう考えてもいつもの1.5倍はある長いバックハンド。捻りの利いたそれは、とっさに顔面をかばった健の両腕を2度、激しく打ち据えた。
「―――!?」
 その異様なまでの破壊力に、思わず顔をしかめてしまう。しかし彼は知っていた。本当にキツいインパクトは、この次に来る。
 防御されたつばめは何事もなかったかのようにまた同じ構えを取り
「――行くぞ……」
 一度目。
「行くぞぉ……?」
 段々声に凄みが増していく。いや、むしろ歓喜の色すら伺えた。
「――行くぞォッ!?」
 ――ヤバい、来る……!
 そう思ったとき、健はとっさに後方へ身を投げ出していた。
「――キシャァァァァァァァァッ!!」
 ぎゅどん!
 健の予想通り、MAXまで溜められた蛇使いが大蛇となって襲いかかる。
 それが中段だったのが幸いしてか、かわし移動で難を逃れる健。しかし、彼の幸運もそう長くは続かなかった。後ろの壁が大蛇によって破砕されている。後方へ避けた健は、そこから真っ逆さまに落ちていった。
 彼がいたのは二階だ。頭から落ちているこの姿勢のまま叩きつけられれば、即死は間違いない――のだが。
「ほっ!」
 軽い掛け声と共に、彼はあっさりと姿勢を立て直すと、身を丸めるようにして受身を取る。彼が着地した横では、ほたるが地面に叩きつけられて気絶していた。どうやら彼女は、サイコクラッシャーは終わり際の着地も弱い事を知らなかったようである。サイコクラッシャーで往復していれば勝てる時代は、もはやとうの昔に過ぎたのだ。
 自らが開けた壁の穴より、つばめが身を踊らせた。右手にはあふれんばかりの赤い閃光。
「しゃらくせぇ……!」
 どんッ!
 受身の隙につばめが躍りかかった。健の顔面をアイアンクローでわし掴みにすると、地面に引きずり倒してトモヤの小屋へ。
「このォ……!」
 つばめが健の胴体をひねりあげ、犬小屋へ叩き付けるように放り投げる。それと同時に、彼女の重い前蹴りが飛んできた。
「――ドシロートがァァァッ!!」
 どう考えても人間業じゃない。ましてつばめは、女性でも華奢な部類に入る。サイコパワーに頼っていたほたるならまだしも、力任せのギロチンをつばめに使わせたのは明らかに作者のミスだ。
 しかしつばめの一番恐るべきところは、その全てをいつもの淡々とした表情でやってのけているところだろう。まるで顔が歪まない。健が犬小屋を粉砕して吹っ飛んでも、平然とした様子で――一体どこから取り出したのか――ドスをもてあそんでいる。
「――物足りねェな……」
 声もいつものまま、口調だけが変わっているのだから恐ろしい事この上ない。
 しかし健の方も、いつまでもダウンしているわけじゃなかった。
「――シッ!」
 黒い残滓を引きずりながら、濛々と立ち込める砂埃を割ってつばめへ迫る。懐に飛びこまれたとつばめが気付いた時にはもう遅い、健の――いつのまにか牛革グローブをはめた――右拳が鳩尾へと突き刺さる。
 替わって左手のブロー。そこからすかさずキャンセル→+Aでワン・ツー。サッカー部員だっただけに、彼が拳闘を挑んでいるのはかなり異様だった。
 健の左アッパーがつばめの顎を突き上げ、ボディをがら空きにさせる。
「ボディボディボディボディ――」
 そこへ健の連続ボディブローが遅いかかった。軽く五発、とても女性相手にやるようなマネじゃない。
「――アッパーカットぉッ!」
 トドメとばかりに天を突く拳がつばめの華奢な身体を宙に舞わせた。そのままダウンするつばめ。
 三十六計逃げるにしかず。それだけは忘れずに握り締めていた封筒を手に、健は夜の街へと逃げ出した。

>> 2へ続く




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