02/3/2


天下分け目の超決戦?3
作:暇人(八坂 響)






――100万ドルはぼくのものだ――
 健の頭の中には、もはやこの一言しかなかった。
 あと一時間と少し、この招待状を持って逃げ切り、学校の体育館裏へ辿りつけば――
「100万ドルは、ぼくのもの!」
「そぉはいかないわよ!」
 第3回目にして、襲撃は僅か五行目にやってきた。回を追うごとにペースが早くなってきているのは気のせいだろうか?
 いきなり後ろからバックハンドブローの一撃を見舞われる。これがまた今まで戦ってきた少女や女性と大差ない細さなのだが、バッドか何かで殴られたかのような衝撃が背中を襲った。
「―――!」
 とっさに振り返り、ガードを上げる。バックハンドから生まれる派生技の定石といえば、大抵が踏み込んでからの強烈なストレート。顔面に決まれば一撃でKOもありうる。
 しかし、セカンドインパクトは思いもよらぬ方向からやってきた。
 健のガードが上がった分、ボディががら空きになっている。そこの空隙に滑り込ませるようにして、襲撃者のアッパーカットがガードごと健の身体を盛大にかち上げた。
「―――づッ……!」
 宙に浮きながら、初めて相手の姿を視認する。ほたるの姉、静流だった。
 宙に浮いた健の身体を追って、静流のしなやかな肢体が空に高く舞う。空中できっちりマウントポジションを確保すると、膝で健を挟みこんで空中後転。そのまま健の頭をアスファルトに叩き付けにいった。
「ナパームストレッチ!」
 どぎゃあッ!
「―――!!」
 声にならない悲鳴を上げる。手をついて頭蓋を割られるのは防いだものの、なんの抵抗も出来ずにアスファルトに転がされる。そこへ体重の乗ったフラッシングエルボーが追撃で入った。
 肺の中の空気を残らず絞り出してしまい、もはや悲鳴すら上げられない。しかし、次の瞬間にはその重みが消えた。あまりにも鮮やかなヒットアンドアウェイ。
 いつまでも寝ているわけにはいかない。痛みのせいで自由の効かない体を無理やりに引きずり起こそうと、健が悪戦苦闘していると――
「――うりゃあッ!」
 ぎゅどん!
 やたら軽快な掛け声とは裏腹に、暴力的な破壊力を秘めた急降下爆弾パンチが健の鳩尾にクリーンヒット、爆発の衝撃で彼の体がまた浮いた。そこで終わらないのが格ゲーの基本である。謎の闖入者とてその例外ではなかった。
「小夜美キィ〜ック!」
 ネーミングセンスの欠片もない技名を叫びながら、二人目が空中錐揉み回転ドロップキックをぶちこんでくる。フツーはつながらないはずの連携だが、そこは色々と作者にも物語にも都合というものがある。
 道路横の民家の壁に叩きつけられた健は、そこでようやく二人目の姿を確認した。確か静流の同級生で、友人の――名前は忘れた。静流と並ぶと、やたら言動がおばさんじみてる印象があったのを覚えている。
 なんとか立ちあがった健を前に、二人は背中合わせに立っていた。ぱっと離れると、二人目――小夜美はポケットから取り出した赤いバンダナを頭に巻き、豊かな髪を包み込む。
 一方の静流はというと、いつのまにかグラサン&スポーツキャップを装備しており、帽子のツバの位置をしきりに気にしてたりする。二人とも上はタンクトップにダウンジャケット、下はアーミーパンツにごついコンバットブーツという、どこか傭兵じみたいでたちをしていた。
「いくぜィ静流ぅ!」
 おもむろに小夜美が震足を大きく踏んで腰溜めに静流を見やる。
「おう、小夜美!」
 同じく震足を、小夜美の荒々しさとは対照的に、どこか落ち着いた雰囲気で踏むと、掛け声だけは負けじと応える静流。
 ――ま、まさかあれは……!
 嫌な予感が健の脳裏を駆け巡る。そして健の予感は見事的中するのだった。
『クロスチェンジャーッ!』
 じゃきーん、と効果音が聞こえてきそうなフラッシュを炊きつつ、見事に声をハモらせた二人が、がっちり合わせた拳を高々と掲げる。化石化しそうなほどに古いネタだった。
「というわけで招待状は……」
「私達がもらうわよ!」
 二人同時に襲いかかって来る。静流が投げに入るため接近して来るのを、掻い潜り、距離を開け、健はそれこそあの手この手でかわすのだが、彼女の攻撃はなかなかに執拗だった。特に主力技のスーパーアルゼンチンバックブリーカー(注:以下SAB)の投げ間合いはバカに出来ないものがある。警戒しなくてはならない技その一だ。
 投げ間合いの一歩外から打撃で押し返すようにすると、今度は小夜美がダッシュをかけてくる。こっちは健よりも遥かに間合いも広くパワーのある、打撃タイプなはずだ。
「うぉりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃァッ!」
 軽妙な掛け声と共に、ストレート、ブロー、フックの三種拳撃を織り交ぜた連続パンチが健に襲いかかる。
 続いて放たれたエルボー、バックハンドブロー、アッパーカットの連携のプレッシャーは凄まじいもので、きっちり防御を固めた健の体力を、ガードの上からでもごっそり削って行った。
 ちらりと静流の方を見やると――どうやら彼女はエキストラモードのようだ――暇さえあればABCボタン同時押しでパワーゲージを溜めている。
 最後のアッパーの後、小夜美に僅かな隙が出来た。そこに針の穴のように小さな間隙を縫うようにして、ジャブからブロー、アッパーへと繋ぐ。得意の連続ボディブローへ持っていこうとして――唐突に静流のタックルが健を襲った。
 マウントポジションをあっさり取られた――不意を突かれた事もあるのだが――健は、そのまま静流に引きずりまわされるようにして地面を転がった。今やろくに使い手もいないローリングクレイドルを習得している辺り、さすがはプロレスマニアだ。
「――ぐッ!」
 世界がグルグルと回転している。受身すら取れず、健はアスファルトの上に投げ出された。
「ファイアー!」
 やっと解放されたところへ、再び小夜美の爆弾パンチが襲いかかる。地面を転がってなんとか避ける健。袋叩き状態とはまさにこの事を指すのだろう。これではストライカーマッチではなく、どちらかというとヴァリアブルクロスだ。
「く、くそ……二対一でどうやって勝てっていうんだ……!」
 状況は圧倒的に不利だった。おまけに、さっきまで散々ボコられた分のダメージもある。もう一発連続技かなんかをぶち込まれれば、即KOだろう。
 しかし悲しいかな、打撃&ラッシュキャラの性というか、彼は前に進むしかない。退がった瞬間彼は負けだ。まず撹乱で相手を分散させ、速攻のラッシュで一方をピヨらせる。そして慌てたもう一方をサシでKOできれば……
 ――かなり、望み薄だな……
 第三話でピンチ襲来というのは、なにかそういう法則というかジンクスでもあるのだろうか。たぶん五話構成にした場合の必然なのだろうが、全く持って理不尽な話だ(注:五話じゃ終われません)。
 しかし、場所を選べればあるいは勝機も――
「しっ!」
 健が黒い残滓を引きずりながら逃げに入った。
『待ちなさい!』
 声をキレイにハモらせて、二人の女性が健を追いかけてくる。シチュエーション次第ではかなり羨ましいのだが、可愛い系の声に騙されて待った瞬間血ダルマだ。
 二人を引っ張りながら、健は住宅街の方へ駆けて行く。これで小夜美と静流の走る速度に差があるのならば、早く着た方を振り向きざまに一撃して再び逃走、また追いかけてきた方を一撃、という手段も採れるのだが、性能が同じ二人では意味がない。
 ならば、残された手段は一つだけ。
 やがて健と二人の追撃者は、建物と建物の間の狭い路地へとやってきた。人が三人並んで通れるほどの幅しかない路地だ。
 散々逃げ回られてすっかり業を煮やした小夜美が、アスファルトを蹴って大きく跳んだ。
「待ちなさいって、言ってるでしょ!?」
 本日三度目の急降下爆弾パンチ。しかしけんは突然立ち止まると、後ろへ高速ダッシュをかまして、空中体当たりストレートを避けた。
「―――!?」
 爆弾パンチは回避されてしまうと、着地にスキがありすぎる。それこそ鉄球大暴走が決まるほどに大きなスキだ。素早さが身上の健に反撃できないわけがなかった。弱パーリングで地面に叩きつけて強制ダウンさせる。
 健が振り向いた先には、ちょうどいいタイミングで駆けこんできた静流の姿があった。
「―――はッ!」
 ABCボタン同時押しでカウンターモード発動。発生した結界に、静流の細身が吹き飛ばされた。
 すかさずもう一度振り向き、立ちあがった小夜美に向かって強烈なブローを入れる。
「―――!」
 声にならない悲鳴を上げる小夜美。しかし健のラッシュはまだまだ終わらない。
 すかさずキャンセルウィービングでニュートラル状態に戻り、今度は遠距離立ちC。一弾目にキャンセルで再びウィービングして、また遠立Cを……この繰り返しである。
 日本全国津々浦々で『凶悪』の烙印を押され、ユーザーの皆さんから自粛処置を受けているA級(永久)連続技だ。一度ハマったらKOまで抜けられない。
「うらしッ!うらしッ!うらしッ!」
 パンチの掛け声とウィービング時のかすれたような吐息が混ざり合っていて、ひたすらにマヌケだった。しかしそんな事には頓着していられない。静流が復活するまでにどれだけ小夜美の体力を削れるかで勝敗が決まる。
 ――だが健は、重大な点を見逃していた。
 小夜美の体力が残り四割を切った頃であろうか、唐突に技がスカった。
「―――!?」
 思わずそこで攻撃の手が止まる。慌てて出したストレートは、小夜美のガードに阻まれた。
 彼は、このA級連続技が画面端限定の物であることを忘れていたのだ。壁際での連続技は、攻撃を受ける側のノックバックがなくなるので、普段繋がらないような連続技が決まったりする。しかしその画面端限定連続技を壁際でもない場所でやったところで、失敗して終わるだけだ。
「ナメるんじゃないわよ!」
 小夜美の足払いが健のバランスを崩した。彼はそのまま受身も取れずに転倒してしまう。
 すかさずキャンセルで彼女が出した技は――
「私の破壊力を根源から食らうが良いわッ!」
 ――ギャラクティカファントム。技名からして車田正美(?)よいしょな技なのだが、威力だけは超一級。普通に食らっても単発で七割は軽く、カウンターで当たればラスボスすら一撃で倒すという極悪な技だ。
 小夜美の細い腕がまるで北斗神拳奥義でも使ったかのように太く肥大化し、その上にみちみちと血管の筋が浮かび上がって行く。ギリギリと軋みを上げる拳が、蓄えられた破壊力の大きさを現していた。
 ガード不能のギャラクティカファントム相手では、かわす以外に手段はない。それも攻撃判定がやたらデカいため、ジャンプやダッシュではなく、かわし移動が理想的だ。
 しかし、足をふらつかせながらも起き上がろうとする健の視界に、ダッシュで駆け寄ってくる静流の姿が見えた。
「ランニングスリゃぁ〜〜〜!!」
 こっちはこっちでガード不能の移動投げ超必殺技。相手を抱え上げて助走を付け、ジャンピングパワーボムを合計三往復ぶちかます、またえげつない技だ。これで健に逃げ場はなくなった。彼が起き上がった瞬間――
「―――んどっかぁ〜〜ぅんッ!!」
 威勢のいい掛け声と共に、一撃必殺の爆弾みたいなストレートが健に迫る。目の前にスローモーションで迫る拳。状況は絶望的。これを避ければ後ろの静流が投げを決める。逆にこのままでは、小夜美のストレートでKOされてやはり終わりだ。
 ついにこれで最期――と、思いきや。
「―――しッ!」
 健がウィービングをかます。身をかがめた健の身体のスレスレ上を、悪夢のような速さでストレートが通り過ぎた。
「―――なんでげぶ!!!!!!???」
 声にならない悲鳴。あまりにも無様な断末魔を残して、静流の身体が錐揉みしながら宙に舞い、やがてお星様となった。
「…………あ。」
 自分がド突き飛ばしたのが静流だとようやく気付いた小夜美は、思わずマヌケな声を漏らして我を忘れた。何せ、カウンターで当たればラスボスすら一撃KOするような技である。ダッシュで突進してきてた静流には当然、カウンターで決まったことだろう。
 一方の健はなんで無事かというと――
「2001のウィービングは膝まで無敵なんだよ!ナメるな!」
 わけの分からない事を口走りつつ、積年の恨みのごときラッシュをぶち込む。ジャブの連打から数発のフックと連続ボディブロー。それらを容赦なく顎へ、鳩尾へ、腹部へ、無数に叩き込んだ。
 軽いパンチドランカー状態に陥り、足元をふらつかせた小夜美に――
「――甘いッ!」
 トドメのワンツーを決めて、彼女の身体を吹き飛ばした。壁に叩きつけられて動かなくなる小夜美。ここまでやらなくても、という気はしないでもないのだが、そこがSNK2D格闘ゲームの厳しいところ。古来より男女差別反対に、加えて全く容赦のない世界である。
「くっ……思ったより、ダメージが大きいな……!」
 壁にもたれ、苦痛のうめきをもらす。こっとどころではない、かなりのダメージだ。とっくに体力ゲージは赤く点滅している。
 それでも、何が彼にそうさせるのか――単純に100万ドルに騙されて欲望に目が翳んでるだけなのだろうが――、健はそれでも学校目指して、壁際を這うように歩いて行った。再び夜の住宅街に、闇と安寧が訪れる。
「―――健」
 静かに去り行く彼の背中を追う、一つの人影。親友の行く末を憂れう彼の名は――中森翔太。
 重く沈んだ彼の瞳が、一体何を思い何を映しているのか……それはまだ、誰も知らない。そう、作者すら決めていないのであった――

>> 4へ続く




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