02/3/27


天下分け目の超決戦?4
作:暇人(八坂 響)






「――やっと着いた……」
 通い慣れた学校の校門を前に、健は立ち尽くしていた。目の前にそびえる校舎は、暗い闇と共に何か禍々しいモノを背負っている。その上には昏く立ちこめる雲。いつもなら見えるはずの星空が、そこだけ切り取られたように姿を隠し、こちらを覗き見ていた。
「…………行くか」
 時刻は11時15分。あまり時間がないといえばないのだが、ここまで来ていればもう100万ドルは確定だろう。
 やがて意を決して校門を乗り越えた健は、早足に体育館の方へと走っていく。が――
「……ん?」
 おもむろに足を止めた。壁に赤のスプレーで大きく書かれた文字。
『死神を迎える気分はどうだ?』
「………………」
 健は言葉を失った。多分相手はスティーブン=セガールのファンか何かなのだろうか。
 そのまま体育館の方へと歩みを進めて行くと、再び赤文字が現れた。
『次はお前だ』
 英語で書けばきっとカッコイイのだろうが、日本語のスプレー文字ではどうしても間抜けな感が拭えない。
『……ぐ傍まで来ているぞ』
 床に大きく撒き散らされた文字は、体育館の中へその半分ほどを隠していた。
 ――どう考えても誘いだ。健を体育館へ誘っているとしか考えられない。
 だがしかし、健は言葉の続きが気になったからという理由だけでドアを開けた。かくいう彼もスティーブン=セガールのファンであり、それ以上に日本語版の声を担当している、スティーブン=セガールの陰にこの人ありといわれた大塚明夫の大ファンだ。もちろんガトーの『ソロモンよ、私は帰ってきた!』のセリフには、涙を流してジオン再興を喜んだものだった。
『お前のすぐ傍まで来ているぞ』
 ――思わずがっかりした健だった。この場合、正しい訳は『もうすぐそこまで来ているぞ』のはずである。もっとも、日曜洋画劇場の和訳を信頼するならば、の話だが。
 その時――
 ――カッ。
「―――!?」
 証明の灯かりが一斉に健へと降り注いだ。眩しさに両腕で目をかばう。その隙間から薄く開けた目で周囲を見回してみると――一つの人影が立ちあがった。のっそりと、どこか重厚感を漂わせる動き。しかしそれは鈍重というより緩慢で、ある種の余裕と威厳が感じられた。ちょうど『ゆぅら〜ァり』って具合である。
「――You cannot escape the long death.」
 やっと目の慣れた健の前には、逆光になりながらもその澄んだ高い声がしっかり聞こえていた。
 目が慣れてきて、相手の姿がぼんやりとだが確認できる。赤袴に白い羽織。ゆっくりと肩で大きく息をするその構え。おそらく状況が状況でなければ、御上の奨励する萌え路線確定な取り合わせだろう。
 この声は間違いなく――
「――鷹乃!」
 健の呼び声に応えたのか、単にタイミングが被っただけなのか――黒いシルエットが右手をアンダースロー気味に振り抜いた。
「烈風ケェ〜ンッ!」
 青というよりも蒼に近い気の塊が、体育館のフローリングをバリバリ削りながらカッ飛んで来た。健はそれをジャンプでかわす。
 この体育館は少々構造が複雑で、三階にいくつかの部室棟が存在する。いくら二階ぶち抜きとはいえ、あまり天井が高いとは言いがたい。迂闊に大ジャンプで飛べば、長く垂れ下がった照明に激突する可能性すらあった。
 槍の様に突き出ている照明の合間を縫って、健が鷹乃に右の拳で殴りかかった。そこから地上技に繋いで――と短期決戦用の連続技構成を練っていると、鷹乃がその細い左手を掲げる姿が見えた。しかしその細かい動きまでは、ゆったりとした裾に隠されてよく見えない。
 彼女が軽く健の右を払ったかのように見えた次の刹那、いきなり健の視界が回転する。
「―――か……フッ!?」
 ダンッ。
 気が付けば床に思いきり叩きつけられていた。肺の空気が残らず搾り出され、掠れた苦悶の声を上げる。間違いない、一時期『この技だけでも天下が取れる』と全国格ゲーユーザーに夢を抱かせたあの技――当て身投げだ。今は上段、中段、下段と当身判定の分類が細かくなってしまったものの、ただ突っ立っていられるだけで攻めにくくなるあのプレッシャーは健在だった。
「ダボゥ烈風ケェ〜ン!」
 ダウンした健の起き上がりに、技の先端ギリギリを当ててくる鷹乃。こうすれば余計な反撃は食らわない上、相手をいきなり固める事ができる。
 一応断わっておくが、彼女は『ダブル烈風拳』と言っているのだ。正確に描写しようと思えば思うほど技ヴォイスが変になるのは、もはや小説と格ゲーの間における宿命としか言い様がない。その最たる例が、かのK'が使う突進空中回し蹴り――KOF99版ミニッツスパイクだろう。アレはなんとも表現し辛く――強いて活字にするなら『しゃらばァ〜い!』だろうか。
 ――話を元に戻す。
 二発連続で襲いかかる蒼い気塊をなんとか凌いだ健。しかし彼の身体に蓄積されたダメージは、想像以外に大きかった。動きが鈍っていて、技もその切れを失っている。
 ――打てば、取られる。
 スピードが売りのライトファイターのくせに、技の切れを失っている現状では、相手の当身にあっさりいなされて終わる運命しか待っていないだろう。
 もうこうなれば、彼が狙うべきはただ一点だった。すなわち、小ジャンプもしくは中ジャンプからのスカし。当身を対空技代わりに使う彼女を相手にするならば、これでジャンプ攻撃と下段攻撃の二択となり、スカし投げも加えるなら全部で三択だ。三択を迫るなら、健の勝てる可能性は高い。
 早速それを実行すべく、再び飛んで来た蒼い気の波を中ジャンプで飛んでかわす。空中で健は右の拳を引き絞った。これはフェイントだ。彼の狙いは――着地からの下段始動連続技。一気にケリを着けるつもりだった。
 ――しかし健は、ある一つの可能性を見落としていた。それはサウスタウンの覇者であるギース=ハワードを相手に戦う時の鉄則であり、常に頭へ置いておかなくてはならない可能性。
 健の攻撃――もちろんフェイント――に対して鷹乃が取った行動は、至って単純だった。
「レェイジング……ストォォォォムッ!」
 ――ガァァァッ!!
 振り上げた両の掌を床に叩きつける鷹乃。彼女を中心に、轟音と閃光とが荒れ狂う。噴水の如く吹き上げる一撃必殺の威力を秘めた気の奔流へ、健は自ら突っ込む形となってしまった。
「――――――」
 もはや悲鳴を上げる暇すらない。錐揉みして床に落ちた健は、それでもなんとか立ちあがった。
 今日は家に帰ってから、ギロチンだのナパームストレッチだの交差法の当身だのガトリングアタックだのを喰らい続け、ダメ押しで先ほどのレイジングストーム――それもカウンターヒットである。まだ立っていられる方が不思議なくらいなのだが、たとえ残り一ドットの体力ゲージでも、最後の最後までプレイヤーの奴隷となり闘いつづけるのが格ゲーキャラの宿命だ。伊達にしぶとくMVS筐体&ドット絵で粘っているわけではない。
「――フンッ」
 腕組し、轟然と健を見下すようなその瞳。健は生まれて始めて、彼女の背後に死の恐怖を視た。
「…………シッ!」
 自らの恐怖をごまかすかのように、おもむろに黒い残滓を引きずりながら高速移動した健は、挑発で隙だらけの鷹乃に強烈なボディブローとダッシュストレートの二連撃を見舞った。鷹乃の細い身体が宙を舞い、体育館の壁で跳ね返って飛んでくる。
「――くそォッ!」
 そこにすかさず打ち下ろしのチョッピングライトをぶち込む。地上に張り付けとなった鷹乃へ、今度はショートアッパー、ストレートと打ち込んで――
「これで……倒れてッ!」
 デンプシーロールを思わせる、重さの乗ったアッパーカットで締めた。再び宙を舞う鷹乃の肢体。しかし――
「――フッ……!」
 落着の瞬間を待つまでもなく姿勢を立て直した鷹乃は、足から綺麗に着地した。
「―――!?」
 受身が取れないはずの技である。渾身の力を込めたコンビネーションである。それでも彼女は、あっさりと受身を取っていた。何のダメージをも感じさせず、あっさりと立ちあがって見せたのだ。さすがはハワードコネクション総帥、お茶目で悪夢になってしまうようなパパさんだけの事はある。
 飛びこみの手段は全て封じられた。あくまで地上に張り付いての奇襲すら、ろくにダメージを与えられていない。自慢のラッシュが効く相手とは思えなかった。もはや健に勝ち目は――ない。
「…………ちくしょう……!」
 震える拳を固く握り締める。革のグローブが微かに軋んだ。
「ちくしょう……!」
 スポーツシューズが甲高い悲鳴を上げながら、体育館のフローリングを踏みしめて行く。その間隔が次第に狭まって――
「ちくしょぉぉぉぉぉッ!」
 もはや自棄になっていた。作戦もへったくれもありはしない。ただ咆哮だけがあった。目の前に居座る絶対的な『死』に怯える獣だけが、そこにいた。
 だから吼えた。瞳を閉じて待ち構える『死』に向かって、その右手を引き絞る。拳を握り締める。呪い殺さんばかりに、睨み付ける。
 そして健の拳が、その猛々しい咆哮と共に鷹乃へと突き刺さろうとした瞬間――
「―――!」
 その瞳を唐突に見開いた彼女は、全身に気迫を漲らせた。膨れ上がる闘気。

 ――――――
 何かが宙へと舞った。いくつかの照明器具を犠牲にして天井へ高く飛んでいった何かは、やすやすと天井の壁をぶち抜いて二階の床へ落ちた。降り注ぐ細かい破片を浴びながら、ほとんど手すら触れずに健を空高く放り投げた彼女は、ゆっくりと息を吐いた。両の拳を腰の辺りに添え、低く重く、全身の緊張を解いた。
 ――そして彼女は呟いた。
「――Die out…」

 ――気が付けば全身が痛かった。周囲が異様なほど暗かった。頭の芯が凍り付くように冷たかった。
 指はもはやその感覚を失っている。瞳は虚ろにさ迷うだけだ。耳は何物の音も捉えていない。そして彼の第六感が告げているのは――死への警告だった。
 眩しい光が、床から吹き上げている。体育館の照明なのだろう。
 穴がぱっくりと口を開けているどこかの部室。なんとか穴の淵から這いずって離れたものの、それが健の限界。もう一センチ動く事すらままならない。それっきり彼はピクリとも動かなくなった。
 やがて部屋へと入ってきた何者かの気配――言うまでもなく鷹乃だ。動かなくなった健を轟然と見下ろす彼女の瞳には、何の感情もこもってはいない。無言で健の服をまさぐると、ジーパンの後ろポケットから封筒を引っ張り出した。何度か表裏を返して、それが本物かどうかを検める。鷹乃の狙いもまた、この封筒だというのだろうか。
 状況に満足したのか、鷹乃が部屋を後にしようとしたその瞬間――
 がっしゃぁぁんッ!
「――サイコクラッシャーッ!!」
「―――!?」
 とても少女のモノとは思えない野太く渋い声と共に、錐揉み回転する薄紫の閃光が飛びこんできて、隙だらけの鷹乃を壁に叩き付けた。
「―――!?ダボゥ烈風ケェン!」
 素早く立ちあがった鷹乃は、すかさず両の手にこめた気塊を合わせて倍化させ、乱入者へと叩き付けた。新たに現れた第三の人物が羽織っていたマントが弾け飛ぶが――それ自体にサイコパワーが込められていたのだろう。弾け飛んだマントがバリアの役目を為し、その人物には全くダメージがなかった。
「フッフッフッ……健ちゃんなんて、もうどうでもいいのよ」
 動かなくなった健をぞんざいに蹴り飛ばした乱入者――ほたるは野太く不敵な笑い声を上げ、冷徹に言い放つと、壁に手をついている鷹乃に、よく通る声で宣戦布告した。渋いおやぢ声であざ笑われた直後にこんな可愛らしい声で話しかけられた日には、脳みそがパンクするに違いない。
「その招待状は私がもらうの。正々堂々と、勝負よ!」
 いきなり必殺技で奇襲仕掛けておいて正々堂々もへったくれもないと思うのだが――何はともあれ、不甲斐ない主人公に代わって、女二人の熾烈な戦いの火蓋は、切って落とされたのだ。

 ――二人は気付いていなかった。
 そのすぐ傍で、静かに覚醒しつつあった、一人の男の存在を。
 内に溢れんばかりの狂暴な力を宿した、一人の男の事を。


>> 5へ続く




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