天下分け目の超決戦?7
作:暇人(八坂 響)



――全ては刹那の出来事だった。
「――!?」
 蒼い閃光の残滓を引きずりながら、ジャスティスの右手がついさっきまでケンの頭があった空間を薙ぎ払っていく。
 身を沈めてかわしたケンはすかさずジャスティスに肉薄し……
 ――ッぎん!
 頭を狙った斬撃だが、浅い。肉厚の刃はジャスティスのフェイスマスクを縦に割るだけに終わった。繰り出される硬質の拳を、ケンはバックステップでかわしきった。
「……やるな」
 割れたフェイスマスクの奥から現れたのは――ごく平凡な、少年の顔だった。どこかでみたことがある顔だ。そう、アレは確か去年、澄空の学園祭へ遊びに行った時の話だ。カキコオロギと命名された珍味を、信とその他一名によって買わされ、散々な目に遭ったあの時――
「その他一名って何だオイ」
 すかさず入る突っ込み。どうやら相手の心を読めるほどに人間離れしているようだ。
「思い出した……!」
 ――トモヤ。信がかつて言っていた。あの犬には、親友の名前を付けたと。もしあのカキコオロギを押し付けてきた二人の片割れがその親友であるのなら、彼はおそらくその『トモヤ』という人物だろう。
 そして――あの手紙の差出人は"T≠セった。最初は鷹乃なのかと疑いもしたのだが、ひょっとすると今目の前にいる彼なのかもしれない。
 ――そうすると、この人ががラスボス!?
「……前作の主人公がラスボスってのもまた、ずいぶんとお約束な展開……」
「やかましいッ!」
 思わず口から零れたケンの本音に反応して、トモヤが高速で突っ込んできた。繰り出される拳を剣で受ける。硬質のプロテクターに覆われたトモヤの鉄拳は、神器とされる封炎剣と鍔じり合いを展開できるほどに強力であった。
 すぐさま右の拳を退いて、逆の左で突きを放つトモヤ。跳び退ってかわすケン。追いかけてきた大振りな上段回し蹴りを、上体をそらして避け、その隙に攻撃しようと――
「!?」
 ゴッ!
 攻撃姿勢に入ったケンを、何かが強烈に打ち据えた。トモヤの尾だ。全身の回転を利用した回し蹴りは、蹴りを避けられても尾によるフォローが利く、なんとも便利な二段構えだったというわけだ。
 続く後ろ回し蹴りは何とかかわすケンだが、今の一撃はかなり効いた。額に巻いている鉢鉄にひびが入っている。
 一気にケリを着けるつもりか、トモヤがケンに追いすがる。
「メモオフの主人公は俺のモンだぁ!」
 ……本音全開で。
 一瞬、ケンは何かの引っ掛かりを覚えた。決定的な違和感。何かが確実に間違っている。
 だがその感覚に付き合っている暇はなかった。トモヤの左手が唸りを上げて飛んでくる。それに合わせる形で、ケンは封炎剣を繰り出し――
 がしっ。
 焔を纏った一撃は、その左手に掴まれていた。押しても引いてもまるで動かない。その隙に今度は右手が繰り出される。蒼い閃光を纏った払い手の一撃。ありとあらゆるものを破壊する力を秘めたそれ――ミカエルソードがケンの胸を真横に薙いだ。あまりにも早すぎるため、蒼い閃光が残滓となって空を斬り――
 ぎゅぞん!
 衝撃波となってケンの身体を宙に吹き飛ばした。
「ッ……!!」
 悲鳴が声にならない。
 UURRRAOOOOOOO!!
 人にあらざるものの雄叫び。先ほど体育館の建物を真っ二つにした黄金色の閃光が、下から上へ舐めるようにケンの身体を焼いた。全身から血飛沫を散らして吹き飛ぶケン。それを追いかけ、再びミカエルソードを叩き込み、浮かしなおしてレーザーを放つ。ミカエルソードとインペリアルレイだけで構成されたお手軽A級連続技。
 やっと連続技から開放されたケンは、しかし受身を取ることも出来ずに地へ落ちた。
 ぴくりとも動かないケンにトドメを刺すべく、トモヤはゆっくりとケンに歩み寄り――
「健ちゃんいじめるのは許さないんだからぁ!」
 唐突にワープして現れた少女が、ケンとトモヤの間に割って入る。ほたるだ。両手を広げてケンを守るように立っている。きっとトモヤを睨み据えるその瞳には、涙が滲んでいた。
 トモヤは思わず息を呑んだ。一片の迷いもなく彼を睨み据えるその少女は、既に満身創痍の有様だ。彼女自身はケンをかばっているつもりなのだろう、しかし肘は弱々しく痙攣し、膝は小刻みに震えていた。腹部からとめどなく流れ出す血を止めようともせず、彼女はただトモヤを睨んでいる。
 なぜかなど――考えるまでもなかった。トモヤは自らの経験から、それをよく知っている。
「……どけ」
「やだ!」
 低くつぶやき、一歩前に踏み出すトモヤ。やはり怖いのだろうか、それに合わせて一歩引くほたる。
「どけと言っている」
 ゆっくりと、一歩一歩を惜しむかのようにゆっくりとトモヤは歩き始めた。後退るほたるの踵に、硬質の何かが触れた。封炎剣。意識を失ってなおケンが離そうとしない、肉厚の刃だった。これ以上退く事は出来ない。
「やだもん!健ちゃんを、健ちゃんを守……きゃっ!」
 叫ぶことに必死になって、思わず尻餅をついてしまう。ケンの傍らにへたり込んだほたるは、トモヤに背中を向け、ケンをかばうようにしてしがみついた。
「どけと、言っている」
 冷徹なトモヤの声がすぐ後ろで聞こえた。硬質のプロテクターが彼女の肩を掴む。そこに力が込められ、無理やりに振り向かされて――刹那、ほたるの瞳に邪悪な光が宿った。
「死ねェ!」
 さっきまでとは打って変わった口調で、極限まで高められたサイコパワーを身に纏い、ほとんど密着からトモヤに向かって飛翔した。質量のある人型の何かが吹っ飛んでいく手応え。見れば、トモヤは10メートル以上吹き飛んで、校舎の壁に思い切り叩きつけられていた。
「……世の中、愛だけじゃ生きていけないって事よ。頭を使わなきゃね」
 乱れて前に垂れていた髪の一房を後ろへ払いながら、彼女はケンに近づいた。ポケットをまさぐり、端がすっかりよれてしまった招待状をつまみ上げる。おそらくととも目を見張るほどの名演技だったはずだ。
「ごめんね、健ちゃん。留学とかって結構お金がかかるの。やっぱり世の中……コレがなきゃ」 そういって彼女が軽くキスをした相手は、ケンではなく招待状だった。男はロマンチスト、女はリアリストとはよく言ったものである。
「――俺もそう思うぜ」
「!?」
 不意に声が聞こえた。トモヤだ。
 そう――彼は初めからわかっていた。なぜかなど考えるまでもない。かおるというリアリズムが服を着て歩いているような少女を親友に持っているのだ、経験も豊富になるというものだろう。ここにただ一人、希少価値のある男の例外が存在した。
 それでも、トモヤも相当のダメージを負っていた。不意打ちが来ることはわかっていたが、あそこまで強烈な攻撃が来るとは思わず、つい防御の手を抜いてしまったのだ。
 ――やれる。ほたるはそう思い、拳を握り締めた。大してトモヤの方は、ただそこに突っ立っているだけだ。降参したのか、奥の手を隠しているのか――答えは後者だった。
「ボディチェェェぃンジッ!!」
 エラいクラシックな技だった。しかしトゲトゲした閃光が飛び出してくるわけではない。トモヤの身体を閃光が押し包んで――閃光の失せた先にいたのは、ゆったりとした暗色のローブを身に纏う、長い金髪の男だった。顔だけが日本人なので似合わないのなんの。
「……ださ」
「ぐはッ!」
 ポツリとつぶやいたほたるの言葉に、ライフゲージを大量に削られて吐血するトモヤ。年頃の女の子に斬って捨てられた衝撃もあるのだろうが――何よりも痛いのは、せっかく姿形まで変えて、最初に聞いた一言が「……ださ」である事だろう。最初の間が妙に利いた一言だった。
「そ……そんな事言っていられるのも今の内だけだと思え!」
 怒声とともに、掲げられた左手から閃光が放たれる。光の矢と化したそれは、間一髪でかわしたほたるの頬を掠めていった。
 宙を滑るようにして駆けるほたるの後を、白い閃光の火線が追っていく。緩急自在にトモヤの攻撃を幻惑して避けるそのさまは、まるで光の中を踊る妖精のようであった。
「サイコクラッシャァァァッ!」
 ――このクソ渋い声さえなければ。
 必殺の一撃を必殺のタイミングで繰り出したはずのほたる。しかし気がつけば、次の瞬間には全身を切り刻まれていた。あちこちに裂傷が走る。
「――かふっ」
 宙に放り出されたほたるは、トモヤの左手に握られている鞭のような何かを見た。鞭というよりかはチェーンだろうか。どこか生物的な動きを見せる、鋭利な刃の生え揃ったチェーンだ。ほたるが抵抗できないのをいい事に、彼は何度もその刃を振るった。
「このガーリアンソードはネスツの開発した擬似生命体でな」
 右手を掲げるトモヤ。それに倣うようにして、彼のローブの裾から何かが這い出てきた。ガーリアンソードと称された擬似生命体によく似た何か。全身に生え揃った刃のかわりに、先端の口が開いて巨大な光球を生成している。
「このイーリスランスと共に、ネスツ第四工廠で開発されたものなのだ。私の意に忠実に従い、貴様を撃つ。言っておくが死角はないぞ」
 もはや口調からセリフまでボスキャラのそれだった。力なく宙を舞うほたるに向け、4対のイーリスランスが同時に光球を吐いた。
「ケイオス・タイド!」
 ぎゅどど!
 吐き出されると同時に弾け飛んで、猛烈な閃光と衝撃波を生み出した光球は、ほたるの身体を校舎に叩き付けた。それきり動かなくなるほたる。
 しかしトモヤが勝利の余韻に浸る間もなく、轟音が彼を襲った。
 どぅッ!
「――能書き存分に垂れたンなら死ねやァテメェ!!」
 彼の真横の、校舎の壁が音を立てて崩れ去る。土煙の向こうから現れたのは、爆弾パチキで校舎にデカい穴をあけたつばめだった。彼女の右が必殺の威力と共にトモヤへ迫る。しかし――
 パキン。
 軽い音と共に彼の正面へ形成された力場が、その右腕を押しとどめ――つばめを吹き飛ばした。よどみなくそちらへ身体を向け、さも当然の如く吹き飛んだ彼女を追いかけるトモヤ。彼にはこの奇襲がわかっていたのかもしれない。
 ダウンしかけた彼女の頭を掴んで無理やりに引きずり起こすと、彼はその細い体躯を校舎の壁に叩き付けた。額を抑えてふらふらとしている彼女を、ガーリアンソードとイーリスランスの波状攻撃が襲った。続いてケイオス・タイド。光球の炸裂をまともに浴びて吹き飛びそうになった彼女を、今度はトモヤ自身が作り出した、身の丈ほどもある光球を叩きつける。
 そして動かなくなるつばめ。やっと手に入れた最終回の出番が僅かせいぜい10行とは、なんとも世知辛い世の中である。
 今度は音もなく銀色の閃光が走り抜けた。巴だ。しかし逆刃刀はトモヤのローブに触れることすらなく――
「――イーディアンブレイド」
 叩きつけるようにして放ったトモヤの青白い火柱が、巴の体躯を捉えてその全身を焼く。こちらはせいぜい3、4行。何かセリフをのたまう暇すらない。流石はラスボス、シャア専用もびっくりの高性能ぶりである。
 しかし、彼女が焔を放った直後の隙を突いて、轟音が立て続けに鳴り響いた。自動拳銃のバースト機能どころの話ではない。マシンガンすら凌ぐけたたましい射撃音は、間違いなくガトリングのそれだった。
「ウラウラウラウラウラウラ〜〜〜!!!!」
 カンペキにイッた声で叫びまくる希=伸二。秒間100発の脅威がトモヤに降り注いだ。ランボーの観過ぎである。
 撃たれているトモヤはまるで下手くそなピエロの如く踊りまわるが――それは決して自ら望んでやっているわけではない。
 調子に乗って、抱え込んだガトリングをさらに撃ち鳴らす希=伸次。しかし、それにトモヤの声が割り込んだ。
「ボディィチェェェインジッ!」
 強烈な閃光が周囲を押し包み、希=伸二は思わず攻撃の手を止めて目を庇ってしまった。
 そして――
「何を言うにも、もう遅い。今ここに、古の儀式を執りて……人なる者どもの世に終焉をもたらさん」
 そこにいたのは上半身裸のトモヤ。鍛え抜かれたその体躯と、胸に描かれた呪術的な紋様。そしてその全身から発散されるプレッシャー――並大抵のものではなかった。
「なんだァテメェは!?」
「我はオロチ。自然の代弁者にして、人なる者どもにこの星の裁きを下す者。人類はあまりにも身勝手に過ぎた。本能を忘れ、ただ己の欲望にのみ忠実な傀儡と化し、星を汚した。高く澄み渡る大空を冒涜し、母なる青き海原を陵辱し、緑なす永遠の大地を蹂躙したその所業、全く以って許し難い。人よ、今こそ大いなる粛清の時は来た」
「うるせェんだよブツブツと!」
 オロチ――トモヤの御託をさえぎりながら、希=伸二はガトリングを撃ち鳴らした。しかしそれらは全て、トモヤの掲げた手の先に生じた不可視の盾によって弾かれてしまった。しかもそれは明らかに、希=伸二がトリガーを引くよりも早かった。
「無駄な事だ。我はオロチ、自然の代弁者にして人なる者どもに(以下省略)。人の子よ、汝らが考えていることなどは、手に取るようにわかる」
 言って、再び右手を掲げた。
 カァンッ!
 甲高い音を立てて衝撃波が放たれる。黒い残滓を残して迫るそれは、ガトリングの弾をはじき散らしながら希=伸二を吹き飛ばした。
「うぉ――」
「滅びよ」
 続いて稲妻が降り注いだ。希=伸二はなす術もなく叩き伏せられ、全身から煙を立ち上らせて動かなくなった。
「行くぞ、ドモォンッ!」
「はいぃ、師匠ッ!」
 今度は妙に熱過ぎる掛け声? 叫び声? が聞こえてきた。トモヤがそちらの方を振り返ってみれば、小夜美はいつの間にかその髪をおさげに結い、しかも自身を弾丸にするかのごとく気を練り上げていた。その背後には、気を練り上げるのを援護するかのように、怪しげな電波を送りまくっている静流の姿がある。
「超級!」
「覇王!」
『電影ダァァァァンッ!!』
 見事に声がハモり、周囲に水墨で流し書いたかのような『超級覇王電影弾』の文字が光を放つ。どうやら技が完成したようだ。
「撃てェェイッ、ドモォォンッ!」
「はぃぃ師匠ぉぉッ!!」
 ひたすら暑苦しくてやかましいことこの上ない。シラフで相手をしたくない人間? 二人組みであった。どうやら小夜美&静流は二人組みなら何でもありらしい。
 ハンマーナックルで小夜美の気塊をド突く静流。その衝撃で、さながら弾丸の如く小夜美が飛んでくる。
「ねりゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁッ!!!!」
 何事も叫べばいいというものではないのだが、とりあえず人の思考を読めるトモヤは――本人も実はあまり読みたくなかったのではないだろうか?――不可視の結界を正面に張った。
 パキン。ドカッ!
 トトの出番よりも多くの行数を使った割には、あっさりと技ははじき返された。気は全て霧散し、地面に叩き伏せられる。
 そんな小夜美の体躯をトモヤは片手で吊り上げ――手刀を突き刺した。引き抜く。その後そこに握られていたのは、青白い燐光を纏った何かだった。端的な表現をするなら、それは魂の欠片なのかもしれない。
「――儚いものだ」
 呟き、握りつぶす。瞬間、同調したように吐血して小夜美は吹き飛んだ。
「師匠!?」
 倒れた小夜美に駆け寄る静流。あわてて状態を抱き起こし、何度も揺さぶった。
「師匠!師匠!?」
「ど、ドモンよ……今こそは、真のキング・オブ・ハートよ……」
「そんな、師匠!」
 静流の右手を、同じく右手で堅く握り締める小夜美。そこに数字違いの紋章が浮かび上がった。
「……流派、東方不敗は……」
「ぜ、全新!」
「系烈……」
「天破驚乱……ッ!」
「み、みよ……」
 声に力がなくなってゆく小夜美。最期の瞬間が近づいていた。
「みよ、東方は……!」
 彼女の左手が指差す先には、真っ赤な太陽が顔を出していた。まるで東の方から空が燃えるかのごとく、地平線の向こうは紅に染まっていた。
 しかし――最後の言葉を発するその前に、小夜美の腕から力が抜ける。それきり彼女が言葉を紡ぐ事は、二度となかった。
「し、師匠……!」
 熱いものが彼女の頬からこぼれた。小夜美の最期の笑顔は、なんとも穏やかなものだった。多くの苦難を共に切り抜けてきた師匠の亡骸を抱え、静流はただ叫んだ。
「み、みよ……っ東方は……!」
 視界がぼやけて見える。いつの間にか背後には、謎の美女やら世界一怪しいドイツ人が立っていたりする。シャッフル同盟のメンツも勢揃いしていた。
「――赤く萌えているぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅうッ!!!!」
 嗚咽まじりの叫び声は、どこまでもアホクサいものとなった。謎の幻影も消え去って、周囲は再び深夜の校舎に戻る。
「許さん!許さんぞォッ、オロチ!!」
 責任転嫁もいいところというか、そもそも誰に責任を問えばいいのかすら判別不能なのだが、とりあえず静流は無条件にトモヤを悪人として、殴りかかった。
 ゴッ!
「―――!」
 いきなりな一撃を受けてしまったトモヤ。しかしすぐさま痛烈なブローで押し返す。
「今……思考より行動が先だったな……」
「黙れェ!」
 再び肉薄した静流が、目にも留まらぬ速さで拳打を繰り出した。明らかに人知を超えた拳速を持つ殺人兵器が、無数に分裂してトモヤに襲い掛かる。初めの内はかわしていたものの、次第に熾烈さを増していく拳を、トモヤは捌き切れなくなってきた。その全て、拳打の一撃一撃までもが思考を超えていた。流石はドモン、とうとう生身で地球意思生命体を越えたようである。
 だがしかし、物語とはどこまでも二転三転するものである。伏兵は意外なところに潜んでいた。
「……めんどくせェ……ッ!」
 不意に背後から苛立った様子の声が聞こえてきた。男の声。そしてそれがあまりに近くだったため、静流はとっさに振り返り――
「――寝てろォッ!」
 それよりも早く吹き上げた焔の柱が彼女の全身を焼いた。
「―――!?」
 とっさにガードを固めた部分は誉めるべきか。しかし彼女は空高く舞い上げられている。姿勢があまりにも無防備だ。
「バンディッド……」
 襲撃者が地を蹴って飛び上がる。空中回転踵落としの要領で振り上げられた左足には、焔がともっていた。振り下ろされる。
「――リボルヴァッ!」
 ぎゅどどどどどっ!
 ジャストミート。爆裂した焔の勢いに押され、彼女は地面に叩き伏せられ、動かなくなる。
「お前の相手は……俺だ!」
 吼える。そこらじゅうに傷を負って、おびただしい量の血を流し、だがそれでもケンは、全身に闘気をみなぎらせて立っていた。
 不意にトモヤを燐光が包む。ボディチェンジ。光が失せた後、そこに立っていたのはジャスティスの姿をしたトモヤ。
「やはりお前の相手をするには、この姿が一番相応しいだろう」
「どうなっても知らんぞ……トモヤ!」
「望むところだ」
 そして二人は、激突する。

 ――遠くに戦場を見下ろす校舎の屋上。そこに人影が一つ。
「さて……主人公争い、多分これが最後の戦いだよな。どっちが勝つかな?」
 そうとだけ呟いて、彼は小さく笑うのだった。

 状況は、やはりトモヤに優勢だった。攻撃力とスピード、そして何よりも制空力の点でトモヤはケンを圧倒している。ただ唯一救いがあるとするならば、手数の少なさであろうか。その点、ケンはトモヤよりも技のバリエーションが豊富である。しかしそこには『何とか切り返せる』程度の余裕しかない。確実にケンは圧されていた。
 ぎぃん!
 もう何合目かの切り結び。しかしそれを先にやめたのはケンだった。攻める姿勢を維持しようと、さまざまに手段を変えて攻勢に出るのだが、そのどれもが事前に潰されてしまう形だ。遠距離の飛び道具も、密着でのインファイトも、奇襲攻撃も空中戦も全て押さえ込まれた。大技は出す前に手痛いカウンターを喰らうのが関の山だろう。
「どうした、お前の力はそんなものなのか?」
「…………ッ!」
 心持ち強烈な封炎剣の一閃が――空を薙いだ。
「!?」
「あせるな、よ!」
 ごッ!
 痛烈な蹴りが顎に決まる。ケンの脚が宙に浮いた。そこを逃さず、空中でのコンビネーションで追撃を入れるトモヤ。そして最後にはミカエルソードの一撃。
「――がふっ」
 壁に叩きつけられ、ケンはもう何度目かもわからない血を吐いた。
 しかし――それでも彼は立ち上がった。
「だから言っただろう?主人公は俺だって」
「………………」
 ケンは黙して答えない。
「もういい加減諦めろよ。浮気性なお前じゃ、絶大な支持を得た俺には敵わないのさ」
 エラい自分勝手な寝言である。一部事実ではあるのだが。
「だからもう、お前の出番も終わり――!?」
 ぶぅん!
 余裕の表情をしていたトモヤに、何かが投げつけられた。硬質の紅い鉢金。そして再びケンに視線を戻したとき――トモヤは驚くべきものを目にした。
 ――ケンの額に刻まれた紋章。赤の下地に、複雑に絡まりあった鎖。禍々しきそれは即ち――ギアの証。罪そのものの権化とされる存在である、証明。
 それと同じものをトモヤも持っている。そして彼は指揮官となるべくして作られたギア――生物兵器である。同じ紋章を持つものならば、自在に操れる能力を、彼は持っているのだ。が、しかし――目の前のケンに、従属の意思はまるで見受けられなかった。
「なぜ……貴様……!?」
「マジで行くぜ……ドラゴンインストォォォルッ!!」
 刹那、紋章が一際赤い光を放った。ケンの喉から、人に在らざる存在の雄叫びがほとばしる。
 GRRUOOOOOOOOO!!
 夜気を震わせる咆哮。溢れ出る力。己の内に眠る異形の力を限界まで引き出し、ケンは躊躇わずその力を開放した。
「――!?」
 放出を続ける法力が赤い燐光となってケンに纏わりつき、赫光を纏ったケンがトモヤに躍り掛かった。今までとは速さのケタが違う。それは移動スピードだけではなく剣速にも影響していた。一撃が繰り出されたかと思えば、それを捌ききる暇すら与えず、また新たな斬撃がトモヤに襲い掛かる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「が……ッ!」
 彼は両腕でブロックを固めるが、ケンの苛烈すぎるラッシュは腕のプロテクターすら削り、トモヤに反撃を許さなかった。
 攻撃を仕掛けながら、ケンの闘気は見る見るうちに膨れ上がっていた。それを知ってか、トモヤの方も焦りながら、しかしケンのものと比べて遜色のないほどの闘気をその内に溜めていた。ケンは攻撃を仕掛けながら、トモヤは防戦一方になりながら、その実状況は五分五分であった。互いにその力を極限まで高めながら、解放への一転に向けて加速していく。
 幾度焔の太刀が振るわれ、白光を纏う拳閃が疾り、業火が爆ぜ、赫光が空を引き裂いたか。長い戦いのようで、しかしそれはせいぜい数秒の内の攻防に過ぎない。そして――
「ヴォルカニックヴァイッパァァァァァ!!」
「がぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
 YUURROOOOOUUUUUU!!
 二人分の異形の咆哮が響き――

 ――焔と、閃光とが溶け合い……爆ぜた。

「………………」
「…………なぜ……」
 荒れ果て、瓦礫の山と化した学校の中、二人は静かに風に吹かれていた。一人は跪き、一人は悠然と立ち尽くし。
「なぜ、俺が負けた……?」
 ぴし。
 硬質の何かにヒビの入る音。小さく、しかし同時に致命的な――滅びへのサイン。
 トモヤは呆然としながら、滅び行く自らの肉体を静かに見つめていた。
「知らなかった?」
「なに……を?」
 ぴし。
 ケンは先ほどトモヤに投げつけた鉢金を拾い上げると、肩越しに彼の方を振り返った。
「プロトタイプがいたって事さ」
「…………?」
 ぴし。
 まるでわからないという風にケンを見つめるトモヤ。
「君は自分が最初の主人公だ、って思っていたようだけど……企画の初期段階じゃ、メモオフ1stの一人称は『ぼく』だった――つまり、どちらかといえば君じゃなくてぼくだった、って事」
「―――!?」
「まぁ、結果的には君が主人公となって正解だったのかもしれないけどね」
 嘘もここまで来れば立派である。しかしトモヤは思いっきりそれを信じていた。
 ――バレない嘘は嘘じゃない――
 ほたるの言う通り、トモヤにしてみれば『ケンはプロトタイプ』という話はどうしようもない真実だった。
「でも……君はどこかで、こうなることを望んでたんじゃないのか?」
「……なん、だと……?」
「あの……彼女の元に行ける、っていう事さ」
「………………………」
 ぴし。
 トモヤは無言で空を見上げた。黒く染め上げられた空。その中にまるで染みの如く浮かび上がる星屑が、穢れなき白い光を地上に――トモヤに注いでいた。
「そうかも――知れないな」
 ぴし。
 一際大きな音と共に、風が、吹いた。そしてそれきり、トモヤが言葉を発することはなかった。
 妙に感傷的になりながら、ケンはトモヤの亡骸を眺めていた。KIDではメモオフ3rdの話が既に立ち上がっているらしい。そしてそれが発売されたとき、自分は一体どうなるのか……トモヤの亡骸は、その回答の一つを無言でケンに語りかけていた。
 あるいはもっと辛い目に遭いながらも生きていかなくてはならないのかもしれない。3rdの主人公が一途な人だったらなおさらだ。
 しかし彼はすぐにその感傷を振り払った。この事件はまだ片付いていない。肝心の支払われるべき賞金、あるいは真の黒幕――未だそれは姿を現していないのだ。
「――ありゃあ、やっぱ智也が負けたか」
「!?」
 不意に聞こえてきた声の方を振り返るケン。そこにたたずんでいたのは――
「信くん!?」
「よっ、イナケン」
 いつもの笑みを浮かべた信が、そこに立っていた。
 ――どうしてここに――そう問うつもりだったが、ケンは言葉を発することが出来なかった。
「実はな、この騒ぎ……仕組んだのは俺なんだ」
「なっ、なんで!?」
 ひょっとしたら彼は、その言葉が聞きたくなかったのかもしれない。
「なんで信くんは、こんな……ッ!」
「…………イナケン」
 不意に信の表情から笑みが消える。どこか他人を寄せ付けない雰囲気。どこまでも深く澄んだ瞳に見つめられ、ケンは思わず沈黙した。
「よく聞け、イナケン。俺は……」
 思わずつばを飲み込むケン。もし彼までもが敵対するようなことになったら――おそらくメンタル的な部分で、ケンは彼を攻撃できないだろう。そういう意味では、これほど手ごわい敵はいない。
 散々もったいぶった間をおいて、信はついに口を開いた。
「俺は、暇だったんだよ」
「…………………………………………は?」
 いきなりいつものふざけた態度に戻りながら、信は肩をすくめた。
「暇だったんだって。だって、俺なんてしがないフリーターだろ?インドに行くとか行ったけど、そう簡単なことじゃないしな。そうしたら、ちょっとこう……金のかからない余興みたいなのが欲しくてさ」
 そういって彼は、呆然としているケンが落とした招待状を拾い上げた。
「これで招待状は俺のもの。今は深夜0時だから、賞金も俺のもの。黒幕の俺が拾ったんだから、支出と収入の差し引きはゼロ」
「!?」
 悪魔のような男である。
「そ、そんな……!」
「そんなことが許せるとでも思ってるの!?信くんのバカァ!サイコクラッシャァァァァッ!!」
 ぎゅべしぃ!
「はうっ!」
 今までの中でもおそらく最強クラスの攻撃力を秘めた超必殺技が、棒立ちにしていた信を弾き飛ばした。
「許せないわね……折角叔父さんと叔母さんに少しでも楽をさせてあげれると思ったのに……だからこんな恥ずかしい事までしてるのにッ!デッドリィィィ……」
 かなり実感のこもったセリフと共に、鷹乃が吹き飛んだ信の襟首捕まえて地上にロックする。
「――レイヴッ!!」
 どっ、がづっ、べきっ!
 無抵抗な信に、容赦なく強烈なラッシュを叩き込む鷹乃。次第にその両手には暗黒の波動が集まり――
「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 ドッ!
 一際重い音と共に、暗黒の波動が弾け飛んで信を盛大に打ち上げた。
「もぉ稲穂さんなんて嫌いですぅ!」
 どがららららららららららららッ!
 すっかり元に戻った希が、涙目で信を蜂の巣にする。相変わらずガトリングガンで。やはりその姿には人を戦慄させる何かがあった。
「一度あなたを徹底的に教育してあげるわ」
 ガトリングの斉射が終わり、落ちてきた信を、今度はつばめが片手で吊し上げた。目がちっとも笑っていないのに、どこか満面の笑顔だった。この上なく怖い。
「私の授業なんてどうせ世界一不毛なものだけど……それ以上にどうしようもない貴方にはお似合いね」
 いって、連続で爆弾パチキを入れ始めた。威力を除いて考えれば結構羨ましいものがあるのだが、間違っても喰らいたいとは思わない。
 最後に一際強烈な一発をお見舞いし、蹴りを入れて今度は巴の方へ放り投げる。
「どこの誰だかあたしは知らないけど――成敗!&出番少なかったことへの八つ当たりぃぃ!!」
 落ちてきた信に、巴が残像すら残して疾った。冴え渡る剣閃、まさしくそれは神速を越え――
「飛天御剣流奥義・天翔龍閃!」
 白銀の太刀は見事に信を捉えて、再び彼を宙に打ち上げた。
 それに狙い澄まして、今度は――
「流派東方不敗!」
「最終究極奥義!」
「石破ぁ!」
「ラブラブぅ!!」
『天驚けぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇんんッ!!!』
 ズオッ!!
 鮮烈な金色をした――正直言いたくないのだが――ハート型のレーザーが信の全身を焼き貫いた。もはや誰がやったかは、言うまでもないだろう。というか、言いたくない。
 そして最後に信が落ちてきたのは――健の目の前だった。
「悪ィが終いだ……!」
 健の周囲にあふれ出た法力が、巨大な火炎となって渦巻く。赤い閃光すら立ち上らせて、健は大仰に天を振り仰いだ。
「ナパァァァァム……!」
 腰溜めに力をいれ、全身から法力を発散させながら――灼熱の業火が解き放たれた。
「――デスッ!!」
 ゴバァァッ!
 渦を巻いて爆ぜた焔は信を包み込み、焼き、そして彼方へと吹き飛ばした。
「一撃必殺使うなら最初からそうしといてくれればぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
 セリフの尾を引きずりながら、彼はお星様になった。
「まったく、やってらんないわ」
「まあ、これで稲穂君も懲りたでしょう」
「酷いです、稲穂さん……店長に言いつけてクビにしてもらうんだから……」
「ところであれって誰だったんだろうな……ま、いっか」
「ところで小夜美、今度家に来る?新しいスープ作ってみたんだけど」
「あ、行く行く!楽しみだわ〜ホント」
 などと皆口々に勝手なことを言いながら、それぞれの家路についた。散々色々やった割には、なんともあっけない幕切れである。
「健ちゃん。帰ろっ♪」
 言って、ほたるが自分の腕に彼女のそれを絡めてくる。
「あ、うん」
 見れば、自分も彼女もいつの間にか傷は癒えていた。服装から何から全てが元通りに戻っている。何かとんでもない夢を見たような気さえする。
 ――それにしては、エラいリアリティある夢だった気がするが……
 ふと、傍らのほたるを見つめる。彼女は罪のない笑顔で健を見つめ返していた。
「……ま、いっか」
 どこか恐るべきほたるの本性を垣間見た気がしないでもないのだが――健はあえて考えないことにし、ほたると家路に就いたのだった。






















 彼は、ただ一人で嘆いていた。翔太だ。
「俺の、出番は!?」
 それは言わない約束である。





 天下分け目の超決戦? 終



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