『再会、そして・・・』
作者:Iku



北欧の国から日本へと向かっている機内・・・。
「私は今日、1年ぶりに日本へあなたの元へと帰ります」
心の中で呟くと読んでいた本を閉じて、窓の外に視線を送った・・・
一面の青い空、ガラス窓に智也の笑顔が空をバックに浮かぶ・・・。
1年間という時間を乗り越えて・・・今日、詩音は智也の元へと帰る・・・。

詩音が日本を離れて1年・・・短いようでとても長く感じられた1年・・・。
こんなにも日本が恋しい・・・今までの詩音なら考えられなかったこと。
ましてや嫌いだった日本に対して・・・。でも・・・。
理由は一つ。智也が日本にいるから・・・。
急なことで突然に転校してしまった1年前。親の仕事の都合とは言え日本を離れることを
余儀なくされた。
約束を破って、伝えたい想いも告げずに智也の前から去った。1通の手紙を残して。
詩音は智也から離れたことで自分の気持ちにハッキリと気付いた。
「私は、智也さんが好き・・・大好きです。すぐに逢いたい、日本に帰りたい」
詩音は日を追う毎に思いを強くしていった。

日本に帰ることは、智也に知らせてある。
彼女は日本を発つ前、学校へ挨拶をしに来たとき担任から智也の住所を聞き出して
いた。
落ち着いてからもう一度、智也に手紙を書くためにと想って聞いた住所。
謝罪の文面を考えて手紙を書き、智也との別れを決めるつもりでいた。
しかし・・・詩音がフィンランドから送った手紙に対して智也がした返事は・・・。
『必ず日本に帰ってこい。待っているから』この一文を見て詩音は涙が止まらなかった。
智也からの返事が来たこと自体、驚いていたのにまさか・・・。
それから何度と無く智也との手紙のやり取りをした。
その度に智也への思いを確かなもにしていった。
でも、伝えたい想いは文面には書かなかった。直接自分の言葉で伝えたかったから
大好きな智也の瞳を見ながら、智也の・・・から。
「当機は只今大島上空を通過いたしました。まもなく、成田空港に到着いたします。
到着は・・・」
機内アナウンスが流れる。
「もう、日本に戻ってきたのですね・・・」
日本に帰ることを決心させた智也からのエアーメールを胸に抱いて、視線を窓の外に
向ける。青く高い空、青く深い海、白く輝く雲・・・その先に海岸線がぼんやりと浮かぶ。
視線を戻しそっと瞳を閉じる・・・。
智也には今日の便で帰ることだけを知らせて、フィンランドを発った。
半日以上も飛行機に乗ってやっと帰ってくることが出来た。
詩音はこみ上げてくる思いを感じ、大きな瞳に熱い物がにじむ・・・。
「もうじき、智也さんに逢える・・・」
心の中で呟いた・・・。

今日の智也は授業中に限らず朝からずっとそわそわしていた。
ここで一つの疑問?なぜ智也が授業を聞いているのか?
今までは寝ていたはずなのに・・・それは、彼女、もちろん詩音のことが関係している
と推測される。智也もこの一年で変わってきたのかも・・・?
「智也、どうかしたのか?お前、今日変だぞ?」
授業が終わって信が智也に声を掛けてきた。
「え?・・・そうか、いつもと変わらないが」
と応える。
「早々変だよ、智也ぁ。何か落ち着きが無いというか・・・あれ〜?さては何か隠して
いるなぁ。白状しちゃいましょう♪」
と、隣のかおるまで・・・。
「そうだよねぇ、変だよね?智ちゃん。ねぇ〜♪」
唯笑にまでバカにされる智也。
ここで状況説明。智也、信、かおる、唯笑この4人は3年になってもめでたく同じクラス
に当選。で、位置関係は智也の前に信、右隣にかおる、そして智也の左が唯笑である。
智也の右隣は今のところ所有者無しの状態。ここの周りだけとても賑やかでバカなことを
相変わらずしている。
かおるが唯一人蚊帳の外を自認しているのだが、周りのクラスメートから見ればお馬鹿な
4人組として見られている。
「唯笑ちゃん?何か知っている?智也の異変ぶりを・・・」
「早々、知っているなら教えてよ。バカ智也の普通じゃない理由を」
容赦ない二人の智也への攻撃。かおる、信の二人が唯笑に詰め寄る。
「お前ら〜人をなんだと思って居るんだ?変人扱いするな!」
智也が反論。
「じゃ、教えろよ智也?」
「ああ・・・それは・・だな」
返事に困っている智也。
「えへへへ・・・智ちゃんやっぱり・・・だよねぇ」
思わせぶりに笑ってみせる唯笑。
「なっなに?その変な笑いは、あっ何かあるんだ?教えてよ。唯笑ちゃん」
かおるが気になって仕方がないと云った表情で唯笑の方に身体を寄せる。
「俺にも教えてくれぇ」
信も唯笑とかおるの方に顔を寄せる。
「智ちゃん、別に構わないよね?教えても・・・帰ってくれば分かることだし・・・」
智也に尋ねると。
「あ、ああ・・・」
照れたような返事をする。
「え?誰が帰ってくるの?ねぇ?」
信とかおるの二人は顔を見合わせてお互いに首を傾げている。
「二人とも驚くよ〜。えへへ・・・あのね、詩音ちゃんが帰ってくるの!」
「ええ!!本当か?」
二人の声に頷いて返事をする唯笑。
「そうか、双海さんが帰ってくるのか・・・突然転校していったんだよな・・・何処へ行
ったんだっけ?」
と、お約束のボケをかます信。
「もう、稲穂君たら〜北欧の国、フィンランドだよね?確か」
かおるが智也の方を見て尋ねる。
「ああ、もうちょっといくと北極圏だそうだ。サンタクロース村が近いと云っていたかな?
オーロラが冬によく見ることが出来るとも言っていたな・・・」
智也は詩音の手紙でえた知識を少しだけ披露してみた。
「へえ〜って、何でそんなこと智也が知っているんだよ。それに日本に帰ってくる事も」
「そうそう。どうして?あ、もしかして双海さんと連絡を取り合っていたとか?」
信、かおるがそれぞれの疑問を智也にぶつける。
智也より先に唯笑が口を開く。
「唯笑は詳しくは知らないんだけど・・・智ちゃんから聞いた話では詩音ちゃんから連絡
があったみたいなの」
「そうなんだぁ・・・」
納得していない感じの二人。
「唯笑も詳しく知らないから、智ちゃん教えてよ」
智也の腕を引っ張って返事を促す。
「ああ・・・、実は・・・」
智也は1年前のことを思い出しながら語り始めた・・・。
詩音が転校した翌月に、突然エアーメールが智也宛に届いた。
表には英語で書かれた住所が記載してあり、智也の名前も書いてあった。
最初は悪戯かと想っていたのだが差出人の名前を見て驚いた。何と詩音からの手紙だった。
智也は慌てて封を切って手紙を読んだ。
文面は詩音らしく、丁寧な字で書かれていてまずは急な手紙を出したことについての
お詫びと智也の住所を勝手に調べたことそれと改めて約束の日に来られなかった事への
謝罪が書いてあった。
智也は手紙を読んで、詩音が自分のことを嫌っていなかったこと約束を守ろうとしていた
事など、詩音の思いが込められた手紙をゆっくりと、一言一言かみしめながら読んだ。
手紙からは詩音の想いが一文字一文字智也の心の中に響き渡る・・・。
すぐに智也は詩音への返事を書いた。手紙の最後に詩音の滞在先が書いてあったので
返事を出すことが出来た。
と言っても筆無精の智也のこと何て書けばいいのか分からず悩んだ末に、今の自分の
気持ちを簡単に書いて封書を閉じた。
それからは定期的に手紙のやり取りをしていた。
手紙を書く本数は詩音の方が圧倒的に多かったのは云うまでもない。
で、今日に至った訳なのである・・・。
「・・・と言うわけさ」
簡単に説明をすると。
「なるほどね・・・それでか、智也が少し変わり始めたのも納得がいくな・・・あれこれ
と妙な言い訳をしていたけどな」
ニヤニヤしながら智也の肩をつつく信。
「まあ・・・そう言うことだ」
ちょっと照れてしまう智也。
「あ〜智也が照れてるぅ〜可愛い♪」
からかいながら笑っている唯笑とかおる。
「お前らな・・・」
「まあまあ、それで?いつ帰ってくるんだ双海さんは?」
信が尋ねると。
「今日帰ってくるんだよ」
応える智也。
「なるほどね?だからか、智也の様子がおかしかったの。それじゃ無理もないな」
「そうか・・・双海さんがねぇ。で、智也はどうなのよ?」
かおるのなにげに鋭い質問。
「ええ?何が?」
慌てる智也。
「だから智也は双海さんのことどう想っているの?」
「どうって・・・大切な友達かな?・・・」
「そう・・・友達ね?ふぅ〜ん。まあ、そう言うことにしておきましょう」
かおるが智也の目を見てなにやら怪しげな視線を送っている。
智也は何も言えず黙るのみ。まるで蛇に睨まれた蛙のように・・・。
智也とかおるのふざけ合う影で、智也のことを寂しそうに見つめる唯笑の姿があった。
そんな表情をした唯笑を見つめる信。
(唯笑ちゃん・・・智也のことをまだ・・・・)
そんな唯笑に気づかって、信が話題を智也から詩音に変える。
「で、智也。双海さんが帰ってくるのは分かったが、何時の飛行機で帰って来るんだ?」
「あっああ、時間は分からないんだ。ただ、今日の便で帰るとだけ・・・」
「それじゃお迎えも出来ないか?」
信が残念そうに云う。
「いや、大凡の見当は付いているんだ。夕方頃に着く飛行機は1便しかないから・・・
後は夜遅いか明日の朝だ」
智也は詩音からの連絡を受けて、自分なりに飛行機の到着時間を調べてみた。
時差の関係からちょうど良い時間に日本に着くのは、夕方前後の飛行機。
多少の遅れや何かでずれたとしても概ねこの時間に間違いないと根拠はないのだが
智也はそう確信していた。ただ帰ってくるのなら何時の飛行機でも構わない。
しかし、詩音は智也に逢うために日本へ帰ってくるのだ。ならば・・・智也に逢える時間
を考えているはず。それなら飛行機の時間も自然と分かって来るというもの・・・。
「放課後駅にでも行っていれば会えるかなと想って・・・」
そこまで言って少し照れてしまう智也。
「何、照れてんだよ?別に気にすることはないだろう?」
「そうだよ。智也、気にしすぎだよ」
(誰のせいで気にしていると思ってるんだ全く・・・)
心の中で呟く。
「じゃぁさ、みんなでお迎えに行こうよ、ね♪」
唯笑が提案する。
「え、でも二人だけで逢った方が良くないか?1年ぶりの再会なわけだし・・・」
「そうだよね、私たちは後でも会えると想うし・・・」
信もかおるも遠慮して唯笑の誘いを断ろうとする。
「そんなことはないよ。むしろみんなで行った方が良いと思うぞ?」
「そうか?智也が良いなら別に構わないが・・・どうする?音羽さんも行くか?」
「ねぇ行こうよぉ。信君〜音羽さんも〜」
二人は顔を見合わせてから・・・。
「じゃ、お供させて貰うよ。もしかしたらラブシーンも見ることが出来るかも知れない
し?」
かおるが信の足を抓る。
「イテテテ・・・」
「稲穂君?下世話な事なんか言わないの!双海さんに嫌われちゃうよ?」
「ご、ごめん・・・」
「もう、信君たら〜あはははは」
そんな様子を見て笑っている唯笑。
「お前って奴は・・・変わらないな」
「智也?お前にだけは云われたくないよ」
「あははははっ、二人とも相変わらずだよね?智也そんなことばかりやっていると、双海
さんがっかりするよ」
かおるが悪戯っぽい目で、二人を見ている。
「う、うるさい。良いんだよ、これが俺なんだから。変わる必要はない」
「智ちゃん?良いのかなそんなこと言って?詩音ちゃん愛想尽かすかもよ?」
唯笑までにも云われてしまう智也。
「ハイハイ、分かりましたよ。俺が悪う御座いました」
ちょっと釈然としない感じも・・・この後4人で暫く思い出話に花を咲かせていた。

放課後・・・。
智也、唯笑、信、かおるの4人は空港へ乗り入れているモノレールの駅へと来ていた。
この町に帰ってくるなら間違いなくここの駅に来るはず。
この町で唯一、空港にアクセスできる乗り換えの駅。
手紙には何処に帰るとも場所すら書いてなかったが、智也はなぜか自信があった。
詩音は間違いなく智也に逢うためにここへ帰ってくる。そんな根拠もない自信が
智也を動かしていた。
「なぁ、智也?ホントにここで良いのか」
信が呆れた顔をして尋ねる。
「ああ、間違いはないよ。必ず来るから・・・」
智也がモノレールの時刻表を見上げて応える。
「唯笑ちゃんも知らないの?」
かおるが唯笑に尋ねると。
「うん、ごめんね。唯笑も知らないんだ。今日の飛行機としか聞いていないんだよねぇ」
「ふぅん・・・」
4人は駅構内を見つめていた。
智也の調べた時間からすると、既に空港には着いているはず。到着手続きとかで時間が
掛かったとしても次の到着電車か2本後ぐらいまでの電車に乗っているはずだ。
智也は腕時計を見て時間を確かめる。
「もうすぐだな・・・」
一人呟いて、もう一度時刻表に目をやった。すると暫くかおると話していた唯笑が。
「唯笑、のど乾いちゃった。ジュース買ってくるね、信君も音羽さんも一緒に行こうよ?」
唯笑が二人に声を掛けた。
「え?だって・・・もうすぐ、双海さんが・・・」
信の言葉は途中でかおるに遮られる。
「ほらほら良いから良いからね♪誰もいなくなるわけじゃないから。智也がしっかりと
改札口を見張っているから大丈夫だよ。智也ぁ〜!ちょっとコンビニ行ってくるね。後
よろしくぅ〜」
「あっああ・・・なんだ?3人して・・・まあ良いか別に」
一人改札口に残された智也。
今一度時間を確認してから、ふと窓の外に目をやる。
少し日が傾き掛けてはいるがまだまだ充分に明るさを保っている。
日差しが傍のガラスに反射してキラキラ光っている。
智也は少し1年前のことを思い出していた。
詩音が転校してきたときのこと、校庭の隅のベンチで一緒に昼食を取ったこと。
蜘蛛に驚き、腰を抜かして罵声を浴びせていたこと。
図書室のカウンターで本を読む詩音の表情に見とれて、クラスの女子に変な目で見られて
妙な噂が流れたこと・・・。
テスト勉強さえしようとしないで本を読み続けていた詩音。
拙い缶入りの紅茶を飲んで凄くイヤな顔をしたこと、ゲームセンターで遊んだときのこと、
信の姉さんの勤める茶店で紅茶を飲んだことなど・・・たくさんのことを思い出していた。
そして、最初で最後の約束になった雨が降ってしまった、遊園地・・・。
でもその時詩音は現れなくて・・・。
それが後になって、日本を旅立つための準備で智也に会いに行くことが出来なかったこと。
智也が風邪をひいて学校を休んでいるときに、詩音はみんなに別れを告げに学校へ来て
智也宛の手紙を信に託した・・・それが最後だった。
智也は最後に詩音に会うことさえ出来ずに、詩音は遠い国へと旅立ってしまった。
伝えたい気持ち、聞きたかった返事を聞かないままで・・・。
しかし、突然の詩音からの手紙で切れてしまったと想っていた心の糸が再び二人を繋ぎ
止めた。偶然の奇跡か。お互いに手紙では気持ちをうち明けてはいなかったが、文面
からはお互いの気持ちがよりいっそう強いモノに変わっていることがハッキリと読みとれ
そして今日、最愛の待ち人、詩音がここへ帰ってくる。智也の住むこの町へ・・・。
「まもなく1番線に・・・・・・」
構内のアナウンスが聞こえて我に返った。
智也は腕時計を見て、改札口の手前に移動した。ここはモノレールからの降車客が降りて
くる階段の目の前。その前に智也は立っていた。
何とも言えぬ感情を、沸き上がってくる想いを胸の奥に感じながら・・・。

その頃の詩音は・・・。
空港での入国チェックを済ませて、モノレールの車中にいた。
「もうすぐ、智也さんに逢える。あなたの居る町に帰ってきました」
窓の外を見つめながらふと呟いた・・・。
モノレールが一駅一駅智也の居る町に近づくたびに、気持ちが高ぶってくるのを押さえ
きれずにいた。我慢しようと想っても瞳から暖かいモノが流れ落ちてしまう。
「涙を見せずに智也さんに逢うつもりでしたけど・・・ダメみたいです。だって・・・」
日本を遠く離れたことで、一度は諦めた恋心。
初めて、閉ざした心を押し開いてくれた智也。
忘れようとしても忘れることの出来なかった存在。
距離と時間が忘れさせてくれると想って、最後の手紙を出したとき、運命の糸は再び二人
をつなぎ止めてしまった。
諦めていた、智也からの手紙、その返事。そこには今までで、一番嬉しい言葉が書かれて
いた・・・。
その言葉を信じて1年間、遠く離れた二人の距離を一生懸命に縮めようと努力して来た。
何度も書いた手紙。たまにしかすることが出来なかった電話。
相手の声を聞いてしまったら・・・逢わずに入られなくなってしまう・・逢いたい・・・
直ぐにでも・・・。
でも、日本はとても遠い国・・・。高校生の詩音には諦めることしかできなかった。
それでも詩音は日本へ戻れることを一心に願っていた。必ず帰ることを・・・。
智也とのことがなければ、こんなにも日本が恋しいとは想わなかった。
詩音の全てを智也が変えてしまったから・・・。
窓の外を見つめる瞳が涙で曇る。
1年前も涙で曇って、外は見えなかった・・・。やりきれない想いで見つめた窓・・・。
1年後に見る外の景色も曇ってはいたが、これは嬉しさの余り涙で曇っているだけ。
1年前と変わらずにある風景がとても懐かしく、新鮮に感じられる。
詩音は一度涙を振り払うと爽やかな笑顔でもう一度窓の外を見た。
今度はハッキリと景色が見て取れる。懐かしい風景・・・。
「まもなく・・・・」
到着を知らせる車内アナウンスが聞こえてきた。
詩音は大きなバックを持って戸口へと向かった。

改札口の前で一人待つ、智也。
「これに乗っているかな?」
時刻表と時計を交互に見て呟く。暫くすると降車階段にたくさんの人影が現れた。
智也は一人一人降りてくる乗客達を確認していた。
少しの間、人の波がとぎれる・・・。
「詩音・・・これには乗っていなかったのか」
そう思って、次の電車の時間を確認して、今一度階段に目を向けると・・・。
そこには、大きなバッグを抱えて一人の女の子がゆっくりと階段を下りてきた。
智也の視線が釘付けになる。
見覚えのある長い髪、忘れることの出来なかったそのシルエット・・・詩音。
間違いではない。逢いたくても逢えなかった一番大切な人。
「詩・・音・・・詩音っ!!」
詩音の名前を呼び、改札口へ向かう。
智也は手を大きく振って、何度も詩音の名前を呼んだ。
詩音も漸く自分の名前を呼ばれているのに気付く。懐かしいその声。
たまにしか聞くことの出来なかった、智也の優しい声・・・。
詩音は顔を上げて、智也の姿を捜す。
「と・も・やさん?・・・智也さん、智也さんっ!!」
詩音の大きな瞳に改札口の前で大きく手を振っている智也の姿が飛び込んできた。
自然と走り出す詩音。重たいバックも何のその、バックを抱えたまま改札口まで走る。
長い亜麻色の髪をなびかせて、智也の好きな柑橘系の香りと共に・・・。
改札口を出た途端、バックを放り出して智也の元に駆け寄る。
「智也さん!」
「詩音!」
詩音はそのまま智也の胸の中へ飛び込んでいった。涙が頬を伝わって流れる・・・。
夢にまで見た智也との再会・・・。
涙で智也の顔がぼやけてしまう。
「智也さん!」
智也の名前を呼びながら力一杯抱きつく詩音。
その存在を確かめるかのように・・・。
智也は詩音の頭を抱きかかえるように愛しそうに頭を撫でて・・・。
「詩音・・・お帰り」
優しく言葉を掛ける・・・。
その声に詩音は、顔を上げ流れ落ちる涙も気にせずに微笑んで。
「只今帰りました・・・」
智也の胸に当てた両腕を智也の首にまわして。
「私・・・帰ってきました。智也さんに逢いたくて・・・帰ってきました。ここが私の
居るべき場所だから・・・智也さんの居るここが・・・」
大きな瞳で智也を見つめる・・・涙が光り輝きながら詩音の頬を伝う・・・。
智也はそっと詩音の涙を拭ってやる。
見つめ合う二人・・・。
そこはもう完全に二人だけの世界・・・。
詩音の大きな瞳が閉じられ、智也の顔に近づく・・・・。
初めてのキス・・・大好きな人と交わすファーストキス。
少しの間、お互いの感触を楽しむかのように長い口づけを交わす。
初めてのキスは少し甘くって、ちょっと涙の味がした。
そっと体を離すと詩音は微笑んで。
「智也さん・・・大好きです。愛しています」
鼓動は早鐘のようにうちならしているのだが、なぜか不快感は感じられない。
どちらかと云えば心地よささえ感じている。
二人の鼓動が重なり合う・・・。
再び詩音は強く智也を抱きしめる。
「先に云われちゃったな・・・俺も詩音のこと大好きだよ。忘れることが出来なかった」
「・・・・・」
「もう二度と俺の前から消えたりしないでくれ」
黙って大きく頷いて応える詩音。
胸に埋めた顔を上げると。
「私・・・もう消えたりしません。ずっと智也さんの側にいさせて下さい。ずっと一緒に
居たい。もう二度と離れませんから・・・」
「当然だ。俺も離さないよ、これからはずっと一緒さ」
「はい・・・・」
二人はもう一度唇を重ね抱き合った。お互いの温もりを感じるために・・・離れていた
1年の空白を埋めるかのように・・・。

唯笑達はどうしたのかと、言うと・・・。
コンビニへ買い物に行ったのは、かおると唯笑が話し合って、智也を一人にしてあげよう
と、友達と幼馴染みのちょっとした心遣い・・・。
3人はとりあえずコンビニで買い物をして物陰から智也の様子をうかがっていた。
余り行儀のいいことではないのだがこの際は大目に見てあげることとしましょう。
詩音がすぐに来なければ、3人とも智也の元へ行って一緒に待つことに・・・。
しかし、思惑通りに詩音の登場。3人は声を潜めてその一部始終を見守ったのである。
「劇的な再会シーンだったな・・・」
と、信が呟く。
「まあ、1年も離れていたお互いに好きな人と逢ったんだもの当然と言えば当然かな?」
かおるが応える。
「・・・・智ちゃん・・・良かったね」
少し涙ぐみながら微笑む唯笑。
(唯笑ちゃん・・・笑っているけど辛いだろうな・・・)唯笑の顔を見ながら想う、信。
そんな唯笑の姿が切なくて、つい、余計な一言を・・・。
「唯笑・・・ちゃん、まだ智也のこと・・・」
信が言いかけると。
「信君ダメ!その先は言わないで・・・唯笑は智ちゃんと詩音ちゃんの二人を祝福する
と決めたんだから・・・智ちゃんが選んだ人だもん。詩音ちゃんになら智ちゃんを任せ
られる・・・彩ちゃんもきっと二人のことを喜んでくれると想う・・・」
語尾が濁る・・・唯笑の瞳は涙で一杯になっている。
「唯笑ちゃん。我慢する事なんてないよ、その為に私たちが側に居るんだから・・・ね、
泣きたいときは、泣いた方がすっきりするよ」
かおるが唯笑の肩を抱いて慰める・・・。
「うぅぅぅっ・・・ひくっひくっ・・・」
かおるの胸を借りて押し殺したように泣く唯笑・・・。
「唯笑ちゃん・・・智也のこと・・・忘れてしまえ、と言いづらいけどさ、俺達が側にい
ることも忘れないでくれよな。いつだって唯笑ちゃんの味方だから」
唯笑の背中に語りかける信。その背中を優しくさする、かおる。
「そうだよ。みんな友達なんだよ、苦しいときや辛いときは自分の中に閉じこめないで
何でも話してね。私も何かあれば相談するからね♪」
かおると信の言葉を聞きながら・・・泣き続ける。
少し落ち着いてきたのか、顔を上げて。
「ひくっ・・・ありがとう。信君、音羽さん。・・・でも、本当に良いの?相談に乗って
くれる?約束だよ?破っちゃやだからね!」
急に元気になる唯笑。あまりに急変した唯笑の表情を見て、一瞬固まる、信とかおる。
さっきまで泣いていたのは何処へやら・・・今は二人の腕に自分の腕を組んでニコニコ
しながら、かおると信の顔を交互に見つめる。
二人ともさっき唯笑に言った言葉を心の中で後悔し始めた・・・なにやらよぎる不安。
さては、謀られたか・・・時既に遅し、まんまと唯笑にやられた。智也が側にいない分、
今まで智也が見ていた唯笑のことを二人が背負うことになったまさにその瞬間であった。
「ま、まぁ唯笑ちゃんも元気になったことだし、智也のところへ戻るとしますか」
少し引きつった笑いを浮かべる信。その言葉に力無く頷き、愛想笑いをする、かおる。
唯一人、唯笑だけは心の底から笑っている様だった・・・。

改札口の前の二人・・・。
少しの間二人の時間を過ごした後、手を繋ぎ合った智也と詩音の姿があった。
「智也さん?今日はお一人ですか?」
智也にしては珍しいと想ったので尋ねてみた詩音。以前は唯笑や信、かおるの3人が
いつも一緒にいたような感じがしたから。
「え?ああ・・・そう言えばあいつら何処へ行ったんだ?」
3人の姿が見えない。
「今坂さん、音羽さん、稲穂さんですか?」
「ああ、一緒に来たんだけど・・・」
辺りを見回している智也。駅のコンコースの方から歩いてくる3人の姿が見えた。
「あ、あいつら・・・詩音、来たよ」
3人の来る方向に指を指す。
「あ、みなさん・・・」
詩音の顔に笑顔が広がる。
やがて3人が走って智也達の元へ来た。3人ともなぜか薄ら笑いを浮かべて・・・。
「な、何だ?気持ち悪いな・・・どうかしたのか?」
智也が怪訝そうな目で尋ねると・・・。
「智也〜それはないだろう?折角二人だけの時間を演出してやったんじゃないか」
信の言葉に頷く、唯笑とかおる。
「そう、そう。一緒にいると当てられそうだったもんね」
かおるが冷やかす。
つい先ほどまでのことを思い出してしまった、智也と詩音。
詩音は顔を隠して俯いてしまう・・・耳まで赤く染めて・・・。
「お、お前ら、まさか・・・覗いていたな?」
智也も赤くなりながら、一応追求をしてみるのだが。
「あはははっ、何、赤くなってんだよ。見られて困るなら公衆の面前でやるなよ」
笑って智也の肩を叩く信。
「ぐっ・・・・」
何か言い返そうと想ったが、折角の心遣いをしてくれた親友に文句を言っても仕方がない。
智也は心の中で唯笑、かおる、信にお礼の言葉を言った。
「あっ、詩音ちゃんお帰りぃ〜」
「お帰りなさい。双海さん」
「あ、忘れていた。双海さん、お帰り」
唯笑、かおる、信がそれぞれ挨拶をした。
「只今、帰りました。また、みなさんと一緒に過ごせることを嬉しく思います。改めて
よろしく御願いしますね」
ぺこりとお辞儀をして応える詩音。
この時点では、澄空学園に戻れるかどうかまだハッキリとしていない。
手続き等は、住む場所が決まってからでないと・・・。
唯笑とかおるが詩音に抱きつく。満面の笑顔で応ずる詩音。
その姿を優しく見つめる智也・・・。
こんな光景・・・1年前では考えられなかったこと・・・。
何よりも詩音が俺以外の人に笑顔を見せるなんて信じられなかった。俺に対しては笑顔を
見せてもクラスの連中はもちろん、唯笑や信、かおるにまでも微笑むことはなかった。
日本を発つ頃に変わっていたのかも知れない。ただ、時間がなかったから・・・。
何にしても良かった・・・。詩音も前よりも明るくなった感じで。
これなら心配は要らないな。そう思う智也だった。
で、こいつらは・・・。
「信?何処に行っていたんだよ」
「だからコンビニだって」
「こんなに長い時間?」
「まあな、それに二人だけにしてやったのだから有り難く思え」
俺は素直に。
「信・・・ありがとう」
「何だよ、やけに素直だな。あ、でも最初に言い出したの、音羽さんだぜ。俺はただ、意
見に賛同しただけだ」
俺はかおるの方に向いて、かおるを呼ぶ。
「かおるっ」
「何?」
かおるがこちらにやってくる。
「悪いな、気を使わせてしまって・・・感謝しているよ」
かおるは微笑んで。
「良いじゃない?気にしないで。でも、本当に感謝している?言葉だけ?」
かおるの目が何かを訴えている・・・もしかして、これは・・・かおるの視線の先は・・・
「・・・お腹空いたなぁ」
視線がある一点に止まる・・・。目の前の赤い看板に黄色い文字。
「ああ、分かった。今日は俺が奢るよ」
「やったぁ〜。流石智也、それじゃ早速行きましょう。唯笑ちゃーん、双海さん智也が奢
ってくれるって」
離れていた二人を呼んで、近くのハンバーガーショップに入った。

暫く昔の話やフィンランドでの話に花を咲かせた後、俺と詩音はみんなと別れてゆっくり
と歩いている。
詩音の荷物は大きなバックが一つ。俺がそのバックを持って歩く。
「智也さん重くないですか?」
「大丈夫、問題ないよ。なぁ、詩音?この中もやっぱり本がたくさん入っているのか」
智也が尋ねると、笑顔で応える詩音。
「はい。でも、機内で読む為の本しか入っていませんよ。後は身の回りのちょっとした荷
物だけです。でも、どうしてですか?」
今度は詩音からの質問。
「いや、詩音のことだから、きっと本がたくさん詰まっているんだろうなと、想ってさ」
「ふふふふふっ、そうですね。確かに殆どは本なのですが・・・」
詩音の返事を聞いたら急に重たく感じられた。
「相変わらずだな。まっ、詩音らしいけどな」
智也は微笑んで応える。
二人はどちらとも無く手を繋ぎあって歩く。一年前に伝えられなかった想いが伝えられた
そして、二人でまた同じ季節(時間)を一緒に過ごしていけることが今は唯、嬉しかった。
智也にある疑問がわく。日本に帰ってきたのは詩音一人か?それにしては荷物が少ない
様だけど・・・その疑問を詩音に聞いてみる。
「なぁ、詩音?」
「はい?」
小首を傾げながら微笑む。
「詩音は一人で先に帰ってきたのか?それと荷物はそれだけなのか?」
智也が尋ねると、少し困ったような素振りを見せる。
「帰ってきたのは正しいのですが、少しニュアンスが違います」
「え?」
智也が立ち止まって詩音の顔を覗き込む。
「私一人だけで帰ってきました」
「え、ええっ、一人で?帰ってきた?」
頷く詩音。呆気にとられる智也。
「思い切ったことを・・・良く親父さんが許したな」
もっともなこと。父親の面倒を見るために一緒にフィンランドへ行ったのだから・・・。
「はい、父は一人ではありませんから・・・。父の面倒はその方にお願いしてきました。
助手の方なのですが、とても父に良くしてくださる方で父も大変気に入っている方ですか
ら・・・私は父の側にいなくても問題がありませんから」
詩音は別に手紙で触れなくてもいいと思って、特別な理由があるわけでもないので、その
話は帰ってからでも良いと考えていた。唯、智也に隠していることも確かにある。
そのことをどうやって切り出そうかとタイミングを計っていた。
「それに、年頃の娘に側にいて欲しくないようでしたので・・・」
「え?何で、親子が離れてしまうのに・・・」
不思議そうに詩音を見つめる。
「あ、別に父に嫌われて帰ってきたわけではありませんよ。私が居づらく感じて、父に
相談したら日本に帰っても構わないと言われましたので。あの・・・先ほど話した助手
の方は、父と再婚しまして・・・ですから、私が側にいると変に気を使って二人だけにし
てあげる意味も含めて。それに私は日本に帰りたがっているのを父も知っていましたので、
上手くタイミングがあったわけです。私も早く智也さんに逢いたかったからこのチャンス
を逃す事はないと思いまして、父には全てを話して承諾をいただいていますので・・・」
それ以外にも詩音は理由を智也に話した。
本当の自分を取り戻せたこと、本当は嫌いだった日本が好きになったこと。
それが全部、智也に出会ったことであること、等々・・・。
「・・・最後に自分の気持ちに正直にしたがったまでです」
詩音は言い終わるととびっきりの笑顔を智也に向けた。
「素直にしたがったまで・・・か」
智也は詩音の言葉を心の中で何度もリフレインした。
智也と詩音は久しぶりにあの喫茶店へと行くことにした。良く二人で訪れた店。
詩音が旅立ってからは、意識してここを訪れないようにしていた智也。
どうしても詩音のことを思い出してしまうから・・・。
でも、今日からはまた、一緒に訪れることが出来る。喫茶店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
ウエイトレスが出迎える。
「お二人ですか?こちらへどうぞ・・・あれ?智也君だよね?そちらは確か双海さん?」
何と、信の姉さんがまだ勤めていたとは・・・。
「あ、はい・・・」
智也が照れくさそうに応えると。
「お久しぶりね?元気だった?智也君急に来なくなってしまうんだもの・・・」
「まあ、色々とありまして・・・」
「信から聞いているわ。えっと、注文は前と同じかな?」
二人を交互に見つめて。
「は、はい。ダージリンをミルクでお願いします」
智也が注文を告げると。
「畏まりました。少々お待ち下さいませ」
オーダーを取ると奥に下がっていった。
「信のお姉さんがまだ居たなんて・・・暫く来なかったからな・・・」
「そうですね。でも私たちのことを覚えていてくれたのですね」
良く通ったから、不思議はないと思うのだが。
少しすると、注文の紅茶が運ばれてきた。
テーブルに置かれた紅茶から良い香りと共に湯気が立ち上る。
「おまちどうさま。ごゆっくり♪」
笑顔を振りまいて信の姉さんは下がって行った。
「やれやれ・・・どう?久しぶりのここの紅茶は」
紅茶を一口すすって、詩音に聞いてみる。
「そうですね、1年前と比べるとだいぶ良くなりました。葉の蒸らし方も良くなって・・・
85点から上と言ったところでしょうか」
紅茶の香りと味を楽しむように飲む詩音。
85点から上なら90点とか言っても良さそうなのに・・・そこは詩音の拘りかな?
何気なく智也が信の姉さんの方に視線を送ると、こっそりと、ピースサインを送ってくる。
智也はその姿を見て笑い出してしまう。
急に笑い出した智也を怪訝そうな顔で見つめる詩音。
「智也さん?どうか為さいました?」
「あ、ごめん。イヤね、信の姉さんが・・・」
智也の指さす方に視線を向けるとニコニコしている信の姉さんの姿が。
詩音は会釈をしてから智也の方に向く。
「あの、前にここの紅茶が65点ぐらいと言ったことを気にしていらしたのでしょうか」
「たぶんね、それで今日は85点と言ったから喜んでいるんだと想うよ」
智也と詩音は顔を見合わせて笑った。
暫く、フィンランドのことや今までのことを思い出すように話をしている。
「俺はさ、あの時詩音が無理をしているように感じたんだ。だからそのことが妙に気にな
って、それで疎まれながらも詩音に声をかけ続けた訳なんだけど」
頭を掻きながら照れた表情で話す智也。
「そうですね・・・智也さんが声を掛けてくださらなかったら、私はずっと仮面を付けた
ままで、日本を離れていたでしょう。それにここに戻ることもなかったと想います。
智也さんが私のいる場所をくれたから、あなたがここにいるから私は帰ってきました。私
が私でいられる場所・・・それは智也さんだから・・・」
微笑みながら智也を見つめる。
「智也さんが手紙の返事をくれなかったら・・・あの言葉がなかったら、私は・・・この
手紙を苦しいときや辛いとき何度も読み返しました。あの一言で決めましたから」
智也に貰った手紙を見せる。
それは詩音に宛てた最初の手紙・・・。
智也はそっと詩音の手を包むように掴んで、詩音の想いを心に刻む。
ここまで智也のことを想っていてくれる詩音がとても愛おしく感じられた。
「もう、離さないよ。二度と黙って俺の前から消えたりしないでくれ」
掴んだ手に力を入れる。詩音も応えるように、握り返した。
「はい。離れたりしませんから・・・この手を、掴んでいてください。どこまでも、智也
さんに付いて行きますから」
微笑みながら智也を見つめる詩音。
詩音に見つめられて、ちょっと照れてしまう智也。
「あ、忘れていた。詩音?持ってきた荷物ってこれだけか?後、何処に住むんだ?」
送っていくと続けたかったのだが、詩音にその言葉を遮られた。
「そのことで智也さんにお願いがあるのですがお聞き下さいますか?」
詩音は改まって智也を見つめる。
智也の方から、話を振ってきたので隠していたことをうち明けることにした。
「ああ、内容にも由るけど、俺に出来ることなら・・・」
「はい。智也さんにしかお頼みできないことです」
なにやら、信頼されていることが妙にくすぐったいというか照れるというか・・・。
「どんなこと?」
「まずは質問のお答えから・・・荷物は向こうから送りました。明日ぐらいに届く予定で
す。それから住むところなのですが・・・・えっと、その・・・」
なぜか言いよどむ詩音。そんな様子を怪訝そうに見つめる智也。
「智也さん、何も言わずに聞いてくださいね。怒ったりしないでくださいね」
「分かった。最後まで聞くから」
急に慌てだした詩音。言葉に落ち着きがなく何処か焦っているような・・・でも、不謹慎
ながら智也はこんな状態の詩音を見て『可愛い♪』と想ってしまう。
詩音の言葉にちょっと、疑問を抱く。荷物を送ったってことは住むところが決まって
いるわけだ。何処だろう?・・・そんなことを考えながら詩音の言葉を待つ。
詩音は一呼吸付いてから口を開いた。
「私・・・双海詩音は三上智也さんを愛しています。日本に帰る決心をしたのも智也さん
がここにいるから、私が帰ってくるのを待っていてくれたから。だから私はずっと智也
さんの側にいることを決めたのです。この気持ちはもう変わることはありません。
ですから・・・智也さん?私は・・・私は智也さんと一緒に暮らしたいの!!」
智也の目をまっすぐに見つめて来る詩音。
その言葉を聞いて、正確には最後の『一緒に暮らしたい』の一言を聞いて思考回路が
止まった智也。
詩音が心配そうに智也の顔を覗き込む。
「と、智也さん?・・・・大丈夫ですか?」
「あ、ああ・・・」
我に返って、返事をしたモノの・・・まだ心ここにあらず、と言った感じで、視線が彷徨。
(な、何だって詩音が一緒に暮らしたい?だって、しかし・・・そんなことが許される
訳が無いじゃないか。家族と一緒って言ったって、殆ど一人暮らしと同じ、そこへ女の子
と生活が出来る訳なんて・・・確かに詩音は大好きな娘、ずっと一緒にいたいと想う。
でも、俺達まだ高校生だし・・・将来のことなんか話したこともないのに・・・そんな事
はまだ良い、学校に知れたら大変のことになってしまう。俺はともかく詩音が傷つく事が
俺には耐えられない。どうしたら・・・)
智也が悩んで応えてくれそうもない。詩音は・・・。
「やはり急すぎますよね。無理を言ってすいません、私・・・」
声のトーンも下がって、俯いてしまう。そんな詩音を見て智也は慌てて・・・。
「え、えっと、今日はとりあえず俺のところに泊まると良い。帰ってからゆっくり話そう。
もうじき日も暮れる。これから宿を探すわけにも行かないからな。とにかく今日は家で」
智也は苦し紛れの提案をした。まだ何の解決策も考えていないのだが、このままって訳
にも行かない。とにかく落ち着いてから考えようと想ったのである。

藍ヶ丘駅からの帰りにスーパーによって今夜の食料の調達をする。
自宅にはカップラーメンぐらいしかないので、コンビニでも寄って弁当でも買うつもり
でいたら、詩音が料理をしてくれるとのことで買い物をしているのである。
適当なものを買って帰る。久しぶりにまともな夕食にありつけそうであった。

智也の自宅・・・。
とりあえず、詩音を居間に案内して休んで貰うことにして、智也は使っていなかった部屋
を掃除することにした。掃除機とバケツを持って居間を通って客間へと向かう。
「智也さん、私はお夕食の支度をしますね。キッチンを使っても宜しいですか?」
詩音が俺の姿を見て声を掛けてきた。
「ああ、良いけど。もう少しゆっくりしていたら?後で手伝うから」
振り返った智也が応えると。
「いいえ、智也さんが片付けている間に支度をしますから」
「じゃ、お願いしようかな?分からないことがあったら聞いてくれ。突き当たりの部屋に
いるから」
「はい。わかりました」
笑顔で応えると、先ほど買ってきた夕食の材料をキッチンへと運んで支度に取りかかる。
詩音の料理のキャリアはかなりなモノ。父親の面倒をずっと見てきたことも在って家事は
全てをこなす。ただ、日本食に触れている時間が少なかったので、殆どが洋風に為ってし
まう。洋風と言ってもいろんな地域にいたので、特定の種類ではなく色々とミックスした
料理となっている。それでも、日本を離れている間に、詩音なりに日本食を勉強して、
和食が何とか出来るようになっていた。これもみな智也のため、日本に帰ることを決めて
いたので日本食が作れるようになりたかったのである。
和食と言っても、少しばかり洋風が混ざった詩音なりの和食ではあるのだが・・・。
食事の支度をしているときにキッチンの隅に紅茶の道具を見つける。
「智也さん・・・紅茶を飲まれているのですね♪」
紅茶の道具と茶葉の缶を手にとって、思わず微笑んでしまう詩音。
大好きな智也も道具を揃えて紅茶を煎れてくれていることが嬉しかった。
紅茶の缶を手に取り、茶葉を確認する。
「ダージリン・・・食後のお茶はこれで決まりですね」
キッチンに戻り支度を続ける。
ちょうど食事の支度が整った頃、智也が居間に戻ってきた。
「お、いい匂いだな」
テーブルの上にたくさんの料理が並んでいる。久しぶりに食べるできたての食事・・・
ここの所コンビニかファーストフード、もしくはカップ麺だけの食生活だったから、この
食卓に香る美味しそうな匂いは、食欲をそそる。
「あ、智也さん。ちょうど呼びに行こうと想っていたところでした」
「グッドタイミングだったな・・・旨そうだな〜。いただきまーす」
久しぶりに食べる温かい食事は実に旨かった。詩音の料理の腕もなかなかのモノ。
それと・・・食事は楽しく食べないと。一人で食べえることの味気ないこと言ったら・・・
今日は楽しくおしゃべりをしながら詩音と二人で夕食を取っている。
詩音の料理も旨かったのだがそれ以上に一人じゃないことの方が、勝っていた。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「お粗末様でした」
食器の後片付けを手伝う。
二人で一緒に片付けているこの様子・・・まるで新婚さんの家庭みたい・・・そんなこと
を考えて思わず顔を赤くしてしまった、智也。
「智也さん?・・・こんな風にしているのって、まるで新婚家庭のようですね♪」
詩音も同じ事を考ええていたようで、ただし口にしてしまったので余計に恥ずかしい。
自分で言って措いて、耳まで赤くしている詩音・・・そのしぐさが凄く可愛くて・・・。
「・・・そう・・・だな」
智也も目一杯照れている。
「あ、智也さん。食後のお茶は如何ですか?」
何とかこの雰囲気から抜け出すために詩音はちょうど目に付いた紅茶の道具を見て智也に
尋ねた。
「そうだな、頂こうかな・・・」
智也も大きく息を吐くと居間の方へと移動した。
ソファーに腰を掛けてテレビを見ていると、詩音が紅茶のポットとカップを持ってきた。
「あれ?それ・・・気付いてたんだ?」
「はい・・・キッチンに入ったときに・・・」
ニコニコ微笑みながら智也の隣に腰を下ろす。
「何か嬉しそうだな」
「智也さんも紅茶を煎れていることが嬉しくて・・・荷物が届かないと美味しい紅茶を
飲むことが出来ないと想っていましたから」
ティカップに紅茶を注ぎながら応える。
「あ、でも適当に買ってきたから、詩音の眼鏡にかなわないと想うけど」
「いいえ、そんなことはありませんよ。とっても良い茶葉です」
詩音は微笑みながら応えて自分の紅茶を口にする。
智也は注いで貰った紅茶を一口飲んで。
「そうだ、詩音。荷物で思い出した、何処へ送ったんだ?」
智也の問いに、手を止めて少し俯き加減で答える詩音。
「・・・ここです。智也さんのところに・・・」
今にも消えてしまいそうな声で応える。
「え?俺のところ?・・・詩音それって最初から一緒に住むつもりでいたって事?」
コクンと頷く。
「・・・あ、そう。やっぱりね、おかしいとは想っていたんだ。今日のところは仕方がな
いとしても・・・これからだよな」
詩音・・・女の子ってこんなにも大胆な事が出来るものなのか?ちゃんと先のことも
考えてのことなのだろうか・・・。軽はずみや一時の思いこみでと、言うことは無さそう
である。そうでなければ、わざわざ、フィンランドから一人で来るわけがない。
智也は考える・・・何にしても、これだけのことを実行することはそれなりの覚悟をして
日本に帰ってきたと想う。ましてや、相談の出来る親は遙か彼方。1年前の状況では友達
も居ないだろうし・・・きっと凄く不安で居るに違いない。
今、智也が詩音に対して出来ること・・・。それは少しでも不安なことを取り除いてあげ
る事、詩音の気持ち、考えを受け止めてあげること。
が、智也が何処まで紳士的にいられるのか?最大の問題点がこれだ。
大好きな可愛い彼女が常に側にいることになる。男なら誰だって・・・。しかし、智也も
詩音もまだ高校生。それに今日やっとお互いの気持ちを伝えあったばかり・・・間違いで
取り返しの着かないことでも起きたら・・・。
こうなったら智也の理性に掛けるしかない・・・。男として愛する詩音を守れるか・・・。
一人前の大人として詩音を受け入れられるまで。

「智也さん・・・私は智也さんと一緒ならどんなことがあっても耐えられます。大好きな
貴方と一緒にいられるのなら・・・それに智也さんになら、私は・・・」
そこまでで、詩音の言葉を遮る。この先を言わせるわけに行かない。
「ストップ・・・それ以上先は言わないでくれ。俺も男だから詩音にそんなことを言われ
てしまうと抑えが効かなくなってしまう。詩音はとても大好きだから、大切にしたいんだ」
カップに残った紅茶を飲み干し、カップを手の平で弄ぶようにして視線を落とす。
隣の詩音はそっと手を伸ばして智也の腕を両手で掴むと。
「智也さん・・・私とても嬉しいです。こんなにも大事に想っていてくれる人が側にいる
・・・智也さん、私は向こうを発つときに心に決めたことがあります。その為ならば、私
・・・全てを智也さんにお任せします。何があってもお側にいさせて下さい」
潤んだ瞳で見つめる詩音・・・。
智也はカップを置いて片方の手を詩音の手に載せる。
「詩音、もう一度聞くけど詩音の親父さんは、このことは知って居るんだよな?詩音が俺
の家で一緒に暮らすこと」
智也の問いに黙って頷く。
「そうか・・・でも良く許したな、詩音の親父さん」
幾ら娘の好きな人だと言っても一緒に住みたいと言うことを世間一般の父親が普通許すも
のか?確かに詩音の親父さん考古学では知らない人が居ないくらい有名な学者。
世界中を飛び回り研究をしている人。
いろんな地域や国の人、文化に触れているから小さな島国の人間とは考え方が違うのかも
知れない・・・。
「はい・・・父には全てを話してあります。先ほども言いましたが智也さんのことは、隠
さずきちんと話して父から承諾を貰っているのです。そうでもなければ誰が好きこのんで
自分の娘を手放しますか?同じ場所に住んでいるのならいざ知らず、遠く離れた日本なの
ですから・・・私は少し早いですが父から独り立ちをしたのです。もう、私には帰れる場
所は智也さんのところしかないのです」
詩音の瞳から強い決心と気持ちが痛いほど伝わってきた。
日本で育ったらこんな事は起きなかっただろう?詩音も世界を廻って肌で文化の違いや考
え方を感じてきたのだ。同い年の子達とは考え方が違っていてもおかしくない。
智也や詩音の年齢で立派に家庭を持って暮らしている人たちも世界にはいるのだから・・。
「えっと・・・何だ・・・つまり詩音は、家を出てきたわけだ。俺のところへ来るために
と、言うことは、その・・・」
言葉に詰まっている智也・・・この先の答えは既に分かっているのだが・・・。
「はい。智也さん、私こと詩音は、今日智也さんの元へ嫁いできました。父が承諾してく
れたこと・・・それは智也さんと結婚することを許して頂きました」
晴れやかな満面の笑顔で語る詩音・・・その表情はとても幸せそうな顔である。
でも、結婚・・・て、まだ二人とも高校生だぞ。許されるのか?
予想はしていた答え・・・いざ口に出して言うと・・・。
「えっ!?結婚!って、詩音・・・そんな大事なこと簡単に決めて、俺なんかで良いのか?」
黙って大きく頷く。
「でも・・・」
この状況に少々混乱気味の智也。
「智也さん・・・私はこの1年間色々考えていました。クラスの一人の男の子をただ単に
好きになったわけではありません。私の閉ざしていた心の扉を開けてくれた。誰も私など
に気にも掛けていなかったのに・・・智也さん貴方だけが違っていました。
私の苦しみや、悲しみを智也さんは分かってくださいました。何度も声を掛けていただい
て・・・智也さんの言葉や想いに触れるたびに私が私で居られるのは智也さんがいつも側
に居てくれるから、ホントの私を気付かせてくれたから・・・今まででただ一人だけです
私のことをここまで考え見ていてくれたのは、父以外では・・・。智也さんが側にいなけ
れば私は私ではなくなってしまう。私には智也さん以外には考えられないのです。だから・・
至らないところがまだたくさんあると思います。でもそれは努力をして補っていきたいと
想っています。私が私でいられる場所・・・もう、ここにしかないのです。智也さん、私
でよかったら、ずっとお側にいさせて下さい。私・・・一人ではもう生きていけません。
智也さんが一緒に居てくれないと・・・」
最後は涙声に為ってしまった。
自分の気持ちを一度に出した為なのか俯いたままで大きく肩で息をしている。
膝の上に乗せた拳をふるわせて・・・。

智也、ここまで詩音に想われて応えられなければ男じゃないぞ!
彼女の気持ちを大きな心で受け止めろ!
迷うことなんか無いだろ?大好きな詩音が覚悟を決めてうち明けたんだぞ。
男を見せろ、智也。(かなり私情入っています・・・作者ヾ)

詩音の肩にそっと手を回して抱き寄せる。
「詩音、もう泣くな。俺は詩音のそんな顔なんか見たくないんだ。いつも微笑んでいて欲
しい。俺がどれだけの男なのか自分でも分からないけど、期待に応えられる様に努力して
みるよ。でも、結果的にどうしようもない男だったりするかも知れないけどな。詩音だけ
はどんなことがあっても守ってみせる。詩音にだけ苦労させるわけに行かないから・・・
しかしなぁ〜俺の両親、話を聞いたら腰を抜かすだろうな。一人息子がお嫁さんを連れて
きたって・・・」
智也は早速、両親の元へと電話を入れた。
「あ、もしもし?母さん?えっと実は大事な話があるんだけど・・・驚くかも知れないけ
ど、最後まで聞いて欲しいんだ・・・」
智也は今までのことを分かりやすく説明をした。
突然の話・・・親の驚きようと言ったら・・・暫く話し込む。
「・・・分かっているよ。・・・ああ、うん・・・・任せて・・・心配しないで・・・
母さん達に迷惑は掛けないようにするから・・・でも、そう・・・そのことだけは、迷惑
を掛けるけど・・・うん。じゃ・・・おやすみ」
電話を切る。ふぅ〜っと、溜め息をつく。
「智也さん?」
「とりあえず、うちの親は承諾してくれたよ。近いうちに帰ってくるって・・・詩音と
話がしたいって・・・」
認めて貰えた嬉しさと不安で体が震えている詩音。智也は詩音を抱きしめて落ち着かせよ
うとした。
「智也さん、少しの間・・・このままで・・・私・・・」
「わかった・・・詩音が落ち着くまで側にいる」
智也と詩音はソファーに寄り添うように座って、暫くの間お互いの温もりを確かめる様に
抱き合っていた・・・。
どのくらいの時間が経ったのか、ふと気付いた智也が顔を上げると・・・詩音が智也の腕
の中ですやすやと寝息を立てている。
「いつの間に眠っていたんだ・・・」
一人呟き詩音を見ると目の下には涙の後、泣き疲れたのか長旅の疲れか穏やかの表情で
眠っている。
「詩音・・・疲れたろ・・・」
智也は詩音の頬をそっとなぜ、体制を整えて詩音を抱きかかえる。
ゆっくりと詩音のために用意した部屋へと運んだ。
「詩音・・・ゆっくり休んでくれ、明日また、たくさん話そう、二人の未来の話を・・・」
詩音の額に軽く口づけをして部屋を出る。
智也も自室に戻ってベッドへとなだれ込む。
そのまま深い眠りへと落ちていった・・・。

翌朝・・・
カーテン越しに朝日が射し込んでくる。
時間は智也がいつも起きるより少し早い。その時ドアにノックする音が・・・。
「コンコン・・・智也さん?起きてください、朝ですよ。智也さん」
「お返事がありませんね・・・智也さん入りますよ?」
詩音はゆっくりドアを開けると智也の部屋へと入った。ベッドでは智也が気持ちよさそう
に眠っている・・・。
「智也さん、朝ですよ、起きてください。智也さんっ」
幾ら呼んでも起きようとしない智也。
ベッドに近づいて智也の身体を揺すってみるが反応がない。
「仕方ありませんね・・・そうだ♪これならきっと・・・」
詩音はそっと智也の顔に近づいて・・・。
「あ・な・た♪起きて・・・あ・さ・よ。チュッ♪」
何と大胆な・・・羨ましい〜(作者談)。
かくも変わる物なのか・・・これほど大胆に・・・詩音は元々外国育ち。
日本人の常識は通用しない。今までは自分を抑える気持ちの方が強かったので表に出て
居なかっただけで、本当はお茶目で明るい活発な女の子。みんな智也が引きずり出した
詩音の本当の姿・・・だと思う?想いたい?良いよね!(ダメかな?)
その時、智也は夢を見ていた・・・。
暖かなテラスで紅茶を飲んでいる。
白いテーブルと白い椅子、お気に入りのカップで彼女が煎れてくれた美味しい紅茶。
そばにある木の木陰から木漏れ日が降り注ぐ。
智也はカップを置くとその木漏れ日を仰ぐ。
と、その横に彼女が微笑みながら立っている。
彼女と視線が合う・・・。
お互いに見つめ合って・・・。
「わぁっ!!」
大きな声と共に起きあがる智也。
「ゆ、夢か・・・あれ?詩音??」
ベッドの横に驚いて目を丸くしている詩音の姿・・・。
一瞬、状況が錯綜したが昨日から詩音が自宅にいることを思い出した。
「お、おはようございます♪智也さん。ご飯の用意が出来ていますから降りてきてくださ
い」
ニッコリ笑って応える。
「詩音、おはよう。昨日はよく眠れた?」
智也の問いかけに顔を少し赤く染める。
「はい、ぐっすりと・・・あ、あの智也さんが私を部屋に運んでくださったのですか?」
「俺もいつの間にか寝てしまって、気が付いたら詩音も眠っていたから、あそこだと風邪
を引くかも知れないからね」
智也が応えると。
「あ、ありがとう・・・です。あの、重くありませんでしたか?私・・・恥ずかしい」
そこまで言うと、詩音は顔を両手で隠しながら部屋を出ていった。
パタパタ・・・スリッパで走っていく音が下階へと消えていく。
その後ろ姿を見送ってから、着替えを済ます。
智也がキッチンへと降りるとご飯の良い香りがしている。
朝からちゃんとした食事が出来るなんて、久しぶり。母親が居たときは毎朝食べていたが
単身赴任をしている親父のところへ行ってからは、朝はギリギリまで寝ているので食べて
居る時間がなかった。
テーブルには朝の定番?のメニューが並ぶ。
まあ、詩音流朝の定番なのであるが・・・。それでもご飯とみそ汁はちゃんと用意してあ
った。やっぱり朝は、白いご飯にみそ汁だよな。
席に着くと詩音がご飯をよそってくれる。
「はい、智也さん。どうぞ」
「ありがとう。頂きます」
「ガツガツパクパク・・・旨い、旨い」
ちゃんと食事が出きるのって良いな〜何て思ってしまう智也。
詩音は智也が食べている間ずっと微笑んでいる。そう言えば昨夜の食事の時も詩音はニコ
ニコ笑っていたような気がする。大好きな人のために作った料理、美味しく食べてくれれ
ばこんなに嬉しいことはない。食事中にそんなことを考えてしまうから顔が赤くなってし
まう。
「智也さん?大丈夫ですか?ゆっくり食べた方が・・・」
ちょっと心配そうな顔をしながらお茶を勧めてくれる詩音。
絶妙なタイミングと言うか長年連れ添った夫婦見たいに気持ちが伝わるのか、こっちがし
て欲しい事が分かるみたいだ。
智也はお茶を受け取ると一気に飲み干して一息着くことが出来た。
因みにお茶は冷ました緑茶でした(熱かったら火傷しますって・・・)。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
詩音にお礼を言うと。
「どういたしまして、あ、智也さん。お弁当も作りましたから良かったらどうぞ」
「え、助かるよ。ありがとう詩音」
詩音から弁当を受け取って鞄に詰める。壁に掛けた時計を見ると丁度良い時間。
「じゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。私も後で学校に行きます。転入の手続きをとりに・・・」
「え、また、澄空に?書類は持ってきていたのか?」
智也が鞄を一度降ろして詩音に尋ねる。
「はい。住むところだけが決まっていませんでしたので、全て必要なことは記入しました
後は学校に持っていけば終わりです。もしよろしかったら帰りは一緒に帰りませんか?
たぶんそのくらいの時間になると思いますので・・・」
エプロン姿の詩音が応える。
「じゃ、学校で待っているよ」
智也は鞄を持って玄関に向かう。
詩音も玄関まで来てお見送り。
「それじゃ、あとで」
「はい、気を付けて・・・」
詩音が手を振って送り出す。
智也も照れながらも手を振って応える。
いつもより軽い足取りで駅に向かう智也だったが、今の光景を唯笑に見られていたとも知
らずに・・・。

澄空駅の改札を出たところで、かおる、唯笑と会う。
「智ちゃんおはよう」
「智也おはよう」
「おはよう」
3人はいつもの挨拶をして並んで歩き出す。
横に並んだ唯笑が不思議そうな顔をして智也を見ている。
「うん?なんだ唯笑?どうかしたか」
智也が唯笑の視線に気付いて尋ねる。
「あ、うん・・・と、ねぇ智ちゃん?家を出たとき誰に手を振っていたの?」
「はい?」
何と、詩音のことに気を取られていて忘れていた智也。唯笑が毎朝起こしに智也のところ
へ来ていたのだ。丁度家を出たところを唯笑に見られてしまった。
まだ誰にも詩音が智也の家にいることを話していない。これは拙いかも・・・。
「何それ?唯笑ちゃんどうかしたの」
かおるが二人の会話を聞きつけて割り込んできた。
「うん・・・来るときにね、智ちゃんの家に行ったとき智ちゃんが家から出てきたの、そ
したら何か照れくさそうに笑いながら手を振っているの・・・これってもしかしたら・・・・」
「だって、智也は一人だよね・・・ええっまさか・・・」
唯笑とかおるがなにやら盛り上がっている・・・。
そんな二人を冷めた目で見つめる智也。
「お前らな・・・何を好き勝手な想像をしているんだよ」
「だって、智ちゃん変だよぉ・・・お化けでも居たの?」
少し引きずった顔で涙声に為りつつある唯笑・・・。
「え、お化けと同居しているの?ひぇぇぇぇぇ・・・・」
大袈裟に驚くかおる。
二人を見て頭を抱える智也。
お約束過ぎるぞ〜二人とも何を考えているんだぁ〜。
と、叫んでみても返事はないわけで・・・本編に戻ります。
「?智ちゃん、どうかしたの?」
何てとぼけて質問をしてくる唯笑。
「・・・疲れる」
「ああ〜酷いこと言ってるぅ。折角心配しているのに・・・」
手を口元に持っていき、俯き加減でいる。唯笑のおきまりの行動パターン。
この場合は・・・知らぬ振りをすると、決めている智也。
「ぶぅぅぅ〜、何無視しているんだよぉ。智ちゃんの意地悪・・・」
「また・・・やってる。もう、いい加減にしたら?智也も唯笑ちゃんも・・・で、智也?
さっきの答えは?誰か居るの?」
かおるにはごまかしが利かない。唯笑みたいに単純だと幾らでも騙せるのだが。
かおるは聞いていないようで大事なところはしっかりと聞いていたりする。
ある意味地獄耳。それと感が良いというか、人の心を読むのが実に上手い。
「え?ええ・・・と、なんだ」
いつの間にか唯笑も立ち直って、かおると一緒に智也に詰め寄る。
「ハッキリ言いなさいよ、男らしくないぞ。それとも聞かれると拙いことでもあるのかな?
智也」
笑いながら智也の顔を覗き込む、かおる。しかし、その目は笑っていない・・・。
「あ、もうこんな時間だ、急がないと」
ちょっとした隙をついて二人の間を駆け抜けようとする。
「あまい!」
声がしたと思ったら智也の両腕をかおると唯笑が掴んでいる。智也の行動は二人にはお見
通し・・・智也の逃げのパターンは既に読まれているのだ。
「は、離せぇ〜、遅刻するぅ〜」
「まだ時間はあるよ、慌てなくても大丈夫だよ。さあ、ゆっくりと聞きましょうか?」
悪戯っぽい笑顔を見せる二人・・・もう、逃げることは不可能、智也ピーンチ。
「うぅぅぅ〜」
「君は完全に包囲されている、無駄なあがきは辞めて、素直にしゃべっちゃいましょう♪」
智也の負け。これ以上の抵抗は無理・・・。
「分かったよ。だから手を離してくれ」
「ダメ!いつもそう言って逃げるんだから・・・唯笑は絶対に離さないもん」
さすがにいつも同じ手を使っていたので唯笑も学習したらしい。
最後の突破口も完全にふさがれてしまった。
「ああ〜、勘弁してくれ〜昼休みに話すから、それで良いだろう?」
智也も観念して、話すことを約束する。
「智ちゃん、約束だよ」
「ちゃんと待っているからね」
唯笑とかおるから念を押される。
「約束するよ」
「それじゃ、出発♪」
唯笑とかおるは智也の腕を掴んだまま、学校へと向かって歩き出した・・・。

その昼休みの屋上・・・。
智也、信、かおる、唯笑の4人は昼食を屋上で取りながら智也の話を聞くことにしていた。
智也も朝、詩音に作ってもらった弁当を持って屋上へ・・・。
屋上のドアを開けると、気持ちの良い天気。心地よい風が屋上を吹きに抜ける。
「これだけ気持ちいいと、屋上で食べるのも悪くないな」
信が大きく両手を広げながら、授業で凝った身体をほぐすような仕草をして呟く。
「うん。たまに屋上も良いよね」
唯笑が応える。と、その時、唯笑は智也が持っている弁当箱に目がいく。
「あれ〜?智ちゃんも今日はお弁当なの?珍しいね」
「ああ、たまにはな・・・」
何度かは智也もご飯を詰め込んだ簡単な弁当を持ってきたことはある。どう見てもまとも
な弁当には見えない代物だったが・・・が、今日は詩音が作ってくれた弁当。
中は見ていないが詩音のことだからオーソドックスな弁当だろうと智也は思っていた。
だから、朝のことも今の弁当も適当に誤魔化してしまおうと、考える智也であった。
「また、どうしようもないご飯だけのお弁当なの?」
かおるが突っ込みを入れる。
「あはははっ・・・・」
お愛想笑いをする智也ではあったが・・・今日は違うのだぁ〜!
3人の会話をよそに、ただ一人弁当を食べ進む信。
「あ、信君〜先に食べているよぅ。“頂きます”を言った?」
唯笑が顔を膨らませて。
信は弁当を頬ばりながら頷く。
「唯笑達も食べよ。頂きま〜す」
唯笑とかおるもそれぞれの弁当を食べ始める。
智也も詩音に作ってもらった弁当食べようと、蓋を開けると・・・。
色とりどりのおかずに模様の描いてあるご飯・・・模様?・・・おっきなハートのマーク。
「!」
慌てて蓋を戻す。
(詩音ヾ・・・頼むよぉ〜みんながいたら食えねぇよ〜)
詩音のちょっとした悪戯・・・。でもそれを食べる智也にとっては・・・。
蓋を閉めたまま固まる・・・横にいる唯笑と視線が合う。
「どうしたの?急に蓋閉めちゃって・・・お弁当がどうかしたの?」
箸をくわえたまま首を傾げている唯笑。
「え、え〜と・・・なんでもない」
二人のやり取りに気付いたかおるも声を掛ける。
(あ、かおるまで・・・これは拙い状況かも・・・)
「智也?お弁当食べないの時間、なくなっちゃうよ」
かおるも自分の弁当を口に運びながら智也を見る。
かおるの視線が智也の弁当を捉える。かおるはどうしてなのか智也の弁当が気になりだし
た。何となくいつもと違う雰囲気・・・。
その時、唯笑が起こした行動で状況が急変する。不思議そうに見ていた唯笑が食べかけの
弁当を置いて急に智也の腕を取ったのだ。蓋を押さえていた手を・・・。
智也の片手は弁当箱を持っているが蓋を押さえていた手は唯笑に掴まれて蓋は押さえてい
ない。その状況を見たかおるが、すかさず手を伸ばして智也の弁当の蓋を開ける。
そのとたん・・・。
「わぁお!」
智也の弁当を覗き込んだ唯笑とかおるが大きな声を出した。
智也は呆気にとられているだけ・・・片手を押さえられ片手は弁当箱を持っていて動きが
取れない。ただ、目の前で繰り広げられている状況を見つめるだけ・・・。
「これは凄いね?ご飯にハートのマーク・・・智也?まさか自分で作った訳じゃないよね?
そんなこと無いか・・・こんなに手の凝った料理を作れる訳ないもんね・・・じゃあ?
誰が作ったのかな?あっ、もしかしたら朝のことと関係があるとか?」
ニヤリと笑うかおる。それを見た智也の背中を一筋の冷たいものが流れ落ちる。
今度は智也の手から弁当箱を奪い取って、唯笑、信もそれに加わって、3人で智也の弁当
を眺めている。
「な、なんだ?このハートは・・・智也まさか、お前自分でこんな事を・・・俺は悲しい
ぞ・・・でも、お前って料理できたっけか?」
信が驚きと呆れた感じの声を上げる。
「バカたれ。俺にそんなこと出来るわけ無いだろう?作ってもらったに決まってんだろう
が・・・」
そこまで言って、ハッと息をのむ智也・・・しかし一度口から出てしまった言葉は戻せな
い。慌てて口を押さえても後の祭り。
周りを見回すと一同が智也に視線を集中している。
「な、なんだよ?みんなして・・・弁当が珍しいのか?」
智也の言葉に首を振る、一同。
「智也が持ってきた弁当について、聞きたいんだよ」
信が一歩近づく。
「だ、だからこれは弁当だ。ちょっと悪戯書きがしてあるけど普通の弁当だぞ」
「智也〜?お弁当の中身について聞いているんじゃないの?誰が智也のために作ったのか
聞いているの。それと朝の質問の答えもまだ聞いていないよ」
かおるが更に鋭い視線を智也に向ける。
適当に誤魔化すつもりでいた智也だったが、ここまで来るともう、言い訳は無理のようだ。
確かに、このまま騙し通せる訳でもないし、詩音が転校をしてくればいずれはばれてしま
う。それなら、信、唯笑、かおるに話をして、詩音の協力者になって貰うのも良いかも。
智也と詩音の二人だけではどうにも成らないこともあるかも知れない。それならば全てを
話してしまうのも得策かも・・・。
「え、えっと・・・とりあえず飯を済ませてしまわないか?それから話を聞いて貰いたい
んだ。ちょっと込み入った話になるし飯どころじゃなくなりそうだから・・・」
智也が落ち着いた声で話すと、各自が黙って頷きおのおのの食事を続けた・・・。
すこしの間、黙ったまま食事をとっていた4人・・・大方、済んだところでかおるが口を
開く。
「じゃ、早速話を聞きましょうか?智也」
かおるが待ちかねたように智也を促す。
「ああ・・・」
唯笑、かおる、信が興味津々と言った顔つきで智也の言葉を待っている。
「あ、その前に俺がどんなことを言っても頼むから大きな声を出さないでくれよ、まだ
人前で言える事じゃないんだ。お前らだから話すんだからな?他言無用だぜ」
3人を見回すと、それぞれが智也に頷いてみせる。
「じゃ、話すけど・・・実は詩音が俺の家に居るんだ」
一同が驚く。
「ええ!!」
声を失う、信。唯笑とかおるはお互いに見つめ合って『うそ〜』と、目で訴えている。
3人が大きな声を上げたので、周りにいた他の生徒が智也達の方を見る。
智也が慌てて指を口に立てて、3人を制止する。
無言で3人がごめんと言ったポーズを取る。
「本当か、智也?冗談を言ってるんじゃないのか」
信が信じられないと云った表情で智也を見る。
「こんな事冗談を言っても仕方ないだろう?」
「それでか・・・智ちゃんが玄関先で手を振っていたの、詩音ちゃんになんだ」
唯笑が今朝のことを思い出しながら話す。
「で、この弁当は双海さんの手作りという訳か・・・」
信が羨ましそうな表情をする
「でも、智也〜それって・・・学校にバレルと拙くない?あ、でも双海さんはここの生徒
じゃないから問題ないか・・・」
かおるも心配そうに智也を見る。
「いいや、問題があるんだ・・・実は詩音が今日の午後、転入の手続きで来ることになっ
ているんだ。だから詩音はここの生徒になるんだよ」
智也が応えると・・・。
「え?双海さんまたここに来るのか?へぇ〜同じクラスになればいいな・・・なんて言っ
てる場合じゃないか・・・でも智也、学校には何て説明をするんだ?住所を見れば二人が
同じところに住んでいるのがバレルんじゃないか?」
智也が一番心配にしていることを信が突いてくる。
「そうだな・・・とりあえずは下宿している事にして措くしかないか・・・詩音が学校側
に何て説明をするかだが・・・」
ちょっと、神妙な顔付になる智也。
「ねぇ、智也?何で双海さんが智也のところにいるわけ?」
「早々、何で?智ちゃん」
二人の質問に絶句する智也・・・。
「・・・・・・」
「おい、智也?どうした?赤い顔をして」
(どんな風にこいつらに説明をすれば良いんだ?昨日詩音と話したこと・・・。結婚する
なんて言ったら、また騒ぎになるの間違いないしな・・・)
考え込む・・・上手い言葉が見付からない。
「え?ああ・・・えっと、つまり・・・その・・・」
「ああ〜っ!ハッキリしろ!お前らしくないぞ?そんなに言いにくいことなのか?」
信が苛立ってつい、大きな声で叫んでしまう。
「信君、声が大きいよ。周りに聞こえちゃうよ」
唯笑が信の袖を引っ張って注意を促す。
「あっごめん・・・」
頭を掻きながら恐縮する。
「それで、智也?何でなの?」
かおるが智也の答えを促す。
「詩音が言うには最初から俺と一緒に住むつもりで、日本に帰ってきた・・・て、言った
んだけど・・・」
「確かに、昨日のあれを目の前で見せられては、それも分かるけど・・・でも、変よね」
かおるの鋭い洞察力。
「智也と双海さんは、恋人同士で良い訳よね?でも、一緒に住むことは違うことじゃない?
それじゃ、同棲だよ。やっぱりそれって・・・」
ハッキリとしたことが出なくてちょっと釈然としない様子のかおる。
「拙いだろう?一般的には」
信が口を挟む。隣で頷く唯笑。
「親の承諾無しのことならね・・・しかしこれが承諾済みだったりするんだ」
「何!?」
「親公認の同棲生活?それじゃ・・・将来誓った仲ってこと?」
かおるが驚く様に身体を後ろへそらす。
顔を赤くしながらかおるに頷いてみせる、智也。
「マジかよ!智也・・・双海さんは?あ、そうか。彼女から来たのだからそっちはO.K
か・・・なんだかな〜」
大きな溜め息が4人を包む。
「直ぐに信じられることじゃないね。何か違う世界の話みたいだよ」
「そうだ・・・ね。唯笑も信じられないよ」
「まさかね、そこまで考えて行動をしていたとはね、やっぱり、外(世界)を直に肌で感
じてきた人とこんなちっぽけな島国の中にいる人とでは考え方のベースが根本的に違うん
だろうね。はぁ〜」
言葉の後に溜め息をつく、かおる。
「念を押すけど、他言無用だぜ。騒がれると拙いから、俺がどうこういわれるのは構わな
いんだ。詩音が変な目で見られるのが辛いんだ。やっと普通に接してくれるようになった
んだから元の殻に閉じこもった姿は見たくないから・・・」
智也が3人に確認している。3人は智也の詩音に対する気持ちも感じ取っていた。
「分かっているよ。俺たちは、智也と双海さんの友達だから俺達で出来ることなら協力す
るよ。智也がちゃんと話してくれたこと嬉しかったぜ」
少し照れたように話す、信。
「稲穂君格好いいこと言うじゃない。智也、困ったときは必ず言ってね?」
「唯笑も幼馴染みとして協力するからね」
「みんなありがとう。唯笑・・・ごめんな」
唯笑に向き直って。
「ううん、もう大丈夫だよ。みんなが側にいてくれるから・・・智ちゃん?詩音ちゃんを
泣かす様なことがあったら許さないからね。唯笑と・・・ちゃんが・・・」
智也に微笑むと、自分と空を交互に指さす。
「うん、わかった。約束する」
「うん♪」
笑顔で頷く。
「さてと、そろそろ戻りますか・・・て、もう午後の授業始まっているじゃないかぁ!
やばい、今の時間担任の授業じゃないか。唯笑ちゃんや音羽さんは普段が良いからまだ良
いけど、俺と智也は非常にやばい。急ぐぞ!」
4人は慌てて、屋上を後にした。

4人が教室に戻った頃、職員室には制服を着た一人の女の子。
詩音が書類を持って転入の手続きに来ていた。
詩音は1年前にも在学していたため手続きは順調に進んでいた。
学校側としては、また有名な双海教授の令嬢を預かることが出来たとして、歓迎してくれ
ているが・・・。
やがて授業が終わって智也達の担任も戻ってきた。
「あれ?双海じゃないか・・・その制服・・・おっ、またうちの学校に来てくれるのか?」
「はい、先生。昨年の転校時はお騒がせしました。またここに通うようになりました。
よろしく御願いいたします」
と、挨拶をしてお辞儀をする。
「そうかそうか・・・親御さんも一緒か?今度こそ教授にお目に掛かりたいな・・・」
「先生、申し訳ないのですが父はまだ向こうにいます。今回は私だけ日本に戻りました」
「残念だな・・・まっ何れ機会もあるだろう。その時には宜しく頼むよ」
等と少し話をしていると・・・。
「あら?双海さん?お久しぶり」
声のした方へ振り向くと・・・在学中にお世話になった図書室の本間先生。
「あ、本間先生。卒業までの1年弱ですがまたお世話になります。よろしく御願いいたし
ます」
本間先生の出された手を取って、笑顔で応える。
「双海さん・・・雰囲気が変わったかしら?以前より明るくなって・・・今の方がずっと
いいわよ。また、図書の仕事を手伝って貰えると、助かるんだけどな〜良いかしら?
その前に担任の先生にお断りしておかないとね」
本間先生は微笑んで。
「はい。私も出来れば以前のように図書の仕事をしたいと思っています。私からもお願い
致します」
図書室担当の本間先生と楽しく話した。
職員室で暫く先生達といろんな話をした後、詩音は一人あの想い出のベンチに一人座って
去年の事を思い出していた・・・。
「そう言えば、ここで智也さんと初めてお会いしたのですね・・・」
て、おい。その前に電車の中で会っていただろう・・・もう忘れていたりして・・・。
木漏れ日の中で一人空を見上げる・・・木々の葉の間から柔らかな日差しが詩音に降り注
ぐ・・・詩音はそっと目を閉じる。まるで昨日のことのように去年のことが思い出されて
ゆく・・・。
「私、智也さんに逢わなかったらどうなっていたのでしょう?・・・きっとここに戻って
こなかった。同じ場所に・・・」
そんなことを呟いてみる。
校舎の方から授業終了のチャイムが聞こえてきた。
「終わったようですね。それでは行きましょうか?」
ベンチから立ち上がる、皺になったスカートをポンポンと叩いて制服の乱れを確認して
歩き出すと、そこへ珍客登場。詩音の足下をカサカサと歩き回っている、その物体は・・・
「く、く、くもぉ〜!ヾ・・・いや、いやぁ〜!!」
大きな叫び声を上げて2,3メ−トル程飛び退くと座り込んでしまう。
動き回る蜘蛛を指さして放心状態の詩音・・・。
「・・・こ、来ないで!あっちへ行って・・・ぁぁぁぁ・・・」
ちょうどこの様子を校庭に詩音を探しに出てきた智也が目撃していた。
歩き出した詩音に声を掛けようとしたら突然の悲鳴・・・そのまま地面にへたり込んでし
まった詩音。智也は慌てて詩音の元へと駆け寄る。
「詩音〜どうした?大丈夫か?」
詩音がふるふると震えながら指さす方向を見ると一匹の蜘蛛が楽しそうに歩き回っている
智也は蜘蛛に近づき地面を強く踏みつけるようにすると、蜘蛛は慌てて何処かへ逃げてし
まった。1年前と同じ・・・思わず笑ってしまう。
「ムッ・・・智也さん?」
座り込んだまま智也を睨む詩音。その様子が更に可笑しくて・・。
「あははははっ・・・ごめんヾ」
頭の後ろを掻きながら詩音に手を差しだす。
詩音は智也の手を取って立ち上がる。
「何が可笑しいの!・・・ですか?」
まだ変わっていない変な日本語・・・智也は微笑む。
「あ、まだ笑っている・・・もう知りません」
顔を赤くしながら後ろを向いてしまう、詩音。
なんとまあ、可愛いこと・・・。
智也は困ったような顔つきで詩音に話しかける。
「詩音、笑っていないよ。ちょっと昔を思い出しただけだよ、だからこっちを向いてくれ」
詩音は智也に応えるようにゆっくりと振り向く・・・。
「本当に?笑っていませんか?」
まだ疑っている・・・。こんな事も前にはなかったこと、全てのことが新鮮に智也の瞳に
映る。だからか・・・少しだけからかいたくなる気持・・・・。
「笑っていない。しかし・・・苦手な物までは変わらなかったな、それと喋り方」
「あの、カサカサは好きになれません・・・絶対に。喋り方は・・・もう私の癖みたいな
ものですから・・・今更変えるつもりはありません。これも私ですから・・・」
笑顔で応える。
蜘蛛君・・・諦めて、詩音に近づくなよ。
「ところで、詩音はもう良いのか?用は済んだ?」
「はい」
「それじゃ、行こうか?」
智也が歩き出すと自然と横に並ぶ詩音。柔らかな日差しが二人を包み込むように降り注ぐ。
お互いに視線を合わせて微笑む・・・。
この場所から新しい二人の物語が始まってゆく。
まだまだ、二人が越えなくては為らないハードルは幾つもある。
簡単には進めそうもない道・・・。
でも・・・応援してくれる友がいる、理解してくれた幼馴染み・・・。
みんなの助けを借りながら智也と詩音の二人は歩み続ける。
手を伸ばせば大好きな人が隣にいる。
手を振れば応えてくれる友達がいる。
一人で閉じこもっていた1年前のことが嘘のように過ぎ去ってゆく・・・。
大好きな人と二人、たくさんの友達と一緒に同じ時間(とき)同じ場所、同じ季節を
過ごしていける幸せ・・・。
詩音の瞳に、昇降口から駆け寄ってくる信、かおる、唯笑の姿が映る・・・。
素直になれた自分と本当の詩音を引き出してくれた智也、温かな目で見つめてくれる友人
達に詩音はこれまでにないとびきりの笑顔で応えた・・・。


おわり




あとがき
あぁ〜長かったな・・・。
何か無理矢理に終わらしてしまった気もしなくも無いのですが、最後がちょっと物足りな
かったかな?本当はもう少し話があったのですが途中でストーリーが浮かばなくなって、
まあその、これで終わらせてしまえと・・・あははっ、ご免なさいです。
私の書いた中では一番長い作品になりました。ここまで長くなるとは・・・。
それなりには気に入った内容に出来たのでこれで良いかなぁ・・・と。
ここまで読んでいただきありがとう御座います。宜しければ、感想や批判など頂けると作
者が小踊りして喜びます。
それでは・・・。                           byIku



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