勇者へのエチュード 
-- 第四話 ゼイラード帝国の救世主 --
                                    作:木村征人



 港町フーリーから船に乗り中経島で一泊した後、そのままゼイラード帝国に向かっていた。ケインとセレナはショックが大きかったが少しずつ平静を取り戻していた。
「ねえ、ケインのお兄さんて中々かっこいいんじゃない?」
 セレナは腕を組んでもたれている男を眺めていた。
 一応そんな軽口を叩けるほど回復したらしい。ちなみにティピはケインの袋の中でずっと寝ている。
「兄貴? お前あの人いくつだと思っているんだ?」
「そりゃ、えーっと二十過ぎぐらいじゃない?」
 セレナの言う通り男は二十歳を過ぎたばかり見える。
「やっぱりな……確か今年で四十になるかな」
「は?」
 セレナは口をぽかんと開けた。
「さてと後二時間ほどで着くが。その前に色々説明してもらおうか」
 男がケインを睨みつけた。
「しかしよ、えらくタイミング良く現われたな」
 ケインは少し居心地悪く視線をそらした。
「ああ、村はずれに知識神ラーダの司祭がいるのは知っているな? その司祭が神託を受けた。王都が滅び、助けに行かねばケイン、おまえが死ぬってな」
 神託とは神官などが仕える神からの予知や啓示の言葉である。だが、あまり意味の無いことがほとんどだが。どこかでなにかが起きるなどというふざけた啓示も少なくない。
「うっ……!」
 ケインは言葉を失った。確かに男が助けなければ死んでいただろう。
「そ、それはとにかく気付いたら港町にいたけどどういうことなんだ?」
「魔道具使ったんだ。十日前に発売されたばかりのな。移動用魔道具ラグナ。この魔道具は二つで一つのものでな、楔(くさび)を打ち込み、そしてこのボタンを押せば楔を打ち込んだ場所に瞬間移動できるいう代物だ。
 まあどちらにしても親の金を勝手に持ち出した家出息子を連れ戻すつもりだったしな」
 話しを聞いていたセレナがおずおずと手を上げた。
「あの〜、ケインのお父様なんですか? とてもそうには見えないんですけど」
「そういえば君は?」
「私はセレナ=シーバと言います」
「シーバ? それじゃあまさか王女なのか?」
「ええ、私は女王の一人娘セレナ=シーバ。母が昔共に戦ったと言われる勇者を探していたんですが……」
「どうやら詳しく聞く必要があるみたいだな。俺はケインの父、ライツ=ハーベルト。君の母の片割れの夫だ」
「それではあなたが!」
「ああ、そのと――」
「母を捨てた人!」
「うっ! そ、それは……まあ……」
 ライツはわざとらしく一つせきばらいして
「お前の母親も、二十代に見えるだろ?」
「ええ、まあそうですけど」
「世界を救った神の恩恵か、勇者と運命の三女神の副作用かは知らんがとにかく歳をとるのがぐっと遅くなっている。二百年現役で戦いつづけた勇者の話しもあるぐらいだからな」
「なるほど……」
「まあ、とにかく今は何が起こったか説明してもらう方が先決だ」
「実は私もいきなり衛兵が私を捕らえようとしたので急いで逃げたので良く分かりませんが、父が何者かに入れ替わったようです。母はとあるところに隠れましたが、おそらく父はもう……」
 セレナの父は、名君と呼ばれるほどの優れた王であったそれがいきなり乱心したのなら何かあったと思うのは当然だな。
 もし俺を探している時にケインと出会ったというのは、偶然と言うより必然ということか……
 ライツはもう一つの神託を受け取っていた。自分の息子が新たな勇者となるということを。
 ったく、とことん勇者をまき込む血筋らしいな。
「つまり国王に成りすましてセレナを捕らえるように指し向けたということか」
 二十年前にウルズが言っていたことが事実になったか。剣技を知らないケインにあの剣手に入れる試練を受けるのはいささか不安が残るが仕方ないな。
「ところでオヤジ。どうだった自分の伝説が俗悪観光土地になった気分は?」
「そうだな……ま、いいんじゃないか?」
「へ?」
 まったく想像と違った返答をされて間の抜けた声を出す。
「ふっ、散々けなす言葉を期待していたようだな。
 別に俺は二十年前、世界平和とか人々の笑顔の為とかそんな大それた考えがあったわけじゃない。それでも命をかけた戦いをして未来を築く礎になった。それでみんなが過去のことばかり気にして沈んだ顔されていたら何の為に戦ったのかと、やっぱりそう思うだろうな。だったら少しでも明るい顔をしてくれるほうがいい。さすがに魚の干物は遠慮してほしいがな」
「ふーん、そんなものかねぇ。
 で、ゼイラード帝国に着いた後どうするんだ?」
「ガルズ城に行こうと思う」
「なんで城に?」
「武器を調達しなければならないからな」
「武器? どうやって?」
「ああ、王に武器をもらうように直訴する。お、もうすぐ到着だな」
 
 港に着いた後、乗り合い馬車に乗りそのままガルズ城へと向かった。そこは城というよりまさに要塞であった。なのだが周りにほのぼのとした街に包まれているせいで、奇妙な不釣合いを感じる。
 門の両脇にいる門兵を無視して城に入ろうとすると当然ながら止められた。
「待て! 貴様らこの城になんのようだ?」
「王に会いにきた」
「…………………………」
「…………………………はっ!」
 その言葉に門兵の脳は一瞬停止したらしい。
「な、何をバカなことを!」
 馬鹿にされたと思い門兵たちが怒りをあらわにする。
「なあ、オヤジ。やっぱりいきなり会うのは無理なんじゃねえか?」
「そうでもないさ、いい方法があるよ。こういう風に、な!」
 
 ゴスッ!
 
 ライツの拳が門兵の一人の顔面にめり込んだ。
 
そして……アリオスト王国の中央より少し西の町。少し大きな教会が象徴的な静かな町。今日はいつもより騒がしく町市場で野菜が売られている。もっともほかにも理由があるが。
「聞いたか? 王都が壊滅したらしいな……」
「ああ、大変な事になったな……二十年前の事がまた起こるんじゃないだろうな」
「大丈夫だよ!」
 不安の声をあげる大人達の会話に元気な女の子の声が響いた。
 女の子は沢山の花が入っている籠を持っている事からおそらく花売りをしているのだろう。
「どういうことだ? お嬢ちゃん」
「絶対大丈夫だよ。また勇者様が助けてくれるよ! みんなも知ってるでしょ? とっても強いんだから絶対大丈夫だよ!」
「お、おお。そうだな。勇者が絶対助けてくれるよな」
「うん、そうだよ。絶対!」
 笑顔で答える少女に町の人々は活気づく。しかし……
「お嬢ちゃん……花を一つくれるかな……?」
 青い服の男が少女に顔を近づけ残虐な笑みを浮かべた。
 
 再びガルズ城にて――
 ケインら一行は……牢屋の中にいた。
「どーすんだよオヤジ。こんなとこに入れられてよ……」
「まー、なんとかなるもんだよ。俺も五回……いや二十年前を入れると六回か……牢屋に入ったがなんとかなったからな。今回も大丈夫だろ」
「オヤジは気楽でほんとにいいね」
「はあ〜、王女の私が牢屋に入れられるなんて」
 セレナは頭を抱えて落ち込んでいた。
「ふみゅ、ここどこ……?」
 ようやく起きたティピが寝ぼけ眼で起きる。
「寝てろティピ」
 ケインの言葉にまたコテンとティピは眠る。
「まあ、ともかくだ。ケイン……」
「なんだよ、オヤジ?」
「お前勇者になる気ないか?」
「勇者?」
「そうだ。セレナ王女と出会ったのは偶然ではなく必然だからな」
「どういうことだ?」
「俺もフィーやミルカとは勇者となる前から知り合っていた。本当に信じられない偶然が重なってな。フィーとは俺が孤児として育てられた時に出会い、ミルカとは俺が大地の瞳を盗みに入った時に出会った。全て仕組まれたと思えるほど偶然が重なっていた結果、現在の俺がいる。そういうことだ」
 そしてシュバルツにはメラがいつも傍にいた。
「俺がオヤジと同じように……」
「別に今結果を出さなくてもいい。その試練を受けるだけでもいいさ」
「試練か……」
 もっともその試練が完遂されれば俺と同様強制的に勇者にさせられるがな。どっちにしてもドラゴンスレイヤーを持たない俺には勇者の力が無い。だがどうしても勇者の力が必要だ。今すぐにな!
「まったく。もしやと思ってきたらやはりお主か……」
 牢屋の前に白ひげを蓄えた老騎士が立っていた。
「よぉ久しぶりだな、ガルド将軍」
「まったくもうちょっと騒ぎを起こさず城に入る事は出来んのか?」
「性分なんでね。それに簡単に城に入れるしな」
「全然変わっておらんので安心しましたぞ」
 そう言ってガルド将軍は豪快に笑った。
「あ、あのライツ様……先ほどは失礼しました」
 遠慮しがちな声の主は先ほどの(殴られてない方の)門兵だった。
「いや、別に構わん」
「そ、そうですか……失礼ついでにあの……握手してくれませんか?」
「ま、まあいいけど……」
 ライツは手を差し出すと門兵は手袋を外し両手でしっかと握られた。
「あ、ありがとうございます!」
「用が済んだらとっとと行け!」
「はい!」
 ガルド将軍の怒鳴り声を受け門兵は駆け足で飛び出して行った。
「な、なんだったんだ?」
「ライツ殿が殴った先ほどの門兵が勇者に殴ってもらえたと他の兵達に自慢しておったからの……おそらく勇者に殴られた家系として代々語りつがれるだろうな」
 ガルドはあごひげを触りながら答えた。
「さすがにそう言うのは語りつげて欲しくないんだけど……」
「まあ、この国の救世主で勇者と分かれば仕方ないであろうな」
「まったくガルド将軍もそんなこと教えなくていいのに」
「オヤジ、この国で何やらかしたんだ?」
「まあちょっとな……
 あんたが出てきたおかげですぐに出られたから言うのもなんだけど……王の側近じゃなかったのか? なんで兵の指揮官になってるんだ?」
「お気づきになられましたか……二年前に新しい側近が出来たのでな。わしはそろそろ隠居しようと思うておったらいきなり王がわしが兵を育てる為に働いてくれと頼んでな、仕方なくこんなことをやっておるのじゃ。
 すぐにわしがライツ殿の所に現われたのはそろそろそなたが現われると思うておったしな……二十年前と同様の方法でな」
「……ふぅ、もうこっちの国に伝わってるのか……」
「それよりもまず王がそなたに会えると喜んでおったぞ」
「そうか……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。これからいきなり会うのか?」
「なんだケイン。緊張しているのか?」
「当たり前だ」
「アリオスト王国の王女を連れまわっていたというのに」
「今は状況が違うだろ。セレナが王女なんて知らなかったしな」
「別にお前は王と初対面と言うわけではないのにな。まあ赤子の頃だったからしょうがないかもしれんが」
「王女の私を呼び捨てにする人はケインが初めてなんだけどね、まあその方が気楽だけど」
 なんだか扱いの違いに疑問を浮かべるセレナであった。
 そして謁見の間。周りの騎士たちが不動の姿勢をとる。しかしやたらとヒソヒソ声を耳にする。年配の騎士は懐かしそうにしているが若い兵達は目の前の男が疑心暗鬼になっていた。
 何せ二十年前の勇者である。人によっては気が遠くなるような昔の出来事。しかもどう見ても二十代にしか見えないのでますます不安になるだけであった。それに自称勇者が王に謁見を求めてきたのはそう珍しいことではない。その度に追い出しを食らっていたが。その辺のところもライツも分かっていたのであんな方法をとったのだ。
 やがて謁見のぶあつい扉がゆっくりと開く。二つの人影が見える。
 一人は三十代前半の男。そしてもう一人は二十を少し過ぎたばかりであろう女性。この二人こそゼイラード帝国の帝王ジェラードと女王シャトールであった。
 ライツは片膝を着き、
「お久しぶりです、帝王」
 うやうやしく頭をたれた。

あとがき
しかし、戦いがほとんどないですね、この物語り。
戦いが最後の方にやたら集中しているものも変ですが。
いいのか? こんなファンタジーで……



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