勇者へのエチュード 
--  第六話 勇者への道標 --
                                    作:木村征人



 一条の光もない闇。ケインとティピは昼なのか夜なのかわからない闇に包まれていた。もはや自分がどこに向かっているのか、なんの為に来たのかすら忘却の彼方、まるて闇にすい込まれて行くようだった。
「ったく、なんてとこだよ……」
 ケインは体力も気力も消耗しきっていた。もしティピがいなかったら途方に暮れていたのかもしれない。
「うーん、確かに人が入れるとこじゃないよね。ライツが来た時もぼろぼろになってたしね。もしあの時私を拾ってなかったら死んでたと思うよ?」
 ティピは平気な顔で軽口を叩く。
「そんなところに俺を連れてきたのかよ」
「とにかくもう少しで着けるよ」
「どこに?」
「私の故郷。元々ライツは森の外に出ようとした私が力尽きていたところを森で拾って私をここに連れ戻してくれたからね」
「それで親父が森の外に出るところに便乗して俺達と暮らすようになったのか……」
「そ。だからケインがいくつまでおねしょしてたとか、いろんなこと覚えているよ」
「忘れてくれ……そんなこと。頼むから」
 ケインは頭を抱える。ティピと会話がケインの気力をたたき起こしている。もっともそのことに二人とも気付いていないが。
「あ、もうすぐ着くよ」
 ティピが指差す方向に光が走る。ケインは光に誘われるように走りだした。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ」
 ケインはぽかんと口を空けたまま間の抜けた声を上げた。そこは豊かな草ときれいな泉が見せる芸術的な景色であった。
 まるで自分が絵画の中に入り込んだような錯覚に陥る。自然の作り出す不自然な美しさ。そんな奇妙な言葉がぴったりと来るような場所であった。
 その景色に溶けこむ様に一本の剣が立てられていた。
 それは今までツアーで突き立てられた剣と違い、ある種の神々しさを放っていた。それが自然と溶け込み景色と調和される。はるか昔からこの場所に剣は突きたてられていたかのように。
 その剣は限りなく大きかった。まるで大剣を二枚合わせたほどの面積を持ち、そして限りなく薄い。向こうの景色が見えるほどの薄い剣であった。そして稲妻を思わせるような形を作っている。
「ライツはこれをケインに託したいと思ってたはずよ」
「これが……」
 ケインが剣に手をかけようとした時、
「まて」
 ゆっくりと抑揚のない大きな声が響いた。大地から大柄な男が現れた。その男は若者にも老人にも見える不可思議な印象があった。
「人間か……二十年ぶりか……なにようだ?」
「この方はライツの息子。ケインといいます。どうか精霊の剣をお譲りください」
 ケインが知る限りティピが初めて丁寧な言葉を発した。
「『いつか必ずこの剣を求める人間が現われる』とあの男が言っていたな。
 その男が実の息子とは思っていなかったらしいがな。だがこのまま精霊の剣を譲るわけにはいかぬな」
「そんな精霊王! ライツの言葉が信じられないのですか?」
「なんだって!」
 ティピの言葉にケインは驚きの声を上げた。精霊王それはいわば神とも言える存在。あくまで伝説の存在とされていた。ライツから話で聞いていたがほとんど信じていなかった。
「確かに勇者だった男の言葉は信じよう。しかし大精霊の行方が知れぬ今、そう簡単にこの剣を譲るわけにはいかんのだ」
「大精霊が行方不明?」
 ティピが眉を細める。
「おい、ティピ。大精霊というのはなんだ?」
「あのね精霊にも色々あって私や精霊王みたいに召喚に応じない実体を持った精霊なの。
 セレナのような精霊使いの召喚に応じる、人間で言えば幽霊みたいな実体を持たない精霊。シルフみたいにね。大精霊はその上位精霊。人間が召喚出来るようなものではないけどね。
 光、闇、時、万物のそれぞれをつかさどるのが大精霊なの。つまり日常にあるもの、風とか火とか水とかの精霊を統治する存在ね」
「そうだ、そしてその四大精霊が行方知れずなのだ。本来ならばわしと四大精霊のでどうするのか決めるのだがな」
「だったら、その剣を譲ってくれるなら俺がその四大精霊を探すというのはどうだ?」
「お前ごときが出来ると思っているのか?」
「俺だけじゃないさ。俺の仲間がもしかしたら探し出すのかもしれないぜ」
 精霊王の威圧感に負けないようにケインは出来る限りの虚勢を張った。
「面白いならば、わしと戦いその意思を見せよ!」
 精霊王の力が膨れ上がった。
「ちょっとやばいかもな……」
 ケインは苦々しく呟いた。
 
 そしてライツ達は王都の南に進んでいた。アルの部下の盗賊と行動を共にしてたが他の盗賊ギルドと連絡をとる為、王都を避ける様に迂回しながら西へ向かわなければならないので途中で別れた。王都からはやや近く大きな鐘が印象的な町へ向かっていた。
 連絡はその盗賊達に任せ、ライツ達は女王が隠れている場所へと向かった。そこはどうやら王族の隠れ家らしく、王族以外はいれない為母はここにいるだろうとセレナは言っていた。
「まったくいくら王族しか入れないと言っても、ここで待ちぼうけ食らわせるとはな」
 隠れ家と言っても傍目からは洞窟にしか見えないが。ライツは入り口で三人が出てくるのを待っている間ライツは腕を組んだまま目線を落し考え込んでいた。
 しかし今回の剣は二十年前と関係しているのか? ドラゴンの咆哮の後グロッグがどうやってあのドラゴンの召喚の方法をどうやって調べたのか後を追ってみたがどうしてもぽっかりと空白が出来る。つまり何者かがグロッグに教えたことになるが……それが出来る者となるとやはり……
 念の為、ジェラードに俺の予想を港から手紙で送りつけたから、もしもの時何とかしてくれると思うが……
「結論はいずれ出る……その前に……」
 ライツは目線を上げて約百人近くの衛兵を睨みつけた。
「貴様が王都を破壊し、王女をさらったのか!」
 隊長らしい男がライツを睨みつけた。
「どうやらまだ王が偽者だと気付いてないのか……それとも情報が混濁しているかだな。しかし一人が後を着けているのは知っていたがこれだけの人間が待機していたとはね」
「王女を連れ戻せと命じられている。それさえ達成すればほかの者の生死は問わぬおっしゃられているのだ」
「王女を使って何をする気だ?」
「さあな、だが覚悟はしてもらうぞ。全軍かかれー!」
 百人近い衛兵がライツに向かってくる。
 ライツはその大群を見据え、ギラリと瞳を光らせる。
「二十年間の平和ボケでさび付いた腕を戻すには丁度いい。
 あの全盛期の頃に戻す為に練習台になってもらおう」
 ライツはまるでシュバルツのような口ぶりで剣を構えた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 ライツの怒号が響く。ライツの剣は相手の攻撃を防ぐ盾となり、相手の剣をたたき折る斧と化していた。
 ライツの拳と脚は衛兵の鎧の隙間を縫う様に打撃を与え昏倒させていた。
 しかしライツとはいえ至難の技だったが……ライツの本能的な目覚めがはじまっていた。
 いいぞ、この身体の細部まで行き渡る感覚。全身に相手の気配を感じる。まるで上空から見下ろしているみたいだ。このままどんどん昔の感覚を取り戻せる。
 ライツは殺伐とした戦いを弾き飛ばすかのように喜びを感じまるで舞を舞うがごとく敵をなぎ払っていた。
「げは――」
 衛兵の一人が絶望感と共に倒れたと同時にライツのは舞武は終わった。たった一人の隊長を残して全て倒した。一人も殺さず。
「ば、ばかな。こんなこと出来るはずがない。悪魔か神でなければ……」
「いや、不可能じゃないよ。勇者ならね。いやお前には盗賊勇者と名乗った方が良いかな?」
「ばかな!
 そんなことがあるはずがない。二十年前の人間のはずだ! だんじて違う!」
 剣がライツを襲う。
「ごは!」
 ライツは紙一重で避け、相手の胸元を突いた。
「そ、そうだ見たことあるぞ。二十年前ドラゴンに乗った男にうり二つ……俺はその勇者にあこがれ兵になることを志願……し……」
 そう言ってライツにもたれかかり気絶した。
「お前にもわかる時が来る。真実をな」
 ライツは気絶した男を地面に寝かせた。
「うわっ、なにこれ!」
 セレナが驚きの声を上げる。
「お、戻ってきたか」
 セレナの後ろには二人の、ライツと同年代の女性が姿を現した。
「またなんかやらかしてみたいね」
 きりりとした眉目のととのい快活そうな顔立ちの女性――フィアが腰に手をつきながら呆れていた。
「ライツさんはいつもトラブル作りますからねぇ」
 腰まで届きそうな長い銀髪にほにゃーんとした顔つきの女性――ミルカがにこやかにのんびりとした口調で呟いた。
「おまえらな……」
 二人の言葉にじと目でライツは睨みつける。
 二人ともライツと同じように二十年前とほとんど変わっていない。
「まったくどうやら俺は王女の誘拐犯にされているみたいだな」
「でも、それはあながち嘘じゃないわよね。実際二十年前、王女をさらったもんねー」
「それではライツさんは立派な犯罪者さんですねー」
「おまえらなー」
 フィアとミルカの言葉に頭を抱える。
「さすがの勇者も形なしね……」
 少し勇者の見方を変えようと思うセレナであった。
「とにかく王都に行くぞ」
 
「ぐはっ!」
 ケインが吹き飛ばされる。
「どうした、お前の力はこんなものか?」
「ぐ、イテェ。なんでこんな目にあわなければならないんだ。自分の為じゃなく人の為に」
 ケインはまだ精霊の剣を譲り受ける為には当分先のようであった。
 
 そしてライツ達は王都に着いたが……
「まるで廃墟だな……」
 王都ではあちこちの建物が崩れ燃え残った灰だけが残っていた。ただ城だけが不気味にそびえている。
「ほう、こんなところに人間が来るなんてな!」
 ライツ達の頭上から声が響く。崩れかけた建物にたっていのは体中が真っ赤な服を着た残虐な笑みを浮かべた男だった。
 
「なんだこれは……」
 西の町についた盗賊はゆっくりとつぶやいた。盗賊の前には小さなな山があった幾重にも折り重なった人の山が。まるで最初からそこにあったように高々と積み重ねられていた。
 その傍らに花の残骸が入った籠が赤い水たまりに浮かんでいた。
 ゆらゆらとゆらゆらと――
 
「何者だ貴様は?」
 ライツは相手の殺気を受け流すように聞いた。
「中々骨がありそうで楽しめそうだな」
 男が軽く腕を振った。
 びちゃっとライツの顔になにかがつく。ライツはそれを腕でぬぐうと赤いものがべったりと張りついていた。
「これは……!」
 男が赤い服に見えたのは全て返り血であった。青い服が赤く血で塗りつぶされていた。
「貴様……その姿は……」
「ひゃははははは、似合うだろう。最高だったぜ」
「貴様……」
「俺達にとって所詮遊び道具だろ。簡単に潰れる脆いおもちゃなんだからな」
 ライツは男を睨みつける。
「やはり貴様魔族か……」
「え?」
 セレナ達の疑問に答えたかのように男が答える。
「よく分かったな。だとしたらどうする?」
「貴様を滅ぼすだけだ」
 ライツは剣を抜き男に突き進んだ。




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