アリオスト王国、港町フーリー。そこにはいつもの活気はなかった。
まだ闇に包まれていないもののその脅威に人々は恐れおののいていた。魔族が現れていたということが人づてで知られている。
そんな中、ジュエム皇を筆頭にデラス皇国の魔法騎士団が到着していた。王都へ向かう為である。その情報は盗賊ギルドに伝わり、いまや盗賊王と呼ばれるアルの耳にも届いていた。
「どうしやす? お頭。勇者の言ったように協力しやすかい?」
その言葉にアルは小さな溜息をついた。
「いや、ジェラードからはまだなんの連絡もない。それに協力しようとも断わられるだろうな。
ところで他のギルドからの強力しようとしているのは何人くらいだ?」
「二百弱といったところですかね」
「その程度か……いくらお師匠様の名とアリオスト帝国からの報奨金でつっても無駄か」
勝てる見込みがないのは周知の事実であり、ギルドの人間が数百いや、千以上集まったとしたらアリオスト帝国が一人一人払える報奨金の額はたかが知れている。
勇者ライツも二十年前、報奨金の話しをしても協力的ではなかった。もっともその後、それ以上のモノを盗賊らしく城に忍び込み奪っていったが。
「その事なんすが……ジェラードの使いが大きな荷物と手紙を持ってきたのですけど……」
「早くそれを言え!」
アルは怒鳴りながらその手紙をひったくった。
「…………………………………………………………………………………
ふ、ふふふふふふふ。あははははははははははははははははははは。
中々面白い事考えるじゃねーか。確かにこれなら対抗できるかもな。
おい、今すぐこの文面を伝え、協力を申し立てるヤツラをフーリーに集めろ!」
闇に包まれていない町にいる盗賊ギルドに伝令を回した後、デラス皇国の後をつけるようにアルは届けられた荷物を持ちながら王都へと目指した。
そしてケイン達。
「はあ、そうなんですか……」
アクアは分かったような分からないようないまいち不安だが、一応うなずいていた。
「でも、そんなに昔ならのんびりとその時代まで待つのが良いんじゃありません?」
「そうよねー。それが一番よねー」
アクアとティピはにこやかに笑いあった。
「おまえら…………どれくらい生きるつもりだ?
しかし、魔界を作り出すなんてことよく出来たな……魔族はそんなこともまで出来るのか?」
ケインはベッドへ視線を向ける。
アクアの質問攻めでベッドの上で半分死んでいたライツはなんとか頭を起こした。
「あー、悪いがそれは三人が見付かった後にしよう。どのみち話すことになるんだからな。
それより武器が欲しい。お前は精霊の剣があるから良いが俺は完全に手ぶらだ」
「そういえばアクアはダークエルフなのに大丈夫なのか? よくうろついても平気だったな。二十年前なら殺されてもおかしくないのに」
二十年前はダークエルフは邪悪の筆頭とされ、町の中をうろつこうものなら殴り殺されてもおかしくなかった。それが改正されたのは最近な為、知識に疎いケインでも知っていた。
「この時代はなんでもかんでもごっちゃみたいだったな。何が邪悪かなんて決まるのはウリエス暦に入ってからだ。元々ウリエス暦は血の歴史と言われている」
「血の歴史?」
「ああ、エルフ狩りを筆頭に、小さな小国が戦争をはじめたのをきっかけに世界中が戦乱に満ちた千年戦争。
その後、大きな戦争はなくなったもののあちこちで大陸ごとの戦乱が起こっていた。
そして百五十年前、大陸の一つを制したブレイ=シーバがアリオスト王国を建てたということだ。
それから二十年前のドラゴンの咆哮。とどめに今度は魔族との戦いだ。まさに血で血を洗う戦いの歴史だな。
で、ケイン、おまえはどうするんだ?」
「はっ?」
「『はっ?』じゃねぇよ。精霊の剣を持っているということは勇者の証みたいなものだろ。
勇者になる気になったのかと聞いている」
「…………なんかなし崩しになったというか……精霊の剣に惹かれたというか……まだ決めてねぇけど………………………」
その意図を読んだのか、ライツはニヤニヤしながら。
「なるほど……王女に惚れたな?」
「ちがうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
真っ赤に顔をほてらせながら説得力のない否定の言葉を叫ぶ。確かにケインはセレナに惹かれていた、強烈というかわけの分からない第一印象のせいもあるかも知れないが。
「まあ、それを半分といっところか……」
ライツは急に真剣な顔つきになり、少し遠慮したように話しだした。
「昔お前に聞かせたな……俺がミルカに協力した訳を……」
「ああ、親父がガキだった頃グロッグのせいで村を滅ぼされて両親を殺され、姉と離れ離れになった。もしそのままグロッグを野放しになっていたら自分みたいな人間がでると説得されただっけ?」
ライツは未だにその悲惨な光景を覚えている。そして再会した姉の姿も。だからこそライツは戦乱を嫌っている。それを止める為に全てをかけていると言ってもいい。
「だいたいそんなところだ。お前自身その話が色濃く心に残ってるんじゃないのか?」
必死でメモしているアクアを横目で見ながら、
「自分がそんな目に会わないための防御策として」
「…………そんなこと分からねぇよ」
「別に人の為に戦えなんて言わないが……せめて自分を守れる戦いをしろ。
答えは元の時代に戻れるまでに待ってやる。
それにお前は俺よりもマシな勇者になれるかもな」
「どういうことだ?」
「勇者は強い力もあるがもっとも弱い存在でもあるということだ。実際俺は幾人もの死によって守られた……実際、お前が精霊の剣を手に入れてなかったら、俺達四人とも死んでいたぜ」
ケインは言葉が出なかった。そういう生き残る直感というものがあるのだろうか……
実際この状況で不安を感じない。いや、ライツが感じさせなかった。ライツなら何とかしてくれるという頼もしさを感じていた。
もともとケインは父には不快感を感じることが多かった。ケインが知っているライツは日がな一日、本を読んでいてのんびり暮らしているだけであった。それでもライツの偉業を知っているものはライツの過去の栄光を称えている。
ライツの息子というだけでうらやましがられることも多くない。何をやっても父の名がついてまわる。それに嫌気がささないはずがなかった。
しかし今の父の姿を見るとなるほどと、うなずくしかない。今ケインの瞳はライツを尊敬すべき相手として見ていた。
「とにかくここの宿を引き払って情報を集めないとな」
考え込んでいるケインに納得したのか、ライツは『ニッ』と笑った。
「うーん……」
ライツは武器屋の前でうなっていた。
「これがこの店で一番良い剣か……」
ライツが手にしたのはなんの変哲もないただの剣であった。それでもアリオスト帝国でもらった剣よりはいくらかマシだが、とても魔族と対抗できるほどではなかった。
「神話とされる時代だからもしかしたらものすごい剣が売ってるかも知れないと思ったが甘かったな。まあ、ないよりマシか」
店主に剣の値段分の宝石を渡した後、更に少しこぶりの宝石を更に手渡した。
「これよりももっと良い武器と何か情報が集まる場所を知らないか?」
「それなら砂漠のバザーに言ってみてはどうでしょう」
「ばざー?」
「世界各地で集めた色々なものを売っているはずです。それに冒険者も多いはずですから色々と情報が手に入るかと」
「なるほどね……」
そしてケインとアクアはアクアの服を探していた。これからきびしい旅を共にする身、アクアには辛いことになるだろうからとアクアに合う服を探していた。
「へぇ……」
ケインは簡単の溜息をもらした。
アクアが着ているのは青の法衣。少し厚着みたいな感じだが、褐色の肌に溶けこむ様になじんでいる。
ケインはそのアクアの姿に見とれていた。
「あ、あのどうですか?」
「え? ああ、とっても似合っているよ」
アクアの言葉に我に返って慌てて誉めた。
「親父剣が買えたんだな」
「たいした剣じゃないがな。
それより次の目的地も決まった。ここからずっと西へ向かった方角に砂漠がある。
そこで近々バザーがあるらしいな。そこで情報を集めれば何かわかるかもな」
ライツが説明していると、
「モンスターだ! モンスターが出たぞ!」
一人の男が叫び声を上げた。
「モンスターだって?」
ケインの言葉にライツは答えた。
「この時代は害のあるモンスターは存在していた。今では絶滅されたがな。俺達も行くぞ」
町外れに大きな狼と言った感じであろう。それが六匹ほど声をうならせていた。
「てえぇぇぇぇぇぇぇぃ!」
ケインは精霊の剣を振るがことごとくかわされる。
「動きがすばやいからちゃんと狙わねぇと簡単にかわされるぞ」
「分かってるよ、だけど当たらねえんだよ」
「ちっ」
舌を鳴らしたライツが、すばやい動きで次々とモンスターをなぎ払う。
「これぐらいの敵ならこの剣でも十分か……っと五匹目!」
「あのバカ! ぼぉっとしてんじゃねぇ」
「へ?」
ケインの声でやっとアクアが自分の置かれた状況に気付いた。
最後の一匹がアクアを狙っていたのだ。
「しまった!」
ケインもライツもアクアから離れていた。今から駆けつけてもアクアはモンスターにかみ殺される。
モンスターがアクアを襲おうとした瞬間、モンスターはバラバラになった。
「ケインやっと見つけた。って、なんでアクアさんがいるの?」
セレナ、フィア、ミルカが姿を現した。そしてモンスターを倒したのは一人の騎士であった。
ライツはその騎士の姿を見た瞬間、驚きで剣を落とした。
「も、もしかして……」
モンスターを切り倒したのは最強の騎士の証であるドラゴンの騎士の称号を持ち、そして後に勇者として語り継がれる人物。スピリチアム=ブロッサであった。
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