勇者へのエチュード
--  第十六話 姉弟 --
                                    作:木村征人



 魔王の拳の衝撃でケインが吹き飛ぶ。
「なんで魔王が魔族がそんな姿していやがる」
 魔王カオスの姿は闇色の衣をまとっているが、その姿はまさしく……
「なんでなんでスピアーの姿をしているんだ!?」
「この身体の持ち主はスピアーというのか。くくく、この身体は良いぞわしに良くなじむ……」
 カオスの拳を精霊の剣を盾代わりにして防ぐがそのまま吹き飛ばされ壁に激突する。
「駄目だ……強すぎる。このままじゃ……」

「ね、姉さん……」
 ライツが茫然と立ち尽くした事により兵達がざわめき始めた。
「お、おい。姉さんだって……どういうことだ?」
「そういえば聞いた事がある。まだ勇者になる前、ミルカを助けに城に侵入した勇者が四将軍の一人に助けられた人こそ勇者が長年探しつづけた姉だって……」
「お、おい。それじゃあ……」
「いや、その後死んだって聞いたけど……まさか……まさか……」
 それ以上のことは誰も口にはしなかった。あまりにも哀しすぎる事を直視しなければならないからである。
 しかしその沈黙を破った人間がいた。誰でもない当のライツであった。
「たとえ……たとえ……俺の姉さんだとしても今は俺の敵だ!
 だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 ライツはジェノバに斬りかかる。
「大丈夫でしょうか?」
 ミルカが心配そうにフィアに聞く。
「大丈夫なわけないじゃない。あのバカ!」
 フィアが悔しそうに爪をかむ。
 ライツとジェノバの剣による攻防が激しさを増す。まるで結界のごとく剣が飛び交い斬撃が二人を包む。
 周りの兵士はおろおろしながら事の成り行きを見守っている。その内の一人がフィアに聞く。
「ならば勇者の手助けをしなくてはならないのでは」
「超一流の剣の使い手である二人が放っているあの剣風に飛び込むつもり? あなたたちが束にかかっても指一本触れられないライツより強いのよ? シュバルツよりも力は強く、ライツよりも速い、剣技は人知を超えているわ。
 近寄った瞬間バラバラにされる」
「それでは私達は手が出せないのですか?」
「ええ、だから私とミルカで剣の力の関係ない魔法でライツを助けるわ。そろそろライツも限界みたいだし……」
「それはどう言う……」
「ライツさんは姉と戦うということで動揺しているという事ですね」
 兵の問いはフィアの変わりにミルカが答えた。
「ええ、その動揺がいずれ――」
「うわっ!」
 ライツが足に地面を取られ、バランスが崩れる。
「――大きな隙が生まれる」
 バランスが崩れた所を狙い済ました様にライツの胴を薙ごうとする。
「くっ!」
 ライツが身体をひねってなんとか避ける。だが避けきれず腹に傷を負う。
「あぐ……うぅ……ゴフッ!」
 ライツが痛みでもだえ血を吐き出す。内臓を損傷していた。その瞬間、フィアとミルカが魔法を放つ。
「いくわよ、ミルカ! 烈風の翼」
「槍刃破!」
 二人並んで同時に風と空気の魔法が刃のごとく一直線にジェノバに襲いかかる。
 ジェノバは低く構え、
 ジャリ!
 剣を振るうと同時に砂を擦り付けたような音が鳴りジョノバの遥か背後で二人の放った呪文が地面が吹き飛んだ。
「そ、そんな! 剣で魔法を切り崩した間をすり抜けたの!?」
 剣で魔法を斬ることはできないが、自然現象で起きるものは魔法は干渉してしまう。ジェノバはそれを利用して、剣のよる衝撃破で二つの魔法の一部を削り落とし元々二つの魔法で出来ていた隙間を更に広げその間をすり抜けた。
 たとえライツでも不可能の、魔法の軌道を読み、人知を超えた剣技と体術をあわせた神業をやってのけたのだ。
 そして今度こそライツに止めを刺そうとジェノバは歩み寄る。
「ま、まずい……勇者をお助けしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお」
 誰かの一声で数十人の兵達がジェノバに向かう。
「ば、ばかな。お前らじゃ無理だ。やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 ライツの叫びもむなしく。

 ガギュン!!

 風切り音と共に兵達の剣が砕け散る。その一瞬後、
「くぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
 鮮血を吹き上げながら倒れる。
「勇者様……私達では……あなたのお気持ちはわかります……ですが……ですが――グハッ!」
 グシャとジェノバが即死を免れた兵に止めを刺す。
「ああ、あ・あ・あ。バカヤロウ……なんでなんで………………」
 フィアとミルカがライツに駆け寄り回復魔法をかける。
「ライツ……私達が……必ず!」
「ライツさんはここにいてください。私達が――あ、ライツさん」
 ミルカとフィアの制止を聞かず再び剣を構える。
「似ているな……あのころの状況に……水晶となったウルズ姫に……
 今回も駄目なのか……俺にはまだその力がないのか……助けることも出来ないのか……
 姉さんを救うことはおろか倒すこともできない……俺は二十年前と何も変わってないじゃないか……変わることが出来たはずなのに……変わったと思っていたのに……」
 ジェノバが頭上から剣を振り下ろす!
「ライツさん!」
 ミルカが叫び声を上げる。
 ガン!
 重い金属をぶつけたような音が響く。
「そうか……お前が力を貸してくれるか……」
 ライツは風牙の剣を魔法の杖の様に構える。

 ルオオオォォォォォォォォォ

 ライツの心に呼応する様に風牙の剣が風を巻き起こす。
「!」
 ジェノバの気配が初めて動揺する。風が竜巻になりまるで鎧の様にライツを包み込む。
「大いなる自由なるもよ……全てを解き放つものよ……」
「ライツが呪文? それも精霊魔法の!?」
 フィアの疑問にミルカが答える。
「いえ、ライツさんが唱えているというより、剣の言葉をそのままライツさんが代弁している感じがします。剣がライツさんに呪文を教えているのではないでしょうか?」
「そんなことってあるの? 剣が意思を持っているというの?」
「はい……風牙の剣に精霊がいればもしかしたら……」
 フィアの意思を持つ剣、ミルカの精霊が宿る剣という答えは的を射ていた。
『真の武器は人を選ぶ、あの剣は二人のどちらを選ぶのかの』
『精霊の力を封じ込めている剣がこの世に数本ある。その中の一つがこれだ。この剣には風の精霊シルフが封じ込められている』
 遥か時を越えてその言葉の意味がついに真実となった。

 ガンガンとジェノバは何度となくライツに剣を振り下ろす。しかしその全てが風の鎧に弾き返される。
「動揺? いいえ苦しんでる……ジェノバさんが苦しんでいる。それでライツどうするの? ここからどうするというの?」
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 ジェシカが獣のような咆哮を上げる。
「……今我と共に大いなる自由の力を示し、縛り付ける鎖を全て切り裂け!
 風牙の剣よ!」
 ライツを包んでいた竜巻が広がりジェノバをも包み込む。更に風は勢いを増し二人の姿が見えなくなる。
 風はやがて徐々におさまり、完全に風が消えていたころにはライツはジェノバを抱き起こしていた。
「姉さん…………」
 ライツの頬にジェノバはゆっくりと触れる。
「ライツ……ありがとう。あなたが私を助けてくれたのね……」
 風牙の剣はライツの想像以上の力を持っていた。束縛を許さない剣。自由なる風を呼び起こす風牙の剣の真の力であった。
「それじゃあ今までのことは全て……」
 ライツはジェノバの手を握り締める。
「ええ、覚えているわ。でもどうすることも出来なかった。ごめんなさい……わたしのせいで辛い思いをさせて……私はあなたを助けたかった……」
「……ほら見てよ姉さん……」
 ライツはペンダントを首から外しジェノバに見せた。
「ほら、昔姉さんが母さんからもらったものだよね。その頃俺も欲しいって駄々こねて、姉さんを困らせてたから俺はよく覚えていたよ。
 あの時これを俺に渡して助けてくれたじゃないか! そのおかげで俺はこうして生きていられるんだ。姉さんは俺は助けてくれてたよ」
「ライツ……ありがとう……ライツずっと会いたかったわ……」
「おれもだよシーラ姉さん。ずっと会いたかった……」
「ねえライツ……父さんと母さんに私は会えるのかな……」
 そう言ってジェノバはゆっくりと瞳を閉じた。

 シルバにレインとフィアが対峙する。
 シルバが呪文を唱える瞬間。
「荒ぶる吹雪を! セルシウス」
 吹雪がシルバの足元が凍りつかせる。その隙にレインは近づき呪符をかざす。
「再び無に帰れ!」
 ゴウッ!
 レインの呪符の魔法でシルバが跡形もなく吹き飛ぶ。
「なるほど……中々やるね……でも、僕を倒すのは無理だね」
 ゾウザがやれやれといった感じで呟く。
「たわ言を!」
 レインが呪符を振りかざすが、
「遅いよ!」
 ゾウザが瞬時に真横に回りこむ。
「なに?」
 ゾウザの鎌がレインを引き裂こうとする瞬間、
「サラマンダー!」
 セレナの精霊魔法の炎がレインとゾウザの間に割って入る。
「結構良いコンビーネーションだね。呪符の発動の瞬間意識を集中する隙を狙ったんだけどね」
 鎌をぐるぐると回す。
 レインとセレナが小声で話す。
「さすがに魔族だけあって普通の人間の戦い方では通用しませんね」
「なにか良い方法ないの? 私の精霊魔法でも簡単にかわされそうだし」
「一応手はあります……」
「なに?」
「この五枚の呪符で五望星を作り、その集中された魔力を発動させれば……その中心にいる相手を跡形もなく吹き飛ばすことが出来るんですが……」
「だったら!」
「しかし私のやろうとしていることがばれてしまうと呪文が発動する前に止められるか避けられるかされてしまいます」
「だったら……私が引きつけるわ……」
「なにか手があるんですか?」
「ええ。ただしあいつがあれと同じくらい単純だったらの話しだけど……だから念の為に……」
「内緒話は終わったかい?」
 ゾウザがバカにした様に笑う。
 私達の事をバカにしているところがねらい目ね……
 セレナは思い出していた。つい最近のことだがはるか昔の様に感じる魔族に対する勇者の戦い方を。





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