アルの身体に次々と赤い線が浮かび上がる。
「ちっ、奴はさっきから動いていない。何かが高速で動く武器を使っていやがる……一体……」
アルのこめかみに向かって高速でなにかが飛来する。
ガギッ
アルのこめかみに突き刺さる直前で素手で受けとめる。衝撃で手の平の皮がずりむけるがその甲斐あって、正体が分かる。
「糸付きのクリスタル……?」
そういえばお師匠様は昔、クリスタルに魔道具の糸をつけた敵と戦っていると聞いたが……
「ふふふ、私達は失った身体を一時的とはいえ死んだ人間の身体を借りているのですよ。この男はこのクリスタルを武器として使っていたらしいですね」
またしても昔ライツが倒した男が二十年の時を経てその弟子であるアルに立ちはだかった。
「まあ、死体を作り出していたゾウザが死んだ今この身体は長くは持たないですが……この世界を魔界に変えたおかげで徐々にですが力も戻ってきています。
こういう風にね!」
シゲンが腕を振るう。
「うおっ?」
猛烈に沸き起こる突風がアルを吹き飛ばす。
「駄目よ……やっぱり魔族にかなうわけないじゃない……」
牢屋の中にいた女性がうなだれる。
「あきらめてんじゃねぇ!」
アルが立ち上がる。
「俺のお師匠様はどんな事があっても立ちあがってきた……。
俺はそんなお師匠様を側で何度も見てきたんだ。だからこそ俺のお師匠様は盗賊でも――勇者になったんだ!」
アルが再び剣を構えた。
「なるほど盗賊勇者の弟子ですか……」
「え……」
アルとシゲンの言葉に牢屋にいる皆が驚く。
「ですが、あなたは勇者ではない……その程度の人間が私に勝てると思っているのですか?」
シゲンがクリスタルを投げつける。
「悪いが俺も同じ武器を持っているんでね」
ライツから渡された短剣は二十年前ライツが愛用していた魔道具の糸がつながれた短剣である。柄の尻が外れる様になっており魔道具の糸がつながっている。
アルが糸を持ちながら短剣を投げる。シゲンの投げたクリスタルとぶつかり火花が散る。しかしアルの短剣は叩き落され、クリスタルはアルに向かってくる。
アルがクリスタルを避ける。短剣を手元に引き寄せアルはクリスタルにくくりつけられた魔道具の糸の上に乗りそのままゾウザに向かって走る。
「なっ!?」
シゲンが驚きの声を上げる。確かに魔道具の糸は数トンの重さをも耐えられる為、アルの体重を支えられるだろうが、尋常ではないバランスが要求される。シゲンもまさかこのような事をするとは思いもよらなかったであろう。
「俺の勝ちだ!」
アルの剣がシゲンの首を跳ね飛ばす。普通の剣なら魔族であるシゲンに傷一つつけられないが、ライツから渡された剣は魔道具の糸と共に魔法の付加がある為、魔族にも通用する短剣となっている。
「おお!」
二人の男女が驚きの声を上げる。
「ふぅ、なんとかなったな……今牢屋を空けてやる。その程度の鍵なら俺でも空けられるからな」
しかし、アルの背後にシゲンが忍び寄る。
「危ない!」
女性の声に反応し間一髪シゲンの攻撃を避ける。
「ちっ、魔族だけあってさすがにしぶとい」
アルはジッとシゲンを見据えている。自分の首を抱えているゾウザの姿はさしずめ伝説の首なしの魔物デュラハンの様であった。
「この程度ではさすがに死にませんよ。ですが、やはりゾウザが死んだのが響いていますね。完全に力が戻らないというのは中々不便なものです」
そう言いながら自分の首を元に戻す。
「私は確かに戦闘向きではないですが、あなたを殺すくらいなら出来ますよ」
ゾウザが振るう腕を剣で防ぐ。確かにリーゾの様に力もなければワイズの様にゴーレムを操る事もできない。しかしほとんど攻撃力の持たないアルにとって強敵であった。
どうする? 俺の動きで撹乱できるが、こう狭い通路だとほとんど直線しか動けない…………まてよ、この短剣を使えば……やるしかないな。
「だったらこれならどうかな!?」
アルが煙ダマを投げつける。辺りが煙に包まれる。
「無駄です。あなたが突っ込むのも計算のうちです。人間の走るスピードもね」
煙の中からアルが姿を現す。
シゲンが狙い済ました様に構える。しかしいきなりとアルのスピードが上がる。
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
タイミングを外されたシゲンは動けず、アルがショートソードで横薙ぎにシゲンを斬りつける。
両腕で剣を防ぐがビリビリビリとシゲンに衝撃が伝わるだけでシゲンに傷を負わせる事はできない。
「ちっ、短剣と違いただの剣だからな……だけど、があぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
バギンとショーとソードが砕ける音と共にシゲンが牢屋の鉄柵に叩きつける。
「何故だ? 何故人間の走るスピードを越えた」
シゲンの問いにアルは腰から糸が伸びている。地面には短剣が突き刺さっている。
「そういうことですか。魔道具の糸で吊るされる形で移動していたのか……道理でただの剣で斬りつけたわけだ。だが、ただの剣では魔族に傷を負わせるのは不可能だ残念ですね。
――なに!? 貴様ら!」
「早くとどめをさせ!」
二人の男女がシゲンの身体を捕まえる。
「お前達は一体……」
アルが驚いて呟く。
「こんな格好じゃ分からないのは当然ね。私は四将軍の一人、シルフィード」
「同じく、アゼル」
「最もなんの役には立たなかったけどね」
シルフィードの言葉にアルはフッと笑う。
「……いいや、十分だ!」
アルが剣を振りかざす。
「やめろ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
シゲンが叫び首を左右に振る。眼鏡が通路の隅に落ちる。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
シゲンを脳天から真っ二つに断ち切る。
それと同時に二人は手を離す。ドシャっとシゲンの体が倒れ伏す。
「はぁはぁはぁ、やっと倒した」
アルが膝を着く。
「ねぇ、勇者が来ているって本当?」
「ああ、今表で魔族の軍団相手に世界中の兵達を指揮しながら戦っているはず――がっ!」
いきなりアルが吹き飛ばされる。その衝撃で手に持っていた短剣を手放す。
「ここまで出来るとは私の計算外のでしたね。ですが、不死身の私には効きませんよ」
「不死身の魔族だと……そんなバカな……」
四将軍の男がうなだれる。
不死身だと……どうすれば……待てよ……ドラゴンの咆哮の後、俺の修行をしてくれたときにお師匠様が……
「お師匠様、なに読んでいるんですか?」
「ああ、ヒロイックサーガだ。いいねぇ、伝説の英雄の物語と言うのは……」
「お師匠様……」
アルは呆れていた。伝説の英雄の物語りを伝説となっている勇者本人があこがれている。結構間抜けな話である。
「面白いですか?」
「うーん、そうだな……もし死なない相手が敵としたらどうする?」
「それはゾンビとかスケルトンとかのアンデットのことですか?」
「違うな……斬っても傷をつけても死なない敵がこの本には宿敵としてでている」
「へ〜、それでどうするんです?」
「弱点を探し出した」
「はっ?」
「よくある手だ。死なないということはどこかに絶対的な弱点があるもの。
たとえば人形が置いてある部屋で戦闘したと言う展開があるとする。そこで人形だと思っていたほうが本体で、本体と思っていたほうがフェイクで人形とかな。
まぁ、敵の様子をよく見てみろと言う教訓だな」
そう言ってライツは笑った。
敵の様子か……俺が奴を切り裂く瞬間まで確かに怯えていた。本当の不死身がそんなことするはずがない……だとしたら……
「だ、駄目だ……勝てるはずがない」
アルは突然膝を着いた。
「フフフフ、いいですね。その絶望した姿」
後三メートル……
「来るな! 来るなぁぁぁぁぁ!」
アルが後ずさりする。
もう少しだ……
「所詮人間はクズなのですよ!」
シゲンが腕を振ってアルをまた吹き飛ばす。
よし!
「ぐあ!」
アルがもんどりうって倒れる。
これが奴の弱点のはず……短剣がない今俺の手で壊すことが出来ない……だったら!
「こ、殺さないでくれ……」
「いい怯え方です。どんな悲鳴を聞かせてくれるか楽しみです」
アルの目の前で拳を振りかざす。
メギッ
何かが壊れた音と共にシゲンの拳を手の平で受けとめる。
「な、なにをした?」
「勇者が昔教えてくれたよ。不死身を名乗るほど絶対的な弱点を持っているってね。これだろ? おまえの絶対的弱点は」
そう言ってひしゃげた眼鏡をちらつかせる。
「ぐ……ぬ……貴様……」
シゲンが顔を押さえる。
「お前に気付かれない様にするのに苦労したけどな……」
アルはシゲンの脇を抜け。短剣の下へと走る。
「たかが……人間ごときに……この私が……」
その言葉を聞いてアルはにやりと笑う。
「教えてやるよ。こういう時はな、『たかが盗っとごときに!』って言うんだよ!」
アルは短剣でシゲンの眼鏡を貫いた。
「盗っとごとき――盗っとごときに……ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
ズブズブとシゲンが溶けていく。
「ふぅ……今度こそ本当にくたばったか……
ここの牢屋をさっさと開けてお師匠様の息子の手助けに行くとするか」
アルは牢屋の鍵を開けにかかった。
「たぁ!」
ケインは斬撃を繰り返す。ゾウザが消滅したせいでカオスが動きが鈍っているのだがケインの攻撃は全て防がれている。
「愚かな……」
カオスが精霊の剣を掴む。剣ごとケインを投げ飛ばす。ケインが壁に叩きつけられる寸前、フワッと身体が浮く。
「これは魔法?」
その魔法を使ったのはもちろん、
「勇者どの、私も手助けします」
レインが呪符を構えながらケインに言った。
そしてすっかりその存在を忘れ去られているセレナは……城の地下。闇に染まった通路を歩いていた。
「城にこんな地下通路があるなんて聞いたことないけど……」
目の前の人影に気付きぴたりと脚を止める。
「な、なんであなたがここに!?」
セレナはその意外な人物の存在に驚いていた。
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