----- 放浪勇者----- |
作:木村征人 |
踊り狂う波と風。アリオスト王国の西の海は外界から遮断された国であった。 しかし……勇者たちと魔族の戦いに現れた時の女神が精霊の力によってその荒れ狂う海を沈めた。 発展途上とは言えこの町は今や東の港フーリーと同じく、西の港アイゼンは今では国交の要として栄えていた。 そして今日もまた西の港から船が出航していた。そして少女が一人。風に揺れる長い黒髪。輝く青碧の瞳。しかし、その姿とは裏腹に活発に見える。歳は十代半ばだろう。まだ幼さが抜けていないが美人といっていいだろう。 長剣(ロングソード)を腰に差し、マントが肩幅までかかっている。マントのせいで見えないが、左肩には大きなショルダーガードが目立っている。左手の中指の指輪がきらりと光る。 少女はこの船に乗り新天地へと向かう――はずだったのだが。 「お金がないのって哀しいね……」 少女は出向する出港する船を港から呆然と眺めながらダーっと涙を流した。 いつまでもここにいても、ただむなしくなるだけなので、近くの食堂で少女はやや遅めの昼食をとっている。 確かにおいしいとはいえないが、安価なせいでまばらだが客の姿も見える。 「はぁ……財布を落とすなんて……」 ため息をつきながらの食事はただでさえおいしくない飯をさらに味気ないものにする。 「ポケットに入ってる小銭だったら家に戻るお金はあるけど、はあ……ついてないなぁ……」 今日何回目かのため息を再びついた。 少女は、伝説が生きたまま残っているこの国では珍しくないいわゆる旅人である。何かにつけてうろうろするという放浪癖があり、ほとんどの場所をめぐり今度は国を飛び出して旅をして回ろうと大金を持って飛び出したのはいいが。 いざ船に乗ろうとしたところで財布がないのに気づいたのだ。 もしょもしょと食事をしていると柄の悪い人間が五人入ってきた。 まばらにいた客もその姿を見ると慌てて飛び出していった。店の主人もそそくさと奥の厨房に引っ込んでしまった。 「なんだ、面白くねぇ。前ははむかってくる奴らもいたのによ」 そう言っていやみな笑みを浮かべる。おそらくそいつが頭なのだろう。周りにいる奴らよりも一回り小さいところを見ると、他の四人はボディガード代わりなのだろう。 なんだかいやな連中が入ってきたわね…… 少女は一瞥するとそのまま無視した。 頭らしき男は店でただ一人のウエイトレスをナンパしている。 「アウナ、俺のところに来ればこんなしけたところでバイトしなくてすむのによぉ」 アウナと呼ばれた女性は露骨にいやな顔を見せるが、そんなことにかまわず肩に腕を回しながらなれなれしく近寄っていく。 「そうだ、そうだ。ロウヤス様の言うとおりだぜ」 取り巻きの三人の男たちが笑う。ただ一人は壁にもたれたまま寡黙に事の成り行きを見ていた。その男のただならぬ力を感じる。 筋肉質でガタイの大きな男だが、無駄な筋肉をそげ落としているせいか、見た目よりずっと小柄な印象を受ける。しかし、相当な威圧感を持っている。 ロウヤスと呼ばれた男はなんと言うか猫に似ていた。下卑た笑みを浮かべるいやらしい猫だ。 さすがにそれを見て我慢の限界なのか、少女はバンとテーブルを叩いて、立ち上がった。 その音に六人は振り返った。どうやら今更ながらにその存在に気づいたらしい。 「いい加減にしなさい。いつまでその下品な顔を見せるつもり!」 少女は鞘を差したままの剣を突き出した。 「ふーん。で、どうする気なんだ?」 男の一人が少女の横に品定めに近寄る。 「ちっ、ガキには用ないんだよ――ぐは!」 さっきよりも怒気をはらんで、剣の柄を突き上げた。それが男のあごに突き刺さりそのまま昏倒する。そしてそのまま剣を抜き構える。 まず一人、所詮は雑魚。だったら私の力でも十分ね。 少女は取り巻きの実力を見て、ホッと息をつく。余計な正義感は余計な事件に首を突っ込むことになる。いい加減そんなことはごめんこうむりたいのだが。 「待て……」 今まで傍観を決め込んでいた男が前に出てくる。 「お前らの手に負える人間ではないようだな。見かけとは裏腹になかなかの剣の腕の持ち主らしいからな」 そう言って男も剣を抜いて構える。 少女は舌打ちをする。 男が構えだけで少女の実力を見抜いたように、少女も男の実力を見抜いた。 「女……先に名を聞いておこう」 「……クリス……よ。ただの旅人のね」 少女――クリスはまっすぐと見つめたまま答えた。 「旅人のクリスか……まあいい。俺の名はジラス。行くぞ」 先に動いたのはジラスであった。狭い屋内のせいで直線的な動きが有利となる。それゆえ先に先手を取ってその優先権を取ろうとしたのだ。 ジラスの突きを紙一重でよける。その隙をついてクリスは剣を振るう。 が、剣を途中で止め後ろへ下がる。一瞬後、クリスの胸先をかすめてジラスの剣が通り過ぎる。さほど大きくない胸が幸いした。 「ちっ、運のいい胸だ」 ジラスが舌打ちする。 「もう少し大きければ当たっていたな」 「すげぇ! なんて胸だ」 他の取り巻き達の言葉にクリスは床に剣を突き刺し、先ほどまで食事していたテーブルを持ち上げた。 「どわわわ、テーブルはやめろ。テーブルは――おご!」 クリスの投げつけたテーブルが男たちを直撃する。 手をパンパンとはたきながら、床に突き刺さった剣を引き抜いた。 「全く乙女に向かって失礼なことを」 乙女はテーブルを投げつけたりしないと思うのだが。 それはともかく、クリスはジラスに眼前まで近づき、一気に間合いを詰める。 クリスよりもガタイが大きい分、小回りは効かない。ジラスの剣をさばきながらクリスの胴を薙ぎ払おうとするが、 「え?」 クリスの剣よりも早くジラスのコブシが腹に突き刺さる。一瞬、息が止まる。クリスは防御の姿勢をとるが再び繰り出された突きに吹き飛び柱にぶつかる。 腹を押さえながら膝を着く。 「剣の戦いでこぶしを使う。女には思いつかないようだったな」 この時点で勝負はついた。 あれを使うにもこんな狭い場所じゃ駄目だし……しょうがないわね。 クリスは剣を鞘にしまい、両手を上げた。 「降参よ、私の負けでいいわ」 ジラスは顎でさし、アウナの横に立たせた。 男たちは下品に笑みを浮かべた。クリスも曲がりなりにも女の子。これから自分の身にろくでもないことが起きることはわかりきっていた。 と、なると取るべき方法は一つしかない。 「逃げるが勝ちって言う言葉もあることだしね……」 クリスは懐から直径十センチぐらいの玉を取り出すと床に投げつけた。 ボウゥゥン 玉が爆発し、大量の煙が噴出す。店内が煙だけになる。 「こっちよ!」 煙の中からクリスの声が聞こえる。 徐々に煙が薄くなっていくと、 「な、何だったんだ一体……げほげほげほ……」 すでにクリスとアウナの姿はない。 「あ、あの女のせいか。盗賊みたいな奴だな……」 ロウヤスはクリスの手際のよさと準備のよさに呆れていた。 クリスは食堂からずっと離れた森林の奥深くまで、アウナを引っ張ってきた。さすがに見捨てるには忍びないと思ったのだろう。 「大丈夫?」 「はあはあ、大丈夫……です……」 さすがにクリスは剣士だけあって、結構な距離を走ってきたわけにもかかわらず、息一つ乱れていない。一方、アウナはへろへろになっていた。 「しかしなんなのあいつらは? 私の胸の……」 クリスは咳払いをする。 「私に失礼なこと言った連中は?」 「そ、それでしたら私の家に来ませんか? ここからだとすぐ近くですし」 なんかほっておくと行き倒れするような気がする。 「ここまで付き合ったんだからしょうがないわね。付き合いましょうか」 クリスはアウナの肩を抱えて、そのままアウナの指差す方向へ歩いて行った。 クリスはアウナの家でとりあえず茶をご馳走してもらった。アウナの村はあまりにも貧相であった。家も畑も強引に作ったように見える。いや、村というより集落のほうがぴったりかもしれない。 「ふうーん、そうなの……大体想像はついたけど」 アウナの説明にクリスは素直に納得した。 要するにここら辺を仕切っている乱暴もの、金にモノを言わせて用心棒を雇っては好き放題しでかす、よくある三流悪役であった。 「はい……確かによくある話なんですけど、私たちにとっては……」 「たまったもんじゃないというわけね。でも、だったら領主(ロード)に言えばすむ問題じゃないの?」 クリスはお茶をすすりながらつぶやく。 「領主は当てにならないんです。あっさり買収されましたし、王にお願いしようと思ったのですが……」 「お客さんかい……?」 部屋の奥から包帯だらけの男が出てきた。身長も高く、顔もハンサムといえる部類だが、完全に憔悴している。 「兄さん……まだ寝てなきゃ」 アウナが兄の体を支える。 「何を言う。客人には挨拶することが礼儀だろう」 強引に笑みを作る。 「でも、そんな体じゃ……」 「確かにそんな体で出てこられても迷惑ね」 クリスはアウナの言葉を引き継いだ後、一気に茶を飲み干した。そして、立ち上がりアウナの兄に近寄ると、 「だから直してあげる」 クリスはマントの中からペンダントのようなものをはずすと、アウナの兄に突き出し、呪文を唱える。 そして…… 「これは……」 アウナの兄は自分の体に力があふれてくれるのを感じた。 「完治してる。あなたは一体……」 アウナの兄はクリスを呆然と見つめた。 「私にはこれが精一杯ね。母は死人すら蘇らせたことがあるらしいけどね」 事も無げに言うクリスの姿には、二人は驚異……いや、神々しさのようなものを感じた。 「それより名前を教えてくれないかしら、その怪我のこともね」 クリスはペンダントを再びマントに戻しながら柔らかな笑みを浮かべた。 ロウヤス達はクリス達のいる場所。つまり、アウナの家へと向かっていた。 「アウナを取り戻しに行くぞ。ついでにあのうっとしいやつらの始末もしに行くとするか」 ロウヤスは獲物を前にしたなめずりする野良猫のようであった。 「なるほどね、その怪我は王に直訴するのを阻止されたときに出来たわけね」 クリスは腕組をしながら憤慨してアウナの兄――アルスを見詰めた。 「はい、兄はそれなりに剣の腕前があったので大丈夫だろうと思っていたんですが。その時にロウヤスがジラスを雇ったのとほぼ同時期だったんです。 ジラスを試す意味もあって兄と戦わせたと思います」 「それで見事にアルスさんはやられたわけね。そして、ロウヤスを恐れてこんな山奥でみんなとひっそりと暮らしていると」 クリスは窓際をちらりと見詰める。客人がよほど珍しいのだろう。アウナの家には野次馬が集まっていた。 「ねぇちゃん、ねぇちゃん!」 いきなり十歳くらいの男の子がアウナの元に走りよって来た。 「へっへー、すごいもの拾ったぞ」 男の子が取り出したのは、皮袋であった。 「これ、どうしたの?」 「へっへー、こ――」 「私の財布!」 アウナが男の子に聞くが、男の子が答えるよりも早くクリスが叫んだ。 クリスは財布を掴みかかろうとするが、男の子が財布を抱きかかえる。 「これはぼくのだぞ」 いけしゃあしゃあと男の子が言う。 「私の財布よ、それ」 「お前の物だって言う証拠はないだろ」 シャッ! いつの間にか男の子の手には財布は消え失せ、クリスの手元にあった。 「ひのふのみの……良かったー、ちゃんと全部入ってる」 そう言って皮袋にほお擦りしているクリスに男の子は呆然としていたが、すぐに我に返ってクリスに掴みかかる。 しかしクリスは男の子の額を押さえて近づかせさせない。 「これ、あなたの弟!?」 これと言うのはクリスの手で押さえ込まれながらも「返せドロボー!」とわめいている男の子である。 「え、ええ。コウ、駄目じゃない。ちゃんと財布は返さないと」 アウナはコウを睨む。そこでようやく諦めたのか、 「分かったよ。姉ちゃんの言うとおりにするよ」 そう言って座り込み、すねていた。 「本当にすいません」 アウナはクリスに平謝りする。 「あははは、いいのよ。とにかくお礼はしないとね」 クリスは財布から金貨を取り出そうとするが、 「いえ、いいです。兄の怪我を治してくれただけで十分です」 そういってアウナは断る。クリスは少し驚いたが、柔らかな笑みを浮かべた。 その時、村人の一人が、叫んだ。 「大変だー、ロウヤスがこっちに来るぞ」 その声でみんな、わらわらと自分の家へと隠れる。 「ふぅ、やっぱりお礼はしたほうがいいみたいね。ロウヤスがここに来る通り道で広い場所はある?」 クリスはそう言って、剣を腰に差した。 森が斬り開かれた場所。そこでクリスは待っていた。それほど広くないが、先ほどの食堂よりはずっと広い。ここだけはなぜか樹は生えておらず、さんさんと太陽の光がいやみなくらい降り注ぐ。 「あの……本当に大丈夫なんですか?」 アウナは心配そうにたずねる。一人で行けるといったのだが、アウナは着いてきた。そして―― 「大丈夫だ。いざとなったら俺も加勢するつもりだ」 アルスも剣を指して着いてきた。 そしてロウヤスは食堂と同じ顔ぶれを引き連れてきた。 「また会ったわね」 クリスはまるで友人にでも合うような口調で言う。 「また、貴様か。もう逃がすつもりはないぞ」 ロウヤスが憎憎しげに言う。 「もう逃げないわよ。あなたたちは私が倒すからね」 食堂の時と全く同じに、鞘を指したままの剣を突き出す。 「面白い、お前とは決着をつけたいと思っていたところだ」 ジラスが一歩前へ出る。そしてクリスも一歩前へ出る。 そして二度目の戦いが今始まった。 先に動いたのはクリスであった。真横に動いて、斜めからジラスに突っ込む。 体の軸を回転させ、剣を振るう。それをジラスは避け、反撃に移る前に、クリスは一歩下がる。 そして、ジラスが追撃してくるのを合わせるかのように、クリスは地面に剣を突き刺し、そのまま力を加えて剣を突き上げる。 剣は強烈なスピードで斬り上げる。ジラスは間一髪で交わす。 「地面を剣の発射台代わりにしたか」 クリスのやった事は、砕けて言えば、でこピンと同じ要領である。中指を親指で押さえ、そのまま力をためることによって爆発的な力を生む。 「貴様、場慣れしているな。どういうことだ。さっきとはまるで別人だな」 「さて、それはどうかしらね」 おじい様の言うとおりね、狭い場所でも戦えるように慣れておけって言われたことを素直に聞いていればよかった。 わざわざ場所を選ばないといけないのって確かにつらいわね。 「だが、まだまだだな。俺には勝てないぞ」 加速的な勢いをつけた剣でも、ジラスは避けた。つまり、クリスの剣ではジラスに当てられないと言うことである。 ジラスは剣を構える。 「確かにね……でも、私には奥の手があるわ」 クリスはそう言って、指輪を掲げる。 ビシリと何かが割れる。その光景に皆が目を見張る。空間に亀裂が入ったのだ。クリスの眼前で空間が割れていく。空間の亀裂はまるでクリスに力を注がれていくかのようにどんどん亀裂が大きく広がる。 そして、クリスは左手を亀裂の中に埋める。そして―― クリスはあくまで自然に、そう鞘から剣を抜くかのように左手を引きぬく、その手には大剣があった。 その剣はあまりにも平たく薄く面積が異様に広い剣であった。その形は稲妻を模したようである。しかし、その剣には暖かな光を放っている。 その剣はまさしく―― 「この世界で私だけが持っている魔道具ソウルウエポン。私の心から生まれる、私に最もあった剣。そしてあなたたちにもなじみが深い剣のはずよ」 クリスが二刀の剣を振るう。 「伝説の剣だろうが、二刀流だろうがそのな小細工が通用するか!」 初めてジラスがほえる。クリスは二本の剣を構え、そのまま竜巻のように体を回転させる。 二本の剣が旋風のようにジラスに攻撃を加える。 クリスの戦い方は遠心力を応用して剣の力を増幅させるものが多い。剣を増やすことによって回転の際に出来る隙を減らし、なおかつ攻撃の回数は倍増させるためにソウルウェポンで剣を取り出したのだ。 その証拠に―― 「ぐぅ。ぬぅ……」 ジラスは剣で防ぐことが出来なくなりつつある。 同じ軌道、全く違う軌道が不規則に動く剣がジラスを追い詰める。しかし、それだけではなかった。 「くぅ、大剣だけならともかく、なぜもう一方の剣までここまで重い。まさか――」 ジラスの言葉にクリスは笑みを浮かべる。 「そうよ。この鞘も魔道具よ。形こそ違うけれど原理はソウルウエポンと同じよ。もう一つの伝説の剣をかたどった剣を作り出したのよ」 そう言いながらも一向に攻撃は衰えない。そして―― 「ぐぬわっ!」 ジラスの剣が宙を舞う。 クリスはジラスの首筋に剣を突きつけ、 「今度は私の勝ちね」 と言って、大剣を消し、長剣を鞘に戻した(正確には長剣も消えているのだが)。 「なぜだ? なぜとどめを刺さない。情けをかけるつもりか!」 怒るジラスにクリスは素知らぬ顔でそっぽを向く。 「私は借りを作るのが嫌いなの。食堂の時に私は殺されていてもおかしくなかった。でも、あなたは殺さなかった。ただそれだけよ」 その言葉にジラスは歯軋りする。プライドを激しく傷つけられたのだ。だが、クリスには絶対勝つことは出来ない。そう思えた。 「ぐぬぬぬぬ、ジラス目役立たすが」 ロウヤスが地団太を踏む。そこでタイミングよく領主とそれに仕える衛兵たちがやってきた。 「貴様ら、ここで何をやっている。ロウヤス、これは何事だ?」 黒ひげを蓄え、いかにも上等な服を着た領主が馬にまたがりながらロウヤスを見下ろした。 「おお、領主よ。こやつらは領主を反逆する不当な輩。退治に向かったのですが我らの力では及ばず。ジラスも裏切る始末。どうか偉大なるあなた様の力で裁きをおあたえください」 やたらと芝居がかった口調でロウヤスが言う。 それを聞いて領主はにやりと笑う。 「分かった。衛兵たちよ。こやつらを捕らえよ!」 衛兵たちがクリスに近づく。しかし、二人の男が立ち塞がった。一人は、アルス。 そしてもう一人は…… 「ジラス、なぜあなたが?」 クリスは予想していたのか、落ち着いた口調で言う。 「俺はクリス、貴様に負けた。それに俺の雇い主は俺を首にするつもりみたいだからな。俺はこちらへつかせてもらう。それに俺はいつかまたお前ともう一度戦いたいそれだけだ」 いつの間に拾ってきたのか、ジラスは衛兵に向かって剣を構える。 衛兵たちも剣を抜く。 「ちょっと、待ってください」 一触即発のこの状況。止めに入ったのはクリスであった。クリスはアルスとジラスの間を通りぬけ、衛兵たちの前に立った。クリスは衛兵を睨む。 「あなた達は領主とロウヤスが何をやっているか分からないほどおろかなわけではないのでしょう?」 衛兵たちがわずかに動揺する。 「よく考えなさい。あなた方本当に守るべき人間は領主なのですか? それともこの国に住まう人なのですか?」 クリスが威厳のある言葉で声を出す。 「当然この私に決まっておるだろう」 領主が鼻で笑う。 「よく考えなさい。あなた方はなぜ衛兵になったのか」 「こいつらは反逆者なのだぞ。私の命令に従えばいい」 「何が正しきことなのか、何が悪しきことなのかよく考えなさい」 「小娘の言葉に惑わされるな。所詮口先だけの奴らだ。その剣を振り下ろせば方が着くんだぞ」 クリスと領主の板ばさみに合い、混乱する衛兵たち。そしてクリスは最後に言うべき事を言う。 この言葉で衛兵たちが考えを変えなければ戦うつもりであった。 「勇者だったらどのような行動をするか考えなさい」 その言葉によって衛兵たちの答えは決まった。 衛兵たちは領主に刃を向ける。アリオスト王国で兵を志願するものは少なくとも勇者にあこがれるものが多い。当然クリスも勇者に最も近い所で育ったのでそれは知っている。 「き、きさまらぁぁぁ!」 領主が怒りの声を上げる。 「これが答えです。領主!」 クリスが真摯な瞳で領主を貫く。 「おもしろい、私にはむかうことは国にはむかうになるのだぞ。衛兵! 貴様らの家族も路頭に迷うことを覚悟して置け!」 衛兵たちが苦々しく目を伏せる。 「いいえ、そんな権限はあなたにはありません」 クリスが衛兵たちを押し退け領主に向けて言う。 「貴様、さっきからうっとうしい」 領主の言葉にクリスは『はぁ』っとため息をつく。 「どうやら私を覚えていないようね。それもしょうがないか、父様の顔色ばかり伺っていたから」 そういって、クリスはマントを脱ぎ捨てる。ショルダーガードがあらわになる。それには二本の剣にドラゴンの紋章が彫られていた。 「そ、その紋章は王家の紋章。それじゃあお前は……」 ジラスが呆然とつぶやく。アウナもおろおろしながらも頭を整理しようとしているがうまくいかないらしい。 「アリオスト王国第一王女クラリス=シーバの名に於いてあなたの権限をすべて剥奪します」 その言葉ですべて決着した。偉大なる勇者の血と女神の血を受け継ぐものの言葉であった。 それを聞いて、領主はがくりと肩を落とす。続いてクリスはロウヤスを睨む。 「同様にロウヤスにも何らかの処罰を与えるつもりです」 ロウヤスはただ震えることしか出来なかった。 領主とロウヤスはとりあえず地下牢にぶちこまれた。今まで逆らっていたものを閉じ込めるものだったが、今度はこの二人が閉じ込められることとなった。 「それじゃあこれをお願いね」 クリスはアルスに書状を手渡した。王に領主とロウヤスの処分を求める為である。ジラスも同行すると言うので今度場無事に着けるだろう。 「まさか王女とはな……」 ジラスがぶつぶつと言っている。知らなかったとはいえ、王女に剣を向けたとなれば立派な反逆罪である。まあ、クリスは気にしてないが……戦う機会は二度と来そうにない。 「あ、あの……クラレス王女――」 アウナがそういうと、クリスはパタパタと手を振って、 「クリスでいいわよ。クラレスって言う名前の柄じゃないしね。 それに今はただの旅人のクリスだしね』 クラレス王女――旅人のクリスはそういって笑った。 「それじゃあクリス、あなたは旅しながら世直しでもしてるの?」 「えっと……それはまあ……色々とあるのよ……あたしにもね……」 クリスは口ごもった。さすがに王女がふらふらと放浪グセがあると言うのは言いづらいらしい。そこはさすがに腐っても王女と自覚しているのだろう。 アウナもそれ以上聞かず、少し笑った。 「クリスはこれからどこへ行くつもりなの?」 「とりあえず船に乗って……世界を渡り歩くわ」 そう言って笑顔を浮かべウインクする。 彼女は見知らぬ地へと旅立つ。彼女が勇者と呼ばれるのか否かは、この旅で決まるであろう。 了 |
あとがき すんげー久しぶりです。ここまで書かなかったのは初めてですね。 久しぶりで全然うまくいかなかったです。 クリスと領主の言い合いは逆転裁判のノリで書きました。 それでは出来ればまた近いうちに。 |
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