R.O.D−Fly high−
プロローグ
作:木村征人





 もうすぐ夜が明けようとする頃、東京お台場から少し離れたところ。臨海副都心開発が失敗に終わり、ゴーストタウンと化した。まるで墓石を思わせるような真っ白な廃ビルの二十階に東洋人の二人の男が立っていた。呂という男は身長が低くゆっくりと背中を曲がっており、蛇を思わせる。それとは相対的に呉は身体も指も何もかも大きい。右手に持っているアタッシュケースが小さく見える。
「よぉーこそ! お待ちしてました」
 フロアーの奥から現われながら甲高い声を上げたのは金髪、濃紺のスーツを着た男が現れた。印象としては若い感じだが瞳をサングラスで隠している為、確証できない。その横には頭半分ぐらい小さい黒髪の少年が立っていた。不釣合いな少し大きめのコートを羽織
ながら金髪と同様に瞳をサングラスで隠している。笑みを浮かべている金髪に対して、少年は無表情だったが、アタッシュケースを両手でおぼつかない足取りで運んでいるせいもあって可愛くも見える。
「そこのガキはなんだ?」
 呉が少年を向けて視線を走らせる。
「彼は私のスタッフです。失礼ながら鑑定人でして」
「ほう……俺達が信用できないと言うわけか……」
「ええ、あまり」
 呂の言葉に金髪はさらりと受け流した。
 呉が少年を睨むと少年はそれに怯えるかのようにぎこちない愛想笑いを浮かべた。
「まあいい。こんなガキに構うつもりはない」
「では、さっそく現物を見せていただけますか?」
 呂は三重にロックされたアタッシュケースを開けて行く。ゆっくりとケースを回した。
金髪と少年に見えるように……
 少年はごくっと喉を鳴らして何かをこらえているように見つめている。
「ケース内は常に十五℃。除湿、換気も完璧だ。耐熱、耐水、耐衝撃も全て軍クラスを通過している」
 呉はやや自慢げに言い放った。
「すばらしい気配りです」
 金髪は大げさに手を広げた。
 アタッシュケースの中には黒い皮表紙の金糸で書名が綴られた一冊の本があった。
「『黒の童話集』。一六四二年にアンジェリカ・ラスカートンがスポンサーの貴族の為に書き下ろしたと言われている。童話とは名ばかりでその内容は色本も裸足で逃げ出すエロとグロの集大成。秘匿本だったから、世界でも正真正銘の一冊きりだ」「はいはい」
 呉の言葉に金髪が何度もうなずく。
「しかしどこにあったのですか? ずいぶんと前から行方しれずになってましたが」
「七日前、ユタのタッカー・リングラードが死んだのは?」
「聞いてますが」
「二十年、表にも裏にも出てこないと思ったら、あいつが隠し持っていやがった」
「月並みですが、コレクションは天国まで持っていけませんからねぇ」
「あのぉ……」
 金髪と呉の会話におずおずと少年は割って入った。
「……拝見させてもいいですか?」
 少年は新しいおもちゃを与えられた子どもみたいに瞳を輝かせ呟いた。
「確か、鑑定士だったな。いいだろう」
 少年はサングラスを外した。どことなく中世的な感じがするが、かなり整った顔立ちにしているがどことなく地味に見える。
 少年はゆっくりと本を手に取ると、いきなり抱きしめ……整った顔が歪んだ。
「ふふ、ふふふふふふふふひゃほほほへはふほへひゃほほほふへひゃほふへはへほ」
 いきなり不気味な笑い声を発生させる。
「な、なんなんだこいつは!」
 呉が思わず声を荒げる。
「いや、すいません。彼は愛書狂(ピブリオマニア)なもので。珍しいものを見るといつもああなるんです」
 金髪はクスクスと苦笑していた。
「で、どうですか?」
「え。あ、はい。本物です」
 笑みを浮かべたまま金髪の問いに答えた。
 本物で当たり前だ。呉は憮然とした。これを手に入れる為に百万ドル費やしたのである。
「それじゃあ金を払ってもらおうか」
「どうぞ」
 少年は呉の前にアタッシュケースを置いた後慌てて離れた。
 呂はアタッシュケースを開け、札束の一つを掴み上げた。
「…………………………………」
 呂は札束の一つを呉に突き出した。
「どういうことだ、イギリス野郎?」
 呉の声は冷静だった。冷静を保っているように聞こえた。
 呂が他の束を散らかした。一番上の層以外は皆ただの紙だった。
「見てのとおりですが? 紙です。ただの紙」
「ふざけるな!」
 呉が怒声を上げる。
「本だけ受けとって礼は紙くずか? それが英国人のやり方か、ええ?」
「英国人のやり方は、礼儀と正義です。失礼ですがあなたがたにはどちらも使えない」
「なんだと?」
「この本は今から二十五年前に大英図書館から盗まれたものです。調査によると、盗難に当たったのは東洋系の一団だったとありますね」
「何が言いたい?」
「大英図書館、特殊工作部の名において、当書をあるべき場所に戻します」
 呉と呂は銃を取り出し、呂は金髪に呉は少年に銃口を向けた。
「本を返せ!」
「渡しません。これは俺のものです」
「大英図書館のです」
「俺のだ!」
 呉の言葉を少年が、少年の言葉を金髪が、そしてそれを再び呉が訂正した。
 少年の手が動いた。床に散らばっている紙束を掴む。
 呉が引き金を引いた。大きな銃声が響く。
「なにっ」
 呉が目を丸くした。
 発射した銃弾が少年のかざした紙束に埋まっていた。
 疑う余地はない。正真正銘どこにでもある紙だった。
 少年は紙束を宙に放り投げた。
 ひらひらと紙片はおおきめな紙束となり、二組の間に白い壁を作る。
 次の瞬間、金髪と少年の姿は消えていた。
 宙を舞う紙束はまるでかみそりの様に呂の突き刺さる。
「紙使いだ……
 聞いたことがあるぞ、紙を武器にする特殊能力者だ」
 どこからともなく金髪の声が聞こえる。
「ご存知でしたか、さすがです」
「なめやがって!」
 今度は少年の声が響く。
「あのー、投降したほうがいいと思いますよ?」
「ザ・ペーパー。説得は無意味です。速やかに拘束しなさい」
「勝手なことぬかすな! 誰がてめぇみたいなバケモンに捕まるか!」
「………………あううううううう」
「あの、ウチのエージェントを傷つけないで下さい」
 少年は呉の死角をついて飛び出した。手には紙束を掴んでいる。紙の切れ味は先程、すでに実証済みである。
「ちぃ!」
 呉は完全に意表をつかれた。そして――

 ズルッ ベッタァァァァァァァァン!

 少年は豪快に前のめりにこけた。

 ……………………………………………………………………沈黙。

「………………ば、ばかが!」
 一瞬、辺りの時間が固まったのを無視するように呉が言い放った。
「あたたたた」
 少年が鼻の頭を押さえながら起きると呉は額に銃口を突き付けた。
「やれやれ。修業が足りませんよ」
「……すいません……」
 金髪のと少年の会話は命の危険に直面しているという悲壮感はない。そんなのんびりとした会話は呉には腹立たしい。
「お前も出て来い! イギリス野郎!」
「はい。よいしょ」
 すぐ隣の机の下から金髪が姿を現した。呉のみならず少年も意表を突かれて驚く。
「並べ!」
 金髪と少年は手を上げながら取引開始と同じく二手に分かれて向かいあった。
「殺してやる」
「その前にどうしても投降しませんか? そうしていただけると、後片付けが大変楽なんですが?」
「なにぬかしてやがる! 頭の中まで紙クズか」
「やっぱり駄目ですか。仕方ありませんね」
 金髪が少年に目配せした。
「最終段階にうつりましょう」
「はぁ……出来れば平和的解決をしたかったんであまり気が進みませんけど……」
 一向におびえない二人が呉にとって腹立たしい。
「殺す! 殺してやる!」
 金髪はそんな呉をお構い無しに口を開く。
「すいませんが、もう戦いは終わってるんです」
「なに?」
「あ……言ってみれば、ここに来たことがもうお二人の敗因なんですよ」
 金髪が最初にいた白いテーブルを指差した。
 白いテーブルは一瞬にして紙クズになった。いや、ザ・ペーパーによって紙をテーブルのように形作っていたのだ。そして、このビルもまた白だった。
「まさかっ!」
 呉の思考が、あまりにも馬鹿馬鹿しい結論に至った。
「ご名答」
 正解だった。金髪が笑った。
「えーっと……すいません」
 少年がぺこりと頭を下げた。
 ビル自体が波打つ。床のみならず壁も天井も。
 呉と呂の立っている床が大きくたわみ、破れた。その下から二十フロアー分の深淵が顔を出した。
 あっという間に呉と呂を飲み込んだ。
「ペーパ――――――――――――!!!!!!」
 ビルが崩れていく。いや、紙によって作られたビルが崩れていった。ビルは骨組だけであった。建設途中で中止されそのままになっていたのだ。紙で出来たビルが崩れ去り、鉄柱に金髪と少年は立っていた。
 ヘリが虚空から現われる。
「ジェントルメンの使いでやってきました」
 ヘリはゆっくりと降りていく。
「さすがジェントルメン。よく気が利く」
 そしてヘリは金髪と少年を乗せ飛びだった。
「あーあ。これは後片付けが大変ですね」
 金髪はサングラスを外すと首を鳴らした。
「こちらジョーカー。こちらジョーカー。任務は無事終了。目標の保護、ならびに拘束、及び任務の後処理お願いします。ジョーカー並びにザ・ペーパーは直帰します。報告は後日にて。以上」
 無線で報告を終えた後、後部座席に声をかける。
「お疲れです。龍哉。あなたはもう少し身体を鍛えられるように手配し――」
 彼の言葉は、少年――龍哉に全く届いていなかった。
 彼はくいいるように、『黒の童話集』に没頭していた。目はひたすら文字を追い、ジョーカーの声どころか、ヘリのローター音も聞こえていない様子だった。
「やれやれ」
 ジョーカーは肩をすくめ前に向き直った。
 操縦士が弾んだ声を飛ばしてくる。
「ザ・ペーパー! 本当にいらっしゃったんですね。一緒に仕事が出来て光栄です! よっ、よろしければ、後ほどサインを……」
 読書に夢中の龍哉にかわって、ジョーカーが答える。
「今は無駄無駄。ああなったら、読み終えるまで何も聞こうませんよ。彼ら、紙使いの欠点の一つです」
 憧憬も批評もなにも聞こえなかった。大英図書館工作部が誇るたった二人の紙使いの片割れ、龍哉・フィールドは読書の快楽に身を静めていた。





あとがき
物語りを掴んでもらう為小説版R.O.Dとほとんど同じになりました。まあ、最初は練習と
いうことで。



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