たかが紙。

 ほんの少しの風で吹き飛び、一滴の雫でたわみ、曲がり、わずかな火で跡形もなく燃えつき、灰となる。

 たやすく折られ、引き裂かれ、一度傷つくと二度と元には戻らない。

 この世でもっとも弱いもの。

 その脆弱な紙をかき集め、インクを垂らしたシロモノが本。

 読まれること以外なんの利用価値のない無駄な物体。

 そう、たかが本。

 だがなぜこれほどまでに狂おしいまでに愛しているのだろう。

R.O.D−Fly high−
第一章 新しい家族
作:木村征人




 海鳴は平和な町である。ごく日本のどこにでもある用なとりわけ普通の町。

近くに海岸があり、サクラが並ぶ小高い丘があるきれいな町。そんな町の中に高町と表札の付いた大きな家がある。広い庭がまるで外界から遮断されているのかと思われるほどのいつものどかさを除かせている。

 もっとも場違いと言えば、何故か盆栽が鎮座されていたりする。この家には老人は住んでいないはずだが。

 そこの住民は平穏な一日を向かえ学校へ通い、そして家路に着く。その単純な繰り返しがこの家の者にとってはなによりも至福なものであろう。だが、今日だけは違った。一人の珍客が訪れたのだ。

「むぅぅぅぅぅぅ」

 二人の女の子が珍妙な顔をしながら角の塀に隠れる様にして顔を突き出し、家の玄関前を覗いているというか睨みつけている。傍目から見るとかなり怪しげな格好だが、とりあえず二人は気にしていないらしい。

 一人はもしスカートをはいいなかったら男と間違えられるようなボーイッシュな女の子、城島晶。空手の使い手である。

 そしてもう一人は『ほにゃら〜』とした顔を見ているだけで力が抜けるようなほんわかした女の子、鳳蓮飛。通称レン。中国拳法を得意としている。

 二人ともこの家の居候である。

 その二人の奇妙な行動に呼びかける声が上がった。

「なにをしている? 晶、レン」

『あ!』

「師匠」

「お師匠」

 微妙な違いを見せながら二人がはもる。

 師匠またはお師匠と呼ばれた人物はまるで時代劇に出てくる素浪人のようなするどい面構え『小太刀二刀・御神流』の使い手、高町恭也が立っていた。ちなみに庭に鎮座されている盆栽は彼のものである。

どうやら外見だけでなく、中身までジジ臭いらしい。もっともこんな男がアイドル歌手の追っかけしてても嫌だが。

「どうしてこんなところに立っているんだ?」

「そのあれが……」

 晶が指差す方向つまり玄関の前には奇妙な物体があった。

 やたらとでかい二つのかばんに潰されながら大きなコートに脚がわずかながら生えていた。

 恭也自身、それが人だと気付くまで数秒かかった。

 時々ぴくぴく動いているところを見ると、どうやら生きているらしい。

 さすがにいくら不況が吹きすさぶ世の中とはいえ、こういう人間は珍しいのだろう。少し眉をしかめている。

「行き倒れ……か?」

 恭也の疑問符にレンが関西弁独特の奇妙なイントネーションで答える。

「はあ、そうみたいですねぇ。ですけどこの季節にあの格好はどう見ても変だと思いますぅ。不用意に近づいていきなりガバッとコートを広げられたら困りますから」

「?」

 レンの言おうとしている意味が恭也には今イチ分からなかったが、今は春休みを過ぎたばかり、季節的にコートを着ているのは十分怪しかった。

 とにかく恭也が行く意外選択肢がないだけは事実だった。

 とりあえずかばんをどかし顔をのぞいた。平凡を絵に書いたような少年だった。うつろに開いている目がちょっと恐い。

「大丈夫か?」

「は――」

「は?」

「腹減ったぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 どうやら本当にただの行き倒れらしかった。

 とりあえず恭也は少年の腕を肩にまわし担ぎ、晶とレンはそれぞれ重たいかばんを持ち上げた。どうやらかなりの重量らしく、晶とレンはふらふらしながらなんとか運んでいる。

 四人を出迎えたのは、

「恭ちゃん、おかえ――それ死体?」

 いきなり物騒な事を言ったのは、リボンに三つ網に眼鏡をかけていて、どこかホニャラ〜とした感じがする恭也の義理の妹であり弟子でもある高町美由希と、

「にゃあ! け、けいさつにでんわしないと!」

 美由紀より頭一つぐらい低くツインテールを揺らしながら両手をパタパタさせて驚いているのは恭也と半分血の繋がった妹、高町なのはであった。

「おまえらなー、なぜそっちに思考へ動く。行き倒れだ。晶とレンはなんでも言いから飯を作ってやれ」

「はい」

「はいですー」

 恭也の言葉に二人は元気よく答えると台所へと消えて行った。この二人が現在、この高町家の厨房を預かっている為当然であろう。

 恭也が男をリビングまで運んだ。数分後、台所からいくつもの良いにおいが漂ってきた。

 二人が料理をテーブルの上に並べられた途端、少年はガバッと起きあがり。

「め、め、飯だあぁぁぁぁぁ!! ガアァァァァァァァァァ!!!!」

 獣の咆哮のような叫び声と共に並ばれた料理の数々が口の中へと運ばれていく。口の中に大量のおかずを含み強引に飲み込む。少年が食べている間、晶とレンは大急ぎで新たな料理を作る。

「ふぅ、俺も少しもらおうか……」

 しばしその光景を茫然と眺めていた恭也が、我に返りテーブル端にあるコロッケをつかもうとすると、



 ザスッ!



 上から降り注ぐ一組のはしがそれをさえぎった。

「な、何を――うっ!」

 抗議しようとしたが、怪しく光る少年の瞳を見て、身の危険を感じてすくんでしまった。

「きょ、恭ちゃんが負けた……」

 美由紀が茫然と呟いた。剣の師匠であり、自分の知る限り今までどんな相手でも、負けず、死線すら越えてきた恭也が負けたことに戦慄を覚えた。

 改めて美由紀は、飯の恨みは恐いと言う意味を知った。そして――

「ふぅー。ずずずずぅ」

 少年はすべて平らげ食後のお茶をすすった。

「えーっと、どうもありがとうございました」

 少年はポケットの中から取り出した紙で口を拭いた後、両手をついてぺこんと頭を下げた。

「しかし、今時行き倒れとは珍しいな。金は持ってなかったのか?」

 恭也が代表して少年に聞く。

「いえ、お金は持っていたんです。ですけど、途中に古本屋があってそこで路銀を使い果たしてしまって……」

 うーんと額に人差し指を当てながら唸っている。

「ほん?」

 恭也が怪訝な顔をする。

「恭ちゃん……これ……」

 美由希は少年が潰されていた大きなかばんを逆さにする。



 ズドドドドドドド



 大きな音を立てて大量のかばんが落下する。

 その光景にみんな沈黙する。

「ちなみにもう一つのかばんもこんな感じだよ……」

 美由希が更に驚愕の事実を伝える。この際、美由紀が勝手に人のかばんを漁った事などどうでもよかった。

 恭也のジト目に龍哉はぎこちない笑みを浮かべる。

「つまりこれだけの本を買ったせいで飯を食う金がなくなったということか……」

「だ、だって、だって、とても珍しい本がいっぱいあったんですよぉ」

 まるでいたずらが見付かった子供みたいにあたふたしながら弁解した。

「例えばこの本、『電撃少女、百万ボルト』なんてすでに絶版になっているものなんてあるんですよ!」

 題名を聞いただけで読む気をなくしそうな本を嬉々として説明する。その題名を裏切らない内容だが、彼にとってはとんでもなく面白いらしい。

「それからこの本はですね――――――――」

 そして龍哉は本の解説は続いていく。

「ただいまー、ごめんねー遅くなっちゃって」

 玄関から女性の声がする。

「みんなどうしてたの?」

 その散々たる景色を見て驚きの声を上げたのは高町家の主であり、恭也、美由希、なのはの母親である高町桃子であった。

「恭也、そういえば今日パパから連絡あってここに――」

「ああ、フィアッセさん!」

 桃子の後ろに立っていた女性を見つけて男は声を上げる。

「あっ、龍哉ぁ。もう来てたのね」

 やや茶色がかった金髪をなびかせながら、英国出身で恭也達の幼馴染みのフィアッセ・クリステラが少年――龍哉の手を握ってぴょんぴょんとびはねる。

「えっと……もしかしてここが高町さんの家なの?」

「そうだけど……なんだ知らなかったの?」

「はい、実は行き倒れになっているところを皆さんに助けていただいて」

「あはははは、しょうがないわね、龍哉は」

 いたってのんきに会話を続ける龍哉とフィアッセ。

 桃子が両手に腰を当てて眺める。

「しかし、これは何があったの?」

 恭也は床に突っ伏し、晶とレンは折り重なる様に倒れている。美由希は何故か本に埋もれて、なのはは耳を押さえたままひっくり返っている。

「いゃあ、ちょっと軽く自己紹介をね」

 龍哉は満足した満面の笑みで答える。

「あは、あはははは。みんな龍哉の洗礼受けたのね」

 その言葉を聞いてフィアッセがなんとも言えない様な、複雑な顔を浮かべて苦笑いしている。

「洗礼?」

「彼は――龍哉は愛書狂(ビブリオマニア)なんです」

「びぶりおまにあ?」

「えーとつまり、本の事になると見境がなくなるの、多分私達が帰ってくるまでずっと本の説明をしていたと思う」

 恭也が龍哉を見つけたのが四時前、そして今現在十時過ぎ。つまり六時間近くずっと本の話しをしていたことになる。ついでに言うなら、後三倍以上は続くのだがフィアッセと桃子が帰って来たことによって中断された。

「わたしもはじめて出会った時、この洗礼浴びたの。最後まで耐えぬいたのはゆうひだけだったわね」

 ゆうひというのはクリステラソングスクールというフィアッセの母親が先生をやっている学校の友人のことである。

 今はその歌声と持ち前の性格で日本のマスコミをにぎわしている。

 龍哉の洗礼を受けても平気だったのは、その性格のおかげであった。

 意味が理解出来ずちんぷんかんぷんな顔をしている桃子の前に龍哉がスッと立つ。

「えっとここの家主の高町桃子さんですね?」

「そうだよー。みんなのお母さんの桃子さんだよー」

 全く被害のなかった桃子は陽気に答える。人に壁を作らない、それが他人であってもだ。おそらくここ数年、笑顔を絶やしたことがない。これが彼女の持ち味であった。

「今日からご厄介になります、龍哉・フィールドです! よろしくお願いします」

 桃子とそしてほとんど死んでいる五人に向けて不器用に敬礼する。

 こうして新たな家族、英国のエージェントであり、ペーパーマスター(紙使い)龍哉・フィールドが加わった。

「きょ、恭ちゃ〜ん、生きてる?」

 美由希が息も絶え絶えに恭也に呼びかける。美由紀は本好きな為、龍哉の洗礼には多少だが耐性ができていた。

「な、なんとかな……ところで美由希……」

「な、な〜に?」

「悪いが今日の修業は休みだ、うぅぅぅ」

「よ、よかった、あう」

 恭也と美由希は今まで休んだことのない夜の神社での剣の修業をはじめて休むことになった。

                            第二章へ続く



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