「カノン・・・ですよねぇ?」
                             作:まる

〜1月 7日 木曜日〜



夢。

夢を見ている。

毎日見る夢。

終わりのない夢。

赤い雪。

流れる夕焼け。

赤く染まった世界。

誰かの泣き声。

子供の泣き声。

夕焼け空を覆うように、小さな子供が泣いていた。

どうすることもできずに、

ただ夕焼けに染まるその子の顔を見ていることしかできなかった。

だから、せめて・・・。

流れる涙を拭いたかった。

だけど、手は動かなくて・・・。

頬を伝う涙は雪に吸い込まれて・・・。

見ていることしかできなくて・・・。

悔しくて・・・。

悲しくて・・・。

大丈夫だから・・・。

だから、泣かないで・・・。

言葉にならない声。

届かない声。

「約束だから・・・」

それは、誰の言葉だっただろう・・・。

夢が、別の色に染まっていく・・・。

「うん・・・約束、だよ」




バタンッ!!
遠くから、勢いよくドアの閉まるような音が響く。
ドタドタドタ・・・
直後、板張りの廊下を走るような足音が、冷たい空気を揺らしていた。
静かだった部屋に、遠くから近づいてくるような足音。
祐一「・・・・・・」
まだまだ深い眠気に包まれながら、どこか夢の続きのようにぼんやりと布団にくるまる。
祐一「・・・なんかくさいぞ」
何かすえた匂いがする。
・・・・まあ、我慢すれば何とかなる。
そう決めた俺は、もう一度眠ろうとする。
ぱさぱさぱさ・・・
眠りの中に・・・
ふぁさっ・・・
中に・・・
どすっ!!
声「あっ、ごめん祐一、踏んじゃったよっ」
上の方から、女の子の声が聞こえてくる。
声「うー、血が出てる・・・」
ものすごいやばい台詞の割には、あまり焦っているようには聞こえなかった。
バタンッ!
もう一度、扉が閉まる。
祐一「・・・・」
部屋の中に、さっきまでの匂いが戻ってくる。
臭気はまだたっぷりとあった。
布団を頭までかぶり、体を丸めてすっぽりとそれの中に収まる。
・・・・・・・
・・・・・・もう起きるか。
ゆっくりと意識が覚めていく。
それと同時に、さっきの女の子の声が思い出される。
血が出てる・・・っておいっ!!
俺は事の重大さに気づき、慌てて起き上がる。
自分のおなかを見てみるが、血液が噴出したような形跡はどこにもなかった。
ってゆうか、何だこの洗濯物の山は・・・
祐一「・・・これか、においの原因は」
俺のベッドの横に、山積みにされた洗濯物があった。
他にもないか、辺りを見回してみる。
閑散とした部屋に、何も物が入っていない家具・・・
祐一「・・・ってゆうか、ここどこ?」
だれもいないのに、俺は質問していた。
祐一「・・・・・・誰か突っ込んでくれよ」
誰もいないのに突っ込んでくれるわけが無かった。
・・・静かな部屋を満たす、生暖かくすえた臭気。
見覚えの無いブラウスにスカート、ブラジャー。
そして、遠くから聞こえてくる女の子の声。
祐一「・・・そうだ」
意識が戻ると同時に、鮮明に蘇る記憶。
俺は、ほとんど無意識に洗濯物をつかんだ。
どさどさっ!
崩れ落ちる洗濯物。
どう見ても女物にしか見えない服。
祐一「どうりでさっきから寒いわけだよな・・・・」
思わずそんな言葉が口をついて出る。
そう、ここは名雪の家だ。
カーテンをつかんで開けてみると、外には一面の銀世界が広がっていた。
遠くまで、一面が真っ白い。
住み慣れた街と両親、そして友人に別れを告げて、俺は一人この街にやってきた。
やってきたというよりは、帰ってきたといった方がいいかもしれない。
7年前までは、俺は確かにこの白く染まった光景を見ていた。
雪。
そして、7年ぶりに再会した、いとこの少女。
記憶の片隅でくすぶっている思い出と、現実の少女の姿。
・・・違う。
違和感を感じるほどに、俺の記憶は鮮明ではなかった。
姿、性格、共にだ。
それでも、同い年のいとこの姿に、多少の戸惑いを覚えたことは事実だった。
祐一「とりあえず、今日中に荷物を何とかしないと・・・」
あと、この洗濯物をどうにかしないと・・・
・・・くさい。
このままでは、明日から学校だというのに、においでダウンしてしまう。
まず、俺は鞄に詰めて持ってきた必要最低限の荷物から、今日着る服を取り出す。
残りの服は、身の回りの物と一緒に宅配便で届くはずだ。
送ったのが昨日だから、今日の午前中には届くだろう。
手早く服を着替えて、まず必要なことは部屋の洗濯物をどうにかしてもらうことだな、
とそんなことを考えながら、新しい自分の部屋を後にした。

バタンッ!
廊下に出るとほとんど同時に、隣の部屋のドアも開く。
名雪「お母さんっ、わたしの制服ないよ・・・」
名雪が困ったように呟いている。
名雪「時間ないよ〜、時間ないのに〜、どうしよう・・・」
やっぱり焦っているようには聞こえない。
と、ふと俺と目が合う。
名雪「あ・・・」
名雪「おはよう、祐一」
にこっと微笑みながら、まるで今までもそうだったよというように朝の挨拶をする。
祐一「・・・・・・」
あまりに普通のリアクションだったので、思わず言葉が詰まる。
名雪「ダメだよ、祐一。朝はちゃんとおはようございますだよ」
祐一「・・・おはよう」
少し戸惑いながら、言われたとおり挨拶を返す。
名雪「うんっ」
7年ぶりに再会した、いとこの名雪は、間違いなく7年前の少女そのままだった。
たとえ、記憶の中の姿とは違っていても・・・
名雪「早いね」
祐一「血が出てるなんて冗談言われたら、驚いて目が覚めるに決まってるだろ」
名雪「だって、目を覚ましてあげたんだもん」
祐一「なんでこんな朝早くに・・・」
名雪「だって、ダメなんだよ、祐一。朝は早く起きなくちゃ」
祐一「そのためにわざわざ、俺を踏みつけてまでそんな嘘ついたのか?」
名雪「踏んじゃったのはわざとじゃないよ・・・」
名雪「とにかく、朝は早く起きようよ、ね?」

・・・そんなやり取りを下の台所で聞いていた秋子は、
秋子「・・・ふふふ・・・全く、名雪ったら・・・自分はどうなのかしらね・・・」
そう呟いて、微笑みながら今までより一人分、分量の多い朝食を嬉しそうに作っていたのだった。

名雪「それにしても、祐一は今日までお休みなんだから、もっと眠っててもいいのに」
自分で起こしたことも忘れて、当たり前のように睡眠を勧めてくる。
祐一「そう思うんだったら、あの洗濯物をどうにかしてくれ」
あれはどうしても耐えられそうになかった。
名雪「うー、あれは仕方ないよ〜」
祐一「何で?」
名雪「何でも。大丈夫だよ、あれはお母さんがあっという間に片付けてくれるから」
祐一「でもそれじゃ、今から寝れないだろ」
名雪「うー・・・・・・」
唸りを上げて、真剣な顔で心底困っている。
・・・そこまで悩まれると、なぜか名雪をかばいたくなってくる。
祐一「いや、もういいや、目、覚めちまった」
そうフォローを入れる。
名雪が、「ありがと」と小さな声で、微笑みながらそうお礼を言った。
それと同時に記憶の中で何かがはじける。
・・・・そうか・・・・名雪はこんな風に笑うんだったな・・・・
過去と現在が少しずつ繋がりを見せていく。
そんな感覚が心地良くもあり、じれったくもあった。
祐一「・・・ん?そういえば、何か急いでたんじゃなかったか?」
名雪「・・・あっ」
思い出したように、ポンと手を叩く。
名雪「そういえば、時間と制服がないんだよ・・・」
祐一「男運もないしな」
名雪「うー・・・そんなことないよ〜」
両頬を膨らませて否定する。
昔の記憶はとてもあやふやだが、名雪は七年前もこんな風に子供っぽい性格をしていたような気がす
る。
・・・・って、七年前はまだ本当に子供だったか。
祐一「どこがだよ。七年間、どうせ彼氏なんてできなかったんだろ?」
名雪「うぅ〜〜・・・・」
どうやら図星らしかった。
祐一「ま、唯一の男運といえば、俺がまたこの街に戻ってきた事くらいかな」
名雪「うん。そうだね」
・・・肯定されるとは思っても見なかったので、正直、困惑してしまった。
普通、そこは否定するものだと思うのだが。
祐一「・・・ま、いいや。で、パジャマ名雪さん、俺に、時間がない、
制服がないなんて言っても俺にはどうすることもできないんだけど」
名雪「うー、そうだけど・・・でもっ、でもっ」
よく分からないが、慌て方からして(慌ててるようには見えんが)、
時間がないのは本当らしい。
名雪「祐一、わたしの制服知らない?」
祐一「それはどういう意味だ?俺が名雪の制服を盗んでよからぬことに使ったとでも?」
名雪「誰もそこまでは言ってないよ・・・」
そんなやり取りを楽しみつつ、俺は過去の記憶の中から昨日の記憶を引っ張り出していた。
祐一「冗談だよ。・・・で、制服って昨日着てた変な服のことだろ?」
名雪「変じゃないよ〜」
祐一「確か、秋子さんが洗濯してなかったか?」
名雪「・・・・あ」
名雪も思い出したらしく、階段を転がり落ちるように下りていった。
・・・・というか、転がり落ちた。
祐一「名雪、大丈夫かな・・・」
・・・大丈夫じゃないのは明白だった。
・・・・・しばらくして・・・・・
バタバタバタ・・・・
名雪「あったよ♪」
とても幸せそうに、ばんそうこうを貼った名雪が制服を見せてくる。
こっちにも幸せがおすそ分けされそうなほどに微笑んでいた。
名雪「でもね・・・?」
今度は一変、悲しそうな表情をする。
名雪「ちょっと湿ってる・・・」
祐一「ま、そうだろうな」
名雪「どうしよう・・・」
祐一「コタツはどうだ?」
自分でも名案だと思う。・・・ただの怠け癖だけど。
名雪「そんなことしたら・・・・」
ああ、そうだな。確かにそんなことしたら・・・・
祐一「名雪の足の裏の匂いが移る」
名雪「違うよ〜、それに私、足は匂わないよ・・・」
祐一「じゃあ、秋子さんのか」
名雪「お母さんの足はフローラルな香りだよ〜」
・・・嫌な体臭だな。
祐一「じゃあ何でだ?」
名雪が呆れた顔で口を開く。
名雪「コタツで乾かすと変なしわがつくんだよ」
祐一「靴にドライヤーと並んで冬場の生活の知恵だぞ」
名雪「そんな生活の知恵、やだよ・・・」
祐一「着てれば乾くと思うけどなぁ」
名雪「・・・そういうこと、言う?」
祐一「今言った」
名雪「う〜・・・・」
名雪はそううめくと、しばらく考えた末にようやく・・・
・・・・服を脱ぎ始めた。
・・・・っておいっ!!!
祐一「お前は何を考えてるっ!」
名雪「・・・着替え」
服を脱ぎかけたままの形で、俺を見てそう言った。
祐一「だあぁぁっ!!お前には羞恥心ってものがないのかぁっ!!」
名雪「祐一が見てるのがいけないんだよ〜」
祐一「お前が自分の部屋で着替えれば済む話だろっ!」
名雪「・・・祐一、わがままだよ・・・」
ようやく決心したのか、自分の部屋に入っていった。
・・・今のは俺が間違っていたのか?俺のわがままだったのか?
祐一「・・・あれ?そういえば学校、まだ休みじゃないのか?」
名雪「うん、でも私は部活があるから」
ドア越しに話しかけた俺の声に、その向こうから返事が返ってくる。
名雪「私、部長さんだから」
そういえばそう言ってたな・・・・
祐一「でも俺は走る名雪の姿を想像できないな」
どう想像してみても遅そうだ。
名雪「ひどいよ、祐一・・・・きゃっ!」
祐一「どうした?」
名雪「やっぱり冷たいよ・・・」
部屋の中から情けない声があがる。
名雪「肌に張りつく・・・」
祐一「いいじゃないか、少し透けて色気が増すかもしれんぞ」
名雪「増す必要ないよ〜」
祐一「・・・なんでだ?そうすれば好きな男に振り向いてもらえるかもしれないのに」
名雪「・・・・・・」
祐一「・・・・・・」
・・・・なぜか沈黙が続く。
そして、ようやく聞こえた声はこんなものだった。
名雪「好きになっちゃいけないんだよ・・・・」
名雪「好きになりたくない。誰かを好きになるのが・・・・」
祐一「・・・恐い・・・のか?」
名雪「・・・・・・」
がちゃっ!
・・・突然ドアが開いた。
そこに立っていた名雪はさっきの雰囲気は微塵も見せず、いつもの笑顔の名雪だった。
名雪「じゃ、行ってくるね」
祐一「あ、ああ・・・」
ドタドタ・・・・
階段を勢いよく下りていく名雪。
・・・さっきのはなんだったのだろう。
好きになるのが恐いってどういうことだ?
なぜか気になって仕方がない。
どうしてこんなに気になるんだろう?
俺には何の関係もないはずなのに。
まさか、・・・・・・・関係・・・・あるのか・・・・?
何かが記憶の片隅に引っかかっているのを感じながら、
名雪のあとを追って階段を下りたのだった。




続きますね・・・




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