『Last Angel』
                             written by まる

 



 目の前にある、寂しげに咲いた白い花。
 漆黒のアスファルトの上、ひと際輝いて・・・・
 いつまでも止まぬ雨を、持ち主を失ってもまだ、遮り続けていた。
 そんな一輪の花を、雨から守るように抱きしめて。
 彩花との何かを守るように抱きしめて。
 俺の涙は、花が流す涙と混ざり・・・
 彩花との想い出と共に・・・流れていった。
 ・・・何もない。もう、何もない。
 大切な幼なじみもいない。
 三人で笑いあえる日々もない。
 寝坊して強引に起こされることもない。
 あの日のように遊園地で遊ぶこともできない。
 一緒にいられない。
 そばにいない。
 ここにいない。
 どこにもいない・・・
 あいつは・・・もう・・・
 ・・・・
 ・・・そして・・・
 ・・・・
 ・・・・俺はもう、俺として生きれない・・・・
 ・・・・
 ・・・・ちゃ・・・ぴ・・ちゃ・・ぴちゃ・・ぴちゃ・・・
 ふと、そんな俺の想いを知らない、無情な足音が聞こえてきた。
 走っているのだろうか、かなりの速さで足音が近づいてくる。
 だんだんと近くに・・・
 もう、俺のすぐそばに・・・
「はぁ、はぁ・・はぁ・・ふぅ・・・・」
 そして、息を切らした何者かが、俺のすぐ後方で立ち止まった。
 何か俺に用でもあるのか・・・?
 やめてくれ・・・・今はこの傘を黙って抱かせていさせてくれ・・・・・
 しかし、そんな俺の願いがその者に通じるはずもなく、やがて、息を整えたそいつは、俺に突然話し掛けてきた。
 ・・・とても穏やかな、懐かしい声で。
「ごめんね、智也・・・?」
 ・・・!?
 ばっ!!
 声に瞬間的に反応し、自分で行動を起こそうとするより先に、体が後ろを振り向く。
 ・・・視界に入るもの。
 きちんと折りたたまれた傘を片手にした、茶色がかった髪をした少女。
 傘も差さずに、俺の背後で微笑みながら立っていた。
 傘を抱いて座り込んでいる俺を見ても、少しも表情を変えることなく・・・・
 昨日、最後に見た時となんら変わりのない、記憶のままの姿の彩花が。
 ・・・・許しを請うかのような眼差しで、覗き込むようにして俺を見ていた。
「・・・・なんでこんなとこに彩花がいるんだ・・・・」
 目の前の、鮮血の飛び散った傘と地面を交互に何度も見返しながら。
 俺は思わず、自分に対してそう疑問を投げかけていた。
 だが、そんな俺の困惑に満ちた言葉を彩花は聞き逃さない。
「ええっ、ちょっとぉ、こんなところに、ってそれってあんまりじゃない?」
 ぷっくりと、頬を膨らませて俺を軽い口調でたしなめる。
 ・・・頬を膨らませるという、単純で普段なら可愛らしさを感じるような動作。
 でも、そんな動作も今の俺には、無性に悲しげで寂しく見えて仕方がない。
 ・・・涙は、止まらなかった。
「せっかく頼まれたから、傘持ってきてあげたのにぃ〜」
 ほれほれ、と傘を俺の目の前で降って見せる。
 しかし、俺は傘に視点を合わせることなく、ただただ、彩花だけに視線を注いでいた。
 そんな俺の視線に対して、ぎこちなく、彩花は微笑んだ。
「でも・・・ごめんね?だいぶ待ったでしょ・・・」
「ああ・・・」
 ・・・待ったよ。
 彩花が来るのをひたすら待ち続けてたよ。
 でも・・・
「待ちすぎて・・・待ちすぎたせいで・・・」
「・・・・この世で、俺にとって一番大切なものを失ったんだ・・・・」
 大した雨じゃなかった。
 鞄を頭上に構え、走って帰ればそれで済んだはずだった。
 なのに・・・俺は・・・・
 ・・・・彩花に少しでも会いたかったがために、
 ・・・・会いたかったその人自身を、失ってしまった・・・・
「全く智也ってば、いっつもそうやって大袈裟に表現するんだから・・・」
 呆れたような声。
 きっと、意図的にそんな声を出しているのだ。
 絶対に彩花は、今の自分を保つために、いつもやっていたようなやり取りをすることに必死になっていた。
 ・・・・分かるんだよ、彩花。
 分かっちまうんだよ。
 そんな顔してたら、俺には気づかないことなんてできないんだよ・・・・
「はい!・・・ちゃんと約束どおり、傘・・・渡したからね・・・?」
「約束・・・・?」
 俺に傘を渡す約束を果たすために・・・ここに来たっていうのか・・・?
 自分は傘も差さないで・・・
 ・・・・・・・
 ・・・彩花は、傘を差していない。
 ・・・もう、差す必要がない。
 雨は彩花の体をすり抜け、地面へと降り注いでいた。
 彩花はここにいるが、物質としての存在はここにはもう・・・・
 ・・・・・・・
 ・・・そして再び、彩花の顔を見つめる。
 ここで初めて見たときからの、許しを請うような眼差し。
 それは変わらず、今も俺に向けられていた。
「それじゃあ・・・もう私、帰るから」
 最後に、彩花はもう一度だけ微笑んで。
 その微笑の中、瞳だけは、何かを憂えるようにゆらゆらと揺れていた。
「帰る・・・のか・・・?」
 掠れた声になる。
 声に、今の俺の気持ちがありありと映し出されていた。
 ・・・・彩花の許しを請うような眼差し。
 その意味がようやくわかったからだ。
 俺と唯笑を二人残して離れていってしまうこと。
 そのことに対して、彩花は申し訳なく思っている。
 自分の人生が早々と終わってしまう悲しみより・・・・
 大切な人間を残して去っていくことを嘆いている・・・・
 ・・・・そんな瞳だった。
「うん。・・・・そろそろ・・・・行かなくちゃいけないし」
 言葉と共に、彩花はゆっくりと空を見上げた。
 ・・・目指す場所はそこにあるのだろうか。
 彩花はこのまま、その視線の先へと旅立ってしまうのか。
 ・・・・・そんなのは・・・・・・嫌だ・・・・・!!!
「と、智也?」
 彩花が戸惑ったように声をあげる。
 ・・・・・・分かっている。
 このまま彩花がこの世界に残ることは、もう不可能だということも。
 俺がここで、彩花を引き止めるようなことはしてはならないということも。
 ・・・・・・でも、そんなことは関係なかった。
 理屈じゃない。
 俺は彩花を好きだから・・・・・
 そばにずっといてほしいから・・・・・
 だから俺は・・・・・・彩花をきつく、抱きしめていた。
「ダメだよ・・・!」
 苦しそうな声。
 俺が強く抱きしめているから・・・ではない。
 俺が引きとめたことで、心が苦しくなっているのだ。
 ・・・・分かってる。
 こうすることが、お互いを苦しめることになるなんてことは・・・・
 でも・・・この衝動だけは・・・
 ・・・・どうしても、止められないんだよ・・・・
「・・・ダメだよ、智也・・・」
 俺に抱かれたまま、言葉を発する。
 胸の中から響いてくる声は弱くて小さく、すぐに消えてしまいそうなほど、儚かった。
「立ち止まったままじゃ・・・そんな風に立ち止まったままじゃ、何にも始まらないんだよ・・・?」
 小さな声が、とても強い意思を持って心に入り込む。
 ・・・そして不意に、柑橘系の香りが俺の鼻をつく。
 その香りに、俺はようやく彩花を抱く手を緩めた。
 諦めた・・・というのが正しいところかもしれない。
 彩花は・・・死んだのだ。 
 ・・・・・・・
 ・・・一度、瞼を強く閉じる。
 溜まった涙を、零してしまいたかったから。
 視界がぼやけて、彩花の顔がきちんと見えなかったから。
 最後にもっと、彩花を見ておきたかったから。
 ・・・・・・だから俺は、彩花の瞳をじっと見つめていた。
「・・・大丈夫」
 今できる、精一杯の笑顔と共に、彩花は俺の瞳に答えてくれた。
 その笑顔はもう・・・作られた悲しい笑顔ではなかった。
「私のことは・・・大丈夫だから」
 もう一度、繰り返す。
 俺の頬に両手を添えて。
「私はいつでも・・・智也の中にいるから」
 額を俺の額にくっつけて。
 二人、同時に目を閉じる。
「だから・・・・・・」
 唇に感じる暖かなもの。
 最後の・・・・ほんとに最後の・・・・愛している証。
 ・・・・数秒が過ぎ、ゆっくりと、おたがいが唇を離す。
「・・・・・ね・・・?」
 目を開いた視界の先には・・・・彩花の頬を流れる涙があった。
 ・・・胸が痛む。
 あのまま抱きしめていられたら、どんなに良かっただろう。
 あのまま彩花を感じていられたら、どんなに良かっただろう。
 ・・・しかしそれは叶わぬ夢・・・
 ・・・俺は、前に進む必要のある、現実にいるから。
「だから・・・ちゃんと先に進まなくちゃ!」
 笑顔を流れる涙。
 悲しみと励ましの気持ちが混ざり合った笑顔。
 ・・・作られていない、悲しい笑顔。
「しっかりと・・・前だけを見つめて、・・・・・・先に進んでいかなくちゃ」
 俺のためを思って、ここに来てくれている。
 今ごろ気付く、彩花の本当の大切さ。
 かけがえのない想い。
「ただ・・・それだけを・・・・・・言いたかったの」
 ・・・そう、言葉をふわりと吐き出すと、彩花は再び空を見上げる。
 ・・・彩花。
 俺は・・・・お前のことが・・・
「・・・・本当に、大好きだったんだぞ」
 満面の笑みでそう言った。
 ・・・俺にもこんな笑顔がまだ残されてたんだな。
 ・・・良かった。
「うん!分かってるから・・・!!」
 そう言った彩花の表情は、確実に心からの笑顔だった。
 笑顔と共にはじける飛沫。
「うれし泣きかよ・・・?」
 笑ってそう言ってやる。
 冗談めかして言うことでしか、俺は俺でいられない。
「そうだよ、悪い?」
「・・・いや、嬉しい」
 俺は今、少し照れているだろうか。
 泣いてはいないだろうか。
 笑顔で・・・彩花の最後を見送ることが出来ているだろうか・・・・
「・・・・・・それじゃあね・・・・・・」
 だんだんと、彩花の姿が薄れていく。
 だけど、もう俺は彩花の想い出になんかすがらない。
 もう・・・・迷わない!
「・・・ばいばい・・・智也っ・・・!!」
 ・・・・・・
 ・・・そして、消滅した。
 そんな彩花は・・・・
 ・・・・最後まで、笑顔だった。
 ・・・・・・
 ・・・・・・分かってるよ、彩花・・・・・・
 ・・・私なんかに囚われないで、新しい道を歩んでほしい、そうだろ?
 ・・・でもな・・・
 今だけは許してくれ・・・・・・
 ・・・・・・
「彩花・・・・彩花ぁ・・・・彩花ぁぁぁぁ!!!」
「彩花あああぁぁぁぁっっ!!!!!」
 泣き疲れたら・・・・きっといつも通りの俺に戻るから・・・・

 ・・・・・・・今だけは・・・・・・・

END


あとがき

ども〜、まるです〜♪
これはチャットの時のおわびSS、です。
そのわりに、時間かけてません。
いやん♪
・・・というか、このSSは、彩花の没ボイスを使ったものです。
余談ですが(^^;
それでは感想などなど、もらえるとありがたいですが・・・・
別に強制ではないので無理には、いりませんよ(^^)
ではでは、このへんで。
ぐっばいはお〜〜〜♪   まるでした♪



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