『迷える羊のラブソング』〜第二楽章  詩音〜
                             作:まる


いつも逃げていた。
ひたすら本当の自分を隠してきた。
過去の記憶が私を縛り付けていたから。

本はいつも私の逃げ場所。
彼らは人とは違って私を傷つけたりしない。
裏切ったりしない。
でも、人と同じように、私の心を様々に揺り動かしてくれる。
涙を流せる。
笑うことができる。
怒ることができる。
・・・本当の自分を出すことができる。

自分を隠さなければならなくなった原因。
皮肉にも、それは愛する母から受け継いだこの体だった。
この少し癖のある髪が。
この色の違う瞳が。
そして慣れていなかった日本語が。
愛すべき母の遺産。
恨むべきこの体。
私は愛すことも恨むこともできないでいた。

・・・そんな時、あなたが現れた。
あなたは私を変えてしまった。
少しずつ、変わっていく自分がうれしくて。
でも同時に過去の記憶が蘇ってくる。
はっきり言って・・・怖かった。

・・・私は戻れるのでしょうか?
私は私に戻っても大丈夫なんでしょうか?

不安だった。
・・・でもこの国に来て、初めて悩む事ができた。
今までは、これでいいと思っていた。
自分を守れればそれでいいと。
でも、本当の私をあなただけには見せたくて。
本当の私があなたと微笑み合いたがっているから。

・・・少しだけ、はずしてみます。
私の弱い心が作り出した、滑稽な仮面を。

あなたが仮面をはずしてくれるのはいつだろうか。
・・・ずっと気付いていた。
あなたが時折見せる憂いの表情。
理由は最近になってわかった。
・・・過去の記憶。
囚われた心。

・・・そうなのですね・・・・
あなたも私と同じだった・・・

私はあなたのそんな部分に惹かれたのかもしれない。
似たもの同士、傷を舐め合っていきたかったのかもしれない。
・・・でも、今は違う。
はっきりと言える。
あなた自身を求めているんだと。
傷を舐め合う必要なんて無い。
あなたといれば、私の心は癒されていくから。

・・・・でも・・・・
・・・・あなたは私といる時、誰を見ているのでしょうか?
・・・・私を見てください。
仮面をつけたままの私でもなく。
記憶の中の彼女でもなく。
あなたを見ている・・・・本当の私を。
・・・それでもあなたが私に彼女を見るというのなら・・・・・私は・・・・・

・・・答えを聞くのが怖かったから。
私に彼女に勝てる自信なんてないから。
否定された時、私は涙を止める術を知らないから。
だからあなたに会わないままで。
・・・別れを告げないままで。
 
 
 
 
智也さんのいるこの国を・・・・・・去ります。



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