『騒がしい日々』
作:メンチカツ



 舞台は某学園の某教室。
「と〜もちゃ〜ん!」
 ……察しの良い人ならもうわかっただろう。
 だが、今日はこの学園に恐ろしい出来事が待っていた……。
 そう、このクラスを学級閉鎖へと追い込んだ、悪夢のような出来事が……。
 
「と〜もちゃ〜〜〜ん!」
「ZZZzzzz……」
 黄色いカチュ−シャをつけたショートボブの可愛い女の子が目の前の机で寝ている男に声をかける。ショートボブのヘアは外側に広がっていて、その女の子の開放的な性格を良くあらわしている。
 さっきから何度も呼びかけているのだが、一向に起きる気配はない。
「もう、すっごいニュースがあるのにぃ!」
「え?すっごいニュース?なにそれ?」
 黄色いカチューシャの女の子……今坂唯笑が苛立ったように叫ぶと、眠りこけている男の横の席の女の子が声をかけてきた。
 音羽かおる。唯笑とこの惰眠男の親友である。
 内側へとカールしたショートヘアが良く似合う、明るい女の子だ。
「とにかくすっごいニュース何だけどぉ、智ちゃんに一番に教えたいのぉ」
「……そういうことならわかったわ。私に任せて」
 そういうとかおるは、いまだに気持ちよさそうに寝続けている男の目の下と鼻の下に、自分の鞄から取り出した液体ムヒを塗りたくった。
「ZZZzzzz……(ピク)」
「(もうちょっとで起きるわよ)」
 ちょっとだけ反応を示した男を見て、かおるが唯笑にささやいた。
 その次の瞬間!
「ぐああああああああ!!」
 絶叫とともに男が立ち上がった。
「ぐぅ!な、なんだ!?なぜこんなにも涙がぁ!!」
「おはよう、三上君」
 頭を振りつつ苦悶にのた打ち回る男を見ながら、かおるはそ知らぬ顔で挨拶を済ませた。
 その男……三上智也は、目も開けられず、鼻から息も吸えずといった一種の拷問に近い状況の中で、指で無理やり目を開けて声の主を探す。
「か、かおるか。おはよう。……ってもうだめだ!我慢できん!!」
 涙を流しながら挨拶を済ませたものの、液体ムヒの刺激成分に目が負けて、再び目を閉じてしまう。
 そんな二人のやり取りを見ながら、唯笑は小さく呟いた。
「……智ちゃんの……バカ」
 時間はまだ朝のHRが始まるところだった……。
 
 キーンコーンカーンコーン……
 チャイムと同時に教室の前のドアが開き、担任が入ってくる。
 静まり返る教室の中、ただ一人荒い息を尽いている男がいた。
 もちろん智也だ。
 あのあと水を含ませたハンカチでなんとか液体ムヒをふき取って難を逃れた智也だが、よほど苦しかったのかいまだにその疲れは取れていなかった。
 そんな智也の姿を見て、心中で「やりすぎちゃったかな?」と、軽く反省している女の子が智也の隣の席にいた。
 そう、かおるだ。
 だが、ここまでの出来事は日常茶飯事だ。
 そして、今まさに唯笑のニュースの元であることが起きようとしていた。
「えー、皆さんにお知らせがあります」
 担任の先生がしゃべりだした。
 教室が静まり返り、生徒たちの注目が先生に集まる。
 ……いや、この期に及んでまだ寝ている奴がいた。
 もちろん智也ではない。彼は今さっき、最悪の目覚めを迎えたばかりだ。もう一度寝るなどという愚挙はしまい。
 となるともう一人しかいない。この澄空学園で智也と双璧に並ぶ男といえば……稲穂信をおいて他にはいないだろう。
 だが、同時にかおるはおかしいと思った。
 かおるの知る限り、信も相当な情報屋だ。
 しかもこのニュースのネタは、信の好きなもののはずだ。なのに寝ている。
 おかしい。どう見てもおかしい。
 そして、かおるの考えなど関係ないといわんばかりに先生が話し出した。
「実は、今日から教育実習生の先生がこのクラスに来ることになりました」
 その瞬間、教室内は割れんばかりの歓声に……包まれることはなかった。
 そう、このクラスの連中はそんな甘い奴らではない。
 前もって教育実習生が女性だということは突き止めている。
 用は、可愛いかどうか、美人かどうか、萌えかどうか、だ。
 小さな音を立ててドアが開き、教室中からゴクリとつばを飲む音が響く。
 その時、信の肩がピクッと動いたのだが、気付いた者はいなかった。
 そして人影が教室内へと移動し、その姿が徐々にあらわになる。
 ピンクがかった赤い髪、黄色いカチューシャ、外へ広がり気味のショートボブ……髪の色こそ違うが、唯笑とよく似ている。
 今度こそ教室は割れんばかりの歓声で包まれた。
 いつのまにやら信は起き上がり、さっきまで寝ていたとは信じられないようなギラギラとした視線を教育実習生に向けていた。
「それでは、自己紹介をしてください」
 先生がそういった瞬間、ぴたっとざわめきが納まる。
「はい。私の名前は『川島優夏』といいます。好きなものはお酒、嫌いなものは納豆です。皆さんとは家庭科で一緒に授業をさせてもらいます」
 よどみなくすらすらと自己紹介を終えた川島先生。
 皆がこぞって質問をしようとした瞬間、HR終了のチャイムが鳴り響き、川島先生は担任とともに出て行ってしまった。
 
 それからどーでもいー授業が過ぎ、4時間目になった。
 4時間目は皆が待ちに待った家庭科の授業だ。
 川島先生による初の授業。
 それは、調理実習だった。
「それでは授業を始めます。皆さんには8つの班に分かれてもらいましたが、それぞれの班長は食材を取りに来てください」
 川島先生がそういうと、8つの班でちょっとした小競り合いが始まった。
 しかし、それはよくある誰が班長になるかというものではなかった。
 そう、前の大テーブルに置かれている食材。
 いったいあれで何を作るというのか。
 しかも、それぞれの班のテーブルには、フライパンとミキサーと盛り付けようの皿しか置いていない。
 一応班ごとにわけて食材が置かれていたので、班長たちはしぶしぶ食材をとってくる。
 その内容は、マスカットゼリー・納豆・卵・小麦粉・挽肉・冷凍うどん・ポテトチップス。そして得体の知れない黒と緑の物体だった。
 どういう選択で選ばれたのか、まったく見当がつかない。
 そして川島先生は言った。
「それじゃぁ全部ミキサーに入れて混ぜてください♪」
『ええぇぇ!?』
 マスカットゼリーやポテトチップスは食後のデザートやおやつだろうと思っていた生徒たちは、驚きを隠すことが出来なかった。
「……なぁ、これって大丈夫なのか?」
 そう呟いたのは、智也だった。
 ちなみに彼は5班で、5班のメンバーは智也・かおる・唯笑・信・詩音だった。
 テーブルの端っこで興味なさそうにしつつもちらちらと視線を食材に向けているストレートの綺麗な髪をした女の子が詩音……双海詩音だ。
「いくらなんでもこれはないだろうこれは」
「でもぉ、食べたことないものは出さない……とおもうよぉ?」
 智也に対して甘すぎる楽観的発言をする唯笑。
「甘い!蜂蜜にガムシロップを入れて飲むよりも甘いよ唯笑ちゃん!」
 そんな唯笑に対し、よくわからない意見を挟む信。
 そんななか、冷静な人物が一人だけいた。
「あの、他の班の方たちはもうミキサーにかけはじめていますが?」
 詩音だ。
 不安そうな顔をしながらも、他の班に遅れをとっているのが気になるらしい。
「そうだね、案外いけるかもよ?」
 かおるのこの発言。
 これは他の班の誰しもが考えていたことなのだが、これがいけなかった。
 仕方なくミキサーにかけ始める智也たち。
 以外にも川島先生は遅れていた智也たちの班がミキサーをかけ終わるのを待っていてくれた。
 ……いや、待ってなどいなければ彼らだけでも救われたのかもしれないが。
 そして川島先生は次の指示を出した。
「それじゃぁミキサーにかけたものをフライパンで焼いてください♪それで終わりです」
『早!!』
 実習室内が驚愕に包まれる。
 そう、別に待っていてくれたのは他でもない。急ぐ必要がなかったからだ。
 それでも生徒たちは、川島先生を信じてミキサーにかけられて妖しい液体と化した物をフライパンで焼き始める。
 立ち上る煙の匂いを嗅いだ生徒たちから、小さな悲鳴が漏れる。
 ついに不安を抑えきれなくなった一人の生徒が、その不安を質問として吐き出した。
「せ、先生!これは本当に食べれるものなのですか!?」
 その質問に対し、川島先生は笑顔で言い放つ。
「だ〜いじょうぶよぉ。私の友人はおいしいって言ってくれたものぉ」
 その答えを聞き、生徒たちから安堵のため息が出た。川島先生の嬉しそうな表情から嘘ではないと判断したのだろう。
 そして焼きあがる何か。
 生徒たちはその焦げ目のついた、なおかつ所々半熟の妖しい物体を更に盛り付けていく。
「さ、それじゃ皆さんいただきましょう!」
 川島先生の嬉しそうな声が実習室内に響いた。
 全員がスプーン一杯にすくい、片手で持ち上げる。
「では!いっただっきま〜す♪」
『い、いただき……ます』
 川島先生の嬉しそうな声とは裏腹に、生徒たちは沈みきった声で唱和した。
 そして、まるであらかじめそう決めていたかのように、全員が一緒のタイミングで口へと運んだ。
 その次の瞬間だった。
 ……地獄が生まれたのは。
『ぐは!?』
『い、胃が!!』
『た、助け……』
『ふぐぅ!?』
『い、医者をぉぉ!!』
 それぞれが思い思いの叫びをほとばしらせる。
 キーンコーンカーンコーン……
 チャイムが鳴った。
 昼休みの時間だ。
 その瞬間、全員の脳裏に、同じ考えが浮かんだ。
『く、口直しの飯をぉぉぉぉぉ!!』
 一斉に実習室を挨拶もなしに駆け出して行く生徒たち。
 全員で食堂になだれ込むが、あいにくと今日は食堂は休みだった。
 それならばと全員で購買に駆け込む。
「小夜美ちゃん!パンくれパン!」
「何でも良いからパンください!」
「俺にもパンください!!」
「いくらでも払うからパンくれぇ!」
 まるで地獄の餓鬼の集団のようなその凄まじい光景に後ずさりしつつも、懸命に立ち向かう小夜美さん。
 綺麗な淡い青色のストレートの髪を後ろでひとつに束ねた女性。他の誰かがこの光景を見ていたら、きっと彼女は聖母様のように映っただろう。
 パンをゲットした生徒たちは、ここへ来てようやく思い思いの行動を取り始める。
 その場で袋を千切って食べ始めるもの。
 いつもの場所へと向かうもの。
 歩きながら食べ始めるもの。
 小夜美さんも新しく仕入れたパンが一気に売り切れたので、ほっと一息ついていた。
 
 
 ……そして、そのパンを食べた生徒全員が次の授業に出ることはなく、次の日も登校することはなかった。
 彼らが登校できるようになったのは、それから実に一週間もあとのことだった。
 ただ一人、購買のカウンターで小夜美さんは呟いた。
「やっぱりこのパンが原因だったのかなぁ?」
 そのパンの包装には、次のように記載されていた。
 
 
 
『秋子印の謎ジャムパン♪』
 
 こうして、澄空学園創立以来初めての悪夢は幕を閉じた……
 
 
 



あとがき
久しぶりに書いて見ました壊れSS!!
どうでしたでしょうか?
最近オリジナルSSのほうでお褒めの言葉をもらえるようになり、「今壊れSSを書いたらどうなるだろう?」と思って実験的に書いてみました。
あと、ちょうど面白そうなネタが見つかったので書いてみました。
たくさん笑っていただければ幸いです。
ではでは、オリジナルSSのほうでお会いしましょう。



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