彩る思いを抱きしめて

                             作:三剣 由


桜の咲く季節。
それは学校生活を送る者にとっては、始まりと終わりの季節でもある。
始まりは入学。終わりは卒業。
しかし、卒業という終わりは新たな始まりでもある。
あと1週間で卒業式を迎える麻生翼にとっても、それは例外ではなかった。

翼は今、卒業後に進む自分の道について、悩んでいた。
翼はある画伯からパリへの留学を進められていた。
絵を描くことが好きな彼にとっては、それはとても嬉しい話だった。
海外に行って、本格的な絵の勉強をすれば、多くの知識と技術を得ることができる。
それがどれだけ有益なのかは、自分でも分かっている。

だが、絵と同じくらいに大事なものがここにある。
留学すれば、その『大事なもの』を置いて行かなくてはならない。
それが翼の大きな悩みだった。
「どうしたものか・・・」
翼は学校の屋上で、夕焼けを眺めながら、深いためいきをついた。
確かに絵を描くことは、翼にとってすべてといっても過言ではない。
だが、1度日本を離れたら、しばらくは帰ることができない。
それがどうしても引っ掛かり、今まで留学の返事を保留していた。
しかし、もうこれ以上、返事を引き伸ばす訳にはいかない。
翼は覚悟を決めなければいかなかった。

「翼せんぱ〜い」
不意に背後から聞きなれた声が耳に入り、翼は振り返った。
そこに立っていたのは、翼の悩みの種である少女───美咲彩だった。
翼は今、同じ美術部で1年後輩にあたる彼女と付き合っていた。
そうなるまでには、いろんなことがあったが、今では学校及び美術部公認のカップルとなっていた。
「先輩、こんなところにいたんですね」
走って来たのだろうか、彩は息をきらしながら、こちらに駆け寄った。
「彩・・・」
翼は心配かけないように、彩に微笑みかけた。
留学の話はもう彩も知っていた。
何しろ、留学の話をしてくれたのが、彼女の父親だからである。
彩はその留学については賛成していた。
「先輩と離れ離れなるのはつらいですけど、先輩の将来を考えれば、絶対に留学するべきです!」
これが彩の答えだった。

それを聞いたとき、翼はいかにも彩らしいと思った。
彩も自分と同じくらい絵が好きで、絵のことを理解していた。
だからこそ、翼の留学にも理解を示すことができるのだと思った。
しかし、翼自身は簡単に割り切ることができなかった。
彩はひとりでも大丈夫だと言ってはいたが、
本当はものすごく寂しい思いをしていることに気付いていたからだ。
気丈に振舞う彩を見ているから、未だに決心がつかなかった。
───自分がいなくなって悲しい思いをさせるぐらいなら・・・
絵の勉強なら国内でもできる。海外でしか得られないものがあるのも事実だが、
それでも彩を置いて行くぐらいなら、そうしたほうがいいのではないかと最近、思うようになっていた。

「先輩、留学のことで悩んでいたんですね・・・」
心を見透かしたように問い掛ける彩。
翼は隠すことはできないことを悟り、そのまま無言でうなずいた。
「そうですか・・・」
彩は寂しげな笑みを浮かべて、翼を見つめた。
「そうだ。先輩、今週の休みに公園に行きませんか?」
「公園に?」
「はい。公園でデートしましょう」
「あ、ああ、俺は別に構わないが」
翼は突然のデートの申し込みに、少し面食らった。
てっきり、留学の話をするものだと思っていたからである。
「やったあ!それじゃ、今週の朝10時に、公園で待ち合わせしましょう」
「分かった」
「それじゃ、先輩。部活も終わりましたから、一緒に帰りましょう」
彩がそう言って、翼の腕に自分の腕を絡めた。
「お、おい、その格好は恥ずかしいだろ」
積極的な彩の行動に慌てる。
「私は全然、大丈夫ですよ。
だって、私たち公認のカップルですから、今更、恥ずかしがることなんてないですよ。
それとも、先輩、私と腕を組むのが嫌なんですか?」
彩が今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
「い、嫌じゃないけど・・・」
たちまちしどろもどろになる。
翼はこの顔に一番弱かった。
「じゃあ、いいですよね」
「はいはい、好きにしてくれ」
「ありがとうございます」
観念した翼に彩がとびっきりの笑顔を見せた。


約束の当日、翼は予定の時刻よりも15分前を目標に向かっていた。
恐らく、今回のデートが最後となる。
それなら1度くらいは、彩よりも早く待ち合わせの場所に着こうと翼は思った。
彩と付き合うようになってから何度もデートをしたが、
今まで彼女よりも先に待ち合わせ場所に着いたことがなかった。
自分もそれなりに5分前や10分前に着くようにしていたが、彩はそれ以上に早く着いているのが現状だった。
彼女曰く、「待つのも楽しいですから」ということだが、その考えにはどうも理解できなかった。
しかし、最後くらいはと翼は奮起して、15分前に翼は待ち合わせの場所にやって来た。

「あ、先輩、こんにちは。今日はまた早いですね」
この瞬間、翼の目論見は見事に崩れ去った。
「おい、彩。おまえ、どれくらい前に来てるんだ?」
「えっと、今日は30分前くらいですか。いつもはもっと早く着くんですけど、
今日はお弁当作るのに時間がかかったので、遅くなっちゃいました」
彩が愛らしい笑みを浮かべながら答える。
「それで遅いほうなのか・・・」
翼はあきらめのため息をついた。
これでは先に着くほうが無理だと改めて実感した。

「あの、先輩。最初にボートに乗りたいんですけどいいですか?」
「ああ」
翼と彩はボートに乗り、公園の池の真ん中へ向かった。
暖かくて優しい春風が吹き抜け、彩の髪が大きく揺れた
「風が気持ちいいですね」
彩が暴れる髪を手で押さえながら、微笑んだ。
「ああ。春らしい風だな」
「そうですね」
「ここでこうして先輩とボートに乗るのも最後ですね・・・」
ふと寂しげな表情を垣間見せる。
「彩・・・」
「す、すみません!私ったら、変なこと言って・・・これが最後っていうわけじゃないですよね」
彩は慌ててフォローした。
「先輩、ここでしばらくお話しませんか?」
「いいけど、何を話すんだ?」
「いろいろです」
彩は屈託のない笑顔を見せながら答えた。

こうして翼と彩は、時間が許す限り、ボートのうえで他愛のない話をした。
話はふたりには珍しく絵以外のこと───
学校の授業中の出来事や最近、身近に起こった出来事などほんとにありふれたことばかりだった。
それでも何故か話が尽きることがなかったのは、彩が常に話題を作っていたからである。
こういうところは女の子だと翼は思った。
「先輩、そろそろお昼にしませんか?」
「お、そうだな。おなかも空いてきたし、ちょうどいいな」
翼はそう言うと、ボートを岸まで戻した。

「翼先輩、あの芝生で食べましょう」
彩は綺麗に生えそろった芝生を指差した。
「そうだな」
翼と彩は並んで芝生を目指した。
そして、ふたりだけのランチタイムに入った。
「おお、これはまた今日はすごいな」
彩の持ってきたバスケットの中身を見て、翼は思わず目を輝かせた。
今日はいつもよりもさらに手の込んだおかずで、しかも自分の好物ばかりだった。
「急いで作ったので味には自信はないですけど・・・」
「そう言ってる割には彩の料理は、いつもおいしいんだよな」
「せ、先輩ったら・・・」
彩は顔をほんのりと赤らめた。
「いただきます」
翼は手始めにサンドイッチを口にした。
「どうですか?」
「うん、うまい。今日はまた格段とおいしいぞ」
「そ、そうですか!ありがとうございます!」
「おいおい、礼を言うのは俺のほうだろ。こんなおいしい弁当作ってくれてありがとう」
「そ、そんな・・・こんなので喜んでもらえて、私、すごく嬉しいです」
「いや、ほんと彩の料理はいつ食べてもおいしいぞ。だから、もっと自信を持てよ」
「は、はい!」
彩は目を輝かせながら元気のいい返事をした。
それから、ふたりは芝生で食事をしたあと、公園をぶらぶらと歩いた。
とても楽しい時間だった。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、気が付けば、辺りが薄暗くなり始めた。
「あ・・・もう辺りが暗くなってきましたね。残念です」
彩は名残惜しそうにつぶやいた。
「そうだな。あっという間に時間が過ぎたな」
翼もこのとき、彩と同じ気持ちになった。
翼と彩は、お互いに並んで、茜色に染まる池を眺めた。
しばしの沈黙が流れる。

「・・・先輩・・・」
先に沈黙を破ったのは彩のほうだった。
「前にも言いましたけど、先輩は絶対にパリに行くべきです。
こんなチャンスは二度とないかもしれませんから」
「でも・・・」
何か言おうとした翼に、彩がいきなりキスをした。
「その先は言わないでください。せっかくの私の決心が崩れてしまいますから・・・」
と言ってゆっくりと翼から離れる。
「彩・・・」
「そんな顔しないでください。
確かにしばらく先輩に会えなくなるのは寂しいですけど、
もう二度と会えなくなるわけじゃないですから、私、先輩の帰る日を楽しみに待っています」
彩は笑顔を作ろうとした。ところが、その気持ちとは反対に、瞳から涙がにじみ出した。
「あれ、なんで涙が出るんだろ・・・あれ、止まらない・・・」
必死に涙を拭うが、涙は止まるどころか一気に溢れ出した。
「ぐすっ・・・私、笑顔で先輩を送り出すつもりだったのに・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
「彩、謝らなくてもいい・・・」
翼は狂おしいほどの愛しさを感じながら、彩の小柄な体を引き寄せた。
そして、今日のことをずっと覚えていられるように、強く抱きしめた。

「先輩・・・ひとつだけ私のお願いを聞いてくれませんか?」
しばらくして、落ち着きを取り戻した彩が翼の目を見つめながら尋ねた。
「何だ?」
「向こうに行ったら、先輩がそこで1番最初に描いた絵を送ってくれませんか?」
「分かった。それだけじゃなく、パリで描いた絵は全部、彩に送る」
「ありがとうございます。その言葉を聞いて安心しました」
彩は泣き笑いの表情を見せた。
「彩・・・」
「先輩、行ってらっしゃい」
彩は、瞳に残った涙を拭うと、爪先立って二度目のキスをした。




-あとがき--------------

このサイドストーリーはDC版の「CANVAS」に登場する美咲彩ちゃんの魅力に虜となり、
勢いで作った作品だったりします。(^^;
いやあ、本気で惹かれました。「メモリーズオフ」のみなもちゃんと同等の魅力があると思いました。
健気で一途で、礼儀正しくて、しっかりしていて、エンディングを見た後、
「もうこれは彩ちゃんのサイドストーリーを書かなきゃいかんでしょ!」ってな感じなりました。(笑)
そんな単純な理由で作ったので、一方的に彩ちゃんの思いだけが先行した作品になっていたりします。(^^;
ほんと自己満足の固まりですが、これを読んで少しでも彩ちゃんの魅力が伝わればと思います。

                                                             三剣 由



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