『在る者と無い者』
作:ちまたみうみ 



「……あれは……誰だ?」 
 夕飯時、食堂から自分の部屋のある男子棟の一階まで戻ってくると、どういう訳か知らないが、オレの部屋の前に誰かが蹲っていた。じっと見据えて顔を確かめようとするが、それが誰かはオレの視力では確かめられない。
 少し不審には思うが、このまま放置しておく訳にも行かないのでオレは思いきって部屋まで行くことにした。
「――って、なんだレゥか」
 心配して損をした。顔を伏せているからわからなかったが、それはオレの良く知る存在だった。
「そんなとこで何やってんだ? 鍵は開いてたはずだけど……どうしたんだ、レゥ?」
 何やら挙動がおかしい。小刻みに肩を震わせ、伏せた顔の下からはカタカタという奇妙な音が連続して絶え間なく聞こえてくる。その様子ははっきり言って怖い。
「おい……レゥ、レゥ!」
 不安になったオレはレゥの肩を掴んで揺すり、顔を上げさせた。   
「大丈夫か、お前」
「……目標補足。たーげっとヲ、ますたーノ渡良瀬恭介ト確認」
「……は?」
「ヤット我ガれーぞんでーとるノ満タサレル時ガ来タ」
「え? あ、おい、ぬおあ!?」
 いきなり意味不明な言葉を口走ったかと思うと、レゥはよろよろと立ち上がって、今まで髪結いだと思っていた頭の左右にある物を外して、オレに投げつけた。
 ぴどーん!
「ええ!?」
 い、今爆発しましたよ!? ってか、あれ爆弾だったの!?
 と、驚いている場合ではない。オレはニ撃目が来る前に、とりあえず逃げることにした。なんでこうなったかをまず考えるべきだとは思うが、それを考えるためにはまず命が無いと始まらないので、オレはとりあえず食堂まで急いで戻る。その途中で何事かと他の生徒が様子を見にオレの逃げてきた方向へと向かうも、そんなことを気にして注意してやる余裕は無かった。
「ちょ、ちょっと! 今恭介の部屋の方から凄い音が聞こえたけど……」
 食堂に辿り着くと、酷く驚いた様子のたえさんが出迎えた。
「あ、たえさん……事情はあとで説明しますから、とりあえず電話借りますっ!!」
 レゥはきっと、なんらかの原因で暴走でも起こしているのだろう。それしか考えようが無い。となるとここは、アニキに聞くしかオレに残された術は無かった。
「少々お待ちください……」
 先に受け付けの人間が電話に出て、アニキを問い合わせる。これはいつ電話しても変わらないことだが、流石に今回ばかりはじれったくて仕方がない。繋がるまで20秒かかったが、その時間が恐ろしく長く感じた。
「――よう、どうした恭介? メールじゃなくて電話だなんて、珍し――」
「アニキ! 今はそんなことはどうでもいい! レゥが壊れた!!」
「レゥが? ……なんでまた?」
「知るかよ! だから連絡したんだって……なんか急に喋り方とかがロボットっぽくなったり、攻撃とかしてくるんだよ」
「ふむ……バグが起きてるとはいえ、レプリスは間違ってもマスターに危害を加える筈はないんだが……」
「あーもうとにかくなんでもいいから、何か手は無いのか!?」
「うーん……すまない恭介、実物を見なければなんとも言えない。それに持ち帰ったレゥのデータの解析が忙しくて、そっちには行けそうにない。悪いが、あとでレポートを送っておいてくれ。それじゃあな」
「え? あ、おいアニキ!!」
 ……ダメか。
「恭介、見ツケタ……イッテヨシ、イッテヨシ」
「おわ!?」
 気が付けば食堂の入り口に、無表情のレゥが仁王立ちしていた。仕方なくオレはもう一方の出入り口から食堂を抜け出し、一旦寮の外へと出ることにした。
 とりあえず……そこで対策を練ろう。


「えー、それじゃあ、萩本君、榛名君、吾妻君、杵築君、結城君のメンバーで、これより暴走レゥ対策委員会会議を始めたいと思います」
 対策を練ろう、という訳だったのだが一人ではいかんせん考えあぐねてしまったオレ。仕方がないので、レゥがレプリスだということを知られてはならないという条件付きではあったが、他の仲の良い友人達に協力を求めた。で、近所の公園に集まったのがこのメンバーだ。
「ねえ渡良瀬君、レゥちゃんがおかしくなったのっていつ頃からなの?」
 開始と同時に険しい表情になったもとみちゃんが、真剣な口ぶりで訊いて来た。
「そうだな……少なくとも、オレが食堂へ行く前まではたえさんの部屋で、みさおちゃんと遊んでたはずだけど……」
「ええ。確かに、私とレゥちゃんは一緒に遊んでましたけど……たえさんに食堂へ行かないかって誘われて、私は行くって言ったんですけど、レゥちゃんは行かないって言って、そのまま……」
「ということは、レゥちゃんがおかしくなった瞬間っていうのは、誰も見てないのね」
 オレとみさおちゃんの供述を、簡潔に纏めるもとみちゃん。議長はオレのはずだけど……まあいいか。
「でもよぉ、それじゃ原因なんてわかんねえじゃんか」
「そうなのよね……誰も見ていないのだったら、捜査は難しいわね」
「……そういえば、レゥちゃんはワタシとみさおちゃんに、『行かない代わりに、お台所借りてもいい?』って言ってたわね。ワタシは別に構わなかったから、とりあえず頷いたけど……」
 台所……料理……食材……!!
「それだ!!」
「え?」
 オレの急な閃きに、一同が視線を集める。
「きっとたえさんの部屋の食材が皆腐ってて、レゥが拒否反応を起こしたんだ!!」
「恭介……それ、ワタシに喧嘩売ってるの?」
「今はふざけてる場合じゃないでしょうが。恭介の大事な従兄妹なんでしょ、もっと真剣に考えなさいよ」
「そんなことだと、俺がレゥちゃんを……」
 迂闊な一言が皆よりボロクソに言われる。これでも、真剣だったんだが……。
 オレが黙ると、会議は言葉の繋ぎを失ったかのように沈黙に包まれる。どうやら皆、それぞれ思考をめぐらせているようだ。 
 だが事態はいっこうに進展の兆しを見せない。しかし別の意味で事態は急変する。それは、そろそろ全員に焦燥のようなものが感じられ始めた、その時だった。
「ん? ……あれは、レゥちゃん?」
 不意に、亮が公園の外の方を見やりながら呟いた。全員が反射的にそちらの方に顔を向け、オレも視線を移した。
「ますたー、オニイチャンヲ発見……処理ヲ継続スル」
 ……どうやらターゲットはオレらしい。
「れ、レゥちゃん、落ち着いて。何があったかは知らないけど、とにかくゆっくり話をしましょう!」
 そのレゥに、たえさんは先陣を切って向かっていく。オレ達もそれに続いてレゥへと駆け寄る。
「――オ前ラハ、オニイチャンノコトガスキカ?」
「は?」
 たえさん達が近づくと、何やら機械的な声でそう尋ねた。それに対して全員が間の抜けた声をするも、しばらくの間があって、一人一人レゥの質問に答えていった。
「そりゃまあ、恭介は幼馴染だし……嫌いじゃないけど……」
「渡良瀬君は優しいし……うん、どちらかといえば……」
「まあ、好きだけど……弟、そう! 弟みたいな意味よ」
「恭介さんは……その……」
「嫌いなヤツとは、ダチなんかやってないから、安心しな、レゥちゃん」
 ……素直に答える辺り、レゥにはいいのかもしれないが、全員がちらちらこちらの方を向きながら答えるので、かなり気恥ずかしい。あー、でもオレ嫌われてはいないんだな。良かった良かった。
「……ナラバ、オ前ラハ、我ガれーぞんでーとるヲ否定スル者。排除ガ必要ダ」
 レゥは無機質な声と表情でそう述べると、いつの間にか再生している髪結いの片方を含めた、二つの爆弾を手にとった。
「わ、バカ、よせ!!」
 先程のレゥの攻撃方法を見ていないこの場の全員は、その一連の動作をきょとんとした様子で見ている。それを察してオレは逃げることよりも、レゥに爆弾を放らせることを阻止しようとした。
 レゥに飛び掛って両手から瞬時に爆弾を奪いとると、遠くの茂みへとそれを放り投げた。すぐに轟音とともに爆発が起きて、それを見たオレ以外の皆は驚いているだろうが、今のオレの位置からじゃそれは確認できない。
「うわっ!?」
 上にのしかかる形になっていたオレを、レゥは巴投げをするような形で投げ飛ばした。レプリスであるせいか、その力は尋常じゃなく、オレはボールのように飛んでいき、木の幹に全身をしたたかに打ち付けてやっと止まることができた。
(ぐ……)
 胸のあたりに、何か熱い塊がこみ上げる。それと同時に口の方に苦いものが溢れたが、オレはそれを強引に押し戻して立ち上がった。
 ――皆は?
 今はそれだけが気に掛かり、オレは投げ飛ばされた場所へと駆け戻った。
「――皆をいじめないで!!」
「……私ノモデル機カ……オ前ガ、私ガ生ミ出サレルキッカケ……」
 な……レゥが二人?
 その疑問は、どうやら無事らしい他の皆も抱いているようで、呆然と二人の様子を見つめている。片方はいつものオレの知っているレゥらしいが、オレがいない間にやって来たのだろうか。
 となると、あのレゥは……?
「オ前ガ不良品ダカラ、私ハココニイル。ダガ、オ前ガイレバ、私ハイラナイ」
「え……何? この人、何言ってるの?」
 レゥは困惑した表情でオレの方を見つめてくる。が、オレもそれはわからなかった。この『レゥ』が何を言おうとしているのか、いまいち理解ができない。
「必要トサレル者ノ、代ワリハイラナイ。ダカラ、必要トサレテイルオ前ニ、代ワリハイラナイ。ますたーニ、わたシは……イラナイ」
「ねえ、あなた誰なの? レゥなの? でも、レゥはここにいるよ!?」
「ダカラ……私ガいルためニハ……おまエはイラナい……れぞんでーとるヲ……守ルタメニ」
 先ほどまでは、無機質ながらもはっきりしていた口調。それさえもおぼろげに、レゥじゃない『レゥ』は言葉を続けた。
「排除……ハイジョ……はいじょ……はイ……ジ……ヨ」
 『レゥ』は、片手を伸ばし、一歩一歩レゥへと歩み寄っていく。その様子は、何か鬼気迫るものがあり、レゥは震えてその場から動くことができないようだった。傍で見ているこのオレでさえも、『レゥ』から何か干渉してはいけない、恐ろしい『何か』を感じていた。当然、他の皆も同様だろう。
「いや……来ないで……」
 ギリギリまで手が迫った時、レゥの体に少しだけ自由が戻ったのか、少しずつ後ずさる。しかし、それを追うように『レゥ』もにじり寄る。
「怖い……怖いよ……助けて……おにいちゃん!」
「っ!」
 その叫びで、オレの体は戒から解き放たれた。すぐにレゥと『レゥ』の間に体を入れ、レゥを背中に隠すような形で両手を広げる。
「やめろ……レゥは……オレのレゥは、お前じゃない」
「…………」
 オレの言葉に、『レゥ』は表情を悲痛に歪ませる。同時に、伸ばしていた片腕が、まるで玩具が壊れたかのように簡単に取れ落ちた。そしてそれをキッカケに、堰を切ったように体の各所が分解を始める。足が崩れ、体のバランスを失って地面に崩れると、それから先はもう見ることはできなかった。
 これが、レプリスにとって、存在理由を失った時の答えか……。
「なあ、これどういうことだ!?」
 亮達が、事が収まったということを認識してか、慌てて駆け寄ってくる。だが、今のオレにはそんなことを答える余裕は無かった。結局、曖昧にそのことは誤魔化し、口止めをしておくだけにしておいた。
 その後アニキのそのことを電話したら、事態はもみ消しておく、とのことだった。それと、リースとは別にレゥの代わりとして用意したレプリスが、製品不良のせいもあって破棄する直前行方不明になった、という話を聞いた。恐らく、あれがそうだったのだろう。
「ねえ、おにいちゃん?」
「なんだ」
「レゥは……おにいちゃんにとっての、なんなの?」
 純真な瞳から向けられる、少し憂いを帯びた問い。それに対して、オレはありったけの自信と、半ばの願いを込めて言った。
「……安心しろ。オレは、お前のおにいちゃんだ。ずっと一緒の、な」
「……うん!」
 オレの答えに、レゥは満足そうな笑みを浮かべて頷いた。
 オレにはもう、レプリスがなんなのか、と考える気力さえ無い。ただ、レゥと一緒にいたい、それだけを思っていた。
 果たしてそれがこれからレゥと生涯を過ごす上で正しい選択なのかと尋ねられれば、やはり曖昧に返事を濁すしかできないだろう。
 オレにはレゥが必要だ、これだけは確実に言えた。
「おにいちゃん、レゥのこと、好き?」
「ああ、好きだよ」
「わーい! レゥもおんなじ!」
 とりあえずレゥは今日も笑顔だ。
 それだけで、オレも十分幸せなのだ。


FIN




同時期にアップされたであろうてんたまSSのあとがきを先に読んでると、あとがきの手間が少しはぶけます(ぉ
これも同様に半年前に書いた作品で目も当てられません。
レゥの同系機の暴走事故。
なんのこっちゃ(汗
ちなみにレゥがレプリスだってこと、知ってる人は知ってて和解(?)し知らない人は知らないということで(ぉ





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