アユタロス2000
                             作:ユキノブ


祐一は目の前の現実に打ちのめされていた。

 奈落の底に落ちたはずの青い大男。

 奴が今、何事もなかったかのようにそこにいるのだ。

 理由はわからない。考える気力さえ最早尽きた。

 絶望感が頭から指先までも侵し、彼から抵抗する力を奪っていた。

「もう、だめだ」

 祐一はヘナヘナとひざをついた。

「祐一くん」

 野太い声が甘く響く。

 マスクのしたに恐らく笑顔を浮かべ、歩み寄ってくる大男。

 振り上げた斧の下に、彼の運命はあるのだろう。

「さよなら、名雪」

 祐一はそっと目を閉じた。最期に映るのがこの化け物ではあんまりだ。

 彼は幼馴染の笑顔をまぶたの裏に思い描いた。

 と、その時。

「ヒアーカムスニューチャレンジャー!」

 奇妙な声と金属が打ち合わされる音、

 そして「うぐう」という最早聞きなれた悲鳴が、彼を現実に引き戻した。

「?」

 開いた目に飛び込んできたのは、黒光りする金属の壁だった。

 いや、違う。

 それは全身を覆う鎧に身を包んだ大男であった。

 基本は中世の騎士の鎧のようだが、全身を隙間なく覆う密閉性、

角付の兜に象徴される、その凶悪なフォルム、そしてなにより異様なまでの大きさが

その印象を払拭し、なおかつ着ているものが人間でないことを雄弁に物語っていた。

 兜から覗く紅い目と、漂うオーラもあいまって、あたかも悪夢を具現化したかのようだ。

 角付の兜の隙間から、初めて声が漏れた。

「・・・祐一のことは嫌いじゃないから」

 こちらは脅迫電話のように、機械的な甲高い声であった。

「またか・・・」

 
 馴れとは恐ろしい。祐一はたいして驚いていなかった。

 やけくそ気味に状況を受け入れ、指摘してやる。

「今度の共通点は・・・その剣って訳だな?」

 鎧の大男はその体格を考慮してもなお大きい、とてつもない大剣を携えていた。

「・・・剣なんて他にも大勢持ってるのに、なんでよりによって・・・・・・」

「・・・・・・?」

 鎧の男は器用に首をかしげた。

「それで、一体お前は何をしに来たんだ?」

 男の赤い目が、青い男を射抜いた。

「・・・奴を斬る」

 そして祐一を振り仰いでこう続けた。

「私は魔物を討つ者だから」

「・・・お前もだろう」

「・・・そうだった」

 男は青い男に向き直りつつ訂正した。

「私は魔物を討つ魔物だから」

「・・・助けてくれ」

 いや、助けてくれるらしいのだが。さっきより頭が痛いのはなぜだろう。


 
 一方で挑戦された方の大男は、邪魔をした闖入者に怒りを燃やしている、と思いきや、

リングの隅で巨体を丸めて震えていた。

「うぐう、化け物、こわい」

「だから、お前もだろう」

「うぐう」

 しかし、鎧男は容赦なかった。見た目からは想像のつかない身軽さで間を詰めると、

切っ先で地面をなめるように大剣を一閃させた。

「う、うぐう」

 悲鳴を挙げながらも跳び退ってかわし、青い男は反撃に転じた。

 下から上への斬撃を、鎧男は構えを移行させつつ、軸をずらしてかわす。

 互いにうなりをあげる巨大な獲物を、避け、受け止め、弾き返す。

 まるで剣舞のように洗練された、とてつもない攻防に、観客の歓声があがる。

「おおーっ!!!」

 どこに逃げても正確に祐一を巻き込む攻撃の余波に、彼の悲鳴もあがる。

「うぎゃー!!!」

 永遠に続くかと思われた攻防はしかし、あっけない幕切れを迎えた。

 鎧男の大剣が青い男の腹部を貫き、なんとそのまま巨体を持ち上げ、

背後の奈落に放り出したのだ。

「うぐうーー〜〜〜・・・・・・」

 悲鳴は夢に見そうな余韻(?)を残しつつ、消滅した。

「はあ、はあ、はあ、・・・し、仕留めたのか?」

 コクンと頷く鎧男。

「でも、奴は前にこの奈落から生還したんだぞ?」

「・・・大丈夫・・・3ラウンド制だから」

「よくわからんが、とにかく助かったよ」

「・・・祐一」

 ぞくっ!何故か悪寒が背中を走り抜けた。

「・・・祐一のことは嫌いじゃないから」

「ま、まさか・・・」

 鎧男は剣を振り上げ、歩み寄ってくる。

 紅い目が妖しい光を放っていた。

「・・・祐一、逢いたかった」

「状況何にも変わってねーっ!!」 

「祐一!!!」

 随分久しぶりに聞いた気がする、まともな女性の声。

 7年前と変わらない、懐かしい響き。

 声の主は奈落の向こうにいた。

「名雪・・・名雪!!!」

 祐一は叫んだ。名雪が名雪のままでいる。それだけのことがひどく嬉しかった。

 もう思い残すことはないと、そう思った。

 しかし。

「あきらめちゃだめだよ、祐一!」

「名雪・・・?」

「これを使って!!」

 名雪が投げた何かは、祐一に向かって正確な放物線を描いた。

 それはスーパーの紙袋だった。やけに軽い。

 わらにもすがる気持ちで中身を取り出す。

「こ、これはっ!?」

 うさぎのみみかざり。バニーちゃんのつけるアレ。

「こんなもんでどーすんだよ!!」

「それをあいつの頭につけて!そうすれば落ち着いて、おとなしくなるから!」

「なんだって?」

 にわかには信じられない話である。しかし今は信じるしかない。

「わかったよ、名雪」

 お前を・・・信じるよ。

「こいつを奴につければ、奴がおとなしくなるんだな!?」

「ううん。祐一が」

「あきらめろっちゅーことかい!!!」

「気がまぎれるよ」

「まぎらわしてどーする!!!」

「ふぁいとっ、だよ!」

「死ぬわー!!!」

 どうやら変わっていなかったのは外見だけのようである。

 最早なにも信じられなかった。彼は全てに裏切られたのだ。

「なんでだよっ!!俺が一体何をしたっていうんだよっ!!!」

「祐一」

 半狂乱になって叫ぶ祐一をなだめるように、名雪(仮)はやさしく呼びかけた。

「思い出して。7年前、自分が何をしたか」

「7年前・・・?悪魔と契約でもしたのか?」

「7年前、祐一はある女の子の大事な約束を破ったんだよ」

「・・・そうか、思い出した。俺は名雪に酷い事を・・・って待てよ」

「うん?」

「てことはあの時の恨みを晴らすためにこんなことを?」

「うん」

「うん、じゃねーっ!お前が元凶か!」

「そう。やっちゃえマイトメア」

「はちみつクマさん」


 7年ぶりに再会したいとこ。昔の面影は原型を留めていなかった。

 真っ白になった祐一。

 しかし、奇跡は起きた。

「うぐう、祐一くん、逃げて!」

 野太い声で我に返ると、青い大男が鎧男を羽交い締めにしているところだった。

「お前、どうして?」

「ちっ、洗脳が解けたか」

「何ィ!?元は本物だったのか!?」

「そう。お母さんに改造してって頼んだの」

「1秒で了承!?」

「ううん、5秒もかかったよ」

「・・・・・・」言葉もない。

「祐一くん。ボク、必死に抵抗して心を取り戻したんだよ。祐一くんを傷つけたくないから!」

「あ、あゆ」

 できれば体を先にして欲しかった、とは言えない。(声は野太いままなのだ)

「やっと名前呼んでくれたね・・・」

「あゆ」

「はいそこまで。ぽちっとな」

 
 名雪がボタンを押すと、再び大男の目に狂気の光が宿った。

「なんてことを・・・・」

 もう、見ていられなかった。現実に絶えられなかった。

 祐一のかかとがリングをはみだし、小石がぱらぱらと奈落に散った。

 そして祐一はリングを蹴って、小石と運命を供にした。

「さよなら、みんな」

 どこまでもどこまでも、祐一は落ちていった。



そして・・・


落ちていく先には・・・

大方の予想通りの展開が待っていた・・・



「ラウンド2ー!!!」

「ふぁいとっ、だよ!!」





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