----- セキュリティー・グリーン-----
作:ユキノブ




 奇跡、といっても過言ではないだろう。

 3人組の泥棒がいま、一軒の豪邸に侵入を果たした。

 男二人、女一人で構成されたその泥棒トリオは、
今まで一度だってまともに仕事を成功させたことがないのだ。

「嘘みたい・・・。あのインチキ情報屋、ついに改心したってことかしらねぇ」

 三人組の紅一点、どういうわけか赤いレザースーツに身を包んだ女が呟く。

 残りの二人は申し訳なさそうに歪めた顔を見交わした。

 彼女がインチキ呼ばわりした情報屋は、ネット上に星の数ほどひしめく
同業者の中でも間違いなく一流である。
 これまでの情報が正確でなかったのは、単純に情報料をケチった結果であった。
 今回は本当に生活が苦しくて正規の情報料を払えない彼らに同情して、
格安で貴重な情報を回してくれたのだ。
 人並みの良心を持っていれば、感謝こそすれ、悪く言えるはずがない。

「はあ・・・」

 男たちはため息をついた。彼女にそんなものを期待してもムダだと、
わかっていてもやりきれなかった。

 親切な情報屋が勧めてくれた今回のターゲットは、森野忠義と言う名の偏屈な
資産家の屋敷だった。
 変わり者の懐古主義者としても知られる彼は、警備会社にも銀行にも頼らず、警備システムを自作し、
自慢の番犬を配することで、自宅に保管した莫大な財産を護らせているのだ。
 別段専門家でもない彼が構築したシステムは、何十年も前に主流だった、
時代遅れも甚だしい、単純なシロモノだった。
 無防備すぎると誰もが思うが、これが意外とバカに出来ない。
 あまりにも古すぎて誰も使わないシステムなので、現在のシステムと同じ
やり方では対応できないのだ。
 古い文献をひっくり返して、それに合わせた準備をしなければならない。
 金と運はともかく、能力だけは確かな彼らである。
 正しい情報を得た彼らにぬかりはなかった。

 赤外線センサーを潜り抜け、鍵をこじ開け、各種センサーを騙し、監視カメラにはダミーを流し、
ナンバーロックは総当り。

 一番苦労したのは番犬だった。

「あいつら、よっぽどいいモン食ってたんだろうな・・・」

 男の片割れがうらやましそうにぼやいた。彼の細い身体には死闘の跡が生々しく刻まれている。

「エサをケチるからだよ。あんな安物の肉じゃブタだって見向きもしない」

 指摘したのは長い髪を真っ赤に染めた、ハデな女だ。

「だけど姐さん、今の僕らにはあれで精一杯だったんですから・・・」

 三人組の最後のひとり、小太りの男の言ったことは、決して誇張表現ではない。
そもそも彼らはここ数日そんな安物の肉すら口にしていないのだ。

「・・・情けないハナシだね、まったく。いったいどうしてこんなことになっちまったのかねぇ」

 赤い髪の女が大仰な仕草で嘆いた。身につけた大量のアクセサリーがじゃらじゃらと鳴る。

「・・・・・・」

 二人の男は沈黙していた。まさか彼女の浪費癖が原因だ、などと指摘はできない。
できないが、せめて盗みに入るときぐらい地味な格好をしてきてくれと頼むべきだろうか。

「ま、いっか。さっさとお宝ちょうだいして、夕飯は豪勢にホンモノの牛肉といこうじゃないか」

 女は気を取り直し、さっさと先へ行ってしまった。

 残された二人は顔を見合わせ、ため息をついてから、重い足取りでそれに続いた。


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 情報通り森野氏は旅行中で、屋敷の中に人の気配はなかった。
 セキュリティはすでに黙らせてあるので、探索するのになんら障害らしいものはない。

「ありましたぜ、姐さん」

 それは、あっけないくらい簡単に見つかった。
 書斎とおぼしき部屋の奥に、これまた古臭い、ただし堅牢そうな金庫がある。

「しかし、なんだいこりゃ?」

 一つだけ奇異な点が、その金庫にはあった。普通、ダイヤルと鍵穴があるべき場所に
それらしいものがなく、変わりにナニやらものものしい機械が埋め込まれており、
さらにはそこから伸びた太いケーブルが、テーブルの上のコンピューターに接続されている。

「・・・たぶん、このコンピューターを操作して開けるんでしょうが・・・。
 なんでしょう?これ」

 モニターがあって、操作端末がある。かと言ってパソコンと形容するにはあるべきものが
欠けすぎている。
 特にその操作端末は異様だ。A〜Nのキーと起動スイッチ、あとは用途不明なキーがいくつか。
たったこれだけのキーで何をするというのだろうか?

「ともかく起動してみましょう」

 まったく未知の暗号システムを前にして、一同は息を呑んだ。

 小太りの男がスイッチに触れると、低い起動音とともに、モニターに灯がともった。
続いてモニターと一体化したスピーカーから安っぽい電子音の音楽が流れ、
モニターにはドットが荒く、色が少なく、薄っぺらく、極度にディフォルメされた幼い少女が
数人現れ、ぎこちないクチパクとともに甘ったるい声でタイトルコール。

「ウルトラハイパー麻雀!P11(ピーイレブン)!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 誰も、一言もなかった。ただ漫然と流れる彼女たちのプロフィールだけが、
時がまだ流れている事を証明していた。


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「と、とにかく、この麻雀ゲームをクリアすれば、金庫が開くって寸法・・・だよな?」

 最初に立ち直った長身の男が自信なさそうに同意を求めた。

「まあ、他にそれらしい装置も、別のプログラムもないし、そうなんだろうなぁ・・・」

 小太りの男が応える。この中で一番機械に詳しい彼が言うのだ。信じるしかなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 姐さんと呼ばれている彼女は、まだダメージが残っているようだ。
どこから突っ込んでいいのか迷っているのかも知れない。

「しっかし何の冗談なんだこれは?」

 莫大な財産を収めた金庫の鍵がテレビゲーム、というのは置いておくとして。
 CGの技術が向上して、どんなマニアックな嗜好にも応えられるようになった現在。
 実在のアイドルだろうが空想上、いや妄想上の存在(ネコミミなど)だろうが、好きな格好で、あたかも
実在するかのような質感で、自分のモニターに表示することが可能なこの時代に。
 とうの昔に死滅したはずの「アニメ絵」がまだ存在するとは、誰も思っていなかっただろう。

「とりあえず、やることは麻雀なわけだろう?・・・やってみようぜ・・・」

 細身の男がゲームを開始させた。中割の少ないアニメーションで
ストーリーが進行していく。
 女性3人が経営する麻雀クラブで働くためにやってきた主人公。その実力を測るため、
彼女らひとりひとりと対戦しなくてはならないらしい。

(なんで4人でやらないんだろう?)

 疑問に思った彼らだが、なんだかもうそんなの些細な問題だという気もしていた。

「まあ、一応麻雀なら自信はあるからな・・・。お、いきなりリャンシャンテだ!」

「・・・なんだい、そのなんとかテっテ」

「上手くすればあと二回で上がれるってことです。でもこっからが揃わないんで・・・」

「ロン!」

「はい?」

 小太りの男が振り向くと、モニターの前で細身の男が呆然としていた。

「二回で・・・上がっちまった・・・」

「・・・まあ、そういうこともあるだろう」

 画面には上がった役と点数が表示される。役牌にドラがのって、悪くない得点だ。
 続いて画面が暗転し、短いアニメーションが挿入される。

「あー!もう、負けちゃったよ。クーラーが壊れて暑いから、上着脱ぐね」

 たったそれだけになんでわざわざアニメーションする必要があるのか。
疑問を残しながらも続く二戦目も彼が圧勝し、次のムービーが流れる。

「また負けちゃったよ・・・。こっち見ないでね・・・」

 恥ずかしそうにスカートを下ろすアニメ少女。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで?」

 彼女には本当に意味がわからない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 男ふたりも同様なのだろう。呆然としたまま立ち尽くしている。

「ほら、次の対戦始まってるわよ?」

「・・・・・・え、あ、はい。よし、がんばるぞ、と」

「・・・?」

 細身の男の不審な言動に、彼女は首をかしげた。

 次の対戦。最早あきらかにインチキなハイパイと引きによって、
なんなく勝ちを収める。
 ムービーが始まった。よくわからない説明のあと、少女がブラウスのボタンに
手をかける。その次の瞬間。

 ブツッ

 画面が暗転した。

「「あああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーツ!!!!!!!!!!」」

 男二人分の絶叫が木霊した。

「姐さん!なんてことしてくれたんですかッ!」

「なにって、ムービーは関係ないみたいだから飛ばしただけだろう?何がいけないってんだ」

「ナニがって、ああ、もう!アンタはッ!アンタは何にもわかっちゃいねェ!」

「泣くこたないだろう!だからナニがいいたいのさ!」

「まあまあ姐さん、俺が説明しますよ」

 えぐえぐと泣きくずれる男に代わって、小太りの男が説明を買って出た。

「いいですか、このゲームには、所有者以外がプレイしたときの為のプログラムが仕込まれている
 可能性があります。つまりうかつにムービーを飛ばすだけで俺達が所有者でないと判断される可能性があるんです」

「えぐ、えぐ、そ、そうだ・・・ぞ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一応、筋は通っているが。 

「じゃあその、陳腐な手書き絵の娘の裸がみたいわけじゃないんだね?」

「誓って」

 数分の間、見詰め合うふたり。

「・・・まあ、いいわ・・・」

「ありがとうございます。・・・ほら、続きやるぞ?」

 小太りの男が背の高い方をなだめ、プレイを再開させる。やや苦しみながらも、
ハイテイをツモって上がることができた。

 ムービーが始まる。細身の男の手はしっかりとスタートボタンをガードしていた。

「・・・おお・・・」

「神よ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 彼女はもう何も言わないことにした。正視に耐えず、彼らから目をそらす。

「よし、最初のアマを剥いた、じゃない、第一の関門を突破しましたよ、姐さん!」

「あーそう」

「よ、よし、次も、か、勝つぞ?」

「がんばって」

 もうどうでもよかった。早く帰りたい。 

 次の関門はショートカットでスポーティーな感じでとにかくそんな感じだった。
 ここでもムダにユーザーフレンドリーなシステムは健在で、ふたりは少女のカタチをした
防壁を、一枚一枚はぎとり、文字通りハダカにしていく。

 ところが、あと一枚でクリアという局面で、彼らの快進撃は停滞を余儀なくされた。

「くそう、ついに負けちまった!」

「ドンマイ、持ち点はまだまだある。次で勝てばいいさ」

 小太りに励まされ、ノッポは再び熱き戦いに身を投じ、からくも勝利を収める。

「よし、クリアだ!」

 ムービーが流れ始めた。

「な、何ィ!!」

 ふたりは驚愕した。なぜならそのムービーは映像もセリフも先ほど流れたものと同じだったからだ。
 一度脱ぎ捨てたはずの衣服をいつのまにか着込み、それを脱いでいる。
 つまり、もう一度彼女に勝たなければいけないらしい。

「ど、どういうことだ!」

 うろたえるノッポに対し、小太りの方はいくらか冷静だった。

「・・・オプション設定だ・・・っ!!」

「何!?」

「オプション設定で(着ない)を選択しなかったっ・・・!
 明かなミス・・・っ!失敗・・・・っ!」

「どういうことだ?それにその気持ち悪い喋り方何!?」

 小太りの男は青ざめた、鼻のデカイ顔を彼に向け、説明した。

「いいか、このゲームの初期設定は、プレイヤーが負けるごとにCPUが脱いだ
 服を着るモードになっている・・・っ!オプションで変更しない限り・・・っ!」

「なんてこった・・・。それじゃあ俺らは連勝し続けなければならないのか!
 それにしてもお前、なんでそんなに詳しいんだ?」

「ふ、隠していてすまない。実は俺はこの‘脱衣麻雀‘の隠れファンなのさ・・・
 ふたりには、特に姐さんには知られたくなかった・・・」

「知りたくなかった・・・」

 とにかくこの仕事が終わったら縁を切ろうと誓った彼女だった。

「とにかく俺の言う通りにやれば勝機はある・・・!まずはリーチ・・・っ!
 リーチをやめるんだ・・・っ!ダマテン・・・っ!ダマテンだ・・・!」

「で、でもそれじゃあ点数が!」

「このゲームでは点数は問題じゃない・・・!勝ち数だけだ・・・っ!
 そしてリーチをかけると向こうが上がる確率が上昇する・・・!」

 小太りの男の口調はともかく、アドバイスは的確だった。難敵のショートカットを
打ち破り、ついに最後の難関に突入する。

「よし、これで最後だー!」

 ノッポの士気は高かったが、小太りの男は不安を拭いきれないでいた。
なぜなら、脱衣麻雀の恐ろしさはここからなのだ。
 彼の危惧は第一戦から的中した。牌が両者に配られた瞬間、ありえない声が響いた。

「ツモ!」

「な、何ィーーーーーーーー!」

 CPUが、最初に引いた牌で上がりを宣言した。
 テンホー。役満である。

「これが・・・っ!これが脱衣麻雀の真の恐ろしさだ・・・っ!」

「そんなバカな!何もしないうちに上がられたらゲームにならねぇじゃねーか!
 こんなのアリかよ!」

「アリだっ・・・!これは人間とCPUとの戦い・・・っ!真剣勝負っ・・・!
 不条理なシステムに打ち勝った勇者だけが辿りつける・・・っ!
 理想郷・・・っ!アナスタシアへ・・・っ!」

 ノッポの男は、カミナリの打たれたように立ち尽くした。

「お、俺にも行けるかな、理想郷・・・」

「ああ、行ける。行けるとも・・・っ!」

「とっとと逝ってしまえ!」


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 それは死闘と呼ぶにふさわしかった。最後の相手は一切の容赦なく、あらん限りの手段を使って
上がり続ける。たとえ上がり牌が全て場に出尽くしていても、5枚目、6枚目の牌を引っ張ってくる。

 小太りの男が見出した勝機は一つだけ。イカサマアイテムだ。限り在るコンテニューを使い、究極のアイテム
「イッパツリーチ棒」を揃えるまでひたすら耐える。

「よし、お宝は目の前だ!」

「・・・どんなお宝よ・・・」

 何がそこまでさせるのか。何を目指して彼らは戦うのか。その恐ろしいまでの執念が、
不条理極まるプログラムを追い詰めていく。

 そして全てのコンテニューを使いきりながらも、漢たちは戦いに勝利した。

「つ、ついにやった・・・!」

 万感の思いが、彼らの胸を満たした。

 今、最後のムービーが始まる。

 極悪な手口で彼らを苦しめた少女が、かわいらしく顔を赤らめ、鉄壁の下着に手をかける。

 その瞬間。

「おめでとう諸君」

 少女の顔がいかついヒゲオヤジのそれと入れ替わった。

「なななな、なんでーーーっ!」

「うむ。そのゲームはな、ムービーを「飛ばさないで」クリアしてしまうと、
 プレイヤーを侵入者と認識して隠しカメラの映像をワシの携帯に送るように
 プログラムされとる」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 あんまりだと思った。

「・・・それじゃあ、もう警察に・・・?」

「いや。まだ通報しておらん。逃げたいなら逃げてもかまわんぞ。
 だが、もしワシの頼みを聞いてくれるなら、その金庫の財産をくれてやってもいい」

 突拍子もない老人の申し出に、3人は顔を見合わせた。

「・・・その頼みとは?」

 少女の体の上にのった皺だらけの顔が、ニヤリと笑った。

「ワシと事業を始めんか?」


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「はあ・・・」

 超高層ビルがひしめくオフィス街、その中でもひときわ高いビルの最上階。
 飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進を続ける新興企業の執務室で、彼女は今日もため息をもらす。

 人もうらやむ立場だった。望むものは全て手に入れた。富も権力の思いのままだ。
 だっていうのに、この満たされない気持ちはどうしたことだろう。

 盗人だった3人組は、森野忠義の援助を受け、新しい事業をはじめた。
 CGに取って代わられ、時代とともに廃れていった「アニメ絵」を復興させたのだ。

 募集をかけてみればCGが嫌いで世に出なかった実力ある絵描きが次々に名乗りをあげ、
そして彼らの作品はチープなアニメ絵にこそ魅力を感じる隠れた客層に熱狂的に支持された。

 彼らが生み出したキャラクターはTVアニメ、ゲーム、本、全ての媒体で活躍し、売上に貢献した。

 今やひとつの業界の行く末を担うトップ企業の、代表取締役のイスに彼女はおさまっている。

 彼女が頬杖をつくワークデスクの上には、最新型のパソコンが設置されていた。
そのモニターには、彼女の会社の宣伝用の対話型ソフトが常駐している。
 彼女の会社のマスコットでもあるそのキャラクターは、当然アニメ絵で、
真っ赤ないでたち、真っ赤な髪で、大量のアクセサリーを身にまとい、通称「姐さん」と呼ばれていた。

「はあ・・・」

 再びもらしたため息をマイクが拾い、高性能対話ソフト「姐さん」が反応を返した。

「どうしたのマスター。元気ないねぇ。そんな時はアタシも出演している
 <ニューウルトラハイパー麻雀P17>をやれば元気に!」

「なるかーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」





 




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