始まりのとき
作:ゼロ



「女心と何とやら・・・か」

それにしたってこれは変わりすぎだよな

低い空を見上げれば、どこまでも分厚い雲しか無い

淀んだ空気は濃い湿気を帯びて少し息苦しい

俺はやや足早に、人気のない商店街を歩く

世界はその時灰色だったことに、俺は気付いていない

 

十分後、ぽつりぽつりときた

「なぜだ、昼までいい天気で絶好のゲーム日和だったのに」

いやゲームと天気はあまり関係ないかも知れんが

辺りは昼と思えないほど薄暗く、雨足は強くなっていく

相当早足になっていた俺

家まではまだ遠く、もうずぶ濡れ確定だ

それでも諦めきれず、かと言って今更走る気にもなれない

 

さらに十分後

「もーどーでもいーさ」

ちょっと離れたゲーセンに行ってみたのが運のつき

情報どうりなかなかいい店だったのだが

いいゲーセンにはいいゲーマーが集まるらしく

負けまくってリベンジに燃えた俺は気づくとすっからかんだった

俺が弱いわけじゃないと思うんだが

「まあ歩いて帰れない距離じゃないのが不幸中の幸いだな」

しかしもう雨もいよいよ本格的になってきた

完全に開き直り、ズボンのポケットに手を突っ込んで堂々と歩く

ドラマのワンシーンのようで、心なしか自分がかっこよくなったような気がする

信号が青なのを確認し・・・

「そういやあ信号って何で緑を青って言うんだろう」

「あぶないっっ!!!」

「!?」

どこっ!!・・・・・ごっ!!!!・・・

ボーっとしてるところいきなり突き飛ばされた

とっさに手をついたから良かったものの、危うく地面に顔をめり込ませるところだった

しかし、ずきーんと手に痛みが走る

「いって−」

起き上がり、服を払い、まいったなあという顔で振り向く

とっさに聞いたさっきの声は少し年上の美人とみた

どうせなら文句言うよりここは仲良くなって・・・

「あ?・・・」

誰も居ない?

いや、そんなはずは無いだろ

少しずつ視界を広げ・・・そして奇妙なモノを目にする

少し離れた道路の真ん中にあるそれは・・・人形?・・・いや・・

突然頭の中が真っ白になる

平衡感覚さえあやふやでくらくらする

あれは・・・あれは・・・人形じゃなくて・・・あれは・・・

必死になるが頭が働いてくれない、俺の頭はその先を拒んでいた

目を閉じ、震える息で何とか深呼吸する

平衡感覚はまだ戻らず、頭はくらくらしている

 

目を開けると、世界には色が無かった

建物も、看板も、信号機さえも、全ては白黒で、雨に打たれていた

その時になってやっと俺は、世界が灰色だったことに気付いたのだ

そして、やはり雨に打たれているそれは・・・人・・・

白っぽい服を着たその人から黒い液体が流れ出ていた

そして、その近くに転がっている傘だけは

白と黒の織り成す灰色の世界で燦然たる純白の輝きを放っていた

その壮絶な光景にただただ見とれるばかりの俺

そう、俺は見とれていたのだった

命が消えゆくとき

魂が黄泉へと帰るとき

新たな天使が舞い上がるとき

そこには恐怖や絶望や苦しみといったものは無く

それは・・・

それは・・・・・・とても・・・・・・

 

「美しい・・」

 

しかし、そう漏らして我に返った時

それまで麻痺していた恐怖という感情が一気に吹き出してきた

・・・さっきの声・・あのヒトだよな・・・・突き飛ばしたのも・・・でも・・信号は青だったのに・・・・・信号無視の車?・・・じゃあ・・じゃあ・・・俺の代わりに?・・・・俺が悪いのか?・・・・・・そうだ・・早く助けなきゃ

どれだけじっとしていたのだろう

やっとその結論に達し、またこの場には自分しかいない事にも気付いた

そして、体が全く動かない事にも

なにやってる、早くしなきゃ

頭の中でそう思っても、足の震えが止まらない

どんなに必死になってみても、立っているだけでやっとだった

 

時の流れは歪んでいて、どれほど経ったか俺にはわからない

気がつくと数人の人だかりができていて、彼女は救急車に運ばれて行くところだった

それはすぐに済み、やがて人もいなくなった

彼女は助かるのだろうか

車にはねられて、雨の中に放っておかれて

やっと色を取り戻した俺の目には

強い雨ににじんだ赤いしみが広がっていくのが、妙にくっきりと見える

そして、さっきと変わらずに、いやさらに強く輝きを放ち続ける純白の傘

・・俺のせいだ・・・俺はいったい何をしていた・・・・助けられておいて・・俺はいったい何をしていた・・・彼女が助からなかったらそれは・・・間違いなく俺のせいだ・・・死ぬのは彼女ではなく・・俺だったはずなのに・・・・・彼女にどうわびれば・・・・・

いまだに震えの残る俺に、雨は容赦なく降りつける

 

 

男が走ってくる

走ることしか知らない獣のように

ただならぬ気配が、俺にも伝わった

純白の傘を見つめて立ち止まる

男は悟ったのだ

それが、天使の羽であると

自分の探す人は、既に飛び立ってしまったのだと

そして俺も悟った

自分の考えの甘さ

自分の罪の測りがたい深さ

自分の罪は彼女に対するものだけではない

彼女を愛する全ての人間

例えば、目の前で崩れるあの男

 

俺の周りで世界が音も無く崩れていく

空も、地面も消え去った暗黒の空間に在るのは

俺と、名も知らぬ男と

その男の抱える、唯一輝きを放つ純白の羽

雨音の隙間から

泣き叫ぶ声が漏れる

悲しみと、苦しみと、絶望と・・・

既にずたずたになった俺の心の中に

それらはなだれ込んでくる

俺が最後に恐れたのは

その男が顔を上げ、俺の存在に気付くことだった

しかし、それだけは何故か起こらなかった

それから・・・

 

 

「信」

「・・・・・・」

「おい、信!」

「・・・・ああ」

「それからどうした」

「え・・・」

「え、じゃないだろうが。トラックにひかれそうになって女の人に助けて貰ったんだろ?」

「あ?ああ・・・」

「で?どんな人だったんだよ。お前のことだからすかさずナンパに移行したんだろ」

「・・・・・・俺は・・・ガキ・・・だったから・・・・・・」

「お前なあ。全く何度も何度も同じ話を。大体、顔も名前もわからないんだろ」

わかっているんだ

あの後調べた

彼女がどうなったか

そして、どこの誰なのかも

そして

お前のことも

「おっと、授業始まるぞ」

「・・・ああ・・・」

 

また言えなかった

ガキだった・・・か

言い訳だな

あの時出来る事をしなかった

だから今、出来る事だけはしなければ

自己満足でも、今の俺にはそれしかない

だが

俺はいまだに恐れ続けている

あの時のお前が

傘を抱いて泣き叫ぶお前が

顔を上げ、俺の存在に気付くことを




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