もしも

桧月彩花が卒業生だったら
作:ゼロ



カーテンの隙間からの柔らかな日差し。

不意に目が覚める。

「なんだ・・・まだ一時間も早いな」

時計を確認し、そのまま再び眠りにつこうとするが。ふと、今日のことを思い出す。

「ああ、そういや卒業式だよな、今日」

なんだか今日ぐらいはゆっくり登校したくなり、

もそもそと寝床から這い出て着替え始める。

卒業式ってやはり「蛍の光」とか「仰げば尊し」とか歌うんだろうな

全くワンパターンだよな、まあ雰囲気はでるだろうけど

 

蛍の光 窓の雪

文読む月日 重ねつつ

 

「読んだ本なんてお前に貰ったフォースくらいだぜ、彩花」

机の上の本棚の隅の、そのオレンジ色の表紙に向かって呟いた。

 

「智ちゃーん」

ちょうど着替え終わる頃に窓の外から声がした。俺にとっては、言わずと知れた声である。

「とーもーちゃーん」

あの野郎人の名前を大声で・・・野郎じゃないけど

ガラガラッ

「うるせーぞ!」

「あっ!智ちゃん起きてたんだ」

「起きてたんだじゃねえよ、近所迷惑なやつだな」

近所迷惑よりむしろ俺迷惑なんだが

「学校一緒に行こうよー」

聞いちゃいねえな

何で俺が、と言おうとしてやめた。まあ卒業式だしな

それに、そういう約束していたような気もするし

「ちょっと待ってろ」と素直に答えた。

 

止まるも行くも 限りとて

形見に思う 千万の

 

唯笑のどうでもいいおしゃべりを聞き流しながら駅までの道を行く。

いつも通るこの道。

昔は三人で歩いたこの道。

これからも毎日通るだろうこの道。

いろんな思い出の詰まったこの道が、なぜか今日はいつもより清々しく輝いて見える。

光り輝く朝日の中で、民家の梅の花も美しかった。

 

「智ちゃん、聞いてるの?」

「聞いてるよ」

聞いていない。

「もう」

普段はぷうっとふくれる唯笑が、今日はふうっと諦めのため息を漏らす。

その仕草に俺は彩花を思い出してしまう。

彩花に似てきたのだろうか。それともまねだろうか。

「でも智ちゃん」

唯笑の表情がふいっと変わる。いたずらっぽい笑み。

「んん?」

「よく卒業できたねっ」

「な、なんだとぉ!」

そこからは俺がいかに優秀かを力説しながら歩いた。

聞いていないような素振りをしてみせる唯笑。

こういう時間は、俺たちにはあとどれくらい残されているのだろう

 

「おーいっ!智也、唯笑ちゃん」

「あっ、かおちゃん。おはよー」

「おお、おはようかおる」

見るとかおるがいた。駅でかおるとも待ち合わせをしていたのだ。

ちなみに唯笑はかおるを「かおちゃん」と呼んでいる、「かおるちゃん」はかおるが嫌がったのだ。ちなみに他の子から「おとちゃん」と呼ばれているのを見かけたこともある。

「おはようお二人さん。智也も卒業できてよかったね」

ズテッ!!

盛大にこける俺。

いてえ、やりすぎた

「おまえらなあ・・」

「それ唯笑がもう言ったよぉ」

「え?そう」

「この俺が留年なんかするか!!お前等とは乗り越えた追試の数が違う」

「「それがいけないんだって・・」」

しかしその後澄空駅で合流した詩音にも同じ事を言われたのだった。

教室で西野や相川にも言われた、マジで解ってねえな、俺の優秀さが

 

 

ふと、隣が読んでいる本に目が留まる。

「ん・・、それは・・」

「これですか」

指を挟んで本を閉じる詩音。オレンジ色の表紙の本。

「ああ、それか。飽きないなあ」

「はい、智也さんも読んでみたんですよね」

「ああ、まあな。なかなか面白かった、かな」

「それはよかったです」

嬉しそうに微笑む。

ちなみに。

今は卒業式の真最中である。

そんな中、再び読書に戻る詩音。

まあ今更驚きはしないし、むしろそれが自然な姿であると思う。

「智也さん」

「ん、なに?」

「日本の学生は卒業後に『お礼参り』をすると聞いたのですが」

「よ、よせ詩音!いくらあの英語教師が憎いからって」

「??」

 

いろんな人の挨拶やら在校生の送る言葉やら卒業生の決意文朗読やら。

校長が開会・閉会の辞と校長挨拶を合計して二時間も長話をしたという馬鹿はあったが。それを除けば式は平凡なものだった。

いや、卒業証書授与のとき壇上で唯笑がすっころんだり、かおるの番にかおる様親衛隊五十余名が集団告白して走り去ったり、という事はまあ予想の範囲内としてだ。

ちなみに例の歌も歌った。歌うときほとんどのやつらがうつむいていたのは感動していたわけではない。練習などしなかったものだから歌詞がわからず、先に渡されてあった歌詞カードを見ていたまでの事である。まあ、俺みたいに知っていても歌わずに突っ立っていたのも居るのだが。

詩音は知っていた、と言うか、この前俺が教えたんだ。しかし一回聞いただけでよく覚えているな。紅茶の効果だろうか、綺麗な歌声だった。

 

 

学校の屋上、ここも今日で最後だ。

見上げれば雲ひとつ無い青空が広がっている。

 

ガチャリ

 

「おお、こんなところにいたか」

鉄の扉を開けて出てきたのは三年に上がるときにここを退学した・・・

「信!?」

「久しぶりだな智也」

「お前、なにやってんだよ。確かインドに・・」

「何ってそりゃあお前、親友の晴れ姿をカメラに納めにな」

そう言ってパシリと撮ってみせる信。こいつか、やたらとフラッシュ焚いていたのは。

「うそつけ、お前の目当ては唯笑とかおるだろ」

「ふっふっふっ、さすが解かってらっしゃる。安心しろ、お前もそれなりに撮ってあるし、まあお前の写真なら小夜美さんがずいぶん張り切っていたからな」

「小夜美さんも来ていたのか」

「ああ、しっかしお前相変わらず無愛想だったよな。俺としては感涙に咽ぶシーンを期待していたのだがなあ」

「ほっとけよ。それより、他のみんなには顔見せたのかよ」

「いや、まだだが」

「だったらさっさと会って来い。俺は今一人になりたいんだ」

「やれやれ、久しぶりだってのに感動が無いやつだな」

 

ガチャ・・・

 

「信」

「ん?」

「逢えて嬉しいよ」

「・・よせやい、気持ちわりい」

どうしろというのだ。

「この後は俺のうちで騒ぐことになってるから。お前も出ろよ」

「そうか、そいつは楽しみだ。ならいつまでもそんなところに居ないで早く来いよ」

「ああ」

 

バタン

 

 

再び空を見上げる

「信も元気そうだったなあ。みんな元気だよ、彩花」

青空にうっすらと浮かぶ月に呟いた。

三年前の卒業式は良く思い出せない。あの時分の俺は生きているとは言えなかった。

だから俺も彩花と同じく今まで中学生のままだったと思う。

「でも彩花、俺は今日ちゃんと卒業できたよ」

 

もしも・・・

 

もしもお前が・・・・・・

 

いや

 

違うな

 

「俺達はいつも一緒だ。俺の中に、お前は居るんだ。だから・・・」

 

学生鞄から卒業証書を取り出し

 

「これはお前のだ。彩花」

 

俺は、自分の名前の横に書き加えた

 

『桧月 彩花』




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