バトル・オブ・ライフ
by Mr.Volts

vol.10 例えば家の食卓で


いつもと同じ時間に目が覚めた。爽やかな日差しがカーテンを透かして部屋に差し込んでくる。特に予定もない休日の朝。平和な一日を予感させる朝だが、それは俺の戦いの静かな幕開けだった・・・

まずは洗面所に行き、顔を洗って気を引き締める。今日の相手もみな手強いだろう。軽く頬を張って気合を入れると、台所へ向かった。

朝の食事は一日の起点となる大事なものだ。ちなみに、俺はトースト派ではない。たまにそんな気分になる時もあるが、やはり日本人の朝は白米だろう。七時にセットしておいた炊飯ジャーを開けてご飯を軽くよそい、ついでに鍋からほんのりと湯気の立つ味噌汁も取って席につく。テーブルの上には生野菜サラダと『カルビ焼肉とニンニクの芽の炒め物』が鎮座していた。なるほど、こいつが今日の先鋒というわけか。その見るからに油ギッシュな外見から発せられる強烈な存在感に一瞬気圧されたが、呼吸を整えて箸を取った。

「いただきます!!!!!!!!」
俺は手を合わせて掛け声と共に最初の敵に勝負を挑んだ。まずは肉を一切れ口に放り込む。噛み締める度に口中にジューシーな肉汁がじゅわっと広がる!バランスも考えて野菜サラダも適度に取りながらニンニクの芽をつまみ、とにかくご飯をカッ込む!
「これを乗り越えなければ今日一日を生き伸びることは出来ない!ていうか一度ペース落としたらもう朝からこんなキツイの食えるワケねえ!」
そう自分に言い聞かせながらそのままスピードを落とすことなく全てを平らげ、最後に牛乳を一杯流し込むように飲む。
「ご馳走様!!!!!!!!」
その勢いのまま食器を流しに下げ、俺は自分の部屋に戻った。心は朝からハイテンションだったが、胃のテンションの方は最下層に向かっていた。

・・・ふと壁にかけてある時計に目を向けると、もう正午を回っていた。ふむ、そろそろ昼時か。ランチはオシャレかつスマートに行きたいものだ。バリエーションも『うどん、スパゲッティ、チャーハン、ピザ、焼きうどん、焼きソバ』の中からその日の気分で決めることもできるし、選ぶのが面倒な時はサイコロで決められるほど『種類豊富に』用意してある。

どうやら今日もチャーハンのようだ。朝の米が余った時によく使われるメニューだが、さすがに三日連続で来るのは頂けない。高菜、キムチ、ビビンバと手は変えているが、結局品は変わっていないのだからさすがに飽きも来るというものだ。一瞬、パチンコ屋の隣にあったラーメン屋で「ヤ」のつく職業の人たちを相手にチャーハンを作るバイトをしていた高校の頃の記憶が頭をよぎった。もし焦がしでもしたら文字通り生命の保証はない。その緊張感から当時の俺は家でも必死でフライパンを振って練習した。そしてラードを使って強火でパラっと炒めつつもあっさりとまとまった『至高のチャーハン』を作り出して彼らを唸らせては、お返しにとグラスに注がれたビールを次々に飲まされて真っ赤な顔でふらふらになりながら皿を洗っていたものだ。俺はその思い出を振り払うために、無心で蓮華を動かした。家庭用のガスコンロで作ったチャーハンはちょっとだけ湿っぽくて、しょっぱい味がした・・・。

そうこうしているうちに3時、おやつの時間がやってきた。いくつになってもこの時間は心躍るものだ。さっそく戸棚を物色する。煎餅、チョコレート、クッキー・・・う〜む、なかなか心に響くものがない。冷蔵庫の中には・・・お、ラッキー。プチシュークリームがあるではないか。家ではこういうセルフサービス系のものは公平を期すために分配制とされており、シュークリームの入った透明なプラスチックケースの蓋の上にはご丁寧に黒マジックで一個づつ名前が書いてある。俺は蓋を取り外すと、自分の名前が書いてある場所から3個ほどつまんで、名前の書いてある上蓋を半回転させてから閉じた。こうすると左右が入れ替わるために、自分の陣地は無傷のまま保たれるというわけだ。卑怯と言うなかれ。台所とは己の生死を賭けた過酷な戦場なのだ。

その時、弟も小腹が空いたのか二階から降りて来た。こいつは生涯きってのライバルだ。この前も秘蔵のクリームチーズケーキをまんまと取られている。警戒心を強める俺に対して彼はこう問い掛けてきた。
「月見だいふくってまだ残ってる?」
しめた。これは復讐のチャンスだ。十数年もの間温めてきたネタだったが、今しか発動の時はない。俺は声高らかに言い返す。
「そんなモンはねーよ!」
「え、でも昼に見たときはあったのに・・・もう食っちゃったの?」
「だから『月見だいふく』なんてモンはこの世に存在しねーんだよぉ!!」
「なにぃぃぃぃっ!!!」
驚愕に叫びながら弟は冷凍庫から『雪見だいふく』を取り出す。先入観とは恐ろしいものである。もともとお袋が当時放送されていたTVコマーシャルからパクって『月見だいふく』という名前をまだ幼かった彼に吹き込んで以来、それを疑うことなく今この瞬間まで信じ続けていたのだ。弟がお袋に「まだ何か騙していることはないかッ!?」と詰め寄っている光景を肴に、俺は勝利の美酒ならぬ美茶に酔いしれた。

夜も更け、晩飯の時間である。今日も一日頑張ってくれた身体を労う意味でも、多少なりとも豪華に締めくくりたいところだ。ちなみに、家の晩御飯は無国籍のフリースタイルが売りである。今晩は和洋中全てを組み合わせたものが出てきたのだが、その奇抜な取り合わせに俺は思わず息を呑んだ。

さて、ここで読者の皆さんにもしばし考えてもらいたい。家の今夜の和洋中折衷スペシャルディナーとは一体何であろうか?ヒントは和食−生もの、中華−酢のもの、洋食−揚げものという組み合わせで、それぞれ一般の家庭にも珍しくない簡単なものだが、一つだけ引っ掛けが入っている。答えは17行下に記載。
















正解は、
和(生もの)=刺身。これは比較的わかりやすいだろう。
中(酢のもの)=酢豚。これもストレートなのでわかりやすいはず。
そして、洋(揚げ物)。これはトンカツとかメンチカツとか天麩羅あたりを想像された方が多いと思うが、そんな生易しいものじゃなかった。

それは・・・ピロシキである。簡単に言ってしまえばロシアの揚げパンなのだが、晩飯のおかずに揚げパンを持って来た意図が全く読めない。既にご飯という主食があるのに何故ここで揚げパンがあるのか?ひょっとして今日はピロシキの日なのか?一体どうやってこれをおかずにしろというのか?様々な疑問が交錯する。さすが今日のラスボス、一筋縄ではいかない。しかし、俺もこれまでクリームシチュー+野菜炒め、肉じゃが+餃子などの強敵との激戦を生き抜いてきた男である。しばし熟考の末、このおかず方程式の解を出した。まずは酢豚とピロシキというキツめのセットを早々に片付け、後はゆっくり刺身とご飯で和食を楽しめばよいではないか・・・と。

そう考えた俺は早速酢豚に取り掛かった。うむ、甘酸っぱいタレが柔らかい豚肉と歯ごたえのある野菜に実に良く合う。次はピロシキだ。正直今まで食したことはなかったのだが思い切ってかぶりついてみると、馴染みのある風味が口に広がった。これは・・・カレーか!どうやらカレーパン仕立てになっているようだ。なるほど、これも日本人には馴染み深い味で想像していたほどの違和感はなかった。だが・・・絶望的に酢豚との相性が悪すぎた。そもそも『カレー』と『酢豚』の組み合わせはどう考えても合うはずがない。かといって残された刺身を加えたとしても逆効果で、三者共倒れに終わるのは目に見えている。そう思った俺は、テーブルに箸を叩きつけながら宣言した。

「異議あり!この三品には全く味の疎通が見られず、被告人の計画的な犯行と見られる!」
しかし、被告人兼弁護人であるお袋はこう返してきた。
「異議あり!過去に山之辺家において『焼魚にカレー』という取り合わせが認められたという判例もある!」
山之辺君(仮)は家の近所に住んでいる同級生で、小学校時代に彼の家の食卓にカレーと同時にアジの塩焼きが上ったことによって軽い家族喧嘩が勃発した事があった。俺はそれを『山之辺事件』と呼んでいる。そして、当時俺がその話を聞いた時、山之辺君に「焼魚とカレーのカップリング、その心は?」と問うと、「醤油つながり」という答えが返ってきた。確かに焼魚に醤油は必須でありカレーにも醤油をかけて食べる人はいる。だが、さすがにその組み合わせは考えられないと思うし、そもそも何故その二つを「つなげる」必要があるのかさえわからなかった。しかし過去にそういう例が存在する以上、この一見エキセントリックに見える組み合わせもまた頭ごなしに否定できるものではないのだ。多分何のつながりも根拠も無いだろうとは思うが、そこを指摘したとしても料理献立の最終決定権を全て掌握している、言わば台所の裁判長を務めるのもお袋である。当然俺の訴えはあえなく棄却され、泣く泣く全てを平らげる事になった・・・

今日もいつもと同じ時間に目が覚める。あれからどれくらいの月日が経ったであろうか。俺の胃はあれから常に凪の海のような穏やかさを保ち、滅多なことではその波を乱すことはなくなった。俺は枕もとの時計を確認するとベッドから降りて部屋のカーテンを開け、軽く身体の筋を伸ばしながら今日も戦場に向かう。
「さて、今日はどんなヤツが相手かな?」

終わり





あと書き
ども、Mr.Voltsです。本家第一号SSがこんな感じになっちゃいましたが、下らないですねえ。制作時間は3時間くらいだと思います。現実に即した話でウケのよかったものをちょっとSSちっくにしてみたのですが、この話を以前ここ(BF)でしたような気もしないでもない・・・(爆)



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