ナツコイ-first love- |
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“噂じゃない……廃れるのは――” 風が、吹いた。 心地よい、初夏の風。 空を見上げると、真っ青な空に点々と白い雲が浮かんでいる。 暑くも無く、寒くも無い風が頬をなで、前髪を浮かす。 風と共に運ばれてきた香りは、様々な草の香りを含んでいた。 遠くに聞こえる生徒達の喧騒が、オレを眠りにいざなう。 ごろりとベンチの上で寝返りをうつと、フェンスの先にグラウンドが見える。 喧騒と共に、グラウンドの上で何人もの生徒が走り回っている。 どうやら、一年のようだ。 ………… …… 「……何やってるの?」 そんな風景をぼーっと眺めていると、突然背後から声をかけられた。 「んあ?」 首だけを声のした方向へと動かすと、そこには一人の少女が立っていた。 水瀬那美――今年からオレと同じクラスになり、オレの友達の一人となった少女だ。 栗色のセミロングの髪型に、少し子供っぽい顔つきをした少女。 そんな那美が心底呆れた様な表情で見下ろしている……が…… 「その質問は、お前にも言いたい」 確かに授業をサボって屋上にいるということは認める。が、しかし!!この女も同罪なのだ!!っていうか何故オレが此処にいることが判った!? 「私は君を迎えに来ただけだよ、志倉隆二くん♪」 …………。 「フルネームで呼ぶな……くん付けするな……」 オレは横になったままそう呟いて、そのまままどろみの中へ…… 「コラ」 ……入り込むことはできなかった。 左耳に激痛が走る。 「イタイイタイイタイ……つまむなつまむな!!」 「じゃーおとなしく教室もどろーねー」 そう言ってマジでオレの左耳をつまんだままベンチからひきずりおとそうと企む那美。マンガとかと違って絶対無理だからやめろって、やめ……やめーーーー!! 心の叫びが、初夏の屋上にこだました。 「おー、お帰り、隆二」 「おー……ただいま……」 クラスへと帰還したオレを待っていたのは、廊下側最後列――つまり、教室の後ろの扉から入ってきたオレと那美に最も近い席――に座っていた、オレの親友の一人、柿崎雅人の陽気な声だった。 「お?テンション低いねぇ。まだ眠ってんのか?」 「いや……もう眠気は吹っ飛んだよ……」 雅人の隣の席に座る、オレのもう一人の親友――というか幼なじみの少女、相川千穂の質問に、ローテンションで応える。 「やっと帰ってきたか。ホラ、さっさと席につけ」 「……うい」 理科担当でウチのクラスの担任、小松祐樹の言葉にオレは素直に従い、雅人の前の空いている席――っていうオレの席に座る。 「那美も、ごくろうだったな。助かったよ」 「いえいえ、慣れてますから」 小松の言葉に、笑顔で応える那美。そうなのだ。コイツはことあるごとにオレのシエスタタイムを邪魔しやがる。いつもあれほど、5間の授業は眠るためにあるのだと講義しているというのに、まったく持って耳を貸す気が無い。 「まったく……この不良少年の世話にも手が焼けるな」 「まったくですね」 意地悪い笑みを浮かべて呟く小松に、同じような笑みで応える那美。同時にクラスが笑いに包まれる。 「だとよ……ククク」 オレの背後で笑いを堪えきれない、という感じで話しかけてくる雅人。 「むう……」 不機嫌極まりない。 こういう気分の時は、眠るのがいちば…… 「寝るな」 ビシ。 机にうつぶせになろうとしたオレの額に、オレの隣の席に座った那美のツッコミが打ち込まれた。 うむ。今日も一日よくがんばったな。 学校――いわゆる学生にとっての労働――の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。 さて、早速帰って今日こそ「おフリーズ! メモ」を進めなくては…… そんなことを考えながら帰路につこうとしたオレの襟の後ろを、誰かが掴んだ。 「グェ……」 喉から搾り出された音。同時に、瞬間的呼吸困難に陥る。 「だ……誰だ!?」 幸いにもすぐ開放されたオレは、凄まじい勢いで振り返り、言った後で後悔するほど恥ずかしい言葉を叫ぶ。 「きゃっ!」 目の前に、驚きの表情を浮かべる那美の顔があった。 「……自分からやっておいて何だそのリアクションは?」 「いきなり振り返る隆二が悪いよ……」 「じゃあ何だ?ゆぅ〜〜っくりと、すぅろぉ〜〜ぺえすに振り返れと言うのか?」 「う……いや、それも微妙にヤダな……」 「我が侭なヤツだな……じゃあどう振り返ればいいというのだ?」 「いや、普通のスピードで振り返ってよ。そんな極端に考えないで」 「何事も中途半端はよろしくないぞ?」 「全てにおいてそう考えるのは愚かだよ?むしろ『丁度いいポジション』を求められる事の方が多いと私は思うな」 「…………」 「…………」 「……で、何の用だ?こっちは急いでるんだ。早急に述べよ」 いい加減この不毛な戦いを終わらせたかったので、オレはそう切り出した。 「え?何か大切な用事?」 「うむ。早く帰っておフメモをやらねばならんのだ」 「…………」 「じゃあ、というわけで」 「却下」 ち。 「だったら早く言え。何の用だ?どうせくだらないことだろ?」 「委員会」 「へ?」 「今日、委員会がある日。忘れたの?」 忘れた……なんて正直に言ったら、それは敗北を認めたことになる。そんなことは神が許してもオレが許さん。うむ。 「いや、必要ない」 「はい?」 「そもそも、空いてて楽そうだから……という理由で図書委員会を選んだんだ。別に本に興味も何も無い。よって行く必要は無い」 「超個人的意見」 「うむ」 「却下」 ぐ……。 「何故だ!?このオレの自由を奪う権利がお前にあるのか!?」 「公共の福祉。義務責務。社会秩序。どれをとっても君に勝ち目は無いよ?」 うう……。 「それに、サボってばっかじゃ内申ヤバイよ?一応受験生なんだから……」 「む……確かにそれも一理あるな」 さすがにあれだけ授業サボってたんじゃ、随分ヤバくなってそうだしな。内申。 「じゃ、行こう」 「……ふう……付き合ってやるか」 「……何でそんなに無理やり的な態度なの……?」 「ったく……何が悲しくて本棚の整理なんかしなくてはならんのだ……」 「答え。図書委員だから」 「……ごもっとも」 一体これほどの本を常備しておく必要があるのかと思えるほどの本の数々。オレは今、隣にいる那美と共にその本どもを整理していた。しかし整理する時、毎回オレはつっこみたくなる。目の前にある、本の数々に。 『あいさつをしよう』(ちなみに全文ひらがな・カタカナ) 『○○○の大冒険』(カタカナにふりがながついてやがる) 「…………」 これだけじゃない。この他にも、本当に中学校の図書館なのかと疑いたくなってしまうような本が無数に置いてある。当然の如く、貸し出しカードにそれらの名前が記された事も、オレの知る限りでは無い。 「ホラ、何してるの?よそ見しないでちゃっちゃと手、動かす」 「ああ、判ったよ……ったく……」 横からやかましく吠え立てる那美に、見せ付けるように顔をしかめてやって作業の続きにとりかかる。 延々と、延々と…… ………… …… 「ふう……やっと終わったぁ……」 「それくらいでバテないでよ……」 やっとのことで本の整理を終えたオレたち。そのことを顧問教師に伝え、オレたちは帰宅の許可を得た。今回のように、各分担に分かれて仕事を行う場合、早く終わった者たちは他の奴らより先に帰ることが出来た。それは結果、委員全体の指揮を上げる事に成功した。オレたちより早く仕事を終え、既に帰宅した者も多い。 「ったく……あれほど整理しても、人気の本はすぐにバラバラになるんだ。いくら整理しても無駄だと思うけどなぁ……」 しかも、その主犯どもはそれらの人気の本の近くに置いてある本までも、バラバラにしていきやがる。無駄にオレたちの仕事を増やしやがるわけだ。 「だからこそ、整理に意義があるんでしょ」 「まあ、そうなんだけどさ……」 ブツブツと呟きながらオレは、那美と共に3階の廊下を歩いていく。 この3階廊下の左手には、図書館を初めとする特別教室がある。そしてそのまま、左手に1階の職員玄関に続く中央階段がくると、その先は3年の教室が左手に見えてくる。その間、右手には正門前の風景が広がっている。 初夏。新緑の美しい風景の中にキレイに掃除されたプールが見える。そこでは水泳部の人達が水しぶきを上げながら練習に勤しんでいる。 「何か、気持ちよさそうだねぇ……」 「そうだな……もう少し暑くなれば、もっと気持ちよさそうなんだけどなぁ」 3階トイレを通り越し、3年教室区域の最初の教室――3年5組の教室を左手に呟く那美に、オレはそう返した。 その時オレたちは、窓から見える新緑の美しさと水泳部の勇姿に目を奪われていた。よって、『奴』の接近にまったく気付かなかったのだ。 「そしたら二人っきりで一緒に泳ごう…………かぁっーー!アツイネェ!お二人さん!!」 「のわぁ!」 「きゃっ!」 目の前に突如現れた人影――千穂だ。 「…………お、驚かさないでよ、もう……」 自分のリアクションの大きさに思わず頬を染めながら抗議する那美。それに対する千穂はふてぶてしいまでにニコニコとしていた。 「いーリアクションでしたなぁ♪カメラがあればなぁ」 「お前の登場の仕方が唐突すぎなんだよ……ってゆうかうるせえよ。突然叫びやがって……」 「そうだよ……心臓止まるかと思ったよ。まったくぅ……」 オレたち二人の抗議にも、千穂はその表情を変えることはなかった。 「ごめんごめん。ってゆうか気付かなかった方も気付かなかった方だけどネェ……。絶対気付いてると思ったら、何か全然気付かないからつい、ね……」 「つい、ね……じゃねぇよ……」 「むう……だってさぁ……」 口を尖らせて反論しようとする千穂――いや、この場合、完全なる言い訳ではあるが。 「二人があまりにもいい感じだったからさぁ……ラブコメはヤバイっしょ?」 「はぁ……?」 「ラブコメって……何言ってるの?」 怪訝な顔をするオレたちに、再び千穂は笑みを広げた。 「真面目な話、あんたらって結構お似合いだよ?皆、二人が付き合ってるって言う噂してるし」 『――はぁ!?』 今度は二人、ハモってしまった。 あまりのリアクションに、今度は逆に千穂が驚いてしまった。 「つ……付き合ってるっれ、ら……らんでそんな噂……!」 舌が足りてないぞ、那美。 「……どうせ、雅人か誰かの策略だろ?」 慌てふためく那美とは対照的に冷静に思考するオレ……って、実は内心そんなに冷静でも無いが。 「いや、今回ばかりはさすがに雅人じゃないね」 「今回ばかり……?」 「ホラ、前あったアンタのカツアゲ疑惑。あれ、雅人が広めた張本人だもん」 「…………」 野郎……。あの噂の所為で、オレは下級生からは怯えた目で見られるし、教師からも目を付けられるし、最終的には生徒指導室に呼び出されて事情聴取を受ける羽目に……。大体オレがカツアゲするような奴に見られたってのが一番ショックだった……。普通に根も葉もない嘘だって判るだろう? あの時はあまりのショックと精神的疲労感に苛まれて犯人探しを行わなかったのだが……まさか雅人とは……。 ああ、噂って怖い…………って、そんなことどうでもいい! 「雅人じゃないとしたら誰だよ!?氷室か?沢北かぁ!?」 「いや、だからさ……誰から見てもそう見えるんだって……あんたらが恋人同士だって」 「そ、そうなの……?」 「うん」 那美の問いに、きっぱりと千穂は答えた。 「だって、私たち最近知り合ったばかりジャン……付き合ってるわけないよお……」 「まあ、そうだろうけど……私や雅人からもそう見えるよ?マジで」 「うう……」 頬を上気させながら唸る那美。 「まあ、気にしないほうがいいよ。万が一それが唯の噂だとしたら、すぐに廃れるんだから」 「万が一ってなんだよ……」 「ん?ああ、私はあんたらが付き合ってる方に賭けてるから」 満面の笑顔。 「はぁ!?」 「賭けてるぅ!?」 「まあ、それはさすがに冗談だとして……いや、さ。今は確かに付き合ってないだろうけどさ……」 そこで千穂は一旦言葉を切った。 「私はお似合いだと思うよ、あんたら」 玄関で、雅人、氷室、沢北の3人が待っていた。 「お疲れ」 オレの姿を見つけた雅人が手を上げて迎える。 「ういっす」 「おせえよ、隆二。何してやがった?」 「委員会だろ?コイツ、図書委員だし」 「そういうこと。結構大変なんだぜ?図書委員」 「はあ?確かお前、楽そうだからって理由で図書委員会選んだじゃねえのか?」 「ああ、違うよ氷室。コイツの感覚で言う『大変』は、常人と比べちゃあ、象と蟻なんだよ」 「なるほど」 「なるほど、じゃねえよ。ワケのわかんねー例えしてんじゃねえよ」 コントを交わす氷室と沢北の頭に、カバンで突っ込みを入れる。 「でもさあ、委員会終わるのってもっと早くなかったか?」 歩き始めながら、雅人がそう聞いてきた。 「ああ、途中で千穂に引っかかってな。少し話してたから遅くなっちまった」 「ほほう。で、何だ?またからかわれた?」 楽しそうに雅人は訊く。 「からかう?」 「ほら、コイツと那美って同じ図書委員だからさ。いつも二人で帰ってんだよ。この二人が一緒に帰ってるのを見たら……やっぱからかいたくなるでしょ。あの千穂なら」 「ああ、なるほど」 氷室の疑問に答える雅人。そして何故か氷室は深く納得する。 「そういえばいつも委員会のある木曜は、二人一緒に玄関まで来てるよな…………で、今日は何故にいないの?水瀬」 沢北の質問に、少しドキッとしてしまい…… 「ん……ちょっとな」 そんな曖昧な答えを返してしまった。 「何々?恋人同士の喧嘩って奴??」 完全に楽しそうに氷室は訊いてくる。その表情は完全に、オレのツッコミを待っているボケの表情だった。 だが、オレは…… 「…………」 「…………って、何?図星ちゃんって奴?」 ツッコミを入れないどころか……思案顔で黙り込んでしまったオレに、氷室はうろたえる。 「なあ……」 「は、はい?」 氷室が変なリアクションを返す。 「オレらってやっぱり…………そう、見えるか?」 「ああ」 雅人が即答した。 少し口元は微笑んでいるが……その表情は真剣だった。 「何、今更的なこと言ってるんだよ?でも、違うんだよ」 「ああ……」 そう、違う…… 「なら、いいじゃん。ほおっておけよ」 そうだな……どうせ噂は噂だ。 「そうそう。最近は話題に困ってたからな。お前らの噂は中々おもしろい話のネタだぜ?それにもう、廃れ始めてきてるし」 そう……すぐに廃れるんだ…… 廃れる…… 何が? 噂が? ……違う。 違うよ。 違うんだ。 「ああ……オレも流れねえかな〜そんな噂」 「噂でいいのかよ?」 「ああ、充分充分。……そりゃ、本物の彼女は欲しいけどな」 「ああ、無理無理」 「う、うるせえよ!だから噂でいいって言ってんだろ!?」 「いや、噂も無理だな」 「何でだよ!?」 「火の無い所に煙は立たぬ……この意味、判るか?氷室クン?」 「いんや、わかりません、沢北教授」 「じゃ、ダメだ」 「な……何ぃ!?そんなに恋愛に重要ワードなのか!?その謎の奇怪な文章は!?――」 噂じゃない…… 廃れるのは…… 廃れるのは…… オレ……まさか…… --to be countinued to chapter.2-- |
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