ナツコイ-first love- |
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“風が、吹いた。” けたたましく鳴り響く目覚ましの音。次第に覚醒していく意識の中、伸ばした腕は目覚ましを黙らせる。再び戻る静寂。窓の外から聞こえてくるものは小鳥のさえずりと時を刻む音のみ。目覚ましを止めてから数秒間の間があって……やがて瞼をゆっくりと開く。視界に飛び込む白い天井。視線を右方向――目覚ましへと転じる。7時を指す時の針。一度目を閉じ――そして開く。 そして気付く。 今日もまた、いつもの一日が始まった、と。 いつもの朝。いつも通り未だ覚めきらぬ頭のまま駅へと向かい、改札を抜け、電車に乗り込む。 「あ、おはよ〜」 電車に入ったオレをめざとく見つけ、声をかけてくる少女――水瀬那美。 「ああ…………おはよ」 朝から元気よくあいさつを交わしてきた那美とは対照的な、ローテンションなオレの返答。 「むう……今日も相変わらず覇気が無いなぁ〜。若者なんだから、もっとテンション上げて!」 そんなオレに、いつものように大袈裟なモーションで説教を始める那美。 「相変わらずって……そういうお前こそ、よく毎日朝からそんなハイテンションになれるなぁ……」 そんな那美に、オレはおもむろにため息をついてやった。 「別にいいじゃん。いつまでも目を覚まさずにダラァーっとしてる奴よりはマシだと思うよ」 「あー、さいですか……」 うんざりしながら窓の外に視点を移す。 電車のスピードに合わせて、その進行方向と真逆の方向へと流れる景色。残像を残しつつ超高速で流れるそれは、元の形を決して残していない。窓から入り込む夏の光は、電車が揺れる音などの独特の喧騒に満ち溢れた車内に入り込む。 そのまま電車に揺られながら初夏の朝を過ごす。 那美の声を遠くに聴きながら…… 「あ、ミーちゃん!」 学校へと続く坂道。そこで那美は一人の少女を見つけ、声をかける。 「あ、なみちゃん。おはよう」 「おはよう、ミーちゃん」 向こうもこちらに気付き、笑顔を作ってあいさつする。那美とは違い、えらく小さな声だが。 「おはよう、椎名さん」 「あ……おはようございます、志倉さん」 彼女の名は椎名美奈。去年、オレと同じクラスで、今年は隣のクラスに在籍している。那美との関係はというと、なんでも幼い頃からの親友らしい。まあ、つまりオレと千穂のような関係――所謂幼なじみというやつだ。 「今日も仲いいですね、お二人さん」 そういいながらクスクスと笑う椎名さん。そんな彼女に、那美は憮然とする。 「ミーちゃんまでそんなこと言って……昨日も千穂ちゃんに言われたし……」 「でも実際、仲はいいですよね?今日も二人で登校してますし……」 「いやまあ、そうなんだけどさ……」 「他意でも感じたの?……意識してたり……」 「別にそういうことじゃなくてさ……」 二人して会話を続ける……。いや、そうやって仲良くおしゃべりするのは一向に構わないのだが、そのために二人の歩くスピードが著しく低下している。さっきまで周りにいた生徒の影は、もうすでになくなっていた。このままでは、早くしないと…… 「なあ、おい、遅刻……」 「ねぇ、隆二?」 急げと促そうとすると、突然那美がこっちへと振り向き、訊いてくる。 「……は?何が?」 「だからぁ……別に私のこと、唯の友達としか見てないでしょ?」 ……トクン。 「……あ、ああ……そりゃあ、そうだろ……?」 「ほらね」 再び視線を美奈に戻して、また話しを再開する。 ――そりゃ、そうだよ…… オレは、歩を速める。 二人をおいて。 ――唯の友達としか見てないさ…… 「ん……あ、ちょっと隆二ぃ!置いてかないでよぉ!」 「ま……待ってください……!」 ――少なくとも、那美にとっては。 決して何も変わらなかった。 いつもと同じ、ありふれた日々。 当然といえば当然だった。 別に特別行事があるわけじゃなし。 いつもと同じように、今日という日はやってきたんだ。 それでも、オレにとっては違ったんだ…… いや、本来は那美にとってだって違うはずだ…… でも、那美は変わらなかった。 いつもと変わらない態度で、いつもと変わらない行動を。 僅かだけど変わってしまったオレに、気付きもせずに…… 「はぁ……いよいよ暑くなってきたなぁ……」 昼休み。教室で弁当を食べているとき、向かいに座った雅人がそう呟いた。 「そうだな……」 同意しながら、オレは下敷きをうちわ代わりに扇ぐ。廊下側の端に座るオレたちとは全く対極の位置にある、教室の窓から見える空を眺める。まぶしい太陽の光が降り注ぎ、同時に真夏に近い熱を発している。もう既に、夏が、目の前に近づいてきているということだろう。もうすぐで梅雨の時期へと入る。 「今年ももう、半年過ぎるんだなぁ……。なんか実感わかねえよな」 「まあ、なんとなく一年っていうと4月から始まるってイメージがあるからな。学生にとっては特に。だからまだ今年が始まったばかりっていう感じなんだよな」 喋りながらも箸を進める。白いライスの真ん中にどんと乗っている鮭に、箸を刺しいれる。 「俺達も今年で卒業かぁ〜」 雅人がふと呟いた。 「……何感傷に耽ってるんだよ」 あまりにも雅人らしくない言葉に、思わず吹き出しそうになる。なんとかギリギリで止めたが、ヘタをすれば消化不全の鮭の成れの果てが雅人めがけて打ち出されるところだった。 「別に感傷じゃねえよ。ただなんとなく、もうそんなになったんだなって」 「緊張感ないよな、オレら」 「だな」 違いない、といった感じでクックッと笑う雅人。 今までは『受験生』というともっとピリピリしているものだと思っていた。塾の講師にも、随分そうやって脅かされたものだ。だが、実際にその『受験生』というものになってみるとそうでもない。むしろ今までとなんら変わりなく、『受験生としての中学3年生』ではなくて、『中2の続きの中学3年生』といった感じである。むしろ最高学年ということで中2の頃より緊張感が無い。既に今年に入ってからの2ヶ月で、過去2年間の遅刻総数を超えている。 「さて、ゴチソウサマ」 オレはそういい残し、さっさと弁当を片付ける。 「あ、おい、早ェよ隆二……ちょっと待っててやってもいいだろ?」 「やだね」 そう言って、オレは立ち上がる。そのまま教室の出口へと向かって歩いていく。 「だぁ〜……冷てぇぞ、お前ェ……!」 そんな声が背後から聞こえたが…………無視した。 『立ち入り禁止』と書かれたボードと縄を跨いで、その先にある扉に辿り着く。ノブを回すが途中で抵抗がかかる。だがそこで諦めはしない。いつものこと、当然のことだ。ノブを回す手にさらに力を加え、また、肩から思い切り扉にタックルをかます。バンッ……!と音がしたと同時に扉が開かれる。薄暗いその扉の前から、昼下がりの眩しい太陽光の下へと飛び出した。 「ふう……」 ため息をつきながら、再び扉を閉める。その空間をまっすぐ歩いていき、やがて端に辿り着く。フェンスの先には、3階建ての校舎の屋上からの景色が広がっていた。緑の多い……と言えば聞こえはいいが、つまりは田舎だ。見渡す限りの水田に、四方は完全に山に囲まれている盆地帯。それがオレの街だ。 ………… …… ぼうっ……と遠くに見える風景を眺めていると、背後で扉が開けられる音がした。 「あーあ……やっぱりここにいたか」 振り返るまでも無く、その声の主が那美だと判った。 「……屋上は立ち入り禁止。一年の頃から知っている事実だろ?」 「……自分で言ってて哀しくならない?」 「……なる」 背後から、笑みを含めた那美の言葉。ボケをかましてみたものの、内心はコントをやっていられるような気持ちでは無かった。 「…………」 「…………」 初夏の風が吹き付けるその空間が、沈黙に包まれた。 二人とも何も言わない。動きもしない。 彼女は今、何を見つめているのだろう。 彼女は今、何を考えているのだろう。 そして。 オレは? オレは今、何を見つめている? さっきまで眺めていた街の風景じゃない。 グラウンドでサッカーをする生徒達でもない。 新緑に輝く山々でもない。 蒼く、また白い大空でもない。 オレは今、何を見つめている? オレは今、何を考えている? 次にかますボケでもない。 歯と歯の間に挟まった、鶏肉の唐揚げのカスの処理のことでもない。 オレは今――何を考えている? 「何かあったの?」 突然、那美がそう訊いてきた。 と、同時に彼女が動く気配がした。 ゆっくりと振り返ると、彼女はベンチに向かっていた。そしてそのまま、ベンチに腰を下ろし、オレに視線を向ける。 「……ん?」 「何かさ、今朝から少し雰囲気違うからさ」 「……そうか?」 「そうだよ」 苦笑する那美。 「明らかにいつもと違う。何かあったの〜?」 悪戯っぽい笑みを見せる彼女。千穂のそれとは違う、可愛げのある笑み。オレの好きな、那美の表情の一つ。 そう、オレの好きな那美の―― 「……なんでも、ないよ」 そう返してから、オレは再びフェンスに寄りかかり、広がる世界を見つめた。 「ふぅん……」 探るような、訝しがるような呟きを漏らす。 「なんかカッコつけちゃって……いい感じデスヨ〜、リュージ♪」 「…………」 沈黙。 何もいえなかった。 何か言いたかった。 でも言えなかった。 何もいえなかった。 「……あらら」 那美は呆れた様に呟いた。 「なんかつまんないねー……。ホント、どうしちゃったの? まさか『オレはクールなキャラに生まれ変わったんだよ〜』とか言うんじゃないでしょうね」 「…………」 何か言いたかった。 でも言えない。何故か言えない。 なんだよ。 なんだよ、お前。 こっちはこんなに悩んでんだぞ。 お前みたいな陽気なヤツとコントしてられる気分じゃねーんだよ。 放っておけよ。 見捨てないで。 どっか行けよ。 行かないでくれ。 何も声かけんなよ。 何か声をかけてくれ。 「やれやれ、仕方ないな〜」 「――――!」 その呟きは、オレのすぐ横から現れた。 あまりの驚きに、オレは思わず身を引いた。 「そうそう、その顔だよ」 笑顔で彼女は言った。 「……あん?」 「クールな顔より、苛ついた顔より、その驚いた顔とか笑ってる顔の方が好きだな、私」 「…………!」 突然、目の前で、突然、満面の笑顔で、突然、『好きだ』って。 当然、そういう意味では無いわけで、当然、冗談半分で、当然、そこにはボケも含まれていて。 それでも、オレの胸は高鳴って、それでも、とても嬉しくて、それでも、オレは本気で受け取ってしまって。 オレは。 オレは。 オレは―― 「那美……」 今が、チャンスかも知れない。 「ん?」 自分の中にある、想いを打ち明ける、最高のチャンス。 「オレ……」 たった一言、たった一言を紡ぐだけで。 「…………」 それだけで………… ――キィーーン、コォーーン、カァーーン、コォーー……ン…… チャイムが響いた。 「あ……」 那美の口から呟きが漏れた。 彼女の視線が、校舎へ続く扉に向けられた。 ザァッ…… 風が吹いた。 「……ん?」 那美が視線をオレに戻し、不思議そうな顔をした。 サァッ…… また、風が吹いた。 さっきよりも少しだけ小さい風。 オレは、笑った。 「チャイム、鳴っちゃったな……」 彼女も、笑った。 「うん、鳴っちゃったね……」 「掃除、遅れてしまうからな……行こうぜ」 「うん、そうだね……」 オレは、笑った。 ぎこちない、拙い笑み。 ……だったに違いない。 オレは振り返る。 無言で歩いて、扉のノブに手をかける。 ノブを回すが途中で抵抗がかかる。 だがそこで諦めはしない。 いつものこと、当然のことだ。 ノブを回す手にさらに力を加え、思い切り引っ張る。 バンッ……と音がして扉が思い切り開かれる。 少しだけ振り返った。 そこにあったのは。 彼女の、笑顔だった。 いつもの笑顔。 まるで何も無かったかのような。 いつもどおりの、満面の笑顔。 オレの好きな―― ――そうだよ。 オレは、逃げたんだよ。 オレは、臆病だったんだよ。 オレは逃げたんだよ―― --to be countinued to chapter.3-- |
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