ナツコイ-first love-
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第4章 決意






     “アイツ、馬鹿だからね”





「志倉さん」
 背後からかけられた声に、オレはゆっくりと振り返った。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
 その先には、控えめな笑顔で微笑むショートカットの女の子――椎名美奈がいた。オレは軽く手を挙げて挨拶を返す。そしてそのまま、オレたちは自然と方を並べて歩き始めた。
 本格的な夏の到来を告げる、蝉の鳴き声の中――。
「今日は……なみちゃんと一緒じゃないんですね」
「あ、ああ……」
 今日は、か。
 ここ最近ずっと、なんだがな。
 心の中で苦笑する。
「気付いていますか?」
「……え?」
 視線は前に向けたまま、彼女は唐突な質問をしてきた。
「なみちゃんの、様子です」
「ああ…………アイツ、椎名さんの前とかでも変な感じなのか?」
 確かにオレに対する態度は変わった。避けてるってわけじゃないが……そっけない。少なくとも、『友達』ではなく『知り合い』――そんなレベルにまで下がってるようだ。
 しかし、それはオレだけに対してであって、他の仲間には普通に接しているのだと思っていた。
 傍から見る限り、そんな感じだし。
 そんな想いをめぐらせていたとき、
「いいえ」
 と、先のオレの言葉を否定された。
「私たちに対しては、何の変化は見られません」
「と、言うと?」
 その質問の答えは判りきっているが。
「……志倉さんに対する態度が、見るからに変わっていますね」
「…………」
 やっぱり……判るんだよなァ。椎名さんみたいに、那美に非常に近い存在だけじゃないはずだ。皆、きっと気付いてるだろう。
「……何か、喧嘩でもされたんですか?」
 心配そうな表情で覗き込んでくる。
「いや、そういうわけじゃないんだ」
「そうですか……」
 ふっと、椎名さんの表情に安堵が生まれた。
「まあ、恋人同士ですもんね。それくらいの修羅場はありますよね」
「…………!」
 その言葉に、愕然とした。
「ま、まさか……」
「はい?」
 いや、何もおかしなことはない。
 もう既に、そういう噂が広まっているという話は耳にしたことがある。
「……椎名さんはやっぱり……オレたちが恋人同士に見えるんですか?」
「違うんですか?」
 何の疑いも持っていなかったようだ。首を小さく傾げながら、純粋に疑問をぶつけてくる。
「以前は否定されていたようですが……やはりどう見ても恋人同士にしか映りませんよ」
 クスクスと小さく微笑みながら告げる。
 しかし、突如はっと気付いたように驚きの表情を作り、口元に手を添えた。
「えと……失礼だったでしょうか?」
「いや、そんなことはないよ」
 自分でもぎこちないな、と思える笑顔を返した。
「でも、さ」
 だけど、
「オレと那美は……やっぱりそういう関係じゃないから」
 そう、オレと那美は……
「そう……だったんですか……」
 何故か酷く驚いたような表情をする。
 ……そんなにオレたちの関係に確信を持っていたのだろうか?
 ふと、右腕に付けた時計に目を落とした。
 長針は、8の数字を指していた。
 MHRの開始時間は50分。ギリギリだ。
「椎名さん、急がないと遅刻するよ?」
 早口で促し、椎名さんを見るが……
「…………」
 何故か彼女は驚きで塗られた表情で、何かを考え込んでいた。
「椎名さん?」
「え、あ、はい!」
 近づいて声をかけ、彼女はやっと気付いてくれた。
「遅刻するよ? マジで。急がないと……」
「あ、は、はい! そ、そうですね……!」
 そのままオレたちは、学校へと続く坂道を猛ダッシュで駆け上った。



「いいかぁ、お前ら。後一週間で待ち望んでいた夏休みではある。だがな、お前らは受験生なんだ。遊ぶ事しか考えてないやつは志望校なんて絶対行けないからな。この夏はな、チャンスなんだよ。他の奴らが浮かれて勉強しないこの時期に勉強する事で、絶対納得のいく結果が得られる。それをしっかりと頭に……」
 MHR。
 担任の小松の話が続く。
 小松の話の内容とは反して、受験生としての緊張感0のように騒ぎまくるクラスメイトたち。夏休みが近い、という事実によって、必然的にハイになっているらしい。
 対する小松も、それほど気にした様子はない。
 まあ、この手の話は言ってしまえば社交辞令的なものだ。小松も、こんな話をしたからと言ってその通り実行するやつが半分にも満たないことを解っているだろう。小松本人も、自分が学生の頃は非常にやる気の無い生徒だったと自白しているほどだし。
 そしてオレと雅人、那美、千穂のいつもの4人もまた、小松の声など耳をスルーさせ、私語に興じていた。
「あと一ヶ月で夏休みかぁ……お前らなんか予定無いの?」
「予定って?」
 雅人の言葉に、その隣に座る千穂が訊き返す。
「なんかさ、旅行とかさ。このメンバーとかで行けそうな何か」
「うーん、そうだねぇ……」
「何か考えたりしてなかった? 水瀬さんは?」
 質問の対象を那美に切り替えた。
「え? ああ……私は……ダラダラすることしか予定に入ってなかったけど……」
「…………」
 恥ずかしそうに答えた那美。それに対し、雅人は唖然と、千穂は呆れて見つめる。
「じゃ、じゃあ、隆二は? 何か無い?」
 誤魔化すように慌てながら、那美はオレに話しを振ってきた。
 …………。
「……いや、特に無いよ」
「なんだよ、使えねえ奴」
 ハァ、と大袈裟にため息をついて、雅人は先の二人に対する態度とは180度違う態度を取った。
「……じゃあ、お前は何かあるのかよ」
 少しむっとしてオレは訊き返した。
「ふん……愚問だな。そんなもの、当然に決まってるではないか」
「だったら最初から言えよ」
 オレの突っ込みに対し、ちっちっちと指を振る。何がちっちっちなのかは解らないが、あえて突っ込まず、雅人のその自信満々なアイデアを聞いてやることにした。
 雅人は僅かに残念そうな表情をしたものの、なんとか気を取り直して言葉を紡ぐ。
「海、だ」
 一言。
「……は?」
 思わず訊き返す。
 他の二人も、同じように「え?」と言った顔で雅人を見つめる。
「だから、海だ」
「…………」
 ああ、そうかと悟った。
「それが、お前にとってはもったいぶって自信満々に提案するアイデアなのか。そうなのか。なるほどな」
 オレはありったけの嫌味を込めて、言い放った。
「う、うるせえな! 別にいいだろ! 大体、オレは別に凄いアイデアとかそんなことは一言も言ってないぞ!」
 いや、そうなんだけどさ、と千穂は呟く。
「せめてもう少し、何か面白そうなものとか、具体的なものとか無いの?」
「いや、だからお前らに訊いたんじゃん……」
 むう……と呻きながら言う雅人。
 じゃあ、さっき自分の意見を棚に上げて他人に意見を求めたのは、もったいぶっていたわけではなくて、単に自分の意見が面白くなかったから言わなかっただけなのか。
「まあ……どうせ他に案がないならそれでいいんじゃないか?」
「そうだね……海に行かない夏ってのも味気ないし」
 オレの言葉に、那美が相槌を打つ。
 …………。
「よおっしゃ! 決定だな! じゃあ、いつ頃行くよ!?」
 雅人は、やけに嬉しそうに大声を上げた。
 念のために言っておくと、今はMHRである。
 本来は私語を慎み担任の話に耳を傾ける時間である。
 よって、この後の展開は、なんら不思議なことはなかったし、オレ自信も充分予想していた。
 すなわち、
「……おい、柿崎……」
 小松の声。それは、異様に近くから聞こえた。
「はい……」
 凍りついた表情でゆっくりと振り返った雅人。廊下側最後列である雅人のさらに背後に、小松は立っていた。
「今は、何の時間か解るか?」
 口の端を僅かに吊り上げながら、ゆっくりゆっくりと訊いてくる。クラス全員の視線が、その二人に注がれていた。
 はぁ、と千穂のため息が聞こえた、
 ような気がした。
「えと……楽しい雑談の時間……です」
 命知らずがまた一人。
「そうか、それは初耳だ」
 小松が、にっこりと笑った。
 最後までボケを忘れなかった我が親友に、心の中で手を合わせた。
 安らかに眠れ。
 なむぅー。



 容疑者氏名柿崎雅人(15)。小松祐樹教諭(24)によって連行される彼の後姿を見送りながら、オレは悠々と廊下を歩いていた。
「平和だなぁ……」
 ヤツが連行される際は、基本的にオレも一緒である。
 勿論、それはオレとヤツが共同して悪事を働いた際というのが基本なのだが、時として現場に居合わせただけのオレが、ヤツのとばっちりとして連行されることもある。……その逆も然りだが。
 よって、今回のようにヤツだけが連行されるのは非常に珍しいケースであるといえるのだ。
 故に、先のような呟きが自然と漏れてしまったのである。
「そうか。それは非常に喜ばしい事だな」
「ああ」
 ……ん?
 オレの神聖なる独り言に反応する輩がいるとは……なんたる不届き! 何奴だ!?
 そのままオレは声の聞こえた方向、つまりは右側へと視線を向けた。
 ちなみにそっちの方向は教室側であり、オレは既に隣のクラスの前まで来ていたので、その声の主は隣のクラスである3組より、今ちょうど出てきたものと思われる。
「だが、お前にとってその平和はほんのひとときのものでしかないぞ」
 う……コイツは……
 声の主は、一人の少女だった。
 朝倉由実。慎重は170近くあり、きりっと整った顔立ちは、校内一の美人としての評判を生んでいる。だが。
 問題は、その性格にあった。
 誰もがこの女を見、いわゆる「一目惚れ」に陥るのだが、そこで近づこうとすれば火傷をする。
「ひとときでも構わないんだよ……いや、ひとときだからこそ大切なんだからな」
「ふん……そんな幻想に惑わされ、一瞬の夢に想いを馳せる位ならば、現実を直視し、少しでも得となる道を捜し求めた方が、愚かなお前には相応しいと思うが?」
 この口の悪さだ。
 そして、その美しい口から発する言葉の内容だ。
 別に、今日が特別に機嫌悪いわけではまったくない。
 いつも、こんな調子なのだ。
「ゆ、夢を見ることも時には大切だ……! 現実のみを見つめていて生きていけるほど、人は強くなんか……」
「それが逃げなのよ。そうやって最もらしい言い訳を紡いで、幾度と無く過ちを繰り返――」
「アンタ達……またやってるの?」
 唐突に背後から聞こえた、呆れ声。
「……これは、男と男の、信念と誇りを賭けた闘いだ……手出し無用だ……」
 振り返ることなく背後の人影――まあ、言うまでも無く千穂だろう――に言い放つ。
「……とりあえず、どこから突っ込んで欲しい?」
「……お好きなように……ただ、スルーだけは避けてもらいたいな」
「…………」
 もともと無表情に近かった由実が、さらに無表情になって沈黙する。
「…………じゃ」
 そのまま、踵を返して、3組の教室の中へと消えていく。
「…………」
「…………」
 残されたオレと千穂は、その場に黙したまま立ち尽くしていた。
「……アンタ以上に……なんというか、レヴェル高い人だよね、彼女……」
「……いくらオレでも、アイツには敵わない……さ……」
 オレが敗北を認めたところで、チャイムが鳴り響いた。



 委員会の時間。
 それは、無意味な時間だった。
 形だけの挨拶を交わし、黙々と作業を進めていった。
 本の整理は、オレと那美の仕事。
 オレたちは特に無駄話をするでもなく、真面目に仕事に取り組んでいった。
 よって、オレたちの仕事は今までに無く早く終わり、帰宅の許可が出た。
 委員の誰よりも早く図書館の扉をくぐったオレたちは、無言で廊下を歩いていった。
 私、みーちゃんのとの約束があるから。だから、ここまでだね。じゃあね、また明日。笑顔でさよならする那美。オレも、笑顔を作りながら手を振り返した。
 …………。



 昇降口にて、千穂の姿を見つけた。
「よう、今帰りか?」
「あ、リュージ」
 手をあげながら声をかけたオレに、千穂もまた手をあげかえして応えた。
「一緒に帰るか?」
「そだね」
 そうして、オレと千穂は、久しぶりに同じ帰路に立った。

 幼い頃からずっと近くにいた幼なじみの少女、相川千穂。
 昔はよく、今みたいに一緒に帰っていた。
 周りを見渡せば、変わらない風景と変わってしまった風景が広がっていた。
 照りつける真夏の太陽。かしましい蝉の鳴き声。逃げ水が映るアスファルトの道路の上を、数台の車とトラックが通り過ぎる。
 前方約300m先くらいの橋の近くで、工事をしている。トラックが多いのはその関係だ。
 左側は、住宅地が広がっていた。昔ながらの小さい家。古い家。よく遊んでいた友人がかつて住んでいた家とかも見える。でも、同時に新しい家も見える。コンクリートで固められた、見慣れない家。それも、畑の中に、不自然に建っている。素人目ながら、センス無いなって感じた。
 右側は、昔からの水田地帯だった。500mは先にある病院の外観が、ここからでも見える。その病院まではアスファルトの一本道で、水田以外は何もない。一昔前までは。今では、そんな水田の中に、これまた不自然に新しい住宅や酒屋などが建っている。
 そんな、見慣れたような、見慣れてないような風景の中を、オレたちは歩いていた。
 中学校は、小学校の隣である。小学校は、幼稚園の前である。
 だから、オレたちはものごころ着いた時から、ずっとこの道を歩いてきた。
 オレたち二人、馬鹿みたいに同じ風景の中、ずっと過ごしてきた。
 そう思うと、こいつは本当に幼なじみなんだなって。
 本当に腐れ縁なんだなって。
 そう、思ったりする。
「あ、また新しく家建つんだね」
 千穂がそう言って指を指した方向――そこには、確かに工事中の家があった。骨組みだけの家。畑の中のポジションだった。また、不自然な家が増える。また。
「……どーでもいいな」
「そうだね」
 そっけなく答えたオレに、笑いながら相槌を打った。
「もう、どうでもいいことだよね……仕方ない事だし、そうなったからって別に私達にはなんの関係も無いんだし。私達にやめろっていう権利もないんだし」
 茜色に染まりつつある空を見ながら、千穂が独り言のように呟いたその言葉――その言葉が、何に対しての言葉なのか……一瞬、オレは解らなくなった。だがすぐに、あの工事中の家に対してだよ、ということに気付く。当たり前だというのに、なんでオレは理解できなかったのか。一人苦笑してしまう。
「ところでさ、唐突なんだけどさ」
 空の彼方で、カラスが鳴いた。
「んー?」
 鳴き声の主であろうカラスの姿を追いながら、オレは返事した。
「アンタと、那美、どうかしたの?」
「なっ――!」
 本当に唐突だった。
 つか、唐突過ぎる。
 何馬鹿なこと言ってるんだよ、と言おうとしながら、オレは隣の千穂へと振り返る。どうせまた、オレたちのことからかって楽しむつもりなんだろうが、そうは問屋が――
 そこで、はっとする。
 千穂の表情は、真剣だった。
 さっきまで空を見つめていた、どこか憂いを帯びた表情はすっかり消え去っていて、代わりにそこには、オレが今まで見たことがないような、真剣な表情があった。
 いや、見たことはある。
 昔、はるか昔――なんだったかな。忘れた。そんなことはどうでもいい。
 それより、その、あまりにも珍しすぎる真剣な表情で見つめられ、思わず返答に詰まってしまった。
「どうかしたのって……何がだよ?」
 それだけを、何とか返した。
「いや、だってさ……最近二人とも様子がおかしいじゃん……喧嘩でもしたの?」
 まるで朝の椎名さんだ。皆、同じことを感じているのだろうか。
 ……そりゃ、そうかもしれないな……
 自然と、笑みがこぼれた。
「喧嘩じゃ……ないんだけどさ」
 不思議な感じだった。
「その……なんか、避けられているっていうか……さ」
 絶対言わないだろうと思っていた相手だったのに……
「なんか……ホント、唐突にさ……心当たりが無いんだ……」
 こんなにもすんなりと言葉が溢れてくる。
 弱い部分を露呈している。
「そっか。じゃあアンタから離れていったわけじゃないんだね」
 こっちに視線を戻した千穂は、微妙な表情を作っていた。
 喜び。安堵。悲しみ。諦め。
 まったく正反対の感情がそこに混ざり合っていた。
「ああ……。でも、もしかしてオレがなんか言ったのかも……」
「その心当たりはあるの?」
「いや、だから心当たりはまったく……」
「じゃあ、そうじゃないんだなって思いなよ」
 ニヤリ、といつもどおりの笑顔に戻った。
「アイツ、馬鹿だからね」
「へ?」
 再び空を見上げ、千穂は呟いた。
「那美だよ、那美。アイツは、馬鹿なんだよ」
 そしてまたこちらを向いて、いつもの笑顔。
 その笑顔に、微妙にまた複雑な表情が混じっていた。
 今度は優しさと慈しみ、同情と尊敬、
 そして……憎悪?
 ふ……
 思わず苦笑してしまう。
 自分みたいなガキがどうやって人の表情くらいでそこまでわかるんだよ、と。
 千穂は今度は前を向き、いつのまにか止めていた足を再び進める。
 そしてオレも同様、いつのまにか止めていた一歩を踏み出す。
「優しすぎなんだよ。気を使いすぎなんだよ。なんでも自分で背負おうと考えてるんだよ……。馬鹿だよ、ホント」
「…………」
「……まあ、まだ出逢って3年の私が、そんなこと偉そうに言えるもんじゃないんだろうけどね」
 振り返って苦笑する千穂。
「いや……3年でも充分だと思うさ。実際その間、お前と那美は、凄い仲が良かったわけだしな」
 まだ出逢って数ヶ月のオレなんかじゃ、解らないところなんていくらでもある。
 ……そう。
 オレは、まだ出逢って数ヶ月なんだ。
 半年も経っちゃいない。
 ……幻想を見ていたのかもな。
「オレ、何か変なこと期待してたのかもな……」
「は?」
 千穂の隣につき、呟いたオレに、彼女は驚いたように顔を上げる。
「いやさ……恥ずかしいけど……オレ、てっきり彼女がオレのことを、少なからずは想っていてくれていると思ってた。……けど、それは単なるオレの片想いの幻想で……馬鹿みたいな妄想だったんだなって……そう思い知ったよ」
「…………」
 訝しげな……そして呆れたようなな表情へと変質していく千穂。
「……アンタ……さっきの私の話聞いてなかったの?」
「え?」
「……ハァ。だーかーらー……アイツは馬鹿だって言ったでしょ」
 やれやれとため息をついて……そしてまるで「ほほえましい」とでも言いたげな笑みを作る。
「アイツが別れるつもりなら、どんなに迷おうがきっぱりとそう言うよ。少なくとも今みたいな、まるで生殺しみたいな方法はとらないよ。アイツだってしっかりとアンタの気持ち知ってるでしょうし」
「じゃあ……なんで彼女はオレを避けて……」
「んー…………そうだねぇ……」
 本気で悩み始める千穂。
 ……そこで悩むのは……駄目じゃないか?
「でも……少なくともアンタを嫌いになったわけじゃないと思うよ。とりあえずアンタとは今の関係を保ちたがってるはず……だから!」
 そこでビシィっと指を突きつけてくる。
「いい? ヘタにアンタから彼女を避けちゃ駄目だよ? アンタが、彼女のことを好きでいるならね」
 オレの顔を下から覗き込むように強い口調で言い放つ。
 だが……
「でも……オレ……」
 オレは……
「オレ……さすがに耐えられないって。あんな……あんな態度……」
 言ってから、自分があまりにも情けなく、女々しく、弱々しい奴だなと思った。
 でも、千穂の前でそれをさらけ出すことに、何故か抵抗無かった。
「なら、さ」
 無意識に目を逸らしてしまっていたオレの視線の前に移動した彼女は、一呼吸置いてから言葉を放った。
「告白しなよ」
「……へ?」
 思わず、立ち止まる。
 彼女も、立ち止まる。
「それが一番手っ取り早いでしょ? 目の前で告白してやって、それでその場で答えを、最低でも彼女が避けていた理由やらなんやらを白状させてやれよ」
 彼女の表情に、悪戯っぽい笑みは無かった。
 ただまっすぐオレを見つめる純粋な瞳があった。
「でも……」
 オレは、いつかの屋上でのことを思い出していた。
「でもでもでもって……じゃあ、アンタは何が出来るのよ!?」
 強い口調で、眉を吊り上げて彼女は言い放つ。
「やってもいないのに諦めるのは、いつまで経っても何も手に入らないよ。少なくとも最初はそれぐらい勇気出せよ」
 そして、オレの額に右手の人差し指を突き刺した。
「結果がどうなっても、別に誰も何も言いやしないんだからさ」
 …………。
 力強く、そして優しく見つめる彼女の黒い双眸。
 オレはそんな彼女の瞳に、勇気付けられた。
「そうだな……やってみなきゃ解らないか」
「そーゆーこと」
 一転して笑顔。
 そして、
「大丈夫だよ。アンタらは、きっと……ううん、絶対に幸せになれる…………」



 夜。
 自宅。
 自分の部屋。

 静かだった。
 ベッドに座るオレの背後の窓は、その先に広がる無限の闇を映している。
 その闇を見る為に振り返ったとき、腰掛けたベッドが僅かに音を立てた。
 それだけだった。
 再び、静寂が部屋を包んだ。
 唯一つ、時計の秒針の音だけが虚しく響いている。
 そんな中、オレは右手に持った携帯の液晶を、じっと見つめていた。
 ……一体どれくらいの時を、こうして過ごしただろうか?
 ほんの数十分のような気もするし、既に数時間は経過したとも思える。
 液晶に映るのは時計ではなく一つの電話番号。
 そしてその番号の上には、見知った名前が記されていた。
「…………」
 時々視線を天井や窓の外に向けながら、それでも決して携帯を放すことなくその時を過ごしていた。
 ――直接、面と向かっての告白は出来ない。
 恥ずかしい事だが、それは何時ぞやの屋上での出来事で実感している。
 あの時よりは覚悟はついているつもりだが――それでも、オレはこちらの方法を選んだ。
 しかし、それでもオレは今、躊躇っている。
 右手に持った携帯。液晶に映る見慣れた名前と番号。
 時間を知らせる用途を持っているはずの時計の音は、今ではその不気味なほど一定したリズムの所為で、時間の感覚を狂わせる。
 一定のスピードを保つ物理的時間と平行に進む、無限とも一瞬とも思える観念的時間の先で、オレはついに、
 オレはついに、決心した。
「…………」
 携帯を掴む右腕に力を加える。そこでオレは初めて、その掌が汗ばんでいるのに気付いた。
 そっと右手を離し、左手に持ち替える。
 開かれた右手を、見つめる。
「…………」
 少しだけ時間を費やし、再び右手に持ち替える。
 そして、
 そして右手の指で携帯のボタンを押していく。
 液晶に記された番号の位置を、親指でスムースに。
 最後に、通話ボタンを、
 押して、しまった。
 液晶に記された番号が、左へとゆっくりとスクロールしていく。
 もう、後戻りは許されない。
 ゆっくりと、携帯を右耳に添える。
 呼び出し音。
 呼び出し音。
 直後、つながる。
『もしもし?』
 ……聞きなれた、でも何故だか久しくて、それでもやっぱり聞き慣れた声が聞こえた。
『どうしたの? こんな時間に』
 その言葉にハッとする。
 机の上に置かれた時計へと視線を転じると、11時過ぎを指していた。
 メールならともかく、突然電話をする時間ではあるまい。
「わ……ワリィ……迷惑だったか?」
『ううん、全然。どうせ暇だったし』
 いたって普通の口調で返してくる那美。顔が見えない分、かつてと何も変わっていないように感じられる。
 やはり電話にして正解だったのかもしれないな。
「そっか……じゃあ、少しだけだけど……時間、とれるよな?」
『うん。……どうしたの?』
 こっちの深刻そうな雰囲気が伝わったのか、向こうの声色も変化した。
「…………」
『…………』
 沈黙。
 沈黙。
 だけど。
 だけど、もうこれ以上迷わない。
 もう、充分迷った。
 もう、充分なんだ。
 だから、今オレは、
 ここで、決意する。
「那美……オレ……」
『う……うん?』
「……」
 深呼吸。
「……オレ、お前が…………





 ……オレ、那美のこと……好きだ……好き……だ……」





to be countinued to chapter.5



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