ニセモノノマチ
珠洲 環(freebird)





 





 ――このマチは居心地がいいらしい。
 皆そう言ってる。
 トモダチのタツくんもユウちゃんもハルナも。
 彼らのマチはごみごみしてる大都会だったり何も無いつまらない田舎だったりするらしい。
 でも、はっきりいって私はこのマチがいいとは思わない。
 ごみごみしてる大都会だって、『上』じゃ私達みたいな庶民が絶対味わえない、チョウコウソウビルとか見れるらしい。
 何も無いつまらない田舎だって、『上』じゃもう失われているらしい緑の木々や花々をたくさんたくさん見れるらしい。
 そういうのって、凄く羨ましいと思うけど。
 ……まあ、無いものねだりっていうか……飽きちゃうんだろうなぁ。
 実際に皆がこのマチを居心地いいと言って、私がそんなでもないと思うのも、それと同じことなんだろうし。
 とりあえず『上』から《エキ》に降り立った私は、そのまま《エキ》から出て、表にある路面電車の駅へと向かう。そして路面電車を待つ人々の列に加わり、その人々とともに私も路面電車を待つ。
 間もなくして、路面電車は私達の前へと姿を現した。
 順番どおり、次々と乗車していく人々。
 そして私の番。
 踏み出した足をゆっくりと乗車口へとかける。

 ゆっくりと走り出す路面電車。窓側に座った私は、ゆっくりと流れていくこのマチの景色を見つめる。
 ――超規模ニューロネットワーク《ニホン》の一角……名前は、忘れた。
 自分のマチの名前を忘れるなんて、馬鹿みたいだけど、自分のマチだからこそ名前なんて使う必要無い。自分が住んでいる区画の名前は覚えていても、マチの名前なんて知ったことか。
 それに、私はこのマチなんて、名前を覚えるだけの価値はないと思ってるし……。
 流れる景色に含まれるのは、狭い車道をぎゅうぎゅうに走る車とスクーター。そんな車道の自由度をさらに狭めるような信号機。同様に狭い歩道を歩く老若男女の人々。木造とコンクリートが、一般住宅と小さな商店が、コンストラクションをまるで無視した造りで並立している。そして空には、まるでその青い空を覆い隠すかのように、縦横無尽に張り巡らされた電線。
 ……なんて中途半端でごちゃごちゃしたマチなんだろう。
 最近の私の感想はこれである。
 ハルナが言っていたごみごみした大都会――《トウキョウ》というマチなんだけど――だって、チョウコウソウビルとかコキュウジュウタクガイとかばっかりなんだろうし……こんな凄い田舎なのかそうでもないのかわけわからないようなマチなんかより、よっぽどいいと思うけどなぁ……。
 そういえば。
 前々から疑問に思っていたことだ。
 私もタツくんもユウちゃんもハルナも、同じ街なのに、なんでマチはそれぞれバラバラなんだろう。タツくんとユウちゃんは同じ《ニイガタ》っていうマチらしいけど、ハルナはさっき言った《トウキョウ》。そして私はこのマチ……。
 それだけじゃない。
 これから私が逢おうとしている『彼』も、私と同じマチなのだ。……まあ、逢おうとしている時点でそれは当然なんだけど。
 でも、彼の住んでいる街と私が住んでいる街は、違うどころか……
 ……彼は、『東』の人だから……。
 だから彼とは『上』では絶対に逢うことはできない。出会いも、そしてそれからもずっと、こうしてこの《ニホン》内だけのことである。
 どんなに遠く離れていても、この《ニホン》では関係ない。それはわかってる。
 でも、同じ街の人々とは全く違うマチで、違う街――それも『東』の人々と同じマチであるということは、前々から非常に不思議に思っていたことであった。
 まあ、そのおかげでこうして、彼とも出会えるわけだから文句は無い。
 それに、『上』で毎日あってる奴と、ワザワザここで逢う必要なんて皆無だ。
 ――『上』とは違う自分を演じ、新しい居場所として、『上』とは全く違う楽園として生活できる……。
 その、《ニホン》の魅力を考慮してのものなのかもしれない。
 そんなこと考えながらぼうっとしていると、窓の外の風景が、待ちわびていた区画の風景が現れた。
 彼の住む区画――『ホンカタタ』。
 私の住んでいる区画よりよっぽどきれいで、都会的なこの区画。それもそのはず、ここはこのマチの中心部だからだ。空を覆う電線の数は相変わらずだけど。
 止まった路面電車から降り立った私の第一歩は、目が不自由な人の為のバリアフリーのブロック。
 と、言ってもこの《ニホン》に目が不自由な人なんているわけがない。『上』にだったらイヤになるほどいるけど。なのになんでこんなものがあるのか……私にはわからないし、知ろうとも思わない。唯そこにある。それだけだ。それで私が迷惑を受けるわけでも何でもない。
 視線をめぐらせれば、電車前部にある出口から降りる私達と入れ替わりに、後部にある入り口へと乗っていく人々。買い物袋を持って少し広めの歩道を歩く人々。少し広めの道路を走る車やタクシーやバス。少し高めのビル。コンクリートの住宅。喫茶店。《エキ》。
《エキ》前広場。中央に立つ時計は見ない。代わりにポケットから取り出したケイタイデンワを取り出す。10センチくらいの長さで、小さな画面と数字の書かれたボタンがちている代物。マチの中での、主要な連絡手段。
 画面の中にある、時計。そこには午後1時5分前を指していた。
 うん、ちょうどいいかな。
 彼のケイタイデンワのパスワードを入力して、通話ボタンを押す。そしてそのままケイタイデンワを耳に添える。
 プルルルルル……という音が一回だけ。
 ピッという音の後、懐かしい彼の声が聞こえた。
 いつもどおり。
 私が彼に逢いにこの区画に来たときの、お決まりのパターン。
 懐かしい彼の優しい声を聞いているうちに、私はどんどんご機嫌になっていく。
 思わず足踏みをしてしまう。口笛をふいてしまいそうな、そんな感じ。
 閉じた瞼の先に見える、声の主。
 やがていつもどおり、ここに彼が迎えに来てくれることになり、電話を切る。
 瞼を開けた先に見えるのは、小さな小さな花屋。
 半径ほんの1メートル程度の円形の移動型花屋の中に、ぎっしりと詰め込まれた色とりどりの花。そしてそれに囲まれて幸せそうに目を閉じている、店主のおばさん。青いエプロンを着たそのおばさんの前には、藁で作った代金入れ。
 その花屋の前を、花屋なんか見えてないかのように通り過ぎるサラリーマン風の人。
 自転車を漕ぐ青年と、その後ろに立ち乗りしている制服の女の子も、通り過ぎていく。
 私は《エキ》前広場から少し遠ざかり、待ち合わせ場所である交差点の電柱に寄りかかる。
《エキ》前商店街。車より歩行者の方が目立つ。ラーメン屋、質屋、カキ氷や、呉服屋。
 小さめの商店が、一つの大きな建築物の中に隙間無く林立している。
 私はさっきそこの自動販売機で110円で買ったジュースを片手に持ちながら、腕組みをして道路の向こう側を見ていた。
 来た。
 お待ちかねの彼が、バイクに乗ってやってきた。
 金色の髪。花柄のシャツ。白いズボン。全部新しいけど、顔につけたそのゴーグルと跨ったバイクは変わらない。
 お待たせ。久しぶり。
 目の前の、生の彼の声が、優しく私の耳朶を打つ。
 待ったよ。もっと早く来てよ。
 無理言うなよ。これでも全力だったんだぞ。お前に早く逢いたくてな。
 恥ずかしいことを少し悪戯っぽく笑いながら言う彼。
 バーカ。
 といいつつ、私は少し……ううん、かなり嬉しくなっちゃう。
 信号が青に変わった。
 横断歩道の前で待っていた人々が、ゆっくりと歩き出す。
 そんな人々の目も気にせずに、どちらからでもなく私達はキスをする。
 私は、右手をガードレールの上に乗せて、左手でガードレールの向こう側の彼の右の二の腕を掴む。
 彼は、両手をバイクの座席に置いたまま、頭だけをこっちに寄せる。
 私達は、キスをする。
 ――。
 ――――。
 商店街の喧騒も、もう気にならない。
 今、世界には私と彼しかいない。
 そう感じられるような、時間。
 信号機が、赤になった。

 バイクに二人乗りでやってきた、彼のアパート。
 その中の彼の部屋の、彼のベッド。
 正方形のクッションと、それよりも少し小さい正方形のクッションで出来た、彼のベッド。
 小さい正方形を枕にして、私は寝転がる。
 伸ばした裸足の足は、大きい正方形を飛び出してフローリングの床に届いている。
 久しぶりの感触。
 懐かしい、彼の部屋、彼のベッド。
 思わず瞼が閉じてしまいそうな視線の先に、キッチンに立つ彼の姿が見える。
 黒いエプロンを着た彼は、小さなコンロの上に置いてある小さな鍋の蓋を開けて、中のスープをレードルですくって、口に少し付けて味見をしている。
 そんな彼の背中と、私の裸足のつま先の、間。
 彼が趣味で集めているという、様々な色や形をした椅子で囲まれた、小さな正方形の透明のテーブル。その上。
 花瓶に入った、花。
 ……見たことない、不思議な花だった。
 茎の色は赤。そこにまだらに這う黄色。そこから生える葉は、灰色に近い白。花の部分は、大きな球状の首とその上から出ている小さな頭で出来ていた。球状は黒、紫、青のストライプで構成されていて、その上の花びらは葉と同様、灰色の白で出来ていた。その中に眠るおしべとめしべは、皆赤一色だった。
 不気味なほどカラフルで、悪趣味な配色。
 疑いたくないけど、彼のセンスを疑ってしまいそうになる。
「ああ、やっぱりそれ、ひいちゃうよね」
 顔を上げると、エプロンを脱いでいる途中の彼がこちらを向いて恥ずかしそうな顔をしていた。
「僕も、さすがにアレかなって思ったんだけど……ね」
 ご飯、出来たよ。
 彼の言葉に、私は生返事する。
 今の私には、この花……とは言いがたいような花にのみ興味を持っていた。
「こんな花……一体何処にあったの……?」
 私の問いに、彼はよくぞ聞いてくれました、とばかりに人懐っこい笑顔を見せる。
「これ、実は『上』の花なんだ」
 彼のその言葉に、私は思わず耳を疑ってしまう。
「『上』に……?」
「そ」
 彼はそのテーブルの前に座った。私も、大きな正方形と小さな正方形から体を起こし、テーブルの前へ移動する。
 瞼はもう、軽くなっていた。
「『上』に、花が咲くようなとこ、あるの?」
「それがあったんだよ。……って言っても、こんなのだけどね」
 彼はそう言って、『こんなの』を指で触れた。
「僕もビックリしたよ。僕の街の外れでこれを見たときは。思わず撮影して、ここにセーブしちゃったよ」
 愛しげに彼は、その『上』の花を指で弄ぶ。
 私もまた、その不気味な花へと指を伸ばす。
「そう思うと……きれいに見えるから、不思議だな」
「でしょ?」
 その言葉で、彼は満面の笑顔になった。
「僕たちと同じだよ。『上』の環境の中で生き抜いている、本当の『生命』なんだからね。まあ、これはデータなんだけどね。……ご飯冷めないうちに食べようか」
 そういいながら彼は立ち上がり、キッチンへと戻っていく。
「ねぇ……」
「ん?」
 指と視線だけは花に触れたまま、テーブルにうつぶせになった私は呟いた。
「これ……本物、見たいなぁ……」
「…………」
 暫く、沈黙が続いて、やがて、
「ハハ……無理だよ。戦争が終わらない限り、『西』の人はこっちにこれないんだからね」
 笑いながら、彼は言った。
「あ〜…………そっか」
 視線だけは花に触れたまま、テーブルにうつぶせになった私は呟いた。



   -the end-




 あとがき的領域

 BF45万自爆(オイ)hit記念として送らせていただきました作品です。と、いっても、どこが記念やねんと自分に叫びたくなるくらい関係の無い作品です。しかも短い(爆) しかもぼんやりとしすぎ!(更爆)
 いや、意図的ではもちろんあるんですけどね。この、舞台も背景もテーマすらもぼかしていることは!(核爆)
 まあ、もっとぼかしたいな、なんて欲求があったりするのですが(略)
 でも色々と小細工はしてありますし、ぼかした部分は基本的に主旨じゃないので。まさしく「どーでもいい部分」(作者的にォイ)なので。ですので、これだけで私が何を伝えたいのか、何を表現したいのかは解る……と思いま……願ってます(激爆)
 と、いうわけで、この作品からもしも奇跡的に何か感じ取っていただければ、もう、心から狂喜乱舞いたします(ぉ
 でわでわ、珠洲 環でした。



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