ナツコイ-first love-
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第6章 本心






     “後になって後悔したって、何も変わらないんだぜ……”





 オレの街は、川を挟んで東側と西側に分けられている。そのオレの住む区画――東地区と、中心街のある西地区を結ぶ橋は二つあり、そのうちの北側の橋は、最近新築されたばかりだ。
 その新築された北側の橋を、オレは自転車で駆け抜けていた。以前のように狭い歩道では無いため、向かいからすれ違う歩行者も全く気にしなくてもすむ。しかし、ここを通る時の違和感だけは、どうしても拭えない。まあ、すぐに慣れるとは思うが。それはそれで哀しいのだけど……
 視線を左に向ける。そこには、かつての古い橋の残骸が残っている。残骸とは言っても、両岸に橋の『カケラ』が残っているだけだが。それもそのうち、撤去されることだろう。以前の橋より少し高くなった視点。流れる川を見下ろす。決して深くない川。かつてオレ達が幼い頃は、こんな暑い日はよく川で遊んだものだ……が、今そこには、全く収穫が無い釣り人達の姿しか無い。
 橋を渡りきったところにある、90度のカーブ。かつては直進であったのに、以前の橋より僅かに北側にずれた為に、このカーブを造ることになった。また、それに伴って川沿いの建築物もそのほとんどが姿を消していた。そこは橋同様、すっかり変わり果てた、違和感だらけの別世界だった。オレはライダー気取りで体を左に傾け、カーブを思い切り曲る。国道沿いの中心街より少し離れた川沿いの坂道。オレは街の南側に向けてスピードを上げる。
 シャー……。
 ペダルを漕ぐ事も無く高速で回転する前後の車輪。灼熱の太陽の下、心地よい向かい風に全身を撫でられるこの瞬間は、爽快の一言に尽きる。坂道を下りきった所にある十字路で進路を右に向ける。その十字路は、オレが走ってきた北から南の道と、南側の橋と駅を結ぶ東から西の道が交差する十字路だ。その十字路の西側――つまり駅へと続く道を突き進む。僅か50メートルほど走ってすぐに、駅前のコンビニに辿り着く。オレはその駐車場に自転車を滑らせた。
 自転車を停めたオレは、そこから鍵を取ってポケットにしまいこむ。額に浮かんだ汗の粒を裾で拭って、コンビニの中へと入り込む。
 予想していたものの、中は寒すぎるほどクーラーが効いていた。そんな一時の楽園に酔いしれながら、オレは直進する。買う気は全く無いパンのコーナーを物色し、次に雑誌のコーナーで適当に時間を潰す。時計を見ると午後3時をまわっていた。当初の予定通り缶コーヒーを一本手にとってレジに出す。当然だがメーカーによって缶コーヒーの味は全然違う。いや、味と言うより飲みやすさか。たった今レジに出したコーヒーは、いくつもの缶コーヒーの中で最もお気に入りのものだ。すっきりしていて一番のみやすい。
「このままでよろしいですか?」という店員の言葉に頷き、値段を告げられるより早く財布の中から100円硬貨1枚と10円硬貨2枚を取り出す。「120円になります」の言葉と同時にそれを差し出す。そしてそのままレシートを受け取ることも無くコンビニから脱出する。
 忘れかけていた熱気が、全身を包んだ。
「ふう……」
 ため息を一つしてからオレは歩き出し、缶コーヒーの蓋を開けた。口につけて傾け、喉の奥に流し込みながら、ポケット中から先ほど入れた自転車の鍵を取り出す。自転車に身を預けながら、缶をほとんど縦にして飲み干し、乾ききった喉を潤した。コンビニの前に並べられたダストボックスの缶のコーナーに、空になった缶を放り込み、オレはそのまま自転車の所に戻る。鍵を開け、乗り込む。一息ついてから発進。
 先ほど通ってきた駅への道を逆方向に走らせ、南側の橋へと向かう。だが橋を通るわけではない。オレは橋の脇の道を通り抜け、橋の下にある堤防代わりの土手の脇に自転車を停める。
 自転車を降りたオレはそのまま再び鍵を閉め、土手の急な斜面を危なっかしく昇る。
 ここに来るのも久しぶりだった。南側の橋や駅への道は良く通るが、その橋の下となると果たして何年ぶりだろうか。……小学校以来か?
 土手の上に昇りきった所から見る川と河川敷。護岸工事が進められた北側と違い、こちらは全く変わった様子が無い。
(懐かしいな……)
 暫くその河川敷を眺めていたが、さすがに暑い。日陰――橋の下へと身を滑らす。壁に描かれた落書き。どっかの不良軍団が描いたような過激な落書きも、昔から変わっていない。その落書きから視線をそらし、再び河川敷へ移す。
「…………」
「お? 先客がいたのか」
 無言でその河川敷を眺めていた時、突然背後から声をかけられた。思わず振り返ると、そこには割と久しぶりな顔――雅人の姿があった。
「奇遇だな」
 笑顔を向ける雅人に、オレも苦笑いを返しながら、
「オレたちゃ暇人だな」
「ああ、暇人だ」
 蝉の鳴き声が響いていた。

 橋の下の土手。男二人で座り込み、変わらない河川敷を眺める。
「懐かしいな……俺たち、3年前まではあそこでキャンプしていたんだよな」
「ああ、そうだな」
 雅人の言葉に頷く。3年前まで――つまり小学生時代、オレたちは街の少年野球に所属していた。毎日早朝練習という辛かったこの時期、最大の楽しみと言ってよかったキャンプが、丁度今くらいの時期に、この場所で行われていた。
「今年はもう終わったらしいな…………はあ、あの頃は気楽でよかったなぁ」
 まるで人生に疲れ果てた中間管理職のようなため息を吐く雅人。
「今だって気楽だろ、お前は」
「そうでもないだろ……どうだ、お前。塾の課題、進んでるか?」
 思い出したくないワードを、この男は……
「全然。っていうか、夏休み期間に200時間は無理だろ……課題全部終わらせてもそんなにはかからないだろうに」
「まあ、自主学習やれってことなんだろ。実際、先輩達の中にもしっかり200時間クリアした人は結構いるみたいだし……クリアしてない人もいるみたいだけど」
「じゃあオレたちはそのクリアしていない組だな」
 オレの言葉に、違いない、と雅人は笑いながら応え、
「はぁー……めんどくせー……勉強なんてしてらんねぇよー……」
 と魂の叫びを放ちながらその場に仰向けに寝転がった。
「そういえばお前、県で入賞ギリギリだったんだって?」
 その雅人を見下ろしながら、オレは最近手に入れたニュースを思い出す。
「ん……ああ、まあな」
 瞼を閉じかけていた雅人は、オレの言葉に頷く。
「まあ、結局は入賞できなかったんだけどな…………はぁ、北信越行きたかったんだけどなぁ……」
「それでも凄ぇよ、県入賞ギリギリなんて。うちの学校なんて、県に行くだけでも凄いのによ」
 全くだ。うちみたいな田舎の学校は、どんな競技でも高い評価を得ることなどできない。しかしそんなうちの学校の陸上部短距離種目の期待のエースが、この柿崎雅人である。二つある地区予選の両方共を余裕で通過。これだけでも凄いと言うのに、更に県大会において入賞ギリギリと言う、凄まじい結果を残した。……オレとは違って。
「そんな雅人の輝かしい夏も、遂に終わりか」
「まあ、それはそれで嬉しいけどな」
 意地悪く嫌味を言ってやったオレに対し、雅人はニヤリと怪しい笑みを作りながら応えた。
「……練習か?」
「そういうこと」
 笑いながら、よっ、と勢いつけて起き上がる。
「陸上部の練習、辛すぎ。特に大会前は。しかも北信越に行ったとなると、俺一人が夏が終わっても地獄の特別メニューを組まされる所だったよ」
「いいじゃん。それで更にレベルがアップするなら」
「いや、もう陸上なんてこりごりって感じだよ」
 苦笑しながら呟いた雅人の言葉は、少々意外だった。
「陸上、嫌いになったのか?」
「いや、そういうわけじゃないけどな…………なんていうかさ、陸上なんて別に競うものでもないだろ、って感じで」
「?」
「だったら俺はバスケとかテニスとかの方が面白いとおもうけど」
「そうか? テニスもあまり試合は面白くないぜ。オレみたいに弱いとな」
 思わず呟いたネガティヴな言葉に、少し自己嫌悪に陥る。
 まだ引きずってるのか、オレは……
「やっぱりプレッシャーとかあるから……趣味としてなら楽しいんだけどな」
「ふむ……」
「でもお前だったら足速いし、大会だったら英雄だろ? 楽しくないのか?」
「まあ、楽しいと言ったら楽しいけど……でも、俺の場合でもたった200メートルを走るだけだから……長距離とかテニスとかよりもドラマに欠けるというかなんというか……」
「ふぅん……まあ、オレはよく解らないけど……」
「でも、楽しんでいる奴は本当に楽しんでるよ」
 フ、と雅人は口元を緩めた。
「本当に陸上に向いてるヤツってのは、俺みたいに唯上手いヤツじゃなくて……それを楽しめるヤツなんじゃないかなって、思ったりする」
「……そう、かもな……」
 意識の中で雅人の言葉を反芻する。
 じゃあ、オレはどっちに属しているんだ?
 上手いヤツでないことは確かだ。
 ……なら楽しんでいるのか?
「そういえば、お前ってなんでテニス部入ったんだ?」
 唐突な雅人の質問。
 テニス部に入った理由……それは……
「……ああ、そうだ。アイツに……直人に誘われたんだった」
 そう、この学校に入って早速気があった仲間の一人である直人。特に入部する部を決めていなかった時に彼に誘われて、オレはそのままなんとなく入部したんだ。
「だからオレ、別にテニスが好きとかそういうのじゃなくて……唯、なんとなくで部に入ったんだよ」
「だけど、それって、入部当時の話だろ?」
「ん……あ、ああ、まあな……」
「じゃあ、最終的にはどうだったんだよ? ……というか、どうなんだよ?」
「最終的……」
 雅人の言葉を、口の中で繰り返す。
「なんとなくだけで最後までもつか? 普通……しかも、同学年の部員、ほとんど……っていうかお前と直人意外全員辞めたんだろ」
 そういえば、オレはなんで最後までテニス部に残れてたんだろうな。直人が残っていたから、とかの理由ではないような気がする。あの顧問の所為で、直人やオレたちとも仲のよかった部員達がどんどん辞めていく中、オレは唯眺めているだけで自分でも辞めたい、と思ったことは無い。試合は嫌いだったはずだ。顧問も嫌いだったはずだ。仲間が辞めていく中、自分も辞めることにはそれほどの抵抗も感じないはずだ。だけどオレは、引退するまでずっとテニスを続けていた。
 そして今。
 最後の大会で負けた後、もう中学でテニスをすることは無いと思った時。
「オレ、ちょっと寂しかった、かもな」
「うん?」
「もっとテニスがしたい、と思ったかも……いや、思ったんだろうな」
 心の中に在った、もやもやとした何かが、すうっと消えていくのを感じていた。
「オレ、テニス……好きになっちまったみたいだな……」
 少し恥ずかしくなって、苦笑してしまう。
 そんなオレに、雅人は優しく笑った。
「やっぱりお前は、テニス、向いてるよ」
「だけど……実力は無いんだぜ?」
「だから言っただろ? それに向いてるか否かは、上手い下手じゃなくて好きか否かなんだって」
「でも……やっぱり下手じゃ試合でも勝てないし……」
「バーカ」
 ビシッと、オレの側頭部にツッコミが叩き込まれた。
「お前の好きなテニスは試合が目的なのか?」
「…………?」
「楽しむことが目的、だろ?」
 雅人は立ち上がり、大きく伸びをした。
 オレはそれを見上げながら、頭の中で雅人の言葉をリフレインさせていた。
「お前にとってのテニスだけじゃない……俺にとっての短距離だってそうだ。別に大会でいい成績を取る事だけが目的じゃない……勿論、それもあるけどさ。
 でもそれだけに縛られるくらいだったら、俺は大会になんて出たくないね。逃げかもしれないけどな」
 立ち上がったまま、オレに視線を向けた。
「なんか俺、かなりクサイこと言ったな」
 恥ずかしさを紛らわすように、苦笑する雅人。
 そんな雅人に、オレは小さく笑った後、同様に立ち上がった。
「クサイけど、今の言葉はオレのハートにズキュンと来たぜ」
「なんだよそれ」
 橋の下の土手。二人の男が立ったまま笑い合う。
「直人は引退した後も、ちょくちょくと部に顔を出してるみたいだし……オレも出てみるよ」
「そうしろよ。後輩達も喜ぶだろ」
「男の後輩に喜ばれても嬉しくねえよ」
 冗談めかして応える。もう胸の中には何のわだかまりもないように思えた。
「まあ、お前なら喜ばれるだろ? モテモテの短距離走エース様ならな」
「どうだか」
 皮肉交じりのオレの言葉に、苦笑する。
「なにがどうだか、だよ。また告白受けたんだろ? 千穂から聞いたぜ」
「う……アイツ、余計なことを……」
 さすがというかなんというか。雅人は陸上部の後輩に絶大な人気を誇っている。他の陸上部員のモテる奴らとは違って何故か『後輩だけ』なのだが……
「で、どうしたんだ? その告白。OKしたのか?」
「しねぇよ」
 ハァ、とため息をつきながら応える。
「またか……お前、いつも断ってばかりだよなぁ……他に好きなやつでもいるのかよ」
 それほど深い意味のある質問じゃなかった。
 なんとなくで訊いただけだった。
「……ああ」
 だからこの答えはあまりにも意外だった。
「……は?」
 訊いた本人が間抜けな声を返してしまったほどだ。
「……マジ? だ――」
「そんな顔しても教えない」
 誰? と訊こうとしたオレに先行して質問を却下した。
「……なんだよ、つまんねぇの」
 ちぇっ、とおもむろに舌打ちをしてやる。
「そういうお前はどうなんだよ? 水瀬さんとはどんな感じなんだ?」
「……え」
 唐突に飛び出してきた那美の名前に、オレはあからさまな同様を見せる羽目になった。
「な、なんでそこで那美が出て来るんだよ……」
「別に今更驚くことでもないだろ? お前らの周りにいる奴ら皆知ってるぜ、そんなこと」
 さも当然のように言い放つ雅人。だが、オレはそんなことはどうだってよかった。
 ……那美。
 結局アイツとの関係は何も変わっちゃいなかった。むしろ、先日海に行ったときの椎名さんの告白によって、オレの中では更に悪化することになった。
 ある意味では希望を持つことは出来る。椎名さんの告白は、那美がオレのことを嫌いだからオレの告白を断ったわけじゃないという可能性に繋がるからだ。
 だけど……
「……ああ、なんか最近雰囲気がおかしいって話は聞いたことあるが……まだお前ら、仲直りしてないのか?」
「……仲直り?」
「ん……? 喧嘩したから雰囲気がおかしくなった……とかじゃないのか?」
 絶対そうだと思ってた、みたいな顔をされる。
 喧嘩……か。
 そうだとしたらまだ楽だったかもな、なんて心の中で苦笑してしまう。
「違う……のか?」
「っていうか、さ」
 ふう、と大きなため息をついた。
「オレら、もうそんな関係じゃないから」
「……は? 何? 別れたの?」
「別れたもなにも……オレたちは最初から付き合ってなんかいなかったし」
 そう、オレたちは結局何も無かった。
 何かがあるわけでも、何かが生まれるわけでもなかった。
「でも、付き合ってなかったとしても……お前ら、かなりいい感じに見えたんだが……」
「…………」
 それは全部……それは全部、昔の話だ。
 今はもう存在しない……何かが生まれると信じていた時の話……
 オレは雅人に背を向けた。
「何が、あったんだよ……?」
「…………」
「りゅ――」
「――もう、終わったんだよ!!」
 思わず叫んでいた。
「……隆二?」
 背後から聞こえる、雅人の心配そうな声。
 あまりの情けなさに、更なる自己嫌悪に陥る。
「もう……オレたちは、終わったんだよ……アイツはもう、オレと離れたがってるんだ……だから、オレたちは……」
「……水瀬が?」
 突然、雅人の声色が変化した。
「……彼女がそんなこと言うとは思えないが……何かの間違いじゃ……」
「本当に言ったんだよ!!」
 また、叫んでいた。
 もう、止まらなかった。
「お前に那美の何が解るって言うんだよ!!」
「――じゃあ、お前が彼女のことどれだけ知ってるっていうんだよ!!」
 唐突に紡がれた怒号。
 そのあまりの勢いに、オレは思わず振り返った。
「……悪い」
 雅人は自身が発した声に自分で驚いているのか、申し訳無さそうに顔を俯かせた。
「だけど、やっぱり何かの間違いとかじゃないのか……? 本当に、彼女はお前のことを嫌いになったって、そう言ったのか……?」
 顔を上げ、強い視線で語りかけてくる。
 先ほどの雅人の一撃によってある程度冷静になった思考が、先日の椎名さんの言葉を思い出させる。
「もしかしたら、違う可能性もある……」
「……違う可能性?」
 おうむ返しの雅人の言葉に、オレは頷く。
「誰だとは言えないけど……以前オレはある女性から告白を受けた。愛の告白じゃなくて、純粋な告白……」
 或いは、己の罪の告白……
「その女性はオレのことを想っていてくれたんだけど、那美ともかなり仲が良かった。それで、その女性が言うには、那美がオレを避けるようになったのは、その女性の気持ちを知っていて、それに遠慮したからだっていう話だ……」
 自分で言っていて、かなりありえないような話だと感じていた。もしくは、かなり自意識過剰的な。しかし、これは紛れも無く椎名さんから聞いた話だ。
 そんなオレの話を、雅人は神妙な面持ちで聴いていた。
「そっか……」
 そして話が終わると雅人は、なるほどね、といった感じで呟いた。
「何か、変な話だろ?」
「いや、そんなことは無い」
 苦笑したオレに、雅人はあくまでも真面目な顔で応えた。
 雅人がここまで真面目になる理由が、オレには理解しかねた。
「水瀬らしいというかなんというか……まあ、充分ありえる話だよ、彼女のことならなおさら」
「…………」
 やれやれ、と言った表情を見せる。
 その表情――いや、さっきからの雅人の一挙一動に何かしらの違和感を感じる。
 まるでそこにいるのは、オレの知らない雅人かのように……
「じゃあさ、彼女はお前のことを嫌いになったわけじゃないんだな」
「……あくまでもその可能性があるってことだよ」
「いや、多分そうだ。間違いない。彼女が今お前のことを嫌いになるわけなんて無い」
 全てを解りきっているかのようなその口調に、既に不快感は無い。代わりに、なんともいえない違和感だけが残る。
「……だけど、それでも、アイツはオレとはもう別れた方がいいって……」
「お前はどうなんだよ?」
「……え?」
 唐突なその問いに、伏せていた顔を上げた。
「アイツは、アイツはってお前は言うけど、お前の気持ちはどうなんだ? 彼女と別れたいとか言うのか?」
「…………」
 そんなわけない。
 そんなわけ、あるはずがない。
「だけど、彼女が別れたいって言うなら……」
「なんだよ、それ」
 思わずといった感じで失笑した雅人。
「なんかお前も、水瀬に似てきたな」
「……水瀬?」
 先ほどから感じていた違和感の断片を、見つけ出した。
「水瀬って……お前、確か那美のことは水瀬さんって呼んでなかったか?」
「へ? ……あ、ああ……いや、もう結構親密になっただろ? いつまでもさん付けっていうのもアレじゃねぇか」
 ハハハ、と少し乾いた笑いを見せる。まだ何か違和感が残っているような気がするが……
「とにかく……お前らは人の事ばっかり気にしすぎなんだよ」
 その違和感を探ろうとする前に、雅人は話を進めようとする。
「もう少し自分に正直になってみろよ。恋愛くらいはさ」
 違和感を纏った雅人の、真摯な双眸がオレを見つめる。
「後になって後悔したって、何も変わらないんだぜ……」
「…………」
 静かな世界に、時折通りかかる車の音と蝉の声だけが響いていた。
「もう一回聴くぞ? ……お前はどうなんだよ」
 その静かな世界に、雅人の言葉が響いた。
「オレは……好きだよ」
 言葉に発しながら、オレは不思議な思考に取り付かれていた。
「オレは……那美のことが好きだよ……」
 人は、何故自分の“好き”という感情にここまで鈍感なんだろうか。
「彼女と別れても、いいのか?」
 最も大切なはずなのに……何故こうも、人は“好き”を見つけるのに手間取るのか。
「嫌だよ……嫌に決まってるさ」
 自分の“嫌い”はいくらでも作ることができるくせに、自分の“好き”は他人にも自分にも素直になれない。
「だったら、彼女にそう言ってやれよ」
 そして気付けなかった“好き”に後で気付いて、後悔してしまう。
「俺はお前とは別れたくないって、な」
 何故なんだろうか……何故人はそんな馬鹿なんだろうか……
「――好きだから、って」
 多分、その答えは。
「……ああ」
 苦労して、さんざん迷って、やっと“好き”を見つけることが出来た時、
「言ってくるよ。アイツに……オレの気持ち……」
 最高の満足感を得ることが出来るから……
 最高の嬉しさを、噛み締めることが出来るから……
「ありがとな、雅人」
 オレの言葉に、雅人は優しく笑った。
「それがお前のためにもなるし、彼女のためにもなる、最高の選択肢だよ」
 オレは頷いて、雅人の脇を通っていく。そして斜面を降り、ポケットから鍵を取り出して、停めてある自転車の鍵を解除する。
 振り返って土手の上に視線を向ける。雅人はオレを見下ろして、笑顔で手を上げていた。
「グッドラック!」
 冗談交じりの見送りの挨拶を、満面の笑顔で言い放つ。
 そこにいるのは、昔から変わらない、オレの親友だった。
 オレも手を上げて、そのまま自転車に乗り込み発進させた。
 もう、迷いは無かった。
 何の不安もなかった。
 なんともいえない高揚感だけが、胸の中に燻っていた。

 ――ありがとう。

 そんな声が、背後から聞こえたような気がした。
 酷く優しい、声だった。




















 その日の夕方、街は激しい夕立に覆われた。
 それは夏の日の、ありふれた光景だった。





 こうして、夏は終わりを告げた――。





to be countinued to [that mirage of summer-1]





 あとがき

 どうも、freebirdです。毎度私の作品を読んで頂き、誠にありがとうございますm(_ _)m
 さて、この『ナツコイ -first love-』もなんとか前半戦を終了することが出来ました。やっとって感じです。
 ……そう、まだあくまでも前半戦なんです(汗 先は長いです、ハイ(滝汗 まあそれでも、一区切りをつけることができたと言うことでなんとか楽にはなるんですけどね。精神的に。
 とりあえず夏は終わりました。おそらく皆さんが望んでいた展開とは全然違う終わり方だとは思いますが(爆 次回からは『あの夏の蜃気楼(ミラージュ)』編となります。……はい、訳がわかりませんね(汗 まあ、ちょっとした変化があるので……そこらへんは見てのお楽しみということで。
 この物語がこれからどのように展開していくのか……作者もハラハラドキドキの(ヲイ)見逃せない展開! 誰か、アシスタントついてくれませんか?(マテ
 これからもどうか見捨てず、詠んでください……お願いします……(><
 でわでわ、freebirdでした。

 独り言 なんか主人公達が既に“普通”の領域を脱してしまった……(汗 ちょっとヤバイ……(汗



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