ナツコイ -first love-
freebird presents



あの夏の蜃気楼(ミラージュ)―4


 





 寒くなってきたな。
 そんな風にふと思ったりした。
 今は薄手のシャツに長袖の服を着ているが、それでも寒いなって感じ始めていた。
 遠くに見える、この町を取り囲む山々も、既に完全に紅葉していた。時折強く吹く秋風は、落葉が近いであろうことを示していた。
 周りを見渡した。たった一本の、細い道。車がすれ違いでもしたら、どちらかが徐行しなければとてもじゃないけど怖くて通れないような、細い道。数百メートル先の病院へと続く、道。周りに建築物なんてものは何も無く、一面の水田、水田、水田。稲は例外なく刈り取られ、そこは荒涼としたまるで岩石砂漠を想像させるかのように広がっていた。一番高いオブジェクトなんていったら、均等に建てられた電柱くらいなものだ。
 靴が、アスファルトとは違う何かを踏みしめる感触を訴えた。同時に、ビチャンという音がした。視線を足元に向けると、そこには水溜りがあった。昨夜の雨の名残だろう。何の予測もしていなかった不意の事態に、迂闊にも靴とズボンの裾を濡らしてしまったが、特に気にもしなかった。
 休日とは言え、午前中の病院への、ただ病院へのためだけにあるこの細い道には、不気味なほど人の気配というものがしなかった。もうこの世界は滅亡してしまって、自分だけが唯一の生き残りではないだろうか、と、昨夜雨の音を聞きながら夜遅くまでやっていたパソコンゲームのことなんかを思い出していた。
 そんなことを考えているうちに、病院へのたった一本の細い道は徐々に目的地までの道のりを短くしていき、やがて後百メートルといったところにまで来ていた。
 僅かに斜めに倒れ掛かった電柱の横を通り過ぎた。
 病院へのこの道を歩くのは久しぶりだった。
 一年前の6月頃の体育の授業。女子軍団の羨望の眼差しを集めようと華麗なるハンドスプリング空中捻り7回転半(物理的に不可能)に挑戦してみたものの、チャレンジ精神むなしく、威勢良く跳び箱についた左手があらぬ方向に捻じ曲がり、見事骨折プラス跳び箱に真逆さまにボディプレス→横に180度回転後背中からリノリウムの床にダイヴ&強打というコンビネーション技を繰り広げた。その後、生まれて始めての骨折に対し、甘い考えを持っていた俺は、直後の余裕は何処吹く風と段々といった感じに、内側から支配されるかのような痛みと流れ出る冷や汗に必死で耐えながら、更にそんな俺を見て『冗談だろ?』と笑い飛ばす友人に絶句し――
 ――とにかく、左手を骨折した俺は、その後検査の為に、学校に行く前によくここを通って病院へと通っていた。ちなみに検査終了後もすぐに学校にはいかず、堂々と授業サボって家で娯楽に興じていた。あの頃は今と比べて不真面目だったのだ……と、言っても今でも不真面目ではあるが。
 気付けば、目の前には病院があった。
 白い病院。正面の関係者以外立ち入り禁止の扉とその左脇のビニールハウス。とりあえず壁に沿って右脇へと進み、駐車場を経由しながら正面玄関のほうへと向かう。白い壁に取り付けられた窓からは、小児科の風景が映し出され、数人の泣いている幼児達とそれをあやす母親達と、床でお遊びに興じている幼児達とそれを微笑ましく見守る母親達と、椅子に座った母親の膝の上で母親に読んでもらっている絵本を真剣な眼差しで見つめている幼児達と、そんな風景になんか馴染めないといった様子で見つめている中学生とおぼしく少女がいた。なんとなく懐かしく感じた。中学生までは小児科に行かなくてはならない。それが俺にとってはとてつもなく嫌だった。幼児達に囲まれたあからさまに異質な空間。不愉快というわけではないが、馴染めなかった。そんな場所から逃げ出したいが為に、早く高校生になりたい、なんて感じたときもあった。
 屋根付きの中央玄関の両脇のベンチには、杖を持って無言で目の前を見つめるおじいさんや、寄り添って話し合うおばあさん達が座っていた。その中心を通って、俺は自動扉が左右に開くのを見届け、病院の中へと足を踏み入れた。
 一度入って、もう一つの自動扉を通って、簡易受付の前を通り過ぎて、そのまま受付の方へと向かっていき、その間に数人の走り回る子供達とすれ違って、そして受付の前へ辿り着いた。
 手続きを済ませ、一応訊いた目的の場所に向かって(以前も来たので訊く必要は無かったのだが)、階段へと足をかける。
 少し薄暗い階段を上った先は、喧騒に包まれた一階とは違い、結構静かな場所だった。ときおり聞こえる看護婦の声や患者の家族と思われる人達の会話が、病院独特の雰囲気を作り出していた。
 静かな廊下等を歩いた時、人は普段と変わらないはずの足音が、普段より目立って聞こえることがある。それは自分が廊下を歩いていることの証明であり、自分という存在の証明であるはずなのに、何故かその足音がまるで自分の者ではないような感覚を受け、普段よりも世界からの距離を感じ、不安になってしまう。それは普段とは違う音だから、という理由にすぎないのかもしれない。と、すれば、例えそれが自分の音だとしても、それが普段と異なっていれば、自分とは切り離した音であると認識してしまうのだろうか。自己から生まれたのに、普通では無いという理由から自己から切り離す。俺は首を振った。自分だけの音じゃない。そこには、静寂な廊下というもう一つの要素が加わる。大丈夫だ、自分はまだ自己から生まれた者を否定しているわけではない。異なる要素に融合し、変質してしまった自己の欠片の成れの果てを切り離しているだけだ。まだ純粋な自己は俺の内側に残っている。
 ――扉を開けた先には、ガラスがあった。そのガラスの向こうに、ベッドがあった。ベッドの上に、一人の少年が横たわっていた。人工呼吸器も無く、ただ一人の少年がガラスの向こうのベッドの上に横たわっていた。
 ガラスに近寄った。その先に見える世界に、半透明の自分がいた。
「隆二……」
 俺の呼びかけに、ベッドの上の少年は反応しなかった。ガラスの向こうの世界で反応したのは半透明の自分だけであり、それも俺の行動をそのまま真似たものだけであった。
 ベッドの上の隆二は、変わらず眠りについていた。布団の中の胸も、変わることなく規則正しく上下していた。何も変わっていなかった。1ヶ月前とも、2ヶ月とも。唯一つ、1ヶ月前より、そして2ヶ月前より、やつれているように見えた。
 暫くガラス越しの親友の姿を見つめ、俺は踵を返した。もしかしたら、なんていう甘い希望は、無残にも打ち砕かれた。
 扉に手をかけようとしたその時、その扉は向こう側に開かれた。俺ではない、他者――扉の向こうからの来訪者の力によって。
 開かれた扉の向こうにいたのは、よく知った顔だった。
 水瀬那美。クラスメイトであり、友人であり、俺の初恋の相手である、少女。
 彼女は俺を認め、あ、と小さな声をあげて驚いた。
「柿崎くんも、来てたんだ」
 そう言って笑顔になるまでの間にもう一つ違う表情が挟まれていたような気がしたが、僅か一瞬のことであったため確信は持てない。
 那美はそのまま俺の傍らを通り過ぎ、ガラスに手を触れ、その中のベッドに横たわる少年の姿をじっと見つめた。
 俺は扉にかけかけていた手を下ろし、隆二を見つめる那美の方へと体を向けた。
「もう、2ヶ月も経つんだね……」那美は言葉と共にため息をついた。
「……そうだな」俺はそんな彼女を見つめながら相槌を打った。
「変わらないね」
「…………」
 彼女の言葉に、俺は沈黙しか返せなかった。
 そして俺はそのまま、2ヶ月前に起きたことに想いを巡らせた。
 ――隆二がその事故に遭う直前に出逢った知人は、俺だった。
 橋の下の土手。俺とアイツで、他愛の無いこと、そしてアイツの恋に関すること、様々なことを語り合った場所。そこからの帰り道。
 俺は那美の後ろ姿を見つめた。
 彼女は、じっと隆二を見つめていた。
 俺と隆二が別れた後、アイツは那美に改めて想いを伝えるつもりだった。
 だが、それはついに叶うことなく、アイツは事故に遭った。
 だから、アイツと那美との関係はまだ、アイツの最初の告白を那美が断ったところで終わっているはずだった。
 だけど、那美は今、こうして隆二を見つめている。
 ガラスに手をかけ、その向こうのベッドに眠る少年を、見つめている。
 ――やっぱり、那美はアイツのことを想っていた。
 そんな答えが、頭の中に生まれていた。
 だから、あのまま、何事も無く、隆二が那美に想いを伝えることができていれば、今頃きっと、二人は幸せになれたはずだった。
 けれど、アイツは事故に遭った。
 あの土手からの帰り道。
 那美へと想いを伝えようとしていた時。
 突然降り出した夕立。
 赤信号に突っ込んできた車が、雨で濡れた道の上で急ブレーキが効かず、そのまま隆二を跳ね飛ばした。
 奇跡的に、自転車がボロボロになっただけで外傷は無かった。
 しかし、頭を強く強打した。
 そして、その後、今に至るまで、ずっと意識不明のままだった。
 呼吸器などの内部にも目立った損傷は見られず、すぐに回復した。
 しかし、脳へのダメージは残り続け、未だ隆二は目を覚まさない。
 こうしてガラスの向こうで安らかなまでに眠り続けている。
 不安げに見守る愛する人の想いになど気付かず。

 病院から出ると、肌寒い風は一層その強さを増していた。何か上着を着てくればよかったな、と今更ながらに思う。
「家まで送るよ」
「うん……ありがとう」
 俺の提案に、那美は頷いた。そしてそのまま、俺たちは歩き始めた。
 俺の右隣を歩く那美の様子は、学校で見せているそれとは著しく異なっていた。そしてそれが、那美がいかにダメージを受けているかの証であり、それこそが今の那美の本当の姿なのだろうと俺に思わせた。
 そんな那美の姿はあまりにも弱々しく、可愛らしく、思わず抱きしめたい衝動に駆られてしまった。しかしそれを実行するわけにはいかなかった。那美はもう遥か昔の想い人であり、今の俺は彼女をサポートしなければならない身なのだ。
 あの夏からずっと続く、彼女の想い。あの夏からずっと続く、俺の役目。それが、あの夏、蜃気楼の様に消えた、俺の初恋の代償。
 俺はそれだけで満足だった。たとえ自分の想いが掻き消えたとしても、少しでも彼女を助けてあげることができれば。どんな形でも彼女の力になってあげることができれば。その為に俺は、隆二の親友という特権を活用し、彼女と隆二を近づけるように苦心した。迷いはあった。妬みもあった。けれど、それでも、少しでも彼女の役に立てれば、少しでも彼女が喜んでくれるのなら、それでいいと思っていた。
 しかし、現実はこうして、彼女と隆二が結ばれる直前に、二人を無常に引き裂いた。
 それは引き裂いたとは言わないのかも知れない。現に、那美は未だ隆二を愛しげに見つめていた。しかし、それでも、それはあくまでも那美の想いの空回りであり、今隆二は彼女の想いを受け止めることができない状態にいる。彼自身も、彼女に想いを受け止めてもらいたかった者だというのに。
 そうして、二人はすれ違い、想いを伝え合うこともないまま、今彼女は俺の隣にいる。俺の隣りを歩いている。その状況は悲しむべきであるはずなのに、二人を結び付けなければならないはずの俺にとって、悲しまなければならないはずなのに、俺は、今この状況に幸せを感じていたりした。
 もう想いは消えたと思っていた。
 3年前のあの夏に、掻き消えたと思っていた。
 なのに今、俺はこうして隣りに歩く彼女を、間違いなく愛していた。
 許せなかった。自分自身の醜さを。それでも、彼女を想う気持ちは止めることができなかった。
「なんか、懐かしいね」
 二人とも無言のままそれぞれの思いに浸っていた時、その沈黙を突如、那美の言葉が打ち破った。
「……ん?」俺は首を傾げて彼女を見た。
「こうして、二人きりで歩くことが」彼女は小さく笑いながら、そう言った。
「ああ、そうだな……」俺も曖昧に頷いて告げた。
 彼女の言葉が、この気まずい沈黙を打ち破るためだけに発した咄嗟の一言であったことは、彼女のその表情からも伺えた。
 けれど、俺はそんな彼女の言葉から、何か重大な意味が含まれていないか、探し出そうとしていた。
「あの頃はよく、二人で一緒に散歩とかしてたもんな」
「うん、学校違うから、週末になってどちらかの家で待ち合わせして、そのままぶらぶらとどちらかの町を歩いたよね」
 那美の口から告げられる言葉の一つ一つが、俺の頭の中にビデオ・テープを再生したかのような回想を映し出す。
「あの頃は、それぞれの町もかなり広く感じられたよな」
「うん……なんか、他の町に行くときも電車とかバスとかばっかりで、学校の行事とかの時くらいで、まるで全く別の世界の様に感じていたから、私の町や柿崎くんの町とかが、繋がったある一つの世界の全てだって、錯覚していたよね」
 言いながら、那美は周りを見渡した。四方に広がる山々。そこに囲まれた盆地の中にたたずむ、俺たちの町。黒い車が、俺たちの右脇を高速で通り過ぎ、腰を曲げた老婆が、俺たちの左脇を通り過ぎた。
「あの頃って、この山に囲まれているのは私たちの町だけって感じていたよね」那美は笑顔で言った。
「そうだな」と、俺は呟いて、「でも、実際はこれらの町の何倍も大きな町が、いくつも収まっているんだよな」
「なんか、あの頃の視点って、凄く不思議だったね」那美は呟いた。
「小さなものでも、とても大きく見えて、そんな大きく見えた世界だけを、本当の世界だと思っていたんだよね」
「そうだな」
 俺たちは少し大きな道路へと出た。冷たい秋風が、道路の脇の木々を音を立てて揺らしていた。新しく作られた橋へと続く、改装された道路。脇を通る車の数が増えてきて、その度に秋風とは違う風を生んで俺たちにぶつけてきた。
「あの頃から3年しか経ってないはずなのに、俺たちの視点は随分と変わったんだな」
 俺の言葉に、那美は首を振った。
「3年しか、じゃなくて3年も、だよ」
 また一つ、黒い車がガードレール越しに通り過ぎた。
「3年も経てば何でも変わるよ。私たちみたいな子供は特に」
 反対側の歩道を、自転車に乗った子供が立ち漕ぎで去っていった。
「あの頃は小学校を卒業するって時だったのに、今ではもう中学校を卒業しようとしている。それは大きな違いだよ。その間に得た、知識も経験も」
「そうだな」俺は頷いた。
「そうだな、ばっかりだね」那美は笑い出した。
「……そうだな」俺も苦笑いしながら、皮肉っぽく言ってみた。
「ごめん、ごめん」笑いながら、那美は謝った。
「そうだよな……この3年で、色んなものが変わったな」気をとりなおして、俺は喋り始めた。「でもそれでも、俺にとって3年間という時の流れは、凄く短く感じられた。……3年前が、まるで昨日の出来事のように感じられる時だってある」
「そうかな……」彼女はボソリと呟いた。
「私は、長く感じたな……この3年間」
「それは、その3年間が充実してたからだろ?」と、俺は言った。
「柿崎くんは、充実してなかったの?」
 那美の問いに、俺は肩をすくめた。「さあ」
「充実か……そうかもね」那美は続けた。「充実してたかも、しれない。うん、きっと。色んな友達も出来たし、楽しかった。小学校も楽しかったけど、それとはまた違う色んな楽しさがあった」
 一言一言、丁寧に、まるで該当するものを思い出すかのように、那美は言葉を紡ぎだす。
「充実してたから、長く感じる、か。うん、そうかもしれない」
 俺たちは新しく作られた橋のスタート地点にあたるスロープを登り始めた。視界の片隅に、かつての橋の残骸がまだ残されていた。
「今こうして二人きりで歩くことも、酷く懐かしく感じられるし」
「そっか」
 那美の言葉に、俺は相槌を打った。
「俺には、ホント、昨日のようにも感じられるけどな」ボソリと、呟いた。
「こうして二人で歩くことが?」那美の言葉に、俺は頷いた。
 一際大きいトラックが、俺たちの脇を通り過ぎ、一際強い風を、俺たちにぶつけてきた。かつての橋ならば、これくらいの大きさのトラックが通れば、今にも崩れ落ちるのでは無いかと感じられるほど揺れていたが、今では当然だが全く揺れを感じなかった。全ては変わったのだ。3年前とは、完全に。
「でもやっぱり変わってしまったんだよな」
「うん」
 俺の呟きに、那美は頷いた。
「この3年で、隆二とも知り合えたし……。柿崎くんの、お陰で」
 笑顔で告げた那美の言葉に、俺は首を振った。
「俺は大したことは出来なかったよ。知り合わせることが出来たのも3年になってからだし、結局、」最後の言葉を無理やり引っ込めて、新しい言葉に置き換えた。「それに、多分、」
 それに多分、俺が何もしなくてもお前らは知り合って仲良くなってたと、思うよ。と、口にした。
「ん……」否定とも肯定ともとれる曖昧な表情で、曖昧に那美は呟いた。
 その後少しの間沈黙が続いて、橋が終ろうとした頃、那美は突然振り返って、俺に告げた。
「送ってくれて、ありがとう。なんか、色々と話せて、凄く楽しかった。いつも、病院から帰るときって寂しくて、丁度話し相手が欲しいな〜って思ってたときなんだ」
 彼女は両手を後ろに回して、いつも学校で見せているような笑顔で俺を見上げて告げた。
「今日は本当に、ありがとう。もう柿崎くんの家って反対側でしょ? ここまででいいよ。ありがとう」
 それは別に、俺を突き放す言葉でもなんでもなかったはずだ。けれど、俺にはその言葉が酷く寂しいものに聞こえた。それは単に、彼女との二人きりの時間が失われることに対する、俺の一方的な感情なのかもしれない。けれど、少なくとも言えることは、今俺は彼女とは離れたくない、それだけだった。
「……ああ、解った」けれど、俺はそう呟いた。
 ぎこちなく笑みを作って、さよなら、と告げた。
「さよなら」
 と、彼女も告げた。

 踵を返して、橋をさっきとは反対方向に歩き始めて、暫くして、ちらっと振り返ってみた。彼女は、俺に背中を向けて、ゆっくりと遠くに消えていくところだった。
 俺は再び視線を前に向けて、さっきとは反対方向へと歩き始めた。
 俺はもう、彼女への想いは、なくしてしまうべきなのだ。
 あの夏に儚くも掻き消えたのだから、いつまでも心の中に残してはいけないものなんだ。
 そんな俺の想いを、俺の心の中の違う俺が否定した。
 解っていた。
 初恋なんてものは、決して消えないということを。
 例え初恋の相手からの想いを絶たれようとも、自分から初恋の相手への想いを絶とうとも、新しい人を好きになったとしても。
 初恋は、決して消えず、いつまでも残り続けるということを。
 前方から、自転車に乗った少女が向かってきた。
 その少女は俺を認めると、片手をハンドルから外し、手を振った。
 俺も苦笑しつつ、手を振り返した。
 彼女は俺の元までくるとブレーキを押し、自転車を止め、左手をペダルから地面に下ろし、バランスをとる。その少女は、俺のクラスメイトで友人の、相川千穂だった。
「雅人、何やってるの? こんなところで」
「散歩だよ」
 俺の返答に、千穂はあからさまに怪訝な顔をした。
「散歩ぉ〜? アンタがぁ? 冗談でしょ?」千穂は笑いながら言った。
「そういうお前は何やってるんだよ?」そんな千穂に、俺は聞き返してやった。
「サイクリング」
 思わず吹き出した。
「あ、何? そのリアクション。まさか信じてない? ホントだよ、アンタと違って。マジでサイクリングだって」少し不機嫌気味に、千穂は言う。
「俺だって、本当だっての」
「散歩が?」
「そう」
 頷いた俺に、千穂はさらに怪訝そうな顔をした。
「ふ〜ん……おかしなこともあるもんだねぇ。アンタみたいな奴が散歩だなんて、さ」
 なかなか失礼なことを言い並べる千穂に、俺は軽く肩をすくめてやった。
「……ま、いいや。それじゃ、私は行くね」
「ああ、じゃあな」
 あまりノってこない俺の態度に拍子抜けしたのか、千穂はさっさと会話を切り上げて自転車に跨った。
「ん、じゃ」
 千穂も別れの挨拶を軽く返して、そのまま去っていってしまった。
 俺はそんな彼女の後姿を少し見つめていた。すると、彼女もまたちらっとこっちを振り返り、俺と視線が合うと慌ててそれを前方に戻した。……もっとも、俺も同様に、だが。
 初恋は初恋だが、いつまでもそれにすがり付いていないで、新しい恋をしてみてもいいかもしれない。
 そうすれば、那美のように、充実した新しい時間を過ごせるかも知れない。
 生きている意味も、生きている必要性も、生きているうちの最高の幸せも俺には解らないけど、そういう時間を過ごすことは、とりあえず最高じゃなかったとしても幸せなんだと思う。
 そんなことを考えながら、俺は再び歩き始めた。
 枯れた木から、一枚の葉っぱが風に攫われ、俺の足元に舞い降りた。










 その日の夜、俺は隆二が目を覚ましたという報せを受けた。





 to be countinued to chapter.7



あとがき

 どうも、freebirdです。
 あの夏4はすぐに出すと言ってた割に、結構時間がかかってしまいました。すみません(汗)。
 さて、今回の章で『あの夏の蜃気楼』編は終了し、待望(?)の後半戦スタートとなります。
 ……さて、第6章のあとがきにおいて、前半戦終了と告げたとき、あの夏編が後半戦だと勘違いしたかたがいらっしゃったようですが、それは大いなる間違いです。ああ、だからと言って自分を迂闊だと責めないで下さい。むしろそんな風にひっかかってくれたのであれば私としてはもう超嬉しいです(笑)。だって完全にワザとですから(爆)。
 あの夏編は本編とは少し異なる、サブストーリーのような位置づけなのです。もちろん時間軸は繋がっているので、必ずしも外伝という表現が一致するわけではありませんが。しかし、視点が変わっていたり、主人公とある一人の人物との間だけの普通の恋愛物語ではなかったりと、本編とはやはり色々と異なっております。それじゃ次の7章からはどうだというと、まあ今回の章のラストに書かれている一文からも解るように、な展開です(笑)。ただし、普通、というわけではありませんが。少し捻った恋愛ドラマを作りたいと思っています。
 そんなこんなで、次回からは色々と急展開だったり今までのキャラが新しい役割として再登場したりと、まだまだナツコイは続いてしまうというか寧ろ次回からが本当のナツコイ(夏ではないが/爆)だったりしますので、もうダラダラと長くて飽きてきた〜なんて思わず、どうか最後までお付き合いいただけるようよろしくお願いします(^^; ラストはちょっと特殊だったりしますので……賛否両論分かれるかと思いますが。あ、いや、戦争始まったりUFO突っ込んできたりはしません。
 さて、最後の挨拶をする前に少しお詫びを。次回から新章というか後半戦ということで始まるわけですが、それを書く前に、一つ、全く違うテイストの作品を書かせていただきたいと思います。よって間が空く訳ですが、そこは少しご了承していただきたいな、と(汗)。それと、その作品の方も読んでいただき、感想なんかをちょちょいと頂けると、負傷(字違)この自由鳥至極恐悦極まりなく感涙に浸りあおうて(色々違以下略)
 と、いうわけで、どうかこれからも色々と私の勝手な振る舞いや駄作なんかを暖かい目で見守って下さい、ということです(^^;
 でわでわ、freebirdでした。

 あ、明さん、毎度掲載どうもありがとうございますm(_ _)m



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