希望と共に歩めばいい

未来へと歩めばいい

未来が希望を育み

希望はまた未来へと――


Memories Off Nightmare 
―ANOTHER DREAM―
著・珠洲環(freebird)





 その日は、雨の降る日曜日だった。
 屋根に、アスファルトに、大地に、絶え間なく叩きつけられる雨の音が、家の中にいても聞こえてくる。
 まるで、世界中が雨に包まれているかのように。
 世界は、最初から最後まで、この場所から果てまで、全て雨に包まれているかのように。
 雨は私たちを閉じ込めて、逃がさないようにしてしまう。
 だから私は、雨の日はとても寂しくなってしまう。
 こうして、自分の部屋のベッドの上で蹲って、鳴らない携帯電話を見つめていることが、とても寂しく感じてしまう。
 両手に包まれた小さな携帯電話。ディスプレイには、変わらない待ち受け画面。思わず、ぎゅっと握ってしまう。何を願ってそうしたのかは、私にも判らなかった。
 でも、きっと願いは通じたんだと思う。
 突然、手の中の携帯電話が光を発し、画面が変わり、震動と共にメロディを刻み始めた時、私はそう思った。
 その画面に映っていたのは、私のよく知っている人の名前。
 私は驚きのあまり、暫く何もできなかった。ただ手の中で小刻みに震える携帯を、そこに映る彼の名を、そしてまるでさっきまで世界を包んでいた雨の音を断ち切るかのように鳴り響くメロディを、私は感じていた。
 だが5秒近く経った後、私は思い切って通話ボタンを押した。
 そして携帯を耳に寄せ、言葉を吐き出す。
「……もしもし?」
『あ、彩花?』
 電話の向こうから、いつも通りの声が、いつも通りの調子で聞こえてきた。
「うん、何?」
『あのさ、ちょっと頼みがあるんだけど……』
 そう言って彼は、電話の向こうで照れを隠したような、申し訳無さそうな声でそう言ってくる。人に何かを頼む時の、彼の特徴だった。
 それは間違いなく、彼だった。私の大好きな、彼。いつも通りの、彼。私の求めていた、彼。
 私は嬉しさのあまり声が震えてしまいそうになるのを必死で堪えながら、言葉を絞った。
「……何?」
『あのさ、今、オレ、学校にいるんだけど……ちょっと傘を持って迎えに来てくれない?』
「……学校?」
『そ。なんか、いつもオレ授業とかサボってるじゃん? だから突然、その罰だとか言われて教師に手伝いさせられてさ』
「……馬鹿」
『う、うるせえよ』
 電話の向こうから、照れを必死で隠そうとするような怒鳴り声が聞こえてくる。
 私は思わず、口元をふっとゆるめた。
 馬鹿。馬鹿。最高に、馬鹿。
『それで、今やっと帰ろうとしたんだけど、何か急に雨が降り出しちまったみたいで……オレ、今日、傘忘れちまったんだよ』
「それで、傘を持ってきて欲しいの?」
『ああ。……駄目か?』
「ううん」
 駄目なわけがない。
「持っていくよ」
 今すぐにでも、逢いたい。
『そっか。悪いな。ありがと』
「ううん、こちらこそ」
『……は?』
「電話してくれて、ありがとう」
『……?』
 きっと電話の向こうの彼は、怪訝そうな表情をしているだろう。
 そんな表情をする彼を思い浮かべて、またふっと笑みが零れた。
 早く逢いたい。
「それじゃ、今すぐ行くね」
『あ、ああ』
 そうして私は電話を切って、それをポケットにしまいこみ、早速出かける準備をする。
「あれ? 彩花お姉ちゃん、何処か行くの?」
 準備をさっさと終えて、早速出かけようと玄関に辿り着いた時、後ろのリビングから声と共に妹のかおるが出てきた。
「うん、ちょっとね」
 中2の私よりもひとつ年下のかおるは、私の答えに訝しげな表情を作る。
 それはそうだろう。こんな雨の中、わざわざ出かけるなんて。
「何処、行くの?」
「学校」
 更なる答えに、かおるは更に困惑する。
「まさか……彼氏の所?」
 かおるは少し思案した後、その可能性に思い当たり、聞いてきた。
「ふふ、秘密」
「うわぁ……私はまだフリーなのに……ずるいよぉ」
 泣きそうな表情で、訴えてくる。
「まあまあ。かおるにもすぐに良い人見つかるって。最近、クラスのある男子と仲が良いんでしょ?」
「え……何でそれを?」
 かおるの表情が凍りついた。
「同じ学校なんだし、私の部活の後輩がかおるのクラスメイトだしね。いくらでも情報は聞けるよ」
「うう……。……でも、まだ彼とは親友ってレベルだし」
 そう言って、しょぼんとかおるは顔を伏せる。
 そんなかおるに、私はふっと笑みを作って声をかける。
「大丈夫」
 大丈夫。
「今の関係を大切にして、彼のことをずっと好きであれば、きっと幸せになれる」
 かおるはゆっくりと顔を上げる。
「大切なのは、好きでいつづけることだよ。誰かを、本当に好きでいつづけること」
 かおるは暫く私の顔を見つめていたが、
「……体験者に語られたら、信じないわけにはいかないね」
 そう言って、微笑んだ。
「ありがとう、彩花お姉ちゃん」
「うん」
 そして私も微笑む。
「それじゃ、行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
 笑顔のかおるに見送られながら、私は家を出る。
 彼のために、お父さんの黒くて少し大きな傘を、借りていく。
 そして、私の傘を。
 私が一番お気に入りの、真っ白い傘を。
 手にとり、私は玄関を出た。






 その日は、雨が降っていた。
 目の前の空間を、細い無数の雨の針が貫いていく。
 アスファルトに叩きつけられた雨は、細かく弾け飛び、更に音を生む。
 その音がいくつも重なり合って、世界に雨の、独特の音を生む。
 雨は世界を薄い膜で多い、見慣れた風景を儚く変質させる。
 いつも見慣れた世界が、いつも見慣れた世界じゃないように見えてしまう。
 そんな風景は、オレを不安にさせてしまう。
 昇降口から見える切り取られた風景ですら、オレを酷く不安にさせてしまう。
 だから、オレは、電話をした。
 彼女に。
 この不安に満ちた世界で、一人でいることが耐えられなかったから。
 彼女と一緒に、いたかったから。
 だから、傘を忘れてしまったことを口実に、彼女に迎えにきてもらった。
 だけど、それは本当に正しい選択だったのだろうか。
 オレは今になって、新たなる不安に苛まれていた。
 彼女をここに呼び出して、正解だったのだろうか。
 もしかしたら、そのことで、何か違う不幸が、オレや彼女に振りかかるのではないだろうか。
 根拠も何も無い。ただ漠然とした不安だけが、オレの胸のうちに燻っていた。
 確かに雨は強いけど、走って帰れなかったわけでもない。
 いや、今もし、やり直せるのならば迷わず、オレは彼女を呼ぶなんてことはしないで、この雨の中、一人で走って帰っていただろう。
 それくらい、どうしても不安だった。
 もしかしたら。
 何がもしかしたらなのかは判らないけど。
 もしかしたら。
 もしかしたら。
 その時、突然、耳の中に聞きなれない音が入り込んできた。
 不気味なほど規則的に、不気味なほど無機質な。
 サイレンの、音。
 …………!
 オレは、息を飲んだ。
 もしかしたら。
 気付いたら、雨の中へと飛び出していた。



 靴が水溜りを勢い良く踏みつける度に、跳ね上がった水滴がズボンの裾を濡らした。
 だけど、どうでも良かった。
 濡れた髪が顔にへばりつき、垂れてくる水滴が目の中や口の中に入り込んできた。
 だけど、どうでも良かった。
 秋の雨が濡らした制服は、その中にいるオレの体をすっかり凍えさせていた。
 だけど、だけど、どうでも良かったんだ。
 ただオレは、走っていた。
 無我夢中で。
 何も考えずに。
 肘を曲げた両手を交互に突き出して。
 前傾姿勢で、膝を突き出して。
 爪先で濡れたアスファルトを蹴りつけて。
 目の前を睨み付けて。
 雨の中。
 オレは、オレは必死で走っていた。
 もしかしたら。
 もしかしたら。
 雨の風景がオレにもたらす、漠然とした不安。
 それを必死で否定しながら、オレは走る。
 走る。
 走る。
 無我夢中で。
 必死で。
 走る。
 走る。
 そして。
 そして――
 そこには、人だかりが出来ていた。
 既に、救急車も止まっていた。
 いつもの通学路で通る場所。
 いつも見慣れた場所。
 そこが、いつもとは全く違う異質な空間になっていた。
 集まっていた野次馬達が、口々に何かを騒ぎ立てていた。
 可哀想、とか。
 まだお若いのに、とか。
 オレは、立ち止まって、必死にその人ごみの中に彼女の姿を探した。
 どうか、その人ごみの中にいますように、と。
 どうか、どうか。
 どうか――
 白い傘が見えた。
 白い傘。
 真っ白い傘。
 あまりにも純白な、傘。
 怖いほどに。
 不自然なほどに。
 だけど、雨の中、あまりにもマッチしていた、白い傘。
 その白い傘を、差している少女を、見つけた。
 あ……
「彩花ぁっ!!」
 思わず叫んだ。
 白い傘を差した少女は、びくっと肩を震わせて振り返った。
 オレを認めたその少女は、何故か泣いているように見えた。
 だがオレは、そんなことは気に掛けず、無我夢中で、彼女を抱きしめた。
「彩花っ……」
「きゃっ……」
 突然抱きしめられて、彼女は驚きの声をあげる。
「彩花……良かった……」
 オレは、酷く安心していた。
 もしかしたら。
 その、もしかしたらが消えたから。
 両手で抱きしめた彼女の小さな両肩は、雨の中にいたはずなのに酷く暖かく感じた。
 彼女の右手から、真っ白な傘が、濡れたアスファルトの上に落ちた。
 そして左手に握っていた、大き目の黒い傘も、アスファルトの上に落っこちた。
「ちょ、ど、どうしたの?」
 彩花はうろたえながら声を出す。
「濡れてるし……雨の中来たの?」
「……オレ、なんだかわかんないけど、不安になっちゃって」
 彼女を抱きしめながら、彼女の質問には答えず、オレは呟いた。
「学校で待っているうちに、わけわかんないけど、不安になってきて……」
 彼女は驚いた表情のままオレを見上げる。
「なんだか、待っていられなくなって、それで……」
「……心配、してくれたんだ」
 オレの腕の中で、彼女は呟いた。
「……ありがとう」
 そして彼女も、オレの胸に顔を埋めた。
 鼻の先にある、彼女の柔らかい髪。
 そこから、心地よい柑橘系の香りがした。
「良かった……本当に良かった……」
 抱きしめながら、オレは一心にそう呟いた。
 降り注いでいた雨は、だんだんと小雨になってきた。
「……でも、あまり良くない」
 腕の中で、彼女は突然呟いた。
「……え?」
 オレは腕を離し、彼女の両肩をそっと掴んで、彼女を見つめる。
 彼女は、少し泣いていた。
 そういえば、さっきオレが来る前も、泣いていた。
「私はなんともないけど、でも」
 そう言って、彼女は救急車の方へと視線を向けた。
 担架に一人の若い女性が乗せられて、救急車の中へと運び込まれていく。
 生々しいほどに流れ出た鮮血が、雨に流されていく。
 傍らに一人の青年が立っていた。
 彼には傷はなかったが、担架で運ばれる女性を見つめるその表情は、困惑と、恐怖と、絶望と。
 必死で何度も女性の名を呼んでいた。
 てきぱきとした動きで救急隊員は女性を運び込み、そして青年も乗せ、救急車を発進させる。
 後に残ったのは、いまだ話を交わす野次馬達と、生々しく残った血痕だった。
「ひき逃げ、だって」
 愕然としたまま見つめていたオレの傍らで、彩花が力なく呟いた。
「なんで、だろうね」
 オレが彩花に視線を戻すと、彼女は俯いたまま泣きそうな顔でそう呟いた。
「なんで、あんなに哀しい出来事が、現実に起こるんだろうね」
「彩花……」
「解んないよ……解んないよ……」
 俯いたまま、彼女は頭を横に振る。
「彩花……」
 オレは、何も言葉をかけてやることもできず、そっと彼女の肩に手を置いた。
 既に雨は止んでいた。
 けれど、まだ、何も晴れてはいなかった。
「彩花」
「……うぅ……」
 肩を震わせて、彼女は涙を流していた。
 オレは、はっきり言って、この事故の被害者が彩花じゃなくて良かったと思っていた。
 あの女性が被害者で、良かったって思っていた。
 なんて幸運なんだ、と。
 そう、思っていた。
 けれど、彩花は泣いていた。
 オレの傍らで。
 彼女は何の被害者でもないのに。
 可哀想、と口に出すだけじゃない。
 まるで身内のことのように、彼女は涙を流していた。
 この世界の理不尽さに。
 尽きる事の無い、絶望と悲愴に。
「彩花……」
 そんな彼女に、オレはどんな言葉をかけてやれるというのだろうか。
 彼女じゃなくて良かったと思っているオレに。
 あの女性で良かったと思っているオレに。
 涙を流している彼女に対して。
 オレは、ただ無事な彼女を望んでいたわけじゃなかったはずだ。
 こんな風に、涙を流す彼女だって、望んでなんかいなかったはずだ。
「……どうか……」
 涙で声を震わせながら、突然彩花は呟きだした。
「……どうか、あの人が助かりますように……」
 オレの腕の中で、肩を震わせて涙を流したまま、彼女は呟いた。
「希望が、ありますように……」
 祈りを。
 何かに対する、祈りを。
「あの人も、あの男の人も、幸せに笑っていられますように……」
 必死で。
 肩を震わせながら。
 涙を流しながら。
「未来が、ありますように……」
「あ……」
 彩花、と名を呼ぼうとして、オレはやめた。
 オレがすべきことは、そんなことじゃない。
「……どうか、あの人が助かりますように……」
 そしてオレも、同じように呟き始めた。
「希望が、ありますように……」
 祈りの言葉を。
「あの人も、あの男の人も、幸せに笑っていられますように……」
 想いを、込めて。
「未来が、ありますように……」
 祈る。
「希望が、ありますように」
 彼女は祈る。
「希望が、ありますように」
 オレも、祈る。
 その時。
 オレは、聞いた。
 その声を。

 ――うん、解った。

 雨の音に紛れて、小さな声が。

 ――叶えてあげるよ。

 少年のような、少女のような、中性的な声が。

 ――希望はある。未来もある。だから、大丈夫。

 聞こえた。

 ――その祈りを、叶えてあげる。

「……え?」
 オレは、辺りを見渡した。
 だけど、誰も、オレの方を見ている者はいなかった。
「……どうしたの?」
 唯一オレを見つめていた彩花は、不思議そうな表情でオレを見上げていた。
「……いや、さっき、何だか、変な声が聞こえなかったか?」
「……え?」
「何だか、男の子のような、女の子のような声」
「……? 聞こえなかったけど……?」
 小さく首を傾げながら、彼女は言った。
「…………」
 オレにしか、聞こえなかったのだろうか。
 空耳……ではない。
 確かに聞こえた。
 だけど、普通の声とも、また違ったようだった。
 それは確かに声だけど、この空間とは違う空間からの声のような、不思議な感じ。
 でも、その声は言った。
 希望はあると。
 未来はあると。
 だから、大丈夫だ、と。
 その言葉に、オレは、何だか酷く安心した。
「……大丈夫だ」
「……え?」
 突然のオレの呟きに、彩花はオレの腕の中で驚いたように声を上げる。
「あの人は……きっと……いや、絶対大丈夫だ……」
 根拠は無いけど、確信していた。
 安心していた。
 オレは、信じていた。
 希望を、未来を。
「そっか……」
 そして、彼女も、オレの言葉を信じてくれた。
「そっか……」
 嬉しそうに、オレの胸に顔を埋めて、ぎゅっと抱きしめた。
 雲の隙間から、太陽が顔を出した。
 雨に濡れた大地に、暖かい熱を降り注いだ。
 雨に濡れた大地に、眩い光を降り注いだ。
 水溜りが、陽光を反射して輝いていた。
 アスファルトに落ちた黒い傘も、真っ白い傘も、付着した水滴で陽光を反射して、きらきらと輝いていた。
 世界は、光に満ちていた。
 光に、包まれていた。
 そして、ぬくもりと。
 暖かい、安心できるぬくもりと。
 世界は、晴れていた。






 希望はある。
 未来はある。
 だから、大丈夫だよ。
 私は、自分の口の中で、自分が囁いた言葉を、反芻していた。
 そう、大丈夫。
 希望はあるから。
 未来はあるから。
 そして、私はそんな希望を、未来を、人々に届ける為に、ここにいるんだから。
 あの日、あのお兄ちゃんに教えてもらったこと。
 それを、みんなにも伝える為に。
 幸せな夢配達人として。
 眼下には、病院の椅子に座った一人の青年がいた。
 彼は、何かを祈るかのように、両の掌を組み、額に当てていた。
 その唇から、無数の聞き取れない小さな呟きが漏れる。
 青年は時折顔を上げて、目の前のドアを睨み付ける。
 そのドアの上には、手術中、という赤いランプが点灯していた。
 彼は、もう既に何時間も前からそこに座って、同じことを繰り返していた。
「――」
 彼の口から、女性の名が零れ落ちた。
「――」
 何度も、何度も。
 その名は、彼の恋人の名であり、そして今、手術中とランプのついた扉の向こうで、手術を受けている、女性の名。
「――」
 もう一度呟いて、悔やむように顔を歪め、何かを叫ぼうとする。
 だがもう何も叫べなかった。
 喉はからからに渇いていて、擦れた音だけがその喉の奥から漏れ出してくる。
 双眸も既に涙を流しきったかのように乾いていて、そこから頬にかけて乾いた涙の痕だけがくっきりと残っていた。
「うう……」
 ようやく搾り出した呻きは、悲しみの残滓だった。
 彼は、絶望に浸っていた。
 何時間も、絶望の中、待ち続けていた。
 手術室の中から慌ただしげに飛び出してきた医者を、何度か呼び止めては状態を聞くが、相手は悲しそうな顔だけを残してさっさと去っていった。
 もはや、青年は半ば諦めかけていた。
 俺の所為だ……
 青年は、そう何度も繰り返す。
 俺が、不注意だったから……
 悔やむように、何度も、何度も。
 俺を庇って……馬鹿な俺を庇って……彼女が……
 乾ききった双眸から、それでもまだ涙を流そうとするかのように表情を歪め、何度も、何度も。
 だから、私は、そっと彼の傍らに腰を下ろす。
 勿論、彼には私の姿は見えていない。
 だけど、私は傍らの彼を見つめ、優しく言葉を紡いでいく。
 大丈夫だよ。
 感触はないけれども、そっと、私は右手で彼の背中を優しく触れる。
 大丈夫。
 私の呟きに、彼ははっと顔を上げて、辺りを見渡す。
 けれど、彼には私の姿は見えない。
 希望はあるよ。
 私はそのことは気に掛けず、言葉を続ける。
 未来は、あるんだよ。
 彼は、私の姿が見えない。
 けれど、彼は私の方を向いて、涙の痕を残したままのその顔で私を見つめながら、私の声を聞く。
 悲しみは、絶望は、悪夢は、
 彼は、見つめる。
 いつか晴れるんだよ。
 私も、見つめる。
 あなたがそれを望めば……あなたが希望を掴むため、未来を掴むため、努力すれば。
 そう、努力すれば。
 避けられない運命だって、悪夢の運命だって、きっといつか、断ち切ることができるんだよ。
 かつて、あのお兄ちゃんたちがそうしたように。
 だから、信じて。
 誰も予想しなかった幸せを手に入れた、あのお兄ちゃんたちのように。
 信じて。希望を。未来を。
 どんな悲劇も。
 どんな悲劇も、未来を信じれば、どんな絶望も、希望を信じれば。
 きっと。
 きっと、断ち切ることは出来るから。
 ――信じて。
 青年は、暫く驚いた表情を残していたが、やがて、はっきりと頷いた。
「ありがとう……」
 青年は、最後にそう呟いた。



 世界は晴れていた。
 雨雲は完全に消え去り、顔を見せた太陽から降り注ぐ、暖かな日差しと眩い光が、世界を満たしていた。
 そんな晴れ渡った空を、私は舞っていた。
 そして、光に満ちた街を、見下ろしていた。
 今はどんなに晴れていても、時にはまた雨が降る。
 それは当たり前の事だった。
 こんなに光に満ちている世界も、やがて夜が来る。
 それは、当たり前の事。
 だけど、それでも、その雨の後、いつかまた晴れる。
 そしてそれも、当たり前の事。
 夜もやがて、明ける時が来る。
 そう、それこそが当たり前の事。
 世界は、そうやって出来ている。
 そう、世界はそうやって出来ているから。
 私は、あの日、あのお兄ちゃんにそう教えてもらった。
 信じることの大切さを、教えてもらった。
 だから私は信じている。
 あのお兄ちゃんを。
 世界に溢れているはずの、希望を。
 あのお兄ちゃんの信は、信じるの信だから。
 私は、だからこうして、幸せな夢配達人になった。
 人々に、幸せな夢を届けるために。
 人々に、幸せな夢の存在があることを、信じさせてあげるように。
 人々が、幸せな夢を手に入れられるように。

 私は唄を口ずさむ。
 小さな、小さな、声で。
 世界中の人々に、届くように。
 あの日、あのお兄ちゃんに教えてもらった、あの唄を。
 

希望と共に歩めばいい

未来へと歩めばいい

未来が希望を育み

希望はまた未来へと繋がって行く……



FIN
あとがき

 どうも、珠洲環です。この度は、私の『Memories off nightmare -ANOTHER DREAM-』を読んで頂いて、誠にありがとうございました。
 この作品は、ご存知コスモスさんのメモオフ二次創作作品の名作、『Memories off nightmare』の、二次創作として、作らさせていただきました。
 BF内の作品の二次創作というのは、今回初めての試みではありました。それも、名作中の名作である『ナイトメア』の二次創作。はっきり言って、私なんかがやっていいものだとは到底思えない感じです(汗)
 でもやってしまいました。すみません……(汗) 一応、コスモスさん本人の許可はとってあります。が、あらすじは見せましたが完成品を見せたわけでもありませんので、こんな拙い作品で、果たしていいのだろうかという想いが、完成した今でもあります。
 勿論、今回の作品は全力をもってやらさせていただきました。『ナイトメア』の感動のEDを読み終わった後の、あの胸にこみ上げる想いを、感動を、全てぶつけ、更にそれを整理して、こうして書き上げました。ですが、それでもやはり、あの『ナイトメア』には、どうしても、どうしても追いつくことはできませんでした。
 あの感動のEDの余韻をまだ引きずっている方もいるかもしれません。そういう方にとっては、ちょっとこれは……って思ってしまうかもしれませんね(^^;
 内容の方ですが、あの『ナイトメア』のエピローグの、更に数年後のお話ですね。途中で出てくる少女は、当然あの娘ですが、この扱いはあまり適切ではないかもしれませんね(汗) お許しを(汗)
 あ、トモヤは出てきませんが、ご了承を(笑)
 こんな作品でも、少しでも良いと感じた人がいてくれたなら、私はとても幸せです。
 ですが、それは決して私だけの力ではありません。
『ナイトメア』という、素晴らしい作品が、この作品を創らせてくれたのです。
 この場を借りて、もう一度言わせていただきます。
 コスモスさん、素晴らしい作品を、どうもありがとうございました。
 でわでわ、珠洲環でした。

 感想・意見・批判等ありましたら、感想BBSまたはメールでお願いします。沢山の感想・意見・批判、待ってます。

 mail to endlessfatekaz@hotmail.com



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