ナツコイ-first love-
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第12章 恋人






     “ああ……よろしく”





 少女は人を待っていた。少女の住む町の、その町にはそぐわないほど大きな駅の構内で。その駅は、様々な恋の舞台となった駅。人々が集まり、人々が散っていく、一つの大切な舞台。その駅の構内で、二階の売店裏のテーブルで、少女は人を待っていた。
 少女は視線を彷徨わせる。椅子に座ったまま身を引いて、売店の向こうの柱にかかった時計を見る。約束の時間ちょうど。少女は今度はポケットに入れた携帯電話を取り出す。そのディスプレイを見てみる。柱にかかった時計よりも一分間だけ早い。それを見て、少女は小さなため息をついた。
 爽やかなショートカットと、気の強そうな双眸を光らせているその少女は、実は今より30分も前からそこにいた。……張り切りすぎちゃったかなぁ、と心の中で寂しく苦笑する。と、そんな自分に気が付いて、少女は独り顔を赤らめる。張り切る? 私が? 別にそんなつもりは無いはずなのに……。そんな風に思いながらも、妙にそわそわしながら、柱の時計の秒針がゆっくりと進むのを見つめていた。
 やがて、その秒針が少女の見つめていた間に一周した頃――すなわち、柱の時計が10時01分を示したとき、突然少女に声がかけられた。
「ういっす、千穂りん」
 声の主は少年だった。少女と歳は変わらないような少年。男性にしては長めの髪は、僅かに茶色に染められている。ラフな格好からも、どこか軽薄な感じを受けるような気がするが、その表情に映る優しげな微笑は、その表向きとのギャップが付加されて更に不思議な魅力を帯びている。
 その魅力に中てられて、少女は少し声をつまらせるが、すぐにため息と共に乱暴に言葉を吐き出した。しかし、顔は伏せて少年を見ないようにしている。
「何が千穂りんよ。気色悪い。大体ね、自分から誘ったんだったらもう少し早めに来たらどうなの? 約束の時間よりも少し早いくらいはデフォでしょ?」
「何だよそれ。俺は時間に精密なの。遅くとも早くとも駄目」
「じゃあ一分遅れだって全然駄目じゃない」
「バーカ。駅に入ったの自体は約束時間丁度だよ…………多分。場所は駅って言っただけだからな。それで全然セーフだろ?」
「何がバカよ。常識考えなさいよ。私がどれくらい待ったことか……」
 そこまで言って少女はハッ、と口をつぐむ。その表情は真っ赤に染まっていた。頑なに頭を上げることをよしとしないが、そんなことをしてもその表情の変化は少年にバレバレである。少年は逆に少女の視線が自分に向いていないのをいいことに、その口元に優しげな微笑を浮かべた。そして少年もまた、その表情に僅かな赤を映していた。
「何? お前、結構待ってくれたの? 嬉しいねぇ。男冥利に尽きるよ」
「うっさいわね! 行くよ、さっさと! アンタが誘ったんだから……ちゃんとリードしなさいよ!」
 怒声を浴びせながら少女はさっと立ち上がり、少年に視線を向けないまま踵を返した。そしてそのまま売店を回りこみ、改札の方へと歩を進める。少年はいよいよその表情に満面の笑みを浮かべる。
「早くしなさいよ、雅人!」
 後ろを振り返って少女はもう一度声を張り上げる。へいへい、と笑いながら少年は少女の元へと歩いていく。東口の入り口から歩いてきた二人組みの女子高生らしき少女達が、そんな彼らの様子を眺めながらクスクスと笑った。12月の、クリスマスにも近い、ある朝の出来事だった。





 ――それはそう、ある冬の物語……。





 その街は喧騒に包まれていた。ごった返す人々の群は、様々な年齢、性別、職業に分かれてそこにいる。しかし今はそれらにその境目など関係なく、それぞれがそれぞれの、「人間」としての幸せな時間を過ごしていた。ある者たちは友人達と。ある者たちは恋人同士で。ある者はたとえ一人だとしても大切でかけがえのない人生のある一時を、この冬の空の下で過ごしていた。
 だから喧騒に包まれていた。その街は喧騒に包まれていた。様々な話。他愛の無い話。噂話や大切な話。あるいは無言で交わす会話。それら全てが交じり合って、その街には喧騒が、それもどこか心地良い喧騒が溢れかえっていた。
 だが、その場所は違った。その場所は閉鎖されていたから。ガラス窓によって閉鎖されていたから。その場所は隔離されていたから。喧騒に溢れた街の中にあって、その街とは確固に隔離されていたから。すぐ近くにあるはずの街の喧騒も、そこではまるで遠い川の対岸から聞こえてくる喧騒のように押さえ込まれていた。それでもいつもはまだその隔離された世界の中にもいくつかの人々がいて、楽しく笑い合う声があって、それなりに街の喧騒と共になっているのだが、今その世界の中には3人の人影しかなかった。それは二人の客と、カウンターにいる一人の女性店員。しかし女性店員はその二人組の異様な雰囲気に気付き、口をつぐんでいる。そしてその二人組みは互いに見つめ合ったまま沈黙している。だから、その空間の中では何一つ音は無いのだ。喧騒も遠く、音も無く、そこはとてつもなく静かな空間となっていた。
 そう、オレは沈黙していた。彼女と、椎名さんと見つめ合ったまま、沈黙していた。何か言おうとしても言葉が出ない。今の自分の状況は、恐ろしいほどはっきりとわかっているのに、それゆえにそれはまるで遠い、自分とは関係の無い世界の事実であるかのように現実感の無い状況として頭の中にあった。オレは立ち尽くしたまま、言葉も発せずに椎名さんを見つめていた。
 しかし椎名さんは違った。椎名さんはもう一度、先程の言葉を繰り返した。その小さな震える唇で。オレを見て揺らぐ双眸で。
「記憶、戻ったんですか……?」
 ああ、そうだ。そうだよ。そうなんだよ。それが今のオレの状況だ。何よりもわかっている。わかりきっている。だけどそれゆえに逆に現実とは思えなかったその状況。だけど彼女の口から零れるその声を聞いてオレはやっと確信することができたんだ。そうだ、そうなんだ。オレは、オレは、記憶が戻ったんだ……。戻ってしまったんだ……。
 椎名さんは黙ったままオレを見る。震えている。肩が、頬が、唇が、瞳が、全てが震えている。オレはどうだろう。オレはどんな様子だろう。でもそんな疑問は今は必要ない。今のオレがするべきことはただ一つだ。
「……ああ」
 オレは頷いた。彼女を見つめたまま、頷いた。
「記憶、戻ったよ」
 そして、微笑みながら言った。できるだけ、そうしたつもりだった。だけどしっかりと笑えたかどうかは、わからない。
「……ちょっと、休もうか」
「え?」
 何も言えずにいた彼女に、オレは声をかける。ちらっと視線を逸らすと、カウンターの向こうの女性店員が戸惑った様子で見つめていた。いつまでもこうしてここにいるのはちょっと迷惑かもしれない。オレもまだ混乱しているし、少しどこかのベンチかなんかで、休みたい。そう思って、オレはなんとかその旨を彼女に伝えた。
 彼女は頷き、そして彼女もちょっと微笑んで、オレと一緒にそのケーキショップから抜け出した。自動ドアが開いた直後、冬の冷たい空気と共に、遠くに聞こえていた喧騒がばっと押し寄せてきた。そこで初めて、オレは、現実感というものを多少取り戻したように感じる。それは、まるで今まで薄暗かった世界に光が入り込み、狭まっていた視線が大きく開かれたような感覚だった。
 オレたちは駅前の噴水の近くのベンチに、腰を下ろした。時刻はもう1時を回っていた。周りにいる人の影は次々と早足で過ぎ去っていき、駅の構内へと消えたり出たりしていた。他にベンチに座る人々もおらず、オレたちはその場所に二人きりでぼうっと座っていた。視線をめぐらすとこの街の地図が貼り付けられていて、観光スポットなんかも紹介されていた。
「大丈夫、なんですか……?」
 ベンチに座って暫くすると、椎名さんはオレを見ながら訊いてきた。その双眸は気遣わしげに揺れていた。オレはうん、と答えながら小さく笑った。今度はさっきよりも自然に笑えたと思う。本当に落ち着いてきたようだ。
「大丈夫だよ。なんかさ、不思議な感覚なんだ。記憶が戻る時って、ばぁっとなって慌てるように混乱するのかと思ったけど、ちょっと違うんだ。ふっ、とそこに記憶が置かれて、そのまますぅっと頭の中に落ち着くように、なんの違和感も無いまま戻るんだ」
 自分でもよくわからないような説明を、苦笑しながら続ける。椎名さんは律儀に何度もうんうんと頷いてくれた。
「だから、そういう意味では、あれ? いつの間にこの記憶が戻っていたんだろう、って混乱しちゃうんだけどね。この記憶って、忘れていたっけ? 実は覚えていたんじゃなかったっけ? とかそういう風に思っちゃうのもあるし。だけど、」
「だけど?」
「……安心するんだ。ああ、そっか。これがオレなんだな、って。やっぱり今までは自分のよくわからないところがとても多くて、できるだけ表には出さないようにしていたけど不安だったんだ。だけど、こうして記憶が戻ってきて、すっと安定した形で落ち着くと、なんだか、凄く安心するんだ」
「そうですか」
 彼女は優しく笑った。オレもそれを見て、ちょっと顔を赤らめながらも、笑い返した。
「良かった……良かったですね……」
「うん……良かったよ」
 良かった。凄く良かった。今まで失っていた記憶が戻ってきたこと。それは、やっぱりオレが一番望んでいたことで、でも半ば諦めていたことだった。それが唐突とはいえ果たされて、オレはとても嬉しく思っていた。
 ……だけど、本当にそれだけなんだろうか。本当に、良かっただけなんだろうか。
 いや、そんなわけはない。そんなわけはないことをオレも知っている。そしてそのことを、多分椎名さんも気付いている。
 ――記憶、戻ったんですか……?
 そう問いかけてた時の彼女の表情が思い出される。不安気に揺れる表情。それは、オレが記憶を戻り戻し混乱してしまうことへの不安だけとは、思えなかった。
 きっと彼女は気付いている。そして何よりもオレは気付いている。ただ良かったと言ってこうして嬉しそうに互いに笑い合えるだけの事態ではないこと。そして、だからこそこうして笑い合うことが重要なんじゃないかとも思ってしまうこと。
 ――記憶が戻った時、一番最初に脳裏に閃いたビジュアル。
 ――それは、他でも無い、あの、水瀬那美という名の少女の笑顔だった。
 そのことが、強く頭に訴えかける。少女の笑顔。それは那美という名の少女の笑顔。今までオレが水瀬さんと呟いていたあの少女。今ではそれが那美、という響きだけとなって投げかけるその笑顔。
「ごめん……」
 気が付けば、オレは呟いていた。椎名さんは、え? と言いかけたような表情でオレを見た。
「ごめんって……何がですか?」
 心なし不安気な様子で彼女はオレを覗き込む。そのオレの表情から、オレの言葉の続きを探り出そうとするかのように、熱心にオレを覗き込み、見つめる。
 オレは、言葉を続けた。
「ケーキ、予約しようとしたのに」
「え?」
「それなのに、突然記憶、戻っちゃって。予約しないまま店、出ちゃったでしょ?」
「……は、はい」
「だから、ごめん」
 笑って告げる、オレの顔を、彼女は、呆然と、魂を抜かれたような様子で見つめていた。
「は、はぁ……」
「ごめんね」
 またオレは告げた。笑って、告げた。
「別に……構いませんよ、そんなことは」
 彼女も、笑って答えた。
「私は、志倉さんの記憶が戻ったことが、ものすごく、嬉しいですから」
 そう告げて、彼女は本当に、心から嬉しそうに、笑った。
 だけど本当にそれが心からなのか、わからない。本当は、わかっているのかもしれない。いや、わかっているだろう。気付いているだろう。オレはそんなに上手く笑えた自信が無い。オレが呟いたあとに取り付けた笑顔が、そんなに上手い、本物のような笑顔だったとは思えない。だけど彼女は笑った。本当に心の底からの笑顔だと思ってしまうような笑顔で笑った。でもどうなんだろう。本当は彼女はどう思っているのだろう。
「さ、それじゃ行こうか」
「え?」
 声を上げてベンチから立ち上がったオレを、驚いたように椎名さんが見上げる。
「ほら、ケーキ予約しに行こうよ。あの店員さんも、結局何もしないで出て行ったオレたちのこと、不満に思ってるかもしれないし」
 彼女はしばらくオレを見上げ続けていたが、すぐにそうですね、と笑いながら言って同じように立ち上がった。
「それじゃまあ、早速――」
 そう呟きながら視線を巡らし、またあのケーキ屋へと移そうとしたその途中。視線が駅内へと続く自動ドアの方へと向いたとき、その透明な扉の向こうに、見知った人影を見た。
「あ……」
 と声を漏らしたオレを、自動ドアの向こうの人影も気付いたようだ。その二つの人影のうち、男の方は驚いた表情でオレを見て、何事か呟く。その男の傍らの女も、その男の呟きを受けて、オレを見て、驚いた表情を浮かべる。
「あれ……もしかして」
 椎名さんが、呟いた。その声も、驚いている様子を映し出していた。でもオレは彼女の方は向かずに、その自動ドアの向こうの二人組みを見つめていた。やがてその二人組みは駅から出てきて、まっすぐにオレ達の方へと歩いてきた。
「……隆二、お前」
「雅人、なんでお前が……」
 オレとソイツは、同時に声を漏らす。
 ある冬の午後、薄い空の下、駅前の噴水前で、オレと椎名さんは、雅人と千穂という不思議じゃないようで不思議なペアと遭遇した。



「本当に、奇遇ですね」
 椎名さんは笑顔で言った。
「そうだね」
 千穂も笑い返しながら、言った。その顔が、若干赤らんでいるように見えた。
「……お前ら、付き合ってたのか?」
 椎名さんの右隣を歩きながら、その彼女の左を歩く千穂に問いかける。
「いや、その、付き合っているわけとかじゃないし……ただ遊びに来ただけで……雅人が誘ったんだし」
「そうなのか?」
 千穂の更に左を歩く雅人の方へ、首を向け訊いてみる。
「……まあな」
 雅人はあらぬ方向を向いて答える。オレはその時は、それはただ照れによるものだと思っていた。
「……お前らは、相変わらずラブラブなんだな」
 雅人はこちらを向かないまま、そう呟いた。そこには、あの日刻まれた溝がまだ残っているかのように、重い響きが含まれていた。
「……ああ」
 オレは少し俯いて答えた。ごめん、という言葉が思わず出そうになって、咄嗟に飲み込んだ。
「まあ……」
 俯くオレに、雅人が声をかけた。オレは足元のアスファルトを見つめていた。
「お前が幸せなら、いいんだ」
 その言葉に、オレは顔を上げた。そして雅人の方を見た。雅人は、こちらに少しだけ顔を向けていて、その口元に小さな笑顔を作っていた。
 オレは暫く何も言えないまま、彼を見つめていた。だがやがて、彼は唐突にその場に立ち止まった。オレも椎名さんも千穂も驚き、彼より一呼吸遅れて立ち止まる。振り返ったオレたちの目の前で、彼は右手を差し出した。それはオレに向けられていた。
 戸惑いながらも、オレはちょっと遅れて同じように右手を出した。そして、握手をした。冬風の中で凍えた掌が彼の掌で包まれ、その少し固い感触と共に温かさを感じた。
「悪いな……」
 手を握り合いながら、雅人は呟いた。その視線は、オレを向いたり、下を向いたり、忙しく回っていた。
「何が?」
 オレが聞き返すと、少しだけ雅人は驚いたような表情を見せたが、またすぐにその口元に微笑を湛えた。
「あの日から、俺、何か、意識的にお前を避けるようになっちまって……。そんなつもりは無かったし、すぐに謝りたかったが……悪い、言い出せなかった」
 恥ずかしそうに告げる。その姿は、オレのよく知る彼そのもので、思わず頬が緩んだ。
「……オレの方こそ、ごめん。わかってて、オレも何も話しかけることもできなかったし……」
 互いの右手が離れる。立ち止まったオレたちは向かい合ったまま、それ以上何も言わず、ただはにかんだように笑う。
「……で、終ったの?」
 その一部始終を見ていた二人の少女のうち、千穂が耐えかねたように声を出した。
「何で街中でいきなりクサイ友情ごっこしてるのよ、まったく。今日は別にアンタらのデートじゃないんだよ」
「あー、悪い悪い」
 どこか怒ったような、呆れたような表情でまくしたてる千穂に、オレと雅人はなだめるように笑いながら返す。
「喧嘩でも、してたんですか?」
 驚きの表情を浮かべながら、椎名さんが訊いた。
「うん。まあ、ちょっとね」
 オレは軽く、そう答えた。

 オレたちは適当にバーガーショップへと入った。お腹が空いているわけではないのだが、ただ歩いているだけというのも疲れるので、休憩のつもりで4人とも腰を下ろすことにした。カウンターでコーヒーだけを買い、それを持って空いているテーブルへ向かう。他の3人も、種類こそ違えど全員飲み物だけを買い、同じテーブルへやってくる。
「それにしても、結構不思議な組み合わせだよね」
 テーブルの上に、コーラを載せたトレイを置き、向かい合う席に腰を下ろしながら千穂は言った。オレと椎名さんは何も答えず、不思議そうな顔で彼女を見る。
「なんかさ、似合わないってわけじゃないんだけど、まだ見慣れていない感じなんだよね、やっぱり」
 彼女はその後に続けて何か言おうとする仕草を見せたが、結局言葉はそこで打ち切った。
 しかしそのためか、場に微妙な沈黙が訪れてしまった。
 そのことに気付き、千穂は慌てたように、一度途切れさせた言葉をまたつなげた。
「やっぱり……なんていうかさぁ……ほら…………隆二って、どっちかっていうと、那美とのツーショットの方が多かったから……」
 言葉を選びながら彼女は言った。椎名さんのことを配慮しているのだろう。そのことに気付いたオレは、僅かに微笑んだ。隣の椎名さんも、同じように微笑んだ。
「そうだね……1学期の最初の方は、確かに那美と一緒にいることが結構多かったし……」
 微笑みながら、オレは何気なく言った。しかしその言葉を受けた千穂は、驚いた表情でこちらを向いたまま固まってしまった。その隣に座る雅人は、千穂の様子を不思議そうに一瞥したあと、彼も何かに気付いたかのように驚きこちらを向く。
「那美って……」
 千穂はそこで言葉を区切った。オレはわけがわからず彼女を見つめ返す。雅人も何も言わず驚いたままこちらを見つめ続けている。
「……また、そういう呼び方をすることにしたんだ」
 千穂はどこか嬉しそうに、そう呟いた。
「あ……」
 ああ、とオレは気付いた。そう。確かにオレは、記憶が戻る前、彼女のことを水瀬さんと呼んでいた。今思えば信じられないことだったが、そのときはそれだけ、オレが彼女のことを他人と同じように見ていたのだろう。
 だから、千穂が嬉しがる様子もわかる。
 だけど、それは勘違いだ。
 ちら、と隣の椎名さんに視線を向けた。彼女もこちらを向いていた。彼女も困惑した眼差しを見せながら、口を開きかけている。
 他人まかせにしてはいけない。
 そう自分に言い聞かせ、オレは千穂たちの方へと向き直った。
 そして、口を開き、はっきりと言葉を紡いだ。
「実は……オレ、記憶が戻ったんだ」
 嬉しそうな表情を見せていた千穂は、その瞬間、その表情を凍らせた。
 同じように穏やかな笑みを浮かべていた雅人も、口を横に結び目を見開いた。
「え……」
 数秒遅れで、千穂がうろたえた表情を見せる。
「記憶……戻ったって……」
「……本当か?」
 千穂の言葉を引き継いで、雅人が強張った表情で訊ねた。
 オレは、はっきりと頷いた。
 千穂は無言で、体をテーブルに預けながらオレの目を見る。
 雅人は小さく息を吐き、ゆっくりとその体重を背もたれに預けた。
 テーブルに置かれた飲み物は、会話の途中で誰も取らなくなった。
「そっ、か……」
 千穂が、呟いた。驚いたままのその表情が、少しずつ緩んでいった。
 ふ、と息をしてから、その口元を横に広げた。
 そっか、ともう一度、呟くように口を動かし、彼女はオレを覗き込んだ。
「よかったじゃん」
 そして、目を細め、はっきりと笑顔を作り、そう告げた。
 オレは一瞬、何と答えていいかわからずにうろたえたが、彼女のそのあまりに自然な笑顔に、やがてすんなりと気持ちを解くことができた。
 そして、
「ああ」
 と、同じように笑顔になって、答えることができた。
「そっかぁ」
 雅人も、表情を穏やかにし、体を前に出した。
「よかったな。このまま戻らないんじゃないかと心配してたよ」
 そんな風に言いながら、手元のウーロン茶を少し飲んだ。
「そうですね。本当に、よかったです」
 椎名さんも笑顔になった。先ほど噴水前で見せたものと同じ笑顔で、彼女はそう告げた。
「椎名さんはもう知ってたんだね」
「はい。つい先ほど、記憶、戻られましたので」
 そっか、とまた同じように呟き、千穂は椎名さんの方を見た。
「それじゃあ……」
 そして柔らかな表情のまま、こちらにまた視線を戻し、
「4月からのこと、全部思い出したんだね」
 そう、告げた。
「……あ、」
 一瞬、言いよどんだ。
「……ああ」
 そして、言い切った。
 別に何の間違いも無い。
 間違いなく確かに全部思い出した。
 全部……そう、全部。
 4月からのこと。
 那美のことも、全部。
「……よかったね」
 千穂は笑顔でそう告げた。
 だけどそれは、さっき同じように告げたときよりも、小さな笑顔だった。
「じゃあ……」
 雅人が、切り出した。
 彼の右手は、ウーロン茶のカップを軽く握っていた。
 視線は、そのストローに、向けられていた。
 その表情は、笑顔と、堅い表情とが混ざっていた。
 そして、何度か言いよどむように唇が動き、
「水瀬さんのことも、思い出したんだよな。……いろいろと」
 上目遣いに一度だけ、こちらに視線を飛ばし、告げた。
 オレが口を開き、だけど答えるべき言葉が見つからないで僅かに空白が生まれたとき、彼はその視線をまたストローへと戻した。
「あ、ああ……」
 オレは答えた。はっきりと答えたつもりだったのに、うまく答えられなかった。間違いようの無い真実なのに。
 また沈黙が訪れそうだった。
 だけど、椎名さんがそれを破った。
「本当、それが一番嬉しい出来事ですよね」
 何の皮肉も加えられていないと、ひいきでも思い込みでもなく感じられた。
 純粋な笑顔で、こちらを向いて、また千穂と雅人を向いて彼女は言った。
「あ、でも他にも志倉さんには大切なことがあるかもしれませんけど……」
 再びこちらに視線を戻したときに、焦るように付け加えながら、
「でも、私にとっては、それが一番嬉しい、大事なことです」
 と、優しく告げた。
「……椎名さん、那美の一番の友達だもんね」
 オレが彼女を見たまま答えられずにいると、千穂が穏やかに言った。
「はい。大切な幼なじみです」
 椎名さんもオレから視線を外し、穏やかに言った。
 本当にそれは、純粋な言葉に聞こえた。
 だって、それが自然だった。
 彼女にとって、その感情は当然。当たり前だった。
「やっぱり、なみちゃんのことを、志倉さんが忘れたままなのは、つらいですから」
 でも、とオレは叫んだ。同じように、千穂も雅人も叫んだ。そう、錯覚した。
 実際にはオレは言えなかったし、千穂も雅人も叫んでいない。2人は思ってすらいないかもしれない。
 だけど、オレは心の中で叫んでいた。
「志倉さんも、そうですよね」
 椎名さんはこちらを向いて、訊ねた。
「志倉さんも、なみちゃんのこと思い出せて、嬉しかったですよね?」
 どう答えればいいのか。
 何も答えられず、何も行動できず、オレは固まった。
 ――どうなのか。
 嬉しいに決まっている。
 那美との出会い。那美との日々。那美への告白。そのあとの悩み。
 すべてが、オレにとってはかけがえのない日々。
 目を覚ましてから今日までの日々も、その昔の日々とリンクすることで更なる色を持つ。
 だから、オレはあの日々を思い出すことは何よりも大切だったし、事実思い出した今、その日々は確かなぬくもりをもって胸の中に存在している。
 だから、椎名さんの問いに対する答えはイエス以外あるわけがない。
 だけど、それ以外の思いもある。
 だから、どう答えればいいのか。
 これは、答えられることなのか。
「――素直に、答えればいいじゃん」
 コーラを飲みながら、千穂が言った。
 オレは、彼女へ視線を向けた。
「訊いているんだから、素直に答えたら? イエスなの? ノーなの?」
 ストローを口元に置きながら、ほとんど無表情に千穂は言った。その眉は、苦いものを口にしているかのように、左右に下がっていた。
「決まってるよ」
 オレは、答えた。
「勿論、嬉しいよ。あの思い出は、大切な思い出だから。勿論、他の思い出も大切だけど」
 言いながら、オレはもう一つ、思い出していた。
 夏。
 みんなで海に行ったとき。
 夜。
 ホテルの中庭で、椎名さんが言った言葉。
 ――あの言葉こそが彼女の本心だとしたら。
「ですよね。だから、」
 ――それが今も、変わらない本心だとしたら。
「やっぱり、志倉さんは、」

 “二人を見守るとか、幸せにするとか……言っておいて……結局……自己満足でしかなかった……”

「私といるよりも、なみちゃんといたほうがいいです」 
 ――その言葉は、決して本当ではないはずだ。
 静かだった。
 誰も何も喋らない。
 誰も手元の飲み物には手を触れない。
 周りからは、女子高生らしき女性たちが話し合っている声や、両親に挟まれた子供が両手で飲み物を持ちながら喋る高い声など、さきほどから変わらない日常の喧騒が聞こえてきた。
 だけどこのテーブルには、暫くの間、確かに沈黙があった。
「それは……」
 千穂が、何かを言いかけた。
 雅人が、オレと椎名さんを、交互に見つめている。
 オレは、何をしていたか。
 オレは、更に昔のことを思い出していた。
 一年前、茜色に染まった放課後の教室で、オレが、椎名さんを見て、感じた印象。
 それを、思い出していた。

 ――その笑顔が、オレにはどうしても、本心からの笑顔じゃない、作られた仮面のような笑顔に見えたから。

 それは、オレの思い込みだと思っていた。
 だけど、それがもしも真実だったら。
 それが、少し違った形で彼女の顔に、心にかけられていたとしたら。
「なみちゃんは、志倉さんのことが、本当に好きですし、それに、」
 そして忘れていた夏の夜。先ほど思い出した彼女の言葉に、オレが返した言葉はなんだったか。

 “優しすぎるのはあんたもそうだろ!! ってゆうかそんなの優しさなんかじゃねえよ!!”

「――でも、椎名さんもリュージのこと好きなんでしょ?」
 同じような詞(ことば)があの詩(うた)にもあったはずだ。

 ――誰も彼も悪くなくて
 ――誰も彼も優しすぎて

「そう……ですけど」
 
 ――たくさんありすぎる正しいこと

「……隆二?」
 雅人の声が、聞こえる。

 “なんだよ、お前ら……結局勝手に自己犠牲みたいなことしやがって……そんなの自分勝手じゃねえか!!”

「でも、志倉さんは……」

 “私は、結局自分勝手だったんだよ。自己満足だったんだよ”

「今、志倉さんが一番好きなのは……志倉さんが本当に好きなのは、なみちゃんですから」
 椎名さんの声が、聞こえた。
「隆――」
 雅人の声が、聞こえた。
「オレは、椎名さんのことが好きだ」
 オレの声が、聞こえた。
「……え?」
 椎名さんが、驚いた顔でオレを見た。
 それは、さっき、オレが、とても自然だと感じた彼女の笑顔以上に、自然に感じた。
「……でも、記憶、戻ったんですよね?」
「ああ」
 椎名さんの問いにはっきりと頷く。
「だけど、それでも、オレが椎名さんが好きだっていうことには変わらない」
 そう。
 だからこそ、オレはすぐにここまでたどり着けなかった。
 那美への想いが蘇っただけじゃない。
 今では、椎名さんへの想いもまた、ここにある。
 だから、オレは答えを生むことができずにいた。
 こんなことを考えていいのかわからないが、きっと、椎名さんへの想いが失われていれば、オレは果たしてここまで躊躇わなかったかもしれなかった。
 だけど、
「でも……」
 椎名さんは狼狽している。
 オレを見上げ、口を開いて固まっている。
 ――だけど、オレはもう答えを出した。

 “そんなの自分勝手じゃねえか!!”

「――オレは、椎名さんのことが好きだ。間違いなく」
「そんなの、嘘です!」
 椎名さんは目を瞑り、顔を俯かせ、小さく叫んだ。
「嘘じゃない」
「嘘じゃなくても、それでも、そんな……」
 顔を上げ、にらみつけるようにオレを見る。
「それでも……好きだって言ってくれることはとても嬉しいですけど……それでも……なみちゃんのほうがもっともっと好きですよね?」
 オレは首を横に振った。
 今度はもう何も躊躇わない。
 タイムラグなんてコンマ一秒もなしに、否定した。
「オレが一番好きなのは、椎名さんだ」
 千穂は何も言わない。
 雅人は何も言わない。
「じゃあ……なみちゃんは?」
 椎名さんはオレを見上げている。
 願うようなその表情に、少しだけ、オレは自分を疑い、言葉を止めそうになった。
 だけど、言った。
「那美は、確かに好きだった」
「……だっ、た」
「……だけど、今好きなのは椎名さんだ」
 言い切った。何の隙間も無く言い切った。……つもりだったけど、あまり自信は無い。だけど、結果として確かに言い切った。
「そんなの……!」
 椎名さんは視線を下ろした。
「……そんなの、駄目です」
「オレは、椎名さんが好きなんだ」
 畳み掛けるように言う。
「椎名さんは、オレのこと……」
 俯いた彼女の後頭部を見つめ、続ける。
「本当は、好きじゃなかったのか?」
 もしかしたらその問いには、僅かに、オレの願望が入っていたかもしれなかった。
「そんなこと、ないです……」
 この瞬間に、そんな願望なんて忘れる。
「ですけど、でも……だけど……」
 俯いたまま、か細く、震わせながら呟く。
「でも、それじゃあ、なみ、ちゃんは……」
 ゆっくりと顔を上げ、おそるおそる、オレと視線を合わせる。
 それを見計らって、オレは最後の言葉を告げた。
「オレは、椎名さんのことが好きだ」

 沈黙が、訪れた。
 何度目かの沈黙。
 オレと椎名さんは見つめあい、
 何度か椎名さんはその視線を外す。
 2人は沈黙し、
 雅人も沈黙し、
 そして、千穂も沈黙、
 していると、思っていた。

「ねえ」
 だけど、千穂は告げた。
「なんで、アンタらは、そうやって、嘘ばっかりついてるの?」

 ――そんな、一撃を紡いだ。

「――え」
 オレと椎名さんは、同時に振り向いた。
 千穂は、体を前に預け、両肘をテーブルに乗せ、顎を両手に置き、半眼でこちらを見つめながら、はあ、とこれ見よがしにため息をついた。
「え、じゃないでしょ。アンタら、さっきから互いに嘘ばっかりついて、何がしたいの?」
「ち、千穂?」
 隣に座る雅人が、驚いた表情で言葉を挟もうとする。
「うっさい」
 が、千穂の左肘で跳ね除けられる。
 オレと椎名さんは、何も言えずに千穂を見つめる。
 千穂は目を閉じもう一度ため息をついてから、
「まったく、なんでアンタらは、そうやって、相手を一人って決め付けるのかな」
 そう言いながら、肘を離し、体重を背もたれに移した。
「え……」
「え……」
 並んで呟き、千穂の言葉の続きを待つ。
 千穂は両腕を胸の前で組んで、ふんぞり返った姿勢でこちらをにらみ付けた。
「だから、アンタらはね、そんなにめちゃくちゃ仲いいのに、どうして一対一にこだわるのか。それが私には理解できないの」
「一対一……?」
 オレは怪訝な顔を千穂に向けた。
「だから、アンタらは、リュージと椎名さんか、リュージと那美か、っていう二つの選択肢しか考えてないんでしょ?」
「よく考えたら贅沢だよな、お前」
「余計な口を挟むな」
 再び千穂の左肘が舞った。
「ど、どういうことだよ?」
 千穂の言いたいことは、なんとなくわかった。だけど、千穂は本気で言っているのか。オレは困惑を深め彼女を見る。
「どういうことも何も、別にそのどちらかじゃなくてもいいでしょ、って言ってるの」
「じゃあつまり……」
「そ」
 千穂は再び前のめりの姿勢になった。そしてオレたちを交互に見つめ、
「アンタと、椎名さんと、那美。三人で、付き合えばいいじゃない」
「なっ……」
 その突拍子も無い提案に、オレは絶句する。隣の椎名さんも驚いている。
「三人で、付き合うって……」
 狼狽の色を浮かべた声で椎名さんは呟く。
「嫌なの?」
「え、いえ、そういうわけではないのですが……」
 聞き返した千穂に、しどろもどろになりながら言葉を返す。千穂は、口元を愉快気に吊り上げていた。
「嫌とかそういう問題じゃないだろう。三人で付き合うって、そんな常識外れたこと……」
「その言い方が駄目なら、三人で仲良くするって言い方ならどう? それなら別に、今だって同じようなものでしょ」
 仲良く? 更に不可解な言葉を発する千穂に、オレは眉根を寄せる。
「……つまり、別にそこまで『付き合う』っていう形式に固執する必要なんかないんじゃないかなって。『付き合う』っていうのが何よりも大切ってわけじゃないでしょ?」
 オレも椎名さんも、口を閉ざした。
「付き合わなければできないこともあるかもしれない。友達の関係じゃできないことも確かに沢山ある」
 だけど、と千穂は続けた。
「だけど……誰かに遠慮するような、誰かに嘘をつくような……そんな気持ちの悪い状態になってまで、わざわざしたいと思えることなの?」
 オレは、何も言葉を出せなかった。椎名さんも、同様だった。驚きの表情から真面目な表情に移し、千穂を見据える。
「そんな状態で『付き合う』よりかは、もっと幸せになれる関係が、あなたたちには作れると思うし……少なくとも、何の気兼ねもなく『付き合』えるようになるときまでは、そっちの方がいいんじゃないかな」
 千穂は薄く微笑み、細めた瞳でオレたちを見つめる。
「時間さえあれば不可能じゃないと思う。あなたたちが、誰にも遠慮することも、嘘をつくこともなく最終的な関係を作ることは」
 だから、それまでは……と、千穂は締めくくった。
 オレも椎名さんも、暫くは沈黙していた。
 沈黙したまま、千穂を見つめ、そしてゆっくりと、椎名さんと視線を交わした。
 周りのテーブルの客は大体が入れ替わっていた。喧騒もある程度落ち着いていて、いつまでも席を動かないオレたちを、カウンターの店員がちらちらと見ていた。
「いーんじゃねーか?」
 体重を背もたれに預け、右手に持ったウーロン茶のストローをくわえながら、雅人が呟いた。
「三人で、しばらくは仲の良い友達。なんだか物足りない気もするかもしれないけど……」
 ウーロン茶の残りを全て飲み干し、カップをテーブルの上に置き、顔を上げてこちらを向いた。
「オレは、お前らなら、そっちの方が幸せそうに思える。それに、そっちの方が……オレたちも一緒にいて気持ち良い」
 そう言って、笑った。
「ま、最終的にはお前たちが決めることだけどな」
「そうね」
 雅人の言葉を引き継いで、千穂が言った。
「アンタらがそれじゃ嫌だ、と言うんじゃ仕方ないけどね。気持ちはわからなくないし……」
 オレと椎名さんは再び視線を交わす。
「今これから、二者択一をするか、それとも……」
 千穂の言葉をさえぎって、オレは告げた。
「でも、そんなのは、いいのか?」
「ん?」
 オレの言葉に、千穂は首を傾げた。
「いい、って?」
「……だって、こんな風になったのはオレの責任だし……」
「はあ?」
 搾り出したオレの言葉を、千穂は一蹴した。
「アンタ本気でそんな風に考えてるの?」
「いや、だって……」
「じゃあ、どうなのよ」
「え?」
「さっき言った私の案は、嫌なの?」
「いや、嫌なんかじゃない、それはすごく理想的かもしれないけど、そんなのオレに許されるのかっていう……」
「――私は、いいと思います」
 椎名さんが、呟いた。
「――え?」
 オレは彼女へと振り返る。千穂も雅人も彼女を見る。
「私は、それでいいと思います。……いえ、私はそっちの方が、すごくいいです……。志倉さんさえよければ、それは、一番いい関係だと、思います」
 椎名さんは優しい微笑を浮かべながら、言った。
 オレは彼女を見つめたまま、開いた口を、ゆっくりと閉じた。
「……だって、さ」
 千穂の言葉に、オレは振り向く。千穂は笑っていた。
「これでもまだ、許されるされない云々を呟くの?」
 オレは、テーブルの上に視線を落とし、思考をめぐらした。
 オレは、那美が好きだ。
 そして、椎名さんも好きだ。
 確かに二人とも好きだけど、オレはその二人に何を求めているのか。
 好きだっていう感情。それは、どういう関係で満たされる程度の感情なのか。
「オレは……」
 春、そして初夏。オレは、那美と共に歩いたとき、とても幸せだった。
 那美という少女と同じ時間を共有する。そのことが、オレにとってはとても幸せなことだった。
 秋、そして初冬。オレは、椎名さんと共に歩いたとき、同じようにとても幸せだった。
 椎名さんという少女と同じ時間を共有する。そのこともまた、オレにとってはとても幸せなことだった。
 オレは、それだけでよかった。
 オレは、それだけで満たされていた。
「オレは、それだけで嬉しかった。幸せだった」
 オレが、本当に求めていたもの。
 それは、何かに遠慮し、誰かに嘘をついてはじめて手に入るようなものだっただろうか。
「オレは、二人とも好きだ」
 いつかは決断するときが来るだろう。
 いつかは選ばなくてはならないときが来る。
 だけど、今は、それを行うべき最良のタイミングなのだろうか。
「だから、どちらかを失うようなことはしたくない。二人とは、誰よりも大切な親友として、一緒にいたい」
 そう、椎名さんに告げた。
「――それで、いい?」
 普通に考えたらありえない関係。
 だけど、オレたちになら、きっとできる関係。
「――はい。私は、それがいいです」
 椎名さんは、笑った。

 ――でも、よく考えれば、それはどこにだってあるカタチなんじゃないかって思う。

「でもよ、お前らだけでそんな親密になるなよ」
「そうそう」
 雅人も、千穂も、笑いながら身を乗り出してきた。

 ――付き合うということ。その本質は、好きな人と幸せに一緒にいるということ。それは、限られた形式でのみ存在するようなものではないのではないか。

「私だってアンタらのこと好きなんだから、私たちのこと、忘れないでよ」
「俺だって、お前らのこと好きだからな」

 ――カタチは限定されていない。やらなければならないことは何一つない。ただ一緒にいる。共に幸せに時間を共有する。それが本質ではないか。

「――ああ。こちらこそ、だ」
「はい」

 ――少なくとも、オレはそれでいいと思う。

 それが、一番幸せなカタチだから。

「本当に、いいの?」
 オレは椎名さんに聞いた。
「また、遠慮とか、してない?」
 椎名さんはふるふると首を振った。
「いえ。私は、それが一番幸せだと思います。志倉さんも幸せで、なみちゃんも幸せで、……そして、私も幸せですから」
「うん……そういえば、那美にも、聞かないといけないな」
 オレの呟きに、千穂が答えた。
「勝手な推測だけどさ……那美もいいって言うと思うよ。あの娘だって、リュージだけじゃなくて、椎名さんのことも好きだし」
 オレは頷く。
 そして、息を吐いて背を椅子に預ける。
「でも、なんていうか……」
 苦笑しながら、天井を見つめる。
「それで良いって言うのは、なんとなく、」
 肩の力がゆっくりと抜かれていった。店内はまた騒がしくなり始めていた。
「オレたちも、まだまだ子供っ、て感じだな」
 そうだねー、と、千穂も軽く笑った。雅人も苦笑した。
 そして、椎名さんも言った。
「子供で、いいと思いますよ。
 ――子供だからこそ、できることだってあります」
 そう、こんなこと、まさにガキのようだ。
 だけど、そんなのは関係ない。
 そんなことで子供と呼ばれるならそれでいい。
 代わりに、大切な思いを手に入れることができるなら。

 ――そのとき。
   突然、軽快なメロディが鳴った。

「――あ、私です」
 椎名さんがそう言って、ポケットから携帯電話を取り出した。
 そして、彼女は電話に出る。
「もしもし? ……あ、瀬菜ちゃん? うん、うん……。うん、今、片岡市。うん……うん…………え?」
 最初は楽しそうな表情で応対していた彼女は、その途中で、突然真っ青な顔になった。
 ストローを加え、コーヒーの最後の一滴まで飲み干そうとしていたオレは、その表情の変化に驚き、動きを止めた。千穂も雅人も同様だった。
「え…………嘘、そんな…………」
 目も口も見開き、携帯を握る右手はかすかに震えている。唇は揺れ、そこから、彼女だけでなく、オレたちまでもを驚かす衝撃の言葉が紡がれた。

「――なみちゃんが、事故――?」










 オレたちは、電車に乗っていた。時刻は3時を回っている。オレと、椎名さんと、雅人と千穂。4人で電車に乗って、オレたちの住む町へと向かっていた。
 全員、ほとんど何も喋らなかった。ただひたすらに、真剣な瞳で進行方向に視線を向けているか、あるいは俯いて肩を震わせているだけだった。
 目的地は、オレたちの町にある、総合病院。そこに、那美がいる。
 椎名さんへの、彼女の友人からの電話は、那美が事故で怪我をして病院に運ばれた、という内容らしい。まったくの寝耳に水な話で、椎名さんはひどく狼狽していたが、詳しいことはわからないらしい。とにかくも、急いで病院に向かうしかない。
 事故といっても様々だ。深刻な状況なんて早々無いだろう。
 大体どんな事故かも定かではない。交通事故なのか、あるいは転落あるいは転倒。どうであろうとできるだけ無事であって欲しい。ここにいるすべての仲間の思いはそれだけだった。
 しかし同時に、ここの4人が共有する思いがある。
 4人全員が持つ記憶。想像したくない結果。
 勿論、オレの事故のことだ。あんな事故、まず無いだろうとは思いながらも、ここにいるオレたちの脳裏には、事故というと、どうしてもあの事故のことを思い出されるのだ。
 あの事故の後の空白の時間。そしてその後の混乱。
 もしもまた、あの悲劇が繰り返されたら……口にはしないものの、オレたちは皆、心の中でそう思っている。
 ガタガタと揺れる車内。
 隣に座る椎名さんは顔を俯かせ、何も口にしない。
 向かい側に座る千穂と雅人は、進行方向に視線を向けながら、たまにこちらを見る。だがオレと視線があっても、互いに何も言葉を発することはできない。
 もしも……。何かを口にしたら、つい、そんな言葉が出てきてしまうかもしれない。オレたちは、そう危惧していた。
 よみがえった記憶。それによって思い出された出来事は、春から夏のことだけではない。あの事故。あの事故の瞬間もまた、思い出されていた。
 雅人と会話をした土手の下から電車に乗ってまっすぐ。橋の下の十字路を、渡ろうとしたそのとき。
 赤信号だったにもかかわらず突然向かってきた車に、オレは轢かれた。
 横断歩道を渡り始めた瞬間に、何か悪寒のようなものを感じていた。
 それでもそんな思いを振り払い、オレは一気に横断歩道を駆け抜けた。
 その真ん中あたりにたどり着いたとき、スピードを落とさずに右から突っ込んでくる乗用車に気がついた。
 視界にそれを納めるのと、車がブレーキを押したのは同時だった。
 耳につんざくような高い音。それと上下左右に回転する視界。後頭部に感じた鋭く鈍い痛み。喉の奥から吐き出される空気の塊の感触。そして最後の青い空と黒い視界。すべてのシーンが同時に存在したあの瞬間。その記憶は今、オレの頭の中にまざまざと存在している。
「……大丈夫か? 隆二」
 雅人が声をかけてきた。オレはいつの間にか俯いていた顔を上げ、彼を見る。
「酷い、顔をしていたぞ」
 深刻な表情で彼は告げる。オレは、ああ、と告げてから、今千穂がしているように、窓の外へと視線を向けた。
 流れる風景。家、アパート、商店街、ビル、木々、畑、森、国道。とりとめもないごちゃ混ぜの風景を視界の右から左に流しながら、オレは気持ちを落ち着けようとした。
 大丈夫だ。あんなこと、もう二度とオレたちの近くには存在しない。
 あんな、最悪な出来事……。
「大丈夫、ですよね……?」
 椎名さんの声が、背後からした。
 オレは振り返る。
 彼女は、椅子に背を預け、こちらに顔を向け、薄く笑っていた。だがその笑顔は儚く、虚構的で、彼女の内面にある不安を、ありありと映していた。
 そうだ。みんな、不安なんだ。そして、椎名さんもまた、不安なんだ。
 こんなときに、オレがこんな風にふさぎこんでいてはいけない。
 こんなときこそ、彼女を勇気付けてやら無くてはいけない。
「ああ……」
 そう思いながら、オレは言葉を口にした。
「大丈夫だよ……きっと……いや、ぜったい大丈夫だ」
 彼女はそれに、はい、ではなく、うん、と答えた。
 やがて。
「着いたね」
 千穂が告げ、同時に、電車は見慣れた駅のホームに滑り込んだ。



 空は高く透き通るような薄い水色の海を映していた。
 少ない雲は雪のように白く、冷たい空気と共にオレたちの気持ちを幾分か落ち着かせた。
 オレたちは駆け足で病院へと向かう。
 何も、最悪な事態はありませんように。
 どうか、無事でいてくれますように。
 何度も何度も、心の中でそう願いながら。



 そして……




















「――それで、デートを中断してまで焦ってやってきたってわけ? ……あははー……悪いこと、しちゃったね」
 息を切らし、冬なのに汗を浮かべながらやってきたオレたちの話を聞いてから、那美は驚き、そして申し訳なさそうに苦笑した。
「でもまさかそんなに早く噂が……それもあまり実体の無い噂が広がるなんて……やっぱりミーちゃんには連絡しておいたほうがよかったかなぁ? でも今日デートだって知ってたから、ちょっとね……」
「ううん。話を聞いてからなみちゃんかなみちゃんのお母さんに聞いてみなかった私が悪いよ」
 はぁ、と息を吐き、脱力したように項垂れながら、椎名さんは言った。
「でも……良かった」
 椎名さんは顔を上げ、その表情に自然な、柔らかい笑顔を浮かべながら、
「なみちゃん、無事で、良かった」
「あー……無事ってわけでもないんだけどね……こうやって、見事に骨折しちゃったわけだし。もう落ち着いたけどそのときは痛い痛い。生まれてはじめての骨折だったからね。でもまあ……ミーちゃんたちが想像していた事故よりかは、ずっと無事なんだろうけど」
 言いながら、那美はギブスを巻いた右足をこちらに見せた。
 確かに無事とはいえないし本人にとっては随分と悲惨だっただろうけど……やっぱり、オレたちにとってはかなりましな状況だった。オレも雅人も千穂も、安堵のため息を吐き、そして薄く笑って互いに顔を見合わせた。
「やっぱり、事故って言ったら……隆二の、あの事故を、私も思い出しちゃうしなぁ」
 しみじみとした表情で、那美は呟いた。
「でもよ、結局お前のその事故って……単に、階段から落っこちたんだよな?」
 オレは今度は呆れた表情で那美を見る。
「まったく……人っ、騒がせな……」
「な――なによそれぇ! た、確かに情けない事故だけど……私にとってはほんっとうに痛かったんだからぁっ! そりゃ確かに派手さはないかもしれないけどそれでも……」
「ああ、わかったわかった……わかった、謝るって……痛っ……やめろって……」
 右手に持った松葉杖で、オレを何度も突き刺してきた。
「派手さって……」
 呆れた声を出す千穂。苦笑する雅人。
 そして、笑顔の椎名さん。
「やめろ、マジで痛いって……」
「うっさい。それくらいの痛み、ありがたいと思いなさい!」
「ありがたいって、そんな無茶な……痛……いやマジ痛いです……っていうかそんな使い方するなマジで……や、謝るって本当……」
 向こうは僅かに腰を浮かせて猛烈なラッシュを繰り広げる。反撃しようにもリーチの差がありすぎ、オレはガードするしか手が無い。
「まったく、こっちが酷い目あったっていうのにそんな酷い言い方までして……もう」
「悪い悪い。でもまあ、本当、よかったよ、那美が無事で」
 やっと攻撃を収めてくれた那美。彼女は息をついてベッドに腰を下ろす。同じ部屋の中にいるほかの患者たちが、興味深げにこちらを見ている。
「無事は無事でも、元気、あまりすぎじゃないのか? 他の患者さんもいるんだから静かにしろよな……」
「うう……わかってるよう……でもなんかちょっと嬉しかったんだもん」
「嬉しかった?」
「いや、べつに……」
 言いよどみながら顔を赤らめ、那美は俯いた。
 そしてそれら一連の行動を、椎名さんはずっと楽しそうに笑っていた。
「? どうしたの? 椎名さん」
「ううん、ちょっと……」
 オレの言葉に、椎名さんは笑顔を広げて答えた。
「ちょっと、楽しかった。なんだか、幸せだった。二人とも、昔のように生き生きしていた。記憶が戻って、こんな風景も戻ってきて、私はやっぱり、嬉しい、です」
 いつもとはちょっと違った口調で、椎名さんは答えた。オレはその様子に少し驚いて、何も言えなくなっていた。
 だが同時に、ベッドの上の那美も驚いていた。しかし彼女の驚きの対象は、オレのそれとは異なっているようだった。
 彼女は顔を上げ、こちらを向いている。そして、言った。
「記憶が戻ったって……隆二の?」
 彼女の言葉に、オレはああ、と納得の声を漏らした。
「そう。オレ、記憶が戻った。だから……那美、お前とのことも、全部思い出した」
 那美は驚いた表情のままオレを見上げている。椎名さんは笑顔でオレたちを見つめていてくれている。雅人も千穂も、背後にいる。
「嘘……」
「本当だ。全部、記憶、戻った」
「そっか……さっきのやり取り、なんか懐かしい感じがしたと思ったら……」
「うん、記憶の戻っていなかった志倉さんのようなよそよそしさもなくなって、見ていて楽しかった」
「そういうことだ。なんていうか……前は、記憶の戻っていなかったときは、悪かった。あんな、他人ぶったような話し方をしてしまって」
「ううん。そんなことはいい。そんなことは……それよりも……そんな…………記憶が戻った、ってことは……」
 那美はオレと椎名さんを見比べる。彼女の言わんとするところは、なんとなくわかった。
「わかってる。オレは、思い出した。那美への想いも、全て」
 那美は絶句した。そのまま、再びオレたちを交互に見つめる。
「そっか、そっか……」
 彼女は俯き、小さく呟く。
 その彼女に向かって、
「だけど」
 と、オレは言った。
「だけど……オレは、椎名さんのことも好きでいる……。二人とも、オレは好きになってしまっている……。それがどういう意味での好きなのか、どちらの方が好きなのか、はっきりとはわからない」
 彼女は少しだけ顔を上げ、オレを見上げた。きょとんとした表情。
「変なことを言っているとは思う。だけど……オレは二人とも、確かに好きなんだ。そして、そのどちらかがもう片方を遠慮するような姿って言うのは、見たくないんだ……そういう、ぎくしゃくしたような関係は、嫌なんだ」
 隣に立つ椎名さんも、頷いた。那美は開いていた口を閉ざし、まっすぐオレを見つめる。
「だからオレは……できれば、どちらか片方のみを好きにはなりたくない……みんな等しく仲良くしていたい。その、恋愛というカタチじゃなくても……友達以上の、そういう関係で……」
 喋りながら、オレもまた、那美をしっかりと見つめた。
「そういうのは……だめかな。だめだって思う気持ちはよくわかるし……だけど、オレは、そういう関係でいたい」
 息を吸って、最後の言葉を搾り出した。
「そういう関係が、今のオレたちには一番相応しいような、気がする」
 病院はほどよい喧騒に包まれていた。病室の中でも、他の患者の家族らしき人々が、その患者と話をしていたり、林檎の皮をむいたりしていた。病院の外からも、足音や老若男女の混ざり合った話し声、また子供の甲高い声などが聞こえてきた。
 その中で、那美はオレを見上げ見つめたまま、何も喋らずにいた。
 オレの言った言葉を、ゆっくりと頭の中で整理しているようだった。
 しかしそれは長くは続かない。
 やがて、那美は口を開いた。
「それって……3人で、仲良くするってこと、だよね?」
「あ、ああ」
「ふーん……」
 那美は口元に右手を当て、考え込むようにうなった。
「駄目か? やっぱり……」
「っていうか」
 言って、那美は椎名さんのほうを見た。
「ミーちゃんは、それ、了解してるの?」
「う、うん。私は、それ、とても素敵だと思うし……」
「本当にいいの? だって、せっかく隆二と一緒になれるんだよ? それなのにそこに私が割って入っちゃ……」
 椎名さんは首を振った。
「私は、なみちゃんと志倉さんが幸せにいられればすごく嬉しいんです。でも、実を言うと、欲張りを言うと、それだけじゃ足りなかった。だけどそこに私を、もしも入れてくれるのであれば……3人で、楽しく過ごせるのなら、私は一番、それが理想的だと思う」
「……そんなこと言ったら、私は遠慮しないよ? 私だって、本当に……隆二のことが好きだったんだから」
 そういって、那美はこちらを向いた。その頬が、わずかながら紅潮していた。思わずオレも、顔に血が上ってしまうのを感じた。そして、視線を左にそらしてしまう。
「うん。遠慮しないで」
「うん……だけど、それだったらミーちゃんも遠慮しないでよ。私は、ミーちゃんだって好きなんだから」
「……うん!」
 那美は笑顔で言い、椎名さんも笑顔で答えた。オレは、逸らしていた視線をそちらへと戻す。二人は本当に仲良く、楽しそうに笑っていた。
「思っていたより、すんなりと、決まっちゃったね」
 後ろから、千穂が声をかけてきた。
「でもよう……本当にこれでいいのかぁ? って気も、若干するけどな」
 雅人が苦笑しながら言う。
 オレは、振り返り、そんな二人に、笑って、言う。
「確かに、変な感じだ……
 ――だけど、オレたちはオレたちだ。こっちのほうが、オレたちらしいさ」
 雅人は、ふ、と笑った。千穂も、くすっ、と声を上げ、目を細めた。
「そうだなぁ……まあ、確かにな」
「あんたらはあんたら、だしね」
 那美と椎名さんが、共にこちらに振り向いた。
「志倉さん、これからよろしくお願いしますね」
「隆二、よろしく」
 二人は、揃って笑顔で、そう言った。那美の短いツインテールが、そして椎名さんのショートカットの髪が揺れた。
「ああ……よろしく」



 オレたちはこうして、友達以上だけど恋人ではないような――いや、そもそもそういう定義の必要ない、オレたちがオレたちとして、幸せにいられる関係をスタートさせた。
 オレと那美、そして椎名さん。
 誰よりも仲の良い三人組。一緒にいてみんな幸せになれるような三人組。
 そして雅人も千穂も、一緒にいる。
 直人も、由美も、杏子もいる。
 オレたちは、そういう関係。
 子供かもしれない。きっといつかは決断しなくてはいけない。
 だけどそれでも、今このときは、この関係が、何よりも幸せ。
 それがオレたちのカタチ。
『あの夏』に、きっと生まれ始めたカタチ。
 オレたちの、カタチ――。

 
 







 やがて、オレたちはクリスマスをみんなで過ごした。
 三人だけでもない。雅人、千穂、直人、由美、杏子みんな揃ってのクリスマス。
 騒がしかったけど、それは楽しかった。
 初詣は三人で行った。
 三月に控えた高校受験の合格祈願も兼ねて、三人で肩を並べて。
 それは、とても幸せだった。


 そして冬休みも終わり、オレたちは新学期を迎え……。











to be countinued to Epilogue...







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