ナツコイ-first love-
freebird presents

終章 My lovers






 オレには、大切な人たちがいる。
 それは、二人の少女。
 一人は、明るく、いつも、ときに度が過ぎるくらいに元気な少女。
 もう一人は、大人しく、自己主張は弱いけれど、優しく、気遣いが厚い少女。
 オレには沢山の友人がいるけれども、
 彼女たちはその中でも特に大きな存在だった。
 オレは彼女たちが好きだ。
 だけど、彼女たちは恋人と呼べるようなものではない。
 それでも、彼女たちは一番の親友、あるいはそれ以上として、オレは想っている。
 それは、彼女たちもまた、同じだと信じている。
 そしてオレは今日も、彼女たちと一緒に、この、見慣れた学校への坂道を登る。
「ああ、待ってよう、隆二!」
 かけられた声に、耳につけていたイヤホンを外し、振り返る。
 いつの間にか出遅れていた、水瀬那美と椎名美奈の二人が小走りで近づいてくる。
「やあ、お早う」
「白々しい挨拶しないでよ。気付いたらさっさと行っちゃって……一緒に登校しようって言ったでしょ」
 寒そうに、口から白い息を吐き出しながら、不満気に那美は言った。道路の脇や水田の上には、ちらほらと白い塊が見える。もう、冬なのだ。
「いや、オレはオレなりのペースで歩いていたのだが……っていうか、少しは急がないと遅れるぞ」
「仕方ないでしょ。こっちは楽しく話していたんだから。ね?」
 そういって、那美は隣の美奈に同意を求める。
「でも……確かに隆二さんの言うとおりだと思うよ。少し、急ごっか」
「あー……むー……なんだよー。ミーちゃんまで隆二の味方かよー」
「味方って……別に、二人とも大切な味方だし」
「そうそう。大切な味方だからこそ、万が一遅刻させないように、心を鬼にして若干早いペースでリードしてあげているんじゃないか」
「さっき『オレなりのペース』って言ったじゃん……! 大体、そんな大切な味方を無視して一人でウォークマン聴いてるなんて鬼にもほどがあるよ!」
「女の子同士の会話なんだから盗み聞きするなって言ったのお前じゃん……」
「あ、ご、ごめんなさい。なんだか、仲間外れにしちゃって……」
「いや、美奈が謝ることじゃないからいいけど……」
「――お! 仲良し軍団、何しとるー!」
 三人で立ち止まり、あれこれ言い合っていると、突然坂の下から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ、柿崎くん」
「柿崎さんですね」
 那美の美奈が振り返る。オレもその方向へ視線を向ける。
「ちぃーっす。お早う」
「朝からラブラブだねー」
 坂の下から歩いてきたのは、雅人と千穂。いつもどおりの二人組みだった。
「ああ、お早う……まあ、ラブラブなのはお前らも、だな」
 挨拶ついでに、からかってみる。
「ラブラブって、別にそういうわけじゃないって何度言ったらわかんのよ! たまたま一緒になったから一緒に来ただけで……」
「はいはい。っていうか、たまたま、多いのな、俺ら」
「って、雅人も否定しなさいよ!」
「や、俺、確信犯だし。時間合わせてお前の家の前通るの」
「な……」
 というわけで恒例の夫婦漫才がまた始まった。
「さて、オレらはオレらでさっさと行こうぜ。マジで遅刻してしまう」
「そうだねー」
「あ、いいんでしょうか……?」
 大丈夫大丈夫と手を振って、オレは再びイヤホンを耳につける。また聴くのー、とか言って那美が右につき、あのお二人の喧嘩は止めないでいいのでしょうか、遅刻してしまいますよ、と後ろを振り返り心配そうに言いながら美奈も左につく。
 聴きなれたメロディが頭の中にしみこんで行く――前に、前方に、見慣れた姿を見つけた。
「あ、隆二ー! お早うー!」
 桐生直人が、笑顔で手を振っていた。
 その隣に、朝倉由美もまた、小さな笑顔を浮かべながら立っていた。
 これもまたいつものメンバーだったが、今朝はその隣にもう一人立っていた。
「よう、直人。由美。それに、杏子もいるのな。お早う」
 オレはイヤホンを再び外して彼らに声をかけた。
「ああ、お早う」
「うん、お早う」
 由美のまだどこか控えめながらも、はっきりとした笑顔。それと、杏子の彼女らしい、満面の笑顔。それが、オレたちを迎える。
「今日から新学期だねー」
「ああ、そうだな」
 杏子の言葉に相槌を打つ。
「いよいよ受験だね」
「そうだなぁ……」
 直人の気が滅入るような言葉に適当に相槌を打つ。
「そっかぁ、受験かぁ。大変だぁ」
「私も、朝倉さん並みの頭があれば、いいんですけどねぇ」
 那美と美奈もそれぞれの感想を告げる。特に美奈の言葉に由美は珍しく照れたように呟く。
「べ、別に、私だって頭がいいわけじゃない……私だって緊張はしている」
「そうだよねぇ。やっぱりこの時期、みんな同じように持つ緊張だよ……」
 那美は落ち込むように項垂れた。随分と深刻に考えているようで、いまいち緊張感を持っていなかったオレとしては、若干申し訳ない気分になる。
「や、やっぱり、みんなもう勉強始めてるよ、な……?」
「当たり前でしょ?」
「当たり前だよ?」
「当たりき」
「当たり前だと思います」
 オレの言葉に、直人、杏子、那美(こいつはなんか謎の言葉だったが)、美奈が突き刺すように言った。そして、とどめに、
「お前は、まだ始めてないのか?」
 由美が、おかしなものを見るような目つきで言った。
「う……」
 オレが返答に窮していると、
「大丈夫ダイジョーブ! 心配すんな! 俺がついてる!」
 と、破天荒に元気よく背後からクロスチョップで突撃してくる奴一人。当然雅人。
「ついてるって……どういうことだよ?」
 とりあえず突っ込みの水平チョップを食らわして、雅人を睨む。
「や、俺も同じくまだ勉強始めてないからさ。だから大丈夫」
「それのどこが大丈夫なんだっつーの」
 ズゲシッ、と千穂のカバンが隆二の後頭部を襲った。
「ああ、突っ込みありがとう。さっきの水平チョップ、思いのほか自分が痛かったからちょっと迷ってた」
「礼には及ばないよ。私もいいストレス発散になったし」
 オレと千穂は互いの手の甲を当て、戦果を称え合う。
「痛ぇ……」
 足元で変なのが蹲っている。
「あのー……」
 そんなオレたちに、おずおずと美奈が声をかけてきた。
「そろそろ、急がないと、本当に遅刻しちゃいます……」
「あ、ホントだー。もうあと五分でMHR始まるね」
「え、マジ!?」
 美奈と、携帯のディスプレイを見ながら呟いた杏子の言葉に、那美が驚き声を上げた。
「本当に急がないとやばいね。行こ!」
「あ、ああ――でも、そんなに急ぐなよ」
 走り出した彼女を呼び止めると、彼女は訝しげな表情で振り返った。
「もう学校目の前なんだから走らなくても十分間に合うだろ。変な漫才とかしなければ。だからわざわざ慌てる必要ないって」
「それはそうかもしれないけど……」
「悪いな。ちょっと、この曲だけ聴き終わってから教室入りたいんだ。毎朝の恒例でさ」
「え?」
「そういえば、いつも、学校の近くになると聴いてますね」
 美奈の言葉に頷き、イヤホンを取り付ける。
「それじゃまあ、ゆっくり慌てず行きますか。確かに五分ならなんとか間に合うだろうしね」
「そうだね」
「さんせー」
「ああ」
 千穂が言い、続いて直人、杏子、由美が答えた。オレたちは校舎に向かって歩き始める。
「あ……大丈夫ですか? 柿崎さん」
「あ、ああ……大丈夫。慣れてるからね……」
 後頭部をさすり苦笑しつつ、雅人は起き上がってオレたちについてくる。
 イヤホンから流れ出る音楽が、オレの脳内へと染み渡っていく。聴きなれたイントロ。心地よいメロディ。
 歩き始める。コンクリートの地面をしっかりと踏みしめて、冬の空気の中を。
 オレの隣の那美と美奈。前にいる直人、杏子、由美。後ろにいる千穂、雅人。
 みんな揃って、新学期の校舎の中へと入っていく。
 新しい日々。オレたちの……オレたちだけの、新しい日々を目指して。

 ――いつかは、決断しなくてはならない。
 ――これが完全に正しい道だとは思っていない。

 だけど、それでもこうした関係でこうした日々を送ることを、実際に送ってみている今、決して間違ってはいないと実感している。
 それは、決して後悔などしない日々。
 楽しく、幸せな日々。
 そう、オレたちの日々……。

「ねえ、隆二」

 右隣の那美が声をかけてきた。
 オレは、ん? と視線だけで訊き返す。

「結局、何ていう曲、聴いてるの?」

 お前も知っている曲だよ、とオレは答えた。
 那美は首を傾げる。

 懐かしい曲だ。あの夏の曲。
 確かに始まった、そう思えたあの夏の曲。





 思い出す。
 あの夏、彼女が言った言葉。





“本当の想いっていうのはね、ものすごーく作りにくくて、ものすごーく壊れやすいものなんだ……
 しかも、それに気付かなかったりする事もあるし、隠そうと思えば、意外と簡単に隠せちゃうんだよ”






 一緒に、初夏の淡い緑の草原で、寝転んで空を見上げていたとき、
 彼女が、呟き始めたその言葉。
 それが、どんなことを意味していたのか……
 いや、そんな解釈は必要ない。







“だからこそ、本当の想いっていうのは……大切、なんだろうね”






 彼女は最後にそう言った。
 こちらに顔を向け、笑顔で。
『彼女』は、確かにそう言った。






 あの夏。すべてが始まった、『あの夏』。





 そっか……。




 那美が呟いた。




 あの曲、なんだね。




 こちらに顔を向け、笑顔で、そう言った。





 オレは頷き、そして始まった聞き慣れた歌詞に、耳を傾けた。
 思い出の曲。
 あの夏の曲。












 early summer。










 もしも 当たり前のことが
 
 当たり前じゃなくなった時

 僕はどうやって毎日を

 踏み出していけばいいのですか



 隣にいつもいた友達が

 いつの日か離れてしまったら

 僕はどうやって空白を

 埋めていくことが出来るのですか



 木々の隙間から漏れる

 朝の光に目を細めて

 かざした手は赤く燃えて

 僕が生きてる証となる



 遠くに見える空 流れる雲たち

 僕はただ一人 追いかけ続けて

 アスファルトに転んで 膝をすりむいて

 それでも僕は 立ち上がった




 幼い心はいつも迷い

 大切な事も決められずに

 埋もれていた毎日は

 知らず知らずのうちに過ぎていく 



 正しい事だと思い込んで

 自己満足に浸っていた

 積み重なる多くの罪は

 優しい心を踏みにじる



 遠くに消える夢 流れる時間は

 もう諦めろと手を差し伸べてる

 その場に蹲り 涙を流して

 そのまま僕は 夢に堕ちる




 誰もかれも悪くなくて

 誰もかれも優しすぎて

 たくさんありすぎる正しいこと

 僕は自分を呪い続ける




 遠くに見える空 流れる雲たち

 僕はただ一人 追いかけ続けて

 アスファルトに転んで 膝をすりむいて

 それでも僕は 立ち上がった



 僕らの行き先 進むべき道

 何処に在るのか わからなくなるけど

 自分で歩いて 自分で見つけて

 その時僕は 意味を知る



 生きていくことの 意味を知る















 




















Thank you for reading.
This story has end!



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