紅き力と白銀の心 
第一話 紅い瞳の転校生
作:木村征人



 

 辺りを一面覆い尽くすような桜。風に揺られて再び舞いあがり、やがて舞い落ちる。それが幾度となく繰り返される。
 誰かが見ていたら桜吹雪と言っていただろうか……だが、それは正しくない。静寂なる舞い散る桜に吹雪など存在しない。
 その中でゆっくりと眺めていた。灰色がかった銀色の長い髪を持つ幼き少女。
 その女の子を見守る様に大きな桜に木に身体を半分隠している、少女と同じ歳ぐらいであろう紅い瞳の少年存在に気付く。
 女の子の視線に気付くと男の子は子供特有の柔らかい笑みを浮かべる。周りにいたほかの子供達の喧騒がいつの間にか聞こえなくなる。
 ザァッと大きな風が吹き、更に舞った桜が二人を包む。
 今、世界には二人しかない様に思えた。
 銀髪の少女と紅い瞳の少年。その二人のみが存在する光景はあまりにも、あまりにも異様に見えたのだろうか……それとも一枚の風景画の様に解け込むように自然なものだったのであろうか。
 異質な色を持つ二人……それはこの国の人間では決して持てない色であった。少年はその色を愛しさと喜びを持っている。少女はその色を嫌悪し、哀しみを持っている。
 少年はただ見つめていた紅い瞳で……少女の身体を、顔を手も足も、そして風と桜と共に舞う長い銀色の髪を。
 紅い瞳からはどんな色が見えるのか、どんな心の色を見ることができるのか、それは少年しか分からない。ただ見守る、それのみが彼が存在する意味のように。
 少年と見詰め合っているのに耐えかねたのか、後ろにいる女性にすがりつく。
「お母さん、さっきからあの子。こっちを見てるよ」
「あの子はね、貴方を守ってくれるのよ。だから、もしなにかあったら彼に頼りなさい――詩音――」
 それは夢。そう、夢の中の幻……

『起きなよー、詩音ちゃん。起きないと唯笑ぶっちゃうからね。
 起きなよー、詩音ちゃん。起きないと唯笑ぶっちゃうからね』
 中途半端な棒読みの目覚し時計が部屋に響く。もぞもぞと蒲団から手を出し目覚ましのスイッチを切る。
 そういえば先日、友人に目覚し時計をもらったのを思い出す。その友人がやたらとにこにこ笑っていたのはこういう仕掛けだったのだろう。
 その仕掛けの正体に苦笑しながら、寝ぼけ眼をこすりながらベッドから抜けだす。
 いくつも並んだ本棚に、きちんと整理されているが、ぎゅうぎゅうに本が息苦しそうに詰めらている。今日はどの本を持っていこうかいつも悩みながら、部屋の傍らを占拠している紅茶のポットと茶葉を持ってリビングに向かうのだが今日ばかりは違っていた。
 先ほどまで見ていた夢のせいである。
 洗面所で少し乱れた灰色がかった長い銀髪をくしで直す。
「どうしてあのような夢を……」
 美しい顔立ちだがやや無表情な印象を受ける少女、双海詩音は嫌な予感を感じていた。
 しかし、得てしてそういう予感はあたるものである。嫌になるくらいに。

 十一月も半ばに入ったせいか、陽の光は温かいが、冷たい風が体にまとわりつく。
 いつもならこの坂の上にある澄空学園に通う生徒が多数見られるのだが、時間が少し遅いのか、登校する生徒はいない。いや、一人だけいた。もっとも今日から生徒になるのだが。
 澄空学園のすぐ側の坂で少年が一人、小さなメモを持ってきょろきょろしながら右往左往していた。
 その少年はなぜか大きなバッグを肩に担いでいる。その顔は整っているのだが、逆を言うとなんの特徴もない普通の顔である。髪も長くなく黒く、どこにでもあるような顔である。ただ、不自然な物を上げるとすれば。少年の体格に合わない無骨に大きな腕時計。そして――
 そして――紅い瞳。宝石のように燃え輝く瞳。しかし、宝石のような冷たさは微塵もなく。人の冷えきった心を氷解させる、暖かな炎。そのような印象であった。
 少年の心を映し出しているような瞳であった。

 その少年を見上げる様に、坂の下からダッシュで駆け上がる少女がいた。猫を思わせるような大きな瞳。短く切られた髪が少しクセッ毛なのか頬にかかる。陸上選手のような軽やかな脚が大きく揺り動かされている。双海詩音のクラスメイト、音羽かおるである。
「あのー、すいませ……」
 その姿を見つけた少年が呼びとめようとするが、
「ごめんねー、急いでるからぁぁぁぁぁぁぁ……」
 ドップラー効果を出しながら少年の目の前をあっという間に通り越した。
「あー……えーと……」
 少年は彼女の後ろ姿を茫然と見つめる事しか出来ず。呼びとめようとした手は手持ち無沙汰に握ったり開いたりしていた。

 どうしようか迷っていると、更に坂の下から猛ダッシュしている男女一組の人影が見える。
「急ぐぞ、唯笑!」
「待ってよ〜、智ちゃ〜ん」
 女の子は綺麗に切りそろえられた髪に、大きく爛々と輝く瞳。どこか幼さを残す顔立ち。限界が近いのか、さほど大きくない口を精一杯口を開けて酸素をとり込もうとしている。先ほどの軽快なダッシュを見せた音羽かおると違い、頼りない足取りでフラフラと、なんとか走っているのが、同じく双海詩音のクラスメイト今坂唯笑であった。
 あの奇妙な目覚し時計を詩音にあげた張本人でもある。
 そして男の子の方は、パッと見不良に見えるかもしれないような、ややきつめな顔。適当に切りそろえられた前髪を払え退けながら、後ろでへろへろになっている今坂唯笑を見ながら、見捨てようかどうか迷っているのが、三上智也である。もちろんこちらも双海詩音とはクラスメイトである。
 実はこの二人、幼馴染み兼恋人である。実際色々とあり、はれて恋人になったが周りの反応は思っていたよりも冷たいものであった。
 『何を今更』『お前ら付き合ってなかったのか?』と言う言葉がほとんどであった。
 周りの人間は二人の気持ちを知っていて、自分達は自覚していないと言ういたってお粗末なものであった。
 それはさておき、必死で智也について行こうとする唯笑が、少年の前を通り過ぎようとすると少年が無造作に足を差し出した。唯笑はその足に見事に引っかかり、
「ふむぎょ!?」
 まるで猫を踏み潰したような、奇妙な叫び声を上げながら顔から地面にダイブする。
「いたいたいたいたいたい〜〜〜〜」
 目じりに涙を浮かべながら、鼻をおさえながら悶える。
「大丈夫ですか?」
 何事もなかったように少年は唯笑に駆け寄る。
「今足引っ掻けたでしょ?」
「いえいえ、そんなことはないです」
 いけしゃあしゃあと少年は言う。バレバレな嘘だが……
「う〜、そうなの? そうなのかなあ?」
 素直というか単純と言うか、唯笑は少年の言葉に渋々納得する。少年は唯笑の鼻が真っ赤に腫れあがっているのに気付くとさすがに悪いことをしたかなと思っているらしい。
 それをごまかす様に咳払いを一つして、
「えっと、澄空学園てどこにあるか知ってます?」
 少年の言葉に智也と唯笑は顔を見合わす。
「お前、転校生か?」
 智也が訝しげに見つめる。
 少年は少し薄汚れた私服姿に肩からかけている大きなかばんは大きく捻じ曲がっている。おそらく衣服が詰められているのだろう。
 はっきり言ってあまり学校に行くような姿には見えない。旅の途中か、旅から帰ってきたような格好である。
「確かにこの格好じゃしょうがないね。でも、澄空学園に今日から通うことになるのは確かだけどね」
 パタパタと制服についた砂埃を払いのけながら唯笑が立ちあがる。
「へ〜、そうなんだ。もしかしたらクラスメイトになるかもね」
「そうだね、君みたいな子と一緒になれたらうれしいな」
 臆面もなくそう言う。その言葉に唯笑は赤くなる。
「だ、だめだよ。唯笑は智ちゃんと付き合っているんだから」
 両手を振りながら、唯笑は慌てて否定する。
「そうなの。残念だなー」
 ちっとも残念そうに聞こえない。
 それを眺めていた智也は、
「なんか軽そうな奴だな……」
 などと呟くが、智也を知っている人間だったら、『お前に言われたくないわぁ!』と総突っ込みをいれるだろう。
「それよりも、澄空学園はどこにあるの?」
 にこにこしながら、かばんを抱え上げる。
「この坂を上ったところだ。って、ああ!
 ち、遅刻だぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
 智也が叫び声を上げる。とダッシュで坂を駆け上がる。 
「ま、まってよおおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 半泣きになりながら唯笑が後を追う。二人とも確実に、絶対的に、間違いなく遅刻するだろう。
 少年はその後ろ姿を眺めながら笑みを浮かべる。初日と言っても、いや初日だからこそ遅刻はできないはずなのだが。
 そして、一陣の風と共に少年は姿を消した。

「転校初日から遅刻ぎりぎりというのは感心しないな。
 なんとか間に合った様だが、次からはもう少し早く来た方が良いぞ」
 ここは澄空学園の職員室。少年の担任となる先生から生徒手帳や、制服を受け取っていた。さすがに私服では問題がある為、更衣室で着替えるように指示していた。
「そうしないと……」
 担任がちらりと窓の方へ目に向けると、
「唯笑! おまえのせいで遅刻したんだからな」
「唯笑のせいじゃないよぉ。智ちゃんがもっと早く起きないから!」
 先ほどの二人が不毛なけんかをしながら、生徒会役員に生徒手帳を渋々提出している。
「ああ言う風になるからな……」
 少年は明らかに、智也達より後れているのに関わらず先に着いていた。時間的にも間に合うはずはないのだが……
 ただ、その光景を見ていて少年は苦笑を浮かべていた。

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あとがき
時代設定は、久遠の誓いの二年後、Detective Playerの一年半後です。
久遠の誓いの主人公は無表情時代錯誤な人間だったんで、正反対な性格にしてみました。
しかし、メモオフのキャラクターを説明するのは難しい……ゲーム知らない人はキャラクターの印象伝わらないね、これ。



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