紅き力と白銀の心 第二話 再会 |
作:木村征人 |
智也と唯笑が遅刻した罰として、生徒会室と会議室の掃除を放課後させる様に言いわたされ、落ち込みながら教室に戻ったのとほぼ同時に予鈴が鳴ったが、教室の生徒はまだがやがやと騒いでいた。どうもこの教室には落ち着きのある生徒が少ないらしい。いたとしても、ほかの騒がしい生徒に巻き込まれているのだろう。 「はあ、そのような事があったのですか」 落ちついた物腰、丁寧な言葉、そして物憂げな瞳により周りよりも少し年上に見える双海詩音は可愛く小首をかしげていた。 智也と唯笑は遅刻した理由――というか言い訳だが――に出会った少年のことを話していた。音羽かおるも話しに加わっていたが、どうやらその少年を覚えていないらしい。たった一言しか交わしていないせいもあるのだが。 「うーん、転校生というのは美少女と言うのが定番なのにな。双海さんとか、音羽さんみたいにさ」 少年が聞いたら怒りそうなセリフを吐いたのは、智也の親友であり、二枚目よりも三枚目、かっこつけてもどこか愛嬌が残ってしまい、柔和な雰囲気がある稲穂信であった。 「まあ、そう何度も女が転校して来ると言うのも変だと思うが」 智也は信の言葉に呆れ返る。女生徒が転校してきたと聞いたら、飛び跳ねるほど喜ぶのに、男と聞いてまったく関心がないらしい。まあ、信らしいといえば信らしいのだが。 実はこの信というのは、唯笑に告白してあっさり玉砕をくらっていたりする。結果的には智也と唯笑を恋人同士に仲立ちしたようなものだが。 「その男の方と言うのはどのような感じなのでしょうか?」 「あれ? 詩音ちゃん。転校生に興味あるの?」 詩音の言葉に唯笑が不思議そうに聞き返す。詩音が男に興味を持つ素振りは、知る限り見たことはない。それも見ず知らずの転校生に、だ。 それに双海詩音は智也に―― それはともかく、詩音は少し唸りながら…… 「いえ、そうでなく、ただ――」 ――夢で見ましたから…… とはさすがに言えず、そのまま黙ってしまった。 詩音の言動不信感を抱きながらも智也が話しを続ける。 「まあ良いけどな、特徴と言ってもなぁ。特に説明するような顔でもなかったし……いや、瞳が紅色だったな」 「そうそう、真っ赤だったよね」 コクコクと唯笑がその言葉に同意する。 その言葉を聞いた瞬間、ガタッと椅子に座っていた詩音がずり落ちそうになる。みんなが見ると詩音の顔が明らかに引きつっていた。まるで化け物でも見たような表情をしていた。 「ど、どうしたの?」 詩音の顔を見て唯笑が聞く。 「い、いえ、なんでもないです……」 そう詩音が言ったところで担任が入って来た。どう言う事か聞きたかったがとりあえず席についた。 詩音は何となく今朝の嫌な予感の意味がわかった。 詩音の知る仲で、ただ一人思い当たる人物がいる。天敵が来るのだ。詩音にとって最大の天敵が。 「よーし、みんな席に着いたな。今坂に三上、もう少し早く学校に来い。いつまでも今坂に苦労かけるなよ」 周りの生徒から笑いがこぼれる。ただ一人詩音は『来るはずがありません、来るはずがありません、来るはずがありません』と祈りにも似た呟きをブツブツと繰り返している。はたから見るとかなり怪しいが、とりあえず今気づいているものはいないらしい。 「さて、知っている奴もいるだろうが転校生を紹介する。ちなみに男だ」 男子生徒達から『えーっ!』と言う不満の声が響く。 その言葉が聞こえていたのか、少し乱暴に扉が開く。 少年は担任の横に直立不動で立つ。その時、ザワッと教室が一瞬ざわつく。少年の瞳、紅い瞳に驚いているのだろう。その非現実的な瞳のせいで少年は人形のような印象を与える。 詩音は自分の予感が的中し頭を抱えていた。 「よし、それじゃあ自己紹介して」 担任に促がされて少年はうなずく。そして少年は懐からおもむろに扇子を取り出すと、 「どもー、滝川晶と言いますー。よろしゅう頼んます!」 と、正体不明のお笑い芸人のような言葉を吐いた後ペシッと扇子で頭を軽く叩く。 まだ十一月の初めだが、吹雪が教室の中に吹き荒れていた。生徒達はどう反応していいかわからなかった。笑えばいいのか、突っ込めば言いのか……しかし、今のは一体…… クラスの反応に少年――晶はキョトンとすると、 「日本の伝統的な挨拶って聞いたけど?」 さも平然に扇子をパタパタと扇ぎながら言う。 「誰からそんな訳の分からん挨拶の仕方を聞いた!?」 先生がそんな突っ込みをしている時、詩音は本気で頭を抱えていた。 晶が担任の突っ込みにどうかえそうか、迷っていると自分に向かって手を振っている女の子を見つけた。 「あれ……おおお、今坂さんだっけ? ホントに同じクラスになったね」 晶はこの偶然に唯笑に指差しながら驚きの声を上げた。 「これからよろしくねー!」 唯笑が大きな声をあげる。 「勿論! 今坂さんの彼氏ともね」 負けじと晶も大きな声で返す。転校初日からこれほど大騒ぎになる人間は珍しいだろう。 「おい、おまえらな……まだ授業中――」 担任が制止しようとするが、懐かしき女の子を見つけ晶の暴走は止まらない。 「おーい、詩音詩音詩音詩音!」 ピョンピョンと飛び跳ねながら満面の笑みを浮かべて何度も名前を呼ぶ。 名前を連呼された詩音は、机に突っ伏して死んでいた。 「えええええ! 詩音ちゃんと知り合いだったの?」 唯笑が驚きの声を上げて立ち上がる。 「へぇ、それはぜひ理由を聞かないとね」 かおるまでも立ち上がって、片目を閉じながら指差す。こういう話しには目がないタチらしい。 「おう! なんたって俺と詩音は――」 「ああああ、やめてくださーい」 詩音は晶を制止するべく、あっさり復活する。珍しく――というか知る限り初めて狼狽する詩音の姿は智也たちを驚かす。 「貴様ら! 授業中だぞ! いい加減にしろ!」 ついに耐えかねた担任の怒号が教室に響き渡る。 とにかく晶の名前はクラスの生徒達には強烈なインパクトの為、担任にとっては頭痛の種が増えた為、その名前はきっちり覚えられることになった。 ちなみに、放課後。担任は晶に他のクラスで面倒見てもらうように他の先生に頼んだが。既に晶の噂は知れ渡っていたのかあえなく却下された。
放課後、晶たちは喫茶店にいた。晶は転入生だが、詩音の知り合いということもあって、智也、唯笑、かおる、信とはすぐに打ち解けた。改めてという意味も込めて近場の喫茶店にみんな集まったのだ。 もっとも詩音は、この喫茶店と晶がいるというのが気に入らないようだが。 「おーい、こっちだ智也、唯笑ちゃん!」 信が手を上げながら、二人を呼ぶ。二人は生徒会室と会議室の掃除のため、みんなより後れて到着した。 そこにはなぜか、購買部のおばちゃんを兼任している自称ビューリホー女子大生霧島小夜美がいた。 智也たちは既に、学校で晶に自己紹介している。小夜美とも、二人を待っている間に済ましている。 それと晶はみんなには、苗字でなく名前で呼んで欲しいと言った。 「なるほどこれが噂の転校生ね」 しげしげと晶を品定めする小夜美の姿は、きれいと言うより可愛いと言ったほうがいいだろう。腰上まで伸びた髪は自分でも気にいっているのか、映画かドラマのワンシーンの様に時折ファサァとかきあげる。 「お、なんか噂の転校生ってかっこいいな」 晶はふふんと顎に手をやりながらポーズを決める。 「それじゃあ改めて自己紹介するかな。名前は滝川晶。趣味兼特技は料理かな? 後は霊感……みたいなもの。そういうのがあるよ」 後ろ頭をかきながら言う。ちゃんとした言葉が見つからないらしい。 「へー、それじゃあ幽霊みたいなものが見えるの?」 こういうことには好奇心がそそられるのだろう。かおるが身を乗り出して聞いてくる。 「うん……集中すればね」 「へー。それじゃあ、みんなの背後霊とか守護霊とかは見える?」 「んー、どうかな? 一応やってみるけど」 そう促されて、みんなの顔を『じ〜』と見つめる。 すると智也の顔を見つめ、晶は不思議そうな、信じられないものでも見たような、奇妙な表情を浮かべる。 「な、なんだ?」 さすがにその表情に驚いたのか、智也が狼狽する。 「いや…………智也君。なんか鯉に恨まれるようなことでもしたんですか?」 「はぁ? こい?」 智也は訳が分からないような顔をしていたが、唯笑が思うところがあるのか、耳打ちする。 その言葉に納得したようにぽんと手包みを打つ。実は智也は子供の頃『わーい、リアル鯉のぼり』と言いながら近所の家から鯉を盗み、紐をつけて町内を引きずり回したことがあった。 これを知っているのはこの場にいる人間では、当の本人の智也と、幼馴染みの唯笑しかいない。つまり、晶の霊感は本物と言うことになる。 「なんか怒りマークを付けた鯉が、智也君の頭に噛み付きながらビチビチやっているのが見えるんですけど……珍しいよ、ホントに」 頭を抑えて苦笑しながらつぶやく。晶以外には見えないが、さぞ滑稽な姿であろう。 周りのみんなはもちろん見えないが、その様を想像したのか智也の顔を見ながら必死で大笑いしそうになるのをこらえている。 「でも、そんなに害はないみたいだから気にしなくていいよ」 と晶がお茶を濁す。気にしなくていいというが、智也はさっきから頭の上で必死に手で払いのけようとしている。無論、触れるはずがないが。 「そういえば、詩音ちゃんと知り合いなんだよね」 唯笑がズズズッとジュースを飲み干す。晶も紅茶を一口飲むが、カップを横にどける。よく見ると、紅茶が好きな詩音すら、紅茶を頼まず、自前の水筒に入っている紅茶を飲んでいる。 なるほどと思う、ここの喫茶店の紅茶はおいしくないのだ。はっきり言ってしまえば、まずい。晶も詩音同様、紅茶にはやたらとうるさい。 例え紅茶専門店でも紅茶がうまく入れられてないと不機嫌になる。重ねてここはどこにでもある喫茶店。詩音や晶が気に入るような紅茶などあるはずもなかった。 晶はウエイトレスを呼んで、ジュースを頼む。 「うーん、知り合いと言うよりも俺と詩音は――!」 いきなり詩音が背後から口をふさいだ。その行為に晶の顔が紅く染まる。 「お? 意外と純情」 パタパタと手を振る晶を見てかおるが驚いた口調で言う。 どうやら晶と言う男、見た目と言動と違い、かなり純情な性格らしい。 「お願いですからそう言うことを言わないで下さい」 ぎりぎりと詩音は口を押さえる。 「お、おい。双海さん。もしかして息が出来ないんじゃないか?」 智也が晶の顔を見て慌てる。口と鼻を押さえられているせいで息ができないのだろう。真っ赤だった顔が、紫色からどんどん土気色へと変色していく。手を振ったのは、慌てたこともあったが、息苦しかったせいでもあった。 それを見て、詩音も慌てて手を離す。 「ハァハァハァ、転校初日から生死の境をさ迷うことになるとは思わなかった」 ぐでーっと晶がテーブルに突っ伏す。 「な、なんか詩音ちゃんのイメージが狂いそう」 晶と詩音のやりとりを見ていると唯笑たちはどう対応しているか分からない。 「と、とにかく俺と詩音はな――」 しつこいと言うか、根性と言うか、まだ言おうとする晶をまたしても詩音が、今度は前から押さえつけるように口をふさぐ。今度はしっかり鼻の穴を避けている。 「とにかくその事は言わないで下さい!」 「ふぇっはらしほぉんかいふ?」(だったら詩音が言う?) 笑っているのだろう。 晶の目が奇妙に曲がる。 「そ、それは……」 「ふぇは、ほれは!」(じゃあ、俺が!) 「駄目です!」 なにやら言い争っている様には見えるのだが、 「ね、ねぇ、智ちゃん。さっきから晶くんの言ってる事理解出来る?」 「いや、なんかこの二人、やたらとウマがあっているみたいだな」 唯笑と智也が不思議そうに見ていると、 「ああ、なるほどにそう言う事か」 歳の功か、小夜美は二人の関係に気付いたようだ。 傍観を決め込んでいたかおるも信も不思議そうに見ている。なんか売れないお笑い漫才師がボケ、突っ込みをしている様にも見える。 しばらくして、詩音はあきらめた様に溜息をつき、ピッと背筋を伸ばし座りなおした。そして少し顔を赤くしながら…… 「昔、晶さんは私の……恋人だったんです」 「……………………」 一瞬の沈黙……そして。
「ぬええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
小夜美を除く全員が驚きの叫び声を上げた。はっきり言ってしまえば意外すぎる事実。どう見てもそう言う浮いた話しは縁がないから当然であろう。と言っても、モテないわけではない。澄空でも隠れファンは多数いる。 この事実をファンの連中が知ったら晶は村八分になるかもしれない。 「つ、つき、付き合っていたことの意味だよね」 かおるがオロオロしながら目の焦点が合っていない。 「だから…………言いたくなかったんです……」 詩音は先程より大きな溜息をついた。 「ま、どちらにしろ。日本で言うと中学生ぐらいの時だったからな。恋人同士と言ってもせいぜい――ガハッ!」 詩音の文庫本が後頭部に直撃する。 あまり知られていないが、詩音はその大人びた物腰とは裏腹に、口よりも手が先に出るタイプ。しかも手加減と言うのを知らないから余計タチが悪い。 「はっ、まさか! 詩音ちゃんを追いかけてきたとか!?」 唯笑はかなり勝手な想像力をかきたてているが、それは案外外れてはなかった。 晶もその直感の鋭さに一瞬あせるが、とりわけ平静を保って答える。 「あつつつ、別にそう言うわけじゃないけどな。俺も昔ここにいたし、ついでに言うなら呼び出しを受けたからな」 晶はおしぼりを後頭部に当てながら答える。 「呼び出し?」 晶の言葉にきょとんとする。 「そう、俺の住んでた所は小さな村と言うか里かな? 閉鎖的なところだから俺一人でも、平気で呼び出すようなところだからな。だから日本に戻ってきたわけ、もっともそんな刺激が少ないところに住んでもしょうがないから澄空に身を移したんだけどね」 晶はいきなり奇妙なしなを作りながら、頬の近くにを手に当て、 「まあ、さすがに『私、日本に住むことにしましたの。おーほっほっほ』と言われた時はさすがに驚いたけどな」 「私はそんな笑い方しません!」 詩音が更に本で殴るが、さすがにハードカバーには生命の危機を感じたのか、すばやくしゃがんで避けた。 そしてすぐに起きあがり、ビシッと詩音を指差した。 「『おほほ』はともかく、いきなり帰って来ないと聞いた時はさすがに驚いたぞ。それにみんな怒っていたぞ」 その言葉に『うっ』と詩音はうめく。 幼い頃、詩音は銀髪が原因でいじめられたことがある。そのことで詩音は人間不信と言うか、日本人不信になっていた。それを知っていた周りのみんなは詩音の事だからすぐに帰って来ると思っていたのだ。 「俺も帰ることになった時、『俺も日本に帰るぞ!』なんてクーマが言い出すしよ」 さすがに後ろめたいのか詩音はそのままうつむいてしまった。 クーマと言うのは、晶と詩音の友達。とある事情で海外に渡り、生死を共にわけた間柄で、二三歳年上のクーマだが晶の親友と言える存在となっている。 「とにかく、詩音はうまくやっているから安心したよ。それに――いや、なんでもない」 晶の言葉にみんなを?マークを浮かべる。 晶はちらりと智也を一瞥する。 「そういえばその瞳ってやっぱりどこかの国からなの?」 無遠慮に唯笑が自分の瞳を指差しながら言う。晶はこの唯笑と言う女の子を気にいっていた。正直は美徳と言うつもりはないが、人に壁を作らない、詩音とはまったく正反対の存在であった。詩音がもし昔のことがなかったらこんな性格なっていたかもななどと晶は思っていた。 「やっぱりこの瞳が気になるみたいだね。俺は別にどこの血も流れてないよ、純粋な百%日本人だよ」 「ええ、そうだったのですか!」 驚きの声を上げたのは意外にも詩音であった。 「何を今更……てっきり知ってると思ってたけど」 ウェイトレスが持ってきたジュースを飲みながら平然と晶は言う。 「知らなかったです。なんで教えてくれなかったのですか!」 いきなり立ちあがって詩音が怒鳴る。 「聞かれなかったから」 晶は即答すると、詩音はめまいを起こしたのかそのまま頭を押さえる。 そんな詩音の姿をみて、晶はくすくすと笑う。 「変わってないな、そうやってころころと表情を変わるところなんかはな」 詩音は疲れたような視線で晶を睨む。かなり恨みがましい視線であったが、険悪と言う雰囲気はなくむしろほほえましいと言っていいだろう。こういうやりとりをずっと続けてきたのだろう。智也たちは少しうらやましく思っていた。 晶と詩音がじゃれあう姿がしばらく続いた後、お開きとなった。
詩音たちと分かれた後、智也と唯笑が帰る道を途中まで晶も同行する。 本来なら、詩音と帰るのが当然であろう、その不自然な行動に智也と唯笑は不信に思っていると、いきなり晶は頭を下げた。 「ありがとうございます、智也くん」 いきなりの事に智也と唯笑は驚いていると頭を上げずに晶は続けた。 「詩音の心を氷解させてくれて。俺では出来なかったんです。詩音の凍りついた心を溶かす事は……日本から離れて長く暮らしていた俺が、詩音の日本を好きにさせることは出来なかったのです」 その言葉を聞いてようやく合点がいった。だからこそ晶が日本人だという事を言わなかったのだろう。もし知れば詩音は晶から離れてしまう。実際そうはならなかったのかも知れないが、晶はそれが恐かった。だからこそ言わなかった。クーマと詩音は出会い、少し日本人の見方を変えていたがそれでも晶は言えなかった。先ほど軽く自分を日本人と言ったが、かなり勇気がいることであろう。 そして智也は晶の性格を何となく分かったような気がした。 純粋なのだ、まるで子供の様に。人の為に頭を下げる事になんの躊躇もせず。詩音に意地悪をするのも、好きな女の子をいじめて注意を引く、まるっきり子供みたいな感覚であろう。そしてなによりも詩音を大事に思う。その純粋な心は間違いなく本物である。 もしかしたら本当に詩音を追って来たのか? 智也までもそう思うようになっていた。 「出来れば詩音と――」 晶は頭をふり、「――いえ、これからも詩音共々よろしく」と言い、智也と唯笑に握手を求めた。二人と軽く握手を交わす。 詩音と付き合って欲しいとは晶は言えなかった。もしそうなっても、詩音の友人である唯笑は必ず哀しむだろう。それを詩音が求むはずがない。 それにこれは俺が口出しすべきじゃないしな。 二人と分かれた後、智也と唯笑が仲良く帰る後ろ姿をずっと見つめていた。 「それにしても智也か……まさかな……」 智也……それは晶の生き方を変えた名前でもあった。
おまけ--------------- 翌朝、昨日よりも手狭な部屋。詩音はピピピと言う電子音がなると同時に目を覚ました。ここは詩音の親戚の家である。金曜土曜日曜、そして学校の放課後は詩音の自宅で過ごしているが、平日は親戚の家で世話になっている。いわゆる半居候状態である。 母は既に他界、父は世界を飛びまわる遺跡発掘家、男ならともかく詩音は女の子。さすがに一人暮しと言うのは心配なのだろう。その為、平日だけは親戚の家へ厄介になっている。 それと親戚の家のほうが自宅よりも澄空学園に近い。やはり詩音も人の子、五分、十分のわずかな睡眠時間が貴重らしい。 まだ少し眠いのか、とろんとした瞳を手でこすりながら、まだ覚醒していない脳を起こす為洗面所へ向かう。 「やぁ、おはよう。詩音」 洗面所へ向かう詩音を食後の紅茶を飲みながらさわやかな笑みで挨拶する晶。 「んー、おはようござましゅ」 いささか舌がまわっていない状態でふらふらしながら洗面所の扉を開けて、詩音の姿が消える。 ………………数秒ほどして、やっと違和感に気付いたのか、扉を『バーン』と開けてドタタタと優雅に紅茶をすすっている晶の前に立ち、『ダン!』とテーブルを叩きながら叫んだ。 「どうしてあなたがここにいるのですか!」 「朝は静かにした方が良いと思うぞ」 はーやれやれといった感じで肩をすくめながら、首を左右に振った。 「…………あの、なんでここにいるんです?」 押し殺した声だが、逆にかわいく聞こえる。 「最初はアパートに済むつもりだったんだが、値段のわりに狭くてな。まったくあれだけ金とって俺の荷物の半分も入らないとは思わなかったな。日本の住宅事情はもう少しなんとかならないもんかな」 詩音もそうだが晶も海外の生活が長い分、そう言うところは完全に麻痺している。晶の意見を通すとしたらとんでもなく豪邸になってしまうだろう。 「そんなところに住めないからここにいると言うわけ。 あ、荷物は全部詩音の家に入れてもらった。もちろん詩音の親父さんには了承得ているから」 そう言って平然と紅茶をすする。 その言葉を聞いて。ガラガラと自分の背後からなにかが崩れる音が聞こえた。 「そ、そんなぁぁぁ…………」 詩音はへなへなとその場に座り込んでしまった。 こうして晶と詩音の同居生活が始まった。 |
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