紅き力と白銀の心 
第四話 ショウ
作:木村征人



 澄空学園に限ったことではないが、HRが始まるまでは教室の中は騒がしい。談笑が飛び交い、笑い声が響き渡る。

「どわはははははははははははは!!」

 二人の笑い声が教室中に響き渡る。談笑していた生徒たちも何事かとその笑いの主を探す。

 その笑いの主は男女一組、信とかおるである。信は指差しながら、かおるは腹を押さえながら笑っている。その二人をひじで顔を支えながらぶすっとした顔をしているのは晶。顔中に絆創膏がはられている。

「しかし、こういう時って不良をあっさり撃退するのがお約束なんだけどな!」

「そうそう、理不尽なくらいにね」

それを聞いてますます晶がふてくされる。

「傷だらけで帰ってきた時はさすがに驚きました」

「帰って来た?」

 詩音のつぶやきにかおるが聞き返す。

「い、いえ。なんでもないです! せっかく助けてもらったのですし、手当てしただけです」

 詩音があわててごまかす。

 実は、すでに信やかおる。智也や唯笑、小夜美やみなもまでもが、詩音と晶が同居しているのを知っている。しかし、晶がみんなに黙っているように言い含めている。

 詩音がそういう注目されるのを嫌がるということと言っているが、実はその方が面白いと言うのが本音である。

「とにかく、俺はやたらと暴力を振るうのは嫌いなんだ。だいたいそんなことをすれば厄介なことに巻き込まれるのは目に見えているんだからな。

 詩音も正義のふりかざすのは結構だが、ほどほどにしないとやけどするぞ」

 晶がちらりと詩音を一瞥する。

 絆創膏だらけの顔ではいまいち決まらないのだが。

「おはよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 遅刻ぎりぎりで大きな声で入ってきたのは唯笑、そしてあくびをかみ締めている智也であった。

「文化祭のしゃし――ってどうしたの? その顔」

  唯笑が晶の顔を見て驚く。

「何でもねぇよ」

 晶はそっぽ向きながら更にふてくされる。

「それよりも今日は遅かったなって、いつものことか」

 信はやれやれといった口調で肩をすくめる。智也は額を押さえながら、

「いや、唯笑のやつがな。今まで澄空祭の写真を現像出したの忘れていたせいで、わざわざに取りに行ってた。学校終わった後だとまた忘れそうだからだとさ」

 智也がそういいながらため息をつく。唯笑は聞こえないフリをしながら、

「はい、これみんなの分。唯笑のは晶くんに上げるよ」

 唯笑の突然の申し出に晶はきょとんとする。晶はつい最近澄空に転向してきた。当然ながら晶が写っているはずがないのだが。

「んっふっふっふ、晶君が気に入りそーなものが入っているから」

 ニマァと笑う唯笑を気味悪そうに晶は写真の束を受け取る。写っているのは澄空祭での出し物であった喫茶店といつもの面々の楽しそうな笑顔。晶は少しうらやましそうな顔をしながら写真をめくっていく。

何枚かめくっていくと、

「あはははははははははは!!」

 いきなり笑い出した。

 それを見た唯笑は手をたたきながら喜んだ。

「あ、やっぱりうけたうけた」

「ナ、ナイスだよ。今坂さん。あはははは、か、顔の傷が痛い……」

 腹を抱えて笑っている晶を不審に思い、みんなが写真を除きこむ。それを見た詩音以外の人間が爆笑する。その笑い声にクラスメイトは何事かと振り向くがみんなお構いなしに爆笑する。

 写真にはなにかのゲームのキャラクターなのだろう。グローブのような真っ白で大きなネコ型手袋を両手、同じく大きなスリッパを両足にはいており、胸元には金色の鈴、後ろから尻尾がはいており、ピンクのリボンがくくりつけられている。そしてもちろん頭にはネコ耳。そして、右胸になぜか「ひまわりぐみしおん」と名札がつけられている。

 これを仕組んだの唯笑と悪乗りしたみなも。詩音の姿にあっさり転がされ、とんでもなく大盛況であった。

「ああ、見ないでくださいー」

 いまさら見ないでもなにもないと思うのだが、写真をひったくろうとする詩音の手から晶は軽くかわす。

「しかし、詩音がこんな格好するとは思わなかったな。

 そういや、詩音が澄空に来る前の学祭で『オラえもん』のキグルミ着てたな。今度その写真もって着てやるよ」

 ニヤニヤしながら晶は写真をひらひらさせる。

「だ、だってあれはあなたが強引に着せたものじゃないですか!

 もはやもうすっかり定番となろうとしていた詩音と晶の夫婦げんかが始まろうとした時、

「あー、もうとっくにHRは始まっているんだが、いいか?」

 もうとっくに来ていた担任は少し悲しそうな瞳でつぶやいていた。

 

桜峰には昨日、晶たちに絡んでいた男二人が人通りが少ない、裏路地を歩いていた。

「くそー、結局あの男のせいで逃げられたな」

 少し大柄の男が言う。体格で威嚇して相手を脅すのを常套手段にしているチンピラであった。

「そうっすねー、兄貴」

 小柄な男はなんと言うか典型的なコバンザメ。いつも強いものに付き従う姑息なチンピラであった。

 そんな二人の前に背の低い中学生くらいの少年がふらふらと歩いていた。

 ドンと二人組みにぶつかる。ふらふらになっている少年はともかく、二人組みなら避けられたはずなのだが。

「気をつけろ、ガキ!」

「ご、ごめんなさい」

 男の怒声に少年は平謝りする。

「あーあ、惜しかったな。銀髪の女の子は結構好みだったのによ」

「へー、兄貴はああいうのが好みなんすか」

 その言葉を聞いた少年は振り返り、チンピラの二人組みに近づいた。

「その女の子のこと教えてよ」

「何だと、てめ――ぐぁ!」

 少年は大柄のほうの男の首を片手でつかむと、信じられないことにそのまま持ち上げた。とてもではないが常人の力ではない。

「あ、兄貴……」

 小柄な男は逃げたかったが、逃げられなかった。まるで金縛りになったように。

「無駄だよ。その銀髪の女の子を教えてくれるまで逃げられないから」

 少年はさらに力を入れる。万力のように、首に指が食い込む。

「ぁ……が……」

「や、やめくれ。し、知らないんだ。ただ、見かけただけで」

 少年が男を放り捨てる。

「探してくれないかな。君たち見たいのは徒党を組むのが得意なはずだろ。

 仲間を集めてよ」

 まるで友達にでも頼むような口調でにやりと笑う。それの表情はまるで殺し屋のような顔であった。

 

放課後。まだ今朝の事を根に持っているのが、詩音はとっとと図書室に行ってしまった。

「ちょっと調子に乗りすぎたかな?」

 唯笑が心配そうに晶に言う。基本的に詩音は唯笑と取り分け仲はいい。唯笑の天真爛漫の正確に引っ張られがちだが、それでも仲良くやっている。

もともと紅茶にそれほど興味がなかった唯笑が紅茶にそこそこ詳しくなったのもそれがあるのだろう。

「大丈夫だと思うけどな。詩音は熱くなりやすいけど冷めやすいからな。でも、昔いじめられた記憶がまだ残っているせいで、親愛のあるからかわれ方はどう反応していいか分からないだけだからな」

 そう言った晶の顔を唯笑はまじまじと見つめた。

「な、なに?

「うん、よく知ってるなあって。確か詩音ちゃんとは向こうの学校で知り合ったんじゃないの?

 なんか唯笑と智ちゃんみたいに小さいころからの幼馴染みたいに見えるよ?」

 やたらと盲点を突いた唯笑の質問にたじろいだ。詩音とは昔から知り合いだと言っていたが、いつからだとは言っていない。

 唯笑には智也のほかに、今はいないがもう一人幼馴染がいる。それをずっとそばで見てきたせいもあるのだろう。そういうことにはやたらと敏感になっているのだ。

「そ、そうだったかなぁ。よく覚えてないや……」

 晶はどういえばいいか完全に混乱していた。まったく意味のなっていない言葉で返すしかなかった。

「そ、そうだ。これからどこか、みんなで行かないか?」

 あわてて晶が取り繕う。

「うん、だったらケーキ屋さんに行こうよ。でも、詩音ちゃんはどうするの?」

「それだったら俺が土産に買って帰るから大丈夫だよ」

「そっか。おーい、智ちゃん。晶君がケーキ屋さんでおごってくれるって!」

「えええええ!?」

 唯笑の言葉に晶は驚きの声を聞いてみんな笑った。

 

 ケーキ屋に行こうとすると街中でやたらとガラの悪い連中が目に付いた。顔に怪我をしていた輩もいたが、とりあえずみんなは気にしないことにした。

唯笑や智也たちに案内されたケーキは結構おいしく、なかなか楽しめた。

 詩音のためケーキをいくつか買った後、唯笑たちと別れ、家路に着こうとしていた。

「さてと、今日は少し豪勢な食事にするかな。少しは機嫌をとらないとな」

 そうやって上機嫌だったが、男の声を聞いて凍りついた。男は携帯に出ているらしく、電波が遠いのか、少し声が大きかった。

「ああ、銀髪の女を捕まえたか。分かったすぐ行く」

 男が携帯を切った途端、晶はケーキを投げつけた。

「ぶわっ、何をす――ぐぁ……」

 晶は男の襟首をつかみそのまま持ち上げる。

「おい、銀髪の女を探せとはどういう意味だ」

 晶の赤い瞳が昏(くら)く淀む。

「へ、変なガキが……言ったんだ……」

「ガキ?」

「そ、そうだ。めちゃくちゃ強いガキが銀色の、それも灰色がかった銀髪の女をつれて来いって言ったんだ」

 この町に銀髪の女性などいないに等しい。しかも灰色がかったというおまけつき、どう考えても詩音しかいなかった。

 晶はしばし瞳を閉じる。

「それでその女はどこに!?」

「さ、桜峰……駅」

 男がそういった直後、晶は地面にたたきつけた。

「詩音……」

 そうつぶやくと晶は駆け出した。

「くっ、俺のミスだな……」

 電車の中で桜峰に着くのを待つしかないというもどかしさがたまらなかった。

「詩音……無事でいてくれ」

 歯軋りしながらそう祈った。

 桜峰駅に着いたが、誰もいなかった。

 晶は再び瞳を閉じる。

「…………いた」

 目をかっと開き、駆け出した。

 

 太陽が姿を消し、闇の住民が目を覚ます。港の海は夜を映し出し、さらに暗く、深く、黒く闇をつむぎだす。揺れる波はまるで地獄への入り口を手招きしているようにも見える。

 さあっと闇のカーテンが舞い降りているところにぽっかりと穴が開いている。

 倉庫であった。倉庫は建てられてまだ新しいのか、中には機材はほとんどあらず目立った汚れは見えない。

 ただ、床が何かを隠すためにかなりぞんざいにコンクリートで埋められていた。

 それほど大きくない倉庫、その中に百人近くの人間が集まっていた。ほとんど全員が男。必ずしもまっとうな生き方をしているとは思えない男たちであった。

しかしその中で異色な二人がいる。

 年端いかぬ少年と、この中で唯一人の女性。双海詩音であった。

 詩音は後ろでに手を縛られていて身動き取れない状況であった。こんな状況でもおびえたそぶりを見せないのはさすがであったが、覆いかぶさる不安は拭い去ることはできない。

「ふーん、君がみんなの言っていたお姉さんだね」

 少年が覗き込みながらにっこりと笑う。

「どうしてこんなことを……」

 詩音が後ろに縛られたロープをもどかしそうにしながらつぶやく。

「駄目だよ。君みたいな化け物は野放しにしておけないからね。僕たちはいわば正義の使者なんだよ」

私がはげもの? どういうことなの。

詩音には化け物呼ばわりさせれる覚えなど当然ながらない。

いきなり男たちに囲まれ突然こんなところに連れて来られた。そこにはどう見ても子供、中学生を終えたばかりみたいな少年がいた。最初はわが目を疑った。こんな子供に大勢の不良たちをつき従えていたことに。

 だが詩音をつれてきた後、男の一人がこれで帰してくれと言った瞬間、少年が男の顔をつかみコンクリートの地面にたたきつけた。

 詩音だけがその光景に驚愕していた。ほかの男たちは息を呑んで見守っている。おそらく詩音がここに来る前にも、こんなことがあったのだろう。よく見れは顔に傷を負ったものが数名いる。コンクリートに叩きつけられていないまでも、幾度か殴られたのだろう。

 詩音は歯軋りした。気に入らなかった、この少年が。自分を化け物呼ばわりしたこと、ここに連れてきたこと。それにも腹が立ったが、何よりも腹が立っていたのは力で付き従わせた。それが何よりも気に入らなかった。

「あなたの目的なんか関係ありません。でも、こんなことが許されると思っているのですか!」

「悪いけど化け物の言うことなんて聞く耳持たないんだよ。僕はこれでも自分の力を分かっているつもりなんでね、僕一人の力で倒そうなんて思ってないんだよ。仲間が来るまでもう少し辛抱してなよ」

「あんまり化け物化け物言うなよ。詩音は俺の彼女なんだぜ。とっくの昔に分かれたけどな」

 突然現れてたのは晶であった。軽口をつきながら晶が詩音のところへ近づこうとする。

 が、男たちが晶の前に立ちふさがる。目の前に現れた晶よりも少年のほうに恐怖が住みついている。晶のような乱入者を許してしまえば少年の怒りの矛先が自分に向くかもしれない。その恐怖心から来る絶対服従の兵隊となっていた。

「どうしてあなたがここに……」

 詩音が驚いた顔で晶を見つめる。当然だ、できの悪い小説の用にご都合主義で晶は登場したのだから。

「前にあげたペンダントがあるだろ。あれは俺にしか分からないある種の波長が流れててね。許容範囲はあるものの詩音の居場所が分かるようになってる。

 口の悪い友達は犬笛みたいだと笑ってたけどね」

 晶が肩をすくめて薄く笑う。完全に周りを無視した様子に男たちが困惑する。

 しかし、少年は晶のほうへ見て気づく。

「そうか、君が守り人か……その赤い瞳。へぇ、のろわれし忌み子とわね。さすが化け物に守り人といったところだね」

 少年はおかしそうに笑顔を浮かべながら言った。それはこれからのショータイムを楽しむかのようであった。

「あんまり化け物なんて言うなよ。詩音は――」

 ふっと晶の顔が少年を見つめる。

「――何も知らないんだからな」

 晶の、そして少年の中で何かがはじける。それは戦闘体勢に入るという合図であった。

 周りの男たちは晶が何かを起こしたということに気づく。外見ではなく内面がだ。だが、それが分からないために困惑している。

「晶さん、逃げてください」

 晶は詩音の言葉で微笑する。それはやさしさと強さ、そして――

「駄目だよ、詩音。

そこにいるやつが言ったろ。俺は君の守り人だって』

「その守り人というのは分かりませんが、この人数を相手になんて……」

 ――命をかけて守るべき人だと確信できた笑みであった。

 今の自分の現状よりも他人の心配をする。それはおろかな行為かもしれない。しかし、その愚かさ故に晶は愛する。

「大丈夫だよ。

なあ、詩音。昔言ったよな。日本には侍や忍者がいるって」

 時計を握り締めた瞬間、マントが、黒いマントが現れる。

「あれは半分嘘で半分本当のことなんだぜ。侍はいるかいないかは知らないけど――」

 晶が黒いマントを羽織る。

「――忍者はいるんだぜ。今もなお、その力を引き継ぎながらね」

 その瞬間、晶は――ショウ。

 滝川晶のもうひとつの名前。忍名(しのびな)、翔となった。





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