紅き力と白銀の心 
第五話 飛翔する力
作:木村征人



 血のようににごった紅い瞳に夜闇を吸い込んだかのようなどす黒マント。その異様な姿はまるでヴァンパイアを連想させた。

 彼が纏う(まとう)雰囲気もまた、異様であった。闘気でも殺気でもない、ある種の結界とでも言うのだろうか、絶対触れてはならない領域、翔はそれを作り出していた。

 しかし相手はたった一人。こちらは約百人。圧倒的な数の差であった。そう考えてるとこの姿もただのはったりに見えてくる。それが間違いだった。

 取り巻く男の一人が、翔に近づく。

 ブワッ

その瞬間、男が飛翔した。そして地面に、数度バウンドしてそのまま動かなくなった。男たちが一瞬何が起こったのか理解できなかった。

変化があったのは、翔が一歩進んだのと、ただ右手を突き出していたことだけ。

男たちは理解した。すべては翔の力だと。そして翔は文字通りやってのけたのだと。

そう翔は軽く押しただけ。男を『本当に』突き飛ばしたのだと言うことを。

理不尽すぎた、あまりにも理不尽すぎる力に誰もが動けなかった。

「どうした? その男を殺さないと代わりに君たちを殺すよ」

 ――詩音を化け物と言った――少年がにこやかに笑いながら言う。しかし溢れ出す殺気がそれを真実だと告げている。少年と翔のどちらかが恐怖を与えるとすれば少年のほうであった。数十人の男たちが、少年に与えられた傷がずきずきとうめき声を上げる。

 そして男たちは翔に標的に定めた。四人が翔に襲い掛かる。一人は鉄パイプを携えていた。

 翔は右手から降り注ぐ鉄パイプを片手で掴み、もう一方の手で男を吹き飛ばす。そして正面の二人には、回し蹴りでまとめて吹き飛ばす。最後の一人は鉄パイプを投げ飛ばしてぶつける。

 そして翔は四歩進んだ。その奇妙な行動に一早く気づいたのは少年であった。

「なるほどね、そういうことか。ここにいる全員を倒すとちょうど僕のところに来るね」

 翔は何もしゃべらない。ただ赤い瞳がよどみを混ぜて見つめていた。

 この時、男達は知った。自分達はあってはいけない人間と出会ってしまったと、自分達もまた巻き込まれたのだと。しかしすべては手遅れであった。

 

 

 ドウッ!!

 二人のハイキックが破裂する。ただ身長差があるため翔の蹴りは少年の頭。少年の蹴りは胸元であったが。両者とも難なく防ぎ、再び構えを取る。

 翔の背後にはここにいた男、全員が倒れていた。すべて翔が倒してしまったのだ。うめき声を上げていることから、死んではないらしい。

「この僕、理亜禰(りあね)の蹴りを防ぐとはさすがに呪われし忌み子、そして化け物の守護者といったところだね」

 少年、理亜禰は笑みを浮かべる。対して翔は無表情であった。が、怒りを押さえ込んでいるようにも見える。

 その瞬間。翔のこぶしが消える。

「がはっ……」

 理亜禰の腹部に翔のこぶしが食らいつく。

 体重差のため軽々と吹き飛ぶ。理亜禰が壁に激突する。翔は即座に追いかけ、回し蹴りで即頭部を蹴り上げる。なんとか理亜禰は腕で防ぐがさらに吹き飛ぶ。

 その姿に詩音は驚愕する。先程までの不良相手に戦う姿にも驚いたが、今の姿は完全に違う。翔の姿は子供を虐待している姿でしかなかった。

 翔がさらに叩き込もうとする瞬間、理亜禰のこぶしがきらりと光る。

 ギラリと輝く銀色の光、刃であった。翔が追撃するのを見越してカウンター狙いで剣を突き上げる。翔はそれを眼前までひきつける。首をかしげ、紙一重で剣をよける。

 翔の頬に赤い筋が入る。その瞬間パァと血しぶきが飛ぶ。

 翔は剣を完全によけていた。それにもかかわらず頬を斬られた。

「わずかとはいえ、ソニックブーム(衝撃波)を作り出すか。なるほど確かに厄介だな」

 そう言いながら血をぬぐう。切れ味が鋭いだけにすぐに血が止まる。

 確かに翔はかすり傷程度だが、もし首にソニックブームが当たっていれば確実に頚動脈を斬られ絶命していただろう。

翔ももちろんその可能性には気づいていただろうが、微塵も気にしてはいない。

「だがその程度で詩音を、そして俺を殺そうだとは自信過剰もいいとこだな」

翔は身を翻して剣をかわす。背後にあった鋼鉄製の箱が真っ二つに割れる。さらに理亜禰は剣を次々と斬りつけるが、さらに翔は避ける。もちろんソニックブームが当たらないように大きく避けている。

詩音はその光景から目を離せなかった。この異常な、異様な光景に目が離せなかった。今まさに自分が望んだ世界があった。

今、翔は利亜禰の剣を避けている。だが一歩間違えればあるのは死だけだ。これ程までに生と死が隣り合わせな世界が目の前に起こる。

そう詩音は今まで本の世界にあこがれていた。時には、本の世界に入りたいとも思っていた。だが憧れていた世界はこれほどまでに、残酷で生々しくてこれ程までにも自分を突き放している。

 それなのにどうしてこれ程までに引き付けられるのだろう。どうして、どうして――

 

 ドウシテコレホドマデニウツクシイノダロウ

 

 詩音はその考えに驚きを覚えた。そして今のは夢想だと必死で振り払った。今は翔の――晶の心配をしよう。そう決めた。

 翔は軽々とよける。だけど、妙な感じを受けていた。剣の攻撃は避けられるのだと、理亜禰も分かっているはずだ。だが、フェイントもほかの策を講じる訳でもない。

さらに翔が避けようとする瞬間、引っ張られるような感覚を覚える。

「なに!」

 翔は始めて驚きの声を上げる。

「この剣はこういう使い方も出来るんだよ」

 理亜禰が笑みを浮かべる。

風が、剣によって起きたソニックブームが小さな渦を起こし、左手首、右足首、胴体へとまるで蛇のように巻きついていた。

「これでさよならだよ」

 理亜禰が剣を振り下ろす瞬間、翔は後ろ腰に右手を入れる。いつも上着に隠れていたが、ベルトにあるものをはさんでいた。それを抜き去り、くるくると回転させる。遠心力によってそれはあるべき姿を取り戻す。

 ガキィンと言う金属音をかき鳴らす。

「なっ!」

 詩音と理亜禰が同時に声を上げる。剣を受け止めたのは木刀であった。三つに分かれる携帯用の木刀であった。いや、正しくは木刀ではない。淡い光が木刀を包んでいる。それが受け止めていた。

 剣を受け止めたまま両者が止まる。剣を受け止めた木刀越しに、翔の赤い瞳が殺気に輝く。

 風きり音すら起こさず翔が木刀を振り落とす。

「う、うわ!」

 理亜禰が必死で受け止める。

 翔の高速の剣は常人には見ることすら出来ないだろう。無論、詩音にも今なにが起こっているかなど、わかるはずがない。だが翔の姿に詩音は確実に恐怖を刻み込んでいく。

 必死で理亜禰は剣で受け止める。だが、翔の斬撃はさらに加速し剣はひびが入る。そして『パキィン』と乾いた音を立てて剣は折れてしまった。

「そ、そんな……くそ、みんながいれば……お前なんかに!」

 翔はその言葉にきょとんとする。そして思いついたように、ぽんと手包みを打った。

「もしかしておまえあの四人の仲間か? なるほどね、どうりで一人少ないと思った」

「ま、まさか。みんなと戦ったのか!」

「やっぱりそうか。あいつらなら今頃病院の世話になっているぞ」

 その言葉にショックを受け理亜禰は座り込んでしまう。そのまま理亜禰歯立てなくなる。

 切っ先を理亜禰に向けたまま、翔は口をパクパクと動かす。読唇術を使えという合図であった。

 読唇術とは唇の動きだけで、その言葉を読み取るである。ある程度熟練されれば会話も出来るようになる。

 これから翔と理亜禰の会話は詩音に聞かれたくないことを話すことになると言うことは既に予想していた。

『驚くのはまだ早い。俺はまだ本気を出していない』

 翔の手のひらが赤く燃える。

『で、伝説の力……』」

『お前らには伝説の力でも俺たちにとっては初歩でしかない。俺のような下っ端、下忍でもな』

『なっ!』

 翔はうそをついていた。確かに翔の故郷では翔を越える人間は何人もいる。しかし下っ端の力では詩音は守れない。だからこそ翔は幼少から鍛えられていた。より鋭い剣となる力を。

 そして翔より強いものに任せることはなかった。翔でなければならない。翔が守らなければならない。翔以外のものに任せるということは、運命というものをひどく安く見ていることに他ならなかった。

『お前らが詩音を襲うことにお前らの里の長老に反対されなかったのは、この俺でもお前らを止められると判断したんだろうな』

 フッと薄く笑みを浮かべる。

翔は又もうそをついていた。

その名のとおり長老とは翔たち、それぞれ忍びの一族では統治する存在としている。

その長老が止めなかったのは、翔に敗れると思ったのか、詩音を、つまり化け物と呼ばれるものを倒せると思ったのかは翔自身も当然分からない。

だが、翔の言ったことは真実となる。なぜなら長老が理亜禰で倒せると思っていたなら、詩音を守る存在、翔ごときに負けるということは自分の目がどれだけ節穴だったかを露呈することになる。そうなれば長老の立場は失墜する。そんな愚かなことはするわけがないと踏んでいた。

『それほどの力があるのになぜお前たち一族はあの化け物を守ろうとする』

 理亜禰は詩音をにらみつける。その視線に気づいた詩音はびくっと身体をふるあわせるが、それを睨み返す。

『まだ分からないのか? 倒せないんだよ、俺たちの一族でもな。だからあいつを生かし続けるんだ』

 理亜禰は自分の甘さを思い知った。だが、次の瞬間翔をにらみつける。

『どうしてそうまでする必要がある?

 好きなんだろ。愛しているんだったらなぜこんな生き地獄を味あわせようとさせるんだ。何も知らないで死んだほうがずっとましだと思えることだってあるはずなのに』

 その言葉を聞いて、翔は理亜禰に向けていた木刀をおろす。詩音を横目でちらりと見る。

『確かにな、これは俺のエゴだ。だけどこのエゴに俺は命をかけている。詩音が救われるならこの俺の命を使うことすら覚悟している』

『シオンか……だけど、そのシオンが自ら絶望し生きることを辞めようとしたらどうするつもりだ?』

『殺すよ……俺はその為にでもいるんだ。俺は詩音を守り、そして殺す存在だ』

『……そうか。僕はもう関わらないよ。どうやっても君には勝てないだろうから』

 理亜禰は軽くため息をついた。

「君は優しすぎるし、純粋すぎる。とてもじゃないけど忍びには向いていないよ。

 何もかも当然のように受け入れすぎる。だからこそ君はいるんだろうけど……」

 既に理亜禰は読唇術をやめて何事もなかったように立ち上がった。もともとダメージなど受けていないから当然だが。

「そろそろ僕を殺したらどうだい?」

 既に理亜禰は舞台から退場するべき人間。死の覚悟は出来ていた。

 翔は無言で木刀を振り上げた。

 が、木刀を折りたたみ再び後ろ腰のベルトに取り付けた。

「やめた。詩音が悲しむから殺さない」

「へ?」

 翔の言葉に理亜禰は思わず間の抜けた声を上げる。

「詩音が自分のせいで死人が出れば間違いなくあいつは自分を責めるからな。それだけは避けたい」

 黒いマントをはずし、一度マントをひるがえす。するとマントは消え無骨な時計が現れる。

 理亜禰は翔の意図が理解できなかった。簡単に殺すと言えば、詩音が悲しむから、再び襲うかもしれない自分を見逃すとも言っている。完全に支離滅裂していた。

「詩音には強くなってもらわないと困るからな」

 自嘲気味に小さくつぶやいた翔の言葉で理亜禰はすべて合点がいった。

「さっさと帰りな。自分の身の程を知ることが出来ただけでも上等だろう」

 かなりいやみな言い草だが、理亜禰は何も言い返さなかった。そのまま利亜禰の姿が消える。

 利亜禰の気配が完全に消えたのを確認した後、詩音の傍でひざを突く。

「安心しろ。もう大丈夫だ」

 翔がそう言うと詩音はとろんとした目つきになる。

「もう終わったんですか……」

 その言葉に翔はうなずく。

 緊張の糸が切れたのだろうガクンと前のめりに倒れこむところを翔が支えた。

「さて……詩音にどう話そうか……理亜禰より厄介なことになりそうだな」

 翔は詩音を抱き上げるとため息を突いた。





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