紅き力と白銀の心 第七話 ゴースト |
作:木村征人 |
十一月も終わり、秋が過ぎ去り冬の到来を告げるかのように風が皮膚をたたきつける。 晶と詩音、この二人はなぜか昼休みに屋上にいた。 「温泉?」 晶が信の言葉をおうむ返しに聞く。晶と詩音についてきたいつものメンバー。智也、唯笑、信、かおる、みなもであった。小夜美は今頃購買で戦争の真っ只中でおろおろしているだろう。 特に興味なさそうにパキンと翔と詩音が殻を割る。その光景を智也たちはうらやましそうに見る。 「うぅぅぅぅ」 智也は苦労してやっと手に入れたパンと晶と詩音の昼食を交互に見つめうめく。このクソ寒い中で暖かな鍋をつつく二人。しかもカニ鍋ときている。なんだか自分がとっても惨めに感じる。 その視線を感じたのか五つの紙の皿と割り箸、そしておまけにカニ用スプーンを取り出す。 「食べる?」 そう言ってみんなに手渡し、新しいカニを鍋の中に入れた。用意周到と言うより、既に予想していたのだろう。二人で食べるには多すぎる量だった。 「まったく四時間目の途中からいないと思ったら……これの準備をしていたんだな」 智也はぶつぶつと言いながらもカニを口に運ぶ。 「鍋って何気に奥が深いからな、そのうち闇鍋なるものも挑戦しようと思う。なんかすごいものらしいしな」 「それは……」 「さすがに……」 「やめといたほうが……」 「いいと思う」 智也、信、唯笑、かおるが絶妙なタイミングで言葉をつなげる。みなもも苦笑いを浮かべる。詩音はきょとんとしている。晶同様、闇鍋と言うものが良くわかっていないらしい。 「父が十杯もカニを送ってきたんです」 闇鍋云々はともかく晶と詩音はカニ鍋の経緯を話した。 「で、俺がそれを調理した。さすがに生はやめたが焼きと蒸しは昨日したからな。詩音の親戚は今晩鍋のようだしね。晩は外に食って、昼飯に鍋にしようかと詩音に話してね」 既に晶と詩音が同居していることは話している――晶は同棲と言おうとしたがぶん殴られた――詩音が告白した時みんなが「知ってるよー」と言われた時、詩音はぽかんとほうけた顔をした。結局、詩音がひた隠しにしようとしたが意味がなかったことに頭を抱えた。ちなみに学校側から何もいわなかったと言うことは晶が裏で何かしていたのだろう。 「それはともかく温泉と言うのは?」 晶がかばんの中から冷や飯を取り出し、カニ雑炊の準備に取り掛かる。 「これを見てくれ!」 ババーンと言う効果音が出そうなほど勢いよく取り出したよれよれのチラシをみんなに見せた。晶がしげしげとチラシを見つめる。 「えーと、お一人様一泊激安価格でお泊りできます……えらく汚いチラシだな……」 確かにこの値段は安かった。怪しいくらいに。 だしがご飯の下々になるまで空の水筒の中にいれる。 「いや、昨日部屋の片付けしてたら、本の中にこのチラシが挟まってた」 「どうやったら部屋の片づけで本の中から見つけることが出来るんだ?」 晶が出来上がったかに雑炊を紙茶碗についでいく。 「あー、分かるよ。唯笑もねー、よく部屋を片付けてる時に昔読んだ本が出てくると読んじゃうよねー」 仲間を得たという感じで唯笑が笑顔になる。 「お、分かってくれるか、唯笑ちゃん!」 「もちろんだよ」 と言って拳をがっしりと握り締めあう。二人の友情はさらに深まったようだ。 みんなはさめた視線で眺める。 「で、今度の月曜は休みだから土曜に行って、二泊三日くらいでみんなで泊まろうかなと思ってさ。あ、既に小夜美さんからはOKもらってるから」 既に着々と準備は進んでいた。 「それはいいけど行く前日って確か実力試験があるだけど。そっちのほうは大丈夫なのか?」 晶の言葉に、詩音とみなも意外がズーンと気分を重くする。 詩音とみなもは普段から努力するタイプである。成績も十分上位を狙える。 晶はそういうタイプではないが、英語は詩音とともに外国を周っていたおかげで問題なし。 理数系は、魔法を使う晶にとって高校生が一桁の足し算をするようなものである。 たとえば炎を発現させるのにたとえ魔力を使ったとしても、火種なし、燃えるエネルギーなしで炎を発現、維持させると言う常識を覆させるようなことを作り出すことがどれだけの知識量と記憶量を必要とするかは分かるだろう。 他の教科も、ただ記憶すれば良いだけ。日本には天才が少ないと言われているが、案外こういうところですり減らしているのかもしれない。 実際忍びで魔法を扱えるものは年々減少している。並外れた才能を持たなくてはならないのはもちろんだが、魔法の威力を高める訓練よりも一つの技、たとえば剣技とかを訓練をするほうが何倍も要領がいい。 だが晶たちのように魔法に固執している一族も少なからずいる。魔法のみしか攻撃を加えられない存在がいるためである。 幽霊、物の怪。いわゆる化け物と呼ばれる存在である。魔法は悪霊にはもっとも有効である。ついでに言うなら、悪霊の退治料は結構いい金になる。晶もバイト代わりに学校サボって祓い師の真似事みたいなことをやってる。おかげで晶は詩音の三年分の本と紅茶代になるほどの金を貯めこんでいる。間違っても今いるメンバーには言えないが。色々な意味で。 「そ、それはともかく予約しなくてもいいのか? 連休中ならいっぱいになっているだろ」 何とかダメージから回復した智也が、割り箸や紙皿を晶があらかじめ持ってきていたゴミ袋に放り込む。さすがに晶も鍋の後に紅茶を出す気はないらしく、みなに陶器の湯飲みを差し出し緑茶を注ぐ。もっとも詩音はいつもどおり紅茶だったが。 「そこら辺は抜かりない。周囲にどっかんどっかんホテルが建ったせいで一部の高級旅館以外は閑古鳥が鳴いているそうだから」 Vサインをみんなの前に差し出して、最高の笑みを浮かべる。もしかしたら何かたくらんでいるのかもしれない。 「うわっ! なにそれ!」 唯笑がいきなり話をさえぎって晶を指差した。 晶はペットボトルに入った赤とも黒とも緑とも言えない液状のものを飲んでいた。 「ん。野菜を色々ミキサーで混ぜたんだ。お前らも飲む?」 晶の言葉にみんなが一斉に首を横に振る。 「栄養あるのに……」 少しみんなの反応が不満だったのか、ぶつぶつと文句を言っていた。 「とにかくだ! みんなも異論はないよな?」 信の言葉に今度は一斉に首を立てに振る。 実力テストではほとんどの人間が死んでいたものの、滞りなく過ぎて旅行当日。 目覚ましが鳴る前にゆっくりと身体を起こす。伸びをするのでもあくびをするのでもなくまるで機械のようにベッドから起きる。物心ついた頃から鍛錬され続けた晶らしい起き方であった。二つドア向こうの詩音の寝室のドアをノックするが反応はない。かすかな寝息が聞こえる。当然であろう。待ち合わせ時間までまだ三時間弱ある。 晶は扉を少し開けて用意していたものをドアの隙間から放り込む。 「フム……」 と納得してから階段を下りていく。キッチンで軽くパンと紅茶を作る。テレビをつけながらソファーに座る。あまり景気のよくない画面を見ながらパンを口に挟む。 「そろそろだな……」 そう言って紅茶を一口飲む。 ズゥムムムムムムムム!! 「あきゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」 大きな爆音と間抜けな叫び声。爆音に驚いたかのように窓ガラスがビリビリと震える。 その直後『ドタタタタ!』大きな足音が廊下から響く。勢いよくドアが開く。 目が釣りあがげて晶をにらみつけている詩音が現れた。やたらと乙女チックなピンク色のパジャマを着ていたのだろうが、今はススだらけで見る影もない。 「やあ、おはよう詩音」 詩音の怒りの混じった視線を腹が立つぐらいにさわやかな笑みで返す晶。 「おはようじゃありません! いきなりなんてことをするんですか! なんか嫌がせがパワーアップしてませんか」 『ズビシ』と晶に向かって詩音が指差す。 「さぁ、どうだろうな。とりあえずその丁寧語だか、詩音語だかを直した方がいいと思うが」 素知らぬ顔で晶が紅茶を飲む。 「何ですか、その詩音語というのは」 晶の言葉に詩音がうめく。 「お前が母親に憧れるのは分かるけどね。確かにおばさんはきれいで物腰穏やだったけど、たまに豪快なボケをかます人だったからなぁ」 晶が思い出したように笑う。 「だから、そういうことを言わないでくださーい!」 詩音が叫ぶ、それをまた面白そうに見る晶。 詩音は信仰に近いぐらいに母親に憧れている。その為、嘘か真か晶は母親のことについて幻想をぶち壊すことを言い出す。 その反応は晶を楽しませるだけであったが、詩音本人にとってはたまったものではない。 詩音と入れ替わるように晶はリビングを出て自室に戻る。まだ集合時間まで時間があるまでそれまで時間をつぶすつもりなのだろう。 詩音も朝食を済ませた後、読書に没頭している。 そして晶は自分の部屋で刃物をといていた。刃物といっても剣ではなく、包丁である。その様ははっきり言ってしまえば怖かった。つい最近、詩音がこの風景を目撃して恐怖のあまりぶっ倒れてしまった。 とにかく詩音の読書同様、時間を忘れさせる。つまり二人同時にそんなことをしていれば―― 詩音の携帯が鳴る。詩音は本を閉じて電話に出ると、 『何してるのー? もう電車出ちゃうわよ』 少しくぐもった声の小夜美の声がする。詩音は少し小首をかしげる。 「え……ああ!」 詩音が時計を見てぎょっとする。とっくに集合時間を過ぎていた。 「あ、晶さぁぁぁぁん!」 その悲痛な呼び声に晶が降りてくる。丁度研いでいた出刃包丁と共にやってきた為思わず卒倒しそうになるのを何とかこらえる。 「どうしたんだ……」 「じ、時間……」 詩音が時計を指差すと晶は少し思案した後、 「要するに詩音は遅刻したと……」 「あ、晶さんだって遅刻ですよ」 ――二人そろって遅刻する羽目になる。 『ふぅ、そんなことだと思ったわよ。大丈夫よ。応援呼んだから』 「応援?」 詩音が聞き返したと同時にまるで見計らったかのようにズギャギャギャとやたらと不気味なブレーキ音が鳴り響いた。 その音に何事かと晶と詩音は表に出る。そこには一台の車と二人の――髪が長く背が高い女性と髪を二つに分けた女の子が立っていた。顔立ちがよく似ているのはおそらく姉妹なのだろう。 「あ、かわいい」 晶の言葉に思わず詩音はむっとする。 『グッドタイミングみたいね』 事態がまったく理解できずに呆然としている詩音から、晶は携帯をひったくる。 「もしもし、小夜美さん。この展開はもしかして車で目的地まで送ってもらえということですか?」 『分かっているじゃない。それじゃあ静流に変わって』 「静流さん?」 その言葉を聞いて今度は晶から背の高い女性が携帯をひったくる。 「あ、もしもし小夜美? OK任せといて。場所は前にほたるといったことがあるから」 そう言って携帯を勝手に切った。背の高い女性、おそらく静流は詩音に携帯を手渡す。 「晶君と詩音ちゃんだったわね。私が責任持って目的地まで送り届けてあげるわ。自己紹介が遅れたけど、私は白河静流。そしてこっちは妹の」 「白河ほたる。よろしくね」 そう言ってほたるは晶を覗き込む。間違いなくかわいい部類に入るほたるが視界いっぱいに映り思わず晶はドキリとする。 「本当だ! 瞳が紅いねー」 そう言って物珍しそうに晶の顔を、正確には瞳だがまじまじと見つめる。 「あ、あの。早く行かないと間に合わなくなるんじゃ……」 どぎまぎしながら晶の言葉にほたるの姿を眺めていた静流はポンと手包みをうつ。 「そうね。小夜美に負けてられないわね」 その言葉に晶と詩音は微妙に不安を覚える。とにかく昨晩準備していた荷物をトランクに突っ込み。後部座席に乗り込む。もちろん運転は静流で助手席にほたるが座っている。 「晶さん……」 「どうした?」 「先ほどのブレーキ音と言い、言葉といい。なんとなく嫌な予感がするんですけど」 「奇遇だな。俺もだ」 そんな言葉など前に座っている姉妹には聞こえるはずもなく。 「ゴーゴーゴー♪」 ほたるのご機嫌な声が嫌な予感を増大させる。 そして――予感は嫌なくらいに当たっていた。 その少し前、遅刻することなく電車に乗り込んでいた。智也、唯笑、信、かおる、みなも、そして白河姉妹を手配した小夜美、晶たちの未来を知らずにのんきに楽しんでいた。 「静流が二人ともちゃんと目的地に送ってくれてるわ」 小夜美が笑顔で言う。そもそも集合時間十分前に二人が来なかった時点で小夜美は遅刻することがなんとなく予想ついていた。二人とも律儀に時間を守るタイプで三十分くらい余裕をもってやって来る。 念の為にと静流に電話して迎えにいってもらうように頼んでいた。その予想が見事的中したことを四人に自慢していた。 「とにかく良かったねー。二人とも来なかったらどうしようかと思ったよねー」 唯笑がほっとした胸をなでおろす。こういうみんなでの旅行は一人でも欠ければ楽しくなくなる。そういうことは唯笑もよく知っている。そして智也も。 「ま、こっちはこっちでのんびりやりましょ。向こうもそうだろうしね」 そう言って小夜美はウインクした。 再び、晶と詩音は……静流の運転する暴走車で地獄を体験していた。 晶は顔を引きつり、詩音は固まっている。白河姉妹は終始笑顔だった。奇跡的に警察は一向に来る気配はない。 「奇跡って起こって欲しくないときに起こるから奇跡って言うんだな」 少し前、信から借りたゲームで出てきた台詞を晶は思い出していた。これが走馬灯と言う奴なのだろうか。だとしたらひどく情けないものだろう。 「わぁぁぁぁぁぁぁあ! 赤!赤!」 晶が信号を指差して叫ぶ。 五十メートル先で信号が黄色から赤に変わろうとしている。だが、スピードを緩めるどころか、ますますスピードが上がっている。 「大丈夫間に合う!」 静流は笑みを、いや邪笑を浮かべて言う。 「間に合うか! ぼけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 晶が珍しく暴言を吐く。最も気を使う余裕など既にないのだろうが。 既に信号は赤、横切る自動車の中へ特攻する。 ギィアァァァァァとタイヤが悲鳴を上げる。静流の運転する車が左右へとぶれながら、車間の間を通り抜ける。すばらしいドライビングテクニックであった。それはもうたまたま車がぶれて通り抜けたのではないだろうかと思うくらいに。 「ほぅら、大丈夫だったじゃない♪」 静流の言葉に晶は何も言わなかった。いや、言えなかった。口から魂が抜け出ていた。 「うわぁ、エクトプラズムなんて初めて見た」 どうやらほたるには晶の魂が見えているらしかった。 そして智也組はのん気にトランプをしていた。日差しが心地よく、今が冬だと忘れさせるぐらいに、程よく暖房が効いている。さらに加えて電車がゆりかごのように揺れて眠気を誘う。 「のどかねぇ……」 かおるが素直に言葉に出す。 「こんなにのどかだと眠たくなっちゃうわねぇ」 ふわぁぁぁと小夜美があくびする。 「あはは、小夜美さんたらぁ」 などと、わざとらしい会話を交わす。 「ぐぅぐぅぐう」 晶は額にびっしりと汗をかきながら、わざとらしい寝息を立てていた。 「寝たふりで現実逃避をしないでくださいぃぃぃぃぃ」 ようやく硬直から解けた詩音が叫ぶ。 「あははははははははははははははははは」 静流とほたるの笑い声が車内に、詩音の頭へと響く。 詩音の視界がぐるぐるとゆがむ。 「ぐぅぐぅぐぅ」 頭を抱えて悶絶している詩音を見ることもなく、晶はひたすら寝たふりを続けた。早くこの悪夢が過ぎるのを必死で祈りながら。 ようやく目的地に着き、駅から出た智也たちが見たものは、 「えっと、これはどういうことかしら……」 ぶっ倒れている晶と詩音だった。静流たちは晶たちを降ろした後、さっさと何処かへ行ってしまった。まだドライヴを続ける気でいるらしい。 「よ、よお。遅かったな」 かばんを枕代わりにしながら晶は手をふった。ちなみに詩音はとっくの昔に車内で気絶していた。 静流はのん気に「寝てしまったの?」と聞いてきたが、晶はとりあえず無視した。 「やたらと早かったわね。はぁ、賭けは私の負けか……今度静流に何かおごらないとね」 心底残念そうな顔している。 こ、この人はぁぁぁぁぁ…… 翔が怒りで拳を握り締めるていると、詩音はゾンビのようにゆら〜と立ち上がり…… 「ふんぬ・ぬ・ぬ・ぬぬぬぬぬぬ」 小夜美の首を絞め始めた。 「さて、さっさと宿に行こうか」 晶は信の背中を押してその場を離れようとする。 「おい、小夜美さんを見捨てていく気か?」 そう言って、智也が晶の肩を掴む。晶が振り返ると、詩音の指に力が加わり、パタパタと小夜美が手をふる。助けを求む目で晶を見るがわれ関せずと視線をはずす。 「いや、あのままいると俺が小夜美さんに止めさしてしまいそうだし」 「何があったか知らんが、本気で小夜美さんを死ぬぞ」 智也の言うとおり、小夜美の顔色が土色へと変色していく。 「しょうがないな……ほら、詩音行くぞ。宿で身体を休めようぜ」 晶は詩音の襟首を掴んで引っ張っていく。 「何か詩音ちゃん猫みたいだねー」 唯笑の言葉を聞いて『一番猫っぽい奴が何を言う!』と智也が突っ込んだ。 そして一向は温泉街を――通り抜ける。 「さっ、ついたぞここだ」 信が言った温泉宿は、温泉街から遠く離れた山奥。確かに宿らしきものはあるのだが。 「こういうさびれた温泉宿というのもなかなかいいだろ?」 さびれたと言うより、崩れたというほうがぴったり来る。 「うー。温泉料理期待してたのにな……」 唯笑が不満を漏らしていると、 「いらっしゃいませぇぇぇぇ」 ヌォォォと老夫婦がいきなり現れた。 「どわわわわわわわわわわ」 驚いた信が叫び声を上げる。唯笑は思わずとも矢の後ろに隠れる。 「あの、今晩宿をお願いしたいんですが」 さすが年の功だろう小夜美が先頭にたった。 「部屋は空いてますんで、どうぞ」 老夫婦に促されて宿の中へと入ると、よほどはやっていないんだろう部屋は空いているどころかまったく客は入っていなかった。 男組みと女組みで部屋を別れた後、智也は信に恨みがましい視線を向ける。 「信、おまえなぁぁぁぁぁぁ」 智也のにらみに信はそっぽ向いていた。さすがにここまでひどい宿とは思わなかったのだからしょうがない。 畳張りの純和風なつくり、戦後まもなくに発売されたような無骨なテレビ。窓からは生い茂った森林のにおいが流れ込んでくるのだが…… 畳を軽く手ではたく、一体いつから掃除していないだろうもうもうとホコリが部屋を覆いつくす。温泉のほうも同様にほこりとかびまみれで入る気になれなかった。 「この分じゃ飯のほうも期待できそうにないな。唯笑がいじけるだろうな」 ホコリが舞う部屋を見つめながら智也がつぶやいた。 しかし夕食は以外にもそこそこおいしかった。 ややこしく調理しているせいか、晶にもなんの食材か判断できなかったが、とにかくおいしかった。みんな笑顔で食べていたが、晶だけは終始疑問符を浮かべていた。 その後、女性陣は私服のままだったが、男は浴衣に着替え温泉街へと繰り出した。 「紅茶の葉は売ってないですか?」 「さすがに売ってないだろう。緑茶の葉で我慢しとけ。帰ったら俺が入れてやる」 「はあ。でも、晶さんのお茶はあまりおいしくなかったんですけど、大丈夫なんでしょうか?」 「智ちゃ〜ん、あれ撃ち落してー」 「げっ、無理だ。あんなでかい猫がコルク銃で倒すのはいくらなんでも無理だろう」 「取って取って取って取って!」 「やかましい!」 そういう感じで各々楽しんでいると、いきなり小夜美とみなもが気分が悪いと宿へ帰り、智也たちも体がだるいと言い出し、気づけば晶と詩音だけとなった。 晶と詩音はみやげ物で親戚や知り合いようのお土産を買っていた。晶は明日でいいと言ったのだが、こういう所が珍しい詩音は今買うと言い出して聞かなかったのだが。 「心配ですから先戻ってますね」 大量に買った土産を晶に手渡した後、急いで詩音は宿へと向かっていった。 「お、おい。……これ、俺が金を出すのか?」 手の上にのしかかっている積み重ねられた温泉饅頭を見つめ呆然とつぶやいた。 詩音が宿へ戻ると不自然感じを受けた。先ほどよりもずっと宿がさびれているように思えた。いや壁が完全に崩れており、もはや廃屋としかいいようがなかった。何故気づかなかったのだろう。自分たちが来た時から既に廃屋になっていたはずなのに。 「来たね……」 宿にいた老夫婦の声がする。その足元には先に戻っていた智也たちが横たわっていた。 「ふぅ、やっと順番が周ってきた」 晶はどさっとレジに温泉饅頭七段をドサリと置いた。レジにいた女性は晶の紅い瞳に一瞬驚いたが、すぐに気を取り直して会計を始めた。晶もそういう反応に慣れていて特に気にしなかった。 「どこに泊まっているの?」 「山奥の温泉宿だよ。やたらと寂れていて、老夫婦がいるんだけど……」 晶が財布からの金を取り出しながら言った。その言葉に女性は不思議そうな顔をする。 「変ね……そこは二年前火事で焼けたはずだけど……老夫婦と一緒にね……」 その言葉で晶は今までの違和感に気づき、温泉饅頭を置いたまま金だけ払って店を飛び出した。 第八話へ |
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