紅き力と白銀の心
木村征人



第八話 魔法


 一筋の光も断ち切られる闇の中。後ろには温泉街の光が闇を切り裂いている。まるで完全な別世界へ紛れ込んだようにも感じる。
 黒くひずむ暗闇の中に翔はいた。黒いマントが身体を包み込んでいるせいで生首が浮いているようにも見える。はたと気づいて温泉街のほうへ振り向く。金だけ渡してみやげ物をおきぱっなしだった。まぁ、赤い目のおかげで印象に残っているはずだし後で行けばもらえるだろう。そう、気を取り直して足場の悪い道をゆっくりと進む。
 何か気づいたように一本の大木に近づく。虚空から腕が生える。翔が腕を伸ばしたのだ。
 大木に張り付いた紙をはがす。紙には複雑に絡み合った文字が書かれてあった。見ようによっては絵にも見える。
「ラ・セイラゲイド。我、惑わすもの、か。この呪符のせいで俺まで幻術にはまっちまったか」
 翔の手にあった紙が一瞬にして燃え尽きる。

 薄汚れた家屋の中。目の前にいる老夫婦が、ゆっくりと詩音に近づく。ずるずると足を引きずりながら近づく。
 詩音は逃げ出そうとしたが動けなかった。恐怖を感じていたのは確かだが、そのせいで動けなかったわけではない。金縛りであった。
「あ、あなたたちは一体……」
 思わず声が裏返る。心臓の音が自分の耳に響く。まるで自分の命を守ろうとするかのように。
「足りぬ……」
 老夫婦の声が重なる。体がぐじゅぐじゅと溶けていく。皮膚が流れ落ち、顔の半分が茶色く変色した骨が見える。
「身体を手に入れるには……」
 横たわっている智也の口から霧状のものが流れ出る。それが焼け爛れた皮膚がまるでビデオの巻き戻しのように焼け爛れた皮膚が瞬時に回復していく。
 詩音は目を見張る。その時初めて知った。目の前にいるのは死体なのだと……死体の姿をしたゴーストなのだと。まるでホラー映画の一シーンの中に入り込んでしまったと錯覚してしまうほどあまりにもかけ離れた姿であった。
 元に戻った腕が詩音の首筋へと近づいていく。
「晶さん!」
 詩音の助けを呼ぶ声と同時に、『ギュン』と空気を切り裂く音が響く。
 紅いムチのようなものが、腕を切り裂く。
「ギュオォォォォ」
 叫び声とも悲鳴ともつかない声を上げる。
「詩音無事か?」
 いつか、どこかで見たようなデジャヴ。紅い瞳に黒いマント、そして下には浴衣。見ようによっては変態にも見える。
「あ、あの晶さん……」
「言うな!」
 詩音の言葉に間髪いれず否定する。
「その姿はあまりにも……」
「だから言うな!」
 ただでさえ私服の上から黒いマントを羽織っているだけで怪しいのに、今度は少し着崩れた浴衣と黒いマント、怪しさ倍増どころか、ただ不気味だけであった。
「しょうがないだろ。服はこっちに置きっぱなしだったんだからな」
 軽く咳払いをして、老夫婦だったもの、化け物二匹へと向き直した。
「すっかり騙されたな」
 翔や詩音は知る由もなかったがここは本当に老夫婦が旅館を経営していた。
二年前、ただでさえ流行っていないのに、近くにホテルが建ったせいで、誰も寄り付かなくなり、事故が放火かは分からないがここの旅館で火事が起きた。深夜と温泉街からかけ離れていたせいもあって気づいた時には二人とも焼死、旅館は奇跡的に半焼だったが、その不気味さも手伝って幽霊が出るといううわさが出始めた。そのうわさが見る見るうちに広がり、テレビの特番で霊媒師が除霊をここですることとなった。
この霊媒師はもちろんエセだったのだが、除霊用の札を近くの大木に貼り付けた。それをどこで手に入れたのか霊の能力と倍増させるだけでなく、まやかしの力を持つ札であった。
翔が構えを取る。
「まったく俺までだまされるとは思わなかった。悪いがとっとと片付けさせてもらう。説明しながらやってやるから、詩音よく見とけよ」
 翔がごきりと指を鳴らす。
「何をですか?」
 すでに詩音の緊張は取れていた。晶が来てくれたことと、晶の姿かたちに度肝を抜かれたせいなのだが。もっとも金縛りはいまだ解けずじまいだが。
「魔法だよ」
「魔法?」
 詩音がおうむ返しに聞く。実際、翔から話は聞いていたが、まだ見たことはなかった。そもそも、魔法が使えると言っていただけで先の戦いでは、一瞬炎が見えただけで手品としかいえないような代物だった。
「複雑な専門用語など言ってもわからんだろから簡単に説明する。俺の体がパソコンとする」
 晶が手のひらを上に向ける。
「魔力がソフトウェアとする。そして呪文がプログラミングの役割を果たして実行させる」
 手のひらのやや上が陽炎のように景色をゆがませる。
「プログラムを画面上に見せるがごとく、空間干渉を引き起こしその呪文によって様々な自然現象、物理現象を人為的に引き起こす」
 翔の発言させた炎の陽炎によってさらに景色がゆがむ。
「陽炎の刃同様――」
 陽炎の刃とは先程の化け物を切り裂いた紅いムチの様なもののことであった。あれも間違いなく魔法であった。
「――こういう風にな!」
 まるでロケット噴射のように膨大な炎が巻き起こす。
 熱風が詩音の髪をバタバタと揺り動かす。その凶悪な炎は家屋や智也たちと詩音、そして自分自身すらも炎に包まれているのに関わらず、炎が燃え移らないところからこれがただの炎でないことが分かる。
 燃えているのは――
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 化け物のみ。
「悪いが俺は化け物には容赦ないタチなんでね」
 翔が笑みを浮かべる。詩音に見えないように邪笑を浮かべる。
「火が、火が。ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい」
 化け物が炎に食われたのを確認すると、翔が軽く手をふる。
 すると、先ほどまで暴れていた炎が一瞬にして消える。
「と、とんでもない威力ですね」
 金縛りから解けた詩音が尻餅をつく。
「これでも五分の一程度に抑えている」
「五分の一ですか?」
「ああ、これ以上威力を上げるとやばい」
 詩音が不思議そうな顔をしている。
「言ったろ? 魔法はプログラムと一緒だって。下手するとバグが起こる可能性がある。ゲームのバグなら修正できるけど、さすがに魔法のバグだとね下手すりゃ死ぬ。
 さっきの魔法も智也君たちと詩音と家屋と俺を焼かずにさっきの化け物だけを焼くように複雑なプログラム処理を行ったんだからな」
「えーっと……」
 詩音が頭を抱えるのを見てこれ以上説明しても無駄と悟ったらしく翔はマントを腕時計に戻し、晶へと戻る。これも一種の魔法だろう。
「さてと……とりあえず智也たちを運ぼうか」
 晶は智也を肩で抱え、小夜美を背負い、詩音はみなもを背負う。
 温泉街まで降りると適当な旅館を探す。信の言うとおりホテルが建ったせいで、お客さんがあまりいないのか泊まるところはあっさり見つかった。
 みなもが友人の中で一番軽量とはいえ、歩きなれない山道でへろへろになっていた。仕方なく、晶は再び翔となって三人を運んだ。ただ、さすがに同時に四人はきつかったのか信を二回ほど落としたことを付け加えておく。
 二部屋、用意してもらい六人を布団の上に載せてやっと一息つく。
「まったく散々な旅行だな」
 ここの旅館の浴衣に着替え、お茶をすりながら言う。
「そうですね。でも幽霊ってホントにいたんですね。とりつかれなくて良かったと思った方がいいんでしょうね」
「安心しろ。幽霊が見えるなんてホントにまれだし、あの幽霊も地脈と札の相互作用で実体化したにすぎないからな」
「はぁ」
 よく意味は分からないがとりあえずうなずいている。
「それによっぽどの事がない限りお前みたいな人間には絶対取り付かん!」
「どうしてです?」
 詩音が聞き返した後、数秒の沈黙……
「我の強い人間にはまず見えない」
「ど、どういう意味ですか、それは!」
かなり傷ついたらしく声を荒げる。
「霊って言うのは情緒不安定の人間だったり、自我が固まっていない人間に取り付きやすいんだ。
ここにいる人間で取り付こうとするならまず間違いなくお前ははずされるな」
詩音はにらみつけているが何も言い返さない。やはりそれなりに自覚はあるのだろう。詩音は軽く咳払いしてして、
「それは分かりましたけど、霊っていまいちどういうものか分からないんですけど」
「いや、俺も良く分からん」
 あっさり言う晶の言葉に思わずこける。
「俺が思うにプラズマの一種なんじゃないかと思う。霊がプラズマだと唱える人も案外間違いじゃないかもな」
「どういうことです?」
「ほら、人間の思考は電気信号だろ? 恨みつらみが強い思考、つまり強力な電気が発生した形として現れるんだと思う。生きているうちだと電磁波だけが残って生霊として現れるんじゃないかな?
 まぁ、それだけじゃ解釈できないものもあるけどな」
 晶の言葉に不審そうな視線を向ける。
「ですけど、そんなわけの分からないものをよく相手にしても平気ですね」
「……慣れた」
 単刀直入の言葉にまた詩音はこけた。
 詩音はそこからなんとか立ち直り、ふとした疑問をぶつける。
「そういえば晶さん」
「何だ?」
「あの幽霊たちが出した食べ物ってなんだったんですか? 普通の料理を出したとは思えないのですが」
「安心しろ。別に毒ってわけでもないから」
 そう言って詩音に背中を向ける。
 毒じゃないんだけどね。忍びの非常食としてはよくあるものだし。でも、何を食べたか知ったら絶対卒倒するだろうな……
 汗を一筋たらして乾いた笑いを浮かべた。

 次の日の昼過ぎ。
 大きなあくびを一つ。見慣れない部屋に見慣れない天井。そして横には大きな口をあけている信と、食後の茶をすすっていた晶。
「やっと起きたな。残念だったなもう昼飯終わったぞ」
 智也は周囲を見渡す。心地よい畳のにおいがする。こざっぱりした上品な部屋。
「昨日の旅館じゃないよな。いくらなんでも」
 まるで夢でも見るようなボーっとしながら部屋を見回す。
「ああ、昨日の旅館は突然用事が出来て泊められなくなったんだとさ。代わりにここの旅館に泊まって欲しいって。宿代はそのままいいからってな。
 お前らはしゃぎすぎて疲れたんだろ。寝てるお前らをタクシーで運ぶのはちょっと辛かったぞ」
 詩音と旅館の人たちには口裏を合わせてもらっている。旅館のほうもこれで常連になって欲しいと思っているのだろう。
 かなり強引な物言いだが、とりあえず智也は納得したのか、信の頭を蹴飛ばして起こした。

 夕食までの時間をただ多情につぶす。することもないのでとりあえず智也が自動販売機でジュースを買っている。
「あれみなもちゃんどうしたの?」
 みなもが智也の前でもじもじしている。
「あ、あのね、みなもね。お兄ちゃんのことが大好きなの」
 智也の顔が思いっきり引きつっていた。

「智也さん喜んでくれなかったですー」
 晶と詩音をはじめ、唯笑、かおる、小夜美そしてみなもに智也のことを『お兄ちゃん』と呼べば喜ぶだろうと吹き込んだ信がいた。
 元々晶が智也が喜ぶものはなんだろうと信に聞いたのが始まりであった。
「うーん、智也は一人っ子だから、喜ぶと思ったんだがな」
「もしかしたら呼び方が悪かったかも」
「チェキとかですか?」
「いや、あれは上級者向けたからな」
「そうだな、一人二役演じなければならないし、探偵と怪盗のね」
 晶もどうやら信からいかがわしい知識を色々といただているらしい。
「分かる?」
 かおるが詩音のほうへ向いて聞く。詩音はただ首を横に振る。
「ツインテールつながりで、お兄様なんてどうだ?」
「いや、あれはむしろ詩音だろう」
「うーん、詩音ちゃんはむしろ兄君だろう」
 そう言って、二人が笑う。
「よく分からないんですが馬鹿にされてません?」
怒気をはらんだ詩音の言葉に二人が首を横にふる。
「まぁ、とにかくこれで方向性は決まったな」
「やはりこれしかないか」
 がっしと腕を組んで、笑みを浮かべる。

「おにいちゃまぁぁぁぁぁぁあ」
 みなもが叫びながら智也へと向かう。
「逃げよう……」
 冷や汗交じりで智也はつぶやいた。

「まったくあんなことはするもんじゃないぞ」
 夕食を食べ終わった後、晶と智也と信は温泉に身を沈めていた。乳白色のお湯がまるで疲れを吸い取ってくれるように感じる。
「うれしくなかった?」
 晶が率直に聞いてくる。智也は少し黙り、
「ま、まあ。それなりにな……」
 前髪をいじりながら照れたように言う。
「な、なあ。今気づいたんだが」
 信が扉を指差す。右側の扉の向こうは智也たちが浴衣を脱いだ脱衣所がある。そして、左側にも扉がある。
「と、智也君。ものすごく嫌な予感がしない?」
「あ、ああ。早く出た方がいいかもな」
 だが、時は既に遅く。左側の扉が開く。唯笑、かおる、みなも、小夜美が入ってきた。
 こういう場合は男が圧倒的に悪役に走る。覗くつもりがあってもなくても、たとえ先に入ったとしても、
「や、やあ」
 智也がぎこちなく手を上げる。
「と、智ちゃん。何でここにいるの」
「信、あんたって人は!」
「智也さん見そこないました」
「あんたたち二人で何してるの!」
 四人とも失意と怒りで二人をにらみつけていた。
「そ。それはって……え、二人?」
 智也と信は周囲を見渡すが晶の姿はない。智也がポカンと天井を見つめる。
 晶がゴキブリよろしく天井に張り付いていた。
 そして音もなく四人の後ろに着地して、出来るだけ愛想を振りまきながら、ウインクして手を合わせた後、浴場から脱出した。
「ああ、卑怯ものぉぉぉぉぉぉぉ」
「何、わけのわからない事言ってるの。それよりも覚悟は出来ているんでしょうね」
 小夜美は指を鳴らしながら智也と信をにらみつけていた。
 そして、二人を見捨てた晶は、旅館と温泉を結ぶ渡り木造の廊下、庭を丁度横切るように出来ている場所を歩いていた。
「ふぅ、危ないところだった」
「何が危なかったんですか?」
 浴衣を着ている詩音が丁度やってきた。
「三上さんたちと温泉に入りに行ったんじゃなかったんですか?」
「色々とあってな。詩音も今行かない方がいいぞ」
 そういって晶があさってのほうへ向く。
「はぁ……」
 詩音は今日何度目になる疑問符を浮かべた。
「詩音、見てみろよ。きれいな星空だぞ」
 晶は指差した。詩音も星空を眺める。
「本当、きれいですね」
「ああ、きれいだ……」
 星空をバックに空を見上げる詩音を眺めながら晶はつぶやいた。

 翌朝。
「結局智也君も信君も帰ってこなかったな。どわ!」
 廊下に出ると涙を流している智也と信が正座していた。
「裏切りものぉぉぉぉぉぉお!」
 叫びながら晶に掴みかかった。
 やたらとバタバタした温泉旅行はこうして幕を閉じた。

はずなのだが、晶と詩音は二人残されることになった。
 連休明けで当然なのだが、帰りの電車は満員御礼予約席のみ。もちろん小夜美はそんなことは予想していた。予約席、六人分。
「は?」
 それを聞いた時、晶は間の抜けた声を上げた。
「既に静流には連絡してるのよ、もう一度勝負を申し込んだからね」
 二人は文句は言いたかったが、何も言えなかった。確かに帰りの足がないため当然の選択だったが。二人分の予約席を取ってくれてもいいものだが、それももう遅い。はっきりいってしまえばそれを予想できなかった二人が悪いと言ってしまえばそれまでであった。
 どちらにしても晶と詩音は六人の背中を見送り、静流達が来るのを待っていた。
 詩音は頭を抱えていた。本気で抱えていた。多分、あっちの世界へ逝ってしまうだろう。戻って来れない位に。
 静流が車に乗ってやってきた。もちろんほたるも一緒であった。
「それじゃあ、超特急で帰りましょうか。って、あれ。もう一人の彼は?」
 気づくと晶の姿はない。詩音が晶の姿を探していると、旅館の従業員がコードレスの電話を持って現れた。
「白河静流様でしょうか?」
「ええ、そうだけど」
「お電話が入っております」
「私に? どういうことかしら。
 はい、もしもし……ああ、君ね。あ、そうなの。分かったわ。彼女にはそう伝えておくわ」
 電話を切って、従業員に返す。詩音を車に乗るように促す。
「さ、そろそろ出発するわよ」
「あ、でも。晶さんが」
「彼なら大丈夫。さっきの電話は晶君だっけ。別ルートで帰るから先に帰ってて――だって」
 詩音はそれを聞いて気づいた。普通の人ならとてつもない距離だが。彼は普通ではない。忍びとなって徒歩で帰るという意味なのだろう。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 詩音がうめいているのを、よそに静流はエンジンキーをまわした。
「で、何でお前はここにいる」
 智也が家に帰ってきた直後、晶が家に上がりこんできた。
「ごめん、うまい飯作るから今晩泊めて」
 晶はすまなそうな苦笑いを浮かべる。智也はため息をつくと、ソファーに座り、晶にも座るように言う。
「いや、それはいいんだけど、帰らなくていいのか?」
 晶は乾いた笑いを浮かべる。少し悲痛なものも混ざっているが。
「一日置いて、魔王様の怒りがおさまるのを待つ」
「魔王様?」

 そして、詩音宅では。
「晶さぁぁぁん、どこですかぁ。出てきてくださぁい」
 金属バッドを携えた詩音が、家の中を晶を求めて徘徊していた。その姿は魔王というよりもむしろゾンビ。
「このバッドを真っ赤に染めてあげますから早く出てきてくださいね。うふふ、うふうふうふふふふふ」
 思いっきりあっちの世界へ逝ってしまった詩音はテーブルの上のメモに気づくことはなかった。

『とりあえず怖いので今日は外泊します。
                     晶』
                            第九話へ




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