紅き力と白銀の心 
第九話 生命散らして
作:木村征人



そこはただ白い空間だった。生活感のかけらもない小さな空間。ここに存在する白は微塵にも清潔感を感じさせない。これ程までに埋め尽くされた白はただ、死を待つものとしか存在しない。黒衣の死神がよりよく見えるために存在していた。

そう、この世は生も死もあふれているが、ここで待っているのは死だけであった。その空間の中、少し大きなベッドで横たわっている少年――三上智也が窓の外に生えている立った一枚の木の葉を残した木を眺めながらぽそりとつぶやいた。

「ああ、あの木の葉が散った時、俺の命も散るんだな」

 そう言い終わると同時に、木の葉は風にもっていかれてしまった。まるで付き合ってられんとでも言いたいかのように。

「何をやっているんだ、お前は」

 いつの間に来たのか扉の前で果物の詰まったかごを持った晶が呆れた顔をしていた。

 事の発端は、健康を絵に描いたような智也が学校でいきなりぶっ倒れた。さすがに全員驚き慌てふためく中、晶だけは冷静に携帯で救急車を呼んだ。智也が言うには軽いめまいが起こったらしい。幸いなことに倒れた際に頭を打たなかった為、さっきのように馬鹿なことを言えるほどまでに回復している。

 身体は元気なのだが、念の為に入院して原因を探すと言うことになったため、智也にとっては退屈極まりない状態となった。だから暴れださないように、面会時間にはみんな顔を出すようにしている。

 みんなも後からやってくるのだが、特にやることもない晶がみんなで出し合ったカンパで果物の詰め合わせを買ってきたのだ。

「おまえ、もう少し気の利いたものもってこいよ」

「何なら鉢植えのほうがいいか? 首が落ちる花をつけて」

 不満を言う智也にジト目でにらむ晶。智也のことを心配していた自分が心底情けなくなってしまったからだ。

「それで他の奴らは何で遅れてるんだ?」

「詩音は智也君においしい紅茶を飲ませると言って電気ポットを取りに行った。伊吹さんは描きかけの絵を完成させて智也君に見せるんだってさ。稲穂君と音羽さんは智也君に病室でも暇をつぶせるようなものを買いに行った。霧島さんは売店でまだ仕事に追われてるみたいだし、今坂さんは日直だから最後のほうになるだろうね」

 晶の言うとおり今坂唯笑、霧島小夜美以外は全員智也の病室に集まった。

 みなもは出来上がった絵を壁にかけた。

「お前らな……」

信とかおるは一人身で寂しいだろうと本を買ってきた。そこはツボを心得ているらしくHな本を買ってきた。ちなみに生命保険の案内のチラシが入っていた。

「さすがにこれはしゃれにならんぞ」

 ビリビリとチラシを破り捨てた。まぁ、智也が元気なことを知っての冗談だったが。

「だけど、たいしたことなくてよかったよ」

 かおるは晶が買ってきた果物を智也の断りもなく食べる。

「いきなりぶっ倒れた時は驚いたけどな」と、晶。

「晶には感謝してる。倒れた時に打ち所が悪いと死ぬこともあるらしいって聞いたからな。

 もし俺が倒れた時に晶が傍にいてくれて、支えてくれなかったらと思うとぞっとする」

「いや、別にいいけどね。詩音と今坂さんのあわてっぷりもじっくり見えたからな」

「それは俺も見たかったな」

 二人してニヤニヤと笑う。いつもは晶が一歩引いている感じがあるが、こういうときにはやたらと馬が合う。智也も詩音の性格をよく知っていると言うことも関係しているが。

「そ、それよりも唯笑さん遅いですね。日直するのにそれほど時間がかからないと思うのですが」

 ごまかすように詩音が言う。

「まったく唯笑の奴、何をやっていやがる」

 やはり智也は唯笑一筋であった。そして詩音の瞳がわずかに曇ったのを晶は見逃さなかった。

 いつもは静かな病院ではあったが、今日は少し違っていた。バタバタと大きな音が病院の廊下をにぎわす。

唯笑であった。日直をすませた後、一度家に戻り智也の家へ着替えを取りに行ったせいで大分遅くなっていた。

  ナースステーションの前を通り越して智也のいる病室へ行こうとした時、ナース達の声が聞こえた。

「知ってる?」

「ええ、みか……とも……さんの事でしょう。……そうにねぇ」

「原因不明らし……」

「もう処置しよう……って。助かる見込みがないって」

 声がくぐもっていてよく聞き取れなかったが、智也のことについてとんでもないことを話していたことは分かった。

 唯笑はそこに呆然と立ちながら、持って来た荷物を取り落とした。ドサリと落ちた音が遠く、しかし大きく聞こえた。

 

 智也が病室の扉に立っている唯笑を見つけた。

「遅かったな、どうした? なんかあったのか」

 心配そうに智也が唯笑を見つめる。

「う、ううん。だいじをょうぶだよ」

 めいっぱい空元気を出す唯笑。それに何か晶は気づいたように立ち上がる。ちらりと晶は唯笑を一瞥する。

「さて、俺はそろそろ帰るよ」

 晶の後をついていくように、詩音達も病室を出て行く。唯笑も荷物を置くとあわてて着いて行った。智也はあっけに取られたまま閉められた扉を見つめていた。

「で、一体どうしたんです?」

「あ、あのね……よく聞こえなかったんだけど――」

 唯笑は事の顛末を話した。くぐもって聞こえなかったところまで事細かに。極限状態のせいだろかいつもの物覚えの悪さが嘘みたいに記憶していた。

「ちょっと待てよ。唯笑ちゃん。それじゃあ智也は」

 信の言葉に無言でうなずく唯笑。みんなの顔が蒼白になる。

「み、三上さん……」

 詩音が智也がいたことに気付く。智也の表情を見る限り全て聞いていたのだろう。

「いや……唯笑が自分の荷物まで置いていったから持って行ってやろうと思ってな。ははははは、みんな何を言ってるんだよ。俺はただ大事を取ってここに入院してるだけなんだ。そうなんだよな」

 ふらふらと倒れそうになる智也をまたしても晶が受け止めた。

「とにかく病室に戻ろうか。気が滅入るかもしれないけど今はあまり体力を消費しないほうがいい」

 晶が肩を貸しながら、智也を病室に連れ戻した。結局、晶がみんなを帰るように促し、最後まで残ると言って聞かない唯笑を引きずるような形で帰っていった。

 そしてその夜。

 病院の入り口に立つ紅い瞳の少年。翔が立っていた。さすがに今日はマントは羽織っていない。看護婦をやり過ごしながら智也の病室へと近づく。気分はもうスパイゲームの主人公みたいであった。足音が近づくやいなや天井に張り付き。病院の壁と同じ模様の布で姿をくらませたり、冗談なくらいうまくいった。ちょっと出来すぎな気もしないまでもないがとりあえず気にしないでおく。

 智也の寝ているベッドに近づく。

「さてと、確かこうやるんだったな」

 翔の左右の指先が淡い光を放つ。

 静かな寝息をたてている智也の額の中心とへそのやや下。いわゆる丹田にそれぞれ指を軽く押す。その瞬間、智也がビクンと体が跳ねる。しかしその後、何事もなかったように再び寝息を立てている。

「うまくいったみたいだな」

 翔は安堵のため息をつくとそのまま窓を開けて飛び降りた。

 翌朝、土曜のため学校もない。面会時間とほぼ同時に智也の病室に集まった。ただ、翔だけは途中で別れた。少し看護士さんと話をしにいくということであった。

「少し体がだるいが、別段気分が悪いわけではない。大丈夫だ」

 一晩おいて、いささか気分は落ち着き、なんとか空元気をだして平気なフリをしている。

 唯笑はそんな智也の表情を眺めながら必死で涙をこらえている。みんな表情が暗い。詩音においては今にも倒れそうなほどに顔色が悪い。

 やや遅れて晶が病室に表れた。

「今坂さん、大丈夫か?」

 晶が心配そうに唯笑に近づき、そっと肩を掴む。。

「晶君。智ちゃんがぁ!」

「今坂さん、さっき看護婦さんから聞いてきたんだ。実は智也君は――」

 沈痛そうな表情を浮かべ、一拍おく。

「――殺しても死なないよ」

「へ?」

ポカンと口を上げる唯笑。他のみんなも智也を筆頭にポカンとした顔をしている。

「おかしいと思ったんだ。智也君は無意味に健康なのになんでそんな悲劇の主人公みたいになるなんて思ってね。看護婦さん。あ、最近じゃ看護士さんて呼ぶみたいだね。ともかく聞いてみたんだ」

 晶がわざとらしく咳払いを一つ。

「水上智蔵(みなかみともぞう)さん。四つとなりの病室に寝たきりになっていた。奥さんは八年前にすでに他界。息子夫婦と二人の孫に見とれられ今朝方他界。九十二歳の大往生だそうだ」

 シーンと静まり返る病室。

「あーそれはつまり……」

 かおるが額を抑える。

「唯笑ちゃんの勘違いってことか……」

 信が呆れたように――本当に呆れているのだが、そう言ってため息をつく。

「ちょ、ちょっと待てよ。それじゃあこの体のだるさって」

 しばし呆けていた智也が慌てる。

「ああ、それなら……」

 晶がベッドの下に手を伸ばす。そこには箱に詰まった本の山があった。漫画やら携帯ゲームやら写真集やら、なぜか少女漫画まで。

「単なる寝不足。どうせ夜更かししてたんだろ。ベッドに寝てる分、体力有り余ってるし。

 ま、どちらにしても二三日中に退院できるってさ」

 無言。どのくらい時間がたったのだろうか。まるで白い壁が音を吸収したような無音状態であった。そして――

「と、智ちゃぁぁぁぁぁぁぁん、よかったよぉぉぉぉ!」

「唯笑! おまえはぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ああ、智也さん。病院で暴れては駄目です」

 感動でむせび泣く唯笑に、怒り狂う智也、そしてそれをなだめるみなも。晶と信は苦笑いを浮かべる。ただ詩音だけは無表情で眺めていた。

 

 そして陽が傾けかけた頃、みんなと別れ今は晶と詩音の二人っきりである。

「まったく今坂さんのそそかっしさにも困ったものだなぁ」

 後ろ頭に手を組みながら晶が笑う。

「よくあんなに舌が回るものですね」

 詩音が少し怒った口ぶりで言う。その言葉で晶が驚いたように動きを止める。

「ばれてたの?」

「当然です。まぁ、皆さんには大丈夫だと思います。みなもさんは少し変だなと思っているかもしれませんけど。彼女のことですから看護士さんに問い詰めるようなことはしませんと思いますから」

 当然ながら病院には守秘義務というものがある。みなもが聞いたところで智也の家族ではないみなもには本当のことを知るのは無理であろう。

「そうだろうねぇ。まぁ、何事もなくってめでたしめでたしでいいんじゃないか」

「やはりあの幽霊のせいですか?」

「ああ」

 温泉へ旅行行ったときに晶が退治した幽霊は、崩れた身体を智也の口から霧状のものによって修復していた。その事は詩音から聞かされていた。

「あれは多分智也君の生気だと思ってね。ああいう化け物の類は生気によって人の命を奪ったりするからね。詩音に聞いた限りだと智也君しか奪われてないみたいだし。

 魔力の叩き込み方は知り合いから教えてもらったしな。まぁ、生気と魔力はよく似たものだから一日か二日で身体になじむ。退院する頃には、魔力が生気に成り代わって完全に健康体だな」

どうして晶さんはそれほどまでに智也さんのことを気にかけるのでしょう?

温泉の時もそうだが、何かと智也を気にしている。みなもにお願いして智也のことを兄呼ばわりしてもらったのもその一端であった。もっともそればっかり流行りすぎであったが。

しばし時を置いて……詩音の疑問を打ち消す言葉が、晶の口から……ゆっくりと自然に。夕陽の逆境せいで表情は読み取れない。

「とにかく彩花さんのように手遅れにならなくって良かった。見殺死にしてしまった彩花さんのようにね」

 『あやか』その名前は確かに聞き覚えがあった。そう確か智也と唯笑の幼馴染がそのような名前であった。

「詩音、覚えていないか? お前は昔彩花さんに会っていたんだよ。そう彼女が生きていた頃にね」

 詩音は驚いた。日本に来たのは数えた程度しか来ていないし、それほど長い間滞在したことがない。これは運命というものだろうか? たった一人の少女の死が何人もの心を絞めつけている。そして今も尚、束縛し続けている。

「あなたはまだ引きずっているのですか?」

 智也は吹っ切ることが出来た。いや、吹っ切ったつもりでいる。だからこそ智也は笑っている。笑っていられる。

「晶さん、だからあなたは――」

 智也さんと唯笑さんに負い目を感じているのですか。

 詩音はその言葉を飲み込んだ。それは言うべきことじゃないと理解していた。

「晶さん、もう少し三上さんを信用されてはどうでしょうか?」

「智也君を?」

「はい。三上さんだけでなく、唯笑さんやみなもさんたちも」

「智也君たちをか……」

「私が好きになった方ですよ。信じられませんか?」

 それを聞いて晶は少し驚いた顔をした。まさか、詩音の口からそんな言葉を聞かされるとは思ってみなかったのだろう。

晶は少し嫉妬を混じらせながら少し笑みを浮かべた。

「そうか……そうかもしれないな」

 晶は空を見上げる。暗がりのかかった空はほんの少しだけだが明るかった。

 

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