紅き力と白銀の心 
第十話 ヴァンパイア前編
作:木村征人



闇が世界を支配されたかと思わせるような宵闇の底。その中を縫うように一人の女性が帰路へとついていく。ここの道は狭く街灯が存在しない。

 女性はこんな時間まで拘束していた上司を呪った。前に一度身体を触ろうとした手を払いのけた。それ以来目の敵のように、きつくあてられたり、身体に触ろうとする。今日のような手当てなしのサービス残業など日常茶飯事であった。

 両親にはやめたいと言ったのだが、この不況の中せっかく就職できたのだからと言って許してもらえなかった。

 ふと足を止める。振り返るが誰も見当たらない。確かに誰かがつけている気配はするのだが。一瞬、上司の顔が浮かんでくる。あのぬらぬらとした脂ぎったまるでがま蛙のような気持ち悪い顔が。彼女はヒールを手に持って走った。

 角を曲がってようやく気配を感じなくホッと息をついた瞬間、影が彼女を覆った。



いつもみんながつかっている喫茶店よりも少し離れた軽食屋。いつもの場所より値段は少し割高だが、ケーキと紅茶がおいしいと澄空では人気であった。もっとも詩音は不満だったが。

 そこでいつものメンバーは揃っていたと言いたいところだが、少し違っていた。この場にはいない霧島小夜美である。いつもなら食堂の経理に追われているのだが、最近街中をうろうろと徘徊しまわっている。

 何でも通りすがりの男に一目ぼれしたらしく、その姿を探し回っている。特に話をするというわけでもなく、その姿を見つけることが出来るだけで天にも昇る気持ちらしい。いつもの小夜美らしからぬことだが、これも恋のなせる技なのだろう。

「で、詩音。相談てなんだ? みんなを集めたからにはそれなりに深刻な問題なんだろ?」

「はい、実はここ最近お小遣いが足りなくなってきまして」

 聞いた自分が馬鹿だったと言う感じで晶が頭を抱える。他のみんなはみんなで、

「いゃ、まあアレだけ買っていたら――なぁ?」

 智也が晶に同意を求めてくるがあさっての方向を向く。

 智也が退院して以来、晶は道連れとばかりに智也と信を拉致していく。これで楽になると思ったが、詩音は人手が増えた分さらに大量に本と紅茶を買うことになり、結局持つ量は差し引きゼロになっていた。

 そもそもいつも世界を飛び回っている留守の多い詩音の父親がせめてもの償いとして普通の高校生では考えられないぐらいの小遣いを与えているおかけで、ただでさえ普通の高校生では買えない金額で本と紅茶買い込むことが出来ている。そして晶、智也、信の荷物もち部隊によってさらに量が増えたとなれば金銭的に危ういのは当然である。

「それで考えたのですが……アルバイトをやってみたいのですが」

「アルバイト?」

「はい、例えば、趣味を生かして紅茶のおいしい喫茶店で働くというのはどうでしょう?」



 双海詩音劇場 アルバイト編 その一 紅茶屋さん

詩音(ウエイトレス)「そこのあなた、何をやっているのですか?」

お客さん「え?」

詩音(ウエイトレス)「そんな入れ方ではお茶が泣いてます。

 そもそも、紅茶というのは、紀元前の中国。中国の雲南省やチベットの山岳部などに自生していたお茶の原種を中国人が栽培して飲むようになったのが始まりなのです。当時、お茶は不老長寿の霊薬として飲まれていました。最初は茶の葉を揉んだだけの緑茶でしたが、その後発酵させたウーロン茶や紅茶が作られるようになり、宋時代(10〜13世紀)に紅茶の原型らしいものが現れてきたといわれています。

 さらにヨーロッパへ中国の茶が初めてもたらされたのは、1610年オランダ人によってとされているのです。そのときのお茶は緑茶でした。その後もお茶はヨーロッパに輸入されましたが、ウーロン茶系の武夷茶(ボヘアティー)のほうが緑茶より喜ばれ、輸入量も多くなっていったのです。

 そしてイギリスでは武夷茶がますます人気を博して、これが次第に完全発酵の現在の紅茶になってきたとされているのです。現在の紅茶がイギリス人の嗜好に合わせて作り上げられたものといわれるのは、こういう経過があったためなのです。

 このような歴史あるものをあなたには飲むような資格がありません!」

テンチョー「首だぁぁぁぁぁぁぁ!!」

                           完



 晶がこめかみを抑える。みんなも同じ想像をしたのか苦笑いをしている。

「無理だな」

「無理だよねー」

「右に同じ」

「以下同文」

 智也、唯笑、信、かおるが一斉に否定して、みなもがこくこくと何度もうなずく。

「紅茶屋で働くのはやめとけ」

 晶が有無を言わさず言い切る。

「そ、そうですか。では、本屋さんで働くのもいいかと思っているのですが」



双海詩音劇場 アルバイト編 その二 本屋さん

詩音(レジ)「…………(読書)」

お客さん「すいませーん、これください」

詩音(レジ)「…………(熱読)」

お客さん「あの、これくれます?」

詩音(レジ)「…………(激読)」

お客さん「あの…………」

テンチョー「首だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

                  完



 ふたたび、晶がこめかみを押さえる。

「無理だな」

「無理だよねー」

「右に同じ」

「以下同文」

 またしても智也、唯笑、信、かおるが一斉に否定して、みなもがこくこくと何度もうなずく。

「詩音、バイトはするなと言う天からの啓示だと思ったほうがいいな」

「そんな! 私に死ねとでも言うつもりですか!?」

 晶の言葉に詩音が悲痛な言葉を上げる。

「生死にまで発展するのか、お前の小遣いは……まったく、少しは節制したらどうだ?」

「そんなことできるわけがありません。だからこそバイトを――」

「バイトに時間を取られて読書と紅茶の時間が削られたら本末転倒だろうが」

「……」

 晶の突っ込みに押し黙る詩音。あたりに気まずい沈黙が流れる。

「そ、そういえば最近奇妙な事件多いねー」

 その雰囲気に耐えかねた唯笑がいきなり話題を変える。

「事件? 何のことだ?」

 晶がきょとんとして、聞き返す。

「お前知らないのか? 最近、通り魔殺人がやたらと起こっているらしいぜ。ちなみに殺人にあった奴は数日間行方不明になった後、首筋に二つ穴が開いてたり血液がほとんど残っていない状態で発見されているせいで『現代に生まれ出た吸血鬼』なんてうわさされてるけどな」

「吸血鬼ねぇ……胡散臭い話だな」

 肩をすくめながら淡々と語る智也に同意するかのように、ため息をつく。他のみんなも同様だったが、詩音だけは違った。少し前ならみんなと同じように半信半疑だったが実際に心霊体験やら魔法やらを立て続けに体感しているせいでしっかりそういういかがわしいことに興味を持ってしまっていた。

「ヴァンパイアといえば、十字架とかにんにくとかですね。中には普通の人間と変わらない姿で人ごみにまぎれて行き続けたりするものもいるとか。瞳の色が紅かったり、金色だったりするそうですが」

 詩音の言葉で晶の視線が集まる。

「って、そこで俺を見つめるな。ったく、現代の吸血鬼なんて『ジョン・ヘイ』で十分だろうが」

「ジョン・ヘイ?」

 吸血鬼といえばドラキュラしか思いつかない唯笑はその聞きなれない名前に首をかしげる。

「一九四四〜一九四八の間に八人の男女の生き血をすすり続け、警察に逮捕された記事に『現代の吸血鬼』と報じられたのです。そもそも――」

「し、詩音ちゃん、言わないで」

 そういう話にからきし弱い唯笑が講義の声を上げる。

「……何故彼が四年間も捕まらなかったというと、死体を処分する時に――」

「聞こえなーい聞こえなーい!」

 なおも続ける詩音の話を耳をふさぎながら叫び声を上げる。

「あ、そういや、ヴァンパイアといえば最近教会で滅茶苦茶美人なシスターがやってきたらしいな」

 唐突に信が話を切り出す。さすがに晶と智也はそっちのほうは興味を持った。

「美人なシスターか。今度行ってみようか!」

 晶と智也と信はがっちりと固い握手を交わした。



「で、実際のところどうなんです?」

 皆と別れた後、家路についている時に、詩音は唐突に尋ねた。

「何がだ?」

「ヴァンパイアのことです。本当にいるといます?」

「んー、どうかな。知り合いにハーフヴァンパイアもどきみたいなのがいたけど、太陽の光にも、十字架にもにんにくにも平気だったからな。俺はいないと思うぞ。さっきの話じゃないけどホントにジョン・ヘイみたいな奴が徘徊しているかもしれないからな。危険なことには間違いないから、少し見回ってみるか」

「それにしても……」

「あん?」

「警察の内部に通じている人だったり、生気の叩き込みを教わったり、ヴァンパイアハーフだったりと奇妙な知り合いが多いですね」

 その言葉に晶は押し黙る。

 全部、そのMINのことなんだけどな。



 世界が闇に変わる。ほんのわずかな光を求めふらふらと歩く人影。合コンの帰り、めぼしい男がおらず一人で帰ってきた。最近何をやってもうまく行かず、友達の誘いで行ったのだが、やけ酒をかっ食らうだけに終わってしまった。近くにおいてあるゴミ袋を蹴り飛ばす。

 苛立ちが抑えられるわけもなく、散乱するごみを見ため息をつく。

 ヒタリ――

 奇妙な違和感、いや喪失感。音が消えた。感じていた風も消えていた。

「う、嘘でしょ……」

 女性の酔いは一気に醒めた。見えない姿にありえない気配。武術に何の知識もない彼女に気配などたどれるはずもないのだが、そこにいると確かに感じていた。自分の目の前に何かがいることに。

 世界は闇に包まれていた。いく筋の光すらもなく自分に腕があるのか、脚があるのか、彼女は存在を確認できない。自分がここに存在していることすら分からない。

 闇の中で影が動く。彼女はそれが今世間を騒がしているヴァンパイアだと理解した。新聞の見出しを見たときは鼻で笑って投げ捨てた。しかし実在したのだと、そう信じていれば出会わなかったかもしれない。後悔が体内に埋め尽くされる。

「い……いや……あっ……」

 叫び声が上げられなかった。声すらもこの闇は食いつくす。絶望を象徴する闇だけが彼女の全てとなった。

 しかし、闇に一筋の亀裂が走る。そう、まるで亀裂のような一筋の光が。それが刃だと誰が分かろう、それが何の変哲もないただの木刀だと誰が知ろう。

 血のごとく淀んだ紅い瞳。闇に潜むがごとく黒衣のマント。

 その光と闇を併せ持った忍びこそ翔の存在を示す全てであった。

「参ったね、まさか本当にヴァンパイアがいるなんてね」

 翔はそうつぶやくと同時に一足飛びで間合いに入り、ヴァンパイアを薙いだ。

                          第十一話へ





初めてのあとがきのようなもの

ジョン・ケイについて補足を書くつもりだったのですが、本がどこかに言ってしまいました。

見つかり次第、補足を書きますね。見つかるかなぁ。

覚えてる部分だけ説明しておきます。

幼い頃から血に異常な興味を示していたジョン・ケイ。

頚動脈をナイフで傷つけて血をすする姿は吸血鬼そのもの。死体は仕事で使っていた濃硫酸のプールで処理し四年間犯行を続けました。

その後、偶然、所要ではずしていたジョン・ケイがいない間に溶けきれれなかった死体が発見され、逮捕になりました。

当時、「現代の吸血鬼」としてかなりセンセーショナルになったとか。

ちなみに、ヴァンパイアが十字架を苦手とするのは、その異質な存在であるヴァンパイアが教会で懺悔したことが由来とか。



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