R.O.D−Fly high−
第四章 花見
作:木村征人



 どこの世界でも、時間は有限であり終わりは訪れる。一日が終わり、そして再び新しい日が訪れようとしている。

 夜の帳は上げられつつ、わずかだが太陽が顔をのぞかせようとしている。夜としては遅すぎ、朝としては早すぎる。まるで光と闇がワルツを踊っている。そんな微妙な時間であった。

 日本からはるか離れた異界の地。未だに多くの謎が残されているエジプトも例外ではない。

 エジプトのとある博物館。ブルルルとほえる鉄の獣のブレーキ音と共に四つの影がうごめく。

 影はお互いに合図を送ると博物館の扉を道具でこじ開ける。防犯装置は二日前からの停電で止まってしまっている。大抵なら警備員を置くなりするものだが、今まで盗まれた事がないからの安心感か、そんなものはまったくなかった。

 この地には数多くのトレジャーハンターが存在する。トレジャーハンターと言えば聞こえがいいが、言ってしまえば空き巣ドロと同じである。何十年も何百年も、いや何千年もの間、留守にされていた家を狙う空き巣。それがトレジャーハンターである。

 いま博物館に身を潜めもぐりこもうとしているのは、そのトレジャーハンターのなれの果てである。引退間近のトレジャーハンターが四人集まり、博物館にある本を狙っている。

 その本は歴史的な文化物であり、未だにその文字すら解明はされておらず、歴史的に価値があるものである。裏ルートで流せば捨て値で売っても、四人ぐらいのこれからの生活には困らないぐらいの金は有り余るぐらいに手に入る。

 かくしてトレジャーハンターから、正真正銘のこそ泥となっていた。

 そのこそ泥たちはそれほどの文化財が保管されている場所に警備の一人もいないことが分かったからこそここに狙いを決めていた。

 博物館の中にはさまざまな展示物、調度品が並んでいる。だが、四人組の狙いはここにはない。展示物が陳列されている奥の真っ白で小さな扉、そこはまさに宝箱のふたでもあった。

 扉を開けると、闇がそこを支配していた。

四人組は懐中電灯を照らす。白い円が闇の世界を崩す。十メートル四方のそれほど大きくない部屋であったが、様々なものが展示されていた。ツタンカーメンに似たもの、仏像によく似たもの、読書に没頭する人間、瓶(かめ)なんてものもある。

「あ゛……?」

 違和感覚え、思わず奇妙な声を男が上げた。再び、懐中電灯めぐらす。

 そこにはわざわざナイトスコープをつけて読書している人間がいた。

「おい、そこで何をしている」

 四人組の一人が大声を上げるが、読書に熱中しているせいで気づいていないらしい。

「おい!」

 先ほどより大きな声を上げて、やっと本から目を離し四人組に気づく。

「ほえ?」

 間抜けな声を上げてナイトスコープを額まで上げる。暗闇でよく分からないが、ごそごそと何かを取り出す。

 光と闇が幾度か往復した後、闇の世界に光が宿る。さっき取り出したのは電灯のリモコンなのだろう。部屋の明かりによって、本を読んでいた人間の姿が明らかになる。

 まるで少女にも見える少年であった。年は十台半ばを少し過ぎたばかりであろうか。身体の体躯に似あわない白く大きなコートを羽織っている。アジア系の血が濃いのだろうか、真っ黒な髪少し地味な印象を受ける。

「すいませーん。あんまり面白いのでついつい夢中になってしまって」

 馬鹿丁寧な言い草で自分の頭をポリポリと掻く。少年の手の中に納まっている本が四人組が目に留まる。それこそが今日の狙いの品であった。

「夢中って、お前それ読めるのか!?」

 四人組の一人が、少年の言葉に驚く。前述したように、本の文字はまったく解明されていない。

「はぁ、文体自体はそれほど複雑じゃないですし、アラビア文字と少し似てますしね」

 少年の本を読む能力はそれこそ異常であった。文体の前後から数十、数百パターンを検証して正しい文字を導き出す。それをこの少年はすさまじい速度、かつほとんど無意識のうちにやってのけている。

 しばし呆然となっていたが、四人組の一人が我に返るといきなり銃を少年に向けた。

「その本をよこせ!」

 少年は素直に本を差し出す。男は勝ち誇ったように笑う。しかし、少年はギラリと瞳を輝かす。

「それは大英図書館が預かるものです。あなた方のようなコソ泥にあまり差し上げたくはないのですが」

「俺たちがコソ泥だと!」

 四人組改めこそ泥たちは少年に激昂する。こそ泥たちの一人が制止する。

「おい、待て。大英図書館が絡んでいるとまずい。とっとと逃げるぞ」

 少年の手から本をひったくると急いで表へ逃げ出す。ここに来るまでに乗ってきたジープに飛び乗る。

 四人ぐらい軽く乗れる大きなジープである。一人は運転席に、ほかのものは後部に乗っている。

 既に日の出を迎え、誰も通らない一本道。道路は舗装され両脇には林が連なっている。

 ジープが爆走する中でこそ泥たちは、本を掲げ喜びの声を上げている。ここからみな敵同士、どうやってほかのものを出し抜こうか画策しあう。

 しかし、邪魔者が入り込む。

 ジープのヘリにくるくると布のようなものが巻きつく。いや、布ではなかった。紙テープである。紙テープが巻きついていた。

「ほーん、返してくださーい」

 ジープのヘリにつながっている紙テープを掴みながら、裸足になり数枚もの紙を足の裏に張り付け、ジョットスキーよろしくジープに引っ張られながら少年が追ってきていた。

「な、何だあれは……」

 運転していた男がバークミラーでその姿を確認しながらうめく。

「夢か……これは……」

 ごしごしと目をこするがそれで少年の姿が消えるわけがなかった。

 紙テープを手で切ろうとするがびくともせず。銃で紙テープを撃つがあっさりはじき返してしまった。

 すべては、少年の仕業であった。

「くっ、この化け物がぁ!」

 後部に乗っていたこそ泥たちが、銃を手に乱射する。

 少年はコートのポケットに手を突っ込み。大量の紙をばらまく。紙がまるで意思を持つかのように連なり壁を作る。当然紙の壁など、弾丸の前ではなす術なく貫通するはずなのだが、驚くべきことにすべての弾丸を紙の壁が受け止める。

 その後、紙の壁はたわみ意識を失う。それを突き破り少年が姿を現す。

「嘘だろ……」

 その光景を見て男が本を取り落とす。床を一度バウンドしてそのまま道路に落下する寸前、少年が新たな紙テープを投げつける。

 紙テープが本に絡み、まるでマジックハンドのように少年の手元に戻ってくる。少年は本をポケットに入れた後、ジャンケンのチョキをかたどり、あっさりと紙テープを断ち切る。しかし、ジープの勢いに今まで引っ張られていた性でそのまま滑り続ける。

「くっ、返せ。その本を返せぇぇぇぇぇぇ!!」

 バックミラーで少年の手元に本があるのを見ると、ジープを反転させ、少年に向かってそのまま突っ込んでくる。

 少年にはこそ泥と違いハンドルもブレーキもない。先ほどのように紙の壁でジープを防ごうとすれば自らも壁にぶつかるかもしれないし、たとえジープを止めた跡で紙の壁を開放しても鉄の塊にそのまま突っ込むことになる。

 自ら招いたとはいえ、まさに絶体絶命であった。少年は意を決したように再びコートの中に手を突っ込み、先ほどよりも大量の紙をばら撒く。再び紙は連なり、壁のようになる。唯一つ違うことは、壁が向こうへと斜めに傾いていると言うことであった。まさに紙の発射台になっていた。

 少年はその紙の発射台を滑りあがり、そのまま飛び上がった。

 ジープを飛び越え、道路を飛び越え、林の中へとひらひらと木の葉のように舞いながら不時着する。

 その光景と四人のこそ泥をぽかんとしたまま見つめていた。

「いひやあはあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 運転していた男が叫び声を上げる。少年の方向から発射台となっていても、反対側からでは傾いた壁でしかない。

 

 ドゴォォォン!!

 

 大きな音を立ててジープが紙の壁に激突する。そして紙の壁は崩れ去り、紙が雨のように、いや荒波のようにジープを、四人のこそ泥たちを埋め尽くす。

「ペ、ペーパァァァァァ……」

 まるでコントのように紙で埋め尽くされたこそ泥の一人がそうつぶやくとがっくりと気を失った。

 そして少年は、大英図書館特殊工作部ザ・ペーパー龍哉・フィールドは木々に手足をとられ逆さまになりながらも先ほど取り返した本の文字をただひたすらに追いかけていた。

 

 花見はいい、誰がなんと言おうと花見はいいものだ。酒は飲めるし、飯もうまい。

 というのが高町家及びほとんどの一般家庭の常識である。

 レンと晶はいつもならケンカしながら弁当を作るのだが今回ばかりはそういう訳にもいかない。何しろ例年よりも三人多いのだ。

 赤星勇吾は毎年何気に参加しているが、龍哉、那美、忍が新たに参加する。

 まだ、集合時間まで時間があるため、明朝またもやここに来るまでに本を大量に買い込んで瀕死の状態で帰ってきた龍哉と恭也は庭で対峙していた。

龍哉がここに来たのは恭也に鍛えてもらうのが目的であった。

「軽く流す程度だからそう硬くなるな」

「は、はい」

 龍哉の顔がこわばっているのが手に取る様に分かったために声をかけたがあまり意味は

なかった。

 ブンと軽く恭也がこぶしを振る。

「うわっ!」

 龍哉がしゃがんでかわす。下からアッパーの様に更に拳を振る。龍哉は下がって避けようとするが。

 

 ズル ゴチン!

 

 地面に脚を取られて大きな音を立てて仰向けに倒れる。

「あたたたたたた、前は鼻で今度は頭か……」

 頭を押さえる龍哉を見て、苦笑しながら恭也は納得する。

「なるほど確かにこれはそうとう鍛える必要があるな。

 今晩でも足運びから教えてやる」

「お手やわらかに。そろそろみんな呼んだほうがいいかもしれませんよ」

「赤星はほっといても来るだろうから月村を呼んでおいた方がいいな」

 恭也は携帯を取りだした。

 龍哉は花見の準備する為にさっさと家の中にはいった。

 高町家最年少ながらハイテク機器に一番長じているなのはが、デジカメやらビデオカメラなどを準備しているのを横目で眺めていると後ろから近づいたフィアッセが龍哉のポンと頭に手を置く。

「たーつや♪」

「ひぐ!」

「どうしたの?」

 龍哉がそのまま頭を押さえて涙ぐむのを見ると不思議そうに見つめる。

「あの、さっきこけたんです。その時におもいっきり頭打っちゃって……」

「ちょっと見せて……あ、こぶが出来てるね」

 それを見た後、フィアッセは濡れタオルを持って来て龍哉の頭の上に乗せた。

「つっ!」

「痛みが引くまでそうしてなさい。龍哉の準備はわたしがしているから。

 と、言ってもほとんど本だけでしょう?」

「さすがに……よく分かってますね」

 クスッと笑いながらフィアッセは龍哉の部屋へと向かった。

 痛みが引いた頃、忍が到着したらしい。

 忍が車で花見の場所まで送ってくれると言っていた為、車で送られての登場となった。

「準備が出来た人から車に乗って、荷物はノエルに任せていいから」

「ノエルさんですか?」

 車の運転席から背の高い女性が現れた。美しく可憐な顔立ちながらその表情は能面の様に氷ついていた。

「ええ、私のメイドだから遠慮なく頼んでいいよ」

「でも、かなり重いですよ?」

 晶が不安そうに呟く。レンも晶もかなり張りきって作ったらしく。恭也ですら運ぶのに苦労するほど重く多量な弁当が出来あがっていた。

 それをノエルが軽く持ち上げる。

「うわぁ〜」

 みんなが驚いているのを尻目にノエルはスタスタとトランクの中へとつめ込む。

「残りはアイリーンが送ってくれるから先に準備を進めておいて」

 アイリーンとはフィアッセの幼い頃からの親友。天才ロックシンガーとして活躍している。ちなみに男っぽい服装が多いため、フィアッセ達から遊び半分でフリフリした服を無理やり着せられたりする。

「ア、ア、アイリーンさんも参加するんですか?」

 龍哉が驚いた顔でフィアッセに聞く。

「いいえ、午後から仕事が入ってるから無理だって」

「よかったぁ〜、あの人苦手ですから」

「誰が苦手なのかな〜」

 ほっとしている龍哉の後ろににこやかな顔をしているアイリーンが立っていた。

「え、えっと。俺は忍さんの車で」

「もう行ったわよ」

「えぇぇぇぇぇぇ!」

 フィアッセの無残な言葉に悲鳴をあげる。

「さて、観念して乗ろうね。た・つ・や・く・ん」

 アイリーンが邪悪な笑みを浮かべる。

「フィフィアッセさ〜ん……」

 フィアッセに助けを求めるが、

「車を運転するんだから程々にね」

 あっさり龍哉を見捨てた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 那美が提供した――正確には那美が住む寮のオーナーだが――桜台の山は幻想的とも言

えるほどの美しいサクラが広がっていた。

 みんなはその美しさの虜になっていたが、

「ゼエハアゼエハア……あうううぅぅぅぅぅぅ。うなぎ恐い、まんじゅう恐い、そば恐い……」

 一体ここに来る途中何があったのか、龍哉は恐怖の虜になっていた。

「みなさん、いらっしゃいませー」

 みんなを出迎えていたのは那美と、

「くぅーん、くぅーん」

 一匹の子狐がいた。

「くぅちゃん、くうちゃん」

 なのはが嬉しそうに駆け寄る。

「狐ですか?」

 龍哉が珍しそうに駆け寄ろうとするとさっと那美の後ろに狐は隠れてしまった。

 那美が申し訳なさそうに言う。

「すいません、この子人見知りするんです。こら、久遠。ちゃんと挨拶しなさい」

「ふーん、久遠ていうんですか……こーいこいこい、久遠」

 ちっちっちっと指を鳴らして呼ぶが久遠は寄って来そうにない。龍哉はコートの中から三枚の紙を取りだしてきぱきと手際よく折りたたんでいく。

「あー、くぅちゃんだー」

 なのはが驚きの声をあげる。頭、胴体、尻尾とそれぞれ折りたたみうまくつないだ久遠

等身大の紙の狐が出来あがった。

「くぅーん♪」

 それが気に入ったのか、久遠がトコトコと近寄ってきた。

 そして久遠の前足を軽く握って、

「よろしくな、久遠」

「くぅーん」

 少々強引ながら友人の契りを交わしていた。久遠を気に入ったのか、龍哉はひざの上に乗せた。

 その後、レンと晶の料理に舌鼓を打ちながら、ほとんど初対面の人間もいるということで自己紹介をしていく。

 そして、高町家の最後は龍哉であった。

「龍哉・フィールドです。つい最近、高町家の御厄介になってます。

 自己紹介は……そうですね……昨日読み終えたばかりの――も、もが……」

 龍哉の洗礼が始まる前に恭也、美由希、晶、レン。そしてなのはまでもが龍哉を取り押さえていた。

「ぼ、僕の自己紹介はまだ……」

「あー、はいはい。分かったからまた今度にしようね」

 不満そうな龍哉を美由希がなだめた。

「な、なんだったの……?」

「な、なんでもないです。次は勇兄……いえ赤星先輩ですね」

 忍の疑問を晶はかわし、次へと促がした。

「そ、そうか? それじゃあ、赤星勇吾だってここにいるほとんどは知っているな。

 あとはそうだな、家が草間一刀流の道場やっていて、学校では剣道部に所属しています。

こんなところかな」

 赤星勇吾はその顔とさらっと女の子を誉めるところがあり、よくプレイボーイと間違え

られるところがあるが実は朴訥なのだが学校ではファンは多い。

 女子剣道部はほとんど勇吾目当てで入部している。もっともそこで剣道の面白さを知ることが出来なければ一月足らずで退部してしまうが。

「勇兄は、全国でもベスト十六に入るほどなんですよ」

 と、晶が付け足す。

「へえ、すごいわねぇ」

 忍が素直に感心する。

「はははは、でも高町兄妹には負けるよ」

「はわわわ、わたしじゃないよう」

 忍の視線に気付いたなのはが慌てて否定する。

「それじゃあ次は私ですね。

 神咲那美です。近くの神社でバイトをやっていてよく神社にいます。久遠もいるのでぜ

ひ遊びに来て下さいね」

 最後は龍哉のほうを向いて言う。

 神咲那美はくるくると回る表情と柔らかい物腰で、なんだか守ってあげたくなる印象が

あった。

「最後は私ね。月村忍。高町くんのクラスメイト。それだけかな?」

 月村忍は長い髪と大人びた美しい外見だが物憂げな雰囲気を持つ不思議な少女であった。

ちなみにゲームオタクという意外な一面もある。

「それでは高町桃子歌いまーす」

 ぱちぱちぱちぱちー。

 一通り自己紹介が終わると宴はますます盛りあがる。

 恭也、忍、赤星らも時々ワインに手を出しながらフィアッセや桃子が歌っているのを眺めている。龍哉は全く飲めない為ジュースをちびちび飲んでいたが。

「くぅーん」

 久遠は甘酒を飲んでふらふらしている。

「あ、久遠たら、もぅ」

「久遠って結構いける口なんですね」

 慌ててる那美を面白そうに龍哉は眺めている。

「龍哉ぁもぉ歌ったらどう?」

「フィアッセさん、もしかして酔ってます?」

 フィアッセはいつもの顔でいつもの口調だがどことなくおかしい。

「酔ってないわよぉ、龍哉もさっきからジュースしか飲んでないからぁ。ひょっとしたら楽しくないかと思ってぇ」

 龍哉は直感したフィアッセは酔っていると。

「あの、毎年こうなんですか?」

 龍哉が困った様に晶と美由希に尋ねる。

「いえ、珍しいですね。フィアッセさんはそれなりに飲むんですが、そんなに酔わないんですけど」

「あははははー、フィアッセ。一升ビン空けちゃったよぉ」

「そりゃ酔うわな……」

 龍哉は頭を抱えた。

「高町桃子。続けて歌いまーす!」

 そんなこんなで宴は終わりを迎え……

 みんなゴミを分別しながら持ってきたゴミ袋の中に放り込んでいる。

「あのー、フィアッセさん。寝ちゃったんですけど」

「もうすぐノエルが迎えに来てくれるから先に乗ってもらうわ」

 龍哉はフィアッセの腕を肩に乗せて引きずりながら運んでいく。

 人数が多く往復しなければならない為、忍はもちろん、恭也、赤星、美由希は二回目に乗ることになった。

「晶さん、フィアッセ運ぶの手伝ってください」

「はい、分かりました」

 フィアッセを玄関から引きずりながらソファの上に寝かせた。

「ふぅ、全く幸せそうな顔をして寝てますね」

 龍哉はフィアッセのおでこを軽く弾く、フィアッセは少し身もだえしてまたスウスウと

眠る。

「フィアッセさんなんか龍哉さんが来てから変わりましたね」

「そうなんですか……」

 龍哉は曖昧に返した。

 

 数日後、陽が沈み人通りが少なくなりぽつぽつと街灯が点いた頃、

「ふんふんふふ〜ん♪」

 やたら機嫌よく龍哉は手に持った文庫本を読みながら巨大なリュックと鞄を担いでいた。

 リュックの中には海鳴市を徘徊し回った戦利品。

 つまりは本。

 本屋、古本屋で買ってきた新刊旧刊、ハードカバー、文庫、外国書いろいろな本が詰められていた。上機嫌の龍哉の後ろに、ふらふらと浮浪者みたいな歩き方をしている人間が二人。

「あううう。重いよ~、恭ちゃーん」

「絶えろ、美由紀。これも修業だ」

 その後ろを美由希と恭也がやはり大量の本が詰まった紙袋をいくつも束ねながらその後ろを歩いている。龍哉に同行を求められて、軽くOKしたのだが、今は激しく後悔しているらしい。 

 龍哉は基本的に金欠な毎日を送っている。大英図書館特殊工作部のエージェントとしてのギャラの額は尋常のものではなかったがそのほとんどが本に変わる。

 ジョーカーが雑居ビル丸々一つ買い、それを龍哉に与えたがそこには本ばかりがつめ込まれている。高町家で割与えられていた部屋も本だらけなのだが、一月ごとにいつの間に

か本が全部変わっていたりする。

 高町家で唯一の読書家の美由希も龍哉の部屋をよく訪れるがその美由希もいつ本を運んだのか知らない。普段人間以下に鈍いのだが、こと本が関わると化け物以上の力を発揮する。

 龍哉が海鳴市一の大きく美しい臨海公園の近くを通りかかると、見知った顔がいた。月村忍とメイド姿のノエルであった。

 それを取り囲むように六人の金髪の女性。チャイナ服を連想させる赤い服に赤いチョーカー。右腕にはムチ、左腕には刃が飛び出している。

 そして驚いたことに姿形だけでなく、その精巧としか言いようがない容貌までもが同じであった。

 それを付き従えるように、悪徳成金としか言いようがない太った中年の男が忍に何か言っているようだったが、ここからは聞こえない。

「恭也さん。あれはどう見ても友達に見えませんよね」

 両腕がふさがっている為、龍哉はあごでしゃくる。

「ああ。どう考えてもどう考えても友達には見えないな」

 そうこう言っていると、いきなり金髪の女性が無表情で手についている刃、ブレードでノエルに切りかかった。

「危ない!」

 龍哉は反射的に手に持っていた文庫本を投げた。

金髪の女性が反射的に下がる。二人を引き剥がすように文庫本が素通りして地面に突き刺さる。

 龍哉と恭也、美由希は本を置いて、公園へと駆け下りる。が。

 

 ズシャァァァァァァァァァァ

 

 手に持ったかばんにつぶされながら龍哉は思いっきりこけた。

「あつつつつつつつ、大丈夫ですか? 月村さん」

「いや、あの。あなたが大丈夫かと突っ込みたいわ」

 恭也と美由希は動じない。またいつものことだと言うことで無視していた。

「で、こいつらは一体何なんです?」

 龍哉は投げつけた本を拾いながら聞いた。

「名前は安次郎。私の親戚よ。ノエルを狙っているの」

 恭也と美由希は意味が分からなかったが、龍哉だけはその意味が分かった。

「なるほどね、コードネームノエル。ノエルさんの自己成長チップが狙いか……」

 龍哉の言葉に忍ははっとする。

「知ってたの?」

「まあね、イギリスで忍さんの長老さんに会ったことあるからね。それにさくらさんから忍さんとノエルさんの事聞いてたし。なかなか言うタイミングなかったけど」

「私の財産のことも?」

「ええ。でも、まさか警察と自衛隊ををあごで使える、コネと財力があるとは思いませんでしたけど」

 その言葉で美由希が目を見開く。

「ど、どういうこと、それ」

「気づきませんでした? いつもだとここはカップルとか家族連れであふれかえるはずです。なのに人っ子一人、ここの近辺の人たちを非難させたんですよね?」

 龍哉はにこりと笑う。

「ええ、安次郎のことだからとんでもないことをやらかしてくると思ったから。今までもいろいろと派手な事してくれたしね。

 それでここに呼び出された時に自衛隊と警察に不発弾の回収と言うことにして、ここら辺の人たちに非難してもらったの」

「なるほどね。で、この同じ顔のお姉さんたちもノエルさんと同じ自動人形?」

「ええ、だから後はノエルに任せて。ノエルのチップはついてないだけで、あれは最終機体イレイン。普通の人間には絶対かなわないわ」

「ちっ、剣さえあれば……」

 恭也が歯軋りする。美由希は黙っているが同様に悔しいらしい。

 恭也と美由希が扱う小太刀二刀・御神流は通常多対一や、素手や周りにあるものを武器とする実践を想定している。しかし、今回はいくらなんでも分が悪い。

 自動人形ゆえに人体の急所など存在しないし、骨を折ったり打撃もほとんど効かないだろう。となれば有効な手は一つだった。人間を即死させるほどの攻撃を与える。ただし、内面的ではなく、外面的。つまり破壊することである。

 ただし、これは武器があればの話だが。

「剣ならありますよ」

龍哉はかばんを開ける。そこには商売道具の戦闘用紙が詰まっていた。

 龍哉が手に触れた途端、紙がいくつも重なっていく。

 恭也と美由希がいつも使っている小太刀を四つ作りだし、恭也と美由希に手渡す。

 いつも使っている小太刀のように手になじまないが、紙のように軽い――紙で出来ている為、当然だが――小太刀に多少戸惑いながらも構える。

「持続時間が続く試作用の戦闘用紙です。まあ、使い道がなかったから全部僕がもらいましたけど」

 当然である。普通の紙でもザ・ペーパーの能力は多少ながら持続する。そしてザ・ぺーパーの手が触れている限り永遠に持続する。紙を使ってほとんど単独で戦う為、あまり意味がなかった。

「あくまで試作品ですから、五分しか持続ありません」

「たった五分か……」

 少しうつむく恭也と美由希。五分間、一対一、それも人間なら十分に決着がつく時間。しかし、相手は自動人形。戦いの予想はつかない……だが。

「短いですか?」

 龍哉はにこやかに聞く。そして、龍哉は数枚の紙を広げる。龍哉は既に戦闘体勢に入っていた。

それを聞いて恭也は薄く笑みを浮かべた。一言言った。

「いいや、十分だ」

と。




感想BBS



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送