R.O.D−Fly high− 第六章 フェンリル |
作:木村征人 |
バタバタと水鳥が羽ばたくような雨音が鳴り響く。雨のしぶきで数メートル先も見えない。こんな日でも実戦を主にした恭也と美由希の修業は外でやる。のだが、龍哉も加わっている為あまり無茶は出来ない。 という訳で、庭にある道場で龍哉も修業に加わることになった。 道場の中は学校にあるのとよく似ている。板張りの壁に畳敷き。ただぽつぽつと斜めに走った傷が壁に見える。明らかに刀傷であった。 少し異質な空間の中、龍哉と美由希の刀で斬撃を打ち合う。 そして龍哉は右腕を水平に左腕にをやや下方に傾ける。剣を持っていればちゃんとした構えになっているだろうが、龍哉は何も持っていない。龍哉は剣を持たずに紙で剣を作ればいいということを前回の戦いで分かった。 先程から達也はずぅぅっと同じ格好のまま固まっている。 「あの……恭也さん。いつまでこの格好していればいいんです? あ、なのはちゃん次のページめくって」 龍哉は弱冠プルプルと震えながら言う。 「まだまだ俺と美由希の修業を終わるまでそのままでいろ」 恭也は器用に美由希の剣をかわしながら返事を返す。美由希の剣技も着々と腕を上げているため油断は出来ないが、それぐらいの余裕はあった。 動き回るというのも体力は使うが、逆に静止するというのも体力をすり減らす。それと同時に龍哉に初歩の構えをたたきこむ意味もあった。 ちなみになのはが、静止の構えを取っている龍哉に読書させるために壁に立てかけている本のページをめくる係りをしている。恭也は最初注意しようと思っていたが、龍哉だからしょうがないかと言う結論に至った。 そして最後に軽く基本の技、打羽(うちばね)を龍哉に教えて今朝の修業は終了した。 「歌詞……ですか?」 龍哉が受話器を持ったまま首をかしげた。元々、恭也が初めに電話を取ったのだが、イギリス語らしきというのは分かったもののそのままフィアッセへバトンタッチされた。イギリス語から龍哉を呼んでいることが分かりようやく龍哉の手に渡った。 電話の主は特殊工作部を取り仕切るジョーカーであった。最初から日本語でしゃべれば余計な手間がなくて済んでいたもののこういう訳の分からない意地の悪さに龍哉はいつも困らせられていた。 「ええ、実はそちらでその歌詞を記された本が公開されるらしいのです。それも大々的なイベントを催してね。 それの確認をあなたに行ってほしいのです。こちらはグーデンベルグペーパー事件のせいでいろいろと身動きが取れないもので」 グーデンベルクペーパー。そちらのほうに龍哉は興味を引かれる。むざむざと敵に持ちさらわれた事は既に知っていた。 龍哉も協力を申し出たが、ジョーカーは断った。ジョーカーは万が一のための切り札(ジョーカー)をもっている。これ以上不安要素を増やす必要はないと判断していた。 大英図書館のことは気になったが、口には出さなかった。龍哉も紙使いのエージョント求められない限り動くこことは出来ない。 ともかく本は本でも歌詞が記されていては魅力は薄い。どのような歌詞かは興味はあるが、あの甘美なほどに文字の羅列には遠く及ばないだろう。 「でも……『滅びゆく楽園』でしたっけ? そんなこ――うみょ?」 いきなりフィアッセが目をランランとやたらと輝かせ龍哉の顔の目と鼻の先まで顔を近づけた。 「ああ、そういえば。そちらには光の歌姫がいましたね。彼女の名前をだせば向こうもいやな顔はしないでしょう」 一方的な意見を押し通してそのままジョーカーは電話を切った。 その光の歌姫ことフィアッセ・クリステラは龍哉に詰め寄っていた。 「たーつや♪ 一緒に行こう」 「えっと、ものすごく気が進まないんだけど」 基本的に歌詞という部類は大英図書館と関係ない。別に行かなくても支障はきたさないだろうが。 フィアッセがいきなり龍哉の横に立ち、右腕をつかみ左脇に顔を挟ませそのまま締め上げる。いわゆるドラゴンスリーパーという技であった。 「たーつや♪ 一緒に行こう♪」 「づおおおおおおおおおお」 完全に決まっているせいで返事が出来ず。足をバタバタすることしか出来なかった。 フィアッセもこと歌に関しては龍哉にも引けをとらない。こうなったフィアッセは手をつけられないことは恭也たちも分かっていた為、龍哉がやられていくのを見捨てるしかなかった。 「ふあああ、おはようって……何これ」 ようやく起きた忍がフィアッセによって失神した龍哉を、不思議そうに見下ろしていた。 激しく降り続いた雨もやみ。ズズズズと湯飲みに入ったお茶を龍哉と恭也が向き合いながら飲み。『ふぅ』と安堵感のこもったため息をつく。高町家ではただ二人の男なだけに、龍哉が本を読んでいない時(本屋に新刊が入る時間を待ったりした時などのわずかな時間だが)はよく恭也の二人っきりで他愛のない話をしている。 恭也の部屋は本当に質素で、かざりっけのない部屋だが恭也の人間性が感じられる。静かな風が吹く草原とでも言うのだろうか。この部屋のいることが出来る、そしてその空気を感じることを龍哉は気に入っていた。 「ですけど、いきなりフィアッセさんに関節技を決められるとは思わなかったです」 ふーっとため息をつく。今も首がきりきりと痛む。結局龍哉は一緒に行くことを了承した。目を覚ました後、『一緒に行く? 行かない?』といいながら両手をわきわきと動かしながら近づく姿が怖くて結局首をたてにふるしかなかった。 「誰から、フィアッセさんはあんなプロレス技をおし――」 「フィリス先生しかいないだろ」 龍哉が言い終わる前に恭也が突っ込む。 「ですね……」 そして二人同時にお茶を飲み干すと『はぁ……』と先ほどとは違った思いため息をつく。後のほうのため息はなんとなく哀愁が漂っていた。 「恭也さんはイベントに行かないんですか? なんか大きな催し物みたいですし」 恭也は急須から龍哉の湯飲みにお茶を入れる。 「いや、俺は行かない。美由希が二人の邪魔をするなって言われてな」 龍哉は思わず頭を抑える。先日のインクと戦った時に『僕には心に決めた人がいるんです』と言い放った。美由希と忍はしっかりその言葉を覚えているらしく、事あるごとに龍哉とフィアッセを近づけようとしてくる。 龍哉の数少ない頭が痛くなる種の一つである。ちなみにその中には大量の本の買い込みによる金欠もあるのだが。 「そういえばもうすぐティオレさんが来るんですよね」 本名ティオレ・クリステラ。フィアッセの母親にして、世紀の歌姫と呼ばれるくらいに世界的に有名な歌姫である。龍哉はイギリスでティオレが務めるクリステラ・ソングスクールの生徒たちと出会っていた。その中にはもちろん、フィアッセや友人のアイリーン、ゆうひも含まれている。 そして近々チャリティコンサートが行われることになっている。日本を始めその後世界中を周る大規模なコンサートツアーである。その際、フィアッセも一緒に回ることになり高町家とはしばしのお別れとなる。 「半月後に前夜祭みたいなものがあって、その一月後ぐらいだな。俺と美由希は二つともボディガードとして行く事になっている。龍哉、お前はどうする?」 龍哉は腕を組んでしばし考え込む。 「行ってもいいですけど、足手まといになると思うからいいです。それだけ大きいイベントだとやっぱり見物して、はいおわりーって訳にはいかないでしょうし」 下手に着いて行くといえば確実に修業付けの毎日を送ってしまうだろう。もしそうなれば一気に本を読む時間が激減してしまう。それだけはどうしても避けたかった。 「そういえばまだコートが届かないのか?」 「はい、ジョーカーさんに頼んでいるのですけどね」 しばし無言でお茶を飲んでいると、龍哉は思い出したように壁にかけている時計を見る。 「あ、もうこんな時間だ」 「出かけるのか?」 「はい、もうすぐ新刊が本屋さんに届く時間なので。お茶ご馳走様でした」 湯飲みを置いて立ち上がろうとした時、どたどたとやたらと大きな足音が近づいてくる。 「あの足音は美由希だな……」 部屋の扉が勢いよく開く。恭也の予想通り、美由希が現れた。 「恭ちゃん、龍哉。電話!」 美由希が子機をハンズフリーにして二人に向ける。 『恭也〜美由希〜龍哉〜ヘルプミ〜』 泣きそうになるほどに震えた声が聞こえる。聞いたことある声、間違いなく高町桃子の声だった。龍哉まで頼むと言うことはよっぽど切羽詰っているんだろう。 『バイトの子が病気で休んじゃって、今死ぬほど忙しいの。ヘ〜ル〜プ〜』 もしかしたらホントに泣いているかも知れない。痛くなるほど悲痛な声だった。 「それじゃあ僕はそろそろ出かけますね」 達也が逃げ出そうとした時、 「恭ちゃん!」 「おう!」 二人が龍哉の両腕をがっしと掴みそのままずるずると連れて行かれた。 「あああああ、本〜本〜」 泣きながら助けを呼ぶ声は聞き入られなかった。 そして龍哉が連行されている頃、海鳴大学付属病院。フィリス・矢沢の病室。 「龍哉について何か分かったらしいな」 白いシャツに大きなコート。黒い手袋をはめており片手にはいつも火をつけていないタバコ。フィリスの姉、リスティ・牧原がドアをの傍に立っていた。 「あ、リスティ。いつも言っているでしょ。病院ではタバコはやめてって」 怒っているらしいのだが、いまいち迫力がなく。困った顔のように見える。 「火はつけていない。それよりも龍哉の能力に何か分かったと聞いたが」 フィリスは一つ息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。 「確かに龍哉さんは私たち同じHGSですが、羽を持っていません。おそらくこれは後天性かと思われます」 フィリスは事務的な言葉で話し出す。 「後天性、つまり昔は羽があったって事か」 リスティはそれを気にせずいつもの口調で返す。 「おそらく幼い頃、何かあったんでしょう。それが何かは分かりませんがその結果羽は消えてしまったんでしょう」 「自ら羽をもぎ取ってしまったというところか。だが、羽がなければ放熱現象は出来ないはず。能力を使った瞬間死ぬ可能性だってあるかも知れないぞ」 フィリスたちが持つ羽は、リアーフィンと呼ばれており力の制御や放熱現象といったHGSの副産物ながらも重要な役割がある。 「そこが私たちと違うところですね。私たちは何も使いません。ですが、彼の場合は……」 「なるほど、龍哉は紙を使うからか」 フィリスは無言でうなずく。 「彼は紙が私たちの羽の代役を務めています。紙に力を込めている分私たちの様に大きな熱量を必要としません」 リスティは無言であごを抱える。 龍哉は本を愛する見返りに、紙から命を守られている。龍哉らしいといえばらしいのだが、龍哉の命がひどく脆弱に感じてしまう。 「ですが、いくら紙を使うといってもHGSを使っていることには変わりありません。折り紙程度の力でしたら支障ありませんが、殺傷能力があるほどの紙となると確実によどみは体内に残ります。そのよどみが溜まり許容範囲を超えると最悪の場合……」 そこでフィリスは言葉を切った。 しばらく無言が続き、その空気に耐えかねたのか、リスティはバサリと破くような音で乱暴にレポートを机の上に投げ捨てた。 「『ミン』からの知らせだ。これを調べてくれだとさ」 一般の人間には本名不詳、性別不詳の人間。探偵まがいのことをやっているらしくよく監査局から情報が周って来るらしい。また政治的にも力があり、リスティもいろいろ頼りにしている。 「『ミン』……ああ、綾瀬さんからですか」 昔、同じさざなみ女子寮で暮らしていた事もあり、リスティやフィリスとは顔なじみである。 さざなみ『女子寮』とついているが、実際には男が二人居座っている。一人は管理人兼コックの槙原耕介。そしてミン。 大抵ここの入寮を決めようとしている女の子がこの二人のせいで拒否する。大体は親が間違いが起こるといけないからと拒否するものもいるのだが。男が二人もいるんだ強盗が入っても安心だなと豪快な親もいたりする。そういう訳で概ねうまくやっている。 フィリスは『ミン』からもらったレポートをめくっていく。しばらくすると目を見開く、手か震えだし、いやな汗が吹き出るのが手に取るように分かった。 「こ、ここってもしかして……」 「ああ、僕たちを研究していたところだよ。あそこはまた何か研究していたらしいね」 リスティの言った研究とは、昔リスティのクローンを使って軍事利用しようとしていた。フィリスもその被害者でリスティのクローンとして作られかつてはリスティを襲ったこともあった。 その野望は阻止したものの未だにその研究施設は残っており、HGSの研究していたのだが。 「全員死んでいたらしいね。しかも鋭利な刃物みたいなので切り刻まれてね。中には拳銃を武装していたものもいたらしいけど。拳銃ごと切り刻まれた死体もいくつかあったらしいね。 しかも妙なことにその凶器の特定が出来ていない。すべて厚さ一ミリにも満たない何かで切られたらしいだけ。そこで思ったんだが……」 「紙ですね」 フィリスはあっさりと答えた。 「さすが我が妹。大英図書館のペーパーマスターが一番有名だが、実際紙使いは結構いる。中国の読仙社にもいるし、フリーの紙使いもいる」 「どこかの紙使いがここを襲ったということですか?」 「だろうね。それからここの研究していたものが全部は燃やされていた。データもすべて消去されていてね。それから研究用の被見体がいなくなっていたらしい。 あいつの調べによると、HGSの合成らしい」 「合成ですか?」 フィリスがかわいく首をかしげる。先ほどよりも幾分か落ち着き、今はココアの準備している。 「ああ、僕たちのような羽と、知佳やフィアッセのような翼を持ち合わせるとどのような力を持つかというような実験だったらしい」 フィリスはおもわず作り立てのココアを取り落としそうになる。 「で、研究は運良くというか運悪くというか失敗。僕たちの翼は制御しやすい分知佳たちよりも幾分か力が劣る。翼が羽の力を吸収。その羽を食らうような現象から名づけられた名称――」 フィリスがレポートに視線を移し読み上げた。 「WA−57。フェンリル」 北欧神話で語られる巨大な狼。神々の敵対する魔物として語られている。 その名前を自分で言ってしまったことにフィリスは激しく嫌悪感を感じる。彼は名前すら持たず研究者の道具として数々の、自分自身と言っていいほどのクローンを殺戮していた。 リスティのクローン計画でまったくの偶然で生まれたただ一人の男。 「その紙使いが彼をさらったと考えるのが一番妥当ですね。最悪な展開ですが」 フィリスは出来立てのココアを一口含んだ。かなり甘いはずなのだが、ひどく苦くその味はまるで血の味のようであった。 そして翠屋では。 「ひいいいぃぃぃぃぃ」 忙しさの中悲鳴をあげていた。 「ありがとうございました」 そんな中、平然な顔で仕事をこなす恭也。しかしむっつりな顔で愛想がない。 「恭也さんて、客商売向いてないじゃないですか?」 空になった食器を美由希に手渡しながらボソリとつぶやく。 「そうかもね。でも、営業スマイルしている恭ちゃん想像できない」 「……確かに。そうですね」 「それでも結構ファンは多いみたい」 確かにそれは龍哉も納得できる。恭也は間違いなくかっこいい部類に入るし、今時の人ではとても持てない独特な力強さと頼もしさがある。 「おい。無駄話してないでさっさと仕事に戻れ」 幸運にも二人の会話は恭也には聞かれなかったようである。 「ありがとうございました〜」 最後の客が帰った後、龍哉はカウンターにへたり込んだ。そのまま溶けそうなほどのくたびれっぷりであった。 とりあえずこれでひと段落、後はちまちまと来る客を相手するだけであった。 「ありがとー、ほんと助かったわ。今日はこれであがっていいわよ。 みんな何か飲む? ってあれ龍哉は?」 そこでぶっ倒れていた龍哉の姿はない。入り口の呼び鈴が静かに揺れていた。 「母さんがあがっていいって言った瞬間、店を飛び出して行った」 「ほんと元気だよねー」 恭也と美由希はその姿を見て呆れていた。 「街中の本屋を回っているから、帰るのは夜になるでしょうね」 大急ぎで飛びだしていった入り口を眺めながらフィアッセは笑っていた。 「あれ? フィアッセ、そういえば今日欲しい歌の本があるって言ってなかった?」 龍哉が本屋にダッシュで行ったのを見て思い出しのか、美由希があごに指を当てながら言う。 その言葉でフィアッセは『あっ……』という口をあけて、 「ごめん、桃子。私も行ってくる!」 さっきの龍哉同様、バタバタとフィアッセも店を出て行った。 その光景を見て、桃子はぷっと吹き出して。 「なんだかんだ言っても――」 「――似たもの同士だよねぇ」 その言葉を美由希が続ける。 そういって三人は微笑を浮かべる。 そして数日たったイベント当日。 ゲストとして参加することを認められ、ずるずるとフィアッセに引きずられていく龍哉を家族一同あたたかーい目で見送った。 |
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