R.O.D−Fly high−
第七章 紙使い
作:木村征人



稲妻のように滞りなくたかれるフラッシュの嵐。成り行きとはいえ、自らその中に飛び込んだ龍哉は目深に帽子をかぶって顔を写されないようにしている。

 龍哉はこれでも英国のエージェント。顔や名前を周知にさらすわけにはいかなかった。

 このイベント、今まで極秘とされていた『滅び行く楽園』の歌詞が公開されることは音楽界の革命と言われている。今までどこにあったか不明と言う曰く付きなものなのだが。さらにコレクター意欲を掻き立てられるものも多く、値段も天井知らずに跳ね上がっている。

 マスコミ関係もこのイベントに関わることを望んでいたが、イベント開催者側はそれを嫌い一社だけが認められた。激しい放映権の末、勝ち取ったテレビ局は既にイベント会場で着々と準備を行っている。そして負けたテレビ会社では会場の外で必死になってこのイベントのすごさを伝えようとしている。

「あ、今フィアッセが映ったよ。フィアッセ。フィアッセ!」

 その中継を見ていた高町家一同。そしてそこの長女高町美由希がテレビ画面に映っているフィアッセに向かって手をふっているという無意味なことをしていた。

 イベント会場は三十階ある高層ビルの二十八階で行われる。このビル見た目はただの高いだけに見えるのだが中の内装は結構凝っている。

 1階は受付や事務所で埋まっており、二階から七階がエントランスホール。八階から十五階までが、膨大な倉庫になっており、ガラクタ同然のものから億単位のものまで節操なしに置かれている。十六階から二十一階までがイベント会場として安価で貸し与えられていることが有名で、土日はいつも何かしらのイベントで埋まっている。最もさすがに今日は閉鎖されているが。

このビルの特徴としてエレベーターで行く分には問題ないのだが、階段はここの設計者の趣味なのか、一つの階を上がるために階のはしからはしまで横断しなくてはならない。

近々、非常階段を設置するらしいのだが、建築の際によく消防法に引っかからなかったのか不思議なのだが。

 そして二十二階から二十九階までが貴賓室とされ、外交や諸外国の謁見などや晩餐などを催したことがある。三十階は屋上にヘリポートがあるため待合室として使われているが、一度も使われてはいない。

「うー、目がちかちかする」

 龍哉はごしごしと目をこする。フラッシュに目をやられていた。それを見ていたフィアッセがくすくすと笑う。

「あー、そこの付き人君」

 このイベントの主催者、鬼山剛三(きやまごうぞう)――顔と名前は怖いが根は気さくな人らしい――が龍哉の肩をぽんぽんと叩いた。

「あの付き人って、僕のこと?」

 振り向いた龍哉がぽかんとした顔で自分を指差す。

「そうだよ、フィアッセさんの付き人だろ?」

 剛三はさも当然と言った感じで言う。

「この荷物を十三階の荷物置き場まで運んでおいてくれないか?」

「あの。僕は――」

「分かっている。でもフィアッセさんの共演者のことの雑用をこなすのも付き人の大切な仕事だよ。それによってフィアッセさんの印象も変わってくるからね」

 どうあっても龍哉をフィアッセの付き人にしたいらしい。

「はあ……」

「よろしくね、付き人君」

龍哉が生返事するのを見て笑いながらフィアッセが言う。

「置き場所は書庫の隣だからすぐに分かるよ」

 その言葉に龍哉はびくりと反応する。言うまでもなく『書庫』の単語だけだが。

 龍哉はフィアッセの方へ向いてキラキラした瞳で尻尾を振る。

 フィアッセは肩をすくめる。

「行って来ていいわよ」

 龍哉は遠吠えを上げると、共演者の――おそらく自分と同じ体重はあるだろう――荷物を抱えるとダッシュでエレベーターに駆け込んだ。

「な、なかなか変わった付き人だね」

 剛三が汗をかきながらつぶやく。

「ええ、そうですね。昔から変わってないですね。初めて会ったときから。まるで同じ時を居続けるみたいに――」

 フィアッセはイギリスで始めて出会った頃を思い出した。確か椎名ゆうひが留学して間もない頃であった。

 そこでふと違和感を感じたが特に気にしないことにした。



 共演者が建物の中に入ると、このイベントを見ていた大半がガチャガチャとチャンネルを回す。しかしこの撮影権を勝ち取ったテレビ局のプロデューサーは思っていた以上に視聴率が伸びず頭を抱えていた。

 そんなことは露知らず少しでも顔を売ろうと必死な新人女性アナウンサーの顔が映る。

「はい、今日ここ二十八階で行われるイベント会場です。さて、今日は旭川から特別に招待された方々もご一緒です」

 正確には養護施設から来ているのだが、下手なことを言えばパッシングの的になるため、あまり触れないようにする。

 だが、そんなぞんざいな説明を補うがごとくカメラはその『方々』へと向けられる。意気込んで望んだ新人アナウンサーは十秒でカメラに『フラレ』てしまった。

 テレビ画面には次々とその『方々』と顔が映る。何が楽しいのか必死に笑顔を作っている。言葉がしゃべれないものが多く『あうーあうー』とうめくような声が響くだけである。

 とある顔が映った瞬間、横へ流れていた画面が停止する。カメラマンは撮影中ということも忘れ車椅子に座っていた女性に見入っていた。

 長い髪が顔にかかって右目が見えないものの、美しい女性だった。整った顔立ちに異質を放っているはずの焦点の合わない瞳がさらに憂いを放ち美しさを際立たせる。

「あ! どうやら来たようです」

 先ほどとは違う新人アナウンサーの顔が現れる。エレベーターホールで待機していたカメラに変えられたのだ。

 エレベーターの扉が開くと剛三をはじめ、ぞろぞろとエレベーターから現れる。ちなみに龍哉は違うエレベーターに乗って十三階で降りていた。

 龍哉はとっとと荷物を降ろすと書庫へ駆け込み文字のとりこになっていた。

そして高さ三メートルはあるであろう巨大な観音扉が、イベント会場の扉がゆっくりと開く。部屋に入った瞬間壁の色が次々と変わる。いや、壁だけでなくテーブルや飾り様々なものが鮮やかに変わっていく。しかし参加している人たちの衣服の色は変わらない。あくまで部屋に飾られたものや壁床天井だけである。言ってみれば太陽光線とみたいなもの。太陽光線は一見無色だが、実は七色の色をふくんでいる。それの応用で部屋にあるものを特別な素材で作り、天井に備えられた何の変哲もないように見えるライトがその役目を果たしており、その光に当てられ変色する仕組みになっている。

これこそが数あるイベント会場での最大の売りの一つ、カメレオンの間であった。名称はちょっぴりダサかった。

フィアッセがその部屋の異様さに驚いているとうちにイベントは進む。

剛三の挨拶で始まり、参加者のプロフィールが流れたり、フィアッセも歌を披露させられたりと滞りなくイベントは進む。

そして、ついに歌詞が公開されることとなった。

「さぁ、皆さん! あちらの壁にご注目ください」

 剛三の芝居かかった身振り手振りで、皆が奥の壁に注目する。壁が床が入ってきたのと同様にいくつも色に次々に変わっていく。

 そして壁の一部が、物々しい音を立ててせり上がっていく。そして小さな空間が出来、一冊の本が厳重に保管されていた。

「あれが……『滅び行く楽園』」

 フィアッセの喉がごくりと鳴く。手足が震え、自分が必要以上に緊張しているのが分かる。

「さあ。フィアッセさん。どうぞこちらへ」

 その緊張に気づいたのか、剛三が横に立ち歌集へと案内する。

「は、はい」

 しかし、フィアッセの第一歩は――

 パァン

 と軽い音に打ち砕かれてしまった。



 血しぶきが飛ぶ。一階の制御室でイベントを見ていたガードマンを務めていた二人がガクンと崩れ落ちる。ここですべての階、すべての部屋を見ることが出来る。十台以上あるテレビの隅に座り込んでいる龍哉の姿があった。



 その頃龍哉は――

「うー、持ち帰ったら駄目だろうな。でも一冊や二冊程度なら……あっちも読みたいし、あの本も読みたい……あー、どうやったらここの本全部読めるんだろう!」

 龍哉は本の虜になっていた。



 高町家では騒然となった。いや、高町家だけではなくその中継を見ていた人たちは愕然とした。その情報は瞬く間に広がり皮肉なことにこれによって視聴率は一気に上がり、プロデューサーはしばし呆然として思い切りガッツポーズを取っていた。

「あっ……」

 フィアッセが呆然とする。

 ゆっくりと体が倒れていく。額の中心に穴を開けた剛三が仰向けに崩れ落ちる。

 信じられなかった、さっきまで話しかけられた人間が一瞬で肉の塊になってしまった。

 茶色がかった横髪が数本ひらひらと落ちるのに気づいた。あと数ミリずれていたら耳がこそげ落ちていた。いや、それどころか自分が剛三になっていたかもしれない。

 数秒置いて、誰かが悲鳴を上げる。それが引き金となってあちこちで叫び声が上がる。

 にぎやかだったカメレオンの間は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

「うるせぇ!」

 怒号と同時にマシンガンを天井に向けて放つ。

 せり上がった壁で出来た空間から十数人の武装した男達が現れた。

「ここは我々が占拠した。貴様らには『レッドインク』の生き残りと言ったほうが分かりやすいか」

 レッドインク。かつてテロリストとしてバべルブックスを占拠し、たまたま居合わせた大英図書館の特殊鋼索引ザ・ペーパーによって解決されたのだが。考えてみれば海外逃亡企てて、その逃亡の準備に人員を割くのは当然であろう。

 今、再びレッドインクによってこの高層ビルを占拠されてしまった。



 テレビを見ていた恭也と美由希は立ち上がり、

「行くぞ、美由希!」

「はい」

 それぞれの小太刀を携え、出て行こうとする。

「ノエル、私たちも行くわよ」

「はい、お嬢様」

 月村忍とノエルも立ち上がる。

「高町くん、ここから電車で行くよりも、ノエルの車に乗ったほうが早いわ。それにノエルも役に立つわよ」

「分かった。よろしく頼む」

 恭也がうなずく。確かに今は一分、一秒を争う。そして、犠牲者の数もそれに比例する。

「お兄ちゃん、これ」

 恭也の妹なのはが携帯用テレビを渡す。イベント場所まで車でも結構時間がかかるため、その為の情報手段として手渡す。

「師匠――」

「美由希さん――」

「――必ず二人を助けてください」

「――必ず二人を助けてやってください」

 晶とレンの声がはもる。

 既に足手まといになることは分かっていた二人は、ここで激励するしかなかった。



 ここから遠く離れた異国の地、イギリス。

 大英図書館でも再びレッドインクが現れたことは伝わっていた。

 この忙しい時に厄介なことが起こり、特殊工作部を一手に引き受けているジョーカーがしかめっ面を浮かべていた。

「ど、どうするんですか! 読子さんは行方不明ですし、ドレイクさんもいないんですよ」

 特殊工作部見習いのウェンディがわめく。あまりといえばあまりの展開にパニックになっている。ちなみにこの後、ウェンディは大英図書館を離れることになる。それはそれとして、ジョーカーはあごに手をやると、ポンと手包みを打った。

「せっかくですからフジヤーマ、テンプーラ、ゲイシャガールの後に続くものを出しますか」

「へっ?」

 ウェンディはポカンと口を開けた。



 制御室では別働隊のレッドインクの二人が既に占拠していた。

 現レッドインクのリーダー、ガレル=アンダーソンに連絡が届く。

「ガレル、十三階に男が一人」

 もちろん龍哉のことであった。

「分かった。引き続き各部屋をしらみつぶしに探せ」

 ガレルは二人に十三階をへ行くように指示した。

その言葉をフィアッセは愕然とする。龍哉はいまだこの状況を知らないのだ。



未だにこの状況を知らない龍哉のポケットがぶるぶると震える。マナーモードに設定していた携帯電話だった。ポケットから取り出し二つ折りなっている携帯をあける。

「恭也さんからだ。もしも――」

『バァン』という音ともに携帯が吹っ飛ぶ。何が起こったかは理解できなかったが、頭を出さずにそのまま本棚の陰に隠れる。見れば携帯電話の液晶画面には拳銃の弾がど真ん中に突き刺さっていた。それを見て初めて龍哉は撃たれたと理解する。

「な、なんだ……もしかして本を持ち出そうとしたことがばれたとか……」

 本棚に隠れていると分かると、先ほど拳銃を撃った男が本棚を思い切り蹴りつける。

 床に打ち付けていなかった本棚がまるでドミノ倒しのように次々と倒れていく。

 巨大な本棚が本を吐き出しながら倒れてくる。

「う、うわぁぁぁぁぁぁ」

 龍哉のいた本棚が倒れる。ちらりと見えた龍哉の手がぴくりとも動かない。

 それを確認すると再びガレルに連絡する。



 制御室では他に誰かいないか探していた。

「あの男のほかはいないようだな」

 隣の男は何も応えない。そのままぐらりと倒れる。

「な、なんだ!」

 ガタンと男が立ち上がる。その瞬間、顔に衝撃が走る。顔を押さえながら見ると小さな人影が立っていた。男が拳銃を取り出し人影の足元に撃つ。人影は飛び上がり、椅子の背もたれの上に着地する。男は驚くが、かまわず拳銃を撃つ。人影は再び飛び上がり一回転して刃物を投げつける。男の手に刃物が突き刺さり拳銃を落とす。

 人影はそのまま何事もなかったかのように、元いた背もたれに着地する。常人には真似できない身のこなしであった。人影が前のめりにバランスを崩す。そのまま落ちると見えたが、

「はっ!」

 掛け声とともに男へ向かって飛ぶ。そのまま身体を反転してみぞおちにけりを入れる。

 そのまま男は昏倒する。

 男が持っていた拳銃で制御室のコンピューターを破壊する。

「さてと、ザ・ペーパーを探さないとね」

 人影のアップされた髪が小さく揺れた。

                           第八話へ



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