R.O.D−Fly high−
第八章 忍者
作:木村征人



 表に誰もいなくなるのを確認すると、ゆっくりと起き上がり、服についたほこりをはたく。

 倒れてきた本棚はわずか鼻先三センチで止まっていた。龍哉はそれを涙を流しながら呆けていた。積み重ねられた本がつっかえ棒の役割を果たして龍哉を守ったのだ。

「しかしなんだったんだ? とにかく何か起こってるみたいなのは確かだけど。フィアッセは大丈夫かな。

 とにかく手持ちの戦闘用紙はほとんどないことだし、さっきの物騒な連中に見つからないようにしないと」

 龍哉が注意深く書庫から出ようとしていた。ちなみにしっかりと数冊の文庫本を無断借用していた。

「止まれ、止まらなければ撃つ」

 言いながらしっかり拳銃で発砲されてあわてて逃げ出す。

「うわわ、いきなり見つかった」

 柱の影に逃げ込もうとした時、弾丸が左腕をかすめる。

「つぅっ!」

 戦闘用紙を包帯代わりにして止血する。

「出て来い」

 男が銃を突きつけて言う。今の状態では龍哉が出るしかなかった。おとなしく龍哉は両手を上げて出来た。片手に文庫本を持ちながら。

 龍哉がまだ子供だと知って少し驚いたが、口元をゆがめながら銃弾を撃った。

「うわっ!」

 反射的に本を構える。弾丸は簡単に本を突きやぶ――らなかった。残り数枚を残して弾丸を受け止めていた。

「あー、僕の本が!」

 書庫からくすねてきた本は完全に龍哉の私物と化していた。天罰であろうか、弾丸は文庫本のど真ん中を受け取めたせいで読めなくなった。その文庫本をしばし呆然とすると、

「しくしくしく」

 泣いた。

 幸いに本で弾丸を受け止めたという非現実なことに拳銃を持っていた男も呆然となっていたおかげで撃たれなくてすんでいたが。

「何て事してくれるんですか!」

 まったく完全な八つ当たりだが、怒りでぶちぎれた龍哉は文庫本を投げつけた。本は一瞬で何百枚の紙の吹雪となり、男の身体に巻きつく。息を出来るように鼻意外は完全に簀巻きというか、紙巻になっていた。

「反省してくださいね」

 何か言いたそうに男は暴れるが紙は千切れなかった。今までの超常現象は言うまでもなく龍哉のザ・ペーパーの力であった。

「戦闘用紙なら、一枚で弾丸受け止められたのに……」

 ぶちぶちといじけたまま座り込んでいると、

「おい、そこの奴何をしている!」

 新たな男が二人現れた。慌てて再び柱に隠れる。

 戦闘用紙は二枚だけ……後は文庫本しか……

 なんとしても本だけは守りたい龍哉が、頭を抱えて悩みだす。その怪しげな姿をいぶかしげに眺めていた。

 龍哉は文庫本を武器として破り捨てるしかないことに哀愁を感じていた。龍哉が文庫本を破ろうとした時、

「うぎゃ」

「な、何だお――ぶげ!」

 男たちが悲鳴を上げて倒れた。

 何が起こったのか、龍哉が柱の影からのぞき見ようとしたとき、視線の上に人影が見えた。

「へっ?」

 龍哉が上を向いた瞬間、人が降って来た。

 ズダァン!

 と大きな音を立てて着地した。

 目の前には女性が立っていた。手には大きなアタッシュケースを持ち、皮のジャンパーに、膝下まであるスカートとスパッツ。かわいいよりも、綺麗いや、かっこいいが似合うような勇ましさを持つ女性であった。

 驚いてしりもちをついている龍哉を見下ろしてにっこりと笑った。

「君が龍哉・フィールド?」

「あ、はい。そうですけど」

「自分は御剣(みつるぎ)いづみ。まったく兄様は私に面倒ごとを任せるなんて。いくらジョーカーからどうせなら『くの一』をお願いしますからと言われたからって」

 いづみがあさっての方向を向いて嘆息する。

「くの一? そういえば聞いたことがある。日本には少数だけど国家認定の忍者がいるって。御剣さんもそうなんですか?」

「ああ。あなたの手伝いをするように言われてな。それから私のことはいづみでいい。それからこれ、ジョーカーと言う人からのプレゼント」

 いづみが手に持ったアタッシュケースを手渡した。中にはコートと大量の戦闘用紙。龍哉はコートを羽織って、全ての戦闘用紙をポケットにねじ込んだ。

「やっぱりこれがないとね。それよりも、みつ――いづみさん。今何が起こっているんですか?」

 いづみは龍哉に今の状況を説明した。レッドインクの残党が現れたこと、剛三が死んだこと、そしてこのビルが占拠されたこと。味方はただ一人いづみだけだと言うこと。

「……フィアッセ……」

 龍哉はただそうつぶやいて、歯軋りした。

 

「ちっ、あれから龍哉の携帯がつながらない。何かあったようだな」

 恭也の携帯からは『プープー』という無機質な返事が返ってくるだけであった。

 未だに占拠されたビルにたどり着けないことに恭也、そして美由希は苛立ちを覚える。

「フィアッセ、龍哉。無事でいろよ」

 テレビにはフィアッセの姿が映っていた。

 

 フィアッセは手を握り締めて祈っていた。龍哉が紙使いだというのは知っていたが、普段の龍哉をよく知っているため不安は尽きない。しかしフィアッセは動かない。動いてはならないということをフィアッセは知っていた。悔しいが今の自分は無力だ。だからこそ、力あるものが助けに来るのを待ち続ける。わずかな光が放たれる時を待っていた。

 

 フィアッセがいる十二階下。レッドインクがはびこっていた。不用意に龍哉が姿を見せる。

「うわわ、撃たないで」

 龍哉の言葉を無視して弾丸を放つ、弾丸が龍哉と空間に穴を作る。

「いづみさん、今です!」

 穴だらけの龍哉が上を向いて叫ぶ。龍哉に釣られて上を向いた瞬間、降って来たいづみがレッドインクたちを昏倒させる。

 ザ・ペーパーの力を得て鏡のように反射させる戦闘用紙、『ラビリンス』柱に隠れた龍哉の姿を『ラビリンス』で反射させて、レッドインクに姿を見せる。もちろん龍哉を攻撃してくる。しかし銃弾で撃たれても死なずに驚く、もしくは倒したと思って油断する。その隙をいづみが攻撃する。実際この戦法は単純だが、効果はてきめんであった。次々とレッドインクを倒していく。

 フィアッセ達がいる部屋を見張っていたカレルまで情報が周っていた。その二人組みを倒すために指示を出していた。

「静かになりましたね」

 あれから何人か倒した後、レッドインクは見なくなった。元々残党ばかりだったせいで数は多くないがそこそこの人数が残っているはずである。

 しかし人っ子一人見あたらない。気になったいづみがあたりを調べる。柱に取り付けられた奇妙な音に気づく。

「じ、時限爆弾!」

 黒い箱型の時限爆弾が柱に備え付けられていた。いづみが耳を澄ましてみるといたる所に爆弾が取り付けられていることに気づいた。

「まずいね……」

 龍哉に現状を伝えた後、いづみが一人ごちる。

「に、逃げないと……」

「どうやって? エレベーターも階段もここからだとかなり離れてるし、まったく複雑な物を作ってくれる」

 あたふたしている龍哉に対して、落ち着き払っているいづみ。しかし龍哉は気づく暇もなかったがうっすらと冷や汗をかいていた。

 考え込む龍哉。表を見る。窓ガラスの向こうは今の状況が馬鹿みたいに見えるほど平穏であった。テレビを見ている人は他人事でしかないのだから当然だろうが。

 そこでぱっと以前読んだ本を思い出す。

龍哉は柱に紙テープを突き刺し、ぐるぐると周りを回って紙テープを固定する。

「いづみさん。窓ガラス! ガラスを割ってください!」

「えっ?」

「早く!」

 龍哉に押される形でクナイを投げつけて窓ガラスを割る。

「火はありますか?」

「あることはあるが何をするつもり?」

「とにかくこれを身体に巻きつけてください」

 言われたとおりにいづみが紙テープを巻きつけたのを確認すると、腕を引っ張ってそのまま飛び降りた。

「うっ、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 いづみが叫び声を上げる。

 四つ階の下で落下が止まる。飛び降りた階の窓ガラスの『へり』の反動で勢いよく窓ガラスへと向かう。龍哉は紙を窓ガラスに投げつける。紙が窓ガラスに張り付く。

「いづみさん。あの紙に火をつけて」

 いづみが火をつけた瞬間、紙が爆発する。

 龍哉が使った戦闘用紙『ブロークン・アウェイ』紙使いが能力を込めれば、わずかな火で爆発する。紙の爆弾であった。

 爆発で窓ガラスが砕け散る。そして爆風で落下の勢いが弱まりながら、煙の中へと二人は飛び込む。

 その瞬間、時限爆弾が爆発する。龍哉がいた上下二階が炎に包まれる。爆風で突き破られる窓ガラス。炎が外界へと手を伸ばす。

 

 地上で状況を語っていたレポーター達は龍哉が飛び降りたことには気付かなかったが、爆発はさすがに気付いた。『ブロークン・アウェイ』の爆発とこの爆発が違うことに気がつかなかった。もっとも気付いたとしても意味はないが。

 テレビを見ていた視聴者と野次、と強烈な振動を感じたフィアッセのいた階の人間たちの顔が恐怖と驚きで顔がゆがむ。

 

 龍哉達が下の階へ飛び込んだと同時に、時限爆弾の炎で紙テープが焼かれ、支点を失った紙テープは龍哉たちを放り投げる。

 龍哉は背中をしたたか打ちつけて落ち、いづみはうつぶせになるような形で顔面から落ちた。

「生きてます?」

「なんとか……」

 鼻を押さえながら龍哉の問いに答えるいづみ。

「あつつつ、この調子だとフィアッセのいる所までいつになるか分からないですよ。手持ちの紙も無限ってわけではないんですし」

 パタパタと扇子代わりに紙で仰ぐ。

「確かに。もしかしたら階段も壊されたのかも」

「だったらエレベーターで行きませんか?」

「……当然待ち伏せされてるだろうけど」

「そこは努力と勇気とひらめきと、僕の紙といづみさんの技で何とかしましょう」

「前半はともかく、後半には賛成するよ」

 いづみは少し苦笑を混ぜて笑った。

 

 フィアッセがいる階より、二階下。中国人らしき二人組み。カクとヤンがエレベーターが、エレベーターが動いていることに気付いた。

「誰が乗っているんだ?」

「仲間か?」

「いや、連絡がなかった奴以外は誰もいないはずだ。あの事件爆弾を設置する際に全員こっちに来させたからな」

「じゃあ、例の二人組みか!」

「あの爆発の中で生きているはずがない。ないとは思うが念の為だ――」

 カクとヤンの推測を交わしているうちにエレベーターが到着した。

 チンと軽快な音を立ててエレベーターが開くと同時にカクとヤンが銃を構える。

 しかし中には誰もいなかった。カクが銃でヤンが様子を見に行けと指図する。ヤンが舌打ちしながらエレベーターへと近づく。こういう時の決定権はカクが握っていた。

 ヤンが銃を構えながら、ゆっくりと進む。もしあの二人組みがいたらカクは躊躇なくヤンごと蜂の巣にしてしまうだろう。ヤンもそれを知っているからこそ慎重にならざる負えなかった。

 そして確かに人の気配はあった。二人の気配が。だが人影はまったく見当たらなかった。エレベーターには誰もいなかった。そして何もなかった。天井のライトもビルの階を指定するスイッチさえも。

「…………え?」

 そこで初めて違和感に気付く。

 その違和感から助けを求めるようにカクのほうを振り向く。

「…………な!」

 二度目の驚きの声を上げる。カクの姿がなかった。いや正しくはドアがなかった。エレベーターは完全な密封状態であった。真っ白な壁に閉じ込められた。

「ちょっ、ちょっと待て」

 そして三度目の驚き、そして混乱の声を上げる。エレベーターが中に入ったときよりもずっと狭くなっていた。そして少しずつエレベーターの壁がヤンに迫っていく。

「さて、こんな感じでどうですかね」

「上出来、上出来」

 小さくなったエレベーターの外から龍哉といづみが現れた。エレベーターの内部に壁に見せた紙を張り巡らせ紙の部屋を作った。その外側に龍哉といづみは隠れ、エレベーターだと思っている紙の部屋に入るのを待ち、紙の部屋に閉じ込めるという作戦であった。開いたエレベーターにいきなり乱射されても大丈夫なように補強もしていた。

 いまや紙の部屋は人一人分の大きさしかない。ヤンは暴れているが一向に紙は破れない。

「それ以上暴れると窒息させちゃいますよ」

 龍哉の言葉にヤンの動きが止まる。もはやヤンからはとんでもない化け物しか見えないだろう。

「次はいづみさんの番ですね」

「ああ、そこらへんは心得ている」

 その異常な事態にしばらく放心していたカクが元に戻り、銃を構えた瞬間いづみの姿はなかった。

「ここだよ!」

 頭上から声が聞こえカクは上を向いた時には既に靴底しか見えなかった。

 いづみは飛び上がってカクの顔面に着地する。その勢いのままカクは仰向けに勢いよく倒れる。いづみを顔面に乗せたまま。

 ゴリッと嫌な音が響き、カクは完全に動かなくなった。

「むごい……」

 龍哉は素直な感想を述べた。

 

 そこから先は数人いいたが、瞬く間に片付いた。

「はっはぁ! ペーパーマスターか。どうりで」

 両手にナイフを携えたガレット=シーレスは一部始終を遠くから眺めながら歓喜に打ち震えていた。力ある人間を切り刻むことが出来る喜び。それのみが彼を満たすことが出来た。

 音のない空間にぽっかりと開いた中央階段。開閉自由なのだが、普段は閉じており有事以外は使われることはなかった。とにかくこれを上りきればフィアッセのところへはすぐであった。

 人の気配はせず龍哉といづみが無防備に階段へと上ろうとする。しかし狩人は待っていた。ガレットはまさに狩人であった。階段の真上で気配を殺し、存在を殺し、今か今かと無防備な獲物を待ち続ける。

 確実に獲物を捕らえるために完璧な死角に完璧なタイミングで狩人は二匹の獲物へと襲い掛かる。

「なっ!

 爆発する殺意に龍哉もさすがに気付き上を向く。虚を突かれたいづみは龍哉へのフォローは間に合わない。

「ヒャッハァ!」

 完全に勝利を確信して歓喜の咆哮を上げる。

「間に合うか!?」

 龍哉は高速で紙の二対の剣を作り出す。ガレットは一瞬驚く、無防備な獲物がいきなり牙をむいた。

 二対の剣が舞う。今日まで龍哉が恭也から徹底的に型を仕込まれたおかげで自然と体が動く。

「小太刀二刀・御神流」

 打

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